同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 先陣を切るのは誰か?空気を制するのは誰か?最初に沈むのは誰か?神奈川第一鎮守府の艦娘達との演習試合の火ぶたが、ついに切って落とされた。


試合開始

 15時。9月中旬の検見川浜の海上。真夏を過ぎているとは言え日差しはまだ強く、海面の照り返しで発生する熱気で、艦娘たちは黙って立っていても体力をジワジワ奪われる。

 堤防に沿って座ったり寄りかかっている見学者も、降り注ぐ日差しは辛いものがあるのか、観戦する態度に愚痴を交えている。

 

 そんな中一人元気なのは、那珂の高校のメディア部副部長の井上だ。彼女は提督から試合撮影用のドローンの操作を一機任された。明石指導の下、彼女は事実上の鎮守府公認として試合の撮影を担当することになった。

 明石から操作や注意事項についてのレクチャーを受けた彼女は、見学者の同級生に自慢げに見せたり説明していた。

 

 堤防に沿って並ぶ見学者の列の後ろに、提督と明石、そして神奈川第一の鹿島が並んで立っている。

 提督が合図を送ったことで見学者のざわめきはフッと静まり返る。

 

「それではこれより、神奈川第一鎮守府と弊局、千葉第二鎮守府との演習試合を始めます。判別しやすくするため、弊局の艦娘には右肩に赤いワッペンを付けさせました。それからドローンでの動画撮影も行います。映像は皆さんの前の堤防に置いたテレビと、動画として○○という動画配信サービスでリアルタイムで公開していますので、もし距離があって見づらいという場合はお手持ちの携帯電話やタブレットでそちらのサービスにアクセスしてご覧ください。撮影は○○TVの方々、それから○○高校メディア部の井上さんにご協力いただいております。」

 

 視線が集まったのを受けて、紹介されたTV局の社員らは全員に会釈を、メディア部の井上も遅れてペコリと会釈をして挨拶とした。

 

 そして全員の視線は、提督の案内の言葉の前に自然と正面の海へと向いた。その目の前約50m先の海原には、総勢24人の艦娘がまもなくの試合開始を身体をウズウズさせながら待ち望んでいる。

 提督はメガホンを手にし、拡声させて全艦娘に合図をした。

「それでは……始め!」

 

 

--

 

 工廠についた那珂たちは各々の艤装を格納庫から出してもらい、出撃用水路の前で装着した。普段は誰かしら喋って出撃前の空気を和らげようとするものだが、この時は全員そうしなかった。そんな心境ではなかったからだ。

 

 初めての本格的な対人演習試合

 

 自分たちの力量を客観的に計る良い機会だが、その実力の無さ、いたらなさもわかってしまう。また、そのことを相手に知られてしまう。

 ネガティブな感情を混じえては同調率に影響があるため、各々口には出さないが負の感情を払拭せんと心の中で意識して気合を入れる。

 緊張感に包まれる空気の中、全員が工廠から湾に出た。自然と那珂と五十鈴を先頭に複縦陣ばりに並んで湾から河川を進み、そして海へと出る。

 

 神奈川第一鎮守府の艦娘たちはすでに海に出て、所定の位置で陣形を組んでいた。那珂たちは相手から150m離れた位置で立ち止まり、円陣を組んだ。

 那珂が音頭を取った。

「それじゃあ皆。決めたとおりの陣形になるよ。」

「はい!」「……はい。」

「えぇ。」

「っぽーい!わっかりました~!」

 川内・神通・五十鈴・夕立に続いて残りのメンバーも返事をする。

 そして全員の声を聞いた那珂はいつもの軽調子で五十鈴に言った。

 

「それじゃー旗艦様五十鈴ちゃん様にお返ししま~す。」

 どういう茶化しが混じっているのか一瞬構える五十鈴だが、さすがの那珂もこういう空気ではきちんとしていると捉え、促されるまま全員に声を掛けた。

「はいはい。旗艦として言っておきます。とにかく敵を撹乱すること。それにともなってなるべく直接的な被害を抑えること。細かい立ち回りを忘れたならそれだけでいいわ。時間制限があるのは助かったわね。時間内に生き残りましょう。」

 五十鈴に続いて妙高も口を開いた。

「第一艦隊の皆さんを助け、全員残れるように致しましょう。支援艦隊の旗艦の私からはこれだけです。」

 

