同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 完全勝利とは言い難く。しかし確実な勝利を艦娘達は得た。後輩の精密な狙撃によるトドメを見届けた那珂は、敗れ去ってその海上に立っていない川内を探すことにした。


戦術的勝利

 那珂たちは川内を追いかけて可能な限り速力を上げて急いだ。途中レーダーで確認させると、状況に変化があったことを理解した。

「そっか。無事合流できたみたいだね。あたしたちも急ご。」

 那珂達が進んでいると、砲撃の音が空気を震わせて伝わってきた。全員が全員、その意味を理解するが誰かまではわからない。そのため砲撃音を耳にするや否や速力をさらに上げた。

 

((待っててね、神通ちゃん、五十鈴ちゃん。早まらないでよ……川内ちゃん。))

 

 そして那珂たちは肉眼でも五十鈴と夕立の背中を確認できる距離までたどり着いた。しかしその隣および見える範囲の周りに神通も川内もいない。

 

「神通ちゃん!!五十鈴ちゃん!!」

 

 那珂がそう口にして五十鈴と夕立の背後にようやく迫ろうとしたとき、再び砲撃音が周囲に響き渡った。

 

ドゥ!

 

 その直後、くぐもった音が一瞬響こうとした後、鈍い音が混じった乾いた破裂音が発生した。

 

 駆けつけた那珂はその目の前の光景を目にした時、すべてを理解した。

 後輩がやってのけた。自身もその気を感じたことがあるだけに、同じ現象が起きた艦娘を感じることができるのだなぁとただ漠然と、しかしハッキリと感じた。

 艤装の真の力を発揮できたのだ。本人が気づいているのか、そして周りの人間が気づけたのか知る由もない。

 おめでとう、神通ちゃん。

 

 そう賞賛の言葉を心の中だけで喋って伝えた。

 それよりも、この現場で伺わなければいけないもう一つの事態があった。それは、もうひとりの後輩が見当たらないことだ。

 

 目の前の後輩の最大の危機が回避されたことを把握すると那珂はすぐに一人で飛び出し、駆け寄る。倒れ込んだ神通の身体をギリギリで触れることに成功し、自身よろけてがに股になりながら神通の身体を支え持つ。後輩の顔には血と思われる液体がベットリと付着していた。そして完全に脱力した後輩にささやきかけた。

「神通ちゃん? しっかりして!」

 腕や喉・頬を触ると温かく、胸に触れると鼓動もちゃんと確認できたことから、最悪の状態にはなっていないことに安堵した。神通はひとまずよいだろう。そう判断した那珂はすぐに次の心配が全面に表れた。

「不知火ちゃんたちは残り3匹の撃破を、夕立ちゃんと五十鈴ちゃんは川内ちゃんを探して!」

「了解(よ)!」

 切羽詰まった焦りの叫び声になりながら那珂はそう全員に指示を出した。

 

 那珂は神通を支えながら、戦況を確認した。残りは3匹。神通が倒した個体は一瞬しか目にしていないが、今までとは異なる姿の個体であろう。後で五十鈴に聞いておこう。

 那珂は力が抜けきって重くなった神通を背中に背負った。そして不知火たちの戦闘の邪魔にならないように移動し、五十鈴と夕立の方に向かう。

 

「……確かさっきまで主機のついた足首だけが浮いていたのに。」

「せーんだいさーーん!!どこー!? わからないっぽいぃ~~!!」

「五十鈴ちゃん、夕立ちゃん!」

 那珂が近寄ると、五十鈴は視線を海面に向けたまま言った。

「あぁ那珂。川内がどこにも見当たらないわ。確かこの辺だったのに。」

「まずいね。海中に沈んじゃったのなら、こんな夜の海で探すのは無理だよね。」

「急がないと……川内が死んでしまうわ!」

 

「川内ちゃんは一体どうしてどうなったの?夕立ちゃんとの合流は? 色々聞きたいけど……。」

「詳しいことは後で話すわ。今は川内の捜索が先決よ。」

「うん。そーだね。」

 那珂が相槌を打つと、五十鈴は再び海面に視線を戻して辺りを行ったり来たりし始めた。那珂は神通を背負っているがために行動が制限されていた。そのため、辺りに呼びかけるくらいしかできない。

「川内ちゃあああーーん! ……そだ!通信で呼びかければいいんだ!」

 

