同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 川内達の夜間の任務から明けた翌日。那珂と五月雨は館山でのメインイベント、艦娘の観艦式にいよいよ臨む。儀礼的だが彼女たちの勇ましく整然とした姿に一般市民の感激は大いに湧き立つ。


観艦式:メインプログラム

 館山に来て二日目の朝。那珂は誰よりも早く起き、宿を飛び出して海沿いの歩道を散歩していた。薄手のピンク色のTシャツに下はクリーム色のハーフパンツというラフな格好で海岸を歩くその姿は、周りから見ても艦娘だとは気づかれない、ただの少女だ。

 時計を見るとまだ5時40分。少々早く起きすぎた感もあるが、早朝の館山の築港では漁船側でなにか作業をしている漁師らしき姿がちらほら確認できるため気にならない。

 

「おはよーございまーす!」

 

 なんとなく手を振って挨拶をする。漁師たちは顔を上げ、地元民の触れ合いのように気さくに那珂に挨拶し返す。那珂は知らない土地での知らない人との触れ合いが大好きだ。早朝の挨拶をかわすことで、目覚めもスッキリ、この後のお祭りのメインイベントにかける意気込みも高揚感も高まってくる。心はすでに飛び立たんばかりだった。

 

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 那珂が宿に戻ると、妙高と時雨・不知火が起きてまどろみを楽しんでいた。他のメンツはまだ寝ている。部屋が別のメンツもきっと寝ているだろうと那珂は察した。

 そして朝7時過ぎ。全員起床を済ませ宿の食堂で朝食を取り終えた時、妙高が全員に説明を始めた。

 

「それでは皆さん、これからの予定をお伝えいたします。那珂さんと五月雨ちゃんはこの後8時半までに基地の本部庁舎に行ってください。観艦式参加メンバーと準備があります。他の皆さんは体験入隊午前の部がありますので、9時半までに本部庁舎に行ってください。理沙、引き続きそちらの引率は任せましたよ。なお、本日は一般参加者もいらっしゃいます。艦娘だけではありませんので、うちの鎮守府や艦娘として恥ずかしくないよう、振る舞ってください。」

「はい、わかりました。」

「「はい!」」

 丁寧に返事をする理沙。それに続く艦娘達は元気よく返事をした。

 

「那珂さんと五月雨ちゃんは観艦式が終わった後は、渚の駅の桟橋で艦娘との触れ合いコーナーが開かれるそうなので、神奈川第一の方々に従って最後まで行動するように。体験入隊の方々は昼すぎに終わるそうなので、その後は自由行動です。ただし、昨日の今日ということもあり、哨戒任務で支援艦隊として呼ばれる可能性があります。どこにいてもかまいませんが、必ず連絡が取れるようにしておいてください。」

 

 妙高の説明が終わり、部屋に戻った那珂たちは思い思いにこの日の意気込みを語り合う。先に出る必要がある那珂と五月雨は準備を早々に済ませ、提督代理の妙高とともに宿から出発した。

 

「それじゃー川内ちゃん、みんな。行ってくるね。」

「頑張ってきま~す!」

 

「うん。行ってらっしゃい二人とも。あたしたちも体験入隊最後までやりきるよ~。」

「あ~~、さみと那珂さんの観艦式見たいっぽい。」

「そうだね。でも僕たちの体験入隊が終わるのは12時過ぎらしいし。その頃にはもう終わってるよね……。」

「せっかくのさみの勇姿ですもんね。でもテレビか海自で撮影してるでしょきっと。あとでゆっくり見せてもらいましょ。ね?」

 時雨が若干淋しげな目つきになると、隣にいた村雨が肩に手を置いて同じ気持ちを示して励ます。

 最後に不知火が言葉なく、視線だけを那珂と五月雨に合わせ、コクンと頷いて暗にエールを送った。

 

 宿の敷地を出てなぎさラインをひたすら歩いて数分、那珂たちは館山基地に再び足を踏み入れ、その日の任務を開始することにした。

 

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 観艦式が行われるのは、渚の駅たてやま側の桟橋沖約100mの海域である。メインの観客席は桟橋だが、館山駅からほど近い北条海岸に特設の会場が設置され、テレビ局や館山市および海自のドローンの撮影により、各所設置のワイドスクリーンで見られるようにもなっている。

 