「それでは皆、行くわよ。暁の水平線に勝利を。」

「「勝利を。」」

 

【挿絵表示】

 

 五十鈴の掛け声による聞き慣れたセリフが響く。全員最後の単語を放ち、深く頷いて心に刻んだ。

 そして那珂たちは散らばっていき、決めた通りの陣形に並んだ。

 

 

--

 

 提督の声による試合開始の合図が響いた。最初に動いたのは隼鷹と飛鷹だった。彼女らは肩からかけていたバッグから紙を取り出し、くしゃっと丸めた後振りかぶった。

 それらは、瞬時にホログラムを纏い航空機状になって飛んでいく。

 

 ブーン……

 

 那珂たちは一瞬身構える。しかし、飛んできたそれらは海面に向かって何かを撃つようなことはせず、くるりと回ってすぐに隼鷹と飛鷹の元に帰っていく。

 何をしたかったのか、身構えつつも全員が呆けていると、近接通信で神通が全員に言った。

「敵の偵察です。私達の陣形を把握されたものと思われます。」

「そっか。うちらはあっちの編成教えられたから知ってるけど、あちらさんは知らないんだっけ。」と那珂。

「そのハンデが効いてるうちに行動ね。よし那珂、長良、前進よ。途中で二人からは私達四人は離れるから思いっきり撹乱してちょうだい。」

「「了解!!」

 

 五十鈴の指示で那珂と長良が動き出した。この海上において、初めて移動をした艦娘となった。

 

 那珂は隣りにいる長良に視線を向ける。長良も自然と那珂に向いた。

「それじゃあ長良ちゃん。一緒にいこ?」

「ウン!」

 

 那珂は姿勢を低くしてかがみ、ダッシュの体勢を取る。長良は那珂を見ながら同じく構える。

「とっつげきぃーーーー!!!」

「げきぃーーー!!」

 

 ザッパアアアアァァ!!!

 

 那珂は瞬間的に速力を最大区分のリニアまで上げて高速に突撃し始めた。長良も負けじと並走する。その突然の動きを見て、向かいにいた天龍は一瞬呆けるも、すぐに鋭い目つきに戻った。

 そしてニヤリと笑みをこぼした。

「へっ。待ってたぜ那珂さん。初っ端からあたしと戦ってくれるなんて嬉しいじゃんか。おっしゃ!龍田、それにガキども、行くぜ!!」

「……!」

「ち、ちょっと待ってよ天龍ちゃん!鳥海姉さんからの指示はぁ~~!」

 天龍の反応に焦る龍田と雷。しかし二人の心配なぞすでに気にしてない天龍はダッシュして離れていく。

 そんな振る舞いの旗艦に暁、響、電たち残りのメンバーも焦りを瞬間的に沸き立たせる。

「あぁもう!天龍ったら! 霧島さんの危惧してたとおりになったわ!響お願い!」

「了解。」

「はわわ!作戦がぁ~~!」

 

 暁の指示で響は速力を高めて暁たちから離脱した。

 那珂に応戦する形でダッシュした天龍と、彼女を心配してついていった駆逐艦響。呼応する形で両艦隊の二人がぶつかることになった。

 

 北

西 東

 南

                              

 川内  夕立       長良              雷

                  天龍   龍田 暁 電

五十鈴 不知火         那珂        響    

 

「那珂さあああぁーーーん!!!」

「天龍ちゃーーーーーん!!!!」

 

 天龍は兵装の剣を構える。柄部分には副砲が内蔵されており、ようは銃剣である。そのため天龍担当となった少女たちの戦い方は、接近戦・遠距離戦ともにこなせる。神奈川第一の天龍もまた、臨機応変に切り替えて戦えるテクニックを得ていた。

 対する那珂は砲撃のみのタイプである。そのため天龍と接近戦をするつもりは毛頭なかった。

 

 天龍とぶつかる数秒前、那珂は速度を上げて長良の先をゆく。長良は那珂の動きの意味をよく知らなかったが、普段のスポーツの試合を思い出し、想像して自然と那珂の右隣に移動する。二人の列は逆転した。

 そして、那珂は北、左上空に向けてジャンプすべく海面を思い切り蹴りその身を飛翔させた。

 

「!?」

 

 軽々と天龍を飛び越え、その先に呆然と佇んでいる龍田ら残りのメンバーを狙いにかかる。那珂の突然の動きに天龍は驚きつつも、剣を背後に振り向け素早く那珂の方向に定めて撃ちだした。

 

「っと、させるかよ!!」

ドゥ!

