同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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基本訓練(導入)

 昼食が終わって那珂たちは本館へ帰ってきた後、それぞれの作業の続きをした。那珂は訓練のカリキュラムの調整の続きを、川内と神通はカリキュラムの中の座学たる"一般教養"と"艤装装着者概要"を、教科書を使っての独学を再開した。

 二人は那珂と提督から、教科書を繰り返し読めと指示を受けたため、一旦その本をコピーしにコンビニに出かけ、必要と思われるページをコピーしたのち、二人で分けて読書を再開した。原本は川内の強い勧めにより、神通が持ち帰ることとなった。

 

 

 那珂は数回提督とカリキュラムの調整内容を話し合い、大体望みの形を見出した。しかしそれをそのまま実行に移せるわけではない。最終的には、川内と神通の身体的な確認が必要になるからであった。

 夏休み初日、まだ7月後半とはいえすでに夏真っ盛りの気候のため暑い。熱中症にも気を張らなくてはいけないため、その日は夕方まで川内たちには教科書を読ませることにし、那珂は16時を過ぎたあたりで一旦一人で外に行った。気候を確認した後再び執務室に行きソファーで寝っ転がって教科書を読んでいる川内・きちんと座って読んでいる神通の両人に向かってこれからの予定を伝えた。

 

「さて、二人とも。外はだいぶ暑さが和らいできたから訓練始めるよ、いい?」

「はい!待ってました!」

「……わかりました。」

 

「とはいってもね、今日はカリキュラムの内容にいきなり入るんじゃなくて、二人の体力測定みたいなことをしたいと思います。ここまではいいかな?」

「体力測定ですか。まぁあたしはいいけど、神通は運動苦手なんでしょ?」

「……苦手というか……体力が心配です。」

 川内の口ぶりは余裕を持っていて軽いが、神通は語尾を濁す。

 

「そんなだから、いきなり艤装装備してやるんじゃなくて二人の限界を知りたいの。それによってはカリキュラムをまた調整しなくちゃいけないから。二人に無理のないカリキュラムにするために、今日はこれだけ頑張って、ね?」

「「はい。」」

「それから提督。」

「ん、なんだ?」

「あたしだけだと絶対偏った見方になっちゃうから、提督も二人の様子を見て欲しいの。前に提督があたしのこと見てくれたように、二人の身体能力を計るのを助けて欲しいの。お願い?」

「あぁ。わかったよ。」

 提督の返事を聞いて那珂は提督に向かって無言でコクリと頷いた。

 

 

--

 

 16時すぎ。気分的には夕方だが、夏のこの時期晴れていれば普通に明るく、まだまだ日中という感覚だ。

 気候としては太陽がわずかに落ちてきているため暑さは13~15時ほどではなくなっている。とはいえまだ暑いことには変わりはないため、川内と神通を外に連れてきた那珂は二人に無理をさせるつもりはなかった。

 4人が出てきたのは本館裏手、つまりは本館と海岸の間にあるグラウンドだ。一般的な鎮守府よりも狭いとはいえ、都心ど真ん中の学校によくありそうな小さめのグラウンドと同じくらいの広さは確保されている。

 

「体力測定って言っても、具体的にはどんなことするんすか?」

 両手を頭の後ろで組んで歩いていた川内が開口一番質問をした。

「んーとね。あまり複雑なことやってもあたしも提督も計れないから、わかりやすいところでは、ぐるっと何周かするのと、反復横跳びとか、腕立て伏せくらい? てきとーで悪いけど、それらをできるところまで。」

「はい。わかりました。」

「……うぅ。はい。」

 ケロッとした返事をする川内と、かなり嫌そうな表情で返事をする神通。違いは明白だった。

「それじゃ最初はグルっと5周くらいしてみて。携帯でタイム計るから。」

「了解で~す。」

「……はい。」

 

 那珂と提督はそれぞれ携帯電話を出し、川内と神通のラップタイムを計り始めた。

 軽快に走る川内。それを追うように走る神通。川内の走る姿は綺麗なフォームで陸上部の部員さながらの姿であった。一方の神通は明らかに運動苦手そうな少女の女の子走りになっており、川内とはすぐに差がつきはじめた。

 川内が5周走り終わる頃には、神通はまだあと2周残っているという状況になっていた。

 

【挿絵表示】

 

