同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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内田流留という少女

 視聴覚室出て、小走りで流留は廊下を進んでいた。とくに目的地はない。苦虫を噛み潰したような表情で歩みを進める。彼女がそういう表情をしているのは、何も視聴覚室での出来事のせいだけではなかった。

 

 

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 流留が視聴覚室へと向かう前、彼女はしばしばつるむ男子生徒の一人から呼び出されていた。その男子生徒は吉崎敬大という、同学年の生徒である。彼は性格は明るく、少し適当ですっとぼけたところがあるがそれも良い味を出している人当たりのよい優しい好青年だ。女子から人気がありよく言い寄られている。女子同士の話や"そういう"事に興味はない流留の目から見ても吉崎敬大はイケメン、つまり好い男に見えた。しかし流留にとってはつるんで趣味やバカ話をする男友達の一人でしかなかった。

 それゆえ呼び出されたのも単に暇つぶしの雑談をするだけなのだと思い、全く何も気にせず彼から呼び出された場所へと足取り軽く赴いた。

 吉崎敬大はその場所で天を仰いだり腕を組んでソワソワして流留を待っていた。彼女が来たのがわかると眉間に寄せていたシワを消して表情を柔らかくし、流留に近づいて話しかけた。

 

「や!ながるん。こんなところに呼び出してゴメンな。」

「いいっていいって。それよりもなぁに?なんか面白いことあった?」

 流留は仲の良い男子生徒の一部からは、ながるんというニックネームで呼ばれている。

 流留は雑談か、何か面白い出来事を聞かせてくれるのだと流留は思っていた。一方で吉崎敬大は流留の中性的な声質だが可憐な可愛さを感じる声による言葉を受けて、しばし俯いた後深呼吸をしてじっと流留を見つめた。そしてやや大きめの声で自身が胸のうちに抱えていた言葉をひねり出した。

 

「俺、ながるんのこと好きなんだ。付き合ってくれ!」

「……へっ!?」

 吉崎敬大からの突然の告白。予想だにしていなかった相手の行為と好意。その場には流留の変に裏返った声の一言が響く。

「ちょ、敬大くん!? へっ……じょ、冗談はよしてよ~。なになぁに?あたしにドッキリ仕掛けてどういうつもりぃ~!?そこの陰からいつものやつら見てるんでしょ~?」

 

 突然の告白に流留の思考は混乱する。照れ隠しもあり呼び出された場所の近くにある物陰や木の後ろをわざとらしく見に行くなどして動き回る。その間も吉崎敬大は動かないで突っ立ったままだ。

「ははっ……」

 当然ながらあたりには流留と敬大以外誰もいなかった。さすがの流留もこれは本気の告白だと気づかざるを得なかった。今まで平穏でなんの波もなく過ごしてきた流留の日常に、初めてヒビが入った瞬間であった。

 

「ながるん!」

 吉崎敬大は動きまわる流留の方を向いて呼び止めた。その声に流留の動きは緩やかになり、ようやく立ち止まる。

「……なんで? なんでなの? なんであたしなのよ! さすがのあたしでも知ってるよ。敬大くん、女子に人気あるじゃん! あの子達じゃなくて、なんであたしなのよ!?」

「ながるんは他の女子たちとは違う。俺はながるんがいいんだ。好きなんだ。」

 他の女子達とは違う、普通ならば君だけは特別という意味合いにとれるその言葉は少なからず異性を意識させる効果がある。その一言に流留は違和感を覚えた。それは違和感というよりも、自分があると信じて疑わないものが崩れていく。それへの畏怖の念とも言えた。

 

 流留はあとずさった。その反応を敬大は見て歩幅を合わせて近づいてくる。もう一歩下がる。敬大は2歩近づいてくる。

「やめて。あたしはそういうの望んでない!あたしはみんなと適当に雑談して遊べればそれでいいの!だかr

「だったら馬鹿話して遊ぼうぜ!それは今までと変わらないことを約束する。みんなの前では今までどおりしよう。その上で、俺と付き合ってほしいんだ。ながるん……いや、内田流留さん!!」

