同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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三人で行く鎮守府

 ついに那美恵の高校から3人の艦娘が揃うということで、那美恵は翌日の放課後に鎮守府に行こうと流留と幸を誘った。流留は一度行っているので別にいいと言ったが、那美恵はそんな意見は無視して流留を強制参加させた。一方の幸は初めての鎮守府ということで、どもりながらも行く意思を伝える。

 三千花らは艦娘部の勧誘活動から解放されたため、先日をもって艦娘部と生徒会の協力関係は一旦終了と区切りをつけて那美恵たちとは以後別行動をすることになる。その後は親友の那美恵からの要請で協力したり、一緒に鎮守府に行って用事を手伝うだけとなる。

 

 翌日土曜日の放課後。那美恵は授業が終わったらすぐに行く旨を流留と幸に伝えていた。一旦生徒会室に二人を呼び出して集まって準備を整えた後、鎮守府へ向けて学校を出て駅へと向かう。三千花らは提督や五月雨によろしくと言い那美恵たちを見送った。

 

 

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「内田さんはこれで2回目だけど、さっちゃんは初めてだから、ドキドキするでしょ?」

「は……はい。あの…その…そのさっちゃんという…のは?」

 先日より何かとさっちゃんと呼ぶ那美恵に幸は戸惑った。生徒会長というすごい人とはいえ、面識がなかったのでいきなり親しげに呼ばれるのは違和感がある。そんな幸の様子を察してか、那美恵は一言断った。

「あ、そういうふうに呼ばれるの嫌だった?やっぱり苗字で呼んだほうがよかったかな?」

「う…え……と。あの、別に……どう呼んでいただいても…いいです。」

 

 先輩でもあったので幸は那美恵に妙な威圧感を感じており、逆らわないことにした。ただ冷静に考えると、呼び名はどうでもよかった。

「じゃあ今日から神先さんはさっちゃんで。あ、でもこれから神通になるんだから、神様とか?」

「う…あ……えと。」

 調子に乗って呼び名を変える那美恵に流留が突っ込んだ。

「会長、それじゃかみさまですよ~!もっと普通に呼んであげないと。」

「エヘヘ。そっか。それじゃあ、普段はさっちゃん、艦娘のときは神通ちゃんとかじんちゃんだね。」

 不満はないのか幸はコクンコクンと二度頷いた。隣でその様子を見ていた流留が那美恵に再び口を開いた。

「会長。どうせならあたしも何かあだ名で呼んでくださいよ。神先さんだけあだ名はずるいよ!」

 その意見にわざとらしくハッ!とした表情で口に手を当てておどけてみせる那美恵は、オーバーリアクション気味に腕を組んでうーんうーんと唸り、思いついたという表情に切り替えて流留を新しい呼び名で呼んでみせた。

 

「普段は流留ちゃん。艦娘のときはかわうちゃん。」

 那珂の発案に流留は一瞬目を点にして呆け、そしてツッコむ。

「……そりゃ川内ってかわうちとしか読めなかったっすけど、もはや別物じゃないですか!」

「うーん。注文多いなぁ~内田さんは。じゃあふつーに川内ちゃんで。」

「まぁそうなりますよね。」

 

 二人のこれからの呼び名を決めた那美恵は、逆に自分の呼び名を求める。

「じゃあ二人ともこれからはあたしのこと生徒会長とか会長って呼ぶのやめて。これからは同じ艦娘仲間なんだし、もっと気軽にあたしのこと呼んで欲しいな。」

 

 那美恵はそうは言うが、流留も幸も那美恵の学年と学校内での立場がどうしても頭にちらつき、気軽に呼ぶには躊躇してしまう。だが那美恵はどうしても会長以外の呼び名で呼んで欲しいという目で訴える。二人はそのわかりやすい視線に負け、両者一致でこう呼ぶことにした。

 

「じゃあ普段はなみえさん。艦娘の時は那珂さん。」

 さん付けかよ……と那美恵は少し不満を持ったが、自分の校内での影響力からして1年生の二人からすればこれが限界かと納得し、OKサインを出した。

「うーん。まぁいいや。それで。じゃあこれから電車に乗って鎮守府に行くよ、流留ちゃん、さっちゃん。」

「「はい、なみえさん。」」

 適当な雑談を交えつつ、気づいたら駅前までたどり着いていたので3人は電車に乗り、となり町にある鎮守府Aへ向かっていった。

 

