同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 速力指示と陣形について考え始めるようになった鎮守府Aの艦娘達。それはやがて自然と艦隊運動の訓練へと展開されていく。その中で那珂達川内型はそれぞれの姿勢を見せる。


艦隊らしく

 翌々日、訓練のために海上に出た那珂たち。教師たちはこの日おらず、完全に自分たちのためだけの本格訓練となる。那珂は訓練開始前にその日の訓練の説明を皆にし始めた。

 

「みんな、ちょっと聞いてくれるかな?今日は砲雷撃の総合訓練の予定だったけど変更して、また水上航行訓練にします。」

 那珂の両隣には時雨と神通が近寄って立ち並んだ。それに向かって立つ残りの艦娘たち。まずは川内が口を開いた。

「えー!?また?前にやってからそんなに日開けてないですよ。」

「あたしもまた水上航行なんて嫌!他の訓練がいいっぽいぃ~!」

「まぁまぁ。ただの水上航行の訓練じゃないよ。それはね……艦隊運動の訓練です。川内ちゃんならやりたいこと、分かってもらえるんじゃないかなぁ?」

 川内と夕立の早速の文句をなだめながら那珂は話を進める。

「艦隊運動って……艦船が揃って行動するあの動きですよね? 那珂さんに提案しといたあたしが言うのもなんですけど、本当の船じゃないあたしたちが並んで動くのって意味あるんですかねぇ?」

 川内の指摘。それは那珂も思っていたことそのままだった。後輩の着眼点が単にゲーム由来の興味・知識止まりじゃなくてよかった。那珂は少しだけ安心する。

 

「そこはホラ。普通の部活みたいにさ。球技とかにもあるでしょ?対戦するためのルールや戦術。そーいう感じで、あたしたちもこの艦娘の活動をしっかり見据えて決めていきたいと思うの。そのための今日はお試しってこと。」

 前々から那珂は皆に話題として触れてはいたが、相談役の二人と妙高以外はイマイチパッとした反応を示さない。那珂が一般の部活動を例えに挙げたことでようやくそれらしい反応を示し出す。

 

 

--

 

「私、体育とかでもチームプレーって苦手なんですよね……。」開口一番苦手を独白する五月雨。

「え~!?五月雨ちゃんは協調性ありそうだし、上手くやれそうなイメージあるけどなぁ。」

「うー。私としてはとってもやる気あるし、チームメートの指示もわかっててちゃんとやってるつもりなんですけど、いっつも皆に怒られちゃうんです。」

 苦手から繰り広げられるその度の周りからの訓戒を五月雨は語る。しかしその雰囲気は特段暗いものではなく、ネガティブながらも明るい雰囲気の愚痴だった。聞いている那珂はもちろん、五月雨の友人たる時雨たちもすぐに励ます姿勢に切り替わる。

「さみはのんびりやだからね。とはいえ頭で思ったらもうちょっとだけ早く体を動かすことを心がけるといいよ。クラスのみんなもさみのことわかってくれてるハズだし、そんなきつくあたらないと思うんだけど。どうなの、ますみちゃん?」

「そうねぇ~。私達同じクラスの女子はいいけど、男子はさみのことからかう目的でわざと突っかかってくる気があるわねぇ。」

「さみは合同体育の時でも一番足引っ張るっぽい~。もっとしっかりしてよね~!」

 そう言い放つ夕立を時雨が小突いた。

「ゆうは人のこと言えないよ。ゆうはいつだって勝手に動くじゃないか。さみとは別のベクトルで足引っ張ってるんだからね。」

「……やっぱり私、みんなの足引っ張ってるんだね。時雨ちゃんもそう思ってたんだぁ~……。」

「あ、いや!その……。」

 自身の言い方に素早く気づかれて時雨は珍しく取り乱して五月雨に弁解すべくアタフタする。仕方なしとばかりに村雨が間をとりなして仲良し4人組の雰囲気は保たれた。

 中学生組のやりとりを見て那珂は微笑ましく感じるも、コホンと咳払いをして続けた。

 

 

--

 

「まぁ色々ありそうな五月雨ちゃんのことはみんながフォローしてあげてくださいなということで。あたしたちだって今この場では同じだよ。学校の体育以外で、みんなで揃って行動を起こすことの大事さを改めて学ぶ必要があります。そろそろあたしたちも……ね、はい、時雨ちゃん続きどうぞ。」

 

「えっ!?」

 那珂にいきなり振られ、焦りを僅かに表面に醸し出しつつも時雨は呼吸を整えて、補足のため口を動かし始めた。本来ならば五十鈴がする役割だが、この日もいないために相談役の時雨と神通のどちらかがメインアシスタント代わりなのだ。

「……今まではなんとなく列を作って出撃や依頼任務をこなしてきたと思うけど、ちゃんとした動き方を決めるのは大事だと僕も思います。そろそろ僕達も、ちゃんとしたチームでの動き方やフォーメーションを決めたい、効率よく強くなりたい。そんな思いを那珂さん、神通さんと共有しました。ですので皆さん、簡単なことからでもいいので、着実に実践して行きましょう。」

 時雨の真面目な発言にその場の全員が相槌を打つ。

 

 一人、神通はこのあと何か喋るハメになるのかと肝を冷やしてチラリと那珂を見たが、先輩たる那珂は神通の視線に笑顔で目を細めてウンウンと頷くのみだった。つまるところ那珂が期待していた発言をすべて時雨がしたため、那珂としても無理に神通を喋らせるつもりはなかった。

 両者の思惑が合致した結果、神通はホッと胸をなでおろし、改めて時雨の視線の先の艦娘たちに安心して視線も戻すこととなった。

 

