同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 威力偵察の後処理に失敗して敵に囲まれるまでに危機に瀕する川内達。その戦況報告を聞いた神奈川第一鎮守府の提督は支援艦隊を出動させることを決定する。選ばれたのは、鎮守府Aからは那珂、五月雨だった。


支援艦隊派遣

「深海棲艦の集団を発見しました。場所はえ~っと、メッセで位置情報送ります。一匹でかいのが岩場の陰にいて、その周りに十数匹は別のやつらがいました。あたしはこれから暁と、西に向かって逃げます。」

「えっ!? 交戦中なのですか? ちょっと? 川内さん?」慌てたように問いただす人見二尉。

「川内くん? ……暁、応答しなさい。」村瀬提督は話が通じそうな自分の鎮守府の暁に通信相手を変更した。

「……はい。司令官。」

「詳しい状況を説明しなさい。」

 

 人見二尉と村瀬提督は艦娘たちを見送った後、館山基地の本部庁舎そばの通信施設の一室で艦娘たちと通信していた。暁と川内は村瀬提督らに説明をすると慌てて通信を切ってしまった。

 二人から詳しい内容を聞いた村瀬提督は腕を組んで考え込んでいた。

 

「岩場の陰にいる大きい奴……モゴモゴ動いている……その周りには別の個体が……。あの時と似てるな。」

「村瀬さん?」人見二尉が確認する。

「ああいや。以前神奈川の間口漁港付近の航路の巡回をさせていたときに、うちの艦娘たちが一際不審な深海棲艦を見つけましてね。話を聞く限りだと、当時の深海棲艦とその状況に、似てるなと思いまして。」

 人見二尉は話を聞いてもよくわからんといった様子で、ただし失礼のないよう表情だけは真面目に作り、相槌を打って話を聴いている。

 

「あの……うちの娘たち、大丈夫でしょうか?」

 二人の後から女性の声が響いた。鎮守府Aの妙高である。彼女は結局帰らず、村瀬提督らに付き従って通信設備まで同伴していた。妙高の不安そうな声を聞き、村瀬提督はどう伝えようか一瞬言いよどんだが、包み隠さず伝えた。

「そちらの川内くんが、うちの暁と一緒に深海棲艦を発見したようです。二人の話によると……というわけで、うちの暁が威力偵察をしようと持ちかけて失敗し、そいつらを刺激して動かしてしまったそうなのです。」

 妙高の顔は、提督代理として仲間の艦娘を心配する面と、娘達の身を案ずる母親のごとき面で、二つの隠しきれぬ不安を生み出していた。

 

「6人で果たしてやりきれるのか。仕方ない。うちからあと2~3人出してやるか。」

 そうつぶやいて村瀬提督が暁たちに援軍を与える考えを漏らすと、それを耳にした妙高がすぐさま意見を出した。

「そ、それでは、うちの那珂にも行かせてください。あの娘なら夜間戦闘も数度経験してますし、川内とはプライベートでも先輩後輩の関係で、お互いをよくわかっています。彼女なら、状況を打開してくれるはずです。どうか、よろしくお願いします。」

 必死な表情で懇願する妙高。村瀬提督は一瞬目を瞑り、聞こえない程度の一息を吐き、一言告げた。

 

 その後那珂たちが宿泊する宿に連絡が入った。

 

 

--

 

 追われる川内と暁はひたすら針路を西に向けて逃げ回っていた。その後からは合計8匹の深海棲艦、さらにその後ろからは夕立たち4人が追いかけていた。

 すでに大房岬の南西の岩礁帯からは約1.2km離れていた。深海棲艦らは速力を緩めないので川内たちも速力を緩められない。完全に狙われていた。

 

 

ボシュ!

ドゥ!!

ブシューー!!!

 

 

バッシャーーーン!!

「きゃあ!」

「きゃっ!」

 

 川内たちの後で水柱が巻き上がる。激しい破裂音が響く。深海棲艦らが体液か何かを発射してそれらが着水した音だ。川内と暁は後を時々振り返り、距離と己らの無事を確認する。

「あいつら、砲撃するタイプなのねー。」

「砲撃ねぇ~。あれを敵艦と捉えていいのやら。」川内は苦笑いして暁の言に反応した。

「体液やら水流やらを発射する様子がまるで軍艦のようだから、みんなそう表現してるのよねぇ。あたしも教わった時、言い回しに違和感あったけど。まぁ、そのほうがわかりやすいからいいんじゃないかしら。」

「ハハ……。あたしたちも“艦”娘だもんね。」

 

