同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 とうとう前衛艦隊は那珂・五十鈴・不知火の3人になってしまった。人手不足のため支援艦隊から五月雨を呼び出して加えつつ、那珂は自身に迫る危機をくぐり抜けつつ、形勢逆転をかけて前半戦最後の作戦行動にうつる。


クライマックス

 那珂は川内を退避させた後、目標を龍田たちに定めて移動を再開した。

 残るは龍田、暁、雷、電の四人。しかし五十鈴たち、そして上空を飛んでいる航空機を追い回している敵機の編隊を操る支援艦隊も健在だ。どちらかというと支援艦隊のほうが厄介だろう。

 那珂はそう判断した。

 

((どーしよっかなぁ~。さすがに一人で立ち回るのは危ないかも。さっきまでの五十鈴ちゃんを襲ってた航空攻撃もヤバイし、川内ちゃんたちに大ダメージ与えた霧島さんの攻撃も怖いからなぁ。けど固まって動くと一度にヤラれそう。だからといってあたしと五十鈴ちゃん・不知火ちゃんで個別に動くのもなぁ。火力も弾幕も足りない。))

 

 那珂は悩んでいた。やろうと思えば思い切り動いてあの4人を翻弄することは難しくない。しかし、今この時この戦闘において、自分のためだけのスーパーヒーローを演じるべきではないと自制がある。今すべきことは集団戦なのだ。前線をこれ以上立ち回るには人手が足りない。さすがに川内と夕立がやられたのは想定外だった。

 後方にいる支援艦隊に前に出てもらい合流するか。

 しかしそうすると一艦隊6人の編成制限を破ることになる。通常の出撃ならば推奨レベルのその制限を破ること自体に問題ないが、艦娘同士が戦うルールを厳格に決められた演習で同じくするのは後にも先にも印象が悪い。

 それを守りつつ戦力を補充するには支援艦隊から3人ないし2人に出てもらうしかない。

 

 ところで前々からチラリと上空に見える航空機つまりは偵察機、敵機の編隊を辛くもかわして飛び続けるあの技術力は神通しかありえない。察するに神通は神通で艦載機同士の戦いの真っ最中ということなのだ。そして操作中は無防備な神通を守るために当初の編成どおり、時雨と村雨が護衛の役目を果たしている。

 そうなると暇……もとい前に出られそうなのは五月雨と名取だ。しかし名取は気弱な性格と長良よりも練度が未熟なのでハッキリ言って役に立たないのは明白。

 支援艦隊からもらえる人手は一人しかいない。大抵のことは卒なくこなせる優秀な彼女だが、元来のドジっ娘属性がある。そこは不安だがまがりなりにも最初の艦娘、経験値はダントツトップだ。

 そこまで考えて、那珂は決断した。

 と同時に通信が入ってきた。五十鈴からだ。

 

「那珂。今話せる?」

「なーに、五十鈴ちゃん?」

「長良がやられたし、もう前衛艦隊は私達3人しかいないわ。私達も固まって動くべきだと思うの。どうかしら?」

「奇遇だねぇ~。あたしもその辺のこと考えてたの。そこでね、支援艦隊から五月雨ちゃんを呼ぼうと思うんだけど、この案乗ってくれる?」

 那珂は話の流れで今決めたことを五十鈴に伝えた。

「……そうね。攻撃の手は欲しいわね。了解よ。それじゃあ伝える?」

「うん。」

 

 そう言って那珂は支援艦隊の旗艦妙高に向けて通信した。その旨伝えると、妙高はすぐに承諾して五月雨に促した。

「わかりました。五月雨ちゃんを向かわせます。五月雨ちゃん、一人で行ける?」

「はい!任せてください!で、私は那珂さんのところに行けばいんですか?」

 五月雨の質問に那珂は指示を出した。

「ちょっと待って。合流は五十鈴ちゃんにお願いしたい。」

「私?どうして?」

 五十鈴の質問にも那珂は答えた。

「あたしと合流しようとすると、多分確実に狙われると思うの。どーもあの龍田ちゃんたちに思い切り警戒されてる気がする。私は龍田ちゃんたちの注意を引いてるから、その間に五十鈴ちゃんお願い。」

「わかったわ。五月雨を迎えに行った後は?」

「あたしは引き続き囮になってるから、その間に反対方向から龍田ちゃんたちを狙ってきて。そうすれば……」

「挟み撃ち。」

「「そうそうそれそれ。」」

 お互いが言いたかった表現を先に言ったのは不知火だった。

 

