同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 懸念された危機には至らず、無事皆揃って館山基地に向けて航跡を描き出した那珂達艦娘ら。道中仲間と言葉を交わし合う世代型三人の表情はまちまちであった。帰投後、基地に残っていた仲間の姿を目の当たりにしようやく無事を実感するのであった。



帰投

 帰路につく道中、神通は不知火や時雨たちと、川内は神奈川第一の暁や雷と、そして那珂は五十鈴と雑談していた。

 

「そっか。そんなことがあったんだ。」

「えぇ。今日は朝から色々ありすぎて疲れたわ。」

「ところでさ、五十鈴ちゃんたちが出会った深海棲艦のことなんだけど聞いていい?」

 那珂が一番気になっていた話題のためのワードに触れると、五十鈴は軽くため息を吐いて姿勢を正した。五十鈴の空気が変わったことに那珂は気づいて、先程までより声を密やかにする。

「あたしは直接見られなかったんだけど、一体どういうやつら?」

 五十鈴はゴクリと喉を鳴らしてからゆっくりと口を開いた。

「あいつは……危険よ。普段私達って深海棲艦と遭遇したときに、たとえ生理的な不快感を感じたとしてもすぐに消えるわよね。」

「うん。初めての戦闘ではちょっとだけ時間かかったけど。」

「あいつは、その不快さが洗い流される感覚が中々発生しなかったの。神通は間近でやつの唸りというか咆哮を受けて泣きじゃくっていたもの。私だって離れたところからその声を聞いて震えたわ。正直まともに視界に収めるなんてできなかった。夕立なんて、あの暗視能力で一瞬でも視界に入れると目が痛くなるらしくて、猛烈に嫌がって私達を置いて逃げるほどだったわ。あんなやつ……初めて。よく逃げ延びてあんたたちに合流できたなって、神様仏様に感謝の祈りを捧げたいくらいだもの。」

「ハハ……大げさだなぁ五十鈴ちゃん。」

 那珂は軽口を叩くが、五十鈴の恐怖にまみれと鬼気迫る説明のために、その茶化しは力ないものだった。五十鈴からの普段の鋭いツッコミが来ないことに那珂はさすがに心境を察し気の毒に感じ、五十鈴の背中をさすって慰めた。

 

「前に川内ちゃんが出会ったっていう人型?」

「わからないわよそんなの。後で川内に聞いてみたら?」

「そっか。うん。それにしても神通ちゃんってば、そんなやつをよく倒せたねぇ。もしかしていざというときは一番度胸あったりするかも?」

「仕方ないわよ。あのときは川内がやられたからね。大事な同期が……目の前で。そう考えたらその時の彼女の気持ち、ものすごくわかるわ。」

「うん。あたしだって同じ局面だったら、ブチ切れちゃうよ。」

 那珂の発言に五十鈴はコクリと頷く。

 

「あぁもう!どうせこの後妙高さんたちに報告しなければいけないんでしょうし、それまではあなたとおバカな話でもさせてよ。そうすれば今私が生きてるって実感得られるわ。」

「アハハ。な~にそれ? お疲れ様。それじゃ~あたしのオススメのアーティストやアイドル話をば。」

「いいわね~。あんたの趣味の話あんまり聞いたことなかったからどんと来なさい。」

 

 珍しく自身のネタ振りに好意的な五十鈴を目の当たりにして那珂は気分が良くなる。その後の那珂が切り込んで提供した話題に、五十鈴はこれまでの恐怖と緊張から解放されたためか、満面の笑みを浮かべて那珂に合間合間でツッコミを入れて帰還までの海上のおしゃべりを楽しんだ。

 

 

--

 

 一部始終を見ていた夕立が興奮しながら皆に明かしたため、神通は鎮守府Aの駆逐艦全員から熱い尊敬の眼差しを集めていた。特に熱視線を向けていたのは不知火だ。彼女にしては珍しく、普段の倍の口数という饒舌っぷりで神通を褒め称えていた。

