同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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基本訓練(地上を歩く艦娘)

 その後五十鈴からのチョップでようやく我に返った那珂はコホンと一つ咳払いをした後気を取り直して川内と神通に向かって訓練の内容を説明し始めた。

 

「え~、基本的にはあたしが指示した内容を進めてもらいます。んで、五十鈴ちゃんは二人のフォローに回ってもらうから、わからないことがあったら五十鈴ちゃんに聞いてくれてもいいからね。」

「「はい。」」

 

「それじゃあ、まずは工廠行って、艤装をじっくり観察してお勉強しましょ~。」

 那珂の指示のもと、一行は執務室を出て工廠へと向かった。

 工廠についた那珂たちは明石に全員分の艤装を出してもらい、まだそれほど暑くない屋外、外にある出撃用水路の側の日陰になる広い場所に集まった。

 

「これから川内型の艤装の部位の説明をするよ。細かいところはあとでこのテキスト読んどいて。あたしはこれからかいつまんで説明するから。」

 川内と神通は黙って頷いた。五十鈴も黙って那珂を見ている。

 

「まず、艦娘にとって大事な物があります。それはこのコアユニットです。」

 那珂は言いながら自身の艤装のコアユニットを手に取り掲げた。それを見て川内と神通も自身の艤装のコアユニットを触ったり手にとったりする。

 

「コアユニットの電源をONにして同調をすると、コアユニットがあたしたちの精神状態や全神経を検知します。もう同調したことあるからわかるだろーけど、全身のあらゆる感覚が変わります。そりゃーもう色んなところが敏感になってぇ~~

「ンンンッ!!」

 脱線しそうな気配を感じた五十鈴が咳払いをして那珂の軌道修正をした。

 

「コアユニットはいわば艦娘の力の源です。これがあたしたち艦娘のあらゆる力を何倍にも高めたり色んな武器を簡単に使えるようにしてくれます。これを破壊されるとあたしたちは普通の女の子に戻って、どっぽ~~んと海に沈みます。だって人間だもの。そんでね、コアユニットは艦娘の種類に合わせて装備する箇所が違います。弱点はみーんな違うところになるっていうことです。……ちなみに凛花ちゃんの装備する軽巡洋艦五十鈴のコアユニットはあたしたちのとは形が違うはずです。五十鈴ちゃん、見せてもらえる?」

「えぇ。」

 そう一言言って五十鈴は自分の艤装のコアユニットを川内たちに見せる。目にするその形は川内型のそれよりもはるかに大きい。

「それが……ですか?」

 神通がおそるおそる尋ねると五十鈴は身振り手振りを混じえてテキパキと答え始めた。

「私の五十鈴の艤装のコアユニットはね、背中から腰にかけて取り付けるこの円筒状の機械の中に内蔵されてるそうなの。この塊の中にあって頑丈に守られているのよ。」

 説明する最中、コアユニットがあると想定される部分を指差して川内たちに教える。

 

「へぇ~。あたしたちのはほぼむき出しに見えるんですけど、これヤバくないですか?」

 川内が那珂と五十鈴を交互に見て質問する。川内の様子を見て那珂は自慢げな表情で答えた。

「ふふ~ん。だから狙われにくいように腰とおしりの中間につけるようになってるの。でもなんとなく不安だよね?」

「「はい。」」川内と神通はほぼ同時に返事をした。

 

「これは明石さんから聞いたことそのまんまなんだけど、川内型艦娘の艤装は砲雷撃という形にとらわれないで自由で細かい作業が行えるように設計されたんだって。だから五十鈴ちゃんや他の艦娘とは違って、目に見える形で装備する艤装が少なくて動きやすい、身に付けていてもかなり自由に動けるの。他の艦娘が艤装自体で攻撃を防ぐなら、川内型はその身軽さと装着者の運動神経で攻撃にそもそも当たらないようにして戦うことが求められるの。だからコアユニットも動く際邪魔にならないようになるべく小さくなってて、普通にしてたら見えない位置つまり死角となるところに装備するようになってます。つまりあたしたちの頑張り次第でどうにでもなるということ。まぁ、難易度高めの艤装といえばそうかな。でも慣れれば弱みなんか見せずに済みます。」

 那珂が説明すると、思い出したように五十鈴が付け加えて語った。

「そういえばあなたの初めての出撃やその後の何度か出撃でも、めちゃくちゃトリッキーな動きして戦ったわよね。あなたとの初めての演習でも私はあなたのその奇抜な行動でやられちゃったもの。私の五十鈴の艤装ではあんな動きはできないわ。さすがというかなんというか。」

