同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

88 / 213
平穏な初日

 鎮守府に一番近いコンビニで昼食を買って川内と神通は鎮守府の艦娘待機室へと戻ってきた。するとそこには先ほどいなかった村雨がおり、夕立と不知火に何かを伝えていた。

 

「……というわけよ。二人とも大丈夫?」

「はい。問題ないです。」

「はーい。おっけーおっけーっぽい~」

 

 村雨は二通りの反応を目にして、最後の夕立に対しては額を抑えて再度言った。

「ゆう……本当にあなた大丈夫なのね?」

「え~なんで疑うの~?」片方の頬をふくらませて不満げに夕立は反論する。

「返事くらいちゃんとしてよぉ。旗艦としてはあなたの反応不安になっちゃうのよ。」

「あたしちゃんと返事したんだけどな~。」

「はぁ。さみや時雨の苦労がなんとなくわかった気がするわ……。」

 今回初めて旗艦を務めることになる村雨は、よく旗艦を務める五月雨や時雨の苦労を実感できた。そんな苦労は知らんとばかりに爛漫に振る舞う、頭を悩ませている張本人たる夕立は村雨の悄気げる態度をケラケラと笑うのみである。

 

 川内と神通は3人が話していることはよく聞こえなかったが、村雨の仕草だけは分かった。なんとなく苦労していると。

「村雨ちゃんだっけ? こんちはー、どうしたの?」

「あ、川内さん。こんにちは~。私今回初めて旗艦務めるんですけど、メンバーをまとめるのって大変だなぁ~って思いましてぇ。」

 

「あ~、あたしたちまだ艦娘になったばかりで知ったような口聞いちゃうけど、なみえさんが生徒会長やったりするようなもん?」

 川内の例えを村雨は理解できた様子で、頷いて肯定した。

 

「まぁ、出撃頑張ってね。3人だけなんでしょ?」

「はい。それでは行ってきますぅ~」

 那珂とはまた違うタイプの気さくであっけらかんとした性格の川内の言葉に、村雨はニコッとはにかみながら言葉を返し、夕立と不知火を引き連れて待機室を出て行った。

 村雨たちが部屋を出る前に川内が聞きだしたところによると、鎮守府Aの担当海域の外れにある湾内に、海に付きだした形で存在する公園、そこから見える範囲に最近深海凄艦らしき影が確認されたという。偵察任務メインの出撃とのこと。

 説明を聞いて、部屋を出て行く3人の背中を見ていた川内と神通はどちらともなしにため息を漏らして今の気持ちを吐き出した。

 

「出撃、いいなぁ~。早く外に出て戦ってみたいなぁ~。」

「わ、私も……いつか戦っても平気なようにしたいです。不知火さんたちに笑われたく……ない。」

「うん。そうだね。二人で訓練頑張ろうね、神通。」

「はい。」

 

 

--

 

 三人がいなくなり、待機室には川内と神通の二人だけになった。買ってきた昼食をテーブルに置き、 (主に川内が一方的に)おしゃべりしながら食べ始めた。

 口を二通りの目的で動かす川内と食べるためだけに動かす神通。神通は川内の話す内容を口を挟まず食べながら聞いている。川内の繰り出す話題はゲームだのアニメだのフィギュアの工作だの、およそ一般的な女子高生らしからぬ内容だったため、正直なところ神通にはサッパリであった。ただ一つ、工作物に関しては若干の興味を示すものの、それでも口を挟まず、ただ眉と目をわずかばかり反応させて相槌を打つのみである。

 ひとしきり話して満足したのか、川内はクライマックスとばかりにスポーツドリンクをゴクゴクと喉を鳴らして豪快に飲み干して食事を終えた。男子高校生さながらの仕草である。川内の食事は始めてから10分程で終わっていた。

 

「ぷはーっ!はー、ごちそうさまでした。」

「……川内さん、食べるの早いです。喋りながら……なんで早いんですか?」

「えっ、そうかな?あたし普通に食べてるだけなんだけどなぁ。」

 

