同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 昨日の敵は今日の友。試合後に懇親会が開催された。那珂らを囲むのは神奈川第二の艦娘達をはじめ学校・会社の友人たち。そんな光景を撮るのはテレビ局!艦娘達は戦いから日常へ…。


試合後

 勝敗を提督と鹿島が発表した後、那珂は五月雨に慌てて駆け寄った。なぜなら、崩れるように力尽きて倒れ込もうとしていたからだ。意識が飛んで気絶したのではと想像するに容易い。

 

「五月雨ちゃん!!」

 

ザブン!

 

 若干潜るはめになったが救出に事なきを得た那珂は時雨たちを呼び寄せ、五月雨を運んでもらうことにした。

 そして自身はある方向に向かう。その先にいるのは鳥海だ。

 

「鳥海さん。お疲れ様でした。」

「那珂さん……えぇ、お疲れ様でした。」

 

 鳥海がそれ以上口を開きそうもないとわかると那珂はその重々しい空気を壊すべく軽調子で言った。

「鳥海さんに及ばなくて残念でしたよ~。まさか五月雨ちゃんにぜーんぶ持って行かれちゃうなんて。でも、最後以外はいい勝負できたって思ってます。鳥海さんはいかがです?」

 那珂がそう言うと、鳥海はため息を吐いて数秒して答えた。

「私こそ、試合はもちろんあなたとの勝負にも負けていたとわかりました。あなたのその強さ、それはいったい?」

 

 那珂はその質問にあごに指を当てて考える仕草をして答えた。

「ん~~、これ別の鎮守府の人に言ったらダメって釘刺されたんですけど、鳥海さんには特別に教えてあげちゃいます。私、同調率が98%あるんです。」

「きゅ、98%!?あなたまさか……改二なのですか!?」

「かいに?いーえ、私はただの那珂ですよ~。」

 那珂のあっけらかんとした口ぶりに鳥海は驚き呆れ、そして納得した。

 

「そう、ですか。改二でもないのに同調率が……。あなたの強さの理由がなんとなくわかりました。それならば重巡洋艦である私はおろか、加賀さんたち空母、そして戦艦霧島ですら敵わなかったのも頷けます。そうなるほどまでに、あなたは軽巡洋艦那珂の艤装と馴染んでいる、いえ馴染みすぎているのですね。だから、本来想定されている艦娘の動作を超える動きができる。しかし不可解なのは、少し前に飛びかかってきたあなたや、ついさっきの駆逐艦の妙な気配。あれも同調率が高いと及ぼせる影響なのですか?」

 その疑問に那珂はさすがに答えられなかった。それは提督や明石からもっとも釘を刺されている、鎮守府Aに配備される艤装の最重要機密にかかわるからだ。

 那珂は考えるそぶりをしてうなりつつ答える。

「うーーん……それに関してはあたしはなんとも。あのときは必死でしたし、さっきの五月雨ちゃんについても正直何が起きたのか。後で明石さん……うちの工廠の人たちに聞いてみないと。」

「そう……。」

 

 二人は話を切り上げた。堤防の先にいる提督と鹿島に集合を叫ばれたためだ。

 

 

--

 

 堤防の消波ブロックの先に両鎮守府の艦娘たちは整列した。堤防には提督と鹿島を囲むように観客が群がっている。

 

「改めて発表します。総合的な勝利は千葉第二です。MVPについてはこの後試合中の判定を確認してから発表をします。……みんなご苦労様!君たち的にも観戦してくれた皆さんとしても、良いものが見られたんじゃないかなと思っているよ。」

「皆さんお疲れ様でした!弊局としても、千葉第二の皆さんの強さを知ることができて勉強になったのではないですか?」

 

 提督に続いて鹿島がそう口にする。すると神奈川第一の艦娘達は口々につぶやき頷き、鹿島の台詞を肯定した。

 提督は一度締めくくりかけたが鹿島の台詞を聞いて自分のところの艦娘達に問いかけた。

「いやいや、うちとしてもお隣さんである神奈川第一の皆さんの強さを身をもって学べてよかったです。だよなぁみんな?」

 