「やっぱり神通さんは、私の見立て通り、の人です。やればできるんです。」

「ほんっと、すんごくかっこよかったっぽい!川内さんのジャンプキックもすごかったけど!神通さんのほーがもっとかっこよかった!」

「川内さん贔屓なゆうが興奮するくらいなんだから、神通さん相当だったんですね。僕も見たかったな……。」

「那珂さんが万能、川内さんがゲーム知識で破天荒、神通さんが狙撃手ねぇ~。うちの鎮守府の川内型ってもしかして、変わり種で最強なんじゃないかしら~?」

 時雨がひたすらにうらやましがり、村雨がまとめる。

 神通は何度も褒めちぎられて、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなり、しまいには涙目になっていた。今が夜でよかったと心から安堵するのだった。

 

「それにしても、不知火さん、すごく嬉しそうだね。」

「そうねぇ。後輩を温かく見守ってるというのとも違うし。」

「ぬいぬい、おもろ~!」

「う……だって……別に、いいじゃないです、か!」

 普段茶化されることのないため、不知火は珍しく取り乱す様を時雨たちに晒した。そのやり取りに神通はクスリと笑みを溢す。不知火は一瞬神通を見て泣きそうな顔になったが、神通の笑顔を見てすぐに泣き顔を、つられた笑みで上書きした。そのため、不知火の一瞬の泣き顔を見たのは神通だけだった。

 

 

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 川内は、神奈川第一の暁たちと並走していた。おしゃべりの主なリーダーは川内だ。川内のおしゃべりの主な矛先は、唯一面識もふれあいもある暁。しかし雷と電にも視線と口先を向けてまんべんなく伝える。三人は川内の話をキャッキャと笑顔で聞いていた。

「でさぁ、あたしはこうやって……うわぁ!」

ドボン

「……飛び蹴りして人型の深海棲艦の片腕を破壊したのよ。」

 途中で再現アクションをしようとして大勢を崩し全身を海中に沈めるも、照れ笑いしながら立ち上がり、おしゃべりを再開する。

 

「すごいわね~。川内ってば。飛び蹴りなんてそんなことうちの川内さんだったらありえないわ。ねぇ、雷、電?」

「えぇそうね。いつもそんなことしてるの?」

「はわわ~、深海棲艦に向かってよくそんなことできますね~。」

 手と頭をブンブンと振って全力で否定する川内。普段なら遠慮なく自信たっぷりに自分を誇示するところだが、さすがに他鎮守府の艦娘が相手だと、その話運びに遠慮が混じる。

「いいや、今回初めてだよ。あのときゃ無我夢中だったしね。それにあたし、今月初めに基本訓練終えたばっかのド新人ですわ先輩方。」

「アハハ。新人でもこうやってすぐに任務出してもらえるのっていいわね。羨ましいわ。」

「うん。うちなんて、新人から数回は鎮守府周辺の警備しかやらせてもらえないもんね……。」

 雷が笑いながら、そして電も例を交えながらその流れに乗る。

 

「ね、ね! そっちの司令官はなんていう人?」

 雷が話題を変えて質問した。身を乗り出して川内に寄り添いはしゃいでいる。

「司令官って提督のこと? 名前は西脇栄馬。男の人。年齢は……何歳って言ってたっけなぁ~。確か30代前半。」

「へぇ~。若いわね。」

「そうだね~。」

雷と電が相槌を打ちあう。すると暁もノって尋ね始める。

「ふーん。その西脇提督ってどういう人? かっこいい?」

「どーいう人って言われてもなぁ。まだ入って1ヶ月だからそんなには。あ、でも同じ趣味だし、気が合うのは確かかな。」

 

「気が合うねぇ~~。それってラブ?それともライクなのかしら?」

「え、なんでそんなこと。き、キクノヨ?」

 雷が川内の言い回しに掘り下げようとする。傍では暁が顔を赤らめている。川内はややぎこちなく反応した。

「え~、だって気になるってそーいうことじゃないの?ねぇ暁、電?」

 暁は顔を真赤にしたままゆっくりと頷き、電もやや頬を赤らめながらコクコクと連続で頷く。

 

