同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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哨戒任務中に敵の反応を発見した川内達。こういう場合どうするかを学んでいない川内らは唯一の経験者の暁に意見を求める。彼女から威力偵察を発案された川内は暁とともにそうっと戦陣を切るが……。


藪蛇を突く

「ハッキリしているのはだ、あそこが館山湾の遠く端っこかもしれないってことだろうね。」と川内。

「方角的には北北西ですね。二人が指す方角をコンパスアプリで確認しました。ただ距離はちょっとわかりません。」

 時雨が全員に向けて言うと、今までほとんど口を利かなかった不知火がボソッとしゃべった。

「天文航法が使えれば。」

「えっ、なになにいきなり。それなに?」

 と川内がビクッとして聞き返すと、途切れ途切れのほとんど単語の羅列で答え始めた。

「船乗りが。星を見る。それで船や飛行機の位置、把握する方法。航海術。」

「航海術なんて不知火ちゃん使えるの!?」

「(ブンブン)」

 川内がやや期待の声色を交えて尋ねると、不知火は頭を横に振った。思わずコントのようにガクッとズッコケそうになる川内たち。

「ちょっとぉ~。だったら言わないでよね。意外な人が意外な発言するとガチで期待しちゃうじゃん。」

「申し訳ございません。」

 ペコリと頭を下げて謝る不知火は、僅かな灯りの中、最後に小さく口元を緩め、ひと息を吐いた。川内たち4人は不知火のちょっとしたジョークと捉え、クスクスアハハとにこやかに賑やかす。不知火も満更でもない様子で柔らかい雰囲気を醸し出していた。

 

「まぁ不知火ちゃんの冗談はさておいて、あぁいや、ほのかな期待はひとまず置いといて、現実問題としてはだ。あれですよアレ。ここであーだこーだ言ってても仕方ないから、さっさと行ってみようって話だよ。」

「……最初からそうすればよかったんじゃないんですかね。」

 川内の最終的な意見に、村雨がビシッとツッコミを入れた。村雨のそれはたまに鋭く現実に正直なため、川内はたじろぎ苦笑いして素直に受け入れる。

「き、気を取り直して、それじゃあ行くよ。」

「川内さん、並びはどうしますか?」時雨が質問した。

「いつものまっすぐ単縦陣でいいんじゃないの?」

「でも、見えるのは川内さんとゆうだけですし、もしかしたらということもありますし、守りやすい複縦陣でいきませんか?」

 

 時雨の提案に何か思うところあったのか、川内は数秒小さく唸って考え込んだ後、頷いた。

「……そっか。それじゃああたしと夕立ちゃんが先頭。あとは適当にどっちかに並んで付いてきて。それとあたしの列と夕立ちゃんの列の間は、20mくらい間隔開けよう。ゲームでも、索敵役や監察方のキャラのスキルは幅広いエリアを対象にするものなのね。あたしたちと夕立ちゃんの暗視能力はなるべく範囲がかぶらないようにして、効果をアップさせたい。マップへのキャラ配置は、まとめて襲われないようにちょっとキャラ同士の間隔を開けるといいんだよね。」

「はぁ……。」

 ピンとこないといった様子で時雨や村雨は返事をする。一方で夕立は川内の言うことなら、なんでも好きといった様子でいる。仮に犬のような尻尾が生えていたならブンブン振っているだろう。まったくわかってないわけではなく多少はゲームをするため、なんとなく川内のいうことの意味がわかるというのも、尻尾をブンブン振れる要因だった。

 

「偵察や隠密行動では声を張って会話するのはダメだから、以後はスマートウォッチで会話しあおう。みんな、通話アプリはちゃんと常時起動にしてあるよね?」

「「「「はい。」」」」

「よし、それじゃあ出発だ。あの緑黒のやつをなんとしてでも正体突き止めて、ヤバイようなら倒して、明日の観艦式を未然に守ろう。」

 

 川内のとっさの思いつきの追加案、そして意気込みに、暁を含めた5人はコクンと頷く。これまでの出撃では装着を義務付けられているとはいえ、スマートウェアを特に意識して使っていなかった時雨たちだが、川内の前だとなぜか使う意識が高まる。それが良いことなのか無駄なことなのか判断つかなかったが、ゲームや電子機器に詳しい川内の指示だから、信じてみようという気持ちになっていた。

