同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 那珂と時雨が鳥海にしかけるその周囲で、神通たちが、五十鈴達がそれぞれ自分たちの戦況の変化に追いつかんと欲する。その変化は神通に影響を与えるか。


変化する戦況

 後半戦もしばらく経つと、那珂・時雨を追い回す鳥海達、神通たちを追い詰める霧島の砲撃・飛鷹の爆撃隊の爆撃、妙高達を苦しめる隼鷹の爆撃・攻撃隊からの攻撃、それぞれが中々目的を果たせぬすくみ状態になっていた。

 

 特に苦戦を強いられたのが神通ら、妙高らである。

 激戦区でない限り、深海棲艦相手に対空など通常はありえない。そのため対空訓練の度合いが低かった鎮守府Aの面々は、演習で初めて本格的に対空を経験することになり、中々慣れないでいた。

 相手のように砲撃で支援を行いたい妙高は、対空装備を整えていた五十鈴の対空射撃でなんとか致命傷を逃れていた。同じ長良型の名取はそもそも対空の訓練をまだ受けていなかったため、五十鈴に指示されるがままとりあえず空に向かって機銃掃射するという初心者丸出しの対応をしていた。

 

「これではーー、遠距離砲撃で支援するなんてできませんねー。」移動しながらのため声を大きめに出して言う妙高。

「たった4機のおもちゃくらいの飛行機なのにこんなに苦戦するなんて……対空に強いとされる軽巡五十鈴の艤装が聞いて呆れるわね。もっと訓練しておけばよかったわ私!」

「でもー、りんちゃんの指示のおかげで私ー、役に立ててるかもー!」

「えぇそうねー! もっと頑張りなさいよ名取!」

「えへへ~! りんちゃんに褒められたぁ~~!」

 

 同じ場所に留まるのは自殺行為のため、妙高率いる支援艦隊は航空機に追われて8の字や様々な文字を航跡で海上に描くように回避運動に集中していた。そのため、まともに支援ができない。

 防御の要として強く意識している五十鈴は、どうにかして空襲の合間を縫って落ち着いて妙高に砲撃させてあげたいと考えていたが、その対策を考える時間すら作れないでいた。

 ふと意識を一瞬だけ前方に向けると、同じように神通が回避運動に取り組んでいる姿が垣間見えた。その動きは、頼もしさすら覚えるものだったため安心して自分達の危機の方へと意識を戻した。

 

--

 

 神通たちはグルリと大きく回って鳥海達に再び砲撃を加えようとしたが、その前に彼女らが動き出し、そして那珂とぶつかったため離れて様子を見ていた。

 両艦隊がぶつかる手前、その行動をそばで見た五月雨と不知火が神通に進言した。

「あのままだと鳥海さん達、那珂さん達とぶつかっちゃいますよ!なんとかしないと!」

「!!(コクリ)」

 しかし神通は、二人の言葉に頭を横に振って制した。

「いいえ、このまま様子見です。ヘタに私達が加わると、那珂さんの邪魔をしてしまうかもしれません。きっと那珂さんなら、何か考えているはず。」

 神通の言葉に五月雨と不知火は眉をひそめたまま黙りそして神通の見る方向を同じように見ることしかできなかった。

 そうこうしているうちに那珂と鳥海らがぶつかった。そして両者の雷撃。前方で波しぶきと水柱と爆風が発生して視界不良な海域が構築されたのを目の当たりにした。

 

 そして神通はタイミングを読んだ。すでに那珂と時雨の無事は遠巻きながら確認済みだ。

「行きましょう。遠巻きに砲撃してなんとか倒せれば……。」

「「はい!」」

 神通が動き出したことに駆逐艦二人はようやく明るい表情を取り戻して返事をした。

 

 速力をやや上げて鳥海達に迫る神通達。しかし、その行く手を遮る物があった。

「あれは……また戦闘機!?」

 神通が口にしたその存在とは正しくは、飛鷹が放った爆撃機・攻撃機の編隊だった。

「た、対空用意!すべての機銃を上空に向けて構えておいてください!」

 神通の指示で五月雨と不知火は機銃パーツを構える。針路はまだ前進するため変えない。このまま進めば航空機らのコースとぶつかる。

 

