同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 自分達で決めた速力指示を試す那珂達。陣形もということになり、那珂はゲーマーである川内が持つ艦隊ゲームの知識からそのヒントをもらいつつ考える。


速力指示の実践

 その日の夕方、水上航行訓練のために海に出た那珂たち。プールではないのは、自分達で決めた速度表現・指示を実際に試し・計るためだ。そのためにはプールでは手狭すぎた。

 那珂たちが試運転代わりに自由に航行している側、堤防の向こうでは提督と三人の教師、そして技師の女性が見ている。明石は別件の仕事が舞い込んできたためこの場では欠席した。

 プラス、夕方以降は五十鈴が姿を現した。遅れての参加のためチェックシートの概要までは伝え聞いていたが、その後の指示系統の話までは五十鈴は知らずにいた。そのため海上で那珂・神通・時雨からざっと話を聞いて五十鈴は状況をようやく共有できた。

 

「なるほどね。確かに私達らしくて良いかもしれないわね。……個人的には微速とか第一戦速とか黒10とかそういう言い方したかったけど。」

「おっ、五十鈴さん。もしかして海自の指示系統勉強してたんですか?」

 川内が調子よく尋ねると、五十鈴はため息一つついてから面倒くさそうに言い返した。

「私はあんたと違って事前に勉強を欠かさないんだからね。舐めないでよ。」

 ピシャリと五十鈴が川内に言い放つと、川内の側にいた那珂が

「アハハ……五十鈴ちゃんいちいち厳しい~。」

と言ってさすがに後輩の肩を持ってその場の雰囲気を和ませた。

 

 五十鈴も加わって那珂たちは改めて速力指示の実践を始めた。

「それじゃあ等倍速のスクーターからいくよ。おおよそ10ノット。一般的なスクーター……でわかりづらかったら、自転車をわりと力強く漕いで出す速度って覚えてもらえばいいハズだよ。」

「よっし!まずはあたしからだ!!」

 意気込んで早速スピードを出そうとする川内を那珂は服の襟を背後から掴んで止める。

「ちょーっと待った!なーんでいきなり猛ダッシュしちゃうような勢いっぷりなのさぁ?」

「ハハッ、なんかついノリで。」

「はいはい。他の皆はこのかわうちちゃんみたいに慌てないでね~。」

 川内の服の襟をパッと放したあと那珂は他の艦娘たちに向かって改めて音頭を取った。クスクスと失笑が蔓延するも、川内は頭をポリポリと掻いてその笑いを意に介さない。那珂はハァと溜息をついた後続けた。

 

「普段通りのって言ってもなかなか難しいと思うから、ちゃんと計ろう。あそこにいるおっさんの力をちょっとばかり借ります。ねぇ~提督ぅ~!!」

「なんだー?」

「今からあたしが行くところに来てー。」

 提督を呼んだ那珂は堤防ごしに彼に説明し、河口から約50mほど離れた場所に提督を呼び寄せた。次に那珂は技師の女性を呼び、自身がまっすぐ河口、つまり堤防沿いの道の袋小路まで進み、そこに技師を移動させた。

「○○さーん!」

「はーい?」

「すみませんけど、ここであたしたちのタイムを計ってもらえますか?」

「あ、もしかして提督がいらっしゃるところからここまでってこと?」

「はい、そーです。」

 

 そうして外野に手伝ってもらうことを説明した後、再び海上にいる艦娘たちに向かう。

「提督がいるところから○○さんがいるところまでをまっすぐ進んでもらいます。50mあるので、体育の50m走とかあんな感じでやってもらえればいいかなぁ。」

「なるほどね。でも50mって距離はどうなのかしら。帯に短し襷に長しじゃない?」と五十鈴。

「上は全速力に近い区分まで計るから、距離はこれくらいがいいと思うの。まぁ一度やってみよーよ?」

「えぇ、わかったわ。」

 五十鈴を始めとして他の艦娘たちも相槌を打つ。

 そして自分たちで決めた速度指示の表現にしたがってその後2時間近くかけて実際の航行速度を調整して直線50mを往復し続けた。

 さすがに2時間も提督や女性技師を付き合わせるのに気が引けた那珂は、最初の数回のみ彼らに手伝ってもらい、その後はローテーションを組んで自分たちで所定の位置について進めた。