「うん、そーだよ!勉強になったし面白かった!」

「そーですね。まぁあたしは前半戦で早々に退場だったけど、那珂さん達の戦い見ていてそう思いました。きっと神通もそう思ってると思いますよ。」

 と川内は那珂に続いて意見を口にした。その意見に続いたのは夕立だ。

「うんうん!あたしももーちょっと試合参加したかったけど、そー思うっぽい!」

「そうね。私もそう思います。」

 夕立に続いたのは妙高だ。本来続くと予想された時雨は、気絶してしまった五月雨を介抱するため先に工廠に戻っていた。

 

「よーしみんな。工廠に一旦戻ってくれ。この後は○○TVさんからのインタビューが待っているからな。」

「えー!?みんなこんなに汚れてるのにテレビに映させる気ぃ!?提督ってばきっちくぅ~~!」

 那珂は身体をブンブンと振りながらわざとらしく文句を言うと、その場にいた皆はアハハと笑いを漏らした。当の提督はその返しに無言でたじろぐしかなかった。

 

 

--

 

 工廠に戻った艦娘達は高速洗浄装置で全身のペイントを簡単に洗い流し、艤装を解除した後観客の前に姿を現した。ちなみにTV局のカメラと那美恵の学校のメディア部の井上のカメラは那珂たちが出てくるところから撮影を再開していた。

 

「はぁ~~これでなんとか綺麗に……ってうわぁ!」

「や~や~どもども。当校のヒロインにヒーローインタビューですよ~。」

「は~あ。さっぱり。うおっと、那珂さん急に止まらないでくださいy……え?」

 那珂を驚かせたのは井上の撮影だ。続いて出てくる川内も捉える。そんな学生の撮影をも撮って全体を捉えるのはネットテレビ局のカメラだ。二つのカメラのことなど気にせず那珂の高校の学生、五月雨達の中学校の学生はそれぞれの学校出身の艦娘達に駆け寄る。そんな自然な姿をテレビ局の撮影クルーは熱心に撮っていた。

 

「会長、お疲れ様です!」

「なみえちゃんすごかったよ~!めちゃかっこいい!女のあたしでも惚れちゃう!」

「男の俺なんか元から会長に惚れてたっすよ!」

「俺も俺も!」

「あんた達……どさくさに紛れてなみえちゃんに告ってんじゃないわよ。」

「会長、お疲れ様です。後でさっちゃんのところに連れてってください。」

 

「お、和子ちゃん。うん、和子ちゃんが看てあげると神通ちゃんきっと喜ぶよ。あとみんなもありがとー!あなたの学校の那珂ちゃんは勝負には負けたけど試合には勝ちましたよ~!」

「「アハハハ!」」

 那珂は同校の学生達それぞれにきちんと声をかけて応対し、最後に皆に普段調子の冗談めいた口調で改めて報告をした。その口ぶりの軽さに皆笑いを隠さない。

 

 

--

 

「ながるんお疲れ様!会長もすごかったけど、俺達的には前半のながるんの猛ダッシュと突進がよかったなぁ~。あれは熱い展開だわきっと。」

「あぁわかる。○○のちょうどボス戦みたいな感じだよなぁ。ね、ながるん?」

 男子生徒数人が口々にゲームを絡めて自身の行動に触れたことに川内は気恥ずかしさを覚えたが素直に同意しそして感謝を示した。

「え?あーうん。そう言われるとそうかも。負けたあたしなんか気にしてくれてありがとね。」

「「お、おぅ!」」

 川内のキリッとしつつも柔らかい笑顔に男子生徒らはドキッとしてまごつく。同校では黙って立っていれば正統派美少女トップレベルと評される川内こと内田流留である。その素の可憐さと男子趣味による人懐こさで男子の間ではまだまだ影ながら人気は誇っていたが故の反応だった。

 

 

--

 

 その後、那珂達鎮守府Aの艦娘と神奈川第一の艦娘たちはテレビ局からの取材を受けながらステージを本館に移した。

 医者にかかりにいった不知火はその後経ってようやく回復し、鎮守府に戻ってきた。その前に五月雨と神通は意識を取り戻していたため、出迎える際にその姿を見せることができた。

 

 MVP発表と演習試合締めくくりのための報告会は、本館1階のロビーで行われた。提督と鹿島が本館裏手口の手前に経ち、那珂達鎮守府Aのメンバーは二人から見て左側、神奈川第一鎮守府のメンバーは右に並んだ。