 冗談にも満たない軽口を叩く余裕があるように感じた。あるというよりも、叩いていなければこの緊迫する状況において、発狂するか泣いてしまうと二人とも口には出さないが感じていた。

 数倍の数の敵から追われるという状況が二人の心に余裕をなくし、不安を抱かせていた。艤装がそれを微細に検知し、普段カバーされる心理面の効果を半減させる。今の二人は、間近で深海棲艦を目の当たりにしたら、生理的嫌悪感で吐いてしまうかもしれない状態だった。ただ、その恐れは夜間という視覚が制限される環境的効果によりプラスマイナスゼロとなっていた。

 

「逃げ回ってるだけじゃ埒が明かない。どっかで撃退しないと。あたしの艤装はそっぽ向いてても撃てるけど、あんたのはそれどうなの?」

「あたしの? ち、ちゃんと見て撃たないとできないわ。」

「よし。それじゃああたしが撃つ。暁は先頭進んで。」

 

 そう言って川内はやや速度を落とし、暁に自身を追い抜かせて背後に回った。

「そりゃ!」

 

ドドゥ!ドゥ!

 

 川内は右腕を背中に回し、砲身が背後の敵に向くように調整した。腕の向きと合わせると、主砲パーツは天地逆転するが、砲撃にはまったく影響はない。

 川内が背後に向けて砲撃すると、ほぼ深海棲艦の間にまっすぐ飛んでいき、着水した。今回は後ろをしっかり見て狙いを定めている余裕はなく、自動照準調整機能を使わなかったために当たらず、単にひるませる程度だった。

 それでも一瞬の怯みが川内たちにとっては助かる一刻となった。スピードも相まって、すぐにプラス15~20mほど間隔が開く。夕立たちにとってはマイナス同等の距離を縮めて迫ることができた。

 

 しばらく3勢力の追いかけっこが続いた。あまり西に行き過ぎても館山付近から離れて浦賀水道に入り、下手をすれば大洋そして神奈川側に行ってしまうため、針路を東寄りの北に向ける。大きく弧を描くように移動することにした。

 夕立から川内に通信が入った。

 

「ねぇ川内さん。あたしたちの前にいる深海棲艦、2匹ほどうちらに気づいたっぽい。なんだか方向転換してきたから、これから戦うね。」

「おぉ!助かった!そっちは任せる。」

「ゆうを補足しますと、緑黒の反応が2つほど集団から右に逸れて、大きくなってきたそうです。距離的には僕たちより……多分まだ100mはあります。すみません。アプリを細かく見てる余裕がこっちもありません。」

「いいっていいって。それより時雨ちゃん、そっちの二匹は余裕でイケる? 余裕そうなら1人こっちに加勢して欲しい!」

「その役目、私が。」

「おぉ、不知火ちゃんか。頼む。」

「了解です。」

 

 お互い通信を終了し、それぞれの目的に取り組み始めた。

 

 

--

 

 一方、宿では那珂と五月雨は寝っ転がり、テレビを見ながらお喋りしてのんびりくつろいでいた。理沙は妙高のことが気になるのかそわそわしていたが、子供達二人に不安を感じさせないためにゆっくりお茶を飲むという動作を繰り返していた。

 

「今頃川内ちゃんたちは、楽しくやってるかね~?」

「アハハ……。お仕事ですよぉ。でも、ゆうちゃんと川内さんは気が合いますから、二人して能力試したくてウズウズしてたり?」

「アハハハハ~言えてる~! なんだか二人とも夜戦好きになりそ~。」

 那珂と五月雨はテレビの話題から離れ、仲間の話題でケラケラ笑いあっていた。

 その時、部屋の内線が鳴った。那珂は立ち上がろうとしたが、理沙が出る仕草をしたのですぐに腰を下ろして五月雨との会話に戻ろうとした。

 

「はい。……え、海上自衛隊の基地から電話ですか? はい。替わって下さい。」

 理沙が電話を取ると、旅館の受付だった。取り次ぐとすぐに相手が切り替わる。受話器の向こうの相手は妙高だった。

「あ、理沙?悪いのだけれど、那珂さんに替わってもらえる?緊急事態なの。」

「え、うんわかった。ちょっと待って。那珂さん、妙高姉さんから緊急の連絡だそうです。」

「え!?」

 那珂は素早く立ち上がって理沙に駆け寄り、受話器を受け取る。

「あ、那珂さんですか。大変申し訳ないのだけれど、これからこちらに来てもらえますか?」

「へっ!? ど、どーいうことですか?」

「実は……」

 

