同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 神通は川内に叱咤激励され、自分が先陣を切るべき旗艦であることを思い出した。普段大人しい自分らに似合わぬやり方で敵に立ち向かうことを五月雨に指示し行動に移す。


主力艦隊を討て

 神通は再び決意した。その強い感情の高まりは、五月雨への指示となって表に表れる。

「雷撃用意を。ただしいつでも打てるよう角度調節だけでかまいません。」

「は、はい! 鳥海さんたちを狙うんですね?」

「いえ。私達の標的はあちらです。」

 そう言って神通が指差したのは、遠く離れた位置にいる霧島と準鷹・飛鷹だった。

「え……でもいいんでしょうか?」不安そうに尋ねる五月雨。

「私たちはあちらの編成を支援艦隊ともなんとも聞いていません。ただ離れて攻撃してきている相手です。だとすれば、私達が攻撃したらダメということはないはずです。」

「なるほどー。」

 理解したのか否かイマイチ判別しにくい返事をする五月雨に神通は続ける。

「ある程度近づいてから魚雷を放ちましょう。きっと私達なら攻撃して逃げられるはず。」

「え……と、なんでなんですか?」

 五月雨が素朴ながら鋭い質問をする。それに神通は一拍置いて答えた。

「私が担当している軽巡、五月雨さんが担当している駆逐艦は、軍艦の中でも船速が速い艦種なんだそうです。対して戦艦や空母は遅い。それが艦娘の同じ艦種にどの程度再現されているかわかりませんが、同等であると考えれば……可能かと。最大速力で近づいて、魚雷を撃ってそのままの勢いで逃げる。」

「果たして……うまくいくでしょうか?」

「転びそうになっても踏ん張って進みましょう。私が叫んで合図をしたら、車でいうところの……こうした動きで曲がってこの時に撃ちます。そしてこうして逃げます。この間、速力はなるべく落とさないでください。」

 説明を口にするが、口頭だけでは説明できそうにない部分はジェスチャーを加えて五月雨に伝える。神通は車やバイク等で行うドリフトを想定していた。その動きに五月雨は若干引く。

「うわぁ……なんか怖いです。私できませんよぉ~~。」

「やるんです。私だってできないかもしれません。でもこのくらい吹っ切れないと、きっと私たちは遠くからの砲撃でこのままやられるだけです。そんなの……悔しいじゃないですか。」

「神通さん……。」

 苦虫を噛み潰したような険しい表情をする神通を見た五月雨は、先程神通が川内に叱られていたのを思い出した。神通の気持ちをなんとなく察した五月雨は、もう反論的な愚痴を発するのをやめる意思表示した。

「が、頑張ります。私だって、ゆうちゃんもますみちゃんも不知火ちゃんもやられて悔しいです。神通さん、私も吹っ切れてみます!」

「(コクリ)私達に似合わない行動を、たまにはしてみましょう。」」

 

 意識合わせをした神通と五月雨は向かうべき方角を見定め、姿勢を低くし思い切りダッシュし始めた。

 

 

--

 

 神通と五月雨はいきなり速力を最大のリニアに近い度合いにまで高めた。訓練時に一度だけ出したことのある速力、それに近い高速。神通と五月雨の身体は水の抵抗と僅かな波で何度も上下に揺さぶられるが、それでも必死に耐えて進む。

 その行動に標的となった霧島達と、那珂と交戦中だった鳥海も気づいた。

 