 

 初めて他人から先輩の艦娘としての実力を聞いた川内と神通は、そのすごい動きを生で見てみたいという要望だった。そして川内と神通はそれぞれ違うことを思った。

「へぇ~、攻撃は最大の防御なりみたいなものですね。あたしも好きです、そういうやり方。早く使ってみたいなぁ~!」

「わた、わたし……あまり自信ないです。身を守れるパーツが多いほうが安心できるのですが……。」

 

 二人の反応は想定済みな那珂はそれぞれに対してフォローをした。

「うんうん。川内ちゃんはきっとノッてくれるって思ってた。神通ちゃんはね~まずは体力つけよっか。きっと自信もついてきて普通に使いこなせるようになるよ。」

「そう言ってくれるのは嬉しいんですけど、やっぱり自信がない……です。艤装の仕組みとか歴史を学んでるほうが好きというかなんというか……。」

 自信のなさに満ち溢れている神通の一挙一動。しかし最後に尻窄みに口にしたことを那珂は聞き逃さなかった。二カッと神通に強く微笑んで那珂はあえて強調した。

 

「うん。さっちゃんならきっと大丈夫。きっと神通に慣れられると思うよ。」

 那珂はあえて彼女を本名で呼んだ。

 神通は、那珂のその自信はどこから来るのか根拠がわからなかったが、なんとなく彼女に身を委ねれば大丈夫だと、これまた根拠の無い安心感をほんのり抱いた。これから学べばきっとわかると、神通は唯一の取り柄らしい取り柄の勉強熱心さを強く自信を持つことにした。

 その後那珂は川内と神通に川内型の艤装の部位の説明を続けた。

 

 

--

 

「それじゃあね、次はこれ。」

 那珂が次に指し示したのは、足に取り付ける脚部のパーツだ。

「これって……確か足につけるやつですよね?」

 川内は那珂が手に取ったそのパーツを見て言った。神通は黙ってコクリと頷いて見続けている。

 

「そーそー。艦娘にとってまさに足でコアユニットの次に大事な部分だよ。」

「でも……これとかこれはどうするんですか?あたしはこっちのほうが気になるんだけどなぁ。」

 川内が不満気に指し示したり手に取ろうとしたのは、小さな装砲や接続端子のついたカバー、そして魚雷発射管である。川内は見た目で非常にわかりやすい艤装のその部分が気になって仕方なかったのだ。

 しかし那珂の方針に当てはめるとその部位に視点を当てるのは那珂の考えにはそぐわない。

 

「うーん、それらは後ね。まず二人には艦娘として当たり前で基本中の基本である、移動を先に体験して色々感じてもらいます。いーかな?」

「はい。」

「うーーーーーわかりました。」

 神通はすぐに返事をしたが、川内はまだ不満があるのかはっきりとしない返事を返した。那珂は二人の反応には特に触れずに説明を再開した。

 

「これは正式には主機関って言って、実際の船でも同じ言い方するものね。でもまぁあたしたちは足の艤装とか、ブーツとか、日常で例えやすい言い方で呼んでます。このパーツはね、まあ普通に履けばいいんだけど、川内型のこのパーツは素足だと少しぶかぶかなので、適当な靴と一緒に履くことをおすすめするね。で、このパーツは、本物の船の主機と同じく水上を滑るように進むための推進力を生み出すんだけど、艦娘の世界ではそれプラス、同調することで浮力をものすんごく発するようになってます。だって人間が二本足で水上で浮かぶなんて忍者でもないかぎり……ね?」

「あ~、忍者の水蜘蛛ですよね?」川内が例えを実際に口に出して確認する。

 那珂はそれにコクリと頷いて言葉を再開する。

「そーそー。人間に及ぶ浮力だけじゃ全然足りないので、この足の艤装が浮力をカバーしてくれます。このあたりのことはアルキメデスの原理って言って……。」

 那珂がかいつまんで原理の話をしだすと、川内は目を丸くし、神通はウンウンと頷く。反応がまるで変わったのに気づいたが、あえて説明を止めたり茶化す気はなく続けた。

「そんでもって明石さんの説明によると、考えたことをある程度理解して動いてくれるらしいの。実際使うときは前へとか、右へとか、後ろへとかその程度。あとは足の動きや姿勢で移動ができます。」