 

「えー、改めて今回の演習試合ご苦労様。試合の評価をまとめたので、ここで発表させていただきます。」

「本件はうちの村瀬提督にも報告し、評価をすりあわせていますので公式なものです。」

 西脇提督に続いて鹿島が説明をする。

 

「それでは最優秀MVPは……。」

 

 

--

 

 発表が終わった後、妙高と大鳥夫人によりお茶と軽食が運ばれ、その場で簡単な懇親会が開催された。その場には艦娘をそれぞれに囲んで和気藹々とした会話の花がそこかしこに咲いている。

 

 神通は病院から戻ってきた不知火と共に卓を囲んでいた。その隣には和子とその友人達もいる。加えて不知火の学校の同級生もいるという大所帯。その賑やかさにやや辟易気味だったが、これもまた人脈作りの一環だと己に強くいいつけ、この場の雰囲気をどうにか享受していた。

 

「ねー智子、あんたマジで大丈夫なの?」

「(コクンコクン)」

「艦娘ってああいう目にもあうんやね。ウチも今のうちに身体鍛えておかなあかんね~。」

 

 神通は不知火が同級生としている会話を横に聞き、もう片方では和子とその友人達のお喋りを同時に聞いていた。仲良くしている二人の友人が自分の友人でもあるというわけではないことはわかっている。和子の友人とはイメチェン以降、会話をして急速に距離が縮まった気がするがそれでも自分の中では友達というランクに至るほどではない。冷静に分析する思考の隣で、そんな自ら距離を開けてどうするという自分を叱る思考もあった。集団の中のボッチはやはり辛い。

 

 和子は愛想笑いして輪の中に無理して混ざろうとしている友人を見てハッと気づいて話題の流れをどうにか変えるよう試みた。

「アハハ、そうだよね。ところでさ、さっきの艦娘の戦いどう思いました?私としては親友ですし、さっちゃんに個人的MVPをあげたいなと思ってます。」

「あ~和子っちはさすが神先さんびいきだね~。かくいう私も神先さんに一票かな~。」

「私はね~、あの時雨って娘かな。最後のほうまで残ってたし、会長と一緒にずいぶん長いこと組んで戦ってたからなんか好きかもあの娘~。」

「あたしはね~……」

 口々に感想と個人的な好みを言い出す女子生徒ら。それでも最終的には和子の気持ちを察したのか、話題の集約先を神通に定めた。

「まぁでも、友人としてはさ、神先さんを推したいね。」

「やっぱそ~だよね~。神先さん……っと神通さんだっけ。神通さん海にミサイルみたいなの撃って敵倒すところスクリーンで見てても迫力あってよかったよ~。」

「あたしもあたしも!知り合いが活躍するのってこんなに誇らしいんだね~ってよくわかったもん。」

 そして最後に和子が、神通の肩に手を置き優しく言葉をささやきかけた。

「さっちゃん、皆さっちゃんのこと誇りに思ってますよ。だって私はもちろん○○ちゃんも○○さん達もすでにさっちゃんの友達だもの。誰がなんと言おうと、私たちの中ではさっちゃん……ううん。神通ちゃんが一番です。」

「わ、和子ちゃん……皆ぁ……あり、ありがとう、ございます……!」

 これまでの自分の艦娘としての行動がプライベートの世界に影響を与え、報われた気がして神通は思わず涙ぐむ。それを見て和子や友人達は柔らかい笑みでじっと神通を見つめる。

 そんな神通とその友人たちに混ざりたかったのか、男子生徒の一部が顔と言葉を突っ込んできた。

 

「俺も俺も!」

「僕も神先さんすげぇ活躍したって思ってるよ!」

 急に男子生徒から称賛と同意の言葉を受けて神通は涙目をそのままで表情に狼狽の色を付け加えた。そんな神通をかばうように女子生徒の一人が男子に向かってツッコむ。

「あんたら……さっきは会長がいいっていってた男子にまざって激しく頷いていたのにかっるいわねぇ~~。」

 