 川内は椅子の背もたれに思い切り体重をかけてふんぞり返って言葉を返す。対する神通はまだ食事が終わっていない。彼女はチョビチョビと少量ずつ食べているためだ。川内から見るとイラッとするほどスローペースな食べ方だが、世間的には一般的な女子高生の食べ方の範疇で、さらに言えば大和撫子!と言いたくなるほどの上品な食べ方であった。

 

「てか神通の食べ方がノロノロすぎるんだよ。もっとサクッと食べなよ。」

「……食事は、その人の素が出る行為の一つです。どんな時でも恥ずかしくないようにしろと、ママから教わっているので……。」

 川内にしとやかに語る神通は再び食べ物を口に運び始めた。川内はその様をボケ~っと眺めることにした。6~7分ほど経ってようやく神通の食事が終わった。

 

「……ごちそうさまでした。」

「神通さぁ、普段のお昼間に合ってる?」

「? はい。普段は和子ちゃんと一緒なので、お互い同じくらいですが。」きょとんとした表情で答える神通。

「あぁ……まいいや。」

 和子と聞いて、似たもの同士なら気にならんだろうとなんとなく理解した川内はそれ以上ツッコむのをやめた。

 

 

--

 

 食べ終わった神通は、着任式のあの日から川内に対して思っていたことをおそるおそる聞いてみた。

「あの……川内さん。聞いてもよろしいですか?」

「ん?なぁに改まって?」

 

 深く深呼吸をする。そして神通は口を開いた。

「川内さんは、同性と接するのは苦手とおっしゃってましたけど、なみえさんや私は……いいとして、村雨さんたちは大丈夫なんですか?」

 

 神通からの素朴な疑問だった。川内はん~~と虚空を見つめて考えたのち、答える。

「あたし、同性と話すのそんなに苦手でトラウマってわけじゃないよ。あたしは、典型的な女子同士のいじめをするような性根の腐った馬鹿女が嫌いってだけ。まぁそれ以外でも話合わなきゃガッツリ苦手だと思うけど。あたし、思ったことわりとすぐ口に出しちゃうタイプだから、苦手な人は苦手だって馬鹿正直に言っちゃうと思う。」

「では五月雨さんたちは……?」神通はそっと尋ねた。

 

「ん~~。とはいえ五月雨さんたちくらいの年下なら、平気っぽい。でもなみえさんや神通以外の人とは、ちょっとだけ我慢してるってか踏ん張ってるっていうか、ともかくなんか違うっていう感情は持ってるかなぁ。」

 なるほどと神通は相槌を打った。川内の苦手だというタイプを述べる時の彼女の表情はやや険しく、そのときのセリフには、熱がこもっていた。

 

「あたし頭悪いし人の感情とか察するの得意じゃないからさ。変に考え過ぎたりあとでクヨクヨするの面倒だから、あまり物事深く考え過ぎないようにしてるの。あたしにつっかかってくる奴らは大抵あたしのことひがんでる性根の腐ったやつらだったし、そういう奴らは無視が一番。あたしはそうやって今まで自分の身を守ってきたんだもん。あとは艦娘の世界にそういう人がいないことを祈るだけ。まぁでも同じようなことが今後もあれば、あたしは艦娘の世界であっても同じ対処するかなぁ。だって気にしても自分だけ傷つくんだよ?損じゃん。」

 

 川内の語る思いはある意味で順当な対策で、視点を変えてみると逃げだと神通は思った。だが臭いものに蓋し、根本的な解決をしなくても人は生きていける、見ないということは逃げではなく生きるための選択肢でもあるのかと、神通は目の前にいる、明るく竹を割ったような振る舞いをする中性的な美少女、自分の同期である川内こと内田流留を見てそう感じた。

 

 以前川内は、自分は嫌なことがあって(艦娘の世界へと)逃げてきたと言っていたことを神通は思い出した。本人的には逃げてきたという捉え方なのだろうが、それでも神通にとっては覚悟を決めて逃げるという選択肢を取った、勇猛果敢な人物だと感じた。逃げただけあって、きっとあの学校では彼女にとっては何も変わらないのだろうが、それを無視し耐えるに見合うだけの生きる価値を、彼女は艦娘の世界に見出したのだろう。自分を変える一手。

 

 神通は、自身のことに目と耳と心を向けた。

 