 目の前の川内の雰囲気は、時雨たち4人にとって、似た趣味嗜好を持つ西脇提督のそれに感じられたのも、信じてみようと思える要素だった。

 当然、違う鎮守府の暁はそこまでの繋がりや思い入れがないため、単に仕事上の指示でしかない。彼女は真面目に返事をして加わるのみだった。

 

 川内は、那珂や五十鈴とは異なる方向性でもって信頼を得始めていた。

 

 

--

 

 川内たちは、発見した未確認の存在に向かい、緑黒色の検出の度合いを頼りにひたすら前進する。

「ちょっと速度上げるよ。夕立ちゃん、操作大丈夫?」

「大丈夫っぽい。任せて。」

 夕立の自信満々な返しを聞いた川内は、スマートウォッチを通して艤装に音声入力して自動的に変更操作した。

 速力は自動車になった。標準速度のスクーターたる10ノットから2倍の20ノットが、主機からの推進力でもって発揮される。

 

 鎮守府Aの面々は速力区分を決めて練習した後、もっと手軽で確実に速度を切り替えられないか明石に相談していた。機械的な組込は明石の本業の分野だが、艦娘たちの要望には答えられそうになかった。そのため本業のソフトウェア面では得意な提督に相談を引き継いだ。

 提督は艤装装着者制度向けにカスタマイズされた、モバイルデバイス用のOSとアプリ群の開発をかじったことがあるため、艦娘たちの要望を聞いて快く引き受けた。

 ほどなくして、簡単ではあるが一つプログラムといくつかのデータをこしらえた提督は、制度の関係者用のポータルサイトにアップロードし、テスト的に鎮守府Aのメンツに向けて配布した。

 

 艦娘たちが使用するスマートウェアのOSは汎用的なものだが、艦娘たち専用のアプリや機能が含まれたアップデートが適用される。しかし各鎮守府の独自運用には対応していないため、そこから先は各鎮守府の責任でカスタマイズが許されていた。

 提督が開発し、艦娘のスマートウェアに向けてインストールしたプログラムにより、鎮守府Aのすべての艦娘は、音声入力時に特定のワードの後に速力区分とオプションの単語を喋ることにより、自動的に指定の速度へ変更できるようになった。

 ただ、同調して自分が意図的に出している速度を、身体と意識外でもって勝手に変更されるのを嫌がる者もおり、最初期のこの頃で積極的に使っていたのは、那珂、川内と夕立くらいだった。

 

 

--

 

 先頭の二人が出した速度に付き従って速度を上げる4人。暁に対しては直接ノット数で川内が指示を出して従わせた。

 速度を上げて数分経った。川内たちは、館山湾の北にある、大房岬の南300mに迫っていた。

 川内と夕立の目には、緑黒の反応が少しずつ大きくなってきたのがわかった。と同時に、今まで見えなかった角度のため、違う反応も見えてしまった。

 

「え、嘘……でしょ……?」

「うわぁ~~なんでいきなりぃ?」

 見える二人が驚き落胆する声をあげると、それぞれの後ろを進んでいた、見えない時雨や暁らがすぐに尋ねた。

「ちょっと川内、どうしたのっていうのよぉ?」

「ゆう?どうしたの?」

 

「夕立ちゃん、見えてるね? 時雨ちゃんと村雨ちゃんを連れてあたしのところに来て。」

 川内は9時の方向20m先を一列に進んでいた夕立たちを呼び止めた。

 緑黒の反応を追うのは一旦やめ、その反応から約300mの距離を保ちつつ、大房岬の南東側の岩礁の一角に集まった。

「いきなり増えた。」

「うん。たっくさん。」

「詳しく教えてよ二人とも。」

 とにかく吐き出したかった感想を口にした川内と夕立は、時雨にせがまれ、少し二人で話し合った後、説明しだした。

 

「今もちらほら見えてるんだけどさ、多分あそこにおっきな岩場があるんだろうね。その先に、パッと見えただけでも10~20はいたね。ある程度の距離まで行ったら急に見えてきたんだけど……どうやらあたしと夕立ちゃんの暗視能力は、ある程度対象との距離が近くないと、フルに発揮されないようだよ。」

