同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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撤退戦

 那珂は五十鈴、五月雨、村雨とともに重巡級の注意をひきつけ、夕立と時雨を逃がすことに成功した。というよりも、重巡級の深海凄艦は時雨たちに興味を示さず、悠然と那珂たちの周囲を回るだけ。あれ以来攻撃を仕掛けてこない。これを好機に那珂たちは攻撃を仕掛けたかったが、装甲と思われる鱗や甲羅のようなものが硬すぎて単装砲・連装砲では歯が立たないのだ。無駄弾を撃つのはやめている。

 

「あんなアホみたいにでかい生き物がこっちに何も仕掛けてこずに周りをうろちょろするだけなんて、ほんっと気味悪いわね……」

 心底嫌そうに五十鈴が言う。

「あいつらが”今から攻撃するぞー”とか言ってくれればありがたいんだけどね~」

「那珂さん、あいつらがしゃべれるわけないじゃないですか~」

 ありえない冗談を言う那珂に村雨が突っ込んだ。

 

「あはは……」

その光景を見て乾いた笑いをする五月雨。

 

 

「ねぇ那珂。どうするのよあいつ。普通の砲撃じゃ全然傷つきやしないんだから、魚雷でやる?」と五十鈴。

「うーん、そうだねぇ~……」

 考えこむ那珂。

 

「……でも魚雷だと相当うまく狙わないと当たらないんじゃ……」

 不安を口にする五月雨。それに頷く村雨。

 

 4人にあまり悠長に考えていられる時間はない。雨が降りだして以降隣艦隊の5人もさらに戦況が思うように進んでいない。向こうの駆逐艦3人は龍田から防御能力の低下を聞いたのか、怖がって腰が引けてしまっている。3人をかばうように天龍と龍田が前に出て重巡級と軽巡級を射撃している。

 那珂たちを囲うように泳いでいる重巡級が隣艦隊と戦っている2匹に合流してしまうと彼女らがさらにピンチになってしまう。

 

 ふと、那珂は思った。バラバラに戦うくらいなら、いっそのこと深海凄艦3匹をまとめてしまえばどうかと。数が多ければ勝てるというわけでもないが、9対3なら攻撃の作戦を立てようがある。もちろん敵がまとまることで自分たちの一角となる誰かを集中攻撃されるおそれもある。雨が降っている今、自分たちはただ海上を進むだけの普通の女の子同然の防御能力しかないのだ。軽い体当たりを食らっただけでも致命傷になりかねない。

 

 こうも思った。自分らの使う艤装、鎮守府Aの艦娘たちに配備される艤装は特殊なものであると提督から聞いていた。事実、最初に五十鈴との演習時に感じた艤装との妙な一体感、そして(あとから提督から聞いてわかったが)艤装の本当の力の発揮。

 艤装の本当の力を発揮できれば、自分、いや鎮守府Aの4人なら一気に戦況をひっくり返せるのでは?と。

 

 しかしその本当の力とやらの出し方がわからない。どうやればできるかはっきり覚えてないし、提督からそのあたりのことをきちんと聞いていない。思いを巡らせていくうちに、最初に艤装の本当の力を発揮できたのは五月雨だと提督が言っていたことを那珂は思い出した。

 

「ねぇ五月雨ちゃん。あなたが最初に艤装の本当の力を発揮できたときはどういう気持ちだったか覚えてる?」

 那珂は五月雨に尋ねた。

「え?なんですか、突然?」

 いきなり尋ねられて目をパチクリさせて?な顔をする五月雨。そんな彼女に那珂は説明をしてさらに尋ねる。

 

「提督から聞いたんだけどあなたが最初だったんだよね?うちの鎮守府の艤装のあの力を発揮できたのって。その時どういうことを思ったのか、覚えてる範囲でいいの。思い出してみて。」

 そこまで説明込みで尋ねられてやっと五月雨は理解した。

「ええと……あのときはー……時雨ちゃんたちが危ない目にあいそうになったから、無我夢中で魚雷撃ったことだけしか覚えてないです。ごめんなさい。」

 