 次の作戦の意識合わせを終え、それぞれ動き出した。那珂は五十鈴と不知火が後方に下がって五月雨を迎えに動き始めたのを確認すると、ようやく前進した。

 目指すは龍田たちの間近。味方のためのスーパーヒーローだったら、いくらでも気兼ねなく演じられる。

 スマートウォッチで時間と見ると、前半終了まで時間がない。意外と早かったなと感慨深く感じる間もなく、那珂は思考を戦闘に完全に切り替えた。

 

 

--

 

 今まで停まるか最徐行でゆっくりウロウロしていた那珂と五十鈴たちがハッキリと動き出したのを龍田と暁達は目の当たりにした。

 

「ねぇねぇ龍田さん。あの人たち動き始めたよ。」

「ねぇ龍田ちゃん。私達も動きましょうよ。ねぇ電。」

「(コクリ)」

 暁そして雷から急かされて龍田は三人それぞれに視線をゆっくりと流して頷いてから言った。

「分かって、る。」

「私達も二手に分かれる?」

 暁がそう提案すると、龍田はゆっくりと頭を横に振って言った。

「それはダメ。私達は、あの那珂さんを先に片付けるべき。天龍ちゃんも、霧島さんも、あの那珂さんだけはなんとしても先に倒しておけと。そうすれば千葉第二の艦娘たちは総崩れになるって。」

「そこまですごい人なのかなぁ~。そりゃあさっきまでの天龍ちゃんとの戦いを見たらすごいかもって思うけど、集団になってる私たちに近づいてこないじゃん。意外と大したことないわよ。ね、電。」

 雷が楽観的に口にすると、今まで影に隠れるようにおとなしかった電が雷に注意した。

「そ、そんな油断はダメなのです。きっと……。」

「……電の言うとおり。那珂さんは多分警戒している。相当注意深くなってる。そして一人でこっちに向かってきてるあたり、何か作戦がある、はず。」

 

 そこまで口にして龍田は口をつぐんだ。利口な沈黙というわけではない。作戦が思いつかないのだ。この龍田もまた、普段はそれなりの学校に行って普通に過ごしている中学生なのだ。高校生の従姉の天龍とは艦娘の経験日数もセンスも異なる。そのため戦場で急な作戦を咄嗟に思いつくほど戦いについての心構えが、従姉ほどできているわけではなかった。

 

 内心焦っており、その焦りは手に持つ槍(主砲内蔵型)の手のグリップ部分を擦る行動に表れていた。

 その時、後方にいる独立旗艦の鳥海から通信が入った。

「はい。龍田です。」

「こちら鳥海。標的を五十鈴・不知火両名に絞ってください。」

 龍田が“えっ”と聞き返す間もなく鳥海は説明を加えた。

「明らかに後方の艦娘達との合流を目論んでいます。練度は不明ですが人が増えるとあなた達では残り時間無事に立ち回るのは困難になるでしょう。幸いあの五十鈴と不知火両名はあちらの那珂ほど長けてはいないようです。隼鷹飛鷹の攻撃隊・爆撃隊で援護しますので、合流を邪魔してください。」

「わ、わかりました。……けど那珂さんはどうしたら?」

「那珂についてはこちらで始末します。」

 

 龍田は鳥海の作戦指示を最後まで聞いて焦りを落ち着けた。チラリと那珂を見ると自身らに向かってきている。龍田はすぐに視線をそらし、暁達に合図をして前進、そしてすぐに回頭して一路鎮守府Aの支援艦隊・そしてそこを目指そうとしている五十鈴たちを目指し始めた。

 

--

 

 那珂は速力を増減させながら大きく反時計回りに移動し、龍田たちとの距離をジワジワと詰め始めた。

 囮になって注意を引く。思い切り動かなくては。

 ゴクリと唾を飲み込み、いざ声を上げてダッシュしようとしたその時、今まで自分と同じようにジワジワと距離を詰めたり離れたり立ち止まっていた龍田たちが急に反転し、逆方向に向かい始めた。

 

「え!?」

 那珂は思わず仰天して急停止した。反動で思わず前につんのめりそうになる。2~3歩海面を歩いて踏ん張って立ち止まった。

 