「はい!川内ちゃんゴール!」

「ふぅ。タイムはどれくらいですか?」

 わずかに息を荒く吐きながら川内が那珂に近寄る。

「これくらいだよ。」

「うーん。この前の体育の時より落ちてるなぁ。」

「アハハ。まぁここは学校のグラウンドとは大きさも地面の質も違うから一概に言えないと思うけどね。でも早いね~川内ちゃん。マラソンやったらあたしより早いんじゃない?」

「え、そうなんですか?那珂さんは運動って……」

「あたしもそれなりに得意だけど、持久力は川内ちゃんに負けちゃうかもなぁ~」

 アハハと笑いながら川内のタイムと能力を褒める那珂。川内はこの完璧超人の生徒会長に勝てる要素があることを誇らしく感じた。

 

 那珂と川内が自身の体育のことについて話している間、神通はまだ走っている。速度が落ち、どう見ても体力の限界の様子が伺える。

「なぁ那珂。神通やめさせたほうがいいんじゃないか?ヘロヘロになってるぞあれ。」

 神通のタイムを計っている提督は神通を見て途端に不安になったことを那珂に漏らす。

「あと少しなんだし、彼女がもう限界って言うまでは続けます。そしたら休ませます。」

「うわぁ……那珂さん厳しいなぁ~。」川内は顔を歪めて言った。

 

 そののち神通は本気で限界を感じたのか、最後の1周の半分まで来たところで、バタリと倒れこみ、力を振り絞って手を掲げて"限界"という意思表示をした。さすがに本人から死にそうな意思表示を掲げられては続ける気が失せてしまった那珂はそこで測定を中断した。

 駆け寄った3人は神通の状態を確認する。熱中症の類の心配はなさそうだが、かなり息があがっていてつらそうな雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。

 

「ロビーは冷房が効いてるから、そこで休ませよう。俺が運ぶよ。」

 そう言って提督は神通を正面から抱えて抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこ状態である。普段であれば抱き上げられた時点で神通は顔を真赤にさせて慌てふためいてもおかしくないところだが、その時彼女はそんな気力すら残っていない状態であったため、おとなしく提督に抱きかかえられてロビーの端にある長めのソファーに横たえられた。代わりに内心慌てふためいて身悶えして恥ずかしがったのは那珂だった。表向きは努めて冷静を装い、提督に抱きかかえられてロビーに運ばれる後輩の姿を眺めるだけだったが。

 川内は那珂の指示で執務室に一足先に戻り、置いてきたスポーツドリンクを持ってきて神通の口に運んで飲ませる役目を担った。

 

 

 数分してようやく話せるくらいにまで回復した神通。そんな彼女の手を取って那珂は一言謝る。

「ゴメンね。無理させちゃって。でもこれで今後の訓練では、神通ちゃんには無理の無い範囲でやれるカリキュラムを立てられるよ。だから、今日は我慢して限界まで走ってくれてありがとね。」

 那珂の優しい言葉に、神通は返した。

「あの……私、まだやれます。」

 神通の言葉に那珂はチラッと提督を見て目配せをした後、神通に向かって頭を振った。

「無理しなくていいよ。あたしは二人の限界が知りたかっただけだから。」

「ゴメン……なさい。私、足手まといにならないように、体力つけます。」

 まだ完全に復活していない呼吸を整えながら神通は自身の思いを口にした。

 

「もう~神通ちゃんは頑張り屋さん!負けず嫌いなところあるのかなぁ?もう~可愛いなぁ~!」

「あ、熱い……です、那珂さ…ん。」

 思わず神通をヒシッと抱きしめつつ、さりげなく的確に評価をする那珂。ムギューっと抱きしめられた神通は那珂を振りほどこうと弱々しく身を捩るが、結局人肌の熱さは取れなかった。

 

 

--

 

 神通が立ち上がって普通に歩けるくらいに回復した頃には、17時にあと数分で届く頃になっていた。

 

「えーと、体力測定なんだけど、まぁ、なんとなくわかりました。ホントはこのあと反復横跳びとかしてもらおうと思ったんだけど、状況が状況なのでやめておきます。神通ちゃんダイジョブ?」

 那珂の言葉のあと、神通はコクリと頷いた。

 

「あのー、あたしはまだまだやれますよ。足りないくらいです。」

 まだ元気いっぱいとばかりにガッツポーズをする川内。事実、彼女はまだ体力があり余っていた。そんな彼女の様子を見た那珂は俯いて考えたのち、こう彼女に伝えた。

「それじゃあ川内ちゃんだけ今日は続きね。神通ちゃんはあたしたちと一緒に川内ちゃんのこと見てよっか。」

 

 川内と神通は頷き、川内は再びグラウンドへ、神通は那珂に付き従う形で彼女の向かう方向へついていった。提督は那珂たちからやや離れた距離を保ってグラウンドに出た。

 その後、川内はもう5周し、その後反復横跳び100回、腕立て伏せ12回をこなしたところでようやくヘトヘトになって座り込んだ。これといって特定の運動部に所属していないがこれだけこなした川内。そんな彼女に対して、那珂は心のなかでこう思った。

 

((体力面はまったく問題なし。むしろあたしを超えそうで頼もしいな。もしかして……脳筋だったりするのかな?))