「だったらなんで約3kmくらいあったのに、さっき集まった場所から見えたんですか?」

 鋭い村雨の指摘に、考えてもわからないため川内は勢いを弱めて言いよどむ。

「わかんないよそんなこと。あ、でも……ゲーム的に言うとだ。レーダーとかソナーの反応が強いのは、強敵だったりボスだったりするんだよね。遠くからでも見えるくらい強いやつってことなのかもしれない。だからあいつは、あの集団の親玉だったりしてね。」

 サラリと言う川内に村雨と暁がツッコんだ。

「いやいや、ボスって!それってヤバイじゃないですかぁ!」

「ちょっとぉ~何言ってるのよ! そんな怖いこと言わないでよぉーもう!」

「お? 何よ暁ってば。ベテランのくせして怖いの?」

「こ、怖くなんかないもん!言葉のあやよ。」

 フフンと鼻荒く言い返す暁。

 

「まぁいいや。ねぇねぇ。こういうときの対処法とか教えてよ。あるんでしょ、深海棲艦の小ボス倒したこととかさ?」

「う、と。あの……」

 川内は真面目半分、からかい半分で経験者たる暁に問いただしてみた。暁はさきほどまで強がっていた様子があたかもなかったかのようにモゴモゴと言い淀んでうつむいてしまっている。

 長いようで短い沈黙が続き、暁はようやく口を開いた。

「ボ、ボスとかそんなの知らないわよぉ!あたし護衛任務や巡回任務ばっかだったんだもん。」

「でも強敵に遭遇してバトルしたことくらいはあるんでしょ?」

「あんたね……どんだけゲーム脳なの? 一旦ゲーム的な考えから離れなさいよ。あ、でも一回だけ、変なやつと会ったわ。」

「そーそー!そういう体験談を聞きたいのよ!」

 生意気な新人の川内が身を乗り出して反応してきたので、気を良くした暁はやや上体を反らして語り始めた。

「神奈川のどこって言ったかしら……思い出せないけど、とにかく海岸に近い岩場の影にね、そいつ潜んでたの。こっちに向かってくるわけでもなく、ひたすら海中で何かもがいていたわ。身体の一部がモゴモゴ動いて気色悪いったらなかったわ。」

「ほうほう。それで!?」

 川内が急かす。時雨たちも興味を持ったのか、ジッと聞いている。

「その時はタンカーの護衛中だったから無視しておいたけどね。でもその時の旗艦の人が気になったからって提督に話したら、数日して威力偵察することになったの。そしたらどうなってたと思う?そいつまだそこにいたの。でも、明らかに巨大化してね。それだけじゃなくて、どことなく形が変わってたわ。そしてそいつの周りには深海棲艦がわんさか。とてもあたしたち6人だけじゃ無理だから、応援呼んで掃討作戦に切り替えてもらって、総出でそこにいた深海棲艦を全滅させたわ。」

 

 

--

 

 その後も語られる暁の体験談。初めて聞く、よその鎮守府の戦いの様子の一部始終に川内は興奮した。それは夕立や時雨たちも同様だった。

 よそにはよその戦いがある。当たり前のことだが、それが不思議に思える度合いは新人である川内よりも、それなりに戦闘を経験している古参の時雨や村雨のほうがより強い。

 

「すっげぇ~~。あたし、初陣が夜戦でしかも個人としてはボロ負けだったから、集団戦って憧れるわぁ。いやぁ。小学生だなんて言ってゴメンね。やっぱ経験者なんだね。尊敬できそうだわ、あんたのこと。」

「ふぇ!? な、何よ態度変えちゃって。ち、調子狂うわねぇ。ま、まぁ、あたしのこと認めてくれるっていうなら、ちゃんと協力してあげるわ。」

「なんたってお姉さん、でしょ?」

「!!!!」

 川内の発言で暁は顔を真っ赤にするが、今度の赤面は、彼女にとって意味合いも感じ方も異なるものだった。暁は5人の目が闇夜にもかかわらず、キラキラと輝いて自分に視線が向かっていることを理解して、気分がさらに良くなっていた。

「ま、まぁアレよ。先手必勝って言葉があるわ。深海棲艦がある程度集まっているなら、すかさず魚雷を撃ち込むのよ。さっきの説明した戦いの時、あたしは雷と白露っていう艦娘と一緒に突撃隊に任命されていてね。三人一緒に雷撃して、他のみんなの戦いを助けたのよ。」