 那珂と五月雨が本部庁舎に入り、促されるまま会議室に入ると、そこには昨日ともに練習した神奈川第一鎮守府の艦娘たちが勢揃いしていた。先導艦の霧島や供奉艦らはピシリとしているが、第三列を成す軽巡や駆逐艦たちは朝早くから起きていたためか、時折あくびをしてやや緊張感を崩している。

 那珂たちの姿を見た霧島が声をかけてきた。

「来たわね。うちの提督は別件で海自の幕僚の方々と会議をしているので、この場では私が全体の指揮と統括を行います。え……と、そちらの女性は提督かしら?その制服は妙高型?」

「あ、申し遅れました。私、千葉第二鎮守府の重巡洋艦妙高を担当しております、黒崎妙子と申します。この度はうちの西脇から提督代理を仰せつかっております。」

 妙高が会釈をして挨拶すると霧島も丁寧に返した。一通り挨拶が終わると霧島が観艦式の流れを詳細に説明し始めた。

 

 テレビ局や各団体の撮影は、自衛隊堤防から始まる。艦娘たちは先導艦から第四列を成す那珂・五月雨まで、速度を6ノットで保って順に前進。桟橋前までの約800mを単縦陣で航行する。その後は先日の練習通り、列を切り替えながらのメインイベントたるプログラムが始まる。終了後は桟橋前に並び、観客や撮影陣に向かって挨拶。その後、フリーパートとなり、決められたチームごとに各自のプログラムを行っていくことになる。

 そして締めの挨拶のため、再び桟橋前に並び本当に終了。その後は撮影や観光客のための触れ合いタイムと称する交流時間。

 ちなみに午後の部では、海上自衛隊主導の護衛艦乗艦体験なども行われる。

 

 詳しいプログラムを確認し、那珂と五月雨はこれから挑む観艦式に向けて自分を奮い立たせて気合を入れる。

「五月雨ちゃん、これから長丁場だけど、頑張ろーね。」

「はい! 私、絶対ミスしないように頑張っちゃいますから!」

「ミスしないようにとか、あんまり意気込みすぎないほうがいいよ。気楽にね。」

「エヘヘ。はい。」

 

 那珂たちが二人でしゃべっている周りでは、同じように神奈川第一の艦娘たちが意気込んでいる。各人が各人、この観艦式にかける意気込みで熱意をさらに熱くしている。

 そしてリハーサルの時間が訪れ、那珂たちは自衛隊堤防から海へと飛び出した。

 

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 本番の海域でやると勘違いされるため、若干北西に移動し、コースを再現して行われた。自衛隊堤防の桟橋に相当するブイから合計14人、一列に揃って単縦陣でメインのポイントまで移動した。

 若干のズレが第三列に残るも、リハーサルはほぼ想定通りにスムーズに事が運ばれた。一連のメインプログラムが終わると、先導艦の霧島は全員を集めて声をかけた。

「うん。オッケーね。これなら問題ないわ。ただ、第三列はほんの少しだけ遅れていたわ。第四列の那珂さんたちにまでタイミングのズレが影響してしまうから、そこ、気をつけてね。」

 霧島から注意を受けた第三列の夕張たちは背筋をピンと伸ばして返事をした。

 

 その後各チームに分かれてのフリーパートのリハーサルが行われた。那珂がメインで行う、全員を巻き込んだフリーパートプログラムは、フリーパートの最後に配置されていたため、いわゆる大トリだ。しかし内容が内容だけに、リハーサルでは簡単な説明と那珂のアクションのわずかなデモに終始した。

 

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 本番開始直前、那珂たちは自衛隊堤防から海に降りて並ぶ。村瀬提督や妙高、そして海自の幕僚らは、観艦式挨拶のため、渚の駅の桟橋へと向かっていた。

 

 しばらくすると、那珂たち北東のあたりから放送音を聞いた。挨拶が始まったのだ。スピーカーが多いため、司会と思われる女性の声がよく聞こえてくる。ほどなくして村瀬提督の声続いて妙高の声が聞こえてきた。

 いよいよ、自分たち艦娘の演技が始まる。胸の鼓動が激しく打ち込まれているのを感じる。大きく深呼吸して息を吐くと、背骨あたりがピリピリする。緊張が高まる。人前でのスピーチや立ち居振る舞いは生徒会長として場馴れしているが、よくよく考えると、こうした公衆の面前での、しかも地方自治体の行事でのそれは初めての経験だ。