 川内は顔を赤らめている暁・電につられて赤面しながら、やや口調を遅くしながら答えた。

「う~、それ言わなきゃダメ?」

「いいじゃんいいじゃん!聞かせてよぉ~!恋バナ!聞かせて聞かせて!」

 一番ノリノリで川内に詰め寄る雷。川内はたじろながら口を開く。

「どっちかっていうと(まだ)ライクだよ。だって大して西脇さんのこと知らないし、なんとも言えないよ。それに……(好きっていのは従兄弟の兄ちゃんみたいに思えて好きっていう意味であって)モゴモゴ……」

 川内のセリフの最後のほうは暁たちには聞き取られなかった。さすがの川内も、本当の思いに通ずるところは守りを利かせるくらいには意識があった。

 雷たちは聞き取れたセリフの範囲まででもって再び沸き立って川内に問い詰め始める。

「あ~~~、うるさい! そんなに西脇さんが気になるなら見に来ればいいでしょ~!」

 照れくささやら面倒臭さで頭がいっぱいになった川内はピシャリと言い放った。

「アハハ。川内ってば照れちゃって~~。」とあくまで茶化す姿勢オンリーの暁。

「じゃあそうさせてもらうわ。ね、暁? 電?」

 雷は笑いをこらえきれずに口の端がにやけている。

「用のないのによその鎮守府行ってもいいのかなぁ……。」

 電は赤面が収まってはいるが、オドオドした雰囲気で心配を口にする。

 そんな好奇心の塊な友人たちをまとめたのは暁だった。

「そだ! それじゃあ今度演習試合しましょ。それなら堂々とそっちの鎮守府にも行けるし、川内たちもうちに来れるわ。」

「演習試合?」川内が反芻して尋ねる。

「そうよ。うちとそっち、どちらの艦隊が強くて大人なのか、練度を確かめ合うのよ。」

「お~~!面白そう!」と川内。

「でしょ? これならそっちの司令官を見させてもらう大義名分ができるわ。どうかしら?なかなか大人なアイデアでしょ?」

「えぇ、いいわね!暁ってばさすがぁ!」「はいなのですー!」

 暁のアイデアに雷と電はカラッと元気いっぱいな掛け声を揃えて返事をする。暁がややふんぞり返って自慢げな表情を浮かべていると、川内が話題を再開した。

 

 

--

 

「それよりもさ、そっちのことも教えてよ。」

「「「うち?」」」

 暁・雷・電はハモって聞き返す。それが村瀬提督だということは数秒遅れて理解に至る。三人が顔を見合わせていると、川内は先に感じていたことを語り始めた。

 

「そっちの村瀬提督。あたし最初はさ、落ち着いてて物腰穏やかそうないいおっさんって思ってたんだ。けど……今思い出しただけでもイライラする。何あのあたしに対する態度。責任だ管理だってアッサリした態度。なんつうのかなぁ、事務的というかあまり優しさを感じないつうか。とにかくあの人キライ。」

 川内の隠さない吐露を聞いて暁たちはそれまでの明るい雰囲気を消し、これまでとは違う意味で顔を見合わせている。

「そ、そんなふうに嫌わないであげてよ。」

「そう……よ。パパ司令官はいつだって私達のことを考えてくれてるのよ。」

 戸惑いながら暁が口火を切ると、雷が続いた。電はコクコクと無言で頷いている。

「はぁ!? あんなよくわからん責任なすりつけあいの運用させといて艦娘のこと考えてるって? 何言ってんの?」

 やや恫喝気味に川内が言うと、暁たちは川内の雰囲気が急に変化したため、三人寄り添ってオドオドし始める。

「お、怒らないでよぉ~。」

「怒ってない! てかその返しキライだからやめてね。」

 

