「西脇さん。鎮守府Aとの提携、承知いたしました。」
「!!」
待ち望んでいた言葉が、那美恵や提督たちの耳に飛び込んできた。
「私達があなた達の関わる戦いで携われるのは、もはやこれしかないのだと痛感しております。事件の記憶を語り継いで子どもたちに命の大切さを説くならば、今こそ私達教育に携わる者たちは艤装装着者、艦娘になる学生たちを私達が持つ権威・権限で守ることなのだと思います。西脇さん、戦いに従事するかもしれない学生たちを守るその制度に、我が校も加えて下さい。よろしくお願い致します。本校から協力させる生徒の身の上のことは、本校が責任をもって引き受けます。」
「校長先生!こちらこそ、よろしくお願い致します!!」
提督はソファーから立ち上がり、深く頭を下げて校長に感謝の意を表した。提督が立ち上がった後、すぐに妙高や明石そして五月雨も同じように立ち上がって頭を下げた。
「私や西脇さんを始めとして今生きている日本人はほぼ全員が、戦いを経験していない世代です。ですからうかつなことを言ってしまえば、150年前の太平洋戦争や70~80年前の戦いを経験された方からすれば的外れで逆鱗に触れかねない実態の伴わぬ言葉になってしまうかもしれません。これから戦いに関わる方々の意識を削いでしまうかもしれません。戦いには怪我も死もついてまわるはずです。特に深海凄艦という化け物と戦うのです。ですから私からあなた方にかけてあげられる言葉は、無理はしないで、自分たちの命や生活をまず大切に、ということです。」
校長の言に反論して、というよりフォローするかのように明石が説明しだした。
「あのですね!艤装は装着者の安全を守るために長年改良されてきています。その結果死亡事故は今ではほとんどなくなりましたのでそこは安心していただけたらと!」
そういう明石に対して校長は頭を横に振り、彼女の言を指摘し始めた。それは当たり前の内容だった。
「明石さん、そうはおっしゃいますがね。私は艤装という機械のことは正直全然わかりませんけれど、人の作るものに絶対とか完璧はありえないと思いませんか?」
「そ、それは……そうですけれど……。」
反論できずに言いよどむ明石。
「私はですね、学生には常日頃、完璧を目指す・信じるのではなく最高の妥協点を見出して物事と付き合っていけと説いています。私達人間が欠点だらけなのです。そんな私達から創りだされる物だって欠点はありえます。明石さんには申し訳ないですが、その艤装もきっと同じはずです。」
技術者として、人間として痛いところを突かれ続けている明石は言い返せずに校長の言葉を受け止めた。明石の表情を伺いつつ校長は言葉を続ける。
「なるべく怪我しない、極力死なないためにも、自分とその艤装の限界を知って、過信しないで付き合っていってほしいのです。そうでないと、過信してしまったその人には不幸しか待っていない。そんな気がするのです。」
技術畑で育ってきた明石、そして提督は本業での経験上それをわかっていた。そのため言い返すことはできなかった。二人とも自身らの経験を頭に思い浮かべていた。エンドユーザーに若干の違いあれど顧客に不安をいただかせない・気持よく目的を達成してもらうために、プログラムも機器であっても相当な時間をかけてテスト、そしてバグ取りをする。特に明石は、装着者の命に関わる機器を製造・管理を担当する重要な立場の会社の人間なので、まだ入社数年しか経っていない彼女とはいえ、その数年揉まれた経験でやっと身にしみて理解できるようになっていた。
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「西脇さん、約束してください。光主さんやこれから艦娘になるかもしれない子供たちをどうかその一番身近な立場の人間として、あなたの権威や権力でもって守ってあげて下さい。そしてこれから艦娘になるであろう人には、きちんとその目的を理解し意欲のある子たちだけを迎え入れて下さい。そうでないと後々つらくなるのはその子らだけでなく直接の責任者である西脇さん、あなたもなのですよ?」
「は、はい……。」
提督は30をすぎてまさか学校の先生から叱咤されるとは思わず、額の汗を拭いつつ頼りなさげな声で返事をするしかできなかった。
校長は那美恵、そして那美恵の近くによっていた三千花の方を向いて二人にも叱咤する。
「光主さん。学校の生徒会の仕事も普段の学生生活も大変でしょうけど、あたなが選んで進む道だからしっかりやり遂げるのですよ? 弱音は吐くのはかまいません。でもそれは、もっとも心から信頼できる人の前でだけになさい。あなたの普段のキャラクターは、そうではないのでしょ?」
「あー、エヘヘ。はい。」
普段の自分を見透かされたかのように言われ、那美恵は困り笑いしかできないでいた。校長はニッコリと微笑んで那美恵を見、そして次は三千花に視線を移した。
「……それから中村さんでしたか。」
「はい。」
「副会長として、会長の補佐引き続きよろしくおねがいしますね。光主さんが安心して艦娘として戦えるよう助けてあげて下さい。」
「はい。わかりました。なみえとは親友ですので、もとよりそのつもりです。」
そういう三千花の目は、強い意志が見て取れる引き締まった表情の一部であり、凛々しいものになっていた。三千花が那美恵の親友だということを知ると、校長はニコっと笑い三千花に言った。
「そうでしたか。光主さんのお友達でしたか。でしたらそれ以上は申しません。きっとわかっているでしょうから。」
「あの……校長先生のお話、大変感銘を受けました! だから、私は校長先生のように那美恵のしてきたこと、これからすることを、周りの人に伝えていこうと思います。」
三千花から決意を聞くと、校長は静かに頷いた。
そして校長は提督の方に視線を戻し、提督に再び依頼の言葉を発した。
「改めまして西脇さん。わが校と提携していただけますよう、よろしくお願い致します。」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。」
提督と校長は強く握手をし合った。