「え~~いいじゃん別に。」

「僕は純粋に戦う女の子はかっこいなって思っただけだし。なぁ?」

「そうそう。神先みたいな大人しい娘があんな特攻かけたりとか、その普段とのギャップがまた萌えm

「ちょっと……私達のさっちゃんに変な妄想抱かないでくださいね。」

 男子生徒達のよからぬ発言に和子をはじめとして女子生徒達はさらに神通の前に壁として立ち塞がるように身を寄せ合った。

 神通は目の前と周囲で展開される自身のための攻防に苦笑するしかなかった。

 

 

--

 

 川内は懇親会が始まると、暁らとともに提督と鹿島を囲んで今回の演習試合に関わる事情を聞いていた。

 

「へぇ~そういう風にして今回の演習試合って決まったんだ。上の人には上の人の事情あるんだね~。」

「当たり前だろ。よその地方局との演習試合は地域にもよるけど、全国的にも月に1回以上はされているんだと。それでお互いのところの艦娘達の交流や情報交換をする、と。」

「えぇ、そうです。うちも神奈川第二やアメリカの艦娘達の演習試合を頻繁に行っています。」

「まぁ、そちらは海自や米軍が近いためでもあるんでしょうね。」

 提督がそう指摘すると鹿島はフフッと笑みを漏らして同意を示した。

「それじゃあうちはよそよりも演習試合が格段に少なかったってこと?」と川内は素直に疑問をぶつけた。

「あ、あぁ。それについては本当、申し訳ない。君たちを世間知らずなままにさせていたことは心苦しかった。今回やっと実現できて一安心だよ。」

 

「アハハ。でも提督。一回だけじゃダメでしょ? 今後も開いてくれないと。」

「わ、わかってるよ。次は千葉第一とやるのもいいなと思ってるんだ。」

 

「そーいやうちは千葉第二だよね? 千葉第一鎮守府ってのもあるんだ。それにそちらは神奈川第一ですけど、第二鎮守府ってのもあると?」

 またまた素直に川内は質問をぶつけた。その質問に提督と鹿島は順番に答え始めた。

「あぁ。うちはここ検見川浜にあるだろ。千葉第一は千葉県の銚子市にあるんだ。」

「うちの神奈川第一は横浜市の磯子に構えています。」と鹿島。

 

「最寄り駅は根岸よ。もし遊びに来るときは間違えないでよね川内。」

「そうそう。間違えて磯子駅から来るとちょっとだけ遠いから気をつけてね。」

「わ、わかったよ!ってかいつあたしがそっちに行く話になってるの!?」

 暁と雷が補足的に説明して川内をやり込めると鹿島と提督は苦笑した。そして鹿島は説明の続きをする。

「それで、神奈川第二鎮守府は熱海にあります。」

「へぇ~~、熱海!いいところじゃないですか。暁たちは神奈川第二に行ったことあるの?」

「うん。まだ2ヶ月目くらいの新人のときにね。響と雷も一緒だったわ。演習終わった後、神奈川第二が提携してるっていうホテルの温泉に入ったのよ。ね、響、雷。」

 暁がそう言うと、二人は良い思い出を湧き上がらせたのが強く頷いてみせる。対して電の反応はあまり良くない。ショボンとしながら弱々しく口にした。

「いいなぁ~3人とも。私はまだ行ったことないのです。」

「あのときは電はまだ着任してなかったから仕方ないよ。」と響。

「ウフフ。それじゃあ今度演習しに行く時は、連れて行ってもらえるよう提督にお願いしておきますね。」

 そう鹿島が言うと、電はパァッと表情を明るくして安堵の空気を取り戻す。

 

 いくつか雑多な話題を経て、再び川内の質問が提督らに差し出された。

「そういやさ、鎮守府って一つの都道府県にいくつあるの?」

「ん~、大体0~2個だな。海に面していてもない県もある。」

「深海棲艦の脅威の頻度や艤装装着者制度のための設備と敷地確保の条件が揃っていないと開設できないんですよ。ですので、鎮守府によっては防衛担当海域が隣の県にまで広がっているところもあるそうです。」

 提督に続き鹿島が答えた。

「へ~、そうなんだ。ってかうちら普通に鎮守府って言っちゃってるけど、昔の本物の鎮守府は横須賀、呉、舞鶴、佐世保の4つと警備府が日本国内じゃ1つしかなかったけど、艦娘の鎮守府はたっくさんあるってことなんだよね。」