 提督や女性技師がその後別件の仕事で戻っても、三人の教師は堤防沿いから生徒たちの様子をジッと眺めていた。

 

 

--

 

「よし、神通ちゃんのリニアまで終わり!これで全員のスピード測り終わったよ。おーい、時雨ちゃーん、戻ってきていいよー。」

「はーい。」

「これで全員分の動画とタイム揃ったよね~?」

 速度指示の実践の記録は時雨の担当になっていた。時雨は女性技師から引き継いでいたタブレットとスピードガンの画面ロックを解除し、その中の一覧にある全員分の記録を再びザッと眺めて確認している。

「……はい、問題なさそうです。」

 時雨が那珂に視線を送ると、那珂は笑顔で視線を返し、そして全員に向かい直して言った。

「みんな、お疲れ様~。最初はちょっとブレブレだったけど、みんな後半はコツを掴んだようで問題ないかな?」

「はーい。」手を伸ばして答える川内。

 

 

「さすがに……思いっきり走ると……同調してても……はぁはぁ。疲れ……まふ。」

「アラアラ。神通さん大丈夫?」

「神通さん!」

 最後にリニアの速力を実践した神通は、まるで全速力で陸上を走ったかのように激しく息切れを起こし、倒れ込みそうになる。それを妙高が背後から支え、不知火が心配そうに無表情で見つめている。

「神通ってば、同調してても体力ないの~? あんたは普通の体力づくりが必要だよ。また明日からあたしと特訓する?」

「(コクコク)」

 川内が冗談めかして冷やかしの言葉を投げつつ、気遣って誘うと、神通は言葉なくコクコクと連続して頷いて意思を示した。

「あ、それじゃあ僕もご一緒していいですか?」と時雨が自主練への参加を申し込んできた。それに不知火が当然と言わんばかりに

「神通さんが。だったらわたしも。」

と無表情で参加の意思を示す。密かに尊敬して慕いたく思っていた二人が協力の意思を示してきたので神通は、まだ呼吸が途切れ途切れのため声を出せないので無言でコクコクと頷いて二人の参加を歓迎した。

「ゆうたちも一緒にやろうよ?」

 時雨は夕立や五月雨らを誘ってみたが、3人の反応はイマイチだった。

「あたしはめんどいっぽいからパース。」

「う~ん、秘書艦の仕事もあるからなぁ~。朝から疲れるのはちょっと……。」

「神通さんのことは二人に任せるわぁ。」

 やる気に欠ける親友3人の反応に時雨は苦笑いを浮かべるしかできなかった。そんな時雨と間接的に話題にされた神通に対して那珂がフォローする。

「アハハ。みんなもうわかってると思うけど、同調してても体力まではパワーアップしないからね~。神通ちゃんのことは川内ちゃんたちにお任せしちゃいます!お願いね?」

「「はい。」」

 

 

--

 

 そして那珂は再び会話の主導権を取り戻した。

「さて、あとでみんなの動画と記録は提督に頼んでちゃんとした記録に残してもらうから、今回出した速力を忘れないように何度も練習してね。それじゃあ今日はおわ……」

「ねぇ那珂。」

「ん、なぁに?」

「どうせ速力指示まで決めたなら、フォーメーションや陣形も考えてみない?」

 那珂が話を締めようとしたところに、五十鈴が口を挟んだ。那珂は五十鈴の提案に興味ありげに耳を傾ける。

「今の私達が本当の艦船みたいに速力指示を決めるならさ、本当の艦隊に倣って……並び方って言えばいいのかしら? バスケやバレーボールみたいにフォーメーションを決めたら効果的なんじゃないかって思うの。」