「え…あ、うん? ええとね、提督だって、別にあたしたちのことが憎かったり信用できないからやってるわけじゃなくてね?」

「パパ司令官は、厳しいときもあるけど私達艦娘のこと一人ひとりに実は目を配っていて優しいのです。」

 そういう雷と電の言葉に割り込んだのは、先頭からいつのまにか後退して近寄ってきていた戦艦霧島だった。

「なんだか面白そうな話をしているわね。私も混ざってよいかしら?」

 

「え……と?」川内は急に大人に話しかけられて戸惑う。

「あなたが千葉第二の川内担当ね。私は戦艦霧島担当の○○よ。よろしくね。」

 丁寧に挨拶をされたので川内はやや怪訝な顔をしながらも挨拶をしかえした。暁たちは急にピシッと揃いだし、霧島にその場を譲るためわずかに速度を落とし、川内の半歩後ろに位置取る。

 

 

--

 

「うちの運用と提督、気に入らないところあると思うけど、大目に見てくれないかしら?」

「え、あーうー……。」

「別にかしこまらないでいいわよ。さっきまでのあなたらしく振る舞ってもらって結構だから。」

「はぁ。」

 それでも氷解しない川内の緊張の高まりっぷりに霧島はクスリと笑みを浮かべ、口を開いた。

「あなたのことは提督と鹿島から聞いてるわ。あなた、うちの提督に食って掛かったそうね。驚いたって提督言ってたけれど、見どころはありそうだとも言ってちょっと気に入っていたわよ。」

「は、はぁ!? 何言ってるんですか!! そっちの提督に気に入られたって……。それにそっちのわけわからん運用、あたしは好かないんですよ。」

 

「私はその場にいなかったからあまり適切に言えるかどうかわからないけど、昨日のその打ち合わせの報告内容を見させてもらった限りでは、あなたにはうちの運用は効果てきめんと言えるわね。提督と鹿島の評価に私も納得したわ。」

「へ。わっけわからん。どーとでも言ってもらっていいですけど、あたしは、自分がしでかしたことは自分で責任取りたいだけです。逆に他人の責任を取らされるのだって嫌だ。ゲームでもそうですよ。プレイしていてミスしたことはあたしのミスであって、まわりがとやかく騒いでほしくない。あたしはプレイに集中したいんだから。」

 川内が昨日のことを思い返してイライラしながら口走ると、霧島はそれを見てなぜか含み笑いをしている。

「ウフフ。」

「ムッカ。何笑ってるんですか?」

 川内は大人である霧島に対して苛立ちを隠さない。霧島はそんな川内の悪態を受け流して言った。

「あなた、昨日は悔しかったでしょ?」

「え、はい。そりゃーもちろん。それがなにか?」

 ぶっきらぼうに言い返すと、川内は霧島に優しく諭された。

「あなたのような真っ正直な娘には効果的なのよね。これでもし、責任ない?だったらラッキー!っていう感じだったら、少なくとも提督からはもっと手厳しい応対をされていたでしょうね。けどあなたは何くそと、歯向かう意思を見せた。だから提督も鹿島も気に入ったのだと思うわ。あなただったら、うちでもやっていけそうね。うちでもっと強くなってみない?」

 霧島のセリフに川内は頭をかしげ、最後の言葉にのみ反応した。

「引き抜きならお断りですよ。あたし学校もありますし、なみえさんやさっちゃんと離れる気はサラサラないっすから。」

 

「……まぁいいでしょう。ついでだから、もうちょっとうちの提督について教えておくわね。」

「……。」

 川内の沈黙を承諾と捉えた霧島は再び語り始めた。

「提督の考えは運用のあらゆる要素に及んでいるわ。提督は神奈川第一鎮守府の運用の全てを着任初期から一人で考え決めてきたそうなの。彼はそれまで陸上自衛隊に所属していたらしくてね。その時の経験や反省を今のうちの艦娘制度への取り組みに活かしているそうなの。もちろん初期艦の艦娘はいたし彼女は秘書艦として大いに手伝ったそうだけど、基本的には提督のお考えの下なの。」