 あらゆる目立つことから逃げてきた。逃げたというよりもあえて見ずに平々凡々と生きてきた。

 川内のような起伏の激しい生き方をしてきたわけではない。今こうして艦娘の世界に足を踏み入れてはいるが、流留のような覚悟と選択肢を選んだわけではない。ただなんとなく自分を変えたいと願っただけの目的意識に薄いかもしれない自分なのが、神通を名乗っている自分なのだ。生徒会長光主那美恵のような万能な完璧超人なぞ程遠い。彼女があまり大した理由を持たずに艦娘の世界に飛び込んだと言っていたのを思い出したが、きっとそれは嘘。きっとすごい目的を持っているに違いない。

 勉強はそれなりに得意だけれども、それ以外、運動などは得意ではない、人に自信を持って言えるだけの趣味もない、平凡な生き方をしてきた自分。情けなく思えてくる。

 

 自身と全く違う那美恵と流留という人が側にいるため、神通は自分を情けなく感じ更に自信をなくし始めていた。何か劇的な出来事を経験したい。神通が唯一願うのはそれだけであった。

 

「お~い?神通? さっちゃんや~?どうしたのボーっとして。」

「……えっ!? あ……。」

「あたしの話、重かった?悩ませるつもりはなかったんだけどなぁ。」

 後頭部をポリポリかきながら謝る川内。事実、川内には本当にそんなつもりなく、ただ口にしただけである。

「え……と。わた、私は……」

 神通は自分も何か語らなければ、同期の話を聞いたのだから自分も何か語らなければずるいと思い、言おうかどうか葛藤する。

 それを川内が遮った。

 

「あぁ、言わなくていいよ。別に聞きたくないわけじゃないけどさ、さすがのあたしでも神通が言いづらそうってくらいはわかるのよ。たかだか数日接しただけのあんたが何を知ってんだって思われるかもしれないけどさ、無理して言わなくていいってことね。心の底から自分から話したくなった・話せるようになった時に打ち明けてくれればいいや。あたし頭悪いからなんのアドバイスもできないと思うけど、黙って聞くくらいはしてあげるから。ね?」

 

 那珂こと那美恵と違うタイプで心優しい目の前の少女。神通は、今はその突き放したような彼女のぶっきらぼうで男っぽい優しさに救われた思いがした。黙って聞いてくれる、側にいてくれる。唯一の友人だった和子とはまた違うタイプだが、ある面では似てる川内こと内田流留。先のような苦い出来事を経験してこの場にいる川内ならば、心許せるにふさわしい。それに同学年という点も外せない好条件だ。

 自分にないものを持っていて、自分の側に静かにいてくれる。

 少し気恥ずかしさもあるが、幸いにも顔は長い前髪で隠れている。神通は実際の顔は照れを浮かべながら、言葉は静かに感謝を返した。

 

「うん。ありがとう……川内さん。」

「いいっていいって。」

 

 

--

 

「さて、二人ともお昼終わったし、今度こそ提督のところ行こ?」

「……はい。」

 今回は神通も気になることは解消されたので川内に全面的に賛同した。ゴミを片付け待機室を後にし二人が執務室の前に行くと、ちょうど提督が扉を開けて出てきたところだった。

「おぉ!?二人とも。来てたのか。」

 

「はい。こんにちは提督。」

「……こんにちは。」

「あぁ、こんにちは。えーっと、那珂は?」

 挨拶をして真っ先に那珂のことを聞く提督。それに対しては川内が説明をした。

「なみえさんは生徒会の仕事が忙しくて多分来られないと思います。あたしたち、初出勤ということで二人だけで来てみたんです。」

「そうか。君たちは訓練前だし任務も何もないから、適当にゆっくりしていってくれ。」

 

「ねぇ、あたしたちの訓練は?」

 川内は気になっていたことを聞いた。川内から訓練を催促された形になり提督は頭をポリポリかきながら戸惑いつつも答えた。

「まだ二人に言えるほどスケジュールできてないんだ。本当は監督役の那珂が来たら打ち合わせしようかと思ってたんだけど……仕方ないからあとで俺の方から連絡してみるつもりだ。だから、訓練の説明は後日ってことで。」

 

