同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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洋上の4人

 五十鈴たちが出撃して数分後、那珂たちも鎮守府Aの沿海を出て目的の海域に向けて移動し始めていた。

 送られてきていたBのCL2-DD1の現在の位置情報を那珂がスマートウォッチで確認すると、那珂たちから見て11時の方角、実際の方角では南西に約21kmと、位置的には羽田空港~京浜港の少し北を移動していることが伺えた。

 隣の鎮守府からは軽巡洋艦天龍と龍田を含めた4人の艦娘がチームを組んで追撃中である。

 

 先に発進して沖に出ていた神通・五月雨・不知火は少し遅れてやってきた那珂を待っていた。

 

「ごっめ~ん。さていこっか!」

「「「はい!」」」

 

 那珂は普段の口調と雰囲気で、先刻まで抱いていたもやもやした感情を一切感じさせずにいた。想い返すと制御できぬ感情のためイライラし始めてしまうことがわかったため、きちんと気持ちを切り替えるべく両手で左右の頬を同時にパチンと叩く。

 それは神通たちからすれば、なんだかよくわからぬ行為としか捉えられない。

 それを見て気合を入れた行為と捉えて真っ先に真似をしたのが五月雨だ。

 

「エヘヘ。じゃあ私も気合を入れます!えーい!」

 

パチン!

 

「私もバッチリです!」

 

 あたしの気持ちも知らずに真似するなんて、五月雨ちゃんってば可愛すぎやろ!!と、適当な方言風に心の中でツッコんで萌え転がりながら少女の仕草を見ていた。

 とりあえず出撃任務のやる気は萌え力(ぢから)から満たされた那珂であった。

 

--

 

 那珂たちはまっすぐ南西へと移動し始めた。時間がもったいないと感じたため、最初から通常海上を移動する速度の2倍出しての移動だ。移動中はひたすら平坦な海の景色が続く。さすがの那珂も、そして普段から物静かな神通ら3人も口をつぐんで進む。

 4人の隊列は那珂を先頭にして、神通・五月雨・不知火と単縦陣で組んで進んでいた。

 

 

 鎮守府Aのある町から約11km先の海上。那珂たちは東京湾のど真ん中にいた。那珂や五月雨・不知火はすでに慣れていて何も感じていないが、初出撃・初陣である神通は海上のど真ん中を人の身で平然と滑るように移動するその様に、密かに高揚感と優越感そして不安がないまぜになった感情を抱いていた。

 今の速度はどのくらいなんだろうかとふと疑問に感じる。自転車を立ち漕ぎで全力で漕いだ時?それとも自動車?

 色々想像してみるが、神通こと神先幸として速い乗り物に乗った時の速度などそれほど気にする人生を送ってきたわけではないため、比較材料を頭に思い浮かべてはみるが結局わからない。わかるのは、姿勢をまっすぐにして直立に近い状態にすると風の抵抗をやや受けてすこしだけつらいということだ。だがそれでも艤装は推進力・浮力そしてバランスを自動制御してくれるので平然と進める。だから今このときは顔にビシビシ当たる夜の潮風など正直どうでもよかった。

 不明点で悩むモヤモヤよりも、風を受け髪をなびかせて一般人ならあり得ぬ移動方法による爽快感のほうがはるかに優っていた。

 

 神通は、訓練の最初の1週間を思い出した。

 最初は川内に遅れて中々自由な移動ができなかった。それが今や平然と鎮守府の工廠の湾から出て速度を上げて東京湾を直進している。自分は艦娘になる前から果たしてどれだけ変われたのだろうか。今こうして高揚感を抱きながら過ごしているが、自分の中の何かが変わったわけではない。

 それは結局のところ外的要因で変わったに過ぎないのだ。神通はいまいち自分を素直に評価できない。

 

 そういえば川内は元気にしているだろうかと心配に思った。まだ他者を気にかけるほどの余裕が神通にはあった。

 

 

--

 

 どれほど移動し続けたかわからなくなった頃、那珂以外の3人は平坦な景色に飽きていた。那珂は時々スマートウォッチを見て、隣の鎮守府の艦隊から送られてきているBのCL2-DD1の位置情報を確認している。

 一方で後ろの3人は雑談をしていた。

 

【挿絵表示】

 

「あ!あそこって何かな?位置的には東京○○○○ランドかなぁ~?シーだっけ?」

「シー。」

「二人とも……よく見えますね。もしあそこがシーだとしたら、位置的には直線でも6kmくらいありますよ?」

 五月雨が有名なランドマークの光を見つけて不知火に話しかける。神通は五月雨が発見したとされる遠くの光を見てみたが、自身には相当睨みつけないと捉えられないので焦って弱々しくもツッコミを入れる。

「え、光となんとなく周りの形見えませんか?」

「?(コクリ)」

「……。」

 何が違うのか、古参の二人と自分を比べてなんとなく察しがついたが、あえて自分で触れる必要もないだろうと思い、神通は軽くため息をついて前方の那珂へと視線を戻す。

 五月雨たちの会話を聞いていた那珂だったが、自分まで会話に混じって目的から逸れる気はない、今は完全な真面目モードだった。再びスマートウォッチの画面を確認すると、標的の深海棲艦までは後5kmにまで迫っていた。

 その時、通信が入った。

 

 

--

 