 フフンと鼻を鳴らす暁。

 

 

「へぇ~~。先に魚雷をね。なるほど。よし。作戦立てよう。誰かいい案ない?」

「仮にもあんたが旗艦でしょぉ!?」

「いや、だって新人だし。」

「ったく、都合のいいときだけ新人ぶらないでよね……。いいわ。このあたしが今回は特別に突撃隊になって威力偵察してあげるわ。経験者の私が言うんだから、安心しなさい。」

「お。それじゃああたしも突撃したい。」

「あたしもあたしもー!」

「ゆうは止めておきなさい。突撃するっていったら、危険だろうし、今回の敵がまずハッキリしていないんだよ?」

 川内に続こうとする夕立を止めるのはやはり時雨だ。

「そうそう。暁さんと川内さんに任せておきましょうよ。」

「一番経験が浅い川内さんに、任せる私達もどうかと思いますが……。」

 時雨、そして村雨がやんわりと諭して夕立を落ち着かせる。不知火はボソッと村雨の言葉にツッコミを入れ、村雨を苦笑いさせた。

 

「不知火ちゃんの心配嬉しいよ。でも、ここは先輩として温かく見送ってよ。きっとあたし、無事に偵察終えてくるからさ。なんたって一番の経験者の暁が一緒なんだから、ね?」

「ふえぇ!? ま、任せ……なさいよね。」

 川内は暁の背中をポンと叩いて合図して意気込みを語った。暁がどう反応しても、川内のこの態度は変わらない。当の暁は内心焦りを持ちつつも踏みとどまって強く返した。

 

 

--

 

 夕立たちを300m手前の岩礁付近に残し、川内は暁を連れて南に緩やかに弧を描くように進み、自身にしか見えぬ緑黒の反応を確認する。

「うっげぇ……さっきと変わらずいるわ。てかちょっと多くなった気がする。」

「それで、一番強い反応はどこなの?」

「あそこ。」

 

 そう言って川内が指差した先は、大房岬の南西の角にあたる部分に存在する、全長37m、横幅最大18mはあろうかという大岩だ。川内が捉えた反応は、その大岩の東京湾側の側面にあった。

 しかし当然ながら暁には見えない。そして二人は大体120mほど離れて見ているため、肉眼ではこの闇夜では深海棲艦の集団の全貌を明らかにすることは叶わない。そこで二人がてがかりとしたのは、周囲に集まってきたと思われる、別の深海棲艦の目や身体の発光部分だ。川内の見た反応とそれらで補完することで、見えない暁の目にも、明らかに深海棲艦が集まっている場所というのはかろうじて感じ取ることができた。

「なるほどね……あの点々はきっと集まってきた深海棲艦なのね。」

「で、いつ雷撃するのよ?」

「は?」

「だから、突撃するんでしょ?」

 暴れたくてウズウズしている川内がそう聞くと、暁は呆れたように言った。

「威力偵察するのよ?本気で戦うわけじゃないのよ。違いわかってるのぉ?」

 川内はブンブンと頭を横に振る。

「軽く1~2発攻撃して、相手の反応を見るのよ。とっても危険だけど効果的な偵察なんだから。当てたらさっさと逃げるの。そのくらい鎮守府で習わないの?」

「そういう実践的っぽいやつはやらなかったなぁ。多分うちの那珂さんや五十鈴さんもそういったの、わかってない気がする。」

 川内がそう愚痴混じりに返すと、暁は再び大きくため息を吐いて、もはや諦めたと言った様子でわずかに動きを切り替えた。

「……そっちじゃあたしでも指導役になれそうね……。まぁいいや。もうちょっと離れてから雷撃するわよ。一箇所からだとバレちゃうから、あたしはちょっと離れるわね。川内の0時の方角に向かって撃つから先にあんたが撃ちなさいよね。」

「おぉ、あたしからでいいのか。」

「当然でしょ。も~しっかりしてよぉ。……うちの川内さんのほうがよっぽど……。」

 

 ブツブツと不満を漏らしつつ、ようやく暁も川内の暗視能力を認め、川内の行動に沿って動き方を変えることにした。川内は自分が先陣を切れると分かり、ますます興奮した様を見せる。

 そして暁はスマートウォッチのコンパスアプリに川内の0時の方向を記憶させ、川内の10時の方角約50mまで離れた。

 