 

 それだけでは不確かだ。そう那珂は思った。が、ポイントがなんとなくつかめた。仲間を大切に思うことか。

 さっきの夕立ならば時雨をやられた悔しさで、雷撃させればもしかしたら重巡級を簡単に撃破できる状態だったのかもしれないと那珂は少し後悔した。今そんな強い思いを抱くには色んなものが足りない。

 状況が膠着する中、那珂は思いを巡らせる。艤装の本当の力を発揮させられるだけの強い思い。最初の自分の演習を思い出す。ワクワクドキドキして挑んだ五十鈴との演習。それと、五月雨が時雨たちを大切に思ってのとっさの行為。共通点はなさそうで、さらにあれこれ考えている時間が今はもったいないと判断し、一旦考えるのをやめた。

 

 那珂がそう考えている最中、五十鈴が那珂にどうするか催促してきた。

「ねぇ那珂ってば!ホントにどうするのよ!雨もそうだけど、私達の艤装の燃料もそろそろヤバイのよ。一旦引き返して体勢を整えたほうがいいと思うわ。」

 

 そう言われて那珂は自分のスマートウォッチで艤装の状態を確認する。弾薬=少、燃料=少、魚雷のエネルギー=十分、艤装の健康状態=正常、同調率=96.95%、バリア=Disabledという状態だ。

 

 五月雨も五十鈴に続いた。

「私も一旦引き返したほうがいいかなと思います。隣の鎮守府の人たちにもそう言いましょう?」

「でもあの人達は戦っている深海凄艦が邪魔で思うように逃げられないんでしょ?あの人達を支援しないと……」

 村雨が現状を見据えてそう指摘する。

 

 隣艦隊の5人が2匹の深海凄艦から逃げられない理由の一つに、不幸にも2匹がさきほど時雨がやられたような、何かを放出して砲撃してくるタイプの深海凄艦なのだった。まさに艦船同士の砲撃さながらの戦闘がこれまでに繰り広げられていたのだ。

 それから那珂たちのそばには、あれ以来攻撃しようともせず那珂達の近くをうろちょろしているだけの不気味な重巡級がいる。

 

「わかった。戻ろ。旗艦の五月雨ちゃんに従うよ。ただ……せめてもう一体は倒したいかな~。考えがあるの。」

 

 

--

 

 そう言って那珂が五月雨たちに説明したことは次の内容だった。

 自分らの周囲を回っている重巡級は様子を見つつ無視する。隣艦隊が戦っている深海凄艦にターゲット変更。隣艦隊が逃げられるように援護する。隣艦隊が無事に逃げはじめたら後追いで自分たちも帰る。帰還中、敵が追いかけてきたり距離を見計らって一斉に雷撃する。

 

 五月雨は旗艦として那珂の考えを受け入れ、その旨隣艦隊の天龍らに連絡する。天龍もそれに了解し、撤退の意をメンバーに伝えた。

 

 うろちょろしている重巡級は無視し、前方の戦闘海域に進むことにした那珂たち。ひとまずそれは成功した。重巡級は那珂たちが離れてもその場をウロウロしている。そして隣艦隊と彼女らが戦っている深海凄艦をはっきり目視できる距離まで近づいてきた。

 五月雨は天龍らに自分たちの威嚇射撃の方法を伝え、1匹でも引きつけられたらその隙に逆方向から逃げるよう提案した。それを聞き天龍たちは撤退の準備をし始める。

 

 

「狙うならあのちっこい方にしよう。弾薬多い娘誰?」那珂が尋ねた。

「私です。」

 皆各自のスマートウェアで確認して見せ合い、村雨が答えた。

「じゃあ村雨ちゃん、あたしが狙いつけて教えるから、そこめがけて単装砲何回か撃ちこんでね。あと念のために雷撃もしてもらうかもしれないから、心の準備だけしておいて。」

 那珂がそう伝えると村雨は頷き、二人は隣り合って横に並び、軽巡級に狙いを定めた。五十鈴と五月雨は両人の脇にいる。そうしてる間にも、軽巡級は天龍たちに付かず離れずで何かを発射して天龍を攻撃している。彼女らと軽巡級がはっきりと離れるのを待つ。

 

 

 軽巡級が方向転換して天龍らから離れたのを那珂は確認した。

 

「今だよ!村雨ちゃん!あいつの頭の左っかわ狙って!間違って当たっちゃってもいいから!」

 合図とともに村雨が軽巡級めがけて砲撃した。

 

 

ドン!ドン!