 

「きゃっ!」

 

 那珂は龍田らを狙うべく構えていたため、すでに通り過ぎた天龍に対しての警戒心がなくなっていた。そのため気づかなかった。天龍の剣に砲撃能力があることを。

 結果として那珂は天龍の砲撃を食らうことはなかったが、かすめた拍子にバランスを崩し、失速して着水した。

 

ザッパァーン!!

 

 

--

 

「那珂ちゃあん!」

 那珂の行動を横目で見ていた長良は那珂が被弾したと思い、速度を若干緩めて那珂に駆け寄ろうとする。その時、響と相まみえた。

「行かせないよ。」

「うわっ!うわうわ!」

 

ドゥドゥ!

 

ベチャ!ベチャチャ!

 

 響は無警戒に自身を横切ろうとする長良を捉えて近距離で撃ち込んだ。長良は完全に響に警戒する考えなどなかったため、彼女の砲撃をモロに食らってしまった。のけぞって進む方向を北北西280度に変えてしまった長良を、バックステップして速力を殺した響の二度目の砲撃が襲う。

 

ドゥ!

 

「きゃー!!」

 スピードを調整しきれなかった長良は背後から砲撃を喰らい、被弾判定で小破となった。

「あなた、まだ実戦ないのかい?敵の目の前を無防備に通ろうなんてひどい油断だよ。私も甘く見られたものだ。」

 響は被弾の拍子に転んで水没しかけた長良を見下しながら静かに言った。長良は背後に響の視線を受けてビクビクしながらゆっくりと立ち上がって体勢を立て直そうとしていた。

「うぅ……ペイント弾ってけっこー痛いじゃん……。」

 

 

--

 

「つぅ……しまったぁ~」

「へっ、那珂さん覚悟ー!」

 

 那珂を追撃すべく大きく方向転換した天龍が向かってくる。那珂はすぐさま海面から立ち上がり、進む先を龍田らに戻す。しかし背後からは天龍、正面向かう先からはついに龍田達も動き出そうとしている。

 那珂の誤算だったがしかし焦りはすぐに消える。

 

「おらぁ! 覚悟!!」

 

シュン

 

ガキィイイイン!!

 

「んなっ!?」

「天龍ちゃんの剣の対策をしてないと思った?」

 

【挿絵表示】

 

 剣をおおきく振りかぶって那珂のコアユニットのパーツに振り下ろそうとした天龍の剣は、カタパルトたる鋼鉄製のレーンで防がれた。

 それはまるで剣同士がぶつかる様だ。

 那珂の左腕3番目の端子に装着された発着艦レーンは見事に天龍の剣を防ぎ、金属同士がぶつかり削れる不快音を発していた。

 その音を聞きながら天龍は不敵な笑みを浮かべる。

「……へ、嬉しいぜ。嬉しいじゃねーかあぁぁ那珂さん!!!」

「それは……どーも!」

 

ガキィン!

カキン!カキン!

 

 天龍の剣さばきと那珂のレーンさばきが激しくぶつかり鍔迫り合いを始める。天龍はもう目の前の好敵手との戦いにしか興味が向いていないが、那珂は違った。

((これでどうにか天龍ちゃんの足止めに成功した……かな。後はあたしの意図を五十鈴ちゃんたちが察して動いてくれるかだけど、合図くらいはしないとまずいかな?))

 

 天龍の剣をさばきながら、那珂は頭の片隅で考えていた。そこで那珂は右腕4番目に取り付けた機銃で、未だ動かない五十鈴たちがいる方向を撃とうと考えた。身体の向き・天龍の位置的に、天龍を狙って撃ったとも取れる立ち位置になって撃つ。戦闘の事運びにおいてまったく不自然ではない。

 そう決めた那珂は、一度天龍の剣を大きく弾いてバックステップで後退し、天龍が自身の左側に立つようわざと誘い込んだ。

 

「そりゃーー!」

「……はっ!」

 

ガガガガガガガ

 

「うわっとと!!?」

 

 那珂は左腕を斜めに構えて剣を持つポーズをしつつ、右腕を左前腕の下に配置し、右腕4番目の機銃で天龍のいる方向へ発射した。

 想定通り天龍には避けられたが、その先にいる五十鈴たちの方向に飛んでいくことも確認できた。続いて二回目の射撃。

 