「あの。それは……五十鈴さんや五月雨さんの脚部の艤装もそうなのですか?」

 神通が質問をした。

「多分そーだと思うけど、五十鈴ちゃん?」

 他の艦娘の艤装のことは詳しく知らないため那珂は五十鈴に視線を送ると、五十鈴は了解とばかりに自身の脚部を手に取り説明をし始めた。

「そうね。私の脚部のパーツも同じよ。ちなみに私の装備する五十鈴のパーツはね、スネの下半分から爪先まで覆われる形で装備して水に浸かることになるから、実際水上に浮かんだら那珂とは少し身長差が発生するの。その分滅多なことでは転ばないし安定感があるわ。けど足を踏みしめるような踏ん張る動作がしにくくなるから未だに違和感が取れないわ。」

 説明に交えて自身の艦娘としての運用の愚痴を交える五十鈴であったが、その愚痴を那珂と川内は特に気に留めなかった。神通は五十鈴の愚痴を言う時の影を落とした表情を察して一言だけ声をかけた。

「なんと言いますか、大変なんですね……。」

 五十鈴は眉を下げて苦笑いをして神通に反応した。

 

「まー、仕組みは気になったら各自調べてみてね。あたしがしてあげるのは二人に使い方を教えることだから。ここから実地で行くよー。」

 那珂はそう言って立ち上がった。

「いきなり海に行って試すのも心配だろーから、しばらくは演習用プールでするよ。その前に、ここで履いて歩く感覚を覚えてみよっか?」

 那珂は川内と神通に向かって手で立ち上がるよう合図をして立ち上がらせる。そして自身の脚部のパーツを掴み、履き始めた。

「さ、二人とも履いてみて。それから同調して。」

 那珂が脚部のパーツを履き始めると、それを見て川内と神通も立ち上がって同じように履き始め、最後に同調をした。その刹那、3人とも完全に那珂、川内、神通に切り替わった。

「地上での歩き方はすり足を意識して歩く感じで。力や素早さの感覚が慣れないうちはさらに意識してゆっくりすり足をする感じでね。そうしないととんでもないスキップをした感じになってコケちゃうよ?」

 言い終わると那珂は歩行を実践し始めた。その歩き方はすり足という感じではなく、少々ガニ股気味になった普通の歩き方である。至極普通に歩いている様子を見て川内は何かを感じたのかニンマリとする。

「なーんだ。簡単そうじゃないですか。よし、私も……。」

 そう言って川内が第一歩を踏み出した瞬間、さきほど那珂が注意したとおり後方へ力を入れた左足、前へ出した右足は彼女が考えていた以上に距離を開けてしまった。左足で蹴る力のほうが優っていたため、川内は思い切り前へつんのめってバランスを崩して右肩から転んでしまった。

 

ヒョイ!

ズデン!!

 

「かぁ~~……いったぁ~。」

「ちょ!?だいじょーぶ川内ちゃん?」

 那珂は近寄って声をかける。

 

「すみません。力の加減が全然わかりません。」

「だから言ったのに。慣れてないんだからもっとつよーくすり足を意識するんだよ。」

 那珂と川内がそう言って話していると、二人の後方から声が聞こえた。

「こ、こうですか?」

 二人が振り返って見ると、神通がかなりゆっくりめであるが、右足を前に出し一歩、左足を前に出しもう一歩と二人に近寄ろうとしていた。

「おぉ!!神通ちゃんすごい!ちゃんとできてるよぉ~!」

 褒められて照れる神通。それでも歩みを止めずに二人に近づく。

「そ、それほども……。ゆっくり動くのは……日常的に当たり前なので。」

 神通が歩くのを見た川内は、数秒呆けていたが、すぐに我に返って眼の色を変えた。

「くっ、神通が先にできるなんて。納得いかない!あたしだってぇ!!」

 川内はゆっくりと立ち上がって、側にいた那珂に離れるよう手で合図をすると、神通と同じくそうっと一歩を踏み出し始めた。

 

「すり足で一歩、すり足で一歩ーー。」

 

 川内は先程コケた力加減を参考にして足を踏み出すがやはりうまくいかない。その後1時間ほど掛けてようやくコツを掴んできた川内は5mほどは超スローペースながら歩くことができるようになった。先にコツを掴んで歩けるようになっていた神通も大体同じくらいの成長度であった。

 すでにお昼近くになっていたが、二人とも一切やめようとせず、ひたすら超スローペースな歩行練習をしていた。事情を知らない者が見ればおかしなことをしている女子高生たちだと思う光景だ。

