同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 自分で巻いた災いの種は自分で片を付ける。神通は決意し、五月雨についてこないよう指示して単身で己の最終決戦へ赴く。



神通の後悔と決意

 五十鈴たちの様子を遠巻きに見ていた神通は、何も行動できずにただボーっと海上に佇んでいた。数歩分後ろで五月雨も同じようにしている。

 

「あ、あぁ……五十鈴さん、妙高さん……名取さん!」

「あ~~、あ! 危ないです! ねぇ神通さん!助けに行かないと!」

 五月雨の悲痛そうな感情が多大に込められた懇願が耳に飛び込んでくる。神通はそれに答えたかったが自身の慢心から来る判断ミスでこの状況を招いてしまった悔いが、我が身をギュッと縛り付けているようで救援の一歩を踏み出すことができない。

 さらに声が出せない。口をパクパクと開け閉めし僅かな呼吸だけが漏れ響く。

 

 神通が動けず、合わせて五月雨が動かないでいるその先で五十鈴達が対空のため回避行動を行っている。やがて神通たちの視線の先で海に水柱が立ち上がり、波しぶきが撒き散り衝突音やら炸裂音やらの多重奏が鳴り響いた。

 そして神通と五月雨は放送を聞いてしまった。

 

 五十鈴と妙高の轟沈判定である。

 

 神通は”艦娘とは航空攻撃でこうもあっさりとやられてしまうものなのかな”と甚だ他人事かつ勝手な感想が頭に思い浮かんだ。口は呆気にとられたという感情を示すように半開きのままである。

 やがて神通はようやく動くきっかけを得た。一人残ってしまった名取の危機だ。

 五十鈴らが離れていくと、それを待っていたかのように残りの航空機が時計回りループを止めて大きく逆向きに旋回し、名取めがけて急降下してきた。

 

「あ……あ! 名取さん!」

 神通の上半身が前へと動き出した。神通はコアユニットに速力スクーターで前進を命じる。その思念に呼応して神通の艤装がようやく再稼働して神先幸の体を前へと進ませる。

「五月雨さん、行きます!」

「は、はい!」

 神通は後ろを見ずに指示を口にするだけして前進し始めた。速力をすぐに1段階上げてまさにダッシュばりの高速航行だ。穏やかな検見川浜の海とはいえ、高速で移動すれば水の抵抗で体が跳ねては沈みを繰り返す。しかし気になるほどではない。神通は対空射撃を用意してそして叫んだ。

 

「名取さーーーーん!だ、蛇行してくださーーい!それから機銃を上にーーー向けてーー!」

 

 一方の名取は背後の上空から空気を切り裂く音を聞き、急降下してくる存在を理解して逃げるべく前進し始めたところだった。その時前方から自身へと向かってくる神通の声を聞いた。

 神通の指示は適切な対空の行動の範疇ではあったが、それを基本訓練真っ只中しかも運動音痴の名取が実際に行動に移せるべくもない。しかも名取は親友の五十鈴からやられる前にやってみせろとある意味指示を受けていて、同時に二人の指示をこなせるほどの精神状態ではなかった。

 結果として、名取が優先的に行動に移したのは五十鈴からの指示だった。

 

「えっとえっと……きっとりんちゃんはあっちの敵を攻撃するのを望んでたんだよね。あっちには那珂ちゃんもいるし。私だって……りんちゃんの、友達だもん。やっと友達のために艦娘になるって行動移したんだもん。友達にがっかりされないよう、やれるもん!」

 

 名取はそう口にした後、腰の左側に位置する魚雷発射管装置のスイッチに手をあてがい、そして4つすべて押した。

 

ボシュ、ボシュボシュ……ボシュ……シューーーーーーーー

 

 名取の魚雷は2本は海面スレスレの海中を緩やかな右寄りの曲線を描いて高速で進み、もう2本は急速に深く沈みそして大角度で浮上するコースを描いた。

 いずれも名取はそう念じていない。咄嗟のインプットが偶然そうなっただけだ。

 