「な~んだ。つまんないの。」

「……川内さん。その言い方は……。」

「だってホントだし。これじゃ初出勤で来ても何にもすることないから来た意味ないじゃん。」

 

 不満たらたらで愚痴を漏らす川内と、それを注意して抑える神通。

 提督はその様子を見て、二人の人となりが少し分かった気がして微笑ましく思った。が、やることがないと言われると心苦しくなる。訓練を受けさせてない以上はうかつに同調させるわけにも、戦闘訓練として演習を勧めるわけにも行かない。艦娘名を名乗っているだけのまだ一般人同然の女子高生二人なのが、目の前の川内と神通なのだ。

 何か話題を振らなければと考える提督。すると川内が先に口を開いた。

 

「ねぇ提督。これから何するところだったの?」

「ん? これからお昼買いに行こうと思ってたんだ。そうだ!二人とも良かったら一緒に行かないか?」

 提督のせっかくの誘いだったのが、二人はバツが悪そうな表情をする。

「ゴメンね。あたしたちついさっき食べたばかりなんだ。」

 なんともタイミングが悪い3人であった。

 

「じゃあ俺お昼買ってくるから、二人ともよかったら執務室にある本でも読んでてくれよ。艦娘や深海凄艦に関する資料が揃ってるから、訓練を始める前の予習ってことでさ。」

 提督がそう提案すると、二者二様の反応を目の前の女子高生は見せた。

「え~~!あたし本読むの苦手なんだけどなぁ。」

「本……あるんですか!?私、それ読みたいです。」

 

 面倒臭がる川内と、本と聞いてやる気を見せる神通。提督はその様子を見てまた一つ、二人の人となりがわかってきた気がした。

「うんまあ、あとは適当に任せる。俺が帰ってくるまで留守番しててくれ、な?」

「はーい。いってらっしゃーい。」

「(コクリ)」

 

 

 川内と神通は昼食を買いに行く提督を見送ると、すぐに執務室に入った。執務室には当然誰もいない。

 秘書艦席は机の上が綺麗に片付けられており清潔感が溢れている。デスクカバーの中には海をモチーフにした絵が挟まれていた。そして一輪の花が小さな花瓶に刺してある。秘書艦は五月雨だということを思い出した二人はそれが彼女の趣味なのかと想像する。

 秘書艦席の後ろには3個ほど本棚がある。とはいっても全棚が本で埋まっているわけではなく、隙間がまばらにある。あとは荷物入れの棚やロッカーがあった。

 次に二人が提督の執務席に目を向けると、そこには机の上にノートPCと書類が何枚か、そして机の脇には筆記用具や文房具を入れると思われる小棚があった。他には趣味と思われるペットボトルのおまけのフィギュアがいくつか並べられている。配置が縦一列や横一列ではなく、意味ありげな配置になっていた。秘書艦席とは違いやや雑多だが西脇提督の人となりがわかる、整えられた机だ。

 

「あ、このフィギュア、あたし一個持ってる。提督も集めてるんだ~。」

「……川内さん、知ってるの?」

「うん。コンビニでこれ見たことない?今キャンペーンやってるんだよ。」

 川内の説明を聞くがさほど興味がない神通は適当に相槌を打って返事をするのみにした。

 

 提督の執務席の後ろにはガラス張りの戸が付けられた、本棚くらいの背の高い棚がある。そこには西脇提督が写った写真や五月雨が写った写真、二人が写った写真が写真立てに飾られていた。他にはこの鎮守府、正式名称の書かれたブロンズの盾が静かに鈍い光をたたえ、公文書と思われる書面が埋め込まれている。

 

"208x年1月8日 ○○県○○市○○区○○設置

 深海凄艦対策局オヨビ艤装装着者管理署千葉○○支局・支部 以下ヲ命ズル

  ア 深海棲艦(ソノ他類推サレル不明海洋害獣生物)ノ駆除

  イ “ア” ニ対応スル人員(以下、艤装装着者)ノ採用・教育・訓練

  ウ “イ”ノ艤装装着者ノ教育

  エ ・・・

  ・・・・・・

 

