同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 流留と幸が艦娘川内と神通になるための基本訓練が始まった。まず二人は艦娘とは何かの座学・基礎体力を測るための体力測定から始めた。那珂は二人の監督となり、育成に臨む。

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川内型の訓練0
夏休み開始


 川内と神通の着任式を終えた翌週月曜日は那美恵たちの高校の終業式の日だった。翌日からは、1ヶ月と少しの長い夏季休暇が始まる。那美恵はもちろんのこと、流留と幸の二人も、この夏休みを艦娘の活動に費やそうと考えていた。

 終業式が終わると、生徒会は一学期の生徒たちの総まとめとしての申請書類・報告書の整理や教職員への報告に追われることになる。普通の生徒たちが午前中で早々に帰るのに対し、お昼すぎまで残ることになっている那美恵たち。さすがに艦娘部のほうに気が回らない那美恵は、生徒会室の扉を元気よく開けて入ってきた流留と彼女に付いてきた幸に、珍しく慌ててイッパイイッパイという様子を見せて言い放つ。

 

「ゴメンね二人とも。今日はあたしたち、生徒会の1学期最後の仕事でめちゃ忙しいの。だから鎮守府へは行けそうもないから、もし行くなら二人で勝手に行っちゃって。二人とももう正式に艦娘だから、いつでも好きなときに鎮守府行ってもいいからさ。よろしくね!」

 

「あ……はーい。」カラッとした返事で流留は返した。

「……和子ちゃん……も?」

 幸は那美恵のことよりも、友人の和子の方を気にかけていた。

 

「うん。どっちかというと、三戸くんと私のほうが激務なので。」

 そう言い終わると資料の校正や確認で忙しいのか、和子はすぐに視線を手元に戻す。幸は友人の姿を見てそれ以上口を挟むのをやめた。

 会計も兼ねている三戸は電卓を叩いたり資料に書き込んだりとせわしなく視線を動かしていた。チラリと見える横顔が凄まじく真面目な表情をしていたため、さすがに空気を読んだ流留は三戸に声をかけるのをやめて呆けた顔で眺めるだけにした。

 

 那美恵も早々に目の前の資料の確認と捺印のために視線を戻した。流留と幸はここにいるべきではないと判断し、那美恵たち4人の邪魔をしないよう、小声で話を合わせて生徒会室を出ていった。

 

「さっちゃん。あたしたちだけで今日は鎮守府行こうか?」

「……はい。」

 

 行く前にせめて顧問の阿賀奈に一言断ってからいこうと幸が密やかな声で提案したので二人は職員室に行き、阿賀奈に会うことにした。

 職員室の戸をノックして断ってから入り、阿賀奈の姿を探していると別の先生が話しかけてきた。誰を探しているのか尋ねられた流留は正直に伝えた。するとその教師は、阿賀奈など若手の教師は終業式の会場の片付けをしているという。

 さらに何の用か尋ねてきたが、流留達は急ぎの用事ではないのでいいですと断って職員室を後にした。

 

「なんか、みんな忙しいんだねぇ……。」

「そう……ですね。」

「あたしさ、今まで先生のこととか生徒会のこととかまったく気にしたことなかったからさ、終業式の日がこんなに忙しいんだって知らなかったよ。あたしら普通の生徒が早く帰れるのに、大変だよね~。」

 幸は流留の気持ちの吐露にコクリと頷いた。

 

 結局流留と幸は二人で鎮守府に行くことにした。

 

 

--

 

 学校から駅へ、電車に乗って鎮守府のある駅へ向かう二人。駅の改札口を出て周りを見渡すと、お昼時のためか人が多い。学生は夏休みに入る頃だが、会社員など勤め人は普通に平日なのだ。

 

「そういえばさ、西脇提督って会社員だとか言ってたじゃん。」

 幸はコクリと頷いて黙って流留の言うことの続きを待つ。

 

「あたしたち学生が夏休み入ってるのに、会社でも仕事して、鎮守府でも仕事して、マジ大変そうだよね~。」

 

 一拍置いて流留は再び口を開く。

「……あたしさ、小さい頃一緒に遊んだ従兄弟の兄ちゃん達いるんだけどさ。大分歳離れてたから、あたしが中学行く頃にはもう働きだしちゃってほとんど会えなくなっちゃったんだ。会いたいって思った時にはいつも仕事仕事。イラッとしたけど、それと同時に働くのって大変なんだなぁって思ったよ。といってもあんま実感ないからホントにただ漠然に思っただけなんだけどさ。」

 幸は話の筋が見えず、前髪で隠れた顔に?を浮かべた表情をする。

 

「つまり何が言いたいかっていうとさ、なんかいろいろと思い出しちゃって、提督のこと従兄弟の兄ちゃんみたいに思えてくるんだ。これ他の人には内緒だよ?さっちゃん口硬そうだから言うんだからね?」

 照れ笑いを交えながら語る流留。幸は突然流留から妙な独白を聞いて困惑するも、なんとなく話がわかってきたことと、信頼されたことに嬉しさを感じたので了解代わりの頷きを2回した。