「やった!きちんと撃てた! やったよ~りんちゃあぁ~~~ん!」

 

 名取は初めてまともに雷撃を放つことができた現実をすぐに五十鈴に知らせるべく、未だ堤防へ向かっている最中の彼女の方向に視線を向けて手を振って知らせた。

 

 しかしその雷撃の結末はよろしくなかった。

 海面スレスレを進む2本は敵の涼月に爆破処理され、深く沈んで浮上した2本は鳥海達を超え、那珂達を超えて誰もいない海上に水柱を立ち上げて終わりを迎えた。

 

 そんな雷撃の結末を名取が試合中に知ることはなかった。自分の成功体験に満足するというある意味幸せな状態で名取は試合を終えることができたのだ。

 名取の意識は自身の成功体験を親友たる五十鈴に知らせることに全て向けられた。回避行動はおろか速力調整なぞ頭にあるはずもない。

 結果として背後に迫る敵機の脅威に気づかず恰好の的であり続けた。

 

ズガアアアアァァァァーーーン!!!

 

 

「きゃああああぁーーーー!!」

 

「名取さん!」

 神通は速力バイクで進み、体が波に合わせて激しく上下しながら叫んだ。敵機に激突される名取を目にし唖然としたが今回はそれでも止まらない。

((きっと、きっとまだ大丈夫。これは慢心じゃなくて希望だから……!))

 そう思いながら爆走するが、とうとう間に合わなかった。

 

「千葉第二、軽巡洋艦名取、轟沈!」

 

 無残にも明石の報告の叫びが耳に飛び込んできた。その瞬間、神通は速力を2段階減速した。

 

「やった! あなたたちの行動なんて予測しやすいのよ。これで支援艦隊全員潰した!」

 

【挿絵表示】

 

 遠く離れて、ギリギリの精神状態で操作していた隼鷹が左のこめかみを押さえて若干苦しそうにしながら叫んだ。彼女の目的はほぼ果たされた。残るは自身らをピンチにさせた神通と五月雨である。

 

 

--

 

 名取に近づこうとしていた神通たちは力なく水上に立ち尽くそうとしたが、その行動もこれ以上の前進も阻むものがあった。残り1機となった戦闘機である。

 本来の戦闘機ならば敵航空機以外への攻撃能力は持ち合わせる機体は限られているが、そこは艦娘の艦載機だ。雷撃のエネルギーと同等のエネルギーを機体にまとい、ホログラムのように姿を模してまるでミニチュアの戦闘機・攻撃機・爆撃機のように見せる。

 実質的にはあらゆる機種の特徴を再現できるのが艦娘の艦載機なのである。名取に特攻したこの時の航空機は最初は爆撃機状態だったが、その爆撃投下用のエネルギーをすべて自身の機体にまとい強力な自爆をしてみせる特攻機となった。

 そして神通達に向かってきた戦闘機は、最初に神通達に向かってきた機体そのものである。戦闘攻撃機となったその機は神通達の3~4m上空という近距離の高さから機銃掃射してきた。

 

ババババババババババ!!

 

 

「危ない!!」

「きゃっ!!」

 

 神通は咄嗟に右に体を傾けて航跡を左に引っ張って残しつつ避けた。五月雨も小さな悲鳴を上げたが危なげな様子なく神通に従って回避し、戦闘機とすれ違った。

 

ブゥン・・・・・・!!