 甚だ失礼かもしれないと思い、口には一切出さなかった。

 

 

「はぁ……はぁ……。さ、さすがにヘトヘトだわ。提督! あたしのタオルと飲み物取ってきて~。」

「はいはい。っていうか俺、一応君たちの上司なんだけどな。」

「気にしないでいいよ!」

「それは俺のセリフだわ!」

 提督は一応文句を言うが本気で嫌というわけではない。ロビーに置いてきた3人分のタオルと飲み物をまとめて持ってきた提督は川内に確認する。

 

「ほら。どれが川内のだ?」

「ん~? あ、それとそれ。」

 川内はスクっと立ち上がって小走りで提督に近づき、彼が持っていたタオルとペットボトルのうち自分のものをサッと抜き取り、まだ提督の手に引っかかっているタオルで自らの顔を拭い始めた。

 提督は自分の手に引っかかったタオルが引っ張られ、川内が顔を思い切り近づけてきたのにドキリとした。川内は提督の反応なぞ気にせず汗を拭う。ミディアムな長さの髪が頭を振って拭う仕草に合わせて揺れる。激しい運動後のため、否が応でも汗の匂いがダイレクトに周囲、至近距離に伝わる。

 生活が生活なら女子高生とこんなに接近したり親しげに会話することなぞありえなかった三十路の西脇提督は年甲斐もなく中学生のように照れ、その照れ隠しに軽口を叩く。

「あー、人の手元にまだあるのに近くで拭くな。全部抜いてから拭け。汗臭いな。」

「そっか。アハハ!ゴメンゴメン。」

 提督の軽口を特に気に留めず素直に謝る川内。その口ぶりは人の評価など一切気にしていないのがよく分かる軽快さそのものだ。

 

「ちょーっと提督!女の子に臭いとか汚いとか言ったらダメだよぉ!デリカシーなさすぎ!」

 何気なく提督と川内のやりとりを見てた那珂は二人のその言い方と態度が気になり、二人に割り込んで入るように身体を近づけて注意しはじめた。たじろぐ提督を最後まで見ずに今度は川内の方を振り向いて叱る。

 

「あと川内ちゃん。女の子なんだから、丁寧に受け取って人の迷惑にならない距離でそういうケアしなさい!」

「え~別にいいじゃないですか~。」

「ダーメ!艦娘はうちの学校の生徒だけじゃなくていろんな人が集まるんだから、今のうちにうちの学校代表として恥ずかしくない振る舞いをしてよね?」

 

「はーい。善処しまーす。」

「はは、厳しい先輩だな、川内。」

 気怠い返事を返す川内を茶化す提督。その瞬間那珂は提督にキッと鋭い視線を送る。

「……っと。俺も気をつけます。」

 その視線がかなり真面目なモードだったので提督は本気で驚いて謝った。

 

--

 

 二人から返事を聞くと那珂は2~3歩離れてしゃべる。

「はい、よろしい。それじゃあみんな、ロビーに戻りましょ。川内ちゃんお疲れ様でした!」

「はーい。汗かいちゃったしシャワー浴びたいなぁ~。」

「……私もです。」

 那珂のすぐ後ろに来ていた神通も川内と同じ意見を呟く。

 

「ねぇ那珂さん。シャワーってどこにあります?」

 ロビーから執務室に戻る途中で川内が尋ねる。その質問には提督が答えた。

「すまん。シャワー設備はないんだ。」

 

「えーー!? じゃあ那珂さんや村雨さんたちはどうしてたの!?」

「駅の向こうのスーパー銭湯行ってたよ。」

「えーー。ちょっと面倒だなぁ」

 そう言いながら汗ばんだ感触が気持ち悪いのか、艦娘の制服の胸元の生地をパタパタ揺らして空気を通し、涼みながら川内は文句を言う。彼女の気持ちを十分理解しているのか、那珂は同意した。

 