 

 

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 鎮守府Aのある町の駅についた3人。那美恵の案内のもと、流留と幸は町の周辺施設の案内を受けながら鎮守府までの道のりをてくてくのんびりと歩き続けた。やがて工事現場によくある仕切りが見えてきた。鎮守府Aのある区画まで辿り着いた証だ。

 

 2回目である流留は初回と同じようなリアクションで鎮守府の区画をキョロキョロしながら進む。一方で幸は、ノーリアクションで周りをほとんど見ずに先頭を進む那美恵の方向だけを見て進んでいる。そんな幸の様子を見かねて流留がツッコミを入れる。

 

「ねぇさっちゃん。せっかく鎮守府に来たんだからさ、もっと周り見たらどう?結構面白いよ?」

「え、あの……えと。いいです。」

 

 さらりと言う幸。そのあまりにクールで現実的で味気ない一言に流留はカチンときた。

「さっちゃんさぁ。それじゃ楽しめないでしょ?せっかく学校とは違う場所に来てるんだからもっと周りを見ないと。面白いものも見過ごしちゃうよ?」

 

 流留はもっとキョロキョロしようと幸を促すが、彼女はそれでも周りを見ようとしない。黙りこくって那美恵のほう、つまりこれから行こうとしている方向だけをまっすぐ見つづけたまま。一切視線を外そうとしない。その様子を見た流留は呆れた表情ではぁと溜息をついて、それ以上は言わないことにした。

 

 

 那美恵は鎮守府の本館へと歩いてきた。後ろからなんだかんだ話しながらついてくる二人を特に気に留めない。那美恵は、自分や三千花たちとは違う内田流留と神先幸という、どことなく凹凸がありそうな二人をこれから艦娘をするにあたり、教育のしがいがありそうだと楽しみでワクワクしていた。

 本館の玄関についた3人。ちょっとした市民会館ほどの大きさとはいえ、鎮守府の本館を目の前にして流留はもちろんのこと、さすがの幸も建物の前まで来ると、味気ない感想は鳴りを潜め、心臓の鼓動が早くなって緊張して畏怖の一言が飛び出る。

 

「ドキドキ……します。」

「でしょ~!?でしょ?この前初めて来た時あたしも同じだったもん。あたし艦娘って全然知らなかったけどさ、人知れず戦ってる人たちがこんなところにいるなんて知って、もうドッキドキだもの。ねぇ、さっちゃんは艦娘って知ってたの? 艤装の同調を何度も試しに来たようだったらしいけど。」

 

 流留が幸の身の上を聞こうとしたが、幸は口を開かず視線を地面に向けてしまう。それを見た流留はまたしてもため息をついて呆れ顔になってしまった。

 

 

--

 

 季節はすでに夏に入りかけており、汗が筋を成して滴り落ちる程度に暑くなってきていたため、室内に入って3人はやっと落ち着いて安堵の息を漏らす。まだ人が少ない鎮守府Aではあるが、勤務する人間のために人が入りそうなところだけはエアコンが効いている。つまりロビーと、艦娘待機室、そして執務室の3部屋だけだ。

 

「ふぅ。暑かった~。エアコン効いててよかった~。」

「あたしはこれくらいの暑さが好きだなぁ~。」

「……。」

 黙っている幸もフェイスタオルで頬や額を拭ってその暑さを示している。那美恵もハンカチで汗を拭ってパタパタと手で仰いでやっと手に入れた涼しさを堪能している。流留は汗をかいてはいるが、至って平気な顔をしている。

 

 

「早速だけど二人には提督に会ってもらいます。流留ちゃんは一度会ったことあるからもう大丈夫だよね?」

「はい!」

「……はい。」

 

 那美恵は執務室のある3階へと二人を引き連れて執務室の前で待機させた。コンコンとノックをして那美恵は室内からの返事を待つ。やがて男性の声で「どうぞ」と声が聞こえた。