「神通さん!まっすぐ前に飛行機来てますよぉーー!?」と五月雨。

「……回避!回避!?」不知火もさすがに焦りを隠せない。

 

「いいえ、まだです!」

 

 神通は、後半戦が始まる前に五十鈴から密かに受けたアドバイスを思い出していた。

 

 

--

 

 皆が観客とおしゃべりしたり思い思いに休んでいる中、神通は手招きだけで密かに五十鈴に呼び寄せられた。

「なんでしょう?」

「旗艦であるあなたに敵の情報とアドバイスをしておくわ。」

 五十鈴の台詞に頭に?を浮かべた顔をする神通。そんな反応を無視して五十鈴は続けた。

 

「これは私自身の反省でもあるんだけどね、爆撃機と攻撃機、違いをよく覚えておきなさい。」

「……どちらも敵の艦を攻撃するための艦載機ですよね? あ……爆撃と雷撃?」

 一応の正解を口にし途中で本当の正解を答えた神通に、五十鈴はコクリと頷く。

「えぇ。本当の艦船のそれを見たことなんてないけれど、艦娘の艦載機から放たれる爆撃と雷撃は、見た目に違いがなかったわ。私達はそれを見誤ったから、前半戦で苦戦して長良の轟沈を許してしまったのよ。だから……敵の航空機の挙動をよく見て、予測して動きなさい。撃ち落とすのは私もできなかったけれど、人間が遠隔操作する以上はきっとどこかに限界があるはず。視界にせよ、旋回の角度にせよ攻撃範囲にせよね。引きつけておいてどうにかするっていう手もあるわ。……曖昧でゴメンなさいね。そういう戦略的なシチュエーションは川内ならきっと漫画やゲームを引き合いに説明できるんでしょうけど。」

「あ、いえ……そんな。私も前半戦で偵察機を操作して敵航空機と空中戦していたので、五十鈴さんのおっしゃりたいことなんとなくわかります。……なんとか、対策考えてみます。」

「うん。頑張ってね。」

 

 五十鈴のアドバイスを受けて神通はやる気と責任感が増した。ある意味プレッシャーにもなったが、そちらの方面では考えないようにした。

 

 

--

 

 あの時受けた五十鈴からのアドバイス。それをどう実現するかは自分にかかっている。

 対空射撃してもたくみにかわされる。艦載機の操作はさすが空母の艦娘、自分達が想像付かないくらい上手いのだ。

 しかし人間が脳波で操作する以上、そしていくら最新技術を駆使した機械といえどこかに限界があるのだ。

 ふと、自分が操作したときのカメラ視点を思い出した。カメラの画角そしてカメラからの映像を映し出す人間の目の視野角。どういう原理かは知らないが自分の目で見える光景にカメラの映像が、まるで映像の端をわざとぼかしたかのような光景として飛び込んできていた。敵の空母艦娘も同じ見え方をしているなら、きっと端は見えづらいはず。

 神通はそう予想し、その仕様を突こうと試みた。

 

「私が合図をしたら同じ姿勢で後に続いてください。その際、機銃パーツも私と同じ方向に向けて撃って!」

「「はい!」」

 早口になっていた神通の指示に不知火と五月雨は素早く返す。

 

 迫る敵爆撃機・攻撃機の編隊。そしてついに攻撃が神通達に向かってきた。

 

ババババババ!

ボシュ、ボシュ、ボシュ……

 

「今です!」

 

 神通は咄嗟にしゃがんで姿勢を低くし、身体を素早く左に傾け、11時の方角に針路がずれるようにした。その際機銃パーツをつけた右腕を上空へ向けたままだ。事前にほんのわずかにかがんだので、その動作は後ろの二人に気づいた。そのため駆逐艦二人も咄嗟に後に続くことができた。

 

 そして

 

 

ババババババババ!!!

 

ズガッ!ボゥン!!

