同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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相談

 翌日昼休み、生徒会室には那美恵たち4人が揃って昼食を取っていた。件の話は三戸達を通じて那美恵たちの知るところとなった。写真付き・ひどい共有文章とともに広まりすぎた状況に、さすがに那美恵も頭を抱えて、一つの判断をせざるを得なかった。

 

「これは、思った以上にまずいね。」

「ひどすぎる。いくらなんでもここまで書かれたら内田さんが可哀想すぎるわ!あからさまに適当な写真と適当な文章だし。」

 SNS内で流された数々共有文章と数カットの写真付きの投稿を見る4人。那美恵は戸惑いの表情を見せ、普段冷静な三千花も怒りを露わにしている。

「もちろんこんな文章全部ウソに決まってるっすよ。」

 と三戸も険しい表情をして強くまくし立てる。

「私達女子の間でも、これらの文章での共有に関しては同情派が増えてます。いくらなんでもやりすぎだと。明確ないじめとなれば先生たちや私達生徒会が黙ってないって言われ始めてます。」

 和子は女子界隈の話をする。

 

「先生たちや3年の先輩たちの耳に変な形で入ると何かとまずいから、もうあたしたちは暗躍して探ってる場合じゃないね。これは明らかな集団いじめだよ。それが分かった以上、生徒会として動いてきちんと対処しよう!」

 那美恵のその一言に、その場にいた全員が頷いた。

 そうして那美恵が3人にまず指示したのは、次の内容だった。

 三千花には○○高校生徒会代表として、そのSNSの運営会社に例の写真付きの投稿すべての削除を願い出ること。権威が足りないのであれば、生徒会顧問に事情を話すのも仕方なしと。

 三戸と和子には書面にて、ここ最近個人を根も葉もない噂で集団で陥れる行為が横行している、各自冷静な判断で対応すること、と表向きは穏やかな文面で注意を促す。

 そして裏の根回しでは風紀委員会および放送部を通じて、当事者たちと第一次の影響範囲と思われる生徒たちに直接アプローチし、しっかり耳を傾けて勝手な判断で個人を攻撃しないことを注意して回る。今度は生徒会としての正式な行為なので、那美恵は二人に堂々と立ち振る舞ってもよいと指示を出した。

 噂の出処がわからない以上は明確な犯人を探しだすことはできないため、生徒会としてはそれが限界だ。

 

 昼食を早々に食べ終わり、それらのことを話して決めていると、三戸の携帯電話からアラームが鳴った。彼は気づいてチェックをすると、すぐに顔を見上げ那美恵たちに視線を配って口を開いた。

「会長、みんな。なんと、内田さんからのメールっす。」

「え!?なんて?」

 

 彼女の方からコンタクトがあるのは意外だと、那美恵も三千花も和子も驚きの表情をして三戸に聞き返した。三戸は失礼かもと考える間もなく一言一句そのままメールの内容を読み上げた。

「三戸くん。突然メールゴメンなさい。個人的なことで悪いんだけど、相談したいことがあります。できれば、三戸くんだけで。放課後生徒会室に行きます。」

 

「三戸くんだけ、ね。同性の私達は信頼されてないということなのかな?」

 三千花がやや寂しげな声で言った。

「無理ないと思います。」

 気持ちを察し一言で済ます和子。

「相手から来たならチャンスだね。放課後はあたしとみっちゃん、わこちゃんはいつもどおり艦娘の展示をしよ。三戸くんはここに残って、彼女の望み通りのシチュにして話を聞いてあげて? 三戸くんは今日は内田さんの対応に専念すること。おっけぃ?」

「はい。了解っす!!」

 

 生徒会としての対応は各自する。まずは自ら飛び込んできた当事者たる内田流留への直接のフォローをするため、那美恵は三戸に指示を出した。

 

 

--

 

 ここ数日の校内の空気はある一点を除いて普段の空気を取り戻し始めていた。その違う一点とは、誰も流留を気に留めようともせず、いない者として扱うようにしている点。つまり無視という集団イジメの一定段階に入った形になる。

 校内の空気感は流留にとって苦痛以外の何物でもなかった。当事者としては嘘っぱちでも、どうとでも捉えられる確固たる証拠の写真が出回ったことで女子たちの態度は無視という基本姿勢にプラス、絶対的な嫌悪が出始めた。彼女らは、SNSで出回った文章をそっくりそのまま受け取って、それが現実のものだと信じて疑わない。

 

 男子は、あまりにもかわいそうな流留に味方するために態度を改める者もいたが、女子に準ずる態度が大半であった。中には流留に好意を寄せていた者達もいた。彼らは普通の女子とは違う立ち居振る舞いをし、自分たちに話をしっかり合わせてくれ、きさくで飾らない可愛さ、恋愛沙汰の噂がなかった彼女を信じていた。そんな彼女が吉崎敬大と(振られたという噂とはいえ)良い仲であった・普通の女子と同じだったという信じていた理想を裏切られたショックの反動で、女子からの注意を受ける前から流留と距離を置く者もいた。