 防衛省 深海凄艦対策局オヨビ艤装装着者管理署統括部 部長(局長) ○○○○ 

 防衛省 艤装装着者統括部 部長 ○○○○

 防衛大臣 ○○○○

 総務省 艤装装着者生活支援部 部長 ○○○○

 厚生労働省 艤装装着者生活支援部 部長 ○○○○"

 

 仰々しく記された文面を見てゴクリと唾を飲み込んで圧倒される二人。

「なんかこういうの見ると、あたしたちすんごい組織に入ったんだなって実感湧くねぇ。」

「……はい。不思議な感じです。」

 

「あとこの隣の写真さ、提督すんごい硬い表情、おっかしぃ~!」

 数人の男性と一緒に写っている提督の写真を見た川内はプッと笑い始める。それがどういう集まりの写真なのかは二人にはわからなかったが、少なくともこの艦娘制度に関する人たちの集まりなのだろうと察した。

「あ、これ提督と五月雨ちゃんが写ってる。お?五月雨ちゃん中学校の制服着てるー。この姿見たことないから新鮮だな~。」

「これ、本館の正門のところでしょうか?」

「そう言われるとそうだねぇ。でも本館まだ変な柵っていうか網がかかってる。工事中だったのかな?」

 提督と五月雨が写った写真は、鎮守府Aの本館の正門の前で撮られたものであった。神通が写真の日付を見ると、前年の12月20日とある。さきほどのブロンズの盾よりも前の日にちになっていた。

 

【挿絵表示】

 

 

「人に歴史あり、ですね……。」

「ん?」

「いえ、私達の知らない、人の歴史を見るのって、面白いと……思ったんです。」

「ん~。そう言われると確かにね。この二人まだ固い表情してるから、きっと出会ったばかりの頃だったんだろうねぇ。会社員と中学生、不思議な組み合わせ~。」

 

 提督と五月雨が写った写真などを見てあれやこれやと想像しながらおしゃべりをする川内と神通。提督がいないのをいいことに、本よりも執務室にある様々なものを興味津々で見て回っている。川内と神通の二人は、本よりもむしろ部屋の中のものを見て回るのが、共通して楽しめることだったのでノリノリなのであった。

 

 ひと通り見て回った川内と神通は最後にソファーに座り、入り口付近に立てかけてある壁掛けタイプのテレビに注目した。

 この時代のテレビは、かつて存在したようなブラウン管や液晶一体型の機器そのものではなく、専用のスクリーン用のシートおよび好みの壁の四隅に取り付けてその四隅の中に映像を映しだすという、超小型の機器(群)になっている。機器の投影範囲には性能差があり、執務室にあるテレビ(の装置)の間隔は長辺が140cmあった。2020年代に革新的な形式の製品が発表され、それから2030年代にもなると、スクリーン一体型のテレビは一気に廃れてサイズ拡大競争もリセットされ、テレビは進化をやり直していた。流留たちの時代ではこの形こそがテレビという常識である。執務室にあるサイズのテレビは大きい(幅)でも圧倒的な美麗さで大抵の材質の壁でも綺麗に映る高性能タイプだった。

 

 なんとなくテレビをつける川内。月曜日のお昼すぎ、テレビ番組は特に興味を引くものは放送していない。チャンネルをを切り替えてみると、ちょうど映画が放送されていたので二人はそのまま映画を見ることにした。

 

 

--

 

 しばらくすると提督が手に袋を下げて執務室に戻ってきた。

「お、なんだ。テレビ見てたのか。」

「うん。見たらダメだった?」と川内。

 

「いや、別に構わないよ。それと……はい。二人にジュースとお菓子。好み知らないから適当だけどいいかな?」

「やったぁ!ありがとー提督!!」

「……ありがとうございます。わざわざ。」

「いいっていいって。今日は退屈させちゃって悪いからさ、せめてお詫びにってことで。」

 

 提督は袋をさげたままソファーの間のテーブルの前に立ち、二人のために買ってきたジュースとお菓子を取り出して渡した。川内がそれとなくチラリと袋を見ると、その中には焼肉弁当と執務席の机の上にあったペットボトルの蓋のフィギュアがおまけに付いたお茶が入っていた。