 那美恵は来る前に確認しなかったが、どうやら提督がいることがわかった。今度から来る前に一報入れて確認しないとなーと思いつつ、扉を開けて中にいる提督に向かって挨拶をした。

 執務室には提督だけがいた。

 

「こんにちは提督。また来たよ!」

「いらっしゃい、光主さん。昨日四ツ原先生から連絡受けたよ。ついに3人目も揃ったんだってな?」

「よかった。ちゃんと連絡受けてたんだ。」

「あぁ。ともあれこれで光主さんの高校との学生艦娘の提携は完全に成ったな。俺も肩の荷が降りたよ。」

「うんうん。あたしもやっと安心して那珂としてお仕事に集中できるよ。」

「ははっ。よろしく頼むよ。そうそう。3人目の子を紹介してくれないか?」

「もちろんそのつもりで今日は来たんだよ。さ、挨拶挨拶。あちらにいらっしゃるのが、鎮守府Aの提督こと責任者の西脇さんだよ。」

 

 那美恵と提督と呼ばれた男性のやりとりをぼーっと見ていた幸はいきなり自分に振られたので一瞬慌てるが、すぐに冷静さを取り戻して那美恵の言うとおりに挨拶をし始めた。

 

「あの……神先幸と申します。わ、私は……今回神通の艤装と同調できました。艦娘部の部員にもなりました。よろしくお願い致します。」

 生徒会長の那美恵よりも偉く、四ツ原先生よりも敬うべき対象と判断した幸は口調を意識して挨拶を口にし始めた。普段のドモリや自信の無さをなるべく出さないためと心がけたが、結局普段通りの口ぶりになってしまった。

 

「はい。よろしくお願いします。私は鎮守府Aの総責任者、みんなには提督と呼ばれてます、西脇と申します。公式には支局長という役職です。この度はうちの鎮守府に来てくれてありがとう。神先さん、あなたにはこれから神通の艤装との同調をまた試してもらいます。俺や工廠の者達が確認して正式にあなたは合格です。すでに結果は出ているとのことで、あくまで俺の目であなたが本当に同調できてるねというただの確認です。よろしいですか?」

 

 提督から同調の再確認の話を受けて幸はコクリと頷く。了解したという意思表示だ。

 

「それじゃあみんなで工廠に行こう。」

 提督はそう3人に言うと、すぐに机の上にある電話で内線で明石に連絡した。そして那美恵たちとともに執務室を出て、本館から工廠に場を移した。

 

 

--

 

 工廠へと来た4人は明石とひとまず会い、しばらく工廠の入り口で話をしていた。すると工廠の奥から4人の少女、女性が出てきたのに那美恵たちは気づいた。それは、五月雨を始めとして、時雨・妙高・不知火の4人だ。いつも五月雨たちが一緒にいる夕立・村雨を含めた4人ではないのが那美恵は気になる。

 

【挿絵表示】

 

 

「あ!那珂さん!みんな!」

「おぉ!!五月雨ちゃん、みんなお帰り~。」

「那珂さん、こんにちは。」と時雨。

「こんにちは。ただいま帰還いたしました。」丁寧な口調で軽く会釈する妙高。

 一番後ろにいた不知火はペコリと無言でお辞儀をして挨拶するだけだった。4人はそれぞれの挨拶をして那美恵たちからの出迎えに対応する。

 

 

「どしたの?今日は出撃?」

「はい。無人島付近に新手の深海凄艦がいると通報を受けたので、海上警備を兼ねてです。」

 旗艦五月雨の代わりに時雨が答えた。

 

 さらに那美恵は先に気づいた二人がいないことを聞いてみた。

「夕立ちゃんや村雨ちゃんがいないけど?」

「あの二人は今日はちょっと……体調が悪くて待機室で休んでます。待機室行かれなかったんですか?」

 五月雨が少し言いづらそうに答える。

「あ~まっすぐに執務室に行っちゃったから気づかなかったよ。」

 二人の体調の意味を察した那美恵は提督がいることもあり、それ以上は聞かないことにした。

 2~3会話したのち、五月雨たちは那美恵の後ろにいた新顔の二人に気づいた。五月雨は流留のことはすでに知っていたがもう一人は知らない。時雨と不知火にいたってはどちらも知らない。一人だけなら五月雨たちもすぐに対応できるが、二人もいるとなんとなく聞きづらい。五月雨も時雨も積極的な性格ではないためなんとなく萎縮してしまう。