 那珂はもちろん、川内や神通も五十鈴の話に耳を傾けて真面目に聞き入っている。そんな周囲の反応を見ながら五十鈴は続けた。

 

「今まで私達はただなんとなく並んで動いて、これまでの任務に挑んでいたと思うの。どうかしら?」

 五十鈴の提案は那珂自身も頭の片隅で考えていたことだった。艦船をモチーフにした艦娘が艦隊のフォーメーションつまり陣形まで真似るのは自然な発想だ。

 しかし艦船・艦隊という先入観に囚われたくない意志を強く持っていた那珂は、五十鈴の提案に半分拒否反応を示したかった。とはいえ艦娘の大事な要素となりうるものを個人的な感情でふいにしたくない。そう冷静に思い返す那珂は五十鈴の言葉をやや反応を濁しながら飲み込むことにした。

 

「そーだね。確かにあんまり意識したことなかったかも。艤装装着者の教科書にも進行方向にまっすぐ並ぶ単縦陣とかいうのしか書かれてなかったし。なんとなくで今までやってきたからね。」

 那珂と五十鈴の会話に質問で割り込んできたのは時雨だ。

「あの……よろしいですか?」

「ん、時雨ちゃんなぁに?」

「陣形っていっても僕達、艤装装着者の教科書では那珂さんが今おっしゃった単縦陣しか習ってませんよ。他の陣形に何があるのか知らないんですけど。それも他の鎮守府では教えられたりするんでしょうか?」

 時雨の質問は的を得ていたのか、隣や2~3歩背後にいた五月雨らがウンウンと頷く。そんな時雨に触発されたのか神通は口を挟んだ。

「確かに。あとで提督に聞くべきかと。」

「あ~、提督はダメ。あの人、艦隊の知識ないって言ってたもん。多分あたしたちとそう変わらない知識レベルだと思う。」

 那珂は悪びれた様子なく、さり気なく提督の現状を貶しながら明かす。

 

 那珂たちがあれやこれやと話し合う脇で、身体をウズウズさせて聞いていた川内が両手を挙げて注目を集めた後発言してきた。

「はいはい!あたしに良い考えがあります!!」

「なぁに、川内ちゃん?」

 川内の発言・提案パターンがすでにわかっていた那珂や五十鈴はまたアレかと思ったが、あえて黙って聞くことにした。

「陣形の知識ならお任せくださいよ!○○や□□っていう大海戦ゲームがあるんですけど、ゲーム中の説明が詳しくて初心者向きなんです。それにガイドブックがこれまたわかりやすくて読んでて楽しいのなんのって。結構オススメなんですよ!」

「……あんたさ、何が言いたいの?ゲームを勧めたいの?なんなのよ。」

 五十鈴がピシャリと言って催促する。すると川内はフンスと鼻息一つ鳴らしてようやく本題を口にし始めた。

「だ~か~ら。ガイドブックに艦隊の陣形とか動き方、これって艦隊運動っていうらしいんですけど載ってるんです。それ見れば、小難しく考えなくても楽しく覚えられると思うんですよ。どうですか!?」

 水を得た魚のように川内は目をキラキラさせながら拳を強く握って話す。五十鈴はもちろん、那珂もあっけにとられるが、結構役に立つ知識かもと期待を持って反応する。

「つまり、それをあたしたちが見ればいいってことかな?」

「はい。それさえ見れば色々検索する手間省けると思うんですよ。っていうくらいまとまって載ってるんで。」

「じゃあ帰りに本屋寄って見ていこ。川内ちゃん、この後一緒に帰ろ?お買い物お買い物~。」

「はい!!」

 使えるものならなんでもいいや。この後輩の知識は自分が捌いて活用の場を与えてあげるべきだ。

 そう那珂は開き直って思うことにした。

 