 

 

 当たっちゃってもいいからの言どおり、軽巡級の左側頭部と思われる部分に当たったがやはりカツン!と弾かれた。それに気を引かれた軽巡級は那珂たちのほうに向かって進みつつ、何かを発射してきた。引きつけるのには成功したのだ。

 その隙に五月雨は天龍たちに向けて手で合図をして逃げるよう促した。

 

 今回は事前の情報もあったため、発射された何かを4人は回避した。軽巡級はその後も連続で発射してきたが那珂たちはいずれもなんとかかわす。

 

 発射された何かをかわしつつ那珂は村雨に近寄り、村雨に次の攻撃を指示する。

「待って待って村雨ちゃん。あなたの雷撃であの軽巡級を倒すよ、いい?」

「えー!?また私ですか~?」

 少し怖がっていた村雨は不満を言うが、那珂はそれを聞かない。

「これから教えることはね。時雨ちゃん、夕立ちゃん、村雨ちゃんの艤装でしかできないの!私や五十鈴ちゃん、五月雨ちゃんの艤装では体勢や狙い的に厳しいのよ~だからもう少しだけ頑張って!」

 

 那珂は五十鈴と五月雨に通信し、少しの間射撃等しないよう伝える。そしてすかさず村雨に、さきほど夕立にさせたような体勢をするよう指示し、軽巡級を真正面に引きつけるように村雨の背後に立って自身の連装砲で注意をひきつけ始める。軽巡級がまた何かを発射してきたらすぐ避けられるようにしておき、軽巡級が近づくのを待つ。

 

 村雨が向いている方向、射程方向の直線上に軽巡級が入った。しかしすぐはずれ、蛇行しながら近づいてくるので何度も直線上に入ってくる。那珂は次に直線から外れた時が狙い目だと判断した。

 そして軽巡級が直線上からはずれ、再び村雨の真正面に入ろうとする手前で。

 

「村雨ちゃん、2本発射して!」

 那珂の合図を受けて、村雨は魚雷を2本発射した。1本は予備として撃たせた。狙い通りに魚雷は進み、村雨の直線上に入ってこようとした軽巡級に1本めが当たった。

 

 

【挿絵表示】

 

ズドドォーーーン!!

 

 

 夕立に撃たせた時と同じく、海面にかなり近い浅さで真っすぐ進んだ魚雷は狙いつけやすく、今回も命中した。しかし当たりどころが甘かったのか、魚雷の爆発で軽巡級は宙を舞うように吹っ飛び2本目は空振り。吹っ飛んだことが幸いしてしまったのか、致命傷を与えるには至らなかった。

 

 空中に投げ出された軽巡級が着水すると、致命傷ではないにしろかなり苦しいのかもがくのみ。そのとき、動けないように見えていたため、五月雨は村雨の雷撃に喜び近寄ろうとする。

「真純ちゃーんやったねー!倒したねー!」

 

 

 慌てて那珂が五月雨を制止する。

「ちょっと待って五月雨ちゃん!近寄ったらダメ!そいつまだ動けるんだよ!」

 那珂たちの位置からは軽巡級がもがくのが見えていたが、五月雨はそれが見えていなかった。那珂が懸念した通り、軽巡級は海中に逃げて体勢を取り直そうと動き始めたところだった。

 

 そのさなか、結果的には当たらなかったが軽巡級は横たわった状態でありつつも五月雨めがけて何かを発射してきた。

 

ボフン!!