 那珂の思いつきに五十鈴と夕立はハッとする。三人は一旦集まり、早速通信アプリを起動した。

 川内は確かに対象者として検知された。まだ希望はある。那珂はスマートウォッチの画面上のボタンを勢い良くタッチした。

 コール音が何度も鳴る。しかしいっこうに相手は出ない。那珂たちの脳裏に最悪の事態がよぎる。

 

 

--

 

 那珂たちが寄り添って通信を待っていると、南西の方角から探照灯が差し、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「神奈川第一、旗艦霧島の艦隊、支援のため参上しました!那珂さんー? 応答願います!」

「あ! 霧島さーーん!こっち!こっちです!」

 那珂はスマートウォッチの画面の点灯を利用して居場所を知らせた。

 

 那珂は霧島が来ると簡単に状況を伝えた。すると霧島は残りの3匹の撃破を支援するよう那智、足柄に指示して行かせた。残る暁、雷、電には川内の捜索に協力するよう言い渡す。

「暁がうちの高性能レーダーを持っているから、それで捜索しやすくなるはずよ。暁、頼むわね?」

「ま、任せて! 待っててね川内。あたしが……絶対見つけてあげるんだからね!」

「暁さんお願い! 川内ちゃんを絶対見つけて!」

 那珂は暁に悲痛な声で頼み込む。暁はコクリと頷き、レーダーの出力を切り替えて辺りを探り出した。

 

「反応あったわ。330度の方向にここから20m、水深約30mね。深海棲艦だったら赤の色、これは青だからそれ以外、つまり艤装装着者よね。」

 暁が顔を上げて那珂そして霧島など周りを見渡す。

「ありがと! 夕立ちゃん、五十鈴ちゃん、神通ちゃんをお願いね。」

「え、ちょ!? 何するのよ?」五十鈴は声を若干裏返して聞き返す。

「ちょっと潜ってくる!後のことはてきとーにお願いね!夕立ちゃんは引き続き川内ちゃんに通信しておいてね!」

 那珂はその後の五十鈴たちの戸惑いの声を一切無視し、川内が沈んだポイントに急いだ。

 

「一旦同調を切ろう。」

 誰へともなしにつぶやき、呼吸を大きく整えた後、コアユニットに念じて電源を落とした。

 

サブン!

 

 途端に那美恵は足先から海中にまっすぐ没した。

「ちょ! あのおバカ!!」

 離れたところで見ていた五十鈴は那珂の突然の行為に慌てふためく。それなりに那珂の行動を見慣れている五十鈴でさえ驚くほかないのだ。霧島たち神奈川第一の艦娘たちの驚き方は五十鈴らの度合いを凌駕して溢れ出るほどだった。

 

 艦娘は基本的には海上に浮かび、活動する存在だ。潜水艦の艦娘なら海中を自由に動けるが、那美恵はそうではない。

 そのため海中を探索するには、下手に浮力と推進力を発動させる那珂の艤装は邪魔なのだ。

 沈むために一度ただの光主那美恵に戻った。つま先から頭の天辺まで一気に海水に浸る。それも夜の海。視界は暗い。見づらいというレベルではなく、そもそも自分の近く10cm程度先ですら見えない。

 しかしこんな時探照灯は便利だ。いわゆる普通のサーチライト。同調していなくても使えるし、完全耐水だから海中でも使える。那美恵は探照灯を付け、先を照らしながら頭から沈むように海底へと泳いでいった。

 

 那美恵は必死に川内を探す。探照灯を付近に向けて差し、他に沈む物体がないか必死にキョロキョロする。海水で目を痛めぬよう細目にしているがそれでも痛む。しかしそんな自身のことを気にする余裕はない。自分の些細な痛みよりも川内だ。

 ある一点へ向けて差した時、那美恵は遂に見つけた。

 川内は頭を先にし、海底に向け30~40度の角度で斜めになって沈んでいた。

((川内ちゃん、やっと見つけたよ。))

 那美恵は足をバタバタと動かし潜る速度を速める。そして、ようやく自身の手が川内の足に装備されている主機の一部を掴んだ。

 グッと引き寄せるように川内の足を引っ張る。自身の顔が川内の膝付近を通り過ぎ、腰の魚雷発射管を過ぎる。そしてやっと川内と対面した。制服は破け腹が出ている。片方の魚雷発射管は接続部の金属片を残して消えている。そして完全に気を失っていることだけは想像するまでもなく現実として理解できた。

 

((よし、ここで足を海底に向けて同調すれば、後は勝手に浮上できるってすんぽーだよね!))