 鳥海は那珂に反撃しながら霧島に通信した。

「あれは……霧島さんったら倒せなかったのね。……霧島さん、応答願います。」

「はい。」

「敵がそちらに向かっています。近づかれる前に撃破を。」

「そんなのこっちだってわかってるわよ。けど戦艦の主砲はペイント弾であっても装填に時間がかかるのよ。すぐには撃てないわ。」

「それでは飛鷹。すぐに次の爆撃機か攻撃機を飛ばして。」

「ち、ちょっと待ってくださぁい! さっきの撃墜されたショックで頭がまだ痛いんです。すぐに飛ばせる体調になれません!」

 鳥海は若干険しい表情をする。

「仕方ないですね。それではこうしましょう。一人でもよいので生き残れるようなんとかしてください。その一人が中破しなければどなたでも構いません。」

「くっ……しれっと無茶苦茶言ってくれるわね。」

「ひどいことを言っているようですがお願いします。」

「あんたのことだから何か考えがあるんでしょうね。なんとかやってみるわ。」

 霧島は苦々しく表情を変え、飛鷹と隼鷹は不安げな表情をさらに深める。

「生き残った方はなんとか敵に反撃を。敵が油断するのは攻撃した後と相場が決まっています。軽空母の二人の場合は中破してしまわないように特に気をつけて。それではお願いします。」

「はいはい。わかったわ。」

 

 霧島は鳥海との通信を切断した。そして向かってくる神通たちから離れるために移動し始める。

 神通と五月雨は霧島たちが動き出したのに気づいた。

 

 

--

 

「相手が動きましたよ!」と五月雨。

「問題、ありません!このまま突進するように……!」

「はぁい!!」

 

 多少の跳ねを恐れるのをやめた神通と五月雨は最大に近い速力で前進し霧島たちにグングンと迫る。対して霧島たちは初速も遅ければ加速も遅い。演習時の暗黙のルールを皆で守っているとはいえ、速力の違いは歴然だった。

 神通は自分の魚雷発射管の腹をパンパンと叩いて合図をしてから口を開いた。

 

「そろそろ行きます。次に私が叫んで曲がってみせたら続いて下さい! 転んでもかまいません。とにかく最大出力で撃って!」

「はい!!」

 

 神通は曲がった時にバランスを崩さないようしゃがみ始める。それを見て五月雨も若干腰を落とした。霧島達との距離が神通が想定している距離にまで縮んだその時、神通は行動を起こした。

「今です!!てーー!」

 

ボシュッボシュッボシュッボシュッ

シューーーーー……

 

 思い描いたとおりのドリフトばりのカーブを始めた神通の姿勢は左足を完全に折り曲げそれを軸に、伸ばした右足で半円の航跡を描いた。そして半円の途中で右腰の魚雷発射管の全てのスイッチを流れるように押した。神通の思いを載せた魚雷は浅く沈み海上スレスレを一気に進む。

 

 ボシュッボシュッボシュッ

シューーーーー…・・

 

 同時に、神通の後方からも魚雷が放たれたのか、神通の4本に続いて4本が神通の魚雷を追いかけるように忠実に向かって泳いでいった。タイミングとしては神通が想像していた以上にベストなものである。

 しかし撃ったと思われる当人の当惑の声が響いた。

「あれ?あれあれ?えええぇーーー!? 私まだ押してないのにどーしてどーして!?」

 

 神通はその言葉を気にする間もなくドリフトばりにカーブしてUターンを始めていた。そのため彼女がしたのは、自身の放った魚雷とその後を自身の期待通りの角度で広がりつつ追いかけていった五月雨の魚雷を視界の端で見届け、満足したところまでである。続く五月雨は自身が意図せぬ挙動をした魚雷に焦りと疑問を抱いたが、とりあえず神通に続いてUターンして敵から離れることにした。

 

 二人が放った魚雷は扇状に広がきった後、霧島達めがけて逆扇状に集約していった。その速さたるや霧島・隼鷹・飛鷹の最大船速ではとても逃れられない。2~3本ならば不可能ではないが、その多さと範囲で逃れるのことの不可能さを格段に高めていた。

 

シュー……

 

【挿絵表示】

 

「くっ!? ダメッ、とても逃げ切れな……!」

「「きゃあああ!」」

 霧島、そして隼鷹と飛鷹が前のめりの姿勢で全速力の回避行動を続ける。しかし彼女たちの努力虚しく、彼女らを追いかける動作を若干し始めた魚雷達に捕捉された。

 そして演習試合の海上に命中音付きの魚雷の炸裂音が轟き渡った。

 

ゴガッ!ズドボオオオオオオォォン!!!!