 

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 その日の訓練とチェックシートの実践をひとまず終えた那珂たちは工廠へと戻り、各々の教師たちと一緒の本館へと戻って締めの打ち合わせを済ませた。

 五月雨は秘書艦の仕事を続けようとしたが、提督から帰るよう促され、時雨たちや教師の理沙と揃って帰っていった。途中までは妙高も一緒だ。

 不知火と教師の桂子も揃って帰り、残るは那珂たちとなった。

 

 着替え終わり、普段の姿に戻った那美恵は同じく更衣室で着替え中の流留と幸、そして座って待っている阿賀奈に尋ねた。

「あたしはこの後流留ちゃんとお買い物していくんだけど、二人はどうします?」

「あ、あの……本屋行くのであれば、私も。」

「先生はまっすぐ帰るわ。先生がいたらあなたたちも楽しめないでしょうし~。お邪魔をしたらいけないものね~。」

「アハハ。先生ってば。別にかまいませんよ。てかむしろ先生の普段のこと知りたいので、一緒に買物行きましょ~よ~!」

 招き猫のように手をクイクイッと招く仕草をして阿賀奈を誘い込む。すると最初は遠慮がちに拒んでいたが、コロッと態度を180度変えて阿賀奈は乗り出してきた。

「し、仕方ないわね~!そこまで生徒に頼られちゃうんなら、先生としては行かないといけませんね!夏休み中の生徒たちの素行を見守るのも役目だものね、うん!」

 

 満面の笑みで那美恵たちに迫る勢いの阿賀奈。この日、那美恵たち三人+教師は、傍から見れば仲良し同世代四人組の雰囲気を醸しだしたまま隣の駅の大手ショッピングモールに寄り道し、目的の本やその他ショッピングを堪能して帰路についた。

 

 

--

 

 那美恵は流留から艦隊運動のイロハがわかりやすく書かれているというゲームのガイドブックを教えてもらった。その内容はゲーム好きの流留が張り切ってオススメしてきたのも納得の、非常に興味深い本だった。

 那美恵はこんなマニアックなゲームもあったんだ、と初めて買うゲーム関連の書籍に心臓の鼓動がやや駆け足になる。ふとチラリと隣でジーっと見ている後輩に視線を移すと、期待の眼差しが視界に飛び込んできた。

 (さあなみえさんもゲームにハマりましょう!)

 そんな勝手な声が勝手に聞こえてきた気がしたが、眼差しも心の声も一切無視して冷静に振る舞いレジに直行した。

 

「あ~、これでなみえさんもゲーマーの仲間入りかぁ~。先輩に影響与えられて嬉しいなぁ。」

「ちょ、ちょっと流留ちゃん? あたしはあなたみたいにハマったりしないんだからねぇ!! あくまでもJKにも読みやすい資料として注目したかっただけなんだから。」

 

 言い訳がましく那美恵が言うと、流留は不敵な笑みをこぼしながら那美恵の肩をポンポンと叩いてニンマリと喜と楽が入り混じった表情を浮かべた。さすがの那美恵も、含みを持った怪しい笑顔を向ける流留に対し、たじろぐしかなかった。

 

 それにしてもただのゲーム書籍でこんなに分厚いのはなんでなんだろう?

 疑問を持ったのでそれとなく流留に尋ねてみると、シミュレーションゲームならこんなものだという、知ってる者しかわからない達観した表現が返ってきた。釈然としないが、自身が参考にしたいのはあくまでも現実の艦隊運動や陣形に関わるコラム部分。ザッと眺めて流留に尋ねると、全体の20%ほどのページ数だという。ゲーム部分など興味ない部分はそもそも読まなければいいと判断し、購入後、バッグに本をさっさと仕舞い、流留や幸たちの求める買い物に続くことにした。

 

 