 

 

「きゃっ!」

 

 

 那珂の警告を受けずに近寄っていたら、命中して大怪我をしていたかもしれない。五月雨は注意を受けてそのまま進むのをやめており、すんでのところでその何かをかわしていた。とはいえバランスを崩して横から海面に倒れる形になっていたので海水を少し飲んでしまっていた。

 ちなみにおりからの雨により、制服はもちろんのことすでに下着までびしょ濡れだったので、今更身体がさらに濡れようがもはや気にするところではなかった。

 

 

--

 

 五月雨がなんとかかわしていたその光景にほっとしつつも、危なっかしい行動した五月雨への呆れとも心配ともとれる感情と、やはりあいつは狙ってきたかという軽い怒りが混じっていくのを那珂は感じていた。その瞬間は本人は気づいていなかったが、艤装がその怒りと心配という人を思う気持ちを検知して、動的性能変化が発生していた。

 

 砲撃は効かないとわかってはいたが、軽く頭にきていたため那珂は連装砲で砲撃する以外のことを考えていなかった。

 

 

ドゴゥ!!ドン!ドン!

 

 

その軽巡級めがけて砲撃したとき、普段よりも高出力で発射されたため那珂は気づいた。艤装の本当の力を発揮できたのだと。

 

 高出力で発射された那珂の連装砲の砲弾はカツン!とは弾かれず、ドン!という鈍い音の直後に軽い爆発を起して軽巡級に命中してダメージを与えることに成功した。

 同時に撃たれた2発めも同じように命中し、軽巡級の目を潰す。

 さらに連装砲を撃ちこむ。いずれも同じように軽巡級の鱗・甲羅のような装甲を突き破って身体に突き刺さるように当たり、内部で爆発を起こす。もはや軽巡級は動けない様子だった。

 

 それを確認すると、那珂は再び村雨に魚雷を低めに撃つよう指示を出した。トドメをさすのだと村雨は理解する。

 

 

「これでトドメよ!」

 撃破予告をしつつ先ほどの撃ち方通り魚雷を発射し……

 

 

ズドドオォーーーーン!!!

 

 

 那珂の狙いと、村雨の予告どおり魚雷は横わたって動けない軽巡級の身体の大部分を吹き飛ばすように炸裂し、爆発と波しぶきを起こした。

 

 改めて確認するまでもなく即死である。

 

 

--

 

 軽巡級を倒してしまった那珂と村雨のことを天龍は逃げつつ見た。というよりも那珂を見ていた。自分たちが連装砲で何度やっても弾かれてダメージを与えられなかったのに、鎮守府Aの那珂のはなぜ弾かれずに炸裂するように当てることができたのだ?そんな疑問を感じていた。何が違うのかと。

 

 旗艦はあのぽわんとした雰囲気の五月雨という艦娘だが、実質的にはあの那珂がリーダーだろうとも推測し捉えていた。仲間への的確な指示あってこそのあの撃破なのだろうと。那珂自身は変なテンションと明るさがあるのをこれまで垣間見ていたので、そんな雰囲気とは裏腹にどうもすごそうなやつだと。

 天龍はそんな鎮守府Aの那珂が気になり始めていた。

 

--

 

 軽巡級を倒し、残すところはあと重巡級2匹となった。しかし鎮守府Aの面々は重巡級の深海凄艦と対峙したことはなく、さすがの那珂でも艤装の本当の力をもってしても倒せるか不安であった。それに今は天候も各自の状態もよろしくない。

 

 那珂たちも無理せず、素早く撤退することにした。

 

「あたしたちも撤退しよ!五月雨ちゃん、みんなをまとめて!」と那珂。

「はい。みんな!私達も撤退します!縦一列の並びでお願いします!」

 

 隣艦隊の天龍たちに続き、那珂たちも護衛艦に至る海路を全速力で戻る。

 

 帰路につくさなか、その周辺には那珂たちの周囲をうろうろしていた不気味な重巡級のキュイーという鳴き声だけが雨の中かき消されかねない小ささで寂しげに響きわたっていた。

 


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