 一人になった川内は切り込む自分の境遇に震えが止まらない。失敗すれば外してノーダメージだけでなく、深海棲艦に気づかれて動かれる可能性がある。そうなると危険なのは自分もだが、闇夜で敵が見えない時雨達に危険が及ぶ可能性がある。先輩とはいえ年下の娘たち。彼女らを守る義務がある。使命がある。

 川内は艦娘としては先輩に迷惑をかけられないという律儀な思いを、学生としては高校生として、中学生たちに危ない目に合わせたくない、守りたいという思いを持つ。

 その思いがごちゃまぜになり、敵意を向けるべき思考の展開そして魚雷発射管装置のボタンの一押しに悩んでいた。後はタイミング次第だ。

 

 頭の中をシミュレーションゲームからFPSに置き換えた。大抵のゲームでも暗闇の戦闘シーンがあるが、プレイヤーからは普通に見える。ガチで見えないゲームもあったが、従兄弟たちからそれはリアルさを追求しすぎた無理ゲーだと、小さい頃聞かされたのをふと思い出した。

 そのごく一部のゲーム以外の一般的なFPSでは、ゲーム的には命中率の数値などプレイヤーが可視できない部分にデメリットがあるのが夜間という戦闘環境の条件。普通に見えるのに当たらないもどかしさを感じたことが多々あるが所詮はゲームだった。

 しかし現実は、こんなにも見えない。無理ゲーと言われたあのゲーム。今なら従兄弟たちの愚痴が理解できそう。

 目が暗闇に慣れてきたとはいえ、遠くでモゾモゾと動く深海棲艦の姿をハッキリ確認することはできない。敵にバレてはいけないため、今回は探照灯をすでに消して久しいのでなおさら見づらい。

 本物の戦闘機や護衛艦であれば、高性能レーダーで敵の艦船や戦闘機を難なく捉えられるのだろうが、艦娘用のその手のレーダーを持ち合わせていないと、これほどまでに不安なのか。自分はたまたま発揮した艦娘川内の特殊能力でもって、裸眼でレーダーやソナーばりに相手の反応を捉えられるようになったのが心からの救いだ。川内の艤装と相性がよかった内田流留に生まれた自分に感謝感謝。

 

 ウジウジ悩んでいても仕方がない。自分たちから見えないということは、化物たる深海棲艦だって、艦娘であるうちらを確認できないはず。

 悩んで考えていい作戦を出すのは神通の役目だ。一緒に出撃したかったなぁ。

 

 川内はボタンを押す直前、神通を恋しがっていた。

 

 

ドシュ……

 

 

 一本の魚雷が深く沈む。海中に深く潜り、海面近くからでは発光する噴射光が見えないくらいだ。すぐさま暁に連絡を入れる。

「暁、撃ったよ。かなり深く潜ってから浮上して当てるようにしたから、そっちも適当にお願い。」

「……うん。わかったわ。」

 

 

ドシュー……

 

 

 川内から通信を受け取った暁も、自身の魚雷発射管装置のボタンを押し、魚雷を一本発射させた。

 合計2本の魚雷が海底に向かってある程度沈んだ後、目標の深海棲艦と取り巻きの彼らを狙って急速に浮上する。

 

 

ドガッ!!ゴボゴボゴボ……

 

 

 一本が海中で爆発を起こした。くぐもった音がかすかに聞こえた。それは川内たちにも深海棲艦たちにも気づける現象だった。深海棲艦らが急に方向転換したり跳ねたり沈んだりと活発になる。

「な、なに? やつら急に慌ただしそうに動き出したけど?」

 川内が目の前100m先の様子を口にすると、暁から通信が入った。

「あたしかあんたのどっちかの魚雷が、海底の岩に当たったのかも。そんで爆発したからやつらに気づかれちゃったわ。」

 部位が発光する深海棲艦を観察して、暁も様子の変化にかろうじて気づいていた。原因を想定で言うが、どちらの雷撃が原因だと騒ぎ立てるつもりは毛頭なかった。ただし川内は違う。

「ちょっと~。気をつけてよね、操作。」

「な!? あ、あんたかあたしのどっちかわからないでしょぉ!? 今は言い争ってる場合じゃ

 

 

ズッドオオオオ!!!!