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 本を読み進めてから数日経った。

 その間の訓練は、先日と同じ流れでチェックシート作成・議論、チェックシートを用いた公開訓練という流れを繰り返した。

 本も読み進めて知識を深める一方、普段の訓練の内容のすり合わせにも注力する。 本当の艦隊運動の知識なのかどうか疑問を感じたところは改めてネットで検索して知識を補完する。時々流留と話をし、後輩の知識と認識合わせをする。資料が足りないと感じた時は独自に資料集めも重ねる。

 

 ある日、その日の訓練が終わり、艤装を仕舞って工廠内で皆で一休みしている間、那珂は相談役の神通と時雨を呼び寄せて自身の考えを明かして相談してみた。

「ねぇ二人とも、聞いてくれるかな。前に五十鈴ちゃんから提案してもらったフォーメーションとか艦隊運動のこと、そろそろ案を試してみたいの。」

「(コクリ)いいと、思います。」

「はい。皆集めますか?」

 神通、そして時雨は賛同の意を示して聞き入る体勢を構える。

「ううん。まずは二人と提督に。ホントなら五十鈴ちゃんもいてくれると助かるんだけど、もうすぐ長良ちゃんと名取ちゃんになるあの二人の着任の準備でいそがしそーだからさ。」

「そうですね。五十鈴さんの分は僕たちでなんとかしましょう。」

 時雨が相槌を打つ。

 那珂が頼りたかった五十鈴は、長良となる黒田良、名取となる副島宮子の着任の準備等でこの一週間の間の訓練も休む頻度が増えていた。着任式が目前に迫っているのだ。そのためこの日の訓練にも五十鈴の姿はない。

 那珂は神通と時雨を連れて提督のいる執務室へと足を運んだ。執務室には提督と妙高がいた。五月雨が訓練に終始参加する代わり、主婦業後に比較的時間があるために、妙高がこの日の秘書艦だ。

 那珂は提督と妙高を含めた四人に案を説明し始めた。

 

「……というわけなの。参考になって面白かったよ。陣形も艤装装着者の教科書で乗っていたのは、どうやら艦隊のもっとも基本となる陣形の“単縦陣”ってやつで、他にも“単横陣”とか“輪形陣”とか、“弓形陣”とかあるみたい。でもね、一通り読んでみて思ったのは、あたしたちは人間じゃんってこと。」

「……と、言いますと?」

 那珂の言いたいことのポイントが掴めず、神通はすぐに尋ねた。

「うん。よくよく考えたらさ、あたしたち艦娘は戦う場所が海ってだけの人間なのです。そこでね、お船じゃないあたしたちが参考にするべきなのは、陸上戦の陣形も含めた、幅広い意味での陣形なんだと思うの。実際に陣形組んだとしても、相手にするのはお船の常識なんて通用しないかもしれない化物だよね。だから、今までの常識に囚われた戦術ではいけないと思うの。」

 那珂はしゃべっていて、これはどれほどの鎮守府の艦娘たちが通ってきた議論の道なんだろうと思った。ややもすると同じことの繰り返しをしてしまっているんじゃなかろうかとも。

 

 

--

 

 結局のところ、那珂が感じた不安は日本の艦娘の大半に当てはまることであった。

 日本における艦娘事情は、軍隊化、対人の兵士・私兵化、戦力化を避けるために一般人からの公募で成り立ったものの影響が色濃く出ているためだ。

 それは日本以外の国の政府の艦娘への捉え方にも影響しているが、軍隊が明示的に存在できる国では常備軍と対化物向けの艦娘という集団の境界線は日本ほど厳格ではない。よって外国の艦娘には本職が軍人という人間もざらにいる。そもそも、艦娘(艤装装着者)の集団が一部隊となっている軍を持つ国さえある。

 