「確かにそうだよねぇ。せめてシャワー室1つは欲しいよねぇ~。チラッ?」

 言葉の最後はわざとらしく効果音を口で発して提督に視線を送った。那珂は先頭を歩いていたため、振り返って送った彼女の視線の先に川内と神通の二人はすぐにその意図に気がついた。

 

「ねぇ提督。シャワー室作りましょうよ!」

 川内はストレートに提督に目下最重要な願い事を言った。那珂と神通も視線で訴えている。そんな3人を見て提督はドヤ顔になって口を開いた。

 

「あぁ。実は五月雨たちからもお願いされていてな。今建築業者と最終的な設計を詰めてるところなんだ。」

「えっ!?そーなの?だったら早く言ってよ~!」

 那珂は提督の側に駆け寄り肩を小突くと、川内達の方を見て言葉を続ける。

「川内ちゃん、神通ちゃん。うまくいけば訓練期間中にシャワー浴びて気持よく帰れるようになるよ!」

「ですね~!」

「……ほっとします。」

 

 3人が勝手に盛り上がるのを見て提督は苦笑しながら3人に向かって伝える。

「まだ工事計画中の別館もあるし、西にある市との共同館や別館も効果的に使えるように設計しなければいけないんだ。意見をくれると助かるよ。」

「もしかしてさっき提督がPCに向かってやってたのって……」

 那珂が想像しながら尋ねると提督は答えを発した。

「そう。フロアのシミュレーションアプリで設計考えてたんだ。」

 

 提督の発言を聞いた川内はその場にいた誰よりもノリ気になって声高らかに提督に願い出る。

「ゲームみたいで楽しそー!それ見せて!」

「あぁいいよ。」

「やったぁ!」

 

 提督と川内が妙に仲良さそうにしているのを目の当たりにし、やや不満気になる那珂。日中に二人の接し方に対して感じた妙な感覚。那珂は複雑な心境になりはじめた。

 

 川内が自身で言っていたように、あまり深く考えずに物事をする傾向にあることを那珂はわかっていた。最近の言動や行動を見てもそうだと把握している。趣味が合うから男子生徒と一緒になって馬鹿騒ぎする。ただそれだけの行動原理。流留自身にはどの男子に対しても恋愛感情はないのかもと那珂は想像した。

 男勝りとも言える少女、川内こと内田流留。ハッキリ言って黙って立っていればうちの高校でトップクラスの美少女だろうと那珂は評価している。その評価は他の生徒もそうだろうとなんとなく察していた。だからこそ彼女の何気ない振る舞いを誤解して妬む女子が多かった。そしていじめ。

 今の自分はややもすると、妬んで流留をいじめていた女子の数歩手前まで来ているのではないか。たった数日しか提督に会っていないのに、下手をすれば4ヶ月近く艦娘として在籍して提督と接している自分よりも提督と親しげに接している。那珂の心の奥底で靄が発生し始めるのを感じた。それは世間一般的には妬みや嫉妬と呼ばれる感情だった。

 このまま進めば流留をいじめる(ていた)女子のようになりかねない。だが自分は彼女の考えを聞き、彼女のことを理解した上で最大の味方としてここにいる。事の次第をわかっているから一歩を踏みとどまることができる。そう自分に言い聞かせて彼女に対する負の念を押し消す。

 那珂は二人の会話に表向きはにこやかな笑顔を向けながら観察を続けた。

 

「ねぇ提督!そのアプリってどう?面白い?」

「いや……面白いかって言われると、あくまで仕事として使ってるからなぁ。まぁ、作ったり設計することが好きな人なら、プライベートでやるなら楽しく使えると思うよ。プラモやブロック遊びと似てるな。」

「そっか。なら見るだけじゃなくてやりたいなー。」

「やらせるのはちょっとな。そのまま業者に発注できちゃうから見るだけ。」

「はーい。じゃー仕事じゃない時にやらせて?」

 

 川内は提督の忠告に素直に返事をし、汗を流したいという欲求を忘れて満面の笑みを提督に向けて会話する川内。それを見ていた神通が静かにツッコんだ。

「川内……さん。シャワー浴びたかったのでは? あまりこの状態で……男性の側にいるのはどうかと。」

「ん~~?あぁ、そっか。すっかり忘れてた。シャワーも浴びたいけど、そのアプリも見たいなぁ。どうしますか、那珂さん?」

 

「えっ!?それをあたしに聞くぅ?」

 那珂は川内・提督観察を中断してすぐさま返事をした。

「いや、なんとなく。那珂さんの言うこと聞いておけばバッチリかなぁって。」

 