 

 

 暁が言いかけている間に、海上で水柱が高く立ち上るほどの爆発が起こった。もう一つの魚雷は、狙い通りに深海棲艦に命中したのだ。

 

「うわっ! 命中した! どっちのだろう?」

「そんなことはいいからぁ!先に散らばったやつらがどこにいるのか教えてよぉ。あたしが見えてる以外のやつもいるんでしょ~?」

 のんびりと状況を実況する川内に暁が通信越しに必死に懇願する。

 その時二人の会話に時雨たちの通信が混じってきた。

 

「川内さん? 爆発音がしましたけど、大丈夫ですか?」

「川内さ~ん! あたしたちも動きたいっぽい!」

「時雨ちゃん、夕立ちゃん。ちょっと待って!今深海棲艦たちが予想よりも早く動き出て散らばっちゃった。そっちは……多分岩陰で死角になってるから大丈夫だと思う。」

「えっ? それじゃあ川内さんたちは大丈夫なんですか?」

 川内の慌てた気配の声に不安を感じた村雨も尋ねる。

「村雨ちゃんか。あたしと暁は多分大丈夫じゃない、え~っと。どうしよう、暁?」

 

「ど、どうしようって。い、威力偵察っていうのは軽く当てて反撃で敵の強さを~~~えーっと……。と、とにかく逃げるの! 南に行くと館山に招き入れちゃってまずいから、西に向けて移動するのよ。それから川内は司令官に連絡取って!」

「司令官? うちの西脇提督に?」

「ちがうわ、うちの村瀬さんのこと!!あとあんた海自の人に連絡してないでしょ?」

「やべ、忘れてた。うん、しておくよ。そんであたしはどうすればいい?」

「あ、あたしの側にいてよね。二人で一緒に行動すればなんとかなるでしょ。」

「よ、よし。それじゃあそっち行く。待ってて。」

「ねぇ川内さん!あたしたちはどうすればいいっぽい!?」

「え~っと。見える夕立ちゃんが時雨ちゃんたちの目になって危なくないように待機。あとは適当に任せる!」

「そんな適当な……。」

 時雨の悩ましい声が聞こえたが、川内はすでに気にする余裕が消えていた。

 

 ほとんどヒステリックに怒られながら忠告を受け、川内は指示されるように行動し始めた。普段頼れるし頼りにしたかった那珂も五十鈴もいない。いるのはお隣の鎮守府のよくわからない駆逐艦艦娘だけだ。それでも経験日数は自身はもちろん那珂や五月雨より遥かに長い。お子様みたいでも、とにかく頼って一緒に行動したほうが間違いなさそう。

 そう心に留め置いて川内は暁との約50mをダッシュして距離を詰める。

 その間にも、散らばった深海棲艦のうち、3~4匹ほどは二人めがけてゆっくりと近づいてきていた。

 

 

--

 

 連絡を取り終えた後、二人は間近に迫りつつある深海棲艦を見据えてやや焦り始めていた。

「うわ!きたきた!」

「距離は!?」

「わかんない!けどまだ少し遠い。」

 川内と暁は並走して西南西を目指して進む。川内たちの右舷めがけて深海棲艦がひたすら進んでくる。動きが軌道に乗ったのか、少しずつ速度が上がる。それは川内の目には、緑黒の反応が拡大してくるスピードが高まってきたことで捉えることができた。

「あいつら海面に完全に半身出してるみたい。撃ったほうがよさそうだ。暁、撃とう!」

「む~~、わかった。」

 

 二人は複縦陣めいた並走から、単縦陣に移行する。先頭に川内、後ろに暁。川内は右腕の単装砲・連装砲全基を前腕に対し90度右に向け、腕を伸ばさずに目の高さまで水平にあげる。移動しながら狙うので命中率は低くなるかもしれないと判断した川内は、自動照準調整機能を使うことにした。艤装の脳波制御装置を伝って指示して、有効化した。

 

 自動照準調整機能、川内はそれを基本訓練時ではなく、通常の訓練時に教わって試した。有効化した後、照準を思い描きながら狙いたい相手を凝視し、武器のアクションスイッチを入れる。あとはトリガースイッチを押せばよい。すると、トリガースイッチを押す前に、武器の砲身の向きや角度が勝手に微量動いて調整してくれるのだ。目と手の角度で狙うよりも確かに便利で命中率が高まる。しかし川内は初体験したときからこれが嫌いだった。