 従って、軍事力とみなされかねない艦娘は、外国と日本では少々捉え方が異なる。

 第二次大戦以後の特有の勢力と根付いた感情による影響に支配された日本では、2080年代でもその影響は色濃く残っていた。艦娘・艤装装着者を軍隊と結び付けられないよう印象付ける。印象付けなければ、日本から始まった艦娘制度ではあるが、世論の風当たりによって日本では立ち行かなくなる危険性がある。そうなると領海侵入、そして沿岸の領土と国民が人外に脅かされかねない。一部の国民感情と某国との外交関係 or 物理的な被害どちらを考慮するか、日本政府にはそういう意味合いの天秤もかかっていた。

 日本において艦娘・艤装装着者は深海棲艦対策局という防衛大臣認可の下の組織に属するが自衛軍ではない。あくまで国がバックボーンの害獣駆除の専門の団体扱いだ。資格者も自衛隊や政府関係者からは極力出さず国民が主役。ただ対人ではないにしろ戦うことになるため、危険性の問題もある。そして一歩間違えれば徴兵制かと囚われかねない要素にも神経質にならざるを得なかった。そのためあくまでも志願制としての根回しを日本政府はほうぼうにしていた。

 

 実際の性能は人体に合わせて制御されているとはいえ、日本帝国海軍の当時の軍艦の性能相当を発揮しうるスペックの艦娘用の艤装(正式名称は人体装着用小型艤装装置群)を身につけた人間は、その一人でもあらゆる軍事ユニットの脅威となっていた。150年前の艦船ベースの戦闘力と、現代の護衛艦の戦闘力ではもはや天と地ほどの開きがあるが、人の身に適用するという意味では、150年前のデータでも問題なかった。

 戦闘技術がない一般人でも技術A由来の同調の仕組みにフィットさえすれば十分に戦えるほどの装備なのだ。あまりにも脅威の戦闘能力を有してしまうため、初期の艦娘の艤装の開発段階ではパワードスーツの文字通り、単体で史上最強の存在となってしまった。実際、初期2~3年の艦娘は、試験的に対人陸戦向けとして脅威の戦闘力を発揮したケースがあった。害獣駆除レベルの人外の化物に対し、過剰な戦闘力ではないか、と開発チームを支援した各国の要人からの懸念の声が集中したため何度かの仕様変更を余儀なくされていた。艦娘の艤装の仕様が安定化した現代でも一般レベルの格闘家はおろか歴戦の自衛隊隊員、日本以外の国の熟練兵士にも匹敵か遥かに超える戦闘能力を得られるため、喉から手が出るほど要望されるパワードスーツ扱いなのが、現代の艦娘用の艤装だ。

 そんな水準にまで仕立てあげた艤装を揃えた時点で、艦娘に志願する国民の危険は十分に低下させられると計算され、またそれは初期の艦娘の戦績からも証明することができた。後は化物と戦うことになる国民の生活保障を手厚くすれば印象づけは完成だ。数々の思惑を込めて根回しし、問題非難の声を上がらなくさせようやく艦娘制度は日本から産声を上げ、歩き始めた。

 

 初期の艦娘の初陣と勝利は国民の大半と海外へと大々的に公表され、初めての人外との戦いの幕開けが日本からなされたことを知らしめられた。その結果、20~30年経った今では浸透しきったがゆえの知らぬ者・興味のない者、危機感を持たぬ者もいるという、息をするように当たり前という状況だ。

 日本政府と艤装開発チームとそれを支援した要人達の目論見とプライドは上手く絡みあって守られたことになる。

 

 目論見が功を奏して、日本の艦娘・艤装装着者は常に一般人からの公募で成り立つようになり、安全性・ゲーム性(スポーツの一貫としての)のアピールが効果的に働いて世論の批判が(表向きは)でなくなった。

 一人でも本物の軍艦並の能力を発揮して戦うことができるというメリットの裏で、デメリットも発生した。それが、艦娘誕生以後20年の間に日本の艦娘には戦術の継承と蓄積が進まずにいることである。