「はぁ……。」

 川内は曖昧な相槌を打つ。正直よその提督には興味がなかった。ただでさえ印象が悪かったのだ。興味が持てない。しかしそう正直に言える隙を霧島は与えてくれない。

「提督はね、私達艦娘に、上長におんぶに抱っこで楽をさせたいわけでも、無理に厳しくさせようとしているのではないの。私だって最初は厳しい訓練、不条理と思える運用に文句を言って反発したこともあったわ。それまでは本当に一般人だったもの。けれど、提督が陸上自衛隊の二佐まで行った経験者だって明かされて、艦娘になった私達一般人に、身を守れるだけの術を本気で教えてくれている、そう気づいたわ。そうしたらそれまでの厳しさや運用規則の厳格な整然さに納得できたの。本気であの方は私たちに勝って生き残る術を教えてくれている。最近では教育の過程で提督の経歴なんて明かさなくなったけれど、先輩艦娘から伝え聞かされて、うちの艦娘なら新人であっても、納得して厳しい訓練や教育に臨むわ。その途中で耐えられなくて脱落する人も多いことは事実だけれどね。」

 

 霧島が語る提督の話に、興味が持てなかったのは確かだが、ふと、自分のところの西脇提督だったら。そう頭に考えが浮かぶと、途端に気になり始めた。

 それを察してか否か、霧島はドンピシャな質問を投げかけてきた。

「そちらの提督のこと、窺ってもいいかしら?」

 心でも読んだのかと川内はドキリと跳ね上がりアタフタしながら反応する。

「え、あう……え? うちの西脇提督ですか?」

 霧島は声には出さずに頷くだけで返した。川内は思案するために数秒沈黙し、そして口を開いた。

「一言で言えば、良いお兄ちゃんですかね。」

「お兄ちゃん?」

 間違ってはいない。あくまで自身の感じ方だから。しかしひどく間抜けで個人的な返しだと思ったが、霧島らの反応を気にせず川内は続ける。

 

「趣味が合うしなんか一緒に居て安心するっていうですかね。まぁお兄ちゃんって感じ。個人的な事以外では、入ってまだ1ヶ月くらいしか経ってないあたしが提督のことあれこれ言うのもなんですけど、そっちの提督みたいに自衛隊の人じゃなくてふつーの会社員ですよ。だから艦娘の訓練とか教育なんて、指導されたことない。あの人から指示されたのは基本訓練しかないです。普通の訓練になったら、ぜーんぶあたしたちが決めていいって。」

 兄っぽいが本当の思いの部分、その先は言わなかった。従兄弟に影を重ねているなんて、自身漠然と、直感的にしていたためだし、どう表現したらよいかわからない。そもそもそんな思いを他人に細かく言う必要はないだろう。川内は一歩だけ踏みとどまっていた。

 

 黙って聞き続ける霧島や暁達。霧島が先に口を開いて感想を述べた。

「そう。なかなかおもしろそうな人ね。普通なら管理者である提督つまり支局長が決まりごと作って艦娘たちに指導するのよ。それをしないってことは、最低限の責務を怠っているように思えるんだけど、艦娘制度に関わっているのに、やる気がない、何もできない人ってことでいいのかしら?」

 

 その言い方に、川内はカチンときて瞬時に突っかかった。

「は? なんすかそれ。うちの人のこと馬鹿にしてるの?」

「気に触ったなら謝るわ。私的に艦娘に任せてるっていうのが気になったのよ。質問を変えるわね。そちらの提督は艦娘のために何か特別なことをなさってたりするかしら? またはそれに対してあなたがどう心がけているのかよかったら教えてちょうだい。」

「え、うーん……。」

 川内は改めて問いただされて途端に口ごもった。基本的に提督や明石らと接することは那珂や神通らに任せていたため、思い出そうにも浮かばないのでそもそもその行動の意味がない。

 川内が中々答えを言わないのを見て、霧島は軽く溜息に満たぬ呼吸を吐いて言った。

「まだ艦娘になって間もないそうだから、答えはいつか聞かせてくれればいいわ。あなたはもっと勉強することも、提督とのお付き合いもしたほうがいいでしょうし。自信を持って鎮守府のために活躍した、提督の仕事を助けたと言えるようになったその時に……ね。よい答えを期待しているわ。」

 

 釈然としない。村瀬提督にも苛ついたが、この霧島の達観した感じもいけ好かない。

 しかし彼女らが語る自分の鎮守府の提督(司令官)像のなんと信頼されていることか。川内はそれが羨ましく感じた。

 

 

--

 

 川内は自分に問いかけた。

 

 自分だったら?