 

「従兄弟とは今も全く時間も都合も合わなくて会えない分、代わりに提督を……そのさ、いたわって喜ばせてあげられたらなって思うんだ。どうかな?」

 目を輝かせて自分の思いを打ち明ける川内。それは那美恵と凛花が抱いているものとは、方向性が違っていた。

「うん。それ……いいと思います。」

 ようやく言葉に出して相槌を打った幸。流留の考えと思い、経緯はどうであれ、自分たち艦娘の上司にあたる西脇栄馬という人の労をねぎらうのは良いことだと幸は賛同した。

 

「といってもさ、あたしにできることは何かって考えたらさ、趣味が合うからせいぜいその話で気を紛らわせてあげるくらいかな。何か物あげたりするのはなんか違う気がするしさ。」

「……内田さんの思うままに、やってあげるのが一番いいと思います。」

「そっか。そう言ってくれると自信付くわ。ありがとね、さっちゃん。」

 

 流留の突然の思いの吐露。幸は心の奥底では流留に若干の苦手意識があるのを感じていたが、この同級生の人となりを知り、同級生として・艦娘の同期として、なんとかやっていけそうと実感を沸き立たせた。

 

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 このことは流留から信頼されて言われたとおり、誰にも言わないことを心に誓う幸であった。

 

 

--

 

 喋りながら歩き、気がつくと鎮守府の手前の交差点まで来ていた。そのまま進み、二人は鎮守府の本館手前の正門にたどり着いた。

 

「そういえばさ、なみえさんの案内なしで二人で来るのって初めてだよね。」

「はい。」

 

「なんか、一人前の艦娘って感じしない?」ニンマリとした顔で自信のある表情をした流留は隣を見て言った。

「あ……実は私も……。」

 流留の考えていたことは幸も考えていたので、打ち明け合うと二人はなんとなしにクスクスと笑いあった。

 本館の手前まで来ると、笑いあっていた二人は気を引き締めあう。

「さて、なみえさんの言ってたように、鎮守府に一歩入ったらお互い川内と神通だね。」

「……はい。」

「じゃあ行こう、神通。」

「はい、うち……川内さん。」

 那美恵と決めた通りの呼び名、それを使う。

 

 流留は頭の中で切り替えができており、幸を初めて神通と呼んだ。しかしながら彼女とは異なり幸は言い慣れず気持ちの切り替えも完全にできていなかったのか、流留を本名の苗字で呼びかけてしまう。

「ちょっと神通、ちゃんと切り替えてよね。」

「よく、川内さんは……気持ちの切り替えできたね。」

 川内はフフンと鼻を鳴らして答えた。

「だってあたし、ゲーム好きだし、こういうロールプレイングゲームみたいな成りきりも一度マジでやってみたかったんだもん。だからこういうの平気だし結構ノリノリなんだぁ。艦娘ってあたしにとって天職になるかも?」

 

 やはり自分とは異なる。神通は川内に対して改めてそう感じた。自分では思うようにやれないことを平然とやってのける。那珂といい川内といい、どうしてこうもアッサリやれるのか。

 艦娘に正式に着任したとはいえ、気持ちを完全に切り替えられない神通は少し自信をなくしかけた。彼女は自分を変えたいを願ったのだが、元来持つ自信のなさがどうしても邪魔をする。神通は川内のように、艦娘になるにあたってこれまで在った自身の何かを犠牲にして完全に吹っ切れるには至っていないのだ。

 

 

 

--

 

 話しながら本館に入り、足を運ぶは艦娘の待機室。二人は那美恵のように、いきなり提督に会いに執務室に行くという考えにはまだ至らない。

 そんな二人が待機室で目にしたのは、不知火と夕立という珍しすぎる組み合わせだった。夕立はいつもの中学校の制服ではなく私服だ。一方の不知火は先日川内たちが見た姿であり、五月雨たちの中学校のものとは異なる、彼女の学校指定の制服と思われる格好だった。

 

「こんちは、二人とも。」

川内は軽い口調で話しかける。

 

「こんにちは~川内さん、神通さん!」

「……こんにちは。」

 

 4人ともそれぞれ挨拶しあい、適当な席に座って落ち着いた。川内と神通は真っ先に夕立の私服が気になっていたので尋ねてみた。

「ねぇ夕立ちゃん。」

「はーい?」

「なんで私服なの?学校は?」

 川内からの質問を受けて、夕立は待ってましたとばかりにドヤ顔で答え始めた。

「エヘヘ~。実はねぇ、うちの学校、先週の土曜日に終業式だったの!だからもう夏休みなんだよ~。羨ましいっぽい~?」

「そうなんだ~でもうちらだって今日終業式で、実質今から夏休みだし!」

 川内の言い返しに神通はコクリと頷いて同意した。

 二人の薄いリアクションを見た夕立は思い通りに行かなかったためか、唸って悔しがる。

「キーーー!二人ともつまんないっぽい!ぬいぬいもあんま悔しがってくれなかったし、後は五十鈴さんだけが最後の希望っぽい!!」

「……これでもかなり羨ましいと思ったのですが。」ボソッと不知火がつぶやく。

 言われた時、不知火は相当悔しがっていたのだがポーカーフェイスすぎて夕立には不知火のリアクションがまったく理解できなかったのだ。

 