 

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 那珂たちは艦娘の出撃時のチームの推奨最大人数である6人ごとにまとまって艦隊運動を練習し始めた。あぶれた者は、実践する6人のチェック役となる。

 

 初回は指導役として那珂、神通、時雨が訓練をする6人を見ることとなった。訓練側の6人は次の構成だ。

 

旗艦、川内

不知火

夕立

村雨

五月雨

妙高

 

「川内ちゃん、あなたが旗艦やってね。って言っても特に何するわけでもないよ。必要があったらみんなの先頭に立ってもらうだけ。」

「あ~、まぁなんとなくわかります。とりあえずやってみますわ。」

 川内から特に悩ましくなくカラッと元気な返事をもらったので那珂は完全に任せることにした。

 そして那珂は時雨・神通と資料を見合わせ、宣言した。

「それじゃー始めるよ。最初は6人縦か横に並んで、速力を合わせて移動してみよっか!」

 そう言って那珂は神通に指示を出し、今いる海上、河口近くから堤防に沿って消波ブロック手前まで行かせた。

「あたしはここに立ってゴール地点の役割をします。神通ちゃんはスタート地点の役割で、時雨ちゃんはみんながちゃんと目標通りに移動しているか、並走してチェックしてもらいます。時雨ちゃんには悪いけど、ちょっとばかり疲れる役割をやってもらうけど、いいかな?」

「えぇ、構いません。僕がちゃんとみんなを見ます。」

 那珂は時雨の返事に頷いて、改めて6人に向き合った。

「あたしのいる位置から神通ちゃんのところまで行ったら、今度は逆に戻ってきてね。まずは一度やってみよ。」

 

 那珂の合図で川内たち6人はスタート地点たる、河口、那珂の数歩前に横一列に並んだ。6人と同じ列で数m離れた位置には時雨が経ち、身体の向きは前、顔と視線は6人に向けている。

「よーい、スタート!」

 スタートの合図代わりに那珂は機銃を天に向けてガガガッと打ち上げた。その意味に気づいた川内は右にいた5人に向かって掛け声をかける。

「行くよみんな。まずは速力、スクーターからだ!」

「「「「「はい。」」」」」

 

 そうして始まった、速力を合わせての横一列の同時移動。

 やはり初回ならでは、てんでバラバラのスタート、若干揃うもまだグダグダの途中、フィニッシュはなぜか不知火と競い合い、旗艦川内を追い抜いて真っ先にゴールする夕立・不知火、そしてゴール手前で急停止しようとしてコケて隣にいた妙高に支えてもらう五月雨という展開が繰り広げられた。唯一そろっていたのは川内と村雨の二人だけである。

 ゴール地点の役目を担っていた神通はそのあまりのまとまらなさ具合に苦笑いするのも忘れて感情のない眼力で6人を眺めた。

 その光景にはチェック役の時雨も呆れ果てるほど。そしてスタート地点にいて50m以上離れていた那珂もおおよそそのグダグダっぷりを間近で見ていたかのように頭をガクッと傾けて大げさに呆れた仕草をする。

 

 ゴール地点では時雨が神通に近寄ってこの結果をどう捉えるべきか不安を口にしあっている。

「じ、神通さん。こ……これはどうしましょう?あまりにも……。」

「は、はい。」

 神通は川内に近づいて彼女にだけ聞こえるように指摘し始めた。

「あの……川内さん。」

「うん、神通。わかってる。わかってるよ、あんたの言いたいこと。さすがのあたしもこの揃わなさは呆れたよ。艦隊運動ってものをみんなわかってないや。」

「川内さんは旗艦なのですから、みんなにビシっと……言って下さい。」

 皆まで言うなとばかりに川内は神通の指摘を遮るように手の平を向けて言った。さすがに元ネタ提供者だけあってわかっているのは助かる、神通は密かにそう感心していた。

 

「そ、それでは皆さん、那珂さんのところまで同じように揃って戻って下さい。」

 時雨がそう促すと、川内は5人に方向転換させ、綺麗な横一列になったあと、合図をして進みだした。

 移動しながら川内は並走している不知火と夕立に向かって注意をした。

「二人とも、今度はあたしを追い抜かないでね。旗艦のあたしが先頭なんだから。」

「ぽ~い!」

「(コクリ)さっきのは夕立が吹っかけてきたから。」

「も~、艦隊のことならゲームで知ってるあたしに任せてっての。そもそも艦隊運動ってのはね……」

 ゲーム由来の艦隊知識をひけらかし始める川内。次から次へと飛び出す新鮮な小ネタに駆逐艦二人は熱心に聞き入る。

 自身の得意分野であるネタの話に聞き入る年下の少女二人のため、川内は悦に浸って気持ちよくなり、口舌も滑らかになって止まる気配を見せない。そのためゴール地点にいる那珂の声も届かない。もちろん背後から那珂の声が響くようになっても気づかない。

 

「おーい。ちょっと?川内ちゃーん? ……そこのかわうちちゃ~ん!」

 那珂の叫びも虚しく、川内と駆逐艦二人は、残りの三人を差し置いてそのまま進み河口を向こう岸まで到達し、さらには隣町の管理下にある海浜公園の沿海へと突入していく。

 完全に聞こえていない。これはもはや制裁が必要だ。

 那珂は残った3人と戻ってきた神通・時雨に小声で合図し、川内へは神通、夕立へは時雨に手持ちの主砲の照準を向けさせた。

 もちろん実弾ではなくペイント弾だ。不知火を狙わなかったのは、おそらく二人に感化されて意図せず巻き込まれたのだろうという恩赦の意味を込めていた。

 

ドゥ!ドゥ!