 経験がなさすぎて思い浮かばない。訓練の指導を神通に取られたりと、重要そうな役どころをしてない自分を呪った。自分としては積極的に取り組んでいるはずなのに、どうも那珂や神通に置いてけぼりを食らいつつある気がする。

 やはり今の姿勢で艦娘の活動に臨んでいてはダメだ。

 どうしたらあの集団の中で目立つことができるか。提督の目に留まることができるか。趣味でならあの人のハートなんざいくらでもゲットできる自信はある。しかしそうではない。それではダメなのだ。さすがにそれくらいの違いはわかるし、艦娘と遊びを混同したら、那珂に叱られそうな気がする。

 艦娘の仕事として、何かとにかく目立って役に立って喜んでもらわなければ。

 

 かたや元自衛隊員、かたやIT企業の会社員。西脇提督がどうあがいてもあの苛つく村瀬提督に勝てそうにないのは素人の自分でもわかる。提督自身がそれをわかった上で自分たちに運用を任せようとしているならば、なお一層彼の目に留まるようしなくてはいけない。彼を助けてあげないといけない。

 だが何をしたらいいのかわからない。

 川内は決意を胸にしようとするが、堂々巡りな思考に陥る。

 こういうときは大人しく先輩に頼ろう。自分一人では何も出来なくても、二人ないし三人ならば何かできる。着任式の時言っていたじゃないか。あの鎮守府の(裏の)顔になってやろうと。

 

 思考を張り巡らせる間、川内は霧島が離れていったのに気づかず、また暁達が近寄ってきて話しかけてきたのにも気づかなかった。驚異的な集中力というわけではなく単に思いにふけってぼーっとしているだけだ。

 そしてチラリと後ろを見た。その視線の先には、鎮守府Aの面々がいる。自分が神奈川第一鎮守府の艦娘たちと一緒にいるからではあるが、なんとなく距離感を感じた。

 いつもならば子犬のように無条件に寄り添って慕ってくる夕立がこの日この時間ばかりは神通から片時も離れようとしないでいることが、川内の心に一番チクリと刺さって止まない。

 嫉妬や焦りによる感情のうねりが川内を苦しめるが、彼女自身はまだ明確な解決を望めない状態だった。

 

 

--

 

 今回、神通と五十鈴が寄港途中で深海棲艦に襲撃された事件は、海自や海保としてもこれから哨戒を引き継いで取り掛かるという運用の境目にあたるバッドタイミングであった。

 当事者である神通と五十鈴は基地に到着後、館山基地の司令部、海上保安部館山分室の駐在の署員らが集まった場で報告を小一時間ほどみっちりすることになった。二人のため、妙高と村瀬提督が同席、ビデオ電話で西脇提督、神奈川第一の秘書艦も参加した。

 

 一方で那珂たちは艤装のメンテナンスを明石たちに頼んだ後、自身らは基地の衛生管理施設で簡単な診察を受けるなどして時間を費やした。再び那珂たちと神通たちが会えたのは、21時を過ぎてからだった。

 なお、彼女らの状態は次のようになっていた。

 

 那珂 = 小破

 五十鈴= 大破

 川内 = 大破

 神通 = 中破

 

 五十鈴と川内はもはや誰が見ても明らかである。那珂は潜水した時に艤装の一部に浸水があったゆえ、そして観艦式のときに実は別の一部が故障を起こしていたがゆえであった。神通は那珂たちと合流するまでに五十鈴をかばって被弾していたがゆえの状態だった。

 駆逐艦らは残っていた個体の撃破のため奮戦したとはいえ、小破以下の軽微な損傷で済んでいた。

 