 五月雨に気軽に行こうねと言っておきながら、自分がガチガチになってどうする。自分を奮い立たせ、努めて普段の自分を思い描く。

 大丈夫。ヘマはしない。

 ここで、自分が艦娘にかける、そして西脇提督がかけてくれた想いを自分の力に昇華させて演じきってみせる。あたしは、ただの女子高生で終わりたくないし、ただの艦娘としても終わりたくない。

 いつどこにチャンスが転がっているかわからない。だから、毎回全力を尽くす、それだけのことだ。

 

 艦娘たちの列が動き出した。那珂は直前にいる駆逐艦峯風に続いて、動き出した。

 

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 先導艦霧島から続く14人の艦娘たちの列は、6ノットのゆっくりとした速力でもって、桟橋前へと向かう。途中放送で、一人ひとりの艦名と所属鎮守府が呼ばれる。

 直前にいた峯風が呼ばれ、所定の位置から離れていった。次は那珂と五月雨だ。

 

「……続きまして、第四列。千葉第二鎮守府より、軽巡洋艦那珂、駆逐艦五月雨。」

「行くよ、五月雨ちゃん。」

「はい!」

 

 那珂と五月雨は二人だけの単縦陣で移動する。上空に意識を向けると複数のドローンが飛んでいるのが分かる。自分たちの一挙一動が撮影されている証拠だ。その内の一台が高度を下げ、那珂や五月雨の視線の先に現れた。

 気にはなるが、視線を前方の第三列からそらすわけにはいかない。すでに演技中なのだ。カメラ視線になっていい演技ではない。切り分けをハッキリさせ、那珂は真面目に、しかし若干の笑顔を浮かべる。その様は自信に満ちた艦娘の顔だ。那珂の凛々しい顔をドローンのカメラが撮影し続ける。

 そのうち那珂の視界からドローンが消え、代わりに後ろにいる五月雨を撮影し始めた。五月雨の様子を面と向かって気にするため振り向くわけにはいかない。彼女が演技に集中していることを信じ、那珂はもはや五月雨を気にしない。

 

 那珂と五月雨は、最初の緊張の谷を抜け、第三列の艦娘らに続く位置に到達した。そこは、桟橋の全長の端だ。自動的に観艦式の司会や村瀬提督ら上長たちからは一番遠い位置になった。しかし話される内容や雰囲気は、かなりの大音量のため問題なく聞こえてくる。

 そのうち、それぞれの艦娘たちの簡単な紹介に入った。最後に妙高が那珂と五月雨について触れる。もちろん自身も艦娘であることと提督のこの日の都合も簡単に説明し、ほとんど新米の鎮守府の立場としての意気込みを語り、司会の女性との会話のキャッチボールをし、桟橋にできあがった会場と観客の雰囲気を賑やかにさせている。

 妙高さんはスピーチも結構出来るんだな……。

 那珂はまた一つ、お艦の一面と魅力を知った気がした。絶対ただの主婦じゃないでしょあの人……と、自身の想像にオチをつけた。

 

 

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 桟橋にいる幕僚長の一人が村瀬提督と顔を見合わせ、先導艦の霧島に合図をした。那珂は遠目でそれを確認しただけだが、その意味がすぐにわかった。これから、観艦式のメインプログラムが始まるのだ。

 那珂の想定は正解だった。ほどなくして霧島が前進を始めたからだ。順に前進し、那珂たちも前に合わせて進む。

 一同は数十m進んだ後、順次回頭してUターンした。そのまま自衛隊堤防のある南西に進むが、あるポイントで再び順次回頭し、Uターンする。

 その時点から、ついにメインプログラムが始まった。

 

 先に先導艦と供奉艦の5人が進み、自身らの方向に向き直して停止した。後は第一列から第四列までが、実際の演技をする。

 霧島が合図をすると、供奉艦の妙高が手を挙げて合図をする。

 神奈川第一鎮守府の妙高。那珂は彼女と挨拶以外の話をしなかった。するタイミングがなかったといえば対面的な聞こえはいいが、実際は、自分と五月雨にとって妙高といえば黒崎妙子が担当している妙高の印象が強く、なんとなく避けてしまっていた。願わくば、一度は話しておきたい。

 そんな願望を考えている時間が終わった。第四列の合図を担当する羽黒が合図をしたからだ。

 那珂と五月雨は第三列の移動した方向、針路を15度つまり北北東に変え第三列のいるラインの後に回り込んで並んだ。数十m前方には第一列、左前方には第二列が並び立っている。すべての列が、単横陣になっていた。

 

 やがて供奉艦の足柄が手を挙げた。すると第三列の艦娘たちは一斉に主砲を前方にいる第一列めがけて構える。放送でこの後の行動が発表された。そして足柄が手を振り下ろすと、第三列の主砲が一斉に火を吹いた。

 

ドゥ!