 

 たかだかおもちゃ程度の大きさとはいえ、エネルギー波をまとった恐るべき兵器である。その風圧で神通と五月雨の髪は激しくなびき、脅威を間近に感じさせられる。基本訓練の時に味わった程度とは比べものにならない脅威。甘さや未熟さなどあるはずもない。自分たちを本気で潰しにかかってきてる他鎮守府の艦娘の航空機。

 何度も脅威を感じさせられたその機を早くどうにかせねばと神通は焦る。

 

 神通の頭には轟沈した名取の心配はもはやなかった。轟沈判定されて物理的に問題なくなった他人の心配よりも、今ある自分たちの危機とこれからの行動が優先されるべき指針だからだ。今この時、神通の中から名取に感情的な自分は自然と消え去っていた。

否完全に消え去ったわけではなく、彼女たちの結末を原動力とする程度に利己的な神通は存在した。

 

 

--

 

 何度目かわからぬ衝突が予測された。

 このままだと自身らの左舷に命中もしくは戦闘攻撃機の特攻が当たりかねない。神通は目前に迫る魚雷群を見据えた。このままではどう動いても被雷してしまう。

 

 自分があえて見逃してしまったから。

 

 逆にピンチになってしまうなんて完全に自分の失態だ。自分たちだけのピンチなら気にかけるほどでもなかった。しかし現実には五十鈴ら3人の轟沈という大惨事を招いてしまった。

 こんなこと予測できなかった。いや、危険予測としてあらかじめ事態を考えて対策を練っておかなければならないはずなのに、自分の今までしたことがないはっちゃけたアクションと作戦で戦艦を倒せたから、興奮のために危険を予測する思考が鈍っていた。いや、鈍ったのではない。無視したのだ。自分が強くなったと思い込んで残った敵を格下に見て情けをかけた。

 神通は心の底から悔やんだ。しかし今この時過去の行動を悔やみ続けるよりも目の前の脅威をどうするかが頭の中を占めていた。とはいえ後悔を完全に忘れていたわけではなく、片隅のその感情は神通を奮い立たせた。

 

「五月雨さんは減速して右120度回頭して離脱、絶対に私に付いてこないでください!」

「えっ、神通さん!!?」

 

「私が巻いた種は、私が片付け、ます!!」

 五月雨に見えぬ角度で、思い詰めて渋らせた顔で神通は叫んだ。

 

ズザバアアアァァ……

 

 神通は五月雨に一言指示した後、彼女の反応を一切気にせず速力を数段階飛ばし最大速力リニアまで上げて身体を左に傾けて航行の方角を変えた。本来の航行のコースであれば、その先に待つのは海面スレスレを飛び続ける戦闘攻撃機と海中を海面スレスレで泳ぎ進む魚雷だ。待つ、ではなく向かってくるという表現がふさわしい。

 敵機から放たれた魚雷は艦娘が使うようにコースや速度が調整されて進む。この時の魚雷は神通達のコースを予測してまっすぐだった。五月雨を離脱させた今、被弾の可能性があるのは自身神通だけだ。それも神通が進む方向をあえて敵機の方に向けて魚雷群のコースから逸れたため、被弾する可能性はなくなり神通に待ち受ける脅威は敵機のみになった。

 だがむしろその戦闘攻撃機こそが恐ろしいと神通は痛感している。だからその危険に身を委ねる気はサラサラなかった。

 両腕に2基ずつ取り付けた機銃を前方へと構えそして敵を見据える。敵機も神通の動きを待ってましたとばかりに機体の角度と向きを変えて神通めがけ特攻コースをまっすぐ伸ばす。

 神通は姿勢を平行に戻し、いよいよ迫る敵機との衝突に備えた。

 上空をにらむ。

 この機体さえ撃破すれば、後はあの隼鷹だけだ。今度は油断せずにあの敵機を破壊してみせる。そうして撃破できたのなら、そのままの勢いで隼鷹を確実に仕留める。今度は迷わない。情けをかけない。最悪差し違えてでもあの空母を倒してみせる。

 

 決意は強く固まり、その決意を後悔や憎しみといった人間をかき乱す感情でぐるぐる巻きにして発火させた。

 

 そして・・・・・・

 

 

バババババババババ!

 

ボシュボシュボシュ……

シュバッ!!