「そんなこと言われたら……絶対みんな今までどおりじゃいられなくなるよ……。なんでコクってくるのよ……。」

「今までどおりでいられるって。ここには俺とながるん以外誰もいない。他の奴らにこのことなんて話すわけねぇし誰にも知られずに済むって。」

「そんなの当たり前でしょ。告るのにわざわざ他人に言うやつなんでいないよ。」

 

 さらに口論を続けようとしたその時、さきほど流留が照れ隠しに見渡した物陰よりさらに離れた陰で、物音がした。

 

「誰だ!?」「誰?」

 

 微かに走っていく足音が響いたことに二人とも冷や汗が出る。流留は吉崎敬大に詰め寄った。

「ちょっと敬大くん!本当に誰もいないんでしょうね!?」

「いねぇよホントだよ!」

 敬大は頭をブンブンと横に振ってハッキリと否定する。

 

「なぁ、ながるん。頼むよ。付き合ってくれよ!」

 気を取り直してなおも食い下がる敬大に、流留は再三繰り返して断る。

「だから。あたしはいつもどおりの生活で話の合う人達と馬鹿やれればそれでいいの。誰かと付き合うとか、そういうの求めてないの!あたしの日常に波風立てないでよ!今日の事は忘れてあげるから、あたしに近寄らないで!」

 

 流留はダッシュしてその場を離脱し始める。それを敬大は強い口調で呼び止めた。

「ちょっと待てよながるん! 近寄らないではひでぇだろ。それにどこ行くんだよ?」

「……ゴメン。さすがに言い過ぎた。告ったのは忘れてあげるから、敬大くんも今日のことは忘れて今までどおり振る舞って。それからあたし今日は別の用事あるから、急いでるからもう行くね。」

 

 流留はダッシュほどではないが小走りでその場から離れた。その場には、吉崎敬大がポツンと残されるのみになっていた。

 

 

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 視聴覚室から出て思い返しながらあてもなく歩く流留。気づくと別の棟にいた。少し戻って空中通路のところで立ち止まり、手すりによりかかって思いにふける。

 いきなりやってきて自分の日常を壊そうとする、男子生徒からの突然の告白と、艦娘という非日常の世界とも思える存在。そして艦娘になってしまった自分。いや、まだなっていないのか? あくまで資格がある、ということなのだろうか。流留は自身の素質にも混乱していた。

 今日一日で日常が破壊されかねない重しがのしかかってきたことに流留は憂鬱になっていく。

 とりあえず告白は断り、艦娘への誘いも(生徒会長たちの反応を見ずに)断って帰ってきた。今の彼女には、逃げることしかできなかった。

 

 

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 彼女が日常生活にこだわるのには、彼女の人となりに影響を与えた従兄弟たちの事情が関係していた。流留には兄弟姉妹はおらず、一人っ子であったために従兄弟たちがその代わりをして彼女に小さい頃から接していた。流留は従兄弟たちを”にいやん”などと呼びまるで実の兄弟のように接して育つ。かなり歳の差のあったそんな従兄弟たちに接するうちに、流留はおよそ女の子らしい趣味は身につかず代わりに男っぽい趣味が身につき、従兄弟たちと遊ぶ間に負けずとも劣らぬ勇ましい性格になっていった。

 

 そんな気の置けない従兄弟たちとの楽しい日々が続いた。流留は周りが年上だからということもあり、すべてを安心して委ねて、接することができた。常に流留のことを気にかけてくれて、何をしても自分の味方でいてくれる、心から信頼できる存在。だから思う存分やんちゃもした。

 ある種、流留は他人に究極的に依存しやすい質だった。彼女にとって日常生活とは、従兄弟たちとの時間がすべてであった。そんな従兄弟たちとの時間も、小学校高学年の途中までだった。

 