ドドゥ!ドゥ!

 

 先に何度も見てわかっているとおり、主砲から放たれたエネルギー弾は第一列の艦娘らの間をすりぬけ、はるか北西に向かって飛んでいきやがて見えなくなった。

 次に供奉艦の羽黒が手を挙げる。放送で発表された後、那珂と五月雨は主砲を構える。次は自分たちの番なのだ。

 固唾を呑んで羽黒の指示を待つ。

 

「放てーー!」

 若干か弱い声が響いた。羽黒の声だ。

 那珂と五月雨は、第三列の三人の間から一斉に砲撃をした。

 

ドゥ!

ドゥ!!

 

 那珂たちの砲撃によるエネルギー弾もはるか水平線へと飛び去って見えなくなる。

 

 その後は第一列の戦艦艦娘たちの番だ。那珂は五月雨にチラリと目配せをする。五月雨の頭がわずかに下に傾いた。つばを飲み込んで喉が震えた仕草だと気づく。五月雨もそうだが、自身もやはりこの後の轟音は何度聞いても震えてしまう。だから自分たちの出番以上に気合を入れて備えておかなければならない。

 供奉艦の妙高が合図を送り、放送ののち手を振り下ろす。戦艦艦娘たちはその口径の大きな主砲パーツから、恐るべき爆音を響かせて砲撃を行った。

 

ズドゴアアァァーーー!

ズドオォォォ!!

 

 那珂たちは集音調整用の耳栓をしているが、それでも脳に響いてくる轟音。雷のような爆音。当の艦娘が頭と耳をくらませる有様ならば、那珂たちから数十m離れた桟橋にいる観客たちは一層、轟音に仰天してしまうのは明らかだった。

 

 戦艦艦娘のエネルギー弾は那珂たちの上空をあっという間に越え、内陸に向けて飛んでいった。角度を高くし出力を調整してあるため、その砲撃が着弾するのは4km先の山中だ。いくら対深海棲艦のエネルギー弾による砲撃とはいえ、普通に地上の生物を消し飛ばせるし、鉄板など軽くぶち抜くどころが溶かし尽くす。安全面を考慮した結果、問題なさそうな山中に落ちるように綿密に計算されていた。

 

 その後、第一列と第三列・第四列同士の疑似砲撃戦が始まった。わざと外す撃ち合いが続き、観客をヒヤヒヤさせたり、胸熱く心躍らせる時間が続いた。

 まさに本物の軍艦同士の砲撃戦のごときそれに、会場の熱は高まりに高まっていた。

 

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 そして次に供奉艦の那智が合図を送った。放送では、第一列・第三列・第四列とは異なる説明が挟まれる。第二列を成すのは空母艦娘であるためだ。

 那智が手を振り下ろすと早速二人の空母艦娘が動作に入る。第二列を構成する空母赤城と加賀を担当する女性たちは思い切り引いた弦を離し、矢を射った。風を切り裂く鋭い音がしてあっという間に高空へと飛んで見えなくなっていく。

 

 普通の矢であればそのまま海上に落ちるところだが、艦娘が放つそれは実際は矢の形をした高性能ドローンである。那珂たちは何度もそれを見ているためもはや驚かなくなったが、観客は違った。

 射られて飛んでいった矢がホログラムを纏ってまるで戦闘機のようになって戻ってきたことに、観客は先刻の砲撃戦以上に声を上げ限界かと思われていた熱をさらに高める。

 戦闘機・爆撃機となった矢は桟橋の上空を含めた付近一帯を自在に飛び回り、そして本来の目的を果たすために艦娘たちの上に戻ってきた。

 そして機体の中央から下向きにチカチカと光が弾けたように誰もが見えた。

 

バババババババ!!

バシャバシャバシャ!

 

シューー……

バッシャーーーン!!