 

 肘に近い端子に機銃を取り付けていたため神通は最初の掃射を、脇を締め腕をクロスして行った。4基8門から超高速の微細なエネルギー弾が宙を飛び交う。しかしそれらはスピードに乗った敵機にとって大した障害ではなく軽い錐揉み飛行であっという間に過ぎ去る。

 神通の上空を敵機が通りすぎた。まさにその時、神通は左腕を背後に伸ばした。左腕の3番目4番目の端子に取り付けた連装機銃パーツからは機銃掃射が止まらない。

 つまり弾幕になっていた。機銃による弾幕がエネルギー刃となって敵機に切り込まれる。

 

「そこ!!」

 

 

 伸ばした左腕を頭だけで僅かに振り返り腕の角度・向きを確認する。のんびり確認していたのでは遅すぎるが、予測して予め角度・向きを計算して振って伸ばしたので、その行為は単に機銃掃射の結末をチラ見したいという思いで行ったに過ぎない。つまり射撃にはすでに影響はない。

 

 

ガガッ……バシューーーー!!!

バーーーン!

 

 スピードに乗っていた神通の数十m後ろでエネルギーが蒸発し、爆発の咆哮が鳴り響く。神通は撃破を確信し反時計回りに急回頭した。

 刹那、上空に見たのはエネルギー波の蒸発による火花と、艦載機を形作っていた紙が燃えて誘爆して巻きあがった爆煙だった。小さくとも中々に迫力ある光景だったが、神通はそんな光景に感傷にひたる間もなく引き続き反時計回りに回頭し、航行する向きを変えた。

 目指すは離れたポイントにいる隼鷹である。

 

 

--

 

 もう艦載機は撃てまいと一瞬思ったがその考えを瞬時に収める。再び艦載機を放たれる前に倒さなければ、今度こそ自分達のほうが終わりだ。

 強引なイメージで全速力を艤装に念じて猛然と海上を走るが、神先幸としての体力の限界が見え始めたのか、その疲れにより精神状態が怪しく揺さぶられているのか、期待通りの速力と安定した前進にならない。このままではたどり着く前に一度へばってしまう。そうなると隼鷹に逃げる時間を与えてしまう。それはイコール艦載機発艦によるさらなる危機を意味していることはすぐに連想できた。

 

((もう少し保って、私の体力!))

 

 体力と精神の限界が近いため自然と蛇行し始めるが、ようやく隼鷹を自身が自信を持って狙える有効射程範囲に捉えた。ただし停止した状態のことだ。自身の能力の限界に従って狙い撃つのでは意味がない。艦娘となった人間の動体視力と反射神経の強化っぷりは自身も重々理解している。一般的な艦船では船速が遅いとされる空母だが、艦娘としての空母が大幅に自身ら軽巡・駆逐艦に劣るとも思えない。

 つまり十分避けられる恐れのある距離だということを念頭に置かなければならない。

 

 神通は狙おうとして構えかけた腕を一旦下げ、全速力で走る時のように脇腹にあてがって前進に意識を戻した。

 やるなら絶対相手が避けられない距離で砲撃するべき。そう考えた。

 視線は隼鷹からずっと反らさない。睨みを利かせ、自身がより確実に狙い撃てるタイミングを図る。疲れなど気にしている場合ではない。軽く頭を振って思考と集中力を強制的に回復させる。

 隼鷹が動き出した。しかしゆっくりとした初動。スピードに乗っていた神通は身体と足の艤装を若干傾けて敵の動きに呼応した。それだけで十分隼鷹の向かう方向へ行ける。

 

 逃さない。

 

 やがてあと100mを切る距離まで近づいた時、隼鷹の懐に動きを見た。神通は青ざめた。まさかまだ艦載機のストックがあるのか!?

 こうなったら放たれる前に特攻して至近距離で倒すしかない。いや、それでは遅い。

 

「や、やあああぁぁーー!!」

 

ドゥ!