 

「地上であたしや五十鈴ちゃんみたいに普通に歩けるようになったらもう十分だよ。今日はそこまでを目標にやってみよっか。」

「「はい。」」

 一旦お昼休憩をはさみ、午後は暑くなってきたので本館の冷房の効いた執務室に4人でこもり座学をし、夕方になってから川内達は再び工廠脇に行って同調後の地上の歩行練習を続けた。

 

 夕方、ひたすら練習した成果が出たのか、川内はもともと運動神経が良いためか、彼女は12~3m程度は同調していないときと同様に歩けるようになった。神通というと、不安の種だった体力が影響して川内とは距離も劣る6~7mは問題ない歩行ができるようになってきた。

 那珂と五十鈴が見る二人は、最終的にはかるく駆け足くらいの移動速度をマスターできていた。二人の様子を見た那珂は満足気な顔になって二人に声をかける。

 

「うんうん。二人とももー大丈夫そうだね~。お姉さんは嬉しいですよ~。」

「アハハ。もうだいぶ慣れてきました。」

「私もです……。」

 川内と神通は微笑んで穏やかにその成果に喜びを感じていた。

 

「まー、地上であたしたち艦娘は戦うわけじゃないから、あくまでもいざというときの基本の動きとしてね。ここからが本番だよ。明日はいよいよ水上で浮かんでもらいます。」

「「はい!!」」

 そう掛け声を那珂がかけると川内と神通はハキっと返事をした。

 

「それじゃ二人とも、同調切っていいよ。お疲れ様~。」

 那珂の一声で川内と神通は同調を切り、その場にへたり込んだ。肩で息をしたり大口を開けて酸素を取り入れようとする二人の様子を見た那珂と五十鈴は二人に微笑んで労いの言葉をかけた。川内と神通も少し呼吸を整えた後に笑顔で返す。

 その後各自の艤装を工廠に運び入れ、明石に声をかけた。

 

「明石さん、艤装ありがとうございました!」

「いえいえ。ちゃんと仕舞って置きますからね。それにしても川内ちゃんと神通ちゃん、上達しましたね~。時々ちらっと見てましたよ。」

 大人が見ていたと知ると途端に照れ始める川内と神通。

「ま、マジですか~。うわぁ~なんかはずい~。」

「うぅ……はい。ただ歩いただけなのに……。」

「何言ってるんですか。小さな一歩は大きな一歩ですよ。頑張ってくださいね。」

「「はい。」」

 

 明石に労いの言葉を掛けられた川内と神通は照れてはにかみ、しばらく談笑した後、那珂らとともに工廠を後にした。

 

 

--

 

 那珂たちは本館に戻り、更衣室で普段着に着替えはじめた。川内と神通は汗をかなりかいていたため一通りタオルで吹いた後着替える。

 

「あ~、やっぱり訓練後は素早くシャワー浴びたいな~。」

 川内がそう愚痴をこぼすと、全員がウンウンと頷いた。

「確かにそーだよね~。早くシャワー室だかお風呂だか作って欲しいよね~。」と那珂。

 

「その話は私も提督から伺ったことあるけれど、一体どこに作るのかしらね?」

 五十鈴も話題に乗って誰へともなしに質問をする。

「多分すでに水回り来てるところだろーから、お手洗いの隣か更衣室の隣かなぁ?そのあたり提督以外だと五月雨ちゃんが詳しそーだけど。」

「そうね。あの子に聞いてみるのがいいかも。」

「あ、でも五月雨ちゃん、今週は家族旅行らしくて来ないんだって。だから明日提督に聞いてみよ?」

「あら、そうなの?……仕方ない……わね。」

 五十鈴の提案に那珂も川内も神通も同意の様子を見せた。

 

「ウンウン。どうせ催促するなら4人で色仕掛けすればあの人はコロッと落ちますよ~。」

 那珂が発言すると、その途中の言葉を耳にした他3人はまた始まったと思った。その後続く言葉はそのものスバリだった。

 

「五十鈴ちゃんと川内ちゃんのそのでっけぇ!タンクで!直接攻撃するでしょ~。あたしと神通ちゃんで言葉責めするでしょ~。もーイチコロでメロメロですよあのおっさんは。」

 前半は手をワシワシさせながら言い、後半は吐息を吹きかけるような仕草で言う那珂。

 

 直接的な言い方は避けたのは那珂の良心だった。それでもすぐにその比喩の表すところに気づいた五十鈴と川内は顔を赤らめて、着替え中の手に取っている私服のシャツや上着で隠す。