「な、なんで?どーして!? 囮のあたしを無視……!?」

 驚き焦ったが、目立つ行動はこれからというところだったので無視されるのは仕方ないと無理矢理に納得し、那珂はすぐさま追いかけ始めた。

 あの四人が向かっているのは火を見るより明らかだ。不幸にも五十鈴と不知火はまっすぐ五月雨の方を向いていて気づいていない。

 どうにか知らせなければ。向かってくる五月雨は方向的にも気づいているはず。那珂は彼女の索敵能力に期待をかけて任せてもいいが、事態はどう動くかわからない。そして自身。スマートウォッチの通信機能で知らせてもよかったが、ここは一つ、ハッキリと掻き乱すことで状況を動かす。

 那珂は距離はあったが大声で五十鈴に知らせることにした。

 

「五十鈴ちゃあああああーーーーーん!! そっちに敵が向かってるーーー!!」

 

 那珂は一旦急停止し、手を口に添えてメガホンを作り出して叫んだ。移動しながらでも叫ぶことはできるが、生半可な叫び方では危機感まで伝わらない。力を込めるには立ち止まって息を吸うことに集中しなければならない。

 

 そうして那珂が大声で叫ぶと、五十鈴たちはすぐさま気づいた。那珂の視線の先で五十鈴が僅かに振り向く動作をしたように見えたのだ。

 それと同時に龍田たちも気づいた。しかし龍田たちは速力も方向も変えない。

 

 

--

 

 緩やかに南西から北西へと時計回りに弧を描くように移動していた五十鈴と不知火は、突然の那珂の叫びに驚き、視線を後ろつまり東に僅かに向けた。すると、敵の龍田たちが似た航跡を描いて向かってきている。

 

「えっ!?」

「!! 那珂さん……失敗。」

 不知火の発言に五十鈴は相槌を打つ。

「相手も馬鹿じゃないってことね。それとも私達舐められてるのかしら……ともかく、迎え撃つわよ。不知火、私の左隣に来なさい。」

「了解。」

 不知火が自分の隣に来るのを待たずに五十鈴は通信した。相手は五月雨だ。

 

「五月雨。いつでも砲撃できるよう構えて北に弧を描くように移動なさい。」

「え? あ、はい! でも合流はどうしたら……?」

「相手はそれを阻止したいのよ。だったらこっちは2人と1人のチームで迎え撃つまでよ!」

 

 五十鈴の指示に五月雨は慌てて返事をしてその通りに動き始めた。針路を変えた五月雨を視界の端に収めつつ、五十鈴はあるポイントで停止した。合わせて不知火も停まる。

 

「てーー!」

 

ズドッ!

ドゥ!

 

 五十鈴の掛け声が響く。五十鈴自身はもちろんのこと、隣の不知火も触れていたトリガースイッチを押し込んで砲撃を始めた。射程は十分だが、狙いたる龍田達は動いているため命中率は察する程度だ。彼女らも黙ってやられるわけにはいかないのだ。

 龍田達は五十鈴と不知火の砲撃を特にリアクションせずかわし、先頭の龍田から順に最後尾の電まで、流れるように砲撃し応戦し始めた。

 

ドドゥ!

ドゥ!

ズドッ!

ドドゥ!

 

 龍田らの連装砲・単装砲の四連続砲撃。

 五十鈴と不知火の間近に複数発のエネルギー弾が飛来する。

 

バシャッ!

ズバッシャーーン!!

 

 

「くっ……!?」

「!!」

 

 五十鈴と不知火は止まって撃ち、動かずにいたため、龍田たちの良い的になってしまった。とはいえ目の前数mに水柱が立ち上がる程度には命中率を低めに抑えることができている。しかし夾叉だ。

 

「五十鈴さん、立ち止まったのは失策。」

「わ、わかってるわよ! ちょっと様子見で止まっただけよ!」

 不知火の指摘に五十鈴は強めの語気で言い訳を吐き出す。続く勢いで五十鈴は五月雨に指示を出した。

「五月雨、そっちはいつ撃ってもいいわよ!相手の攻撃の方向を分断するのよ。」

「は、はい!」

 

 不知火の比較的冷淡な視線を浴び、五十鈴は一つ咳払いをしてその場から移動し始めた。前方では五月雨が龍田たちの隊列の中央めがけて砲撃しようとしている。

 自身らの行動に呼応するかのように、はるか後方から敵航空機の編隊が飛んできた。五十鈴と不知火は瞬時に苦い顔をする。先程まで自分たちを襲っていた憎い存在。その表情になるのは必定だった。

 

「ちっ。また戦闘機なの!? まったく面倒ね。」

「五十鈴さん、対空?」

 

 不知火に問われて、五十鈴はわずかに思案した。上空の敵に気を取られて、自分たちの僅かなチャンスを逃すのは非常に悔しい。

 