 保健体育で教わった男女の体の違い、そして成長していく自分の体つき。周りからの扱いの変化。かなり年齢差があって年上だった従兄弟たちも成長し、それぞれの道へ進んだこともあり今までどおり接してくれなくなった。従兄弟たちと遊ぶ時間が減り、もともと一人っ子の流留は一人で遊ぶ時間が増えた。

 従兄弟たちとの接し方の結果、小学校の頃から男子生徒と遊ぶようになり(小学生の頃ならば男女問わず遊ぶことは世間的にもそれなりにあろうが)、流留は従兄弟たちの代わりとなる存在の拠り所を同世代の男子に求めた。

 

 完全な代わりとはならないが、同じ男友達ならば同じような日常を取り戻せるだろうと思いあくまでも男友達と接し続けた。とはいえ、趣味や気が合うなら同性の友達でもよかった。しかし小学校低学年~高学年、そして小学生時代のクラスメートの大半がそのまま揃って入った中学校時代初期まで、固定された交友関係のせいで同性の友達らしい友達ができないいままでいた結果、彼女は実質一人ぼっちとなった。一人ぼっち自体は、彼女にとって大した問題ではない。

 

 流留は中学に上がった時からぐんと成長し、男子のみならず同性でも目を見張る中性的な美少女に変貌した。勉強は得意ではなくむしろ苦手。しかし可愛くて気さく、それを笠に着ず等しく(男)友達に接する。助けを求められればすぐに駆けつける少し世話焼きな性分。そんな彼女が人気者になるのはたやすく、そして人気者に取り巻く環境の常である、アンチな生徒も大勢生まれた。

 中学時代、彼女にとってはそれなりに酸いも甘いもあった充実した時期だった。心身が成長する過程、男友達は思春期まっただ中で流留と接するのを恥ずかしがる者もいたが、基本的には仲良く接してくれた。

 人気を妬んだ女子にいじめられることも少なからずあったが、小さい頃から従兄弟たちの影響を受けてたおかげでやや男勝りに育った流留には、なぜか同性のファンがつき、味方も多かった。

 

 しかしなんとなく足りない感覚が中学校最後の時期まで続いた。

 

 そして高校入学。実家を離れて親戚の家に厄介になり、別の市立の高校に入った。それが今流留がいる高校である。今までの交友関係はリセットされるが、新しい交友関係を作ればその足りないものが補完されるかもしれない。そう信じて高校入学してからすぐに自分の普段の趣味全開で積極的に男子生徒に話しかけ、趣味の合う人を見つけ、雑談したり遊びに行く関係を築き上げていった。

 形は違い、足りないものは補完できなかったがそれでも自分が作ってきた一応の日常。

 

 高校生ともなると誰もが今までとは違う意識が芽生えていた。将来の進路、恋愛感情はより複雑な物になり、本気で一緒にいたいと思う感情。今までの夢絵空事とは違い、具体的な形を伴った将来の夢を追いかける思いや意欲。

 流留は将来のことを真剣に考えたことなく、誰かを好きになるという感情も芽生えなかった。あえて言えば、もはや年末年始でさえ滅多に会わなくなっていた従兄弟のことが好きという程度。友達の男子生徒たちは女である自分と仲良くはしてくれているが、なんとなく違和感があったのでそんな感情を抱くには至らなかった。

 その違和感は、この日流留が当事者になった男子生徒からの告白と、艦娘への誘いでハッキリ彼女も理解した。

 

 みんな成長している。何かに一生懸命になろうとしている。だから精神の真なる部分では幼い流留にはどうしても彼(女)らとは馴染めない一線があったのだ。単なる男友達と思っていた吉崎敬大は単純な友達関係から一歩進もうと迫り、生徒会長たちや三戸は、世界を救うというとんでもない非日常の世界に首を突っ込んで大人たちと一緒に活動している。

 形の上だけでは理解はできるが、流留自身はそれを本気で理解して、受け入れるだけの心の成長ができていなかった。彼女の日常を刻む歯車は、従兄弟たちと接していた小学校高学年の頃の思い出と感情で凝り固まっていて止まったままだったのだ。