 人の身で軍艦相当のパワーを発揮できるが、本物の軍艦ではないために艦船の常識は通用しないし、一般人はそのような知識を貯め込もうとはしなかった。身につくのは最低限のチームプレーたる戦術止まりである。日本国としては一般人の戦闘を明示的に推奨したわけではないし、艦娘制度と深海棲艦の関係はあくまで害獣駆除レベルの認知であり戦争行為ではない。自衛隊との関わりも明示したわけではないので、同制度の対策局と担当者(艦娘・艤装装着者)に対しての戦闘技術・戦術に口出しはできなかった。

 結果、後から艦娘制度を採用して深海棲艦との戦いに乗り出した欧米諸国の艦娘に根本の戦術で劣るようになってしまった。彼の国らは、深海棲艦との戦いを害獣駆除程度とは位置づけていないからだ。

 とはいえ艦娘を持てない国がほとんどのアジア地域では、日本の艦娘の力量とその技術レベルは優位性を高く誇っている。

 

 日本は周辺の国々からも頼られているが、それは素直に頼られてると受け取れる状況ではない。

 一時期明確な海軍を持って紛争地域に実効支配の手を伸ばし始めた隣国は、世界中から非難と抗議を浴びながらもその手を広げていた。大国であるがゆえに本格的な戦争に持ち込みたくない欧米諸国やアジアの国々とのにらみ合いという実質的な冷戦が続いて数十年経ち、そこに深海棲艦が現れた。

 隣国は人間の国相手ではなく、深海棲艦という化物相手にコテンパンに伸されてプライドをズタズタに破壊され、海軍力も制海権の主張の声も失い、以降海上進出を極端なまでに避けるようになった。その代わりに、自国の領海直前までの防衛は太平洋に直接接している日本などの島国が担当するのが当たり前と乱暴に公の場で主張し、暗に防衛の肩代わりを求めるようになった。その乱暴な物言いが許されるのは隣国が経済的にも無視できない巨大な存在になって久しいためでもあった。

 そんな事情もあり、日本は頼られるというよりも、危険への盾にさせられているという見方をする有識者もいる。

 

 世界の事情など知らない一端の女子高生である那珂を始めとして川内や神通、そして時雨ら学生は車輪の再発明をしようとしていた。しかしそれは日本という特殊な事情を持つ国であることももちろんだが、それよりも何よりも、鎮守府A自体が出来て未だ一年に満たない生まれたても同然の、艦娘(艤装装着者)の組織ということが強く影響していた。

 

 

--

 

「……でね、あたしとしては速力指示のように、あたしたち独自のフォーメーションや艦隊運動を作りたいッて思うの。もちろんあたしたちはズブの素人だから、まずは基本的な艦隊運動やフォーメーションを学ぶ必要があるけど、それにのめり込む必要はなくってね。」

 そんな那珂の思いをすぐに理解したのは神通だ。

「前に行った自由演習の時の、輸送側と妨害側のフォーメーションですね。」

「そー!そー!そうなのよ、神通ちゃん。あんな感じでとりあえずなんとなくでもいいから試して、鎮守府Aの艦娘の戦術として固めていきたいの。」

「すみません。僕はそれ知らないので……。」

 時雨が話題に入れず、申し訳なさそうにボソッと言う。そんな時雨をフォローすべく那珂はブンブンと頭を横に振ってから言った。

「ううん。気にしないでよ。またみんなでやろうと思ってるから。その時は時雨ちゃんも一緒だよ。」

 時雨は言葉なくコクリと頷く。

 

「那珂の言いたいことは分かったよ。君はやっぱ熱いな。頼れる生徒会長ならぬ、裏の秘書艦ってところか?」

「んああぁ~、そんな変な称号はいらないよぉ~~! 恥ずかしいってばぁ!」

「ハハッ。いいじゃないか。そういうの、俺は好きだよ。よし、俺も協力しよう。資料集めを手伝うよ。」

 