 受話器越しに説明を聞いた那珂が電話を切ると、理沙と五月雨が不安そうな顔をしている。五月雨が口を開く前に那珂は真面目に視線を二人に向けて説明した。

「川内ちゃんたちが、たくさんの深海棲艦と交戦中だって。あたしたちは援軍として出撃するようにって。」

「え!? あ……みんなが、心配です。」

「うん。そうだね。基地から車が来るらしいから、準備だけして外で待ってよう。」

「はい!」

 勢い良く頷く五月雨。二人の様子を見ていた理沙がそうっと声を那珂にかけた。

「あの……お二人だけで大丈夫なのですか?」

「ここから先は現役の艦娘のあたしたちの出番です。申し訳ないですけど、先生はまだ一般人で危険が及ぶといけないので、ここで待っていていただけますか?」

「わ、わかりました。何かありましたら連絡してください。」

 那珂と五月雨はコクンと頷いてそれぞれの制服の袖に再び腕を通し、必要な物を持って宿を出た。ほどなくして迎えの車が到着する。

「それじゃー行ってきます。」

「先生、行ってきます!」

那珂に続いて五月雨が意気込みを口にする。

「早川さん……気をつけてくださいね。危ないと思ったら逃げてくださいね。」

「先生……心配嬉しいです。でも私だって艦娘です。頑張っちゃいますから! 先生はどーんと構えて待っていて下さい。きっと時雨ちゃんたちを無事に連れてきますから。」

 強く決意を見せる五月雨に、理沙は心配100%から少し減少させた表情になった。0%とはいかないまでも、五月雨たちを逆に不安がらせる表情ではなくなった。

「黒崎先生、あたしに任せて下さい。五月雨ちゃんだけじゃなくて、時雨ちゃんたち他の娘もあたしが責任持ってきちんと守りますから。」

「那珂さん……そう言っていただけると安心します。本当なら保護者である私が艦娘になれてさえいれば行くべきだったんでしょうが、どうかよろしくお願いします。」

コクリと強く頷く那珂。

そして那珂たちは理沙が見送る中、乗り込んで館山基地へと急いだ。

 

 

--

 

 那珂たちが案内されたのは本部庁舎ではなく、妙高たちがいる通信施設だった。ただし機密満載の施設であることと、事を急ぐ必要があるため、1階ロビーのミーティングコーナーで事情を妙高と村瀬提督から聞いた。

「夜分遅く来てもらって申し訳ない。現在行われている夜間哨戒で、君たちのところの川内くんたちが、深海棲艦数匹と交戦中だ。うちの暁によると、威力偵察を試みて失敗し、数倍の数の相手に追われてるとのことだ。」

「せ、川内ちゃんたちは……大丈夫なんでしょうか?」

 那珂の弱々しい尋ねかけに村瀬提督は首を縦にも横にも振らないで続ける。

「現在は大房岬の西1km付近で戦闘中とのこと。急ぎ援軍を派遣することになった。うちからは駆逐艦雷と綾波、敷波を先に出した。君たちにも援軍に加わってもらいたい。とはいえ君たちは明日の観艦式に参加する身だから明日に影響を残さない程度に。あくまで川内くんや暁たちの援護程度ということを意識して、向かってもらいたい。いいな?」

 西脇提督とは異なる言い方やふるまいの村瀬提督に若干戸惑う那珂と五月雨だが、ここで言い争いになりそうな質問を出しても時間がもったいないと思い、素直に頷いて従うことにした。

 五月雨がついてこられているか若干心配だったが、那珂の意はなんとなくわかっていたのか那珂がチラリと見ると彼女も視線を向け、コクリと頷いてきた。

 二人はハッキリと意思表示をした。

「はい。わかりました。」

「それでは向かってくれ。」

「二人とも、気をつけて。よろしくお願いしますね。」

「任せてください、妙高さん。」

 那珂が意気込むと五月雨も元気よく思い切り頷いて意気込んだ。

 

 那珂と五月雨は艤装の保管している倉庫施設まで送られ、そして装着し海へと駆け込んでいった。

 

 

--

 

 那珂と五月雨は速力バイクつまり15ノットで急いでいると、数分して前方に人影が見えてきた。海上で見える人影なぞ、艦娘しかいない。それらが先に出た雷・綾波・敷波と気づくのは容易い。

「お~い!そちらは神奈川第一の人ぉ?」

 那珂が声を上げて問いかけると、三人は後ろをチラッと見、反転してきたので那珂たちは名乗った。

 