 流留は、今の日常でならいくらでも張り切って馬鹿やって熱血やって過ごせる自信はあったが、もう高校生。自分の生き方を真剣に考え、変えなければいけない時期が見え隠れし始めているのにようやく気づいた。

 が、今まで信じていた日常がどうにかなってしまう。そんな恐れが彼女を縛り続ける。

 

 自分はどうすればいいのか。心かき乱された今の状態で、果たして明日から今までどおりの日常生活を送ることができるのだろうか。そんな不安が流留の頭をよぎり続ける。

 

 普通の朝が、遠くへ消えていく。

 

 

 そんな予感がした。

 

 

 

--

 

「あ、いたいた。内田さん!」

 思いにふけっていた流留の前に現れたのは、さきほど視聴覚室にいた同じ学年で生徒会書記の三戸だった。少し涙目になっていた自分の顔を見られたくなく、反対側を一瞬向いて目を拭いた後、あっけらかんとした様子で三戸の声に反応した。

 

「三戸くん。なに?」

「いや、何じゃなくてさ。さっきの艦娘のこと。」

「あぁ……。いきなり飛び出して行ってゴメン。」

「いやいや。すぐに受け入れてじゃあやりましょうってのは無理だとは、さすがの俺でもわかるよ。それにあの会長、自分がやり手すぎるのイマイチわかってないところあるからさ。まぁ、ついていけないってのもわかる。」

 後頭部をポリポリと掻きながら三戸は照れ混じりに流留をフォローする。三戸は流留の隣にやってきたが、少し距離を開けて同じように手すりに体重をかけて寄りかかった。

「でも驚いたっしょ?あんな世界があるっての。」

「……うん。三戸くんからゲームに似たって聞いた時は、正直話半分だったの。ホントにそんなことありうるわけないって思ってたからさ。けど、あれって現実なんだよね?」

「うん。俺も初めて会長以外の艦娘見て、実際にその人達が演習とはいえ戦う姿を見て驚いたもん。本当にこんな出来事がってさ。あ、そうそう。そこの鎮守府にいる艦娘ってさ、中学生もいるんだ。中にアホっぽいけど可愛い子がいてさ~」

 いきなり訳の分からない方向に話を進めだす三戸を流留はジト目で見る。その視線に気づいた三戸はコホンと咳払いをして話を元に戻す。

 

「……ともかく。俺らよりも年下の中学生ですら艦娘になって戦えるんだから、きっと内田さんだって大丈夫だと思うんだよね。」

 三戸はそう言って戦いを怖がったと判断した流留を慰める。が、流留の反応は違う。

「ゴメン。そういうことじゃないんだ。実はね、視聴覚室に来る前に……」

 流留は言いかけたがすぐに口をつぐんで止めた。全然関係ない三戸に話すべきことではないし、多分身の上を話されても彼自身困ってしまうだろうとなんとなく気が引けたのだ。頭を振ってセリフをキャンセルする。

「ううん。なんでもない。」

 三戸は?な表情を作って「ふぅん」と言うだけで首をつっこもうとはしなかった。

 

 これまでの人生で、心の中をさらけ出して話せる人なぞ、従兄弟たち以外に流留にはいなかった。そのため三戸には言えない。三戸を納得させられるだけの弁が足りなかった。

「あたしの中でちょっと整理がつかないから。もうちょっと待って、とだけ生徒会長に伝えておいて。」

「へ? あ、うん。わかった。じゃあ正式な回答は保留ってことだね?オーケー。」

 三戸は流留の言い淀む姿が気になり、深く聞こうとはしないでおいた。流留は三戸からの確認にコクリと頷いて、手を振って空中通路のもう半分を進み、その場を離れた。

 三戸も彼女からの一応の返事を聞けたので、「じゃあね」とだけ彼女の背中越しに伝えて視聴覚室へと戻ることにした。

 


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