 ここまでのところ、川内の提督に対する接し方は男子生徒に対してと変わらない、素直な欲求によるものだ。なんら心配することはない。だから川内を妬むのは筋違いだ。せっかくの艦娘仲間であり大切な後輩なのだ。よくないことを考えるのはやめよう、那珂はそう捉え、思考を切り替えることにした。

 とりあえずは求められた意見への回答。あまり自分を盲信されても困るが、期待に答えないわけにはいかない。

 

「う~~ん。まぁ、夏休みはまだたくさんあるんだし、今日は二人ともスーパー銭湯行って帰りなさい。」

 小さい子がお姉さん風を吹かすような仕草をわざとらしく再現して二人に指示する那珂。 ここはさっさと帰すのが吉だろうと判断した。

「は~い。わかりました。」

「……了解しました。」

 川内と神通の二人は那珂の指示に返事をして素直に従った。

 

「那珂さんはどうするんですか?」

「あたしはカリキュラム考えないといけないから残るよ。」

「えー、那珂さんもスーパー銭湯行きましょうよ~。」那珂に一緒に行こうとねだる川内。

「あたしそんなに汗かいてないし、二人のためにやることやっとかないといけないんだもん。明日からの訓練、乞うご期待!」

「アハハ。それじゃ期待して今日は帰ります。ね、神通。」

「……はい。あの……あまり厳しく方向で、お願いできれば……。」

「何言ってんの!那珂さんに任せておけば大丈夫よ!」

 神通の不安げな言い方に川内は同期の背中を軽くパシンと叩いて突っ込んでフォローをした。

 

「そーそー。だから行った行った!」

 那珂は執務室へ向かう道を逆走させるかのように川内と神通を手で払って急かした。とはいえ二人の荷物の一部は執務室にあるため一旦全員で執務室に入り、二人は持ち帰る予定の教科書を手に取り挨拶をして執務室から出て行った。

 

 出る前に日給のことを思い出した神通は川内の口を通して提督に尋ねてみた。すると提督は、早速とばかりに金庫から二人分のお金を取り出し封筒に入れ、手渡しした。川内と神通はそれを受け取ると、人生初の給料に沸き立つ。廊下に出た二人は軽快な足取りになって更衣室へと向かっていった。二人の手には8000円が入った封筒が壊れやすく大切なモノを扱うかのようにそうっと指と指の間に挟み込まれていた。

 

 

--

 

 その後川内と神通は制服から私服に着替え始めた。

「なーんかさ、那珂さんあたしたちを帰すの急かしてなかった?」

「……気にしないでいいと思います。」

「ふ~ん。ま、いいや。じゃあ早く着替えてお風呂行こ?」

「はい。」

 

 川内と神通は艦娘の制服のアウターウェア、インナーと脱いでいき、ロッカーから私服を出した。

「夏場に2枚も服着るもんじゃないね~。この制服夏の活動には向かない気がする。そう思わない?」

「でも、川内型はこれを着ないと性能を発揮できないらしいですし。」

「そんなことわかってるけどさぁ。せめて夏服、冬服とか欲しいよねぇ~。」

「……まぁ、それくらいは確かに思いますが。」

 

 川内は時々鋭い的確な指摘をする人なのだなと神通は思った。素直に感じたこと・欲したことを口に出すがゆえ、時々思考に鋭さが伴うのだろと分析した。神通はそんな彼女を羨ましく思った。色々感じたことを勝手に察し、自分が傷つかないように解釈を交えて飲み込んでしまいがちな神通。例え川内を真似したとしても、真似しきれずに終わるだろうと神通は想像し、一人で落ち込む。

 

 ふと顔を上げて川内を見ると、彼女は私服の上半身部分を着終えていた。薄い青地の長めのカットソーチュニックだ。

 神通は鎮守府に来る時にも見て思ったが、男勝りな雰囲気に似合わず服装は実に女性らしい。下は何も履いてないように見えて、ジーンズ生地のショートパンツだった。鎮守府に来る前に服装の話になり、おもむろにたくし上げてみせる彼女の仕草を見て神通は思わずドキッとした。てっきり下は普通に下着だと思い込んでいたため、見てるこっちが恥ずかしいと神通も那珂も焦った。

 正直に口に出したら川内本人には失礼な言い方だが、頭が悪いと公言していて男勝り、なのに私服へ気の使い方や細かいところは歳相応、女性らしい。そしてスタイルも良い。これだけアンバランスな味を醸し出す美少女なら、あの学校で妬む女子も多いわけだ。なるべく目立たないように地味でおとなしく、をモットーに生きてきた自分とは全然違う。