 

「うあっ!」

「きゃっ!」

「!?」

 

 突然背後から撃たれて度肝を抜かれた川内たち三人。狙われていない不知火も両隣の二人の様子が一変したのでほぼ同タイミングで驚きを見せる。

 三人が一斉に後ろを向くと、数十m後ろで神通と時雨が主砲を構え、二人の間で那珂が腕を組んでほぼ仁王立ちしている姿がそこにあった。

 撃ってきたやつを振り返った瞬間に怒鳴りつけてやろうかと川内はいきり立つ勢いだったが、振り返った瞬間に逆に怒鳴りそうなオーラを醸し出していた那珂のために瞬時に萎縮した。

 那珂は無言で手招きをする。それを見た川内は慌てて隣にいる駆逐艦二人に言った。

「も、戻ろう二人とも!」

「「は、はい!」」

 

 ピュ~っと言う効果音がしそうな慌てた移動の仕方をしながら戻ってきた二人に、那珂はあえて触れずに次の訓練を言いつけた。

 

 

--

 

 その後列を揃えての前進は、メンバーを変えて6人編成、次に人数を減らしてチームを増やして個別練習として進めあった。チェックシートが完成していないために当事者たちの主観的な評価になるが、単純な艦隊運動では、那珂、妙高、神通、村雨、時雨、不知火は互いに揃えることに問題なかった。いまいちだったのは、残る川内、五月雨、そして夕立だ。

 元々からして他人に合わせて行動するのが苦手な夕立は誰の目にも明らかな結果だった。川内は旗艦として先頭に立って動く分にはよいが、他人に合わせるとなると、夕立と同様にムラが出てしまうのだった。とはいえ川内は本来の艦船の艦隊運動の意味を知っているために、意識しようとしている意欲だけはある。その意欲だけは評価した。

 それから五月雨は単に、意識と意欲はあれど身体がついていけていない。指導役の那珂・神通、そして時雨は三人をそう捉えた。

 

 悄気げる五月雨を励ますべく取り囲む那珂と時雨たち。神通もその輪に加わりたかったが、自身も大概運動音痴な面があるため、励ます者が逆に励まし返されるかもしれないと余計な心配を持ち、動かしかけた上半身をすぐにまっすぐに戻してその場に留まる。

 そのうち五月雨を囲む集団の中から那珂の声がハッキリと漏れてきた。

 

「あの二人はどーしようもないからほっとくとして、五月雨ちゃんはね~~うーん。どーしよっかなぁ。」

「あれ?あたしたち地味に馬鹿にされてね?」

「っぽい!」

 当の二人の反応を無視して那珂は頭を傾け思案する仕草をした。そして頭をまっすぐに戻し考えを述べた。

「そだ!神通ちゃん、それから村雨ちゃん!」

「はぁい。」

「は、はい!」

 

 もはやかかわらなくてもいいやと思い始めた矢先、那珂から指名が入って神通は飛び上がらんばかりにビクッとさせて首・頭・視線を那珂の方に向ける。

「今のところ二人が一番他の人に合わせるの上手いから、五月雨ちゃんのサポートお願いできるかな?」

「わかりましたぁ。ていうか私はもともとそのつもりでしたし。」

「わ、わかりました。精一杯頑張ります。」

 願ってもない筋運びだ。神通は心の中でホッと安堵の息を吐く。自分と同じように運動が苦手そうなのであれば、自分の訓練の様が目立たずに済む。

 実のところ神通は他人に合わせるのが特別上手いというわけではなく、単に回りの行動に合わさっていたというのが正解であった。この2~3時間ほどの艦隊運動の訓練時の速力が自身の体力に対して十分余裕を持てる水準であったため、その余裕でもってなんとかしのげていたに過ぎない。

 速力をもっと上げた状態での訓練が続けばどうなるかわからない。だからこそ今不出来な五月雨と一緒に訓練し、さりげなく自身の技量もレベルアップして回りに取り残されないようにしておきたい。

 そういう考えを神通は抱いていた。そんな神通に那珂はすべてが全て気づいていたわけではないが、疲労の様子から伺える雰囲気的になんとなく怪しいものを感じたので、あえて神通を五月雨につけることにした。

 

 

--

 

 午前の訓練が終わり昼休憩を取った後、那珂たちは再び海上に出た。

 午前終了間際に決めた特別編成により、神通は五月雨・村雨と組むことになった。川内・夕立の問題児ペアに那珂と不知火がつき、残る時雨と妙高はそれぞれのチームの監視役となった。

 全体の音頭は時雨が取る。

 

「それでは両チームとも、移動始めて下さい。」

 時雨が指示を出すと、那珂のチームと神通のチームはそれぞれの速力指示でもって動き出した。

 

「それでは、徐行からやってみましょう。それなら合わせられますよね?」

「はい!私、頑張っちゃいますから!」

「まぁ、それならさみでもさすがに……ね。」

 

 いつでもすぐに無理なく停止できるほどの速力でもってゆっくりと前進し始めた神通たち三人。さすがに超スロースピードであれば、五月雨も他二人にピッタリと合わせて移動できている。それをしばらく見届けた神通は指示を出した。

「次は歩行でいきます。」

「「はい。」」

 歩行の速力区分でも五月雨は問題ない。そして自転車でも同じだ。通常速度よりも下の速力でもってしばらく海上をいったりきたり。ひとしきり海上を縦横無尽に動いて移動能力を確認した神通は、いよいよ通常速度であるスクーターを指示した。