「さ、さすが川内はそっち方面じゃ博識だな。まぁな。深海棲艦はあらゆる海域に出没するようになってしまったから、さすがに本物の鎮守府通り4つじゃ対処しきれないだろ?」

「わかるけどね。それにしても面白いなぁ~艤装装着者制度って。こうして今回よその鎮守府の艦娘と戦ってみてわかったけど、よそにはよそのなんというか、いい感じの物があるね~。」

「いい感じって何よ川内~。曖昧すぎない?」

 

 暁が川内にそうツッコミを入れると響・雷そして電はクスクスと笑ってその場の雰囲気を賑やかした。

「べ、別にいいじゃん! 察しなさいよね。」

「アハハ。ま~いいわ。理解してあげる。」

「く~~~、相変わらず生意気なしょうg……ガキだなぁ。」

「!!! また良からぬこと言いかけたわね! もー許さないんだから~!」

「お、やるの?一対一ならあんたとじゃあ負けないわよ?」

「二人とも、いい加減に」「してよね!」「するのです!」

 

 川内と暁の掛け合いが繰り広げられようとしたが、それは響達によってツッコまれそれ以上展開されなかった。提督は鹿島とともに目の前の中高生達の仲の良いやり取りを呆れながらも微笑ましく視界に収めていた。

 

 

--

 

 那珂は最初こそ自校の生徒達に囲まれ、メディア部の井上から学校向けのインタビューを受けていたが、それが落ち着いた空気を見せるや否や神奈川第一の艦娘達の突撃を受けて彼女らの輪の中に拉致された。救いの表情と手を同級生らに求めた那珂だったが、井上を始め同級生、ファンの男子生徒達からは見送りの朗らか笑顔のみ送られ、肩を落として大げさに溜息を吐いて素直に拉致られた。

 

 那珂を連れ去った主犯は天龍と霧島だ。

「自分のとこの学校の用事は済んだんだろ?さ~あたし達ともちゃーんと絡んでくれよ。な?な?」

「えぇそうね。那珂さんには聞きたいことが山ほどあるし。」

「え?え?えぇ~!? 天龍ちゃんはしっかたないと思うけど霧島さんまでどうしたんですかぁ?」

「おいあたしは仕方ないってどういうk「ふふっ。いいじゃないの。」

 那珂の言い草に天龍は文句を言いかけたが、それは霧島の強引な割り込みに阻止された。

「霧島さんこそMVPゲットしちゃったし、あたしとしては悔しい思いでどうせならプライベートなことあれこれ聞き出していじってやろうと思ってたんですよぉ~!」

「あなた……サラリと怖いこと言うわね。」

 

 那珂が連れてこられた神奈川第一の輪には、密かに一番話したかった鳥海の姿はなかった。

「おっし。あたしがまず聞きたいのはだ……」

「うぅ~わかったからとりあえず首に腕回すのやめてよぉ~左のところまだ痛いんだから。」

「あ、そういや鳥海さんにやられたところだっけ?マジ大丈夫なのかよ?」

「うーん、一応血止めと消毒はしてもらったけど、後でちゃんと病院行けってさ。」

「まぁ名誉の負傷ってやつ?」

「天龍ちゃん……他人事だと思ってぇ……。」

「アハハ!わりぃわりぃ。」

 那珂と天龍は昔からの友人ばりの親しげな雰囲気で掛け合いをする。

「そういえば、鳥海もあなたのパンチを左肩に食らったのよね。彼女も鎮守府戻ったら最寄りの提携病院で看てもらわないといけないわ。」

 霧島の言に那珂はウンウンと頷く。そして話の流れ的に鳥海に触れる良いタイミングだと感じて口にした。

「そーいえば鳥海さんの姿見えませんけど、どこですか?」

 那珂の質問に霧島と天龍そして周りにいた艦娘達はやや気まずそうに、しかしどこか照れを交えている。それに那珂は思い切り頭にクエスチョンマークを浮かべて目を点にさせた。

 