 神通はまたしても沈黙したまま他人観察・分析をしたのち思いを張り巡らせていた。

 

「ねぇ、神通さ。」

「は、はい!」

 考え込んでいた時に急に自身の艦娘名を呼ばれたため焦って川内の方を向いて返事をした。

 

「たまにっていうかしょっちゅう俯くけどさ、何かすっごいこと考えてたりする?」

「……!?」

「あぁ、気に触ったならゴメン。でもさ、気になっちゃうんだよねー。前髪たらしてるしメガネずーっとかけたままだし。あぁいや、メガネは仕方ないか。とにかくさ、何考えてるかわかんないから不安になっちゃうんだよね。」

 神通は、ズキッと心臓が痛むのを感じた。

「ご、ゴメン……なさい。」

「謝る必要ないって。あたしたちもう友達じゃん? それに艦娘としては姉妹だし同僚だし。今すぐどうってわけじゃないから、思ったことはなるべく話してよ。昨日も似たようなこと言った気もするけど、ほんっと、お願いね?」

「じゃ、じゃあ……今は、これだけ言わせてください。」

 

「うんうん!何!?」

 神通が語ると聞いて川内は身を乗り出して彼女に近づく。勢いがありすぎて鼻と鼻がくっつきそうなくらいであった。

「川内さんみたいに、お洋服のセンスとかスタイル良く大人っぽい女性に……なりたい、です。」

 

 4~5秒後、時が動き出す。

「…………え? えぇーーー!!?」

 大人しい同僚の考えていたことがまさか自身が気にしていたことだったとはつゆ知らず、驚きを隠せず後ずさる川内。

「いや、あたしそんなことないし!大人の女性って……あたしそんなことないっての~。」

 神通の言ったことを手をブンブン振りながら否定する川内。そんな彼女を見て神通はすかさずフォローをする。

「那珂さんも前に言ってましたけど、川内さんは……女性としてもっと自信を持って振る舞ってもよいかと思います。な、何をどうしたらそんなにスタイル良くて……素敵なお洋服選べるんですか?」

 先ほどまでのカラッとした元気は鳴りを潜めて神通の質問に困り笑いをしてたじろぐ川内。まだ下のショートパンツは履いてない、完全なワンピース着用状態の彼女はモジモジしながらゆっくりと口を開いた。

 

「いや……普通にご飯食べて適当に体動かしてるだけだよ。服は……あたしだってそりゃ可愛い服に興味あるし、雑誌見て適当に選んでるだけでぇ。普通の女の子っぽいことならむしろ那珂さんや副会長の中村さんにアドバイスもらったほうがいいって絶対。」

 照れまくる川内をよそに神通は胸に手を当てながら、さらに彼女の評価を口にする。

「川内さんは素敵な女の子だと思います。那珂さん……会長や副会長、和子ちゃんとは違うタイプ。また、私の憧れが増えました。」

 正直に神通が語ると川内は隠しもせず照れを表し続けながら言葉を返した。

 

「ん~~。えらく照れること言うなぁ。あたしなんか憧れにしたって……。」

「今どきの女の子のこと、教えてもらいたいくらいです。」

「いや、それ言うならむしろあたしの方こそ教えてもらいたいんだけどさ。」

 神通はほのかに笑顔を見せる。小さく、フフッと言葉が漏れたのを川内は聞いた。

「じゃあさこうしよ。那珂さんや五月雨さんたち、明石さんたちに女子とはこうあるべき!!ってのを一緒に教えてもらおうよ。きっと面白いよ? ……ぶっちゃけあたしとしては漫画やゲームのほうがいいんだけど、そんなこと言うと那珂さんに厳しく言われそうだから、こっちの方も身に付けないといけないし。」

「……はい。私も、そうしたいです。一緒に。」

 

「そうだね。頑張ろ、神通。」

 その言葉に神通は無言でコクリと頷いた。力強い頭の振りだった。

 

 その日もお互い語り合って結束をひそかに強める二人。川内のほうが先に着替えが終わっていたため、川内は神通が着替えを終えるのを待った。着替え終わった二人は艦娘の制服を包めてバッグに仕舞い、更衣室を出て鎮守府の本館を後にした。

 その後二人は初めて使う艦娘の優待特典をドキドキしながらスーパー銭湯で使い、無料で汗を流してサッパリした後帰路についたのだった。

 


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