ザッパーーーーン!!!

 

 

 神通はその音を聞いても移動する速力を緩めなかった。続く五月雨も同じだ。二人が速力を落として止まったのは、明石からの発表を聞いてからだ。

 

「神奈川第一、戦艦霧島、軽空母飛鷹、轟沈!」

 

 減速しながらカーブして方向転換後神通と五月雨は停止した。二人の視線の向く先は霧島たちがいた海上だ。

「ふぅ……なんとか、なりました。」

「やりましたね~! 私たち、あの戦艦さんや軽空母さんを倒したんですよ!」

「えぇ。」

 五月雨の喜びにあふれる言葉に短く相槌を打って同意する神通。傍から見ると冷静そうな神通も、内心は小躍りしたくなるくらい喜びと達成感に溢れていた。しかしキャラではないことを厳として自覚しているので行動に移すことはしないが。

 

「ありがとうございました五月雨さん。あそこまでタイミングよく私に合わせてくれたのはすごいです。さすが経験トップです。」

「あ、エヘヘ。あ~でもアレ違うんです!私まだ撃ってなかったんです!」

 神通が先刻の攻撃の連携の良さを褒めると五月雨は照れ笑いしたがすぐに慌てた表情になり、言い訳を言い出した。しかし神通としては彼女の見事な連携プレーを褒める気しかしなかった。

「そんなに謙遜しなくてもいいですよ。」

「うー! ホントなんですよぉ~。アクションスイッチを押して撃ち方決めなきゃって思ったらいきなり発射されちゃったんです。」

 五月雨の言葉の雰囲気に嘘が混じっていないことを感じ取った神通は疑問をどうやってぶつけて解析したらよいか一瞬悩んだが、今それをする必要もないだろうと判断し、五月雨に一言返した。

「ともあれ、無事に攻撃が成功してよかったです。2人も倒せたのですから。」

「はい! でも……一人残っちゃいました。隼鷹さんでしたっけ?」

「えぇ。軽空母ですね。」

 神通と五月雨が隼鷹のいるポイントへと視線を向ける。同調して強化された視力とはいえ、それなりの距離があるために間近で見るような鮮明さとはいかない。しかしそれでも隼鷹が中腰になって息を切らしている姿だけは確認できた。轟沈した二人は視界にあれど無視だ。

 おそらくは中破、よくて大破間近だろうと神通は察した。艦娘制度の教科書で学んだことをふと思い出した。艦載機を扱う艦娘は、艤装の健康状態が中破になると、艦載機を発着艦することができなくなるかあるいは著しく精度が落ちてまともに扱えなくなるという。それには同調率が大きく影響していた。

 

 戦闘中のため、神通は難しいことはすぐに思い出せなかったが、関係しそうなポイントだけはスッと思い出した。実際に被害がない演習中とはいえ艤装の健康状態はつぶさに把握できる。把握したことにより心が乱されば同調率にさらに影響する。おそらくはその複合条件のために艦載機が扱いにくくなるのであろう。

 そう考えると今の隼鷹、彼女の状態から想像するに、最大の武器である艦載機を扱えないのはこちらにとって不幸中の幸いかもしれない。後はじわじわと倒すかあるいは無視して放っておいてやるか、好きにできる。

 神通はそう捉えた。

 

 

--

 

「行きましょう。早く那珂さんに加勢します。」

「えっ!? 隼鷹さんはいいんですか?」

 五月雨が驚いて尋ねると、神通は頭を振って答えた。

「彼女は放っておいて、後で倒してもいいでしょう。おそらくは中破していますから艦載機は扱えないはず。さすがに攻撃能力がない相手を二人がかりで追い打ちして倒すのは……気が引けますので。」