「それでは通常速度、スクーターで行きます。」

 五月雨と村雨は全く不安のない声色で返事をする。

 しかし、スクーターになった途端、五月雨はある時は遅れ、ある時は神通を微妙に追い抜く様を見せ始めた。

 神通はすぐに気づいた。しばらくスクーターの速力指示でぐるぐる周り続け、徐行の指示を出し、そして停止してから打ち明けた。

 

「わかりました。五月雨さんの問題。」

「はい、なんでしょう?」

 

 五月雨の返事の後に続く村雨は言葉なくコクリと頷いて神通の言葉を待つ。

「五月雨さんは、きっと速力をまだ正しく維持できていないのだと思います。ですから、安定しないのだと、思います。もっと自分の中の速力のイメージを強く意識してみてください。」

 神通は指摘を口にしながら、先に五月雨に抱いていた初期の問題点の見方を改めた。同調して動く艤装と装着者たる自分たち。五月雨には意識も意欲もある。実は体力的な面でも問題ないのだろう。しかし彼女の本当の問題は、速力のイメージが安定していないことなのだろうと察した。身体がついていけなくなるのはもっと後の部分。体力が切れれば見た目にもハッキリ現れるし思考も不安定になる。自身の経験上その様はわかっていたので、それに惑わされていた感がある。

 彼女は元来マイペースだ。醸しだされる雰囲気でもわかる。そして今まで(学校の体育以外で)他人に合わせて行動を起こすという経験がない。だから無理に合わせようとすると途端に不安定になる。伝え聞くようにドジが多くなる。

 きっとそういう性分なのだ。

 

 よく今までやってこられたな……神通は密かに呆れたが、当然口に出して言えるわけがない。仮にも最初の艦娘であって大先輩だ。

 チクチクと指摘をしておいて、申し訳ない気持ちを抱いたが口が止まらない。しかし決め事はきちんとしておきたい神通の性格が彼女の口の動きを滑らかにさせていた。一通り喋り終わって気が済んで我に返った後、最後に一言謝った。

「……というわけだと思います。……あ、若輩者が偉そうに、ゴメンなさい。」

「い、いえいえ!艦娘としては無駄に経験が長いってだけですし。……実は私、神通さんに叱られて、ちょっとうれしいんです。高校生のお姉さんに何か言ってもらえる経験って、普段ないので。」

 神通の説教の最中、悄気げた表情をしていた五月雨は謝罪の言葉が飛び込んできた瞬間、顔を上げて作り笑いを浮かべてそう言った。

 

 年下に気を使わせてしまった。この中で一番下っ端なのに、総合的な能力も高くないのに大先輩をやり込めてしまった。五月雨に返された後神通はネガティブな思念に支配されかける。

 そんな神通を現実に戻したのは村雨の言葉だった。

「んもう、神通さん! 自分でさみのことを注意しておきながらそんなに逆に悄気げないでくださいよぉ。私たちは指導してくださる那珂さんや神通さん・時雨を頼ってるんですからぁ。」

「は、はい! ゴメン……なさい。」

 再び悄気げる神通に村雨は肩で息をしてため息を吐いた。片手は五月雨の肩に乗せて暗に親友へも注意を促す。

 

 神通は深呼吸をし、改めて二人に向き直して言葉をかけた。

「そ、それでは再開しましょう。……そうですね。私を旗艦と仮定して、私に間隔を合わせてみましょう。」

「神通さんにですか?速力は?」

「速力は気にしないでいいです。私は速力スクーターで行きますので、お二人は私を目で追って合わせるだけでいいです。」

 

 神通の思いつき。

 

 それは指示された速力をひとりひとりが守るのではなく、旗艦が出した速力に合わせるというものだった。他人に合わせるのが苦手なのであれば、経験を積んでもらうしかない。神通にしてみると、自分に合わせてもらえるという、自分から遅れても気づきにくくなるという目論見があっての提案だった。

「な~るほどぉ。神通さん、それいいアイデアじゃないですかぁ~。」

 村雨がすぐに察した。察したのは艦隊運動の意味の面だけであることを神通は密かに願いつつ、村雨の相槌に頷き返す。

「これがうまくいけば……旗艦だけが明確に管理を意識するだけで済み、メンバーは仲間との距離感や位置だけを注意すればいいはずです。もちろん速力指示を明確に合わせるのも大事ですが、まずは仲間同士で合わせて動けるようになるという達成感が必要なのだと思います。やってみましょう。」

「「はい!」」

 

 神通の提案で、五月雨と村雨は動き始めた。神通は先頭を進み、二人は神通の左右で、人一人が横たわった位の後ろに位置し、くの字のように陣形を取って移動を繰り返した。

「え~と、なんとか神通さんに合わせられてるような気がします。どうですか?」

 斜め後ろから声が聞こえる。神通は左後ろにチラリと振り返って距離感を見る。本人が言うとおり、出だしの時と間隔はほとんど変わっていないように見える。

 やはりこのやり方は正解かもしれない。神通はそう確信めいた感覚を覚えた。

 

 つまりマイペースな人でも、絶対の動作よりも相対の動作を意識させれば実際の速力はどうであれ、他人と合わせて動けるようになる。

 考えてみれば、自身の神通の艤装の性能と五月雨・村雨の艤装の性能は異なるのだ。元になった軍艦の性能も文献で見る限りは、艦種もそうだが性能が異なっていた。だとしたら軍艦を模した艤装を装着している自分たちの発揮する能力も違って当然なのだ。