「あたし、千葉第二鎮守府の軽巡洋艦那珂って言います。」

「私はぁー、駆逐艦五月雨って言います。よろしくお願いしますねー!」

 やや遅れ気味に並走していた五月雨の口調はやや間延びしていたが、問題なく相手には伝わっていた様子なので、那珂も気にせず相手を促した。

「お三方は?」

 艦名だけは聞いているが、それ以外はまったく不明なため自己紹介を求めた。すると、那珂の一番近くを進んでいる少女が先に口を開いた。

「私は駆逐艦雷っていうのよ。先に出てった暁とは同じ中学なの。艦娘になって1年と6ヶ月よ。よろしくね!」

 雷の左を走っている少女が続いた。

「私はぁ~、駆逐艦綾波担当の○○っていいます。私はこっちの敷波担当の○○ちゃんと同じ中学です。ね、○○ちゃん。」

「あぁもう。綾波ったら本名を連呼しないでよ。司令官だって言ってるでしょ。任務中は担当艦名で呼びあえって。」

「アハハ~ごめんねぇ、敷波ちゃん。」

「はぁ……マイペースなんだから……。あ、あたしは駆逐艦敷波。まぁ、よろしく。」

 ややぶっきらぼうに言う敷波なる少女は、綾波に近づいて肩をポンと叩いて何かを促した。

 

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「三人は先に出た6人の状況は伺ってる?」と那珂。

「あ、えぇ。伺ってるわ。」

 雷が代表して答える。続いて綾波と敷波はコクリと頷く。お互いライトは最低限しか付けていないため、実際には見えていないが、僅かな返事が聞こえた。

「今回は、うちの川内たちが夜間哨戒したいって言ったからやらせたんだけど、神奈川第一の人たちに迷惑かけちゃってゴメンね~。」

 実際には自分が提案して組み立てた案だが、この場で本当のことを言う必要はないと判断して、そう言った。すると雷たちはカラッとした雰囲気で受け答えし始めた。

「いいえいいえ。別にかまわないわ。私たちはホントなら明日の哨戒と警備だけする予定だったんだけど、物足りなそうだったから、いい退屈しのぎになるわ。」

「私は~雷さんと敷波ちゃんが司令官に呼ばれてぇ~、なんかついでに呼ばれた感じで~。」

「ついでとかそんなふうに言ったらダメだよ。私もさ、明日の任務の良いウォーミングアップになるだろーから、いいけどって思ってるよ。」

「アハハ。三人とも面白いなぁ~よかった。安心したよ。」

 那珂はすでに雷たち三人と楽しく会話をかわせるようになっていた。

 

 五月雨はやや気後れしつつも途中途中の話題に入り込んでいる。

「へぇ~そっちの五月雨さんは初期艦なんだぁ。」と敷波。

「はい!あのー、確か神奈川第一にも、五月雨担当の方いたと思うんですけど、五月雨さんお元気ですか? 私、艦娘になって最初の頃、そちらの五月雨さんにお世話になったことあるんです。」

 五月雨が問いかけると、三人は首を傾げたりヒソヒソと話し、雷が答えた。

「あの人は産休入ったそうで、もういないわ。今は別の人が五月雨になってるわ。」

「あたしと綾波は前の五月雨さんは知らないよ。うち艦娘多いし入れ替わり激しいし、ちょっと会わないと別の人が担当になってたりするしね~。」と敷波も語る。

「そ、そうなんですか。残念です……。同じ五月雨担当でしたし、色々助けてもらってなんかママっぽくてとっても親しみやすかたんですけどね……。」

「へぇ~五月雨ちゃんってば、そんな出会いもあったんだぁ。知らんかった!」

 意外な出会いから知ることができた五月雨の過去の一端。那珂はフムフムと大げさに頷いて五月雨の話題に乗っていた。

 

 

--

 

 那珂がコンパスとGPSアプリで確認すると、大房岬まであと2kmの位置まで迫っていた。

「さーて、みんな。あと数分したら川内ちゃんや暁さんたちのところにつくよ。各自主砲パーツや魚雷発射管の確認はおっけぃ?」

 駆逐艦艦娘たちは頷いて返事をする。

 

 誰がこの援軍チームの指揮を取るかで那珂は話し合おうとネタを振ったところ、雷たちは軽巡がいる場合は必ずその軽巡をリーダー(旗艦)として扱って従えと教わっていることを明かし、那珂を無条件で推薦した。

 そのため、那珂が自動的に援軍チームの旗艦となった。経験月数的には雷・五月雨より下ではあるが、その差はこの5人の中では関係なかった。

 