 相手に情けをかけ寛大、冷静で心優しい判断と言い表せなくもないが、傍から見聞きすれば傲慢な考えで慢心と思われてもまったくおかしくなかった。

 神通は視線を隼鷹の方向から真逆に向けた。つまりは那珂と鳥海たちが戦っている海域だ。もはやターゲットから取り除いた相手を見る気はなかった。五月雨は神通のその様に一抹の不安を感じていたが、仮にも年上、従い頼るべき軽巡艦娘と熱心に信じていたので反論をせず彼女の動きを真似て行動再開した。

 そんな二人がこれから向かうその先では、那珂・時雨VS鳥海・秋月・涼月の戦いの膠着状態があった。

 

 

--

 

 霧島と飛鷹が轟沈判定をくだされたその海域では、ようやく雷撃による激しい波しぶきと水柱が収まって視界が開けてきた。辺りが収まる前に轟沈をくだされた霧島と飛鷹は落胆していた。

「はぁ……さすがにあの速さと多さでは逃れられなかったわね。狙いもえらい的確だったし。那珂さん以外も侮れないじゃないの。」

「う~、私も轟沈です。それにしても隼鷹、大丈夫だった?」

「えぇ。二人のおかげでなんとかね。後1~2発砲撃を食らったら中破になる程度にはやられちゃったけどね。」

 準鷹は中腰になって艦娘の制服の端々をギュッと絞って海水を抜き出した後、顔を上げて霧島達に言葉を返した。

 

「さて、これからが肝心ね。準鷹一人でどうやって切り抜けるかだけど……あら?」

「おや?なんかあの二人、近づいてこないどころか明後日の方向向いてますね。あ、あっち行っちゃった!」

 霧島が神通たちの異変に気づき、続いて飛鷹がその様子の確認内容を補完した。

「え、なんでなんで!? 私まだ生き残ってるのに……。」

 準鷹はその意味のわからなさに不気味な感覚を覚えた。霧島と飛鷹も同様だ。

「何かの作戦なのかしら? あえて準鷹にトドメを刺さない、と。まさかまだ雷撃が残って!?」

 霧島の言葉に飛鷹と準鷹は慌ててソナーの感度を上げて海中の探知を試みる。しかし反応はない。仮にあったとしても停止しているこの状況はもはや準鷹をかばうことも逃すことも叶わない。

 警戒を説いて飛鷹が尋ねる。

「あの二人って相当強いんでしょうか?」

 準鷹がその言葉にウンウンと頷いて同じ質問だと意思表示した。二人の疑問に霧島は答えられるはずもなくただ言葉を濁すのみにした。

「さてどうかしらね。あの鳥海が特にマークしてないところを見ると、鳥海のお眼鏡に適う相手ではなさそうというくらいしか想像できないわ。」

「でもこれはチャンスですよね。このスキに準鷹が艦載機放って攻撃すれば、あの二人を逆に追い込めます。準鷹どう? 体調は回復した?」

 飛鷹が尋ねると準鷹はステータスアプリを見つつ自分自身の身体の状態を手を当てて探ってから答えた。

「え、えぇ。飛ばせるだけの同調率と精神状態だとは思う。」

「そう。私たちはもう行くから、後は頑張って反撃なさい。それから雷撃にだけは気をつけて。深く潜らせて狙ってくる可能性もあるらしいから。」

「は、はい。」

 

 一人になることに戸惑う準鷹を簡単に鼓舞した後、霧島と飛鷹は堤防沿いに向かって行った。準鷹はその二人の背中をしばらくジッと見ていたがすぐ思考や感情を切り替えた。

「逆にチャンスってことなのね。勝敗は行動の速さで決まるんだから、今のうちに……。」

 中破一歩手前の彼女は、バッグから艦載機たる専用紙を2枚取り出し、おもむろにクシャクシャと丸めてアンダースローばりに海面スレスレに飛ぶよう投げた。

 丸められた紙くずは薄いホログラムを纏って攻撃機に変化し、安定状態になって超低空飛行で飛んでいった。

 

 

 


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