 那珂だったらどうするだろう

 

 きっと突飛なことをして砲撃と対空両方をこなすに違いない。

 アイデアを練るには時間が惜しい。であれば、今までの自身には似合わぬが強引に行くしかない。そう決めて五十鈴は口を開いた。視線は不知火に向けず、目の前の海上と上空の敵に向けたまま。

 

「無視。私達の標的はあくまで龍田達よ。このまま砲撃戦用意。」

「……強引?」

「はぁ……そうよ。文句ある?」

「(ブンブンブン)」

「雷撃だけには注意。あとは射撃や爆撃は基本無視。せめて電磁バリアのあるパーツを上空に向けておきましょ。」

「(コクリ)……そういう思い切り、好き。」

 

 上空の敵はまだ遠いがすぐにこのポイントの戦場に入ってくる。五十鈴は前方の龍田たち、彼女らを基準として9時の方向にいる五月雨、それぞれとの距離を詰めるため速力を上げて移動を再開した。

 

 

--

 

 五十鈴に大声で知らせた後、那珂は五十鈴たちの速度が落ち始めたのに気づき、合わせて速度を緩めた。追いついて龍田たちの近くになり砲撃に巻き込まれないためだ。

 そうして那珂は徐行スレスレの速力で五十鈴・龍田両チームとの距離を調整し、目の前で砲撃の応酬が行われたのを見届けた後、五十鈴に通信しようとした。

 その時、那珂は遠くでズドンとしか表現しようのない、実際は桁違いの砲撃音を聞いた。

 それから1秒以内のことである。

 

ズドゴアアアアアアァァァァァ!!!!!

 

 

「う!」

 

 数分前に川内を襲ったあの極大のペイント弾が轟音を立てて飛来したのだ。

 那珂は視界の右端に真っ白い壁が突然現れたのに気づき、前進しようとしていた身体を強引に捻り、両足をバネにしてバックステップした。

 

ジャブン!

 

ズチャッ!!

「うあっ!!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 避けきったと思った那珂は半身に極大のペイント弾を食らった。実際のエネルギー弾でも爆発でもないのにその衝撃は凄まじく、被弾した半身に引っ張られるように低空をコマのように回転しながら前方へ弾き飛ばされる。

 

バッシャーン!!

ズザザザザザザ……

 

 海面に手と両足合計3つによる航跡が十数mに渡って走る。全身を海面につけるという事態を避け、那珂はかろうじて体勢を立て直すことができた。

 そして前方を見る。すると今度は海中にごく僅かな青白い6つの雷跡をともなって魚雷が迫ってきていた。

 

ズドォ!!

 

ドドォ!!

ザッパーーン!

 

 

 魚雷は那珂が避ける動作をする前に2つぶつかって自爆するものもあれば、見当違いな位置関係で爆発したものもある。しかし残りの本数は那珂めがけて2時と10時の方角から襲い掛かってきた。

 

「ヤバッ……ていっ!!」

 

 右足を立ててしゃがんでいたため、那珂はその右足を軸に思い切り左に向けて海面を蹴って低空ジャンプして魚雷をかわした。

 

ズドドォーーー!!

 

 那珂が直前までいたポイントで複数発の魚雷の衝突による大爆発が起き、極大の水柱が立ち上がる。海面はうねり激しい波を発生させる。その影響で那珂は着水時にバランスを取りきれず左側面から着水し海中に没した。

 

 急いで浮上しようとしたその時、那珂は察した。

((このまま浮上したら……浮上するまでの僅かな時間で十分支援砲撃を準備できる、よね。この状況はまっずいなぁ。あたしが避けたりするところを狙うのが目的だったのかな、霧島さんと鳥海さん。だったら……))

 

 那珂は海底に向けるべき主機を海上に向け、浮上しないように体勢を変えてから魚雷を一本発射した。

 

ドシュ……

 

 そして海面に飛び出した魚雷の結末を横目で見ながら海中を移動し始める。

 するとまもなく、海上で魚雷の爆発音とそれに覆いかぶさるようにペイント弾の飛来する音と爆音が多重奏した。

 

((やっぱり。これは浮上するタイミング図らないとね。それじゃーもう一発。))

 

 呼吸の限界が近くなったため早く浮上したかった。同じ手は通用しないだろうと想像したが、念には念を入れ、自身が浮上するタイミングともう一発魚雷を浮上させるタイミングを同時にすることにした。

 今度の魚雷は最初からエネルギーの出力を最大にし、あたかも艦娘であるかのような大きさにして。

 

ザッパーーン!