「雷さんは一番後ろにいて暁さんに連絡を。綾波さんは持ってきたソナーとレーダーを構えて一番前に、敷波さんは彼女の盾として隣に、あたしと五月雨ちゃんは三人の間に。」

「これって複縦陣ね!」

「そ~そ~。さすが一番経験日数長い雷さん!」

「エヘヘ。それほどでもないわ。」

 褒めると素直に照れて愛嬌を振りまいてくる雷に、那珂は五月雨に似た萌えを若干感じつつも、努めて抑えて指揮する。

「速度は……15ノットって言えばわかる?」

「問題ないわ。うちは数値でやり取りしてるもの。」

「りょ~か~い。」

「はぁ~い。」

 雷達三人がスパッと返事をしたので、那珂は最後に五月雨を見る。小声で「速力バイクね。あたしの数歩後に付かず離れずって感じでいいからね。」と伝え、鎮守府Aのメンツとして意識合わせをハッキリさせた。

 

 しばらく進む。すると綾波が何かを発見したのか、やや後ろを向いて報告してきた。

「那珂さぁん。前方、北の方角にぃ~、大きめの反応を捉えましたぁ。」

 綾波がソナーの結果をスマートウォッチの画面越しに見ていると、敷波が寄り添って覗き込む。そして綾波の言葉を補完するように口にした。

「うん、たしかにあるね。ありまーす。」

「どのくらいの距離?」

「え~っと。336度に825mって出てます。」

「北北西ね。他には?」

「……ありませぇ~ん。」

「ありません。」

 

 間延びして答える綾波の確認結果を追認するように似た返事をする敷波。那珂は二人が単なる仲良しの行動だけではなく、監視体制の良い効果を生む息の合いっぷりと判断した。

「おっけぃ。それじゃあそいつ目指していくよ。雷さん、連絡はどう?」

「まだつながらないわ。電波が悪くて出られないのかしら?」

「うーん。それじゃあそっちは引き続きお願い。」

 

 那珂は綾波から、目標の反応との距離を逐一言わせ、距離を詰めるに従って速度を落とすよう全員に指示した。

 

 

--

 

しばらく進むと、ふと耳鳴りが聞こえたような気がした那珂は全員に尋ねてみた。

「ねぇ……なんか変な音しない?」

「えっ? ううん。別に聞こえないわ。」と雷。

「どう、でしょう。私もよくはわかりません。」

 五月雨も自身の耳に違和感がないことを伝えてくる。綾波と敷波も同じ意見だった。

 

 しかしもう少し距離を詰めると、集中していなくとも、那珂以外にも妙な耳鳴りが聞こえてきた。

「あ、なんか……聞こえてきました。」

 真っ先に反応した五月雨に続いて、雷・綾波そして敷波もやっと感じことを報告してきた。プラス若干の体調の違和も訴える。

「うん。ちょっとくぐもった音よね。」

「な~んかぁ、頭痛くなってきましたぁ。」

「うぅ、あたしもちょっとこの音、苦手かも。」

 

 耳鳴りのような音は近づくにつれ大きくなり、那珂たちの脳を苦しめ始める。

 そして那珂たちは、大房岬の南西の岩礁帯のひときわ大きな岩陰に、岩にへばりつくようにくっついて離れない、牛くらいの大きさの深海棲艦を発見した。

 

「いた!」

 

 そして同時に、妙な音の発生源も見つけた。耳鳴りに感じる音が大きくなってきたのと合わせて、各自の体調も明らかに悪くなる。

「頭いったぁい……これ以上近づけないわ。」

「オエッ……もうだめ。ねぇ那珂さん、離れよーよ。」

「私もぉ~賛成ですぅー。」

 雷たちがこれ以上の接近に危険信号を出して訴えかけてくる。

 五月雨も那珂の服をクイッと引っ張って暗に伝えてくる。那珂自身も、これ以上近づいたら頭痛と吐き気でみっともないことになってしまいそうで、正直なところ限界だった。

「そ、そうだね。は、離れよう。」

 そう返事をする那珂もこめかみを抑えて片目を半分瞑って苦々しい表情を隠せないでいた。

 

 離れる前、ソナーで検知した相手との距離を見ると、20mという接近具合だった。さすがに近すぎたと慌てた一行は急いで距離を開けて体勢を整えた。安全と判断した距離まで離れ、探照灯をそうっと当てて見ると、例の深海棲艦は同じ体勢を保ったままでいる。