 能力・性能が異なる複数人それぞれが速力スクーターとして前進しつつメンバー同士で揃って動くなんて無理な話。

 先輩である那珂がどこまで気づいているかは知らない。が、少なくとも今の自分としては、この速力指示や艦隊運動の基準は、少なくとも旗艦=リーダーとなる者が明確に意識していればいいという考えを貫き通したい。それでチームが揃って動けるのであれば、結果オーライなのだから。

 

 それは神通自身、逆の立場でも思うことだった。自分で速力スクーター、速力バイクなどと意識しつつ、仲間との距離感をも意識して動くなんて器用なことが続けられるほど意識と身体の動きは良くないと感じていた。リーダーが“あたしに合わせてついてこい”と言って、その人に合わせるだけのほうがよほどやりやすい。とはいえ性能の違いで遅れることも当たり前のように発生するだろうが……。

 そう考える思考の端で、逆の立場だったら、自分の体力のなさが原因で自分だけが遅れて艦隊というチームプレイから逸脱することもきっとあるだろうと危惧する面もあった。

 

 頭をブンブンと振って前方を見続ける。両端の二人のことはもはや気にしない。二人がなんだかんだで優秀なのはわかっている。遅れずについてきていると信じているから神通は左右を見ない。

 

 

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 神通チームの様子を見ていた時雨と妙高は、三人が一端停止して話し込んでいたと思ったら、途端に動きが良くなったことに目を見張った。

 時雨は、急に良くなったそのコツを後で神通から教えてもらおうと期待を持って眺めていた。

 そしてやや笑みを含んだ表情で別のチーム、那珂のチームに視線を移した。

 

 

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「神通ちゃんたちはあっちで任せるので、こっちはあたしと不知火ちゃんが加わるよ。」

「お~!那珂さんお手柔らかに~。」

「に~。」

 二人揃って手のひらをヒラヒラと浮かせて返事をする川内と夕立。そのやる気のなさそうなふざけた様に那珂はイラっとしたが、その苛立ちを普段の声調子で隠して音頭を取ることに注力することにした。

「はいはい。二人のためにあたしと不知火ちゃんという優秀コンビが付き合ってあげるんだから、感謝してよね~。」

 川内と夕立は「え~」だの「那珂さん言い過ぎ」などと笑いながら愚痴をこぼす。

 

「それじゃあみんなで速力歩行から行くよ。スピードに乗ってきたら合図するから、それまではあたしについてくる形でいいから。」

 はーいと返事をする二人とコクリと無言で頷く一人。それを見届けて那珂は前方を見、そして前進し始めた。

 

 ほどなくして速力歩行たる速度に達した那珂。両隣を見ると、不知火は問題なく揃っているが、川内と夕立はそれぞれ前に出すぎていたり、1~2歩分余計に前後にずれている。

 那珂はそれぞれが速力を意識して進むことの問題に最初から気づいていた。それは速力指示を決めた時から薄々感づいていたことだった。

 

 

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 本来の艦船のように機械的に速力をあわせるということは艦娘には難しい。同じ機械といえど、客観的に操作して速力を調整できる本来の艦船、対して主観的に速力を己の精神力と思考で伝達させて調整する艦娘の艤装。指示の同じ使い方は無理な話だった。

 スマートウェアのアプリで速度の表示を見れば済むことだが、どのメーカーのスマートウェアをどこにどういう形の物をつけるかは人それぞれだ。装着とアプリのインストールは義務付けられてはいるが、その形状までは定められていない。機械音痴な人もいる。全員が全員スマートウェアのアプリの表示を逐一見て速力を調整できるほど器用ではない可能性を十分考慮に入れないといけない。

 だからこそ、感覚で速力を掴みそして艦隊を組む他の艦娘との相対関係を意識させなければならない。そういう教育が必要なのだ。とはいえ、(世間一般的な鎮守府で)機械的に艦娘の艦隊運動を合わせる試みがなされているのも事実である。

 

 

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 ただそれを川内と夕立にどう言えば理解して実践してもらえるか。那珂は言い出すタイミングを見計らっていた。あちらのチームは全員わかっていそうで楽そうだなぁ、と那珂は心の中でため息を吐き、自分が指導すべき艦娘たちを視界に収める。

 やはり遅れが広がったり進みすぎた自身を戻そうと四苦八苦している。

 仕方なく、那珂は演技することにした。

「あ~~、二人がバッラバラだから、あたしなんだかやる気なくなっちゃったかも。ちょっとスピード落とそ~っと。」

 

「「え?」」

「!?」

 

 三人が三人とも呆気にとられて那珂の方を見る。三人の反応は無視し、那珂は三人の中で一番厄介そうな夕立の足元をチラリと見て、そして自身のスピードを緩めた。

 結果として、那珂は夕立と並んだ。

「ちょ、那珂さん!?やる気なくなったって!ひどくないですかぁ!? あたし頑張ってますよ?なんでぇ?」

 そういう川内はもともと那珂がいた位置関係より前に進みすぎていたため、一番後方にいた夕立と並走する形になっていた那珂を見るべく振り向く。

 川内は、那珂がなぜ夕立と並走しているのかまったく意識にない。そのため自身が抱いた疑問をストレートにぶつけることしかしない。

 そんな川内に那珂は言い返した。

「だ~ってさぁ。今日は午前から結構繰り返しやってるけど、中々揃えてくれないしさぁ。あたしの指導役に立ってないのかなぁ~って自信なくなるのですよ。言ってわかってもらえるか、那珂ちゃん不安で仕方ありませ~ん。」

 のらりくらりと軽い調子で喋っている間にも4人はひたすら移動している。隣にいる夕立は川内と同じくブーブーと文句を垂れておりそして速度も安定しない。そんな様子を片目で追って那珂は自身の速力を調整する。結果として那珂は依然として夕立とほぼ同列で並走している。