 もはや誰が一番の原因と確たる存在かを突き止めることのできない、集団イジメそのものの構図が完全にできあがっていた。内田流留に興味が無い生徒や最初に噂を流したと思われる生徒たちとは関係ない生徒たちは、このことをいじめとしてすら認識しておらずサラリと流して普段通りの生活をする生徒もいる。変に関わったり、噂を伝える立場になったりと傍観者にすらなりたくない考えだ。

 

 先日以来流留と吉崎敬大は一切接触しなくなった。というよりもできなくなっていた。もはや二人が弁解して回ったところで収まる状況ではなく、いかようにでも誤解できる状況証拠の写真が出回っては、お互いがお互いの首を絞める形になることを恐れたために、二人ともあえてお互いを無視・無関係として思い込むことにしたのだ。ただ流留が知らないところでは、敬大は密やかに弁解を続けて誤解を解こうと努力をしていたが、実を結ばずにいた。

 人気のある吉崎敬大は、自身の弁解というよりも女子達の都合の良い解釈によって誤解は早々に解け、むしろ内田流留の色仕掛けの主たる被害者として同情を集めさらに人気を集めていた。結果的に誤解は(彼一人としては)解けたとはいえ本人が望んだ結果ではなく、さらに女子から言い寄られる慌ただしい状況に辟易する。元来他人が思うほど気が強くなく流されやすい敬大は、流留のことは思い続けるも周りの空気に流され影響され、本当のことを信じてもらえない交友関係・女子たちに嫌気が指していた。

 一方で一度は強く想った相手のこと、どうにかして解決の手をと思う辛抱強さだけは忘れずに過ごしていた。

 

 流留は、明確な味方がいなくなり孤立していた。

 写真と投稿を目の当たりにした日はあまりのショックで帰路を歩く足が異常に重く感じた。次の日の今日は気持ちが落ち着いたのかまだましだが、それでも気が重く、今までの日常で振舞っていた溌剌さがとてもではないが出せない。

 お昼休みに流留は生徒会書記の三戸にメールを出した。味方がいない今、もはや頼れるべきところにおとなしく頼るしか無いと思った。あるいは、こんな日常などもういらないという決意を固めるに十分な状態になっていた。

 放課後になって人気が少なくなった頃を見計らい、生徒会室へ歩みを進める流留。三戸から来たメールにてOKをもらっていた。

 

「わかったよ。ちょうど会長たちは視聴覚室へ艦娘の展示しに行くはずだし、俺は理由つけてサボらせてもらった。あ~もちろん内田さんのことは言ってないからね。」

 

 流留は生徒会室の前に来た。ノックをするのにためらう。が、こんなところを誰かに見られたらまたあらぬ噂を流されてしまう。辺りを見回したあと、急ぎ短く2回ノックをする。中からは男の声が聞こえた。三戸の声だ。流留はその声に従い、生徒会室へ入った。

 

 

--

 

 生徒会室には三戸しかいなかった。

「や。内田さん。どうしたの? 相談したいことって?」

 ややお調子者でひょうひょうとしたところのある三戸が、普段の口調で流留に尋ねた。

 

「三戸くん、もう知ってるよね。あたしのこと。」

 流留は10秒ほど沈黙していたが、やがて口を開いた声のトーンを普段より2割ほど落として言う。合わせて生徒会室の戸をそっと締めた。

「うん。噂ものすんごい広まり方だったからね。」

 

 また沈黙が続く。次に口を開いたのは三戸だった。

「実は俺と毛内さんはさ、内田さんたちの噂の出処を探ってたんだ。」

「そっか。」

「……驚かないの?」

「他の人からそれとなく聞いてたから。それで、何か分かった?」

「ゴメン。ほとんどわからなかった。力になれなくてゴメン。」

 座りながら三戸は頭を下げて流留に謝った。流留は両手を前で振って三戸の謝罪をやんわりとなだめる。

「いいっていいって。ただの高校生だもん。そんな調査大変だろうし、あたしなんかのために生徒会に動いてもらうのも気まずいし。」

「そうは言うけど一応生徒会にいる身としてはさ、生徒のギスギス感が出て学校の集団生活に影響が出るとまずいからさ。このままひどくなると上級生や先生たちの耳にも入っちゃってもっとややこしいことになるだろうし。」

「そういう仕事面での心配ってことね……。」

「あ、いやまぁこれは会長や副会長の言ったことの受け売り的なことだけどさ。でも同じようなこと思ってるのは本当だよ。」

 三戸の言葉を聞いて流留は安堵感と事務的な感覚での虚しさを感じた。

 

「で、内田さんの相談は?」

「あのね、生徒会の力で、あの…投稿、噂の広がりを防いで欲しいの。」

「うん。……えっ、それだけ?」

「それだけ。」

 

 流留は本当は言いたいことが山ほどあった。が、まだ言い出す勇気がないし、それらを適切に言うだけの言い回しも思いつかない。

 三戸は流留の願いを聞いて打ち明けた。

「そのお願いに関しては大丈夫。会長も事態を重く見たみたいで、こう対応しろって指示受けてっから。さすがに名前を挙げての注意はプライバシーもあるからそこはボカすけどね。」