 それを察してか、鎮守府Aの最年長者である妙高が話題の助け舟を出した。

 

「そちらのお二人が提督がおっしゃってた、那美恵さんの学校から今度艦娘になる生徒さんなのですね。」

「そうです!みんなには紹介できてなかったよね。ささっ。」

 那美恵は流留と幸を促して前に押し出し、全員の前で自己紹介をさせた。

 

「初めまして!あたしは○○高校1年、内田流留といいます。この度正式に川内になることが決まりました。よろしくです!」

 元気よく、ハキハキと自己紹介をする流留。

 

「あ、あの……○○高校1年、神先幸と申します。これから神通にならせていただきます。よろしく…お願い致します……。」

 

 幸本人的にはまともな自己紹介をできたつもりであったが、聞いている側からするとぼそぼそと小声になっていたので聞き取りづらい印象をほぼ全員が持った。初見の五月雨・時雨・不知火は正直名前聞き取れなかったが、3人共それを口に出すような積極的な性格をしていないため、それとなくニコッと笑顔で会釈するだけにした。そんな幸を那美恵がフォローする。

 

「あのね、うちの神先幸は、実は昨日神通と同調出来たばかりなの。だからこれから提督に見てもらって、正式な合格をもらうの。鎮守府来たのも他の艦娘見るのも今日が初めてでさ、まだ全然慣れてないからまた後でみんなに改めて自己紹介させるよ。今日はこれで、ね?」

 

 那美恵のフォローを理解した妙高や提督は五月雨たちに合図を送り、これから用事があるからと彼女らを先に本館へと戻らせた。工廠前には大人たちと那美恵たち高校生の3人が残った。

 

 

--

 

 出撃メンバーで唯一残った妙高は提督に何かこのあと手伝うことはないかと確認したが、提督は彼女も疲れているであろうこと、それから主婦であるためこれから家事もあるだろうからと下がらせることにした。

 

「それでは申し訳ございませんが、お先に失礼致します。」

「お疲れ様。」

 妙高は提督らその場にいた面々に上がる旨の挨拶を言い会釈して本館へと戻っていった。提督は妙高に家事もあるからと言っていたのを耳にし、那美恵はすかさず聞いてみた。

 

「ねぇ提督。妙高さんって、家事やってるって……もしかして結婚してるの?」

「あぁ。そうだよ。」

「えっ!?提督の……奥さん?」

 

 那美恵の発言にその場にいた全員が凍りついた。提督も凍りついたがすぐにブルブルと頭を振ってそれを否定する。

「いやいや!俺が妙高さんと結婚してるわけじゃないぞ! 妙高さんが、一般男性と結婚してるってだけだぞ。 って同じ一般人なのにそういうふうに言うのも変だがとにかく。妙高こと黒崎妙子さんは、近所に住む主婦なんだ。もともと鎮守府A開設時に近所だからと何かと世話焼いてくれてさ、せっかくだから艦娘試してみませんかって妙高を受けてもらったら高成績で合格したから、それ以後縁あって交流があるんだ。」

 

「へぇ~ご近所さんだったんだぁ。まぁ、提督が結婚してたらおかしいもんね~。」

「おい…さりげなくひどいぞ。俺だって……まぁいいや。ツッコむのは疲れるわ。」

 

「ぶー!かまえー!」

「おいおい、後輩がいる前だぞ?」

 提督の腹に向けて至極軽いパンチを当てて不満をぶつける那美恵。そんな彼女に対し提督は彼女の後ろにいた流留たちを出汁に諌めようとする。

 

「あたしはいつだって正直に生きてるんですー!流留ちゃんたちがいようがいまいが提督にかまってほしいときもあるんですよ~だ。」

 そんな那美恵のおそらく素であろう態度を見た流留は呆れるどころか、逆の態度を取り始めた。

「なみえさんはいいなぁ~。提督。あたしとも後で遊んでくださーい。」

「へっ?内田さん!? あ、あぁ~。うん。後でね。」

 流留のお願いには少し表情と態度を変えて苦笑しつつもOKを出す提督。それを見た那美恵は提督をギロッと睨み、自分の場合と全然態度が違うことに腹を立て、スローな口調で提督に言い放つった。