ドドゥ!

ガガガガガガガ!

 

 神通は遮二無二に砲撃して相手の動きを阻止することにした。叫び声をあげてその行動は正解だった。

 隼鷹は近づいてくる神通がただの一回も砲撃せずに向かってくることに嘲笑し残りの艦載機を放つことにしたが、神通の突然の攻撃に目を見張って驚きその手の動きを止めた。さすがに航行まで止めるわけにはいかないので20度右に針路を変える以外はそのままの前進を保つ。それは神通にとっては若干遠のいただけで、方向的にはまったく問題なかった。

 

 再び、三度砲撃する。移動しながらの砲撃でありなおかつ確実に当てる必要はない砲撃のため、とにかく数打つ。

 そしてトドメはようやくの至近距離砲撃。ぶつかろうとも避けるつもりがない神通の動きは純然で迷いのない突進となった。そんな神通の行動に覚悟を決めた隼鷹も、神通の砲撃の一瞬の合間を縫って最後の艦載機を放って迎撃せんとする。

 

「やああぁーーー!!」

「ただでやられるわけにはいかないんだから!!」

 

ドドゥ!ドゥ!ガガガガガガガ!

 

ブォン・・・・・・!!

 

 神通の砲撃によるエネルギー弾が宙を切り裂いて飛び、一方で隼鷹が放った艦載機がエネルギー波を纏い、まるで燃え上がる火の鳥のような爆撃機となって上空に急旋回し急降下してきた。

 

「「しまっ・・・・・・!?」」

 二人同時に同じ声を上げる。ただし視線は違う。隼鷹は自身の目線の高さのまま、そして神通は上空。

 

【挿絵表示】

 

 そして……

 

ベチャ!ベチャ!

 

 先に相手の攻撃が命中してしまったのは隼鷹だった。神通から放たれた3~4のペイント弾に先だって機銃の弾幕が隼鷹の前と後ろを塞ぎ彼女に前進する意志をくじかせ、直後飛来するペイント弾の命中率を格段に高める役目を果たした。ペイント弾が命中した隼鷹はその衝撃でよろけて神通とは反対側に倒れ込む。

 神通はそんな彼女を案じてしまい、本当にぶつからぬよう針路を数度左に傾けた。それが神通の最後の情けだった。

 

ブワアアアァァ……ズッガアアアアアアァーーン!!!

 

「きゃあああ!!!」

 

 左に舵を切ったため右側を先にして当たり判定を拡大させた神通の背中に上空から縦旋回して急降下してきた爆撃機否特攻機が命中した。ペイント弾ではない訓練用のエネルギー波がその衝撃で火花が激しく散り爆発を起こし神通を左に思い切り吹き飛ばす。結果その衝撃で神通は隼鷹とは異なり海面を何度ももんどり打ちその身を強く打ち付けてしまった。

 辺りを爆煙そして熱によって気化したペイント弾による白濁とした濃厚な白い煙が包み込む。やがてその煙が四方八方に散り景色が晴れる。

 

 二人から離れた位置で停止していた五月雨がその光景の行く末を目の当たりにした時、明石の放送を耳にした。

 

「神奈川第一、軽空母隼鷹、千葉第二、軽巡洋艦神通、轟沈!」

 

 神通は己が一瞬望んだ通り、相打ちを果たして敵を撃破することに成功した。

 

「あ、ああぁ……神通さぁん!!」

 

 その場に響いたのは五月雨の悲痛そうな叫び声だけとなった。

 

 

--

 

 五月雨は慌てて駆け寄るべく速力を数段飛ばした。ペイント弾が当たっただけでよろけながらも海上になんとか立ちとどまった隼鷹とは違い、神通は海面を転がって最後は足の艤装、主機部分のみ残して海中に沈みかけている。そんな神通の様子に気づいたのは五月雨だけでなく隼鷹もだった。

 

「つぅ……は~ぁ。負けちゃった。ま、でも相打ちだからいっか。ん?」

 