 ドキッとさせられる。

 まったくこの男性(ひと)は……。世間的には大してイケメンでもないくせにいちいち人の心を惑わせる言動をするんだから。

 あたし以外の娘をもそうやって惑わしてきたのかと思うとイライラもするが。

 

 提督の言に那珂は意図せぬからかいを受けて内心乱されて頬を膨らませてプリプリと怒って見せ、仕返しとばかりにツッコミを交える。

「も~。提督の提案ありがたいよぅ。でもね、あたしは提督からこういうお話と指示をもらいたかったよ?」

 那珂がそう言うと、実は神通らも同じ心境だったのか、ウンウンと頷きそして提督を見る。4人分の視線が一身に集まった提督はこめかみ付近をポリポリと掻いて隠しきれぬ照れを見せる。

「コホン。わかった、わかったよ。俺も勉強しておくよ。当然、那珂は一緒に勉強してくれたり手伝ってくれるんだろ?」

「アハハ。そりゃーもちろん。手取り足取り……ね?」

 またよからぬ流れになりそうな危険な匂いを感じた提督は再び咳払いをして話を強制的に打ち切る試みをした。

 もちろん今の那珂も脱線をし続ける気はない。

 

 

--

 

「この一連の訓練は……そ~だなぁ~。艦隊運動の訓練とでもしよっか。内容は……二人や妙高さんはどんなことをしたいですか?」

急に話を振られて顔を見合わせる三人。最初に口を開いたのは妙高だ。

「そうですね。集団行動ということであれば、まずは並んで同じ動きを流れるようにするところから始めたいですね。」

「揃えて動くのは大事ですよね。陣形をする前に何度か練習したいです。……そういうの苦手な友人がいるので。」

「あ、多分私の同期も……そんな気がします。」

 時雨と神通のさりげない揶揄に那珂はタハハと苦笑する。

 

「まずは教科書にもあった単縦陣っていうので、色んな動き方を繰り返し練習しよ。陣形は今後あたしたち三人でまずは骨組みを考えていけばいいかなって思うの。」

「応用は……ひとまず置いといて、基本からということですね。」

 神通がそう呟くと那珂はコクリと頷いた。続く勢いで那珂は提督に視線を向けた。

「それじゃ提督にも一つ宿題。」

「ん、なんだい?」

「あたしが読んだ本を読んでおいて。一応付箋紙貼っておいたから読んで欲しいところはすぐわかると思うの。」

「あぁ。お安い御用だ。他にはなにかあるかい?」

「ん~っとね。提督が都合のいい日だけでいいから、あたしと神通ちゃん・時雨ちゃんの話し合いに参加してほしいの。いいかな?」

「あぁもちろん。その時は五月雨も加えていいかな?もちろん彼女が秘書艦の勤務しているときだけど。あの娘には色んな物を吸収してもらいたいんだ。」

 提督がした追加の提案。特に断る理由もなく、むしろ那珂もそうしたい思いだったので二つ返事で承諾した。

 

 その後打ち合わせは艦隊運動の訓練の基本設計から始まり、本来の訓練の残りのカリキュラムを詰める流れで進めた。

 個々の訓練自体は問題ない。チェックシートの効果は先の訓練によってそれなりに効果が実証された。あとは艦隊運動という、今までなんとなしに形だけ真似てみた陣形もどきを、明確な仕組みとして整える。そうでなければ未だ人が少ない鎮守府Aの艦娘では数で勝る深海棲艦に勝って担当海域の安全を守ることなどできない。数少ない自分たちで効率よく戦いを進めるには、やはりきちんとした戦術は必要だ。参考になるのはやはり他の鎮守府の艦娘だ。

 他の鎮守府の艦娘たちの戦い方を知りたい。身を持って感じたい。

 

 那珂は打ち合わせを進める間の脳の別の箇所で、そのように考えていた。


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