「も~~!那珂さんのそういうところあたし嫌なんですよ~!ねぇ五十鈴さん、この人どうにかしてくださいよぉー!」

「本当、私もそう思うわ。ねぇ、そういう下ネタ気味なおちゃらけやめなさいな。特に人を弄るようなこと。」

「そんなぁ!あたしが真面目だけになったらあたしじゃなくなるよぉ?」

 那珂は指摘されても依然として変わらずおどけ混じりの返しで五十鈴たちに応対する。

 

「別に真面目になれって言ってるわけじゃないのよ。その下ネタ気味の発言を控えればそれでいいのよ。どうしても続けるならあんた、アイドルじゃなくて芸人目指しなさい。艦隊の芸人。それなら100歩譲って許してあげないこともないわ。」

 

 五十鈴が何気なく言い放った皮肉発言は、先程まで茶化した発言をしていた少女に衝撃以上の大ダメージを与えるのに十分すぎてオーバーキルになってしまった。那珂は目を見開いて口をパクパクさせて声に出ない悲鳴をあげようとしていた。

「ちょっと(笑)。 とっさにそんな芸人っぽいリアクション取らなくてもいいのよ。冗談なんだから。」

 

「う、うぅ……うわぁ~~~ん!」

 那珂は2~3歩後ずさったのち、近くのテーブルまで駆けて行って頭を抱えて突っ伏してしまった。

 

「? 那珂さん?どうしたんですか?」と川内。

「……?」

 神通はあえて話題に入らないようにしていたが、那珂の様子が気になり心配そうな視線を送った。二人の視線を受けたのに気づいてか気づいてないか那珂はタイミングよくか細い声で心の叫びをひねり出した。

 

「芸人は……違うよぉー……。言われるまで気づかなかったよぉ……。あたしが目指すのはアイドルなんだよぉ……」

 自身の仕草やリアクション等の振る舞いが傍から見るとアイドルのものではなく、芸人寄りのそれになっていたのか!?と、那珂はアイデンティティを失いかけて先程までの勢いはどこへやら、意気消沈してぐすんと鼻声になってしまっていた。

 那珂のその様子をいち早く察した神通が駆け寄って小声で様子を聞き慰める。そののち神通は五十鈴と川内の方を向き、頭を振った。

 

「え?どうしたっていうの?」と川内。

「な、那珂?」と五十鈴。

 神通は五十鈴たちに駆け寄って行って、那珂からなんとか聞き出したその思いをやはり小声で二人に耳打ちした。神通から那珂の思いを聞いた川内と五十鈴は顔を見合わせ、呆れたという様子で言い放った。

「芸人って言われてショックだったんだ……那珂さん。」

「そりゃあね、アイドル目指してたはずが芸人さんですよねって言われたら自我崩壊しかねないわね。まあ、あの娘には悪いけど、これで弱点一つ握ったわ。フフフ。」

「うわぁ、五十鈴さんめちゃあくどい顔……。」

「……(コクコク)」

 艦娘としてのライバルの弱みを握ることに成功した五十鈴の呟いた言葉とその時の表情は、那珂の後輩たる川内と神通をドン引きさせるほどだった。とりあえず神通が察したことは、この二人には第三者に言えぬ何か因縁があるのだろうなということであった。

 

 那珂はガチすすり泣きをしていたので、五十鈴は自分の発言が予想以上の大ダメージを与えたことに責任を感じ、寄り添って頭を撫でてなだめた。

「ほーら、いい加減泣き止みなさいな。謝るわアイドルさん。」

 那珂はキッと泣きはらした顔で睨む。五十鈴はその顔を見てハァ…と一息ついて再び声をかけた。

「あとでいくらでも私達をからかっていいから。あんたあの二人の先輩でしょ?シャキッとなさいな。」

「……うん。後で提督のいる前でめいっぱい下ネタ言って口撃してやる。」

「……あんたそれやったらマジで張り倒すからね? そ・れ・以外で! それに本気で艦隊のアイドルとかそんなよくわからんもの目指すなら、せめて髪型普段と変えたり、歌の一つでもやってご覧なさいな。」

「ブー!」

 一通り慰めの言葉をかけるとそれ以上は那珂の様子を気にしなくなり、五十鈴は自身のロッカーに戻っていった。那珂は普段学校で自身のボケやアクションに応対してくれる一番身近な人と比較してしまい、やや不満気だった。

 


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