 そうして那珂は魚雷と同時に浮上し、再び海面に戻ることに成功した。

 どうやら霧島による支援砲撃は来ないようだった。周囲を見渡して那珂は状況を素早く確認する。離れたところにいる五十鈴たち、そして五月雨は那珂の被弾を気に留めず龍田たちを相手に移動しかわしつつの砲撃戦を行っていた。

 早くあちらの戦いに合流してしまえば、味方もいる手前うかつな支援砲撃はしてこないだろう。そう考えて那珂は蛇行しながら移動し始めた。

 

 

--

 

 移動しながら五十鈴に通信する。

「五十鈴ちゃん。あたしも加わるよ。」

「あんた大丈夫なの?」

「まぁね。多分中破にはイってると思うけど。」

「そう。無事ならいいわ。あんたは五月雨に合流なさい。」

「おっけぃ。」

 

 那珂の心配を最低限口にしつつも意思確認と指示を素早く済ませる五十鈴。那珂も必要以上に自身の安否を引っ張ってほしくないため、もはや一言で済ます。二人の軽巡にはそれだけで十分だった。

 

 那珂は支援砲撃の的になるのを防ぐため、身をかがめながら速力を上げて移動し始めた。向かうのは五月雨のいるポイントだ。五月雨に通信する。

「五月雨ちゃん、ダイジョブ?」

「あ、那珂さーん! 那珂さんこそ大丈夫なんですかぁ!?」

「うん。あたしは五月雨ちゃんの後ろに大きく回りこむから、砲撃しながらこっちに向かってきて。その後タイミング見て合流するよ。」

「はい! わかりました!」

 

 那珂が指示すると五月雨はすぐに行動に移し始めた。彼女は那珂の方を見ず龍田たちに砲塔と視線を向け、緩やかに弧を描いて那珂の方に向かっていった。パッと見、移動中に偶然に那珂に近づいていき追い越したようにしか見えない。龍田たちは左右から砲撃を受けて文字通り右往左往している。そのことが幸いし、五月雨の行動の真意を図っていられる状況ではなかったのだ。

 那珂もまた、五月雨に直接向かわぬよう大きく回り込んで追い越す。見た目には単に移動したようにしか見えない。

 五月雨からある程度距離を開けると何度目かの上空から射撃の雨が降る。那珂は片方の腕を上空に向け、対空射撃を行いつつ捨て目的の威嚇数発砲撃を同時に行う。針路は五月雨が向かう方向だ。距離を一気に詰め始めた。

 

「よっし五月雨ちゃん、雷撃用意!」

「はい!」

 無事に合流を果たした那珂は五月雨に指示を出し、続く勢いで五十鈴に通信した。

「五十鈴ちゃん、雷撃……

「那珂? 雷撃……クスッ。行くわよ、いいわね?」

「もちのろんですよ!!」

 

 那珂と五十鈴の次なる目的の行動は同じだった。那珂は通信越しに、珍しく心地よい五十鈴の笑い声を聞いた気がした。

 

 那珂・五月雨と五十鈴・不知火の両チームが龍田たちに向かってわざと当てぬ砲撃を繰り返す。その砲撃に対処するため龍田達は速力の増減を繰り返して針路を変える。しかしもはや彼女らは鎮守府Aの艦娘達からは逃れられない。

 それぞれ雷撃にふさわしい姿勢を取るタイミングができた。上空の鬱陶しい敵も支援艦隊も無視したおかげで得られたチャンスを逃す手はない。

 

「「それっ!!」」

 

 

 那珂は腰につけた魚雷発射管をやや無理して真横に、五月雨は背中に背負った魚雷発射管をぐるりと45度動かして足元から右斜下に。

 五十鈴は元々魚雷発射管が真横に向いているために特に体を動かさずスイッチに指をあてがい、不知火はロボットアームの一本に取り付けた魚雷発射管を真横に向くように動かした。

 那珂と五十鈴は勝負を決めるため、魚雷発射管に収まっていた魚雷を全弾発射した。その行動を見て慌てて五月雨と不知火が残りの魚雷を時間差で放つ。4x4の合計16本の一撃必殺の槍が扇のように広がり、龍田たちに近づくに連れてその範囲を狭めて集まっていく。本来の魚雷ではありえぬ、艦娘特有の仕様の賜物だ。

 

 

--

 

 龍田たちにとってみると、両舷に向かって自分たちがその威力をよく知る必殺の槍が光をまとって襲い掛かってくるその光景に、絶望する以外の感情は沸かなかった。

 