 

「神通さん! 神通さーん!」

 五月雨は前進途中から主機の推進力による移動を忘れて普通に海面を走って神通に駆け寄りそして沈みかけた神通の上半身を持ち上げようとした。

「ふ……んっと……! うえぇ~持ち上がら……ないよぅ~~!」

 海水を吸いしかも気を失って力が抜けている神通の体は、艤装と同調してパワーアップしているはずの五月雨こと早川皐月の腕力では持ち上げることは難しかった。そんな少女の様子に気づいた隼鷹が駆けより声をかけた。

 

「私も手伝うよ。」

「えっ!?」

 

 五月雨が顔をあげると、そこには先程まで敵だった隼鷹が焦燥しきった顔ながらも優しい笑顔で手を差し伸べていた。五月雨の驚きの一声の先が沈黙だったのを承諾と受け取った隼鷹は肩からかけていたバッグを背中に回し、五月雨とは逆の方向から神通の体を持ち上げた。

 ザパァ……と海水が滴り落ち、水分を吸って若干重みを得ながらも神通の体は海中から上がった。

 

「神通さん!神通さん!しっかりしてください!」

 しかし神通は気を失っていて五月雨の声に反応しない。

「あ~、彼女気絶してるわね。訓練用とはいえ艦載機がまとうエネルギー波って結構強力なんだよね。多分彼女のバリアが発動して衝撃を和らげてくれたとは思うけど、それでも強い一撃だったんだと思う。」

 自身がやったのに他人事のように分析を口にする隼鷹に、五月雨は普通の人であれば感じる苛立ちなどは一切感じなかった。そんな感情よりも神通への心配がはるかに勝っていたためだ。彼女の口から出たのは、敵である隼鷹への問いかけだった。

 

「ど、どうすればいいんでしょう……!?」

「んーとね……私が堤防まで運んでおくよ。」

「えっ?」

 五月雨は目を見張った。隼鷹はそんな少女の反応を気にせず続ける。

「あなたはまだ生きてるでしょ。だから早く試合に戻って。私は負けちゃったんだし、もう自由の身だからさ。それに私の攻撃が原因だから……せめてこれくらいはさせて。あなたのお仲間さんはちゃんと安全に運ぶから安心してよね。」

 

 そう言って神通を持ち替えて背中に背負おうとする隼鷹を五月雨はポカーンと見ていたが、その動きにハッと我に返り、背負う動作を助けた。

「あの、あの……本当にお願いしても……?」

「えぇ。もう艤装の演習用判定はクリアされたから全力出せるし、もし運ぶの辛かったらうちの人呼んで一緒に運んでもらうから。ホラホラ行った行った。この神通って人が残してくれたチャンス、大事にしてよ。残ってるうちらの仲間はハッキリ言って強いから、早くあなたもあなたのお仲間さんに合流してあげて。」

 

 もはや隼鷹の動きを止めることなどできない五月雨は神通の身をまかせる決意を固め、あてがって持ち上げていた神通の右腰からそっと手を離した。

 

「それじゃあ、神通さんのことお願いします!」

「うんうん。お姉さんに任せて。」

 

 五月雨は隼鷹と、彼女の背中に背負われている神通それぞれに対して一礼をし、その場から反転して一路那珂と時雨のもとへとダッシュしていった。

 残された隼鷹はしばらく敵チームだった少女の後ろ姿を見ていたが、目を閉じ軽く息を吐いて視線を堤防に向け、やがてゆっくりと航行を再開した。

 

「さて、私も行きますか。……あ、もしもし飛鷹?私も負けちゃったわ。……うん、うん。ありがと……ね。あ、うん。お願いしよっかな。」

 移動しながら隼鷹はすでに退場して堤防下の消波ブロックに腰掛けていた飛鷹に通信し、神通を運ぶのを手伝ってもらうことにした。

 

 

 

 


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