「彼女は……婚約者と一緒に外にいるはずよ。」と霧島。

「えっ、婚約者!? っていうことは、鳥海さん結婚するんですか?」

 那珂が素っ頓狂な驚き方を示すと、隣にいる天龍がニヤニヤしながら言った。

「あぁ。ま~ホントなら本人の口から言ってもらった方がいいんだろうけど、いいよな霧島さん?」

「えぇ。」

 

「鳥海さんはな、結婚するからもうすぐ艦娘辞めるんだよ。んで、今回は提督に無理を言ってお願いして参加っというわけ。」

「そ、そうなんだ……まさか艦娘やめるだなんて。強かったからきっとこれからもそっちで活躍するんだろーなって思ってたよ。」

「うちじゃあ戦績の上位組に常にいるつえー人だけに、提督も辞めるのを惜しがってたもん。だけど、本人の意思尊重ってことで。」

 そう天龍が説明すると、霧島は思い返して深々とため息をついて口にした。

「でもまさか鳥海が結婚だなんて未だに信じられないわね。」

「そうだよなぁ~。」天龍は霧島の発言に深く頷いて同意を示す。

「彼女、何事も結構淡々として事務的だったから、彼氏がいたことにまず驚いたわね。」

「アハハ! 霧島さんそれってひでーよ!」

 霧島的には鳥海のプライベート事情に引っかかるものがあったのか冗談めかしてやっかんでみせ、笑いを誘うのだった。

 

 

--

 

 霧島と天龍の会話が続くが、那珂はそれが頭に入ってこなかった。気がかりなのは何も鳥海が結婚とか彼氏がいたとかそういう事自体ではない。結婚間近の女性に怪我させてしまったかもしれないというおそれについて、那珂はその心配で頭が一杯になってしまった。

 あまり記憶が定かで無いとは言え、パワーアップした腕力でもってパンチを食らわせてしまった。防御用の肩当てらしきものを砕き、生身にも影響を及ぼすほどの一撃。思い返すと嫌な予感が頭を占める。

 

 那珂はもはや居ても立ってもいられなかった。目の前で会話が続いているが気に留めず立ち上がる。

「お? どうしたんだよ那珂さん?」と天龍。

「うん。ちょっと。鳥海さんのところに行ってくる。」

 那珂の発言に天龍たちは驚く。

「さすがに今は二人っきりにさせておいたほうがいいんじゃない?」

 霧島の言葉には同意できるが、どうしても伝えておかねばならない言葉と思いがある。素直に従ってなぞいられなかった。

「でもあたし、謝らないといけない!」

 

「おい待てよ!」

「ちょっ、那珂さん!?」

 那珂は天龍達の制止も聞かずその輪から離れ、ロビーを駆けて裏口から外へと出ていった。

 

 

--

 

 那珂は裏口から外に出て左右を見渡した。しかし鳥海の姿はない。そこにはただ普段見慣れた庭が広がっているだけだ。人気を避けるなら本館西にある木々しかない敷地の角か、グラウンドの先の林か堤防沿い。

 とりあえずグラウンドに出ることにした。

 

「鳥海さーん!どこー!?」

 

「なに、そんな大声で。」

「えっ!?」

 

 不意に聞こえた鳥海の声。ハッとして那珂がキョロキョロすると、当の本人は婚約者の男性とともに裏門を出てすぐのグラウンド側の壁に寄りかかっていた。那珂は少し駆けて荒くなった息を深呼吸して落ち着かせ、鳥海に一歩二歩と近寄ってから口を開いた。

 

「ここにいたんですか鳥海さん。」

「えぇ。」

「あの、そちらは……?」

「言ってなかったですね。彼です。今回は私たちの付き添いとして特別に同行してもらったのです。」

 鳥海から紹介されて男性は一礼した。那珂も釣られて会釈をする。

「あ、さっき霧島さん達から聞いてきました。今度ご結婚されるとか?」

「あの人は勝手に……まぁいいわ。えぇ、結婚を機に艦娘をやめることになりました。」

「やっぱりそうなんですか。だから“最後”っておっしゃってたんですね。」

「えぇ。プライベートなことですし、他所の鎮守府との演習試合に事情を持ち込む必要なんてないから言わなかったけれど。思わせぶりなことで気にさせてしまってゴメンなさい。」

「い、いいえいいえ!」

 那珂がブンブンと手と頭を振ると鳥海は右手拳を口に添えて微笑む。そして那珂に返した。

 