 川内型の艤装のそれは、砲身が動くだけではなく、それを構える腕・手に微弱な電流が走り、腕の位置を勝手に変えてくれる。健康に害がない程度のものだが、腕に(カバーを通して)直接主砲副砲を装着するタイプの川内型にとっては、担当者が嫌がって使いたがらない機能だった。

 先輩たる那珂は最初使って驚いたが、数回経るうちに気にしなくなったという。しかし川内は違う。ゲームもオート操作が嫌いな川内は、自分の意思でなんでもやりたい性分だ。ましてや現実に戦うことになる艦娘としては、便利で確実性が高まるとは言え、自分の身体を(これ以上)勝手に動かされてたまるかと辟易していた。

 自分の力で狙って撃って当ててこそ、気持ち良い勝利が得られるのだ。

 

 しかしいまこの時、夜であること、移動中であること、そして深海棲艦が実際には30mにまで迫ってきている状況では、自分の力だけで狙いすまして倒すのはもはや難しい。

 電流くらいなんだ。同調時のイク感覚に比べたら遥かにマシだ。戦場での気持ちの焦りが、川内に嫌な機能を使わせる決意を持たせる。

 教わったとおりに準備する。一瞬視線を前方から2~4時の方向に向ける。狙いを定めた。後は前方に視線を戻し、移動しつつの砲撃開始だ。

 川内は後ろにいる暁に向かって合図を出した。

「てーーー!!」

「やーー!」

 

 

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!

ズドドゥ!

 

 川内は合計3基の主砲から、暁は右腕に装備した連装砲から砲撃した。暁の主砲は右腕にがっしりと装備する、川内型が装備できる同じ名称の主砲よりも、大きめのいわゆる一体型だ。身につけている感覚が残る分武器で敵を狙うという通常あるべき感覚があるし、自動照準調整機能の影響も主砲のパーツ内に終始するため、暁は川内よりも比較的気にせず楽にその機能を使うことができた。

 

ドガッ!

ドガガァーーン!!

 

 二人の放った砲撃は、4匹のうち、3匹にヒットした。川内の3発のうち2発と暁の一発を浴びた駆逐艦級だった生物は当たりどころ悪く、頭部が爆散してすぐに息絶えた。

「よし、一匹の反応消えた!」

「やったわね!」

 

ドドゥ!

ドドゥ!

 

ズガアァン!

 

 続く勢いでもう一匹を撃破した二人は、残りの深海棲艦を避けるように針路を北に徐々に向け始めた。しかし前方からとやや遠く北西からは、別の深海棲艦のグループがゆっくりと針路を川内たちのほうに向けて移動してくる。どちらにも川内と暁は気づかれていた。川内たちがそのまま進むと、それらにぶつかる可能性がある。

「まっずい。前に3匹、10時くらいの方角に3匹いるよ。他は……なんかいつのまにか消えてる。パッと見20匹以上いた気がするんだけどなぁ。」

「20匹以上も!?やっぱ威力偵察なんてカッコつけて迂闊にやるもんじゃないかったよぅ……クスン。」

「ちょっと暁。へこたれてる場合じゃないよ。5時の方角と0時と10時の方角、挟まれそうなんだよ!」

「反転して方向変えるのよ!」

「オッケィ!」

 

 川内と暁は艤装のバランス調整など無視するかのように身体を大きく左に傾け、強引に方向転換した。足元で立ち上がった水しぶきが太ももやスカートを濡らす。姿勢がかなりきわどい角度になっていた川内は左手を海面に当ててバランスを取り、足元以外に海面に航跡を生み出す。今度は南西に向かって進むことになった。

 後からは3+3+2で合計8匹となった深海棲艦が川内たちを追いかける構図が完全に出来上がった。川内は移動しながら夕立たちに通信をした。

「夕立ちゃん。そこらへんにはもう深海棲艦はいないはずだから、出てきてあたしたちを助けて。今7~8匹に追われてる。南西に移動してるから。」

「っぽい!?追われてるって!」

「わかりました。すぐ前に出ます!」

「わかりましたぁ!」

「今、参ります。」

 時雨、村雨そして不知火の返事が後に続く。

 川内のほとんど懇願の指示で夕立たちもようやく岩礁帯から離れ、戦場となった海域に一歩踏み入れた。


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