ガガガガガガガ

 

今度の狙いは合図の意味を込めて撃つ。

 

ガガガガ

ガガ

 

ガガガガ

 

 

 特段信号にもなっていない撃ち方だ。しかし、味方にだけ意味があると思わせるのが目的である。那珂は五十鈴が察してくれることを願った。

 

 

--

 

 前方で那珂と長良が激しく動き、それぞれ被弾しかけてるのを目にした五十鈴たちは、動かずに見ていた。那珂らが撹乱するという最初の作戦を忠実に実行させようとしていたため、そして実際に艦娘相手の戦いにタイミングを慎重に図りすぎて動けずにいたのだ。

 そのとき、那珂が不自然な射撃を放ってきた。

 

「な、何あの那珂さんの射撃? ぜんぜん外してるっぽい。」と夕立は見たままを口にする。

「何か意味ありげ?」川内もよくわかっていない。

「……皆動くわよ。」

「作戦?」

 五十鈴の指示に不知火が眉をひそめて単語で質問する。

「えぇ。見てみなさい。後方にいる龍田さんたちが動き始めているわ。那珂だったら上手く切り抜けられると思っていたけど、意外と相手はやるみたい。多分、那珂でもあの5~6人に囲まれたら危険だわ。もう少し近づいてから二手に分かれてあの二人を援護するわよ。いいわね!?」

「「「了解。」」」

 

 五十鈴の指示に三人とも素早く返事をした。同意を得られた後、五十鈴は後方にいる妙高らに通信した。

「これから那珂たちを援護しに近づきます。妙高さんと神通は作戦通りお願いします。」

「了解致しました。」

「……了解です。」

 

 

 支援艦隊の二人に指示を出した後、五十鈴は前にいる駆逐艦二人に合図を出してゆっくりと前進させた。続いて自分と川内も速力を徐々に上げていく。

 五十鈴たちが那珂と天龍のぶつかり合うポイントに近づくのに呼応するかのように、龍田たちも接近していた。

 

「まずいわね。長良がやられてる。川内たちはそのままの速度で那珂を援護射撃。私と不知火は速力リニアで一気に近づくわよ!」

 

 五十鈴がそう口にした状況。前方では長良は反撃できずに響の砲撃を一方的に食らっていた。五十鈴は不知火が頷いて速力を変える仕草をしたことを確認する間もなく、自身も速力を変え前進して一気に距離を詰め始めた。

 

 長良は動くたびに響から背後ないし脇めがけて撃ち込まれる。速力を変化させる操作なぞ混乱している彼女には到底無理だった。ただ感情の赴くままにでたらめで遅速マチマチな速力と方向への移動である。運動能力に長けるはずの彼女は艦娘の本格的な戦いの中にあっては、経験の無さが災いして完全に赤子同然だった。

 そんな彼女を目の当たりにした五十鈴は艦娘名ではなく、本名で叫び反応を返す。

「ふえぇ~ん!りんちゃぁ~ん助けて~~!」

「なg……良!! 待ってなさい!」

 

 五十鈴は不知火と並走する位置にまで速力を調整し、不知火に指で合図した。それを受けて不知火は右20度の角度へ、五十鈴自身は左20度の角度へと進む方向を変え、来る長良と響を挟み込むべく弧を描いて移動し続けた。

 かわしたくても訓練時と勝手が違い、思うように動けぬ歯がゆさと悔しさのためか、長良はペイント弾で全身をぐちゃぐちゃに汚し、泣きながら五十鈴らに合流すべく後退する。

 

「そろそろ大破判定だね。トドメを刺させてもらうよ。」

 響は長良を追撃しながらついにそう口にする。自身の主砲の威力と何度被弾させたかを明確に数えて把握していたからだった。すでに長良は全身ペイントだらけで、響の想定通りあと一発で大破判定だった。

 その時、響はやっと気づいた。自身が囲まれていることに。気づいたのは周囲から声が聞こえたからだった。

 

「そこまでよ駆逐艦。」

「不知火が、守る。」

「え!?」

 

    五十鈴

     

 長良 響

     

    不知火

 

 五十鈴と不知火は、響を左右から挟み込んでいた。そしてそれぞれの主砲を向けて砲撃の準備が整っていた。響を連れて後退してきた長良はしかしながら五十鈴たちにとってナイスな行動を自然と取っていたのだ。

 

「まさかなんのリアクションもされずに挟み込めるなんてね。何か考え事でもしていたのかしら?それとも私の大切な姉妹艦を落とすのに集中しすぎてた?」

「……五十鈴さん、撃つ。」

「えぇ!!」

 

 煽る五十鈴とは対象的に、不知火は冷静に行動を促した。呆気にとられてキョロキョロする響に、五十鈴と不知火は近距離の左右から連続で砲撃を加えた。

 

ドゥドゥドゥ!!