「それで、私になにか用ですか?」

 鳥海の問いかけに那珂はハッとして改まり、問いただした。

「そ、そうでした。あの……左肩大丈夫ですか?」

「左肩? あぁ、試合のときの……。」

 鳥海は思い出したように自身の肩を私服の上からそっと撫でた。そして視線を肩から那珂に戻して言った。

「まぁ、痛みはだいぶ引いたから大丈夫でしょう。艤装と同調していたときに受けたものだからきっと残ったとしても大したことないと思います。」

「でも、これから結婚されて、その……結婚式で花嫁の体に傷があったりしたら!! あたし申し訳ないですよ!」

 

 那珂の心配の声を受け、鳥海はもちろん、婚約者の男性も目を点にした。

「「へ?」」

 時間にして2~3秒といったところだが、那珂にとっては1分くらいに感じた妙な沈黙。そして静寂は二人の失笑で破られる。

「ふふっ……そんなこと? あなた結構律儀なのね。でも……気にしてくれてありがとう。」

 鳥海がそう言うと続けて男性が口を開いた。

「うちの葵のこと心配してくれてありがとうございます。俺はもちろん、俺の親族や友人だってそんなこと気にしないと思うよ。仮に後に残ってしまったとしても、名誉の負傷ってことで逆に見せびらかしてやるさ。なぁ?」

「えぇ。私が艦娘してることは皆すでに知ってますし。」

 那珂は目の前の二人がまったく気にする様子もなく笑い飛ばしたことに拍子抜けした。

 

「あ、アハハ……そう言っていただけるとなんかホッとしました。えっと……鳥海さん? いま葵って?」

「あ、申し遅れました。私、本名は細萱葵(ほそがやあおい)といいます。先祖が……まぁ、私たち艦娘にとって本名よりも担当艦名が全てだから、名前で気にすることなんてないでしょう?」

「あ、はい。そうですね。けど結婚されて艦娘やめるんですし、今後もしお会いしたときになんとお呼びすればいいのかちょっと気になったもので。」

「そうね。それじゃああなたのお名前も伺ってよいですか?」と鳥海。

「はい! あたし、光主那美恵っていいます。高校2年です。」

 那珂は背筋を若干ぴしりと正し自己紹介をした。

「那美恵さんね。ご心配ありがとう。私こそ花の女子高生の身体に傷をつけてしまって申し訳ないわ。首筋大丈夫?」

 お返しとばかりにケガのことを口にする鳥海に、那珂は苦笑しながら返した。

「え~と、はい。まぁ。それじゃーお互い後で病院行かなきゃですよね!」

「フフッ、そうですね。お互い様。彼も言ったけど、これは名誉の負傷そして良い記念。あなたのような強い艦娘と出会えたこと、私はきっと忘れません。」

「あたしだって鳥海さんのこと、忘れません。他所の鎮守府にはまだまだ強い人がいるんだなってわかってすごく勉強になりました。それに鳥海さんの記憶に残ることができたなら、誇らしいです。」

 那珂の言葉に鳥海ははにかんだ。

「私は艦娘をやめるけど、うちの鎮守府には私以上に強くなれる素質のある娘がたくさんいます。私は退役日までの期間、彼女らの訓練の監督役としてサポートに徹するつもりです。元々提督もそのつもりだったそうですし。最後に聞いてくださった私の我儘の恩返しを精一杯してから、辞めようと思っています。」

 那珂はコクンと頷いた。婚約者の男性は語る鳥海を感慨深い目で見つめている。

「あなただってきっとまだまだ強くなれる。そして千葉第二の他の娘もきっと。それと負けじと神奈川第一の艦娘達も強くなります。お互い切磋琢磨して精進して、この日本の海を守ってください。私は一主婦として、あなた方の今後を見届けますよ。」

「はい……期待しててください!」

 鳥海の言葉に感極まり那珂は思わず涙ぐむが、強い決意を表わすために鼻をすすり涙を人差し指ですばやく拭い取って言った。

 

 その後、那珂は鳥海と婚約者の男性を再び二人っきりにするため、お辞儀をしてから本館へと駆けて皆のもとへと戻っていった。

 


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