「あ~提督。それまた買ってきたんだ。集めてるの?」

「気づいたのかい。うん、なんとなく集めてるんだ。川内も?」

「あたしも一個持ってるよ。けど今回のキャンペーンは好きなキャラいないからパス。」

「そうか。俺はこの作品好きだからなぁ~」

「それじゃさ!この前のコラボにあった作品は……」

 

 話がノリだした川内は提督とフィギュアの話からそのコラボ作品のアニメの話に移った。提督は執務席に戻り弁当を開けて食べ始め、会話相手の川内はソファーに座りながら提督の方を見て話を再開した。提督はウンウンと相槌を打ち、時々自ら話を振って川内の話を盛り上げる。

 

 神通はその話についていけないので黙って見ているだけである。ただ彼女が感じたのは、その様子がさきほど川内が打ち明けた提督への思いが実行に移されている、ということであった。

 あまり深く物事を考えないであろう川内は本当にただなんとなく、話題のキーとなるおまけ製品を見つけたから話し始めただけなのだろう。

 意図せず自分の望んだ通りの展開をできていることを羨ましく思い、いつか自分もそういう会話を艦娘の誰かと楽しみたい、そう願う神通であった。

 

 

 提督はひと通り食べ終わり、片付けをした後二人に対して話しかけた。

「そういえば何か本は読んだかな?」

「え?あ~うん。ま~色々見させてもらったよ。色々と。」

「えっと……あの、見させてもらいました。さ、参考に……なりました。」

 

 二人は焦りつつも答える。提督は特に深く尋ねる必要もないだろうと感じそれ以上話を広めるつもりなく、言葉を続ける。

「そうか。いずれもっと関連資料集めて図書室作るつもりだから、もし本好きなら協力してほしいな。その時はよろしく頼むよ。」

「「はい。」」

 

 提督の何気ない将来の希望に、元気よく返事をして答える二人。その後川内と神通は提督から艦娘制度のことについて簡単に説明を受けたり、提督の労をねぎらうつもりで雑談などをして過ごし、16時前には鎮守府から帰っていった。

 

 

 

--

 

 終業式であった月曜日、那美恵は生徒会の仕事でてんてこ舞いで結局鎮守府に行くことができなかった。生徒会の仕事がようやく片付いた午後突入後1時間半ほど経った頃、時間的に余裕はあるにはあったのだが、肉体的にも精神的にもヘトヘトになった那美恵は同じく疲れきっていた三千花や三戸、和子ら同生徒会メンバーと一緒に帰り、遅めの昼食をとってそのまま帰宅していたのだった。

 

 その夜、那美恵は提督から連絡を受けた。内容は川内と神通の訓練のことであった。

「こんばんは那珂。川内と神通の基本訓練について、話したいことがあります。明日は都合大丈夫でしょうか。」

 おっさんらしい、硬い文章である。それに対し那美恵は普段の口調と同じ雰囲気の文章で返信した。

 

「おっけ~ですよ♡ 今日は鎮守府に行けなくてゴメンねm(__)m 二人は今日はどうだった? と・く・に、川内ちゃんが迷惑かけなかったかなー?」

 数分して提督から返信がきた。それを読む那美恵。那美恵の文面の影響からか、文調は砕けていた。

「おー。特には。それから二人には気持ち良くしてもらって助かったよ。」

 いきなり出てきた想像だにせぬフレーズに、那美恵は思わず文面を二度読みした。

「き、気持ちいい……?な、なにそれぇーーー!?」

 

 提督から来た返信の最後の文章に那美恵は頭にたくさん!?を浮かべて混乱し始めた。一体何が気持ちよかったというのか。那美恵は混乱しすぎて自室で一人慌てふためき、やがてあらぬ妄想をしだす始末。

 

「も、もしかして何も知らない二人をいいことにイ、イケないことしちゃったんじゃ……!?」

 頭をぶんぶん振って変な考えを振り切る那美恵。

「いやいや、あの西脇さんだもん。そんなことしないはず。ってそんなことってなんやねん!」

 セルフツッコミをするほどまだ混乱している。

 尋ねようにも夜遅くいため提督の都合を考え、また自身の心境も落ち着いていないので返信するのはやめておいた。明日鎮守府に行ったら直接問いただしてやろうと心に固く決意する那美恵であった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。