ドドゥ!ズドッ!!

「う、うあぁあ……!!」

 

「神奈川第一、駆逐艦響、轟沈!」

 

 堤防沿いに観戦している一同の中、提督のそばにいた明石がタブレットに映し出される艦娘たちのステータス表示から目を離さず大声で口にした。

 その発言はマイクを伝い、見学者および戦闘中の艦娘全員の耳にすぐ届いた。

 

 

 左右から砲撃を瞬間的に連続で食らった響は姿勢を崩し、海面にヘッドスライディングしていた。本人が轟沈判定を理解したのは、海面から起き上がってからだった。

 

 

--

 

「りんちゃ~ん助かったよぅ~!」

「良、大丈夫?」

 

 響を倒した五十鈴と不知火、そして長良は響が水没した位置から数m先で停止し、無事を確認しあった。長良は半泣きで五十鈴に抱きつき、自身のペイントを五十鈴に移すようにスリスリとこすりつけていた。

「あんたのステータス見せてみなさい。」

 五十鈴は半ば強引に長良の右腕を引っ張り、彼女のスマートウォッチの表示を確認する。

「ねぇねぇりんちゃん。この腕時計のこと教えてよ。艤装付けるときになんか強引に付けられてイミフなんだけどぉ~。」

「試合前にそこまで教えればよかったわね。ゴメンなさい。私達がつける腕時計……スマートウェアはね、艦娘としての私達の燃料エネルギーや弾薬エネルギー、それから耐久度を確認できるようになっているの。」

「へぇ~便利だね~。」

「今は演習だからいいけど、実際の出撃時は物理的に壊れることもあるわ。」

「ふーん。今の演習中は?」

「ペイント弾の付き方や回数によって小破~大破、轟沈を擬似的に表すのよ。今あんたは、大破一歩手前ね。それから……」

 五十鈴は長良にスマートウェアの使い方を教えた。悠長に教え続けることはできないので、早々に打ち切ろうとすると、丁度不知火が中断を迫ってきた。

「……二人共、復帰。」

「あ、ゴメンなさい。それじゃあ行きましょう。」

 

 お喋りを止め、五十鈴たちは戦闘中の那珂たちに近づくべく移動し始めた。

 ちょうどその時、前方から響が海面に顔を出し、ザパァと水しぶきを静かに起こしながら立ち上がろうとしていた。

 五十鈴は通り過ぎる最中停止し、響に声と手を差し伸べた。

「大丈夫?ホラ掴まりなさい。」

「……敵の手は借りないよ。子供じゃないんだし、一人で立てるよ。」

「あらそう。それじゃあお疲れ様。」

 五十鈴はそう口にして響から通り過ぎ、彼女を一人にした。

 その後響が誰かと通信しているのを耳にしたが、五十鈴は長良・不知火とすぐにその場を離れたため、その内容までは聞き取らなかった。

 

 

--

 

「……響、轟沈!」

 

 メガホンを通して、それから各自のスマートウェアの通信機能を通じて艦娘全員にはっきりと知らされる、最初の轟沈。その対象者が神奈川第一の艦娘ということで、同鎮守府の艦娘たちの間には動揺が走り始めた。

 まだ遠く離れた龍田達、それから後方にいる霧島達は口々にざわつく。

 そのような中、唯一平然としているのは天龍だ。

 

「ねぇ天龍ちゃん。そっちの響って娘が轟沈だってさ。」

「……あぁ、そーみてぇだなぁ。だからどうした?」

「番組の内容を一部変更してお送りします~みたいなことはしないの?」

 

シュッ

 

カキン!ガキン!