「ねぇ~あいつ全然動いてなくない?なんなの。気色悪いわ。」

「どうしましょう、那珂さん?」

 雷が様子を見て口にする。五月雨も気になったのか、この後の行動を確認してきた。

「うーん。動かないなら、今のうちに雷撃して倒しちゃおう。周囲には他の深海棲艦はいないみたいだし。倒せるうちに倒して、早く川内ちゃんたちを追いかけよう。」

 那珂の指示に賛同した五月雨たちは、早速那珂の指示通りに陣形を作って並び、雷撃の準備を整え始めた。

 件の深海棲艦が仮に動いても逃げ切れないようにそれぞれの間隔を開け、大岩を120度くらいの角度と範囲で取り囲むように立つ。

 

「綾波さん、ソナーの測定結果をもう一度お願い。」

「はぁい。私から見てぇ、北北東に72mです~。」

「全員、照準を綾波さんの0時の方角に合わせて。綾波さんは方角の共有をお願い。」

 那珂の指示で綾波は自身がソナーで捉えて目視で見据えた方向を、艤装の近距離通信機能で全員に共有して送った。那珂たちはコンパスアプリを開き、綾波の0時の方向を確認し、立ち位置や魚雷発射管の向きを合わせる。

 そして那珂は合図を出した。

 

「てーー!」

ボシュ、ボシュ、ボシュ……

 

大岩の周囲から5回分のスイッチ音と、魚雷が海中に没して撥ねる音が響く。そして緑色の光を放ちながら魚雷が進み出した。

 

 

ズド!ズドドドオオオオォォ!!!!

 

 

 

 那珂たちの5本の一撃必殺の魚雷は扇状にキレイに5人の見据える先たる大岩にへばりつく深海棲艦に集まっていき、大爆発を巻き起こした。周囲にはつんざくような音が響き渡り、波が激しくうねり爆風が那珂たちの頬や素肌をかすめる。

 十数秒して静けさが戻ってくると、那珂たちが感じていた耳鳴りのような音はすっかり収まっていた。

 

「お、耳鳴りがなくなった。みんなどーお?」

「はい!聞こえなくなりましたぁ!」

「私もダイジョブよ!」

 五月雨に続き、雷、そして綾波と敷波も期待通りの返事を返す。那珂たちは安心して件の深海棲艦のもとに近づくと、辺りそこらに肉片が散らばっており、撃破したことを確認した。肉片が浮かぶ爆心地の岩場の海面はいまだジャプジャプと波打っていたため、不自然な水はねの音が響いたとしても、那珂たちはそれには気づかない。

 

 その気づかない別の要因に、那珂たちはほどなくして離れた場所から砲撃音を聞いた。

 ドォン……と、遠くから爆発らしき音を耳にすると、五月雨がすぐに尋ねた。

 

「今のは……もしかして、川内さんたちでしょうか?」

 五月雨が不安と期待が混ざったような複雑な表情で那珂に視線を向けてきた。

「うん。そーだよきっと! 音のした方向を確認しよう。綾波さん、お願い。」

「はぁ~い。……艤装の反応を見つけました。北北西に約1kmです。あ、西北西にも艤装の反応があります。」

「ん、二手に分かれて戦ってるのかな? もうちょっと近づけば通信が安定して連絡取れるかも。とりあえず一番近い反応に向かってみよ。」

 那珂の指示に残りの4人は頷く。そして5人は辺りをさっと見回してから移動し始めた。

 

 

 

--

 

 那珂たちが艤装を装備して自衛隊堤防に向かっている時、川内と暁たちは6匹の深海棲艦に追われている最中だった。

「ね~!どこまで逃げればいいのぉ~!もう岬越えちゃったわよぉ!」

 暁の涙声が響き渡る。川内は後ろをチラチラと見つつ、背中に回した右腕の全砲門で砲撃し続けていたが、この後どうしようか、まったくのノープランだった。

「うー、待って待って。あたしもどうしたらいいか……。」

 心が落ち着かずにいる川内に、不知火からの通信が入る。

「川内さん、速力緩めて。」

「へ!? それじゃあ追いつかれちゃうじゃん。」

「諦めて戦う。」

 非常にあっさりとした言い方に、その意図は川内が考える間もなく理解に及ぶ羽目になった。

「戦う……か。」

「6対3。なんとか、なる……と思い、ます。」

 不知火の返しに感じられる意思は強い。川内はあまり接したことがない少女の思いに答えるべく、返事をした。

「うん、わかった。戦おう。挟み撃ちだ! 暁、止まって止まって!戦うよ。」

「へ?」

 