 

「あ。」

 

 突然不知火が一言発した。そしてやや速度を緩めて夕立・那珂と同じ列に揃える。那珂は不知火と視線を絡ませ合うと、不知火の気づいたことに気づいた。そしてあえて彼女に声をかけることはせずわずかに頭を上下させてすぐに視線を川内のいる方向に戻した。

 

 不知火が自分の位置を調整した結果、4人のうち川内だけがずれた単横陣になっていた。しばらく微妙なズレの単横陣のままグルグル回って移動し続ける。川内は後ろに三人いる形になっていたので、たまに背中をもぞもぞと動かしてチラッと振り返る。

「あのさ~、那珂さんに他二人とも。なんであたしだけ前なの?しかも三人ピッチリ並んでるし。みんなホントに速力スクーターでやってんの? なんかあたしだけずれてるみたいじゃん。」

 

 事実あんただけズレてるんだよ。

 

 那珂はそうツッコミを乱暴に入れた。あくまで心の中だけであって、実際の口調では終始軽やかな普段の声調子を保っている。

「あたしはね、夕立ちゃんに合わせてるの。」

 続けざまに不知火がボソッと言った。

「私は、那珂さんに。」

 ついでに夕立が口を開く。

「あたしは~~てきとーに速力スクーターっぽく進んでるだけ~。」

 

 川内はそんな三人の様子に唖然とした。川内は急停止して振り返った。

「なにそれ!?みんなちゃんとやってよ! 那珂さんもやる気なくなったとか言って夕立ちゃんに合わせてないでさぁ!」

「タハハ。川内ちゃんに怒られちゃった。」

 おどけてみせる那珂に川内はイラッとして眉をひそめ眉間にシワを寄せて睨みつける。

「あのさ~、那珂さんのそーいう態度が嫌なんですよ。那珂さんのことだからなんか企んでるんでしょ? そーいうのさ、あたし理解するの苦手なんだから、言う時はきちんと言ってくださいよ。そういう人を食って掛かるの、すっげぇ苛つくんですよね、あたし。」

 そう言うと川内はわざと片足を思い切り上げた後、海面に落とした。水しぶきがあたりに飛び散る。一番近くにいた夕立の左足脛から太ももにかけてピシャっと海水がかかった。

「っぽい!? 川内さ~ん!なにするのよぅ!」

「あぁ、ゴメンゴメン。今のは那珂さんに向けてやったつもりなのよ。」

 

 明らかな敵意をむき出しにする川内に、那珂は軽さを抑えて丁寧にしかしため息混じりに言った。

「自分で気づいてくれると嬉しかったんだけどなぁ。わかったよ。ちゃんと言うね。一人ひとりが速力指示を守っても、きちんと揃わないのは当たり前かなって思うの。」

「は? 何言ってんの? 速力を合わせてやろうって言ったの那珂さんじゃん。」

 那珂のセリフが気に入らなかったのか、恫喝気味に強く突っ込む川内。しかし那珂も負けてはいない。ややドスを効かせた声で注意して続ける。

「うん、今はあたしが喋ってるんだから口挟まないでね。……あたしたちは機械じゃなくて人間なんだから、速力を合わせようって言っても、それぞれ基準とする速度も艤装の性能も違うんだから、揃わないのは当たり前ってこと。ここまではおっけぃ?」

「……まぁ、なんとなく。」

「?」

 夕立は呆けて川内と那珂に視線をいったりきたりさせている。夕立の後ろにそうっと近づいてきていた不知火が肩をチョンチョンと叩き、耳打ちした。

 駆逐艦二人の行動を気に留めず那珂は言葉を続ける。自身が思っていたことを、川内たちに向けて噛み砕いて伝えていく。その説明にすぐにコクコクと頷いて相槌を打って聞き入っているのは不知火で、川内と夕立は数拍置いてから頷いてようやく理解したという表情を見せた。

 

 

 しかし川内は納得はできていない色をその表情に浮かべる。

「だったらさ、最初から言ってくださいよ。あたしはもちろんだけど、みんながみんなそれに気がつけるわけじゃないんだからさ。」

「ゴメンね。でもあたしはこうも思うんだ。人間、一度は自分の身で体験して思い知って初めて物事の本質に気づけるんだって。失敗や経験から学ぶのは凡人だとは言われるけど、あたしはそれをダメダメなことだとは思わないの。物事の間違いに気づいて正しい道に進めるなら、少なくとも物事の二つの面を真に理解して先に進めるんだから、失敗しないで何でもできる一握りの本当の天才よりも、成長という意味では倍以上の経験と学習をできるんじゃないかって。世の中の殆どの人は凡人なんだからそれを恥じることはなくてね、あたしたちはその学び方を十分活用すべきだと思うの。だからまずそのままを伝えて、みんなに訓練し始めてもらったの。」

 那珂の説明にいまだ納得を見せない川内は言い放った。

「その言い分だと那珂さんは天才だってことですよね? 先にそーいうことわかっててさ。な~んかやる気なくすのこっちですよ。」

「うんうん。」

 川内の言葉に同意を示したのは夕立だ。とはいえこの娘は慕う川内の行動に単になんでも同意したいだけというのがだんだんわかっていたので那珂は無視した。

 