 

--

 

 先に用事が終わった那珂たちは合流予定の会議室で神通たちを待っていた。

「あの二人、本当にこっちに泊まるんですかね?」

「さすがに泊まるでしょ。今から鎮守府に帰れなんて鬼ですよ鬼。」

「アハハ……ケホケホ。そりゃ確かに。」

 

 那珂と川内が話していると、会議室の戸が開き、件の人物らが姿を現した。

「お待たせ。」

「お待たせ……致しました。」

 五十鈴が扉を開け、神通が続き五十鈴の隣に立ち、そして村瀬提督らを先に入らせてようやく全員が会議室に入室した。

 

 合流場所の会議室には那珂たち鎮守府Aのメンツの他、神奈川第一の村瀬提督、鹿島、そして支援艦隊の旗艦だった霧島の三人の顔があった。

 村瀬提督は妙高に向かって伝えた。

「今回、二度の緊急事態を踏まえて、深夜の哨戒を海自・海保と共同ですることになりました。艦娘はうちから出すので、あなた方はゆっくり休んでいただきたい。」

「ありがとうございます。お礼は西脇の方から改めてさせていただきます。」

「いえいえ、お気になさらずに。それにしても……そちらの三名は大丈夫かな?」

「えぇ。五十鈴と神通は我々が泊まっている宿に話がついたので連れて帰ります。」

「あぁいや。そのこともそうなのですが……その……。」

 珍しく村瀬提督が歯切れ悪く言いよどむ。左後ろにいた鹿島に視線を送ると、代わりにとばかりに鹿島が言った。

「制服ボロボロですし、お着替えは大丈夫なのでしょうか、と。」

 

 神通と五十鈴は自分の胸元や腰回りを見てみる。

「きゃあ!」

「!!!」

 二人揃って小さな悲鳴を上げてしゃがみ込む。そんな神通たちを見て那珂は茶化しの魂が疼いた。

 

「ふったりとも気が付かなかったの~~?あたしなんか一緒に帰る途中で気づいてたよぉ~。」

「だったらその時言いなさいよ! この格好でさっきの報告会に出ちゃったじゃないの! 妙高さんも妙高さんですよ……なんでおっしゃってくださらなかったんですかぁ……。」

 五十鈴が半泣き声で訴えかけると、妙高は頬に手を当てて疑問を感じていない口調で平然と言った。

「ゴメンなさいね。よく五月雨ちゃんたちがボロボロの恰好で提督に報告なさってたの目にしてたから、つい気にしていませんでした。」

「私としてもさすがによその艦娘のあられもない姿を指摘するのは忍びなくてね……。」

 アハハウフフと二人の提督(代理)は苦々しく笑ってごまかす。

 艦娘たちもつられて笑い出し、その場は和やかな空気に包まれる。

 

「んふふ~~。それじゃー五十鈴ちゃんにはあたしの服貸しちゃおうかな~~~いくらにしよっかなぁ~~?」

「ありがt……って、金とるつもり!? それにあんたの服じゃ……返す時一部伸びちゃうから申し訳ないわ。もし借りるなら川内の服ね。」

「?……!! うあああぁぁん! 五十鈴ちゃんの意地悪ぅ~!」

 ニタリと不敵な笑みを最後に浮かべる五十鈴。瞬時に意味を理解した那珂は顔を真赤にして五十鈴に半泣きでツッコミ返す。一方でいきなり話題に巻き込まれた川内は一人ポカンとしている。

「は? え?どーいうこと?」

「お三方の胸囲の格差社会だと思いますよ。」

 傍にいた村雨が自身や川内の胸を指差しながら暗に教えた。川内はようやく理解をして苦笑する。

「ハハ……五十鈴さんもたまにはああいうこと言うのね。那珂さんをやり込めるなんてさっすがだわ。」

 