 

 天龍はバックステップで2~3歩距離を空け、一旦那珂から離れてから続けた。

「は、なんだそりゃ? あいつが大破してて助けて~ってなら気にしたけど、轟沈は轟沈だ。それよりもあたしは目の前のあんたを倒すことに専念する!」

 

 姿勢を低くし、主機に念じてロケットスタート状態で那珂に突っ込む天龍。

 

カッキィィーン!!

 

 天龍の刃を那珂は身体のかわしと、剣代わりのカタパルトでいなしながら言葉を返した。

「天龍ちゃんはまっすぐだね~~。羨ましいな。」

「そっかぁ? あたしにとっては那珂さんのほうが羨ましいぜ。」

「あたしそんなに自分のこと見せたつもりないんだけどなぁ。天龍ちゃんはあたしのどこが羨ましいと思ったの?」

 

 素朴な疑問。那珂は尋ねてみた。

「んーーーと。そっちの仲間たちからすっげぇ慕われてそうなところ。あと発想力。あんたのいちいちの振る舞いがな、ちょっと見ただけでわかるんだ。わかりやすいんよなあんた。なんっつうのかなぁ? 隠しても隠しきれてないって感じか。」

「隠しても隠しきれてない……。」

「それにあんた、結構目立ちたがり屋だろ? 隠そうとしているんだけど、実際はあたしを知って!注目して!って隠そうともしてない。違うか?」

 

 天龍の言葉は、那珂の心臓を鷲掴みにして揺さぶった。天龍とはこれまでわずかな交流を数回しかしていない。それなのに自身のことをさも古くからの友人のように捉えて評価するとは。

 自分自身が甘いのか、それともこの天龍に人を見る目があるのか。どちらに原因があるのか考えようとしたが、今はそれどころではないと那珂は思考を瞬時に現実に戻す。

 一応天龍には反応を返さないといけないので本音を飲み込んで彼女を満足させそうなセリフを口にした。

「おおぅ! 天龍ちゃんあたしのことをわかってるじゃん!なんかお友達になれそ~。」

「え、あたしら友達じゃなかったのかよぉ! てっきりあのこっそり飲んだときからもう友達って思ってた……ぞ!」

 

カキン!

 

 剣を横に振りかぶり、薙ぎ払う天龍。それを那珂はカタパルトでスピードと威力を殺しながら言葉と砲撃で返した。

「ゴメンゴメン冗談。あたしもあの時から友達って思ってたよ。だからこーして天龍ちゃんの相手をしてるんだし。」

 

ドゥ!

 

「嬉しいねぇ。やっぱ那珂さんとは気が合いそうだ。どうだい、いっそのことうちの鎮守府に来る気はない?」

 天龍は薙ぎ払った剣の返す勢いで、那珂の砲撃を再びなぎ払ってペイント弾を弾き落とす。

 那珂は一旦距離を取り、天龍の誘いに言葉を再びの砲撃で返した。

「それはゴメンこうむるね~! あたしの身も心も西 脇 提 督 のもの! 提督がのぞむならあたしは鬼にだってなりますよ~。とはいえ、今回は提督の考えは却下。あたしは自分たちの作戦を優先させるけどねぇ~。」

「そっか。そりゃ残念だわ。」

 天龍は那珂の台詞の後半には特に気にせず、自身の問いへの回答だけに反応した。天龍の反応と自身、そして天龍の背後の者達との立ち位置を確認した那珂はようやく自分たちの作戦に戻るべく、天龍に告げた。

「だからぁ、そろそろ天龍ちゃんとの一騎打ちは終わり。それーー!!」

 言うが早いか、那珂はジャンプしてその場で方向転換し、天龍に背を向けて急速に離れた。そして自身のスマートウェアで後方に通信した。

 

「ちょ、待てよ那珂さん!!」

 天龍は好敵手の突然の行動に激昂し、追いかけようと移動のための速力調整をし始めた。その時、天龍を後方から襲うものがあった。

 川内と夕立である。

 

 

--

 

 五十鈴の指示を受けて川内と夕立は針路を10~11時の方向に緩やかにずらし、東北東のポイントで接近戦をしている那珂と天龍の元に急いだ。

 川内は砲撃と離脱を同時にできるよう、夕立に一旦並走してこれからの行動を話した後、また夕立の背後へと戻った。

 川内が図ったタイミングは、那珂がこちらを向き天龍が背後を見せた時。

「敵を狙う場合、背後から狙うほうがダメージアップするんだよね。それから味方が向こう側にいて挟み込む形だと、なおのことダメージアップなのさ。」

「へぇ~~川内さんさすがぁ!あたしちゃーんと覚えておくっぽい!」

 川内のゲーム由来の戦術知識に、夕立は一切疑問疑念を挟むことなく素直に尊敬して従う。ことこの状況においては、川内のゲーム戦術と夕立の素直さは、強力な存在となった。

 