「あたしのときと接し方違くない?」

「違わない違わない。ほら、神先さんが呆れてるぞ。もっとしゃんとしなさい。」

 

「「はーい。」」

 

 那美恵と流留は同じような間の伸びた返事で提督に返した。事実、幸はほとんど初対面な3人のやりとりをポカーンと見ていた。

 

 

 

--

 

 工廠内に戻って準備をしていた明石が再び姿を表したので、那美恵たちは気を取り直して幸の同調の試験を開始することにした。幸の艤装の装備は那美恵がメインで手伝い、流留は艤装を運ぶのを手伝った。そうして幸は、神通の艤装をフル装備した形になった。

 

「どう?さっちゃん。艤装をすべて装備した感想は?」那美恵が聞いてみる。

「え……と。あの、腰のあたりが重いです。」

「アハハ。川内型の艤装は腰回りに機器が集中しちゃうからね~。でも大丈夫。同調しちゃえばまったく問題なくなるから。」

「……はい。」

 幸が腰回りを重そうにフラフラしているのを流留が支え、那美恵が明石の方を向いて合図をした。

「それじゃあ神先さん。私達の準備は整いましたので、いつでも同調始めてかまいませんよ。」

 明石のその言葉を受け、那美恵と流留が見守る中、幸は目を閉じて静かに同調をし始めた。

 

 

 先日と似た感覚が全身を包み込む。今日はあらゆる用事を済ませておいたので何が起きても大丈夫と幸は思い込んでいたがやはり不安は残っていた。しかしとにかく同調を始めなければ進まないとして覚悟を決める。

 ほどなくして節々がギシリと痛み、すぐに消える。それだけだった。思い出すだけでも逃げ出したくなるような先日の恥ずかしい感覚・催しは一切感じることなく、全身の感覚が人間のものとは違う感覚に切り替わったのがわかった。

 

 幸本人のその把握と同時に、明石が口を開いて結果を発表する。

「神先さんの神通の艤装との同調率、87.15%です。」

 

「おめでとう、神先さん。これであなたも正式にうちの鎮守府の艦娘です。」

 提督が幸をまっすぐ見ながらやや大きめの声で伝えた。

 

 ついに認められた3人目の艦娘、神通。幸は那美恵と流留から拍手を送られ顔を真赤にして恥ずかしがったが、それは今まで生きてきた中で負い目引け目を感じての恥ずかしさではない、一番気持ちが良い恥ずかしさだった。

 幸は弱々しい声ながらもその場にいた皆に一言の簡単な感謝の言葉を述べた。それを聞いた那美恵は満面の笑みを浮かべ、流留はやっと初めて感情を出したかと、少し呆れ混じりの表情でやはり満面に近い笑みを浮かべている。提督と明石は頷いてその様子を見ていた。

 

 

--

 

 

「よかったね、さっちゃん。これであなたも正式に艦娘だよ!これでうちの高校から、代表であたしたち3人が艦娘なんだよ。すごくない!?」

「……は、はい。」

「なみえさん!あたしもその気持ちわかりますよ。これであたしたち、世のため人のために戦うヒロインなんですよね!?」

「アハハ。そういえばそうだよね~。」

 たどたどしくひそやかな声で同意する幸と、熱く思いを打ち明ける流留。まったく異なる二人の反応だが、どちらも艦娘になれることを喜ぶ思いは等しい。

 

「なんかカッコいい名乗りとか考えません?」

「アハハ。まーそれは今後ゆっくり考えるとして、まずは二人の着任式。そうだよね、提督?」

 流留と幸と喜びを分かち合いつつ、次なる作業へと思考を切り替える那美恵。それを提督に確認すると提督は頷いて答えた。

「あぁ。内田さんの川内の着任式をやろうと思ってたけど、タイミングがいいね。神先さんと合わせてやろう。内田さんと神先さんの着任式は同時だ。」

 着任式と聞いて、幸はよくわからず?な表情を浮かべる。そして那美恵を見る。その視線にすぐに気づいた那美恵は流留の時と同じように着任式について幸に説明をした。提督も補足説明し、続いて今後のスケジュールについて3人に伝える。