「川内ちゃんには期待してたんだけどなぁ~。ゲームとかで艦隊の結構知識あるみたいだから。」

「……悪かったですね。どうせあたしの知識は漫画やゲームの内容の受け売りですよ。」

 そう言いながらそっぽを向く川内。那珂は小さくため息をついて川内に向けて追加の言葉を投げかけた。

「悪いとかダメとか言いたいんじゃないの。川内ちゃんにはその知識を艦娘の世界での本物にしてほしいから、もっといろいろ体験してほしいってだけ。今はこの中で一番経験が足りてないけど、今のうちなんだよ?」

「今のうちって、何がです?」

「強くなるために、どんな覚え方するのも、うっかり間違えるのも、周りに迷惑かけるのも、全部許してもらえる期間がってこと。この後長良ちゃんや名取ちゃんっていう二人が入るまではあなたはまだ新人なんだから、そういう新人の特権ってところかな。」

 そう那珂が言い締めると、川内は黙りこくって俯く。

「川内ちゃんはちょっと訓練進めるだけで、すぐに周りを引っ張っていけるようになる素質を持っている気がするんだ。だから期待しているんだよ? ホントならあなた自身で気づいて欲しいところだけど、川内ちゃんがちゃんと言って欲しいっていうのであれば、あたしはあたしが気づいたことをきちんと教えてあげる。それをあなたの身にできるかはあなた自身だから、教えた後は見守ることしかできないけどね。」

 

 那珂が言葉を締め終わってもなお、川内は俯いていた。しかしその表情はさきほどまで出していた苛立ちや不服の色ではない。

 やはり、と那珂はあることに気づいた。川内は、口だけ、理屈だけで教えてもダメなのだ。多少は荒っぽくぶつかり合わないと本当の意味で彼女の理解を促すことはできない。物分りが悪いと言えなくもない。

 最後に思ったのは、デモ戦闘以来、妙につっかかってくることが増えたなぁという感想だった。しかしそれは那珂にとっては腹の立つ存在という意味ではなく、きちんと本音をぶつけてくれる好ましい存在という意味だ。

 

 

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 言ってくれなきゃわからない。そう意見した川内だったが、その後の那珂の説教を聞いていて、本当にそれでいいのかと自問自答をしたくなった。

 本当に先輩那珂に重要な思考を頼っていていいのか?

 自分は本当に指示されたことをこなしていくだけでいいのか?

 

 かつて自分の全てであった日常生活では、親しくしたい・助けたいと思った相手には自ら直情的に動いた。その結果がこの前までのいじめ直前までの状態だ。誰も彼も異性である自分を同志のように慕って仲良くしてくれていた。

 あれから数週間、自分は艦娘という世界に次なる日常生活の安定を求めて飛び込んだ。まだかつての日常のように好きな相手はいない。提督と明石さんしか、いや、夕立ちゃんもだけど。

 そういう人たちのためにまだ率先して動いて何かを成したことはない気がする。その人たちのためでなくとも、自分から何か進んで事を成したことなどない。

 

 そして特権や新人のうちだからとフォローされた。イラつく。そんなことで甘えてていいのか。自分で動かないから先輩に馬鹿にされているのかもしれない。

 なんとかしてこのふざけた軽い感じの先輩を見返したい。どうすれば見返せるのか。

 

 川内は那珂に説教される中、自分なりに真面目に今後の自分を見つめようとしていた。

 

 

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「……というわけだからね。ちゃんと教えたから、今度は川内ちゃんがあたしたちを指揮して艦隊運動をさせてみて。」

「お願いしま~す!」

「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します。」

 

 川内は那珂から彼女が想定する、艦娘の艦隊運動の重要ポイントを一通り教わった。那珂の言葉に続いて夕立そして不知火が願い入れてくる。これで言い逃れはできなくなったことに心の端でやや焦りが生まれる。

 こういうきちんとした物事は神通が得意だろうになぁと思い遠く離れた場所で練習しているはずの神通チームにチラリと視線を送る。するとやはりというべきか、神通は五月雨と村雨を率いていつのまにか安定して揃った艦隊運動を見せている。

 てっきりその指導に四苦八苦しているのかとおもいきや、そんな様子は微塵も感じられない。神通のことだから、早々にうまいやり方で教えて実践させたのだろう。

 川内は遠目で見て成功している神通に安心と同時に嫉妬もしていた。

 あたしは運動神経的には神通はもちろん那珂さんよりも良いんだから、なんとかなる。リーダーシップだってあの神通にできてあたしにできないわけがない。

 そう奮起して川内は返事をした。

 

「よっし、やってやりますよ。那珂さんの期待に答えてお釣りをもらう勢いでやってやります。神通に負けてられないし!」

 川内が掛け声をあげると夕立が真っ先に続き、その後那珂と不知火が声を揃えて反応した。

 自己嫌悪に陥りかけ、那珂と神通に対抗心を燃やした川内は、勢いはあれどお世辞にも適切とは言いがたい荒いやり方ではあるが、艦隊運動を指揮し始めた。フィーリングが合う夕立は早々に理解を示して従い、不知火はやや戸惑いながらも従ってどうにか動きを合わせる。そして那珂は後輩の下手くそ過ぎるリーダーシップの実行に心の中で苦笑しつつも温かい目で見守ることを決め、川内の指示の意を想像で補ってなんとか合わせた。

 

 那珂は川内のよろしくなかった点をすべて記憶しておくのを忘れない。訓練終了後にまとめて発表し、川内に反省点として促して指導役としての責務を果たした。

 他の艦娘、しかも同僚の神通がすぐ側で聞いている場で自身の悪点をあけすけに指摘された川内は恥をかかされたことに苛立ち、またしても那珂に苛立ちと水掛けをぶつける。今度は二人の間に他人はいないため、水しぶきは那珂に向かって跳ねるが、ギリギリで届かない。