 先に進もうとする暁を諭した川内は、方向転換し、一旦停止した。向かいから6匹の深海棲艦と一人の艦娘が向かってくるのを待つ。

 実際には大分距離が空いており、深海棲艦が肉眼で確認できる距離まで来るのに、数分を要した。川内の目には、ごくごく小さかった6個の反応が、数倍以上大きくなって見えてくる。距離的には100m手前だ。深海棲艦は川内たちの意図など知らんとばかりに、速度を緩めずに向かってくる。

 不知火が見える距離まで来るのにはさらに数分必要だが、さすがに待っていられない。

「よし、暁。やるよ。」

「わ、わかったわ。」

「ちなみに、敵の等級は?」

「そんなのわからないわよぉ!いちいち司令官や大本営に問合せてる時間なんてあると思う!?」

「ハハ。」

 川内は乾いた笑いでもって、暁の訴えかけを聞いた。確かにそりゃそうだと思った。しかし敵の素性がわからない以上、これからの戦闘は危険極まりないのは嫌でもわかった。

 川内は、ゲームに置き換えて考え、そしてため息を大きく吐いた。事実はゲームよりも奇なりなのかも。そう考えた後、頭をブンブンと振って思考を切り替える。

 

「行くぞー!」

「うー、わかったわよぉ~!」

 停止していた川内と暁は、深海棲艦に向けてダッシュし始めた。

 

ドドゥ!ドゥ!ドゥ!

 

 最初に火を噴いたのは川内の右腕の主砲だった。照準なぞ合わせる間もなく撃ったため、深海棲艦には当たらずに海面に着水して水柱を巻き上げた。

 するとお返しとばかりに、深海棲艦の数匹が背中から何かを発射してきた。

 

ボシュ!ボシュ!

 

 さすがの川内の暗視能力でも、深海棲艦本体から離れてしまえば発射されたものは見えない。そのため暗闇の中、間近にまで迫ってくるまで気づけなかった。

 ようやくそれが危険そうな飛来物だと気づいたとき、間違いなく当たると直感したが、川内が無意識に避けたいと一瞬にして強く願った思考は艤装に読み取られ、足の艤装と主機が瞬発的に出力を上げ、かろうじて1~2時の方向に川内自身を回避させていた。

 暁も慌てて避け二人とも事なきを得たが、また違う個体が何かを発射してきた。

 

ボシュ!ボシュ!ドォン!

 

 この時もかなり川内に近い。

「うわ、うわっ!あたしかよぉ!」

 

 川内は降り掛かってくる何かをすべてギリギリでかわしてジグザグに移動する。標的から逃れた形になった暁が心配してくる。

「だいじょーぶぅ?」

「大丈夫じゃないよ!こちとら新人やっちゅうねん。」

「敵にそんな文句言ったってわかるわけないでしょおー!」

 そうツッコむ暁はとりあえず連装砲を構え、川内から離れて前進し、深海棲艦に近づき始めた。

 

ズドォ!

 

ガゴンッ!!

「きゃっ!」

 

 別の個体が放った何かが暁の左肩に装備している盾代わりの鉄版に当たった。降り掛かってきたのではなく、緩やかな放物線を描いて低めに飛んできたものが当たった。

 暁の鉄版のちょうどバリアがない隙間部分に当たり、衝撃が直接全身に伝わる。暁は悲鳴とともに1m弱後ろに弾き飛ばされるが、ヨタヨタとおぼつかない足ながらもどうにか転ばずに済んで体勢を立て直した。

 

「そっちこそ大丈夫か~!?」

「なんとか~!」

 

 川内と暁は無事を確認しあうと、すぐに前方を見る。三度深海棲艦の砲撃が飛来する。二人は蛇行しながらかわして距離を詰め、落ち着いて撃てる一瞬のタイミングを狙い応戦した。

 

ドドゥ!

ドドゥ!

 

 

ズガァアア!

バッシャーーーン

 

一発はヒットし、もう一発はただ水柱を立てるのみだ。その結果を悔いる間もなく次なる方角だけ合わせて狙って撃ち続ける。

 

 

 ふと川内が周囲を見渡すと、すでに不知火も到着し、応戦していた。川内は視線と言葉にも満たぬ掛け声だけ向けて合図し、不知火を鼓舞する。不知火は特に声は上げず、川内のすぐそばに素早く移動してきた。

「不知火ちゃん、助かったよ。」

「……狙うところ。」

「え?」

「確実に狙いたいので、川内さんの、緑黒の反応の位置、教えて。」

「お、おぅ。」

 不知火が目として自身を求めていることに気づき、川内はやや戸惑いつつも承諾した。

「そ、それじゃああたしが指差した方向を狙って。」

 そう言いながら川内は各深海棲艦と一定の距離を開けるよう移動し、手頃なところで一番大きく見える反応を指差した。

「あっち!まっすぐ! ところでなにで撃つn

 川内の指示の後の問いかけは不知火の素早い行動によってキャンセルされた。

 