 何が悪かったのか。

 

 独立旗艦鳥海の指示に従い、あの那珂の挑発に乗らずに五十鈴達に向かって攻撃を仕掛けたところまでは問題なかったはず。五月雨という艦娘が戦闘に加わっても、後ろについてくれている暁たちがうまく捌いてくれたおかげで大した危機にもならなかった。そこも問題はない。

 そして参戦しようとする那珂を霧島の砲撃で大ダメージを与えて撃破した。鳥海の言った対処とはこういう作戦と流れだったのだ。自身らの砲撃戦に集中していてあまり見なかったが、視界の端で極大なペイント弾が那珂にクリティカルヒットしている様は見ることができた。そこは支援艦隊の行動なので問題ないと信じてよかったはず。

 しかし、撃破されたはずの那珂がこの戦場にいる。良くて大破、悪く見積もっても中破に達しているであろうはずなのに、焦る素振りをまったく見せず感じさせずに雷撃を味方と息を合わせて協力して放ってきた。

 

 思えば天龍が那珂に戦いを挑んでしまったのがそもそもの問題点なのかもしれない。従姉の天龍が生き残っていれば、違う戦いと展開ができたかもしれない。

 そうか、この戦いにおいて那珂がいるから悪かったのだ。那珂の行動に引っ張られて一度の多くではないにせよ少しずつ作戦が狂わされていたのかもしれない。

 

 那珂をもっと知っておけばよかった。自分の性格上・学年差のため従姉の天龍のようにとはいかないが、普段から仲良くしておけばよかった。

 

 

ズドッ!ズドドッ!!

ズドドォーーーン!!

ザッパアアアァァァーーーン!!!

 

 

 様々に後悔を抱きながら、龍田は那珂と五十鈴たちからの雷撃を大量に喰らった。速力を瞬発的に限界まで高めても、幅を広めたり狭めたりして襲ってくる魚雷からは逃れられなかっただろうと、龍田は魚雷が目の前と背後1mに迫ったときに悟った。炸裂音と再現された爆発で波しぶきに揉まれて足元をすくわれ宙に飛ばされた時、ジャンプしていれば避けられたかもしれないと思ったが、その後悔はすぐに消えた。一本が海面から顔を出して宙にいる自分めがけて対艦ミサイルのように飛んできたのだ。

 まさかジャンプして避けることが予測されていた?

 龍田の下半身の臀部を守る電磁バリアが対艦ミサイル化した魚雷を可能な限り破壊しようと反応し、火花を散らす。しかし破壊しきれなかった魚雷は龍田のバリアを突き抜け、威力減退しながら龍田の脇腹、若干中央を逸れて側面まで現れている艤装の一部にも激突し、爆発を起こした。

 

 

ズガアアアァァン!!

 

 

 普段の訓練、定期査定の演習でだってここまで激しくやられたことはない。龍田は死ぬのかもと錯覚し、止まぬ衝撃の嵐にもはや身を委ねるしかなかった。

 

 

--

 

 遠目で前衛艦隊である龍田たちを見ていた鳥海は、自身の失策を理解した。大まかな動きでしか把握できないが、水柱が立ち上がる原因はわかりすぎるほどわかっている。すぐにレーダーを味方のみのフィルタ設定にして確認する。龍田始め暁、雷そして電ともに耐久度が一気に低下し、ステータスが大破そしてついに轟沈に変わった。

 全滅である。

 

 龍田および暁たちの精神的な支柱は天龍ということを前々からわかっていた鳥海は、残された龍田たちの行動力や瞬発力がガタ落ちになるであろうとを察していた。そのため、残り時間内は距離を保って砲撃戦を繰り返し、制限時間を逃げ切らせるつもりでいた。行動力が落ちたとはいえ、艦娘としての練度は相手より上だ。できるはず。

 

 しかし、それが完全に慢心だったのだ。

 

 二段構え三段構えで狙った那珂を仕留め損ねたことが敗因だったと鳥海は悟った。まさか戦艦の砲撃を凌ぎ雷撃に耐え、航空攻撃を物ともせず無事に仲間と合流を果たすとは。

 面白い。

 鳥海は前半戦の完全敗北を判断し深く心に刻んだ。と同時に、後半戦に向けて思案し始める。その中で、心にボッと熱いものを感じるようになった。自身の艦娘人生の最後を締めくくる、良い戦いにできそうだと心の中で不適な微笑を浮かべた。

 


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