「あたしさぁ、皆の前で何か言われるの好きじゃないんですよね。説教するなら個別にしてくださいよ。那珂さんってば、人の気持ちあんま気にしてくれないでしょ?」

 川内がまたしても食らいついてきた。彼女の言葉に那珂は心臓をチクリと刺されたような感覚を覚えてやや慌てた風に言葉を返す。

「……! ご、ゴメンね。そっかそっか。気をつけるよ。」

 食らいついてきたこと自体は那珂にとってさしたる問題ではない。那珂の心にグサリと来たのは、サラリと指摘されたことであった。親友に続いてついに後輩にまでも言われてしまった……と、那珂は心の中で悄気げ、動揺しながらもどうにか普段通りを努める。が、100%の普段の口調では言い返せなかった。

 

 時雨や夕立たちがまぁまぁと表面上での仲裁をして川内を落ちつかせている間、神通は静かに那珂と川内の二人に向かって複雑な表情の視線を送っていた。

 二人が喧嘩してしまうようなことになってほしくない。その胸中は冷や冷やだ。ただ、自分の思わぬ出来の良さも川内の対抗心と不和を増長させかねない要素だということには気づかなかった。

 

 

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 その日の訓練が終わった。他のメンツを訓練終わりに先に入浴しに行かせ、那珂、そして時雨と神通の三人は更衣室に残り、評価をまとめあっていた。艦隊運動の訓練の初日としてまずまずの出だしだろうと。

 那珂が発表したこと、それに神通はため息にも近い感情の息を吐いてから感想を述べる。

「あ……やはり、そうだったんですか。私も、途中でそれに気づきました。」

「ん?やはりって、神通ちゃん?」

 2~3秒ほど言葉を飲み込んでから打ち明ける。すると那珂は若干目を見開いて驚きを示した。

「お~さすが神通ちゃん。いいねいいね~。あなたのそーいうところ、期待してるよ。」

 那珂のストレートな賞賛に神通は素直に照れて俯く。今までは顔を隠せていた前髪はヘアスタイルチェンジ以来、横に流されていたので、彼女の照れは完全に隠れない。そのため那珂と時雨は神通が照れる様をしっかり見る形になり、微笑ましい感情が湧き上がり、自然と笑顔を神通に向ける形になる。

 

「いいな~神通さん。褒めてもらえて。僕もみんなから遅れた分、もっと頑張って取り戻さないと。」

 フンッと意気込む時雨。

「アハハ。時雨ちゃんはあの中では一番しっかりしてるだろーから、実はあたし最初っから頼りにしてるんだよ?まぁ時雨ちゃんの全体的な実力を見たわけじゃないからぶっちゃけわからないところだらけだけど。」

「ハハ。それじゃあそれは追々ってことですね。」

 時雨と那珂は揃って笑い合う。

 中学生組の中では一番冷静・落ち着いていて物腰も穏やか、しかし仲間に突っ込むときはスパっと突っ込む、那珂たちから見れば中学生組の頼れる存在な駆逐艦時雨こと五条時雨だが、やはり歳相応な部分があるのか、那珂から評価されてぎこちないながらも照れを交えた年頃の笑顔を全面に見せた。

 

 

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 翌日、翌々日と続いて艦隊運動の訓練に取り組んだ。一度始めた艦隊運動の訓練は、思いの外皆のツボにハマったのか、揃って動くことのまさに部活動・団体行動の感覚に酔いしれたのか、多少、二人ほどから愚痴や文句はあれど滞り無く進むこととなった。本来の予定では回避や雷撃訓練、対空訓練などを予定していたが、それらは日を別にしてまとめて実施された。

 

 那珂は、川内から指摘された“言ってくれなきゃわからないこともある”、という内容のセリフに強く反省し、次の日からは全員に本当の意味とやり方を伝えた。その結果、未だに根に持ってる川内以外は好意的な感想と賛同の意志を示してきた。

 

 ただ一人、川内は悩んでいた。那珂の指導方針やその効率性、そして自身の訓練取り組み時の自主性のなさに疑問を持っていたのだ。

 いつからこうなった?

 艦娘になってからというものの、自主的に何か行って他人に結果を見せたことはない気がする。

 

 わかってはいたがそれを解決出来るだけの発想が出てこない。訓練に取り組む川内は、表向きは苛立った表情をたまに醸しだす程度なので、他の艦娘からは単に不機嫌そうにしている、としか捉えられない。

 同じ新人のはずなのに訓練指導役として神通が那珂に取り立てられ、早々に最古参の艦娘の五月雨を始めとして皆に受け入れられ、自主的にみんなの訓練を組み立てている。川内はその差が気に入らない。

 短絡的で馬鹿で配慮ができないのは昔から周りに言われていたし、自身の成長の結果なので今更どうしようもないが、やはり納得行かない。そもそも艦隊運動や速力など、艦隊的な要素を教えたのは自分だという自負がある。神通にも嫉妬するが、神通を優遇している那珂にも嫉妬している。

 やり場のない怒りやもどかしさが川内の周りの空気を澱ませていた。

 楽しいことをして気分を一新したい。ゲームや漫画を楽しむことも考えるが、艦娘のこともなんだかんだで楽しい出来事の一つだ。朝楽しく訓練に参加し始め、途中で思い知らされて勝手にいじける、帰る頃には靄々した気持ちで帰宅する。

 そんな悪循環。川内は隠し・ごまかしきれていないわだかまりを胸の一部に秘めてはいたが、夕立を始めとして他の皆とどうにか明るく接するよう努めた。

 

 そうしてある日、鎮守府Aは新たな艦娘の着任を迎えた。


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