ボシュ……

 

 不知火は自身の魚雷発射管から、一本撃ち出したのだ。

 

「あ~、雷撃なのね。あのさぁ。一言言ってくれるとあたしも心構えってものがさ。」

「雷撃しました。次も。」

「あ~もういいや。神通と不知火ちゃんはなんかもういいや。次は~~……」

「?」

 口数少ない少女との意思疎通が面倒になった川内は、事後報告してきたので不満げに表情を苦々しくしたが、それ以上不和を呼び起こす感情を続ける気はなかった。そんな川内を見て、当の不知火はポカンと呆けるだけだった。

 もはやお互い細かいことは気にしないことにした。不知火は要望を次々と促し、川内が次々と指し示し、そして不知火の雷撃が次々と泳いで突き進むという流れが数巡した。

 

 しかし、今回の6匹は雷撃をかわし、仕返しとばかりに砲撃してくる個体が多い。不知火の雷撃で致命傷を負わせることが出来たのは最初の一匹だけであり、残りはすべてかわされていた。そしてお返しの砲撃で、川内と不知火はすぐに次の相手を探知・雷撃というわけにはいかなかった。

 それでも不知火は雷撃をやめようとせず、川内を急かす。しかしさすがに魚雷の無駄打ちと理解した川内は、優しくではないがなるべく柔らかく隣の少女に注意した。

 

「ちょっと、ちょっと。不知火ちゃん、雷撃しすぎ。しかも当たってないから。」

「……私は、川内さんの指示の方向に撃ってるだけ、なんですが。」

 その言い方にカチンときた川内は、語気をやや強めて言い返す。

「いや、あのさぁ。狙ったから当たるとは限らないんだよ。それくらい分かるでしょ? あたしより経験長いんだしさ。」

「……はぁ。」要領を得ない間の抜けた一言で相槌を打つ不知火。

「ゲームでもそうだけどさ、敵は止まってないんだよ。動いてるの。そんで、敵だってチーム組んでたらさ、味方が攻撃を受けたら、こっちの状況を判断して、作戦変えたり行動パターンが変わったりするんだよ。だからこっちが同じやり方とパターンで攻撃をし続けても、賢い敵だと、すぐに対応されて立ち行かなくなる。あたしはFPSとかゲームでこの手のことを知ってるからさ、なんとなく判断つくの。多分目の前の深海棲艦も、同じなんだと思うよ。やつらは化物だけあって、普通の海の生物よりはるかに賢い。だから不知火ちゃんも、指示した方向にただ雷撃するだけじゃダメだよ。魚雷は物理的に限りがあるんだし。」

「なるほど。」

「……本当にわかった?」

「(コクコク)」

 いまいち表情が読めない相手だけに、川内は不安が拭い去れない。夜で直接的にお互いの顔が視認しづらいのも一つの要因だった。

 不知火は、だったら最初の一・二回目で言えよと密かに愚痴を湧き上がらせたが、努めて黙っていることにした。

 

 微妙に気まずい空気を(川内が勝手に)感じていたその時、逃げ回ってまともに撃てずにいた暁が深海棲艦の砲撃や体当たりを紙一重でかわしながら二人に接近してきた。

 

「ちょっとぉ~川内ぃ~~! あんたたち二人で連携するなんてひどいじゃない!私も仲間に入れてよね、ふ~んだ!」

「悪かったよ暁。あんたはお姉さんだから一人でもやれると思ってさ。」

「へ? あ……そ、そうね。……って、騙されないんだからねぇ! 危ない目にあってるんだから、私も気にしてよぉ!」

「はいはい。それじゃあ三人でしよう。もう少ししたら夕立ちゃんたちも来るはずだし。」

「(コクリ)」

 川内が希望的観測で言うと、不知火も頷いて同意を示した。

「そんじゃまあ、それまではあたしの指示で動いてもらうよ。水雷戦隊ってのはさ、軽巡がリーダーなんだよ。」

「はいはい。艦娘歴ではあたしが上だけどね。」

「うっさい、しょうg……暁。」川内は言いかけて流石に踏みとどまった。

「夕立たちが来るまで、三人で。」

「うん。倒せなくてもいいから、やつらをなんとかやり過ごそう。」

 

 川内と二人の駆逐艦は、未だ健在である5匹の等級不明の深海棲艦と間合いを図っていた。それは、大房岬の北側の先端から見て、北西に約800mの海上であった。

 


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