ザ……

「二人とも。後は頼んだ!」

 突然川内は通信を受けた。その声と目の前の人物の行動に気づいた川内は夕立に小声で促した。

「(いまだ、夕立ちゃん!)」

「(うん!)」

 

 川内と夕立は正面向いて撃つということをせず、それぞれの右斜め前、1~2時の方角に向かって撃つように位置取り体勢と装備を持ち替えた。移動はひたすら東北東に向けてだ。

 

ドゥ!

ドゥ!

 

 まずは夕立の砲撃。続いて間髪入れずに川内の砲撃。二人から放たれたペイント弾が緩やかな弧を描いて向かっていく。

 狙いは天龍だ。

 

ベチャ!

 

「うあ!」

 

二人の2時の方向に飛んでいったペイント弾は、夕立のこそ当たらなかったが川内のそれが天龍の背中の艤装に付着した。軽巡洋艦の砲弾と距離と風向き等が計算され、天龍の艤装に擬似的な衝撃が走り、それは装着者たる少女の全身にも伝播する。

 

「だ、誰だ!?」

 

 天龍が振り向く。それと同時に夕立と川内は天龍の視界から逃れるべく速力を上げて当初の方角より北寄りに進んで離れた。天龍が向いた先には離れたとはいえ二人の存在しか確認できないため、誰が攻撃してきたか彼女は容易に想像できた。

「くっ、あいつらかよ。小賢しいな!」

 

ドゥ!ドゥ!

 

 天龍は剣の柄の先を川内らに向けて副砲で砲撃する。しかし性能的にも距離的にも集中して狙わないと当たらないため、単なる見せかけの応戦でしかない。

「ちっ、まぁいいや。……って、那珂さんもうあんなに離れたのかよ!」

 天龍は川内たちへの反撃を諦め、欲望の赴くままに再び刃と砲を交えるべく踵を返して那珂を追いかけ始めた。

 

 

--

 

 天龍の反撃から完全に逃れた川内と夕立は移動しながらこの後の動きを決めた。

「よし、なんとか天龍さんの攻撃範囲から逃れたみたいだ。夕立ちゃん、右に回頭するよ。」

「え、え? どーいうこと?何をするっぽい?」

「つまり東に回り込んで那珂さんと合流するんだ。三人なら色々立ち回れる。それに那珂さんがあのまま一人になってるのはどう考えてもまずい。」

「那珂さんならてきとーにやってても勝てちゃう気がするっぽい。」

「アハハ……まぁその意見には賛成。だけどパーティーメンバーなんだから協力しないとね。シミュレーションゲーでもメンバーはある程度距離を置きながらも固まってたほうが攻略しやすいのよ。」

「へ~さすが川内さん!それじゃあたしたち急がなきゃいけないっぽい?」

 夕立の言葉に川内は頷く。

 夕立を先頭として、二人は比較的緩やかな角度で弧を描いて回頭し、針路を北西から北東、東、そして南東に向ける。天龍の攻撃範囲から逃れるためにだいぶ進んでしまったため、那珂の近くに行くまで時間と距離がかかる。そのため二人は速力を上げて進んだ。

 

 

--

 

 そんな二人に反撃をしようとしたのは天龍だけではなかった。那珂を目指していた川内と夕立がようやく針路を南に向けて進んだ直後、今まで聞いたことがない轟音を聞いた。それはまるで雷に打たれたと表現しても遜色ない砲撃音だ。

 

ズドゴアアアアアァァーーーー!!!!

 

 スピードに乗っている艦娘は急には止まれない、急な方向転換はできないこともないが艤装のバランス調整の限界を越えると普通に転ぶ可能性があるため滅多なことではしない。

 轟音を聞いた瞬間、川内と夕立は海面が激しく波打つのを見た。しかし何が起きたかまでは二人は想像しきれなかったためそのまま進む。しかし気づいた時から1秒以内に、二人はまるで衝撃波を食らったかのように瞬時に吹っ飛んだ。

 飛来したのは、極大のペイント弾だった。


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