 

 機銃のごとく高速のエネルギー弾の射撃、そして爆撃に見立てた質量の大きなエネルギー弾の投下。それらが第一列から第三列・第四列の間の海上に水しぶきを立て、水柱の林を作り出す。観客からは艦娘たちの姿が見えなくなるほどだ。

 やがてホログラムがかなり薄まった戦闘機、爆撃機は空母艦娘たちに引き寄せられるように宙を舞ってゆっくりと移動し、高度を下げて彼女らの手のひらに収まった。手の上に乗ったその形は、完全に矢に戻っていた。

 観客には、彼女らの上に移動してきたドローンがズームを繰り返して撮影した映像が目に飛び込んでいた。

 

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 空母艦娘たちの演技が一段落すると再び放送があり、次のシーンのアクションが指示された。第一列が単横陣から単縦陣に陣形変換する。供奉艦の目の前に移動すると、主機の推進力を使わずその場で方向転換をして再び単横陣になった。

 続く第二列は単横陣のまま、まっすぐ前進し、第一列とは一定の距離を開けて停まった。第三列は一旦先導艦の方とは逆方向に単縦陣で進み、第二列と間隔を開けて陣形変換し、同じように単横陣に戻って停まる。最後に那珂と五月雨の第四列も移動を始めた。五月雨が先頭となり、単縦陣で進み、第三列の十数m後まで移動し、陣形変換して単横陣になって停止した。

 これですべての列が、単横陣になって先導艦に向かって整列した形になった。

 

 先導艦が先頭で合図すると、供奉艦の妙高が上空に向けて砲撃した。すると第一列の戦艦艦娘たちが同じく上空に向けて砲撃する。今度は祝砲目的のため、実弾ではなく空砲だ。それでも戦艦の大口径の主砲パーツから放たれる音は、耳をつんざかんばかりの轟音なのは変わらない。

 続いて第二列の空母艦娘が今度は艦載機ではなく、機銃パーツで空砲として撃ち出す。

 第三列も続き、最後に那珂たち第四列が撃つ番になった。

 

 那珂は五月雨と一瞬顔を見合わせ、コクリと頷いた。そんな刹那の後、上空にそれぞれの主砲を掲げ、そしてトリガースイッチを力強く押した。

 

パパーン!!

ドーン!

 

 那珂は確かに空砲を撃った。しかしその後の音は明らかな実弾である。那珂はもちろん観客の全員が、最後に放たれた実弾たるエネルギー弾がはるか遠くに向かって放物線を描いて飛んでいき見えなくなったのを目の当たりにした。空砲による祝砲とプログラムが記載されたパンフレットに書かれているのを皆知っていたため、ほどなくしてざわつき始める。

 まさかと思い那珂は左に視線を移すと、五月雨がプルプルと震えて見るからに泣きそうなオーラを醸し出していた。

 これはまずいと瞬時に察し、那珂は密かに通信を霧島にした。

 

「霧島さん、ゴメンなさい。うちの五月雨が間違えて実弾を撃ってしまいました。フォローお願いできますか。」

「……了解よ。」

 

 そして那珂は小声で五月雨にひそりと告げた。

「五月雨ちゃん。大丈夫だよ。ダイジョーブ。」

 五月雨からは“う”が弱々しく連続する唸りのような泣き声が、隙間風のように響き渡って止まらない。

 十数秒後、桟橋の海上にいた幕僚長の一人から説明と合図がなされた。

 

「え~、最後尾からの実弾で終いの合図がありましたので、最後に、先導艦が応答のため、実弾で撃ち返します。」

 

 その直後、先導艦の霧島が自身の主砲パーツを構え、豪快に発射した。

 

ズドゴアァァー!!

 

 アドリブのため、湾内に落ちるよう急いで調整された結果、800m先の海上に着水して水柱が立ち上がった。

 本来事前にインプットすべき距離計算結果がないための処置である。

 

 桟橋に作られた会場にいる観客、そして駅に近い浜辺の特設会場で見ていた観客は、そこまでが綿密に練られたプログラムと捉え、大喝采を送る。そのざわめきと熱気は那珂たちの列にも聞こえてくるほどだった。

 それを確認して、那珂は五月雨の方を向き、説明代わりのウィンクを送る。すると五月雨は片目を指で拭い、コクリと頷いて泣き顔を拭い笑顔を取り戻した。


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