「うん。ありがとう……」流留は手を胸に当てて一息ついた。

 

 普段は気が強く活発でカッコいいと可愛いが両立している流留が、ひどく小さく弱々しく見えた。言い方を変えれば、しおらしく見え、そこらにいるか弱い少女のようだと、三戸は感じた。いわゆるギャップ萌えを密かに感じていた。

 が、そんなことは口が裂けても言えないシリアスな空気なのでなんとか三戸は自重する。

 

【挿絵表示】

 

 

 流留はゆっくりと口を開いて、言葉を紡ぎだして自分の気持ちを述べた。

「あたしは、こういう周りからの勝手な言い分には慣れてるからいいんだけどね……。あたしの周りの人にまで迷惑かけちゃってるみたいで辛くてさ……。」

 

 さすがの三戸も、流留のその言葉の半分に嘘が入っていたのに気がついた。それは、小動物のように怯える今の彼女の姿を見ればとてもそうとは思えないくらい、態度と吐露した気持ちに乖離が見られたからだ。

 まがりなりにも流留に普段接する男子生徒の一人として彼女を見てきた三戸は、言わずには居られなかった。

「ねぇ内田さん。本当のところはどうなんだ? 悪いけどさ、今の内田さん見てるととても平気だとは思えないんだわ。せっかく生徒会を頼ってくれたんだし、内田さんは艦娘の艤装と同調できたんだし、できれば助けたいんだ。それは本心からそう思ってるよ。」

 

 三戸はうっかり口を滑らせ艦娘のことに触れてしまった。流留のためにと思って接するように務めていたつもりだったが、艦娘のことを含めて言ってしまえば、関係が無ければ助けるつもりはなかったのかと思われてしまうのではとすぐさま不安になる。

 が、流留の反応は良い意味で三戸の予想を裏切るものであった。

 

 三戸の言葉を受け、しばらく沈黙していた流留だったが、俯いていた頭を急に挙げて三戸の顔を見て言い出した。

「!! 三戸くん!それ! それよ!」

「へっ!? な、何が?」

 

 予想外の反応をする流留の言葉に三戸は驚いた。そんな三戸の様子をよそに流留は言葉を続けた。

「あたし、艦娘になる!」

「えぇ!!? ってマジ? ていうかなんで今このタイミングで!? ちょ、まっ!」

「三戸くん驚きすぎ。落ち着いてよ。」

「あぁゴメン。でもなんで?」

「うん。急にやりたくなったから。」

「理由になってないじゃん……。どうしてか言ってくれないとスッキリしないよ。」

 

 そりゃ当然だと流留は思った。本当の理由や目的を三戸にそこまで言う義理はないし、自身の根源たる心がそう叫んだ感じがするのだから理性ではどうしようもない。ただそれを、彼女は適切に表現するほど言葉はうまくない。

「あたしのボキャブラリーだと上手く説明できそうにない……けど、本当に急にやりたくなったの。だから三戸くん、お願い! ってこれは生徒会長に言わないとダメかな?」

 

 まっすぐに三戸を見る流留のきりっとした目。意志を固めた表情が伺えた。三戸は流留の数日ぶりに男勝りなカッコいい女子の姿を見た気がした。惚れてまうやろ!と心のなかで三戸は叫んだ。

 彼女の真意を知る由もない三戸は、その目を見てそれ以上の理由を聞くのを止めた。

「艦娘のことはわかったよ。話を戻してさっきの内田さんの相談のことなんだけd

「それはもういいの!!!」

 

 意志を固めた凛々しい表情から一変し、目を瞑って表情をゆがめて俯きつつ語気を荒らげて叫ぶ流留。片足でドスンと強く踏む音が響いた。

「とにかく、生徒会にお願いしたいのはみんなを落ち着ける一言注意を出してくれればそれでいい。あたしの対応はしなくていい。気にしないで! そして……あたしを艦娘にしてください。お願い……します。」

 

 言葉の最後のほうに行くにしたがって流留の声は涙声になっていた。三戸は瞬発的に怒った流留の様子が、さきほどまでの弱々しい怯えた姿に戻っていくのを目の当たりにした。

 そんなに人の心を察するのが得意でない三戸でも、今の彼女は何かから目をそらそうとしているのがわかったが、それを指摘されるのさえ彼女は拒んでいるように見えた。怒鳴られた時にビクッとした三戸は、それ以上彼女に突っ込むことはできずただ一言言った。

「わかったよ。これ以上は言わない。内田さんの気持ちの本当のところは……もう気にしないでおく。あと、艦娘のことは後で会長に伝えておくよ。それでいいんだね?」

「えぇ。ありがと!!」

 

 生徒会室での二人のやりとりはこうして若干のモヤモヤを残し流留の突然の艦娘部入部の決意をもって締めくくられようとしていた。

 流留から釘を差されたが、当然三戸は流留に感じた違和感などを那美恵たちに告げるつもりでいた。

 


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