 

「それじゃあ神先さんには書類に必要事項を記入してもらうから、後で執務室に来てください。」

「……はい。」

「でその前に、光主さんと内田さんは、神先さんの身体測定をしてあげてください。器具は1階の倉庫に閉まってあるから。適当な部屋開けていいからそこでね。」

「提督ぅ。どうせならいっs

「それは、なしの方向で。」

「ちっ。先手を打たれたわ。」

 いいかげん提督は那美恵の言わんとすること、茶化しの仕方がわかってきていたので素早く返すことにした。

 

 

--

 

 日が落ちるのが遅い夏の時間なので19時近くになってもまだ明るい。鎮守府には那美恵たち高校生3人はもちろんのこと、五月雨たち中学生も普通に残っておしゃべりをしたり遊んでいる。(帰ったのは妙高と不知火の二人だけである)

 夏休みが目前に迫っているこの時期、鎮守府は学生の立場の艦娘たちの一種のたまり場にもなる。気の置けない者同士が集まっていれば時間など気にせず遊び続ける。国の組織に関わっているという意識は、防衛や戦闘という要素からは一般的には一番遠いであろう立場の女子中学生・女子高生にとって誇らしく、遅くまで外にいても堂々と振る舞えるといういわば箔・免罪符となるのだ。

 ただ時間は間違いなく夕方~夜が迫ってきているため、提督や成人の艦娘は未成年の少女たちの責任者として彼女らを安全に退館させなければならない。残っている大人は提督と明石、そして明石の会社の技術者2~3人である。

 

 那美恵と流留は幸の身体測定を終わらせ、幸を執務室に連れて行き書類記入のフォローをした。那美恵のフォローは的確で幸にとって十分すぎるため、途中で流留はやることがなくなり暇を持て余し始めた。せっかくなので提督と雑談をするために提督の席へと近づいていく。

 

「ねぇ西脇提督。提督は何が好き?」

「へ?なんだい突然。」提督はPCから顔をあげて流留を見た。

「いやさ、ゲームでも漫画でもなんでもいいんだけど。」

「あぁ。そういうことか。って言っても内田さんみたいな女子高生にわかるかな?」

 

 そう言って口火を切って話し始めた二人。提督は目の前にいた女子高生から繰り出される話題が、かなりモロどんぴしゃな趣味なので釣られてベラベラしゃべり始める。途中でやりすぎた!?と思い流留の顔色を伺うが、彼女がその内容についていくことができているのに驚いた。世代が違うため流留がわからないネタもあったが、彼女はおおよそ理解できていた。

 流留はというと、提督から繰り出された話題のポイントをつくネタを返したことにより、提督をノリに乗らせて大きく喜ばせる。提督が我に返ってふと時計を見ると12~3分少々熱中して話し込んでいるのに気がついた。

 流留は最初は提督の席の向かいに立っていたが、ネタを交わすたびに近づいていき、最終的には提督の座席の隣、デスクの左のスペースに片手で体重をかけてよりかかっていた。つまり提督の横に急接近していた。

 

 

「ちょーーとぉ!!お二人さん!何密着して話してるのさぁ!?」

「うわあぁ!!」

「きゃっ!」

 そんな二人をジト目で睨みながら二人の間に顔をグイッと割り込ませたのは那美恵だった。そうっと背後から近づいて二人がいつ気づくか黙っていたが、まったく気づく様子を見せないのに業を煮やして後ろから大声で叫んだのだ。

 提督も流留も一気に汗をかいてバクバクしている心臓を抑えつつ背後を振り返り那美恵を見る。

 

「な、なんだよ光主さん。」

「なんだよじゃなーい! こちとら作業終わったのに何二人しておしゃべりに熱中してるのさ!」

「ははっ、ゴメンゴメン。」

「もう!さっちゃんから早く書類受け取ってよ。」

「はいはい。わかったよ。」

 提督が正面に向きを戻すと、幸がじっと提督の方を見て立っていた。

「あの……もしかして、さっきからずっと立ってた?」

「はい。」

 幸はコクリと頷いて返事をする。提督は気まずそうにコホンと咳払いをしてから幸が手に持っていた書類を受け取った。

 