「え、不知火ちゃんにもまさか同じこと……したの?」

 川内の確認に夕立がコクリと頷くと、不知火は表情一つ変えずに同様にコクコクと頷いた。その揃った様子に川内と神通はアハハと苦笑いをするしかなかった。

 今まで口を開かなかった神通がようやく開き、不知火に質問をした。

「あの……、不知火さんのところは、まだ学校あるのですか?」

 夕立が私服でいれば否が応でも気になってしまう対比の服だ。神通の質問に不知火は一拍置いて答えた。

 

「うちは明後日です。」

 

 大事な単語をすっ飛ばされて一瞬理解が追いつかず、えっ?と眉をひそめる川内と神通。つまり明日終業式で、明後日から夏休みなのが不知火こと智田知子の中学校のスケジュールだということを数秒遅れて理解できた。

 

「そ、そうなんだー。あと1日大変だねぇ。」と川内。

「そうすると……今日はなんで鎮守府に?」

 何かを気にし始めた神通がさらに不知火に質問する。

 終業式を迎えてない以上、不知火(の学校)はまだ普通の授業がある日なのになぜ来ているのか。こうしてお昼すぎに鎮守府に来ているということは、特別な事情があることが予測される。

 

「今日は出撃です。」

 不知火がぼそっとした声で言った。誰ととは言わない言葉足らずだが、この場を見るに誰でも察しがつく。不知火の言葉足らずを夕立が補完した。

「今日はねぇ、ますみんとぬいぬいと3人で出撃なんだよ~。」

 

「お二人はなぜ?」と不知火。

「ええと、私たちは……初出勤をただなんとなく、したかったからなんです。」

「本当は那珂さんと来る予定だったんだけどねー。あの人忙しくて来られないというので先に来たの。」

 夕立と不知火はふぅんと頷くだけで、それ以上話が続かなかった。その場には普段は話をなんとなく適切に広げてくれる那珂・時雨・村雨がいないためだ。その空気に若干焦る神通。一方で川内はその空気を別段気に留めていない。もう一人気に留めていないのは夕立だった。白露型の少女たちの中ではボケ担当なその少女が空気を読んで何かをするということはまずあり得なかった。

 

「そ、そういえば夕立さん。」

「はーい?」

「いつも一緒にいる……時雨さんや五月雨さん、村雨さんたちはどうしたんですか?」

 手持ち無沙汰にペットボトルをピシピシと弾いていた夕立は神通に問いかけられてその手を休めて反応する。

「ん。ますみんは今てーとくさんのところに任務聞きに行ってるよ。さみと時雨はお家の用事で今週はパスだって。二人はいきなり夏休み楽しんでるっぽい~。」

 セリフの最後はやや表情を不満げにして声に表していた。

 

 夏休みともなると、各々普段の生活のスケジュールが劇的に変化するので会いやすくなる反面、家族旅行などでいなくなると当分は会えなくなる。艦娘の世界とはいえ、基本的には日常と変わらないのだなと神通は感じた。

 

「五十鈴さんと妙高さんは正直よくわからないから置いとくとして、五月雨さんや時雨さんまでいないと、なんか来ても面白くないねぇ。夕立ちゃんたちはこの後出撃しちゃうんでしょ?」

「うん。ますみんが戻ってきたら多分すぐっぽい。」

 川内は感じていたことを正直に述べると、夕立が想像で説明をしそれに不知火が頷いた。

 

「そっか。そしたらあたしと神通だけじゃん。あ!そうだ神通。執務室に行ってみない?提督に会いに行こうよ。」

 川内の思いつきを聞いた神通は賛同しようと思ったが、夕立が言っていたことを思い出し、ひとつのことを察して頭を振って拒否した。それを見て目をぱちくりさせている川内に説明した。

 

「ちょっと……待って。村雨さんと提督は……今作戦会議中なのでは? 会議の邪魔をしてしまうのはいけないかと……。」

「そっか。そうだね。邪魔はいけないよね。うんわかった。」

 神通から咎められて、川内はさきほど生徒会室で目の当たりにしたことを思い出した。那美恵たちは皆忙しそうにしていた。邪魔してはいけないと判断して出てきたというのに、同じことでうっかり提督の邪魔をしそうになってしまったと感じ、声のトーンを下げる川内。神通のとっさの判断により、川内は思いとどまることにした。もし神通が気づかなければそのまま執務室に突撃していたところであった。

 

 ずっとただ待っているのも退屈と感じた川内は、お昼ごはんを食べに行こうと提案した。今度は神通も賛同したので昼食を買いに鎮守府を後にした。

 なお、夕立と不知火はすでに昼食を済ませたというので気兼ねなく川内と神通は昼食を取りに出かけた。

 


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