 

 

 神通から不知火そして五月雨と、3人の流れるようなしゃがみつつの右手上空への対空射撃の弾幕は、見事に敵爆撃機・攻撃機4機に命中し、撃墜に成功した。

 そのまま神通達は10~11時の方角に進み、鳥海や那珂たちとも違うポイントに移動した。

 

「よし。できました。」

「爆撃機と攻撃機、撃墜。」

「やりましたねぇ~!これでもう空からの攻撃は怖くありません~!」

 不知火と五月雨の言葉に神通は強く頷く。

 

 速力をやや緩めながら姿勢を戻すと、不知火と五月雨も後に続いて戻した。

「もう私の完全なマネはいいですよ……。」

「エヘヘ、はい。それで次はどうしますか? やっぱり那珂さんたちに合流して鳥海さんたちを?」

「?」

 五月雨の問いかけに神通はすぐに首を振らずに考えるため黙り込む。

 多分那珂は何か考えているだろう。いきなり両艦隊の戦闘海域に紛れ込むのはまずい気がする。神通はタイミングを見計らい、とりあえず那珂に通信して確認することにした。

 

 

--

 

 しかしその時、何か違和感に気づいた。空気の流れがわかる気がする。無数の空気の流れの中に、嗅ぎ覚えのある嫌な匂いのする流れがある。遠くから、きっともう間もなく轟音がする。

 

ズドゴアアアアアァァ!!!

 

 神通の嫌な予感は的中した。戦艦霧島の再びの砲撃が襲ってきたのだ。

 

ズオオオオオォォォ……

バシャ!ベシャシャ!!

ザッパアァァーーーン!

 

 

 なぜ感じ取れたのかわからぬままにとっさの判断で神通は左に倒れ込み左半身を下にして海面に倒れ込んだ。直撃はしなかったが砲撃たるペイント弾の壁からは逃れられずに右手と右膝から下が白濁で染まった。

 

 五月雨は立ち位置的に運良く2つのペイント弾を目の前と背後に見過ごした形になりなんとか被弾を免れる。

 そして不知火は身を前に倒してかわした……はずが、背中の艤装にペイント弾が命中し、その衝撃に耐えきれず強制的に後ろへふっ飛ばされてしまった。急な体勢の変化で首を痛めるほどに頭が振り子のようにガクンと背中側へと激しく揺さぶられる。

 

「し、不知火ちゃん!!!」

 

 我に返り真っ先に異常事態に気づきのは五月雨だった。目の前を通り過ぎたペイント弾が目の前にいた不知火を連れ去った。視界から一瞬にして消えた不知火に何が起こったのか刹那理解が及ばなかったが、失った我を瞬時に呼び戻すことはできた。

 五月雨は急停止して前へつんのめりつつも海上を通常の航行ではなく普通に駆けて方向転換し、不知火へと駆け寄った。不知火はもともと通ろうとしてたポイントから10数m後ろへ何度も横転しながらふっ飛ばされていた。

 神通はというと、一度海中で反転して方向転換し不知火の方向を向きながら浮上した。そのため不知火が被弾したという実感は、彼女に五月雨が駆け寄る光景を見て数秒して理解した。

 

「ふ、二人ともだいじょ……不知火さん!!?」

 

 神通は瞬間的に速力を数段回飛ばしで上げて不知火の元へと駆け寄った。五月雨の支えで海中から身を起こした不知火は飲み込みかけた海水をゲホゲホと咳払いをして苦しんでいる。もちろん彼女が苦しむ原因は海水の鯨飲だけではない。むしろ、被弾した艤装に引っ張られる形で吹き飛んだ際に痛めた首や背中や頭部などの部位が主たる原因だ。

 不知火は、若干過呼吸に陥っていた。

「不知火ちゃん?不知火ちゃん!?喋れる?大丈夫?」

「カハッ……ケホッ……!」

 

 五月雨が介抱のため声掛けをするも、不知火は咳と荒げた呼吸音しか発さない。五月雨が不安げな表情のまま顔を上げて神通を見つめる。神通もまた、不知火の容態に憂慮の面持ちでいた。

「神通さぁん……不知火ちゃん、まずいんじゃ?」

「……えぇ。ちょっと提督に伝えます。」

 

 神通は視線を何もない海上の方角に向け、腕のスマートウォッチを操作して通話アプリを起動し、提督に通信した。

「はい?どうした?」

「不知火さんなんですが、被弾の衝撃で打ちどころが悪かったらしくて、苦しそうで……。」

「ち、ちょっと待ってくれ。おーい明石さん……」

 