 

 ざっと読んで内容を確認する提督。ところどころで頷く。そして顔を上げて幸を見た。読んでいる最中に那美恵も流留も幸の隣に戻っている。

「よし。問題ない。これは提出しておきます。後日艦娘の証明証が届くからそれを着任式の時に渡します。それと、うちの鎮守府としては着任証明書というのを渡してこの2つをもって、正式に鎮守府Aへの着任とします。あと二人には制服が届くから、それが届いたら試着してもらいたいのでその時また来てください。それまでは光主さんに付き添いという形であれば鎮守府に自由に出入りもらってかまいません。まぁ夏休みも近いだろうし、よければ五月雨たち中学生と仲良く付き合ってあげてください。」

「「はい。」」

 3人の返事を聞いたところで提督は両手を叩いて終了を合図した。

「今日の用事はここまで。3人共ご苦労様。」

「ふぃ~何事もなく終わったね~。」

 那美恵はぐっと背筋を伸ばして疲れたという意思表示をした。幸も動きは小さいながらも同じように背筋を伸ばし、緊張し続けて硬くなっていた身体をほぐす。

 流留は真面目な話は終わりとわかった途端に再び提督の側に行き、さきほどの雑談の続きをしようとする。

 3人が思い思いの行動をし始めてしばらくすると、提督が一つ提案をした。

 

「3人とも。このあと用事はあるかな?」

「え?あたしはないよ。」

「あたしも特には。」

「……私も、ないです。」

「そうかよかった。神先さんも加わって光主さんの高校との艦娘の提携もなったということでさ。ささやかながら食事を御馳走したいんだ。いいかな?」

「えー!?提督ふとっぱらぁ~」と那美恵。

「マジですか!?ラッキー!」

「え、えと…あの、よろしいんですか?」

 流留と幸も同様に喜びを交えて驚く。

 

「いいのいいの。おじさんに大人しく奢られなさい。」

「自分でおじさんって言っちゃってるしw」

 那美恵がそういうと、幸は苦笑しつつも提督の奢り発言に喜びを見せる。流留はもっと正直に喜びを見せた。

「おじさんっていうよりお兄さんで素敵だよ提督!じゃあ早く行きましょうよ!ねぇねぇ!」

 流留はすぐ隣りにいた提督の腕をがしりと両腕で組んで激しくボディタッチをする。提督は腕に当たる流留の双丘の膨らみを感じてしまい、たまらんという状態で鼻の下が伸びかけたがさすがに分をわきまえ、シャキッとするべく背筋を伸ばしながら流留をなだめる。チクチクと那美恵からの鋭い視線があたっていたが、あえて無視した。

「まぁまぁ。まだ五月雨たち中学生組も残ってるし、まだ俺出られないからもうちょっと待ってくれ。」

 

「だったらさ、五月雨ちゃんたちも一緒に連れてったら? 3人におごるのも3+4人に奢るのも社会人なら大して変わらないよね~? どぉどぉ?」

 ある種悪魔の囁きのような提案をする那美恵。提督としては金銭的な問題は確かにないので話に乗ってもいいが、かなり年下の娘7人を引き連れて食べに行くなどそこまで肝が座っているわけではないので少し尻込みをした。この際仕方ないとして、大人代表追加として明石を誘うことにした。

 明石は飲みに行くと高確率でハメをはずしてエンドレスにしゃべり続ける。趣味ネタが似通っている提督でも飲みの席後半ではおっつけなくなるほどだ。しかし今日は飲ませず、学生たちの付き添いとするから大丈夫だろうと提督は踏む。

 

「それじゃあ、俺だけだとちょっとなんだから、明石さんも誘っておこう。」

「おぉ!?今日の提督なんかすんげーふとっぱら!見違えたよ!」

 

 早速提督はその旨を待機室でおしゃべりしている五月雨と工廠にいる明石それぞれに内線で伝えた。すると五月雨たちも明石も多少驚きを見せたがすぐにその誘いに乗ることにした。

 その日は那美恵達3人、五月雨たち4人、明石と彼女の会社の技師1人の計2人、そして提督の総計10人で揃って帰ることになった。

 


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