「ウフフ。うちは艦娘用の予備の服や下着を持ってきているので、よろしければいかがですか?サイズいくつか用意していますし、必要な分持っていってかまいませんよ。」

 当事者の様子を遠巻きに眺めていた鹿島はそう言って五十鈴と神通に近寄り二人の肩に手を置いて優しく微笑む。

 

「何から何までありがとうございます。せっかくだからいただいたら?」

 そう言って妙高が先に頭を下げ、神通と五十鈴に合図する。二人は顔を見合わせ、気恥ずかしさを感じながらも、好意に甘えることにし返事をする。

 そして神通と五十鈴は着替えをもらいに鹿島に連れられ、一旦会議室を後にした。しばらくして戻ってきた二人を連れ、那珂たちはようやく宿に戻ることができた。

 

 

--

 

 宿に戻った那珂たちはようやく訪れたくつろぎタイムに、だらしなく畳に横たわって早速堪能し始めた。普段はきちんと座って崩すことはない村雨や五十鈴も珍しくだらりと寝っ転がっている。

「あ~~~~~疲れた~ケホケホ。アバラあたりが痛い。これあたし痛くて寝れないんじゃないかな?」

「川内さんってば~。そんなに強烈な一撃だったんですか?」

 現場を見ていない五月雨がそう尋ねると、堰を切ったようにその場にいたメンツが次々に口を開き始めた。

「そりゃーーーもーーすごかったっぽい! 川内さん吹っ飛んだもん!」

「あの時は川内が来て助かったって本気で思ったけど、川内がやられて本気で焦ったわ。」

「わ、私のほうが気疲れはひどかったんですよ。五十鈴さんも……すでに戦えない状態でしたし。」

 五十鈴の言葉に強めにツッコむ神通。那珂たちはその様に驚きを隠せず呆気にとられる。そのままの雰囲気で見過ごすつもりなく、その流れにすかさず那珂は乗った。

 

「それを言うならあたしのほうが上だよ神通ちゃん。あたしは神通ちゃんでしょ~、五十鈴ちゃんでしょ~、そして先に行ったのにすでにやられちゃった川内ちゃんっていう3人の心配を、このあたしのグラスハートな心で受け止めなきゃいけなかったんだからぁ~。よし、あたしの勝ち!」

「何を競ってるんですか、何を~。」

 軽巡組の些末な争いに村雨が呆れながらツッコミを入れる。するとアハハとその場の全員から笑いが漏れた。

 

「てかみんなさ、本当にあたしのこのお腹の痛み心配してます?」

 川内がわざとらしく腹を擦ってジト目で全員に視線を送る。那珂と夕立が半笑いですぐさまリアクションを返した。

「してるしてる。マジしてるよ~。」

「してるっぽい!」

「あんたはあのまま自衛隊経由で病院に行ったほうがよかったんじゃないの?」

 五十鈴からは鋭いツッコミをもらったが、川内は負けじと言い放つ。

「そんなことしたらお祭り最終日まで楽しめないじゃないですかぁ!!」

「そーだそーだ! 五十鈴ちゃんおっぱいでかいぞー!」

「いやだから……あんたは人様に心配してほしいならまず本気で自分の体の心配しておきなさいよ。それから那珂うざい。今すぐ強制的に寝かせてあげるわよ?」

 川内の言い返し+那珂の何の脈絡もない加勢に、五十鈴は硬く握った拳を顔の高さまあげてツッコミを那珂+川内に鋭く差し込む。

 再び全員の笑いが湧き立つには当然の雰囲気だった。

 

 大人勢の妙高と理沙そして明石は少女らの姿を見てクスッと微笑み、ねぎらいの意を込めた視線を送っていた。那珂は温かい視線を感じていたが、それと同時に三人の手元には缶ビールとグラスがあることに気づいてしまった。

 戦ってきた自分ら子供の前でよく飲めるなと思ったが、一騒動・一仕事あったのだ。飲みたくなるのも当然と思い、黙って見過ごすことにした。

 そして鎮守府Aの艦娘たちは、ひとしきりおしゃべりしてその日の喜怒哀楽を共有仕切った後、心からの安らぎを得るべく眠りにつくのだった。

 


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