「千葉第二、駆逐艦不知火、轟沈!」

 

 明石は轟沈判定の叫びを上げた後、提督の声掛けに応じて神通との通信に参加した。

「はい、神通ちゃん? 不知火ちゃんがどうしました!?」

「あの……不知火さん、打ちどころが悪くて様子がおかしくて、早く診ていただきたいんです。」

「あらま大変!わかりました。今から川内ちゃんたち向かわせますね。提督は試合の一時中断を。」

「わかった。」

「すみません、お願いします……!」

 

 神通の懇願に提督も明石もすぐに応対した。提督の放送で試合の一時中断が発表され、明石の指示で川内・長良が小型のボートを引っ張って再び戦場の海域に姿を現した。

 神奈川第一の艦娘達には鹿島の口から事の概要が伝えられ、その場に待機が指示された。

 

「お待たせ! 迎えに来たよ不知火ちゃん。」

「ダイジョーブなの、不知火さん?」

 ボートを引っ張って川内と長良が口調はそのままながら心配そうな表情で神通たちのいるポイントにやってきた。

 神通と五月雨は川内と長良と一緒に不知火をボートに誘導して乗船させた。

「よし。不知火ちゃん、さぁ同調切って。後はあたし達に任せなさい。ね、長良さん。」

「そうそう。そうだよ! 前半でやられちゃったんだから、せめてこれくらいはあたしに役立たせてよ。」

「……!……!」

 不知火は未だ荒々しく呼吸をしながらボートに寝かされた後、神通の手を掴みながら同調を切って本来の智田知子と駆逐艦不知火の艤装に戻った。体重と重量でボートがやや沈むが、幾つかのパーツは長良が手に持つことにしたためボートの耐重量に収まった。

 

 ボートを引っ張ってゆっくりと進み始める川内と長良。そんな二人を見送る神通は誰へともなしに言った。

「あの、私試合止めて不知火さんの容態を見に行きます……!」

「……あんた、それ本気で言ってるの? 本当に言ってるんだったらひっぱたくからね、神通。」

「え……!?」

 カラッと明るい雰囲気から一瞬にして恫喝気味の顔と雰囲気になった川内が神通の戸惑いの言葉を遮った。

 

「そりゃ不知火ちゃんの容態心配だろうけど、だからって一度決めたことをやり遂げないで戦場から離れるなんて許さないよ。あたしの敵討ちしてくれるって言ったよね? 大人しいあんたがあそこまで言ってくれたこと、すっごく嬉しかったんだから。あの決意をあんたにさせる原動力にあたしがなれたんなら、親友としてこれほど嬉しいことないよ。その決意をひっくり返さないでよ。」

「せ、川内さん……。」

 憤りを覚えた川内は語気強くそのまま続ける。

「不知火ちゃんのことはあたしたちや明石さんに任せて、あんたはあんたのやるべきことを果たしてよ。体育会系の部活だってそうだよ。誰かが怪我したとしてもその介抱は他の人にお願いして、残りのメンバーは試合を続行してその人の分まで頑張って自分達のできることをやるんだよ。あんたいわば試合に出てるチームのリーダーなんだよ!? あんたがすることは不知火ちゃんについていって容態を診ることじゃない!」

「じ、じゃあ……私は何を?」

「あんたにはまだ五月雨ちゃんがいるじゃないのさ。それに那珂さんに時雨ちゃんも。……前半で取り乱したあたしが言うのもなんだけどさ、感情に流されないでよね。もう行くね。」

「あ……。」

 

 川内の怒りの琴線に触れてしまったことに神通は激しく後悔した。一瞬でも感情に流されて自分の役目を放棄しかけた。川内と皆を自分で説得してこの手に獲ったその役目を手放すなんて、相手が川内ではなくともきっと怒られたか注意されたかもしれない。

 

 神通は頭をブンブンと横に振った。反動で長い髪が何度も顔に当たる。

 思考をクリアにし、自分を見つめ直した。

 

((私は旗艦神通。皆をまとめあげて艦隊を勝利に導いてみせる。そのためには鬼にだってなってやる。))

((……言い過ぎた。川内さんに影響されたかな。……せめて恥ずかしい負け方をしないよう一矢報いてみせる。))

 

 


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