 那珂は川内の胴体を掴み取っ掛かりにして方向転換する。合わせて川内の身体を水平に近づけ、抱え直した。

 安心した途端、息を吐いてしまった。海水が口内に流れ込みゴボゴボと咳き込む。気絶する数歩手前。気を強く保ち、慌てて同調する。そして潜水艦が急速浮上するようなイメージをし、主機に念じた。

 那珂となったその身体と川内の身体は人工的な浮力により一気に浮上していく。

 

 しかし意識が遠のき、川内を掴む腕の力が弱まる。これはまずいと感じ頭をブンブンと振るが意味がなかった。この際海水飲んでしまおうかとバカな事が頭をよぎるが、それで酸素を得られるわけでもなくただ苦しみが増すだけだ。今はとにかく早く浮上するのみだ。

 せめて気づかれやすいように、探照灯を浮上する真上に掲げた。これで海上にいる五十鈴達が気づいてくれれば。仮に自分が気を失っても、なんとかなる。

 

 海面まであと少しというところで、突然プツリと意識が途切れて那珂は力尽きてしまった。その後同調だけはほんの数秒効果が残ったままの那珂の身体は浮上し続ける。

 那珂の、川内を抱きしめる腕だけはしっかりと川内の身体に巻き付いていた。

 

 

--

 

「……か! 那珂!!」

「那珂さん? しっかりなさい!」

「那珂さぁ~~ん!起きて~! 二人とも無事っぽい~!」

 五十鈴の声が聞こえた。次に霧島。そして夕立の素っ頓狂だか心配げな声。その他にも聞き覚えのある声が耳から入ってくる。

「那珂さん!」

「那珂……さん!」

 もっとも聞きたかった声が聞こえた瞬間、那珂は完全に意識を取り戻した。

 

「……あはっふぅう!!」

那珂は五十鈴と霧島に抱きかかえられていた。周りには鎮守府Aの艦娘と、神奈川第一の艦娘が勢揃いしていた。さらに辺りを見回すと、そこは相も変わらず夜の海上だった。

「なんなのよその変な呼吸は。」

 目覚めて早々、五十鈴のツッコミが入る。

 OK、自分は生きてる。那珂は実感した。

 

「え……と、あたしもしかして気を失ってた?」

「えぇそうよ。片腕で川内を抱きかかえて、もう片方の手は探照灯握りしめてプッカ~~っと浮かんできたわ。まったく、余計な心配かけさせないでよね!!」

「うひぃ……ゴメンね五十鈴ちゃん。助けに来たつもりなのに、逆に助けられちゃった。那珂ちゃんウッカリ、てへ!」

 そう言いながら那珂は自身の額をげんこつで力なくあてがう。五十鈴は那珂の背中を支えている腕をグッと力を入れて那珂の姿勢を上げて言った。

「ホラ、あんたが助けた二人よ。ちゃんとお互いお礼言いなさい。」

 そう言って五十鈴は視線をある方向に顔ごと移す。那珂が釣られて視線を向けると、そこにはボロボロになった川内と神通が中腰の姿勢で自身を覗き込むように見ていた。

 

「川内ちゃん、神通ちゃん。だいじょーぶ?」

「アハハ、はい。すみませんね、那珂さん。あたしが先走ったせいで。ゲホゲホ。アハハ、しゃべると腹かどこかが痛いんですよね~。アハアハいてぇいてぇ。」

「川内ちゃん~気をつけてよね。戻ったら病院行きましょ。」

「アハハ。はい。そんときはきっと三人揃ってですよね~。」

 川内の返しにやや苦笑で応対する那珂だった。

 

「那珂さん。」

 神通は那珂にまっすぐ視線を送っていた。何かを求めているような、那珂はその視線のため、呼吸を整えて言葉を選び、そして言った。

「助けに来たよ、神通ちゃん。」

「はい。」

「って言っても、どーやら神通ちゃん自身で敵の親玉倒したみたいだね。」

「こ、怖かった、です。必死でした。無我夢中でしたので、やれました。」

 両腕で自身の体を掴むように手を回して震えながら神通は口にした。那珂はそれを見て優しく褒めた。

「今回のMVPは神通ちゃんかな。うん、よく頑張りました。」

 那珂が褒めると神通は俯いて照れを全面に表していた。それを見て鎮守府Aの面々はパチパチを柔らかい拍手を送る。

 

 それを見ていた霧島は異なる音を立てて手を叩き注目を集めて言った。

「どうやらそちらの目的は果たせたようね。詳しい話は館山基地に戻ってからしましょう。」

「「「はい!」」」

 那珂たち3人、そしてその場にいた艦娘らは声を揃えて返事をし、帰路についた。

 


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