「こちら神奈川第一鎮守府、第3艦隊旗艦の天龍。応答願う。」

「はーい!こちら鎮守府Aの第1艦隊、旗艦の那珂です!天龍ちゃんおひさ!」

「え……おぉ~!那珂さんかぁ!!よそからの支援ってのはあんたのことだったのか。うわっ!なんか嬉しい!今回も頼むぜ?」

「おぅよ!そっちに龍田ちゃんもいる?」

「あぁ。あと今回は前のやつらとは違う駆逐艦が二人だ。そっちは?」

「こっちはねぇ~、あたしの学校の後輩が軽巡洋艦神通になったからその子と~、それから前にあったの覚えてるかな?五月雨ちゃん。それからもう一人は知らないと思うけど、不知火ちゃん。」

「へぇ~学校の後輩かぁ。それじゃあ前に話してた艦娘部無事作れたんだ?」

「うん!もっとお話したいなぁ~。戦い終わったらお話しよ?」

「あぁ。まずは邪魔者をさっさと片付けねぇとな。合流ポイントは……」

 

 すでに親しくなって気軽に話せる友人関係になっていたため通信での会話が弾みそうになった那珂と天龍だったが、お互い旗艦ということで私語は早々に打ち切り、お互いの合流ポイントや作戦を通信越しに確認しあう。

 天龍からの情報を聞いた那珂はそれを神通たちに伝えた。

 深海棲艦は海上に頭を常に出しているのが1体、ソナーによるとその近くにたまに海上に顔を出すのが1体という編成だ。天龍たちが追撃している間にもう1体は倒していたため、残り2体となっていた。

 常に頭を出している1体は背びれのようなものでエネルギー弾を弾くため、下手な砲撃では効果がない。もう1体は中々姿を表さず、その姿を確認できない。

 どちらも魚の異常変形型と捉えられているが明確な確認ではない。

 

「常に頭を出してるって……お魚ってそういうことできるんでしょうか?」

「五月雨、魚じゃない。深海棲艦。」静かに不知火がツッコむ。

「あ、そっか。でも……?」

 

 五月雨の気がかりに気づいた那珂は推測で補完した。

「今までの戦いであたしたちが見たことあるのは、魚や甲殻類の異常変形した深海棲艦だよね。それ以外の気持ち悪い型のやつもいるっていうし、あまり普通の海洋生物の常識に当てはめないほうがいいかもしれないよ。」

「「はい。」」

 

 

--

 

 神通は那珂と五月雨・不知火の会話に混じれないでいた。初めてこれから見る深海棲艦がどういうものなのかわからないためだ。

 今までなんとなく戦いに出るという感覚を理解できていたつもりだが、いよいよ近いと知るとこれまで抱いていた移動による爽快感は影を潜め、心臓の鼓動が早くなってきた気がして胸に手を当てる。

 かすかにトクントクンと普段より大きめに感じられる鼓動。ハァ……と小さく深呼吸をして息を吐く。もう2~3回繰り返して気持ちを落ち着ける。

 

 大丈夫。自分には那珂さんがいる。年下だけどベテランの五月雨さんと不知火さんもいるし、さらに隣の鎮守府から4人の艦娘が来ている。私は危険な目には会わずに済む。訓練の時のように攻撃できないまでもせめて敵の位置を察知して支援すれば初戦としてはまずまずだろう。

 神通は自分に言い聞かせてゆっくりと気持ちを整理する。気が付くと神通は、那珂たち3人からじっと見られているのに気がついた。暗闇なのでお互いの艤装のLED発光でぼんやり見えるのみだが、視線ははっきり感じ取れた。

「神通ちゃん?そろそろ戦いが始まるけど……心の準備はいいかな? ここから先は訓練じゃないよ。意思の通じない相手との本当の戦いだから、ムリしないで危ないと思ったらあたしたちの後ろに下がっていいからね。」

「神通さん!私たちがいます!夜だから怖いですけど……きっと大丈夫ですよ!」

「私たちが、神通さんを……守ります。」

 

 那珂・五月雨・不知火それぞれから思いを聞いた神通は、自分の想像どおりにこの3人が守ってくれることを確信した。不安がほとんど消えた神通は、決意の言葉を伝える。

「はい。よろしく……お願いします。行きましょう。」

 

 そして4人はついに、天龍と決めた深海棲艦との距離に達しようとしていた。那珂のスマートウォッチには、300mと表示されている。

 

 

--

 

 

 那珂のスマートウォッチの表示が切り替わり、天龍からの通信が入った。

「こちら天龍。深海棲艦との距離を100mに詰めた。そっちは?」

「こちら那珂。290m。あともう少しだよ。」

「了解。こっちは陣形を広く展開させて囲い込み始めるから、そっちもあらかじめ展開させながら残りを詰めてくれ。」

「はーい!」

 

 天龍との通信を切った那珂は作戦の行動パターンを伝えた。

「あたしと五月雨ちゃんは正面から、神通ちゃんは2~3時、つまり西側から、不知火ちゃんは南東側からお願い。」

「「「はい。」」」

 

 BのCL2-DD1(1体減ってCL1-DD1)の個体は速度はそれほどでもないが、瞬間的な方向転換が素早く、移動については針路を確認するとフラフラしている。囲い込みながら鎮守府Aの4人と隣の鎮守府の4人が距離を詰めていると、気づくと千葉の有名なランドマークとお台場の間の海域に入りかけているのに気がついた。

「ねぇ那珂さん。さっきよりも○○○○シーが近い気がしますけど……なんか動き方気になりませんか?」

「うん。それはあたしも気になってたの。一気に距離を詰めてやつらの移動を制限したほうがいいかもしれないね。」

 五月雨の疑問を受けて那珂は天龍に連絡を取ると、9~10時の方向から肉声で大声が聞こえてきた。

 

「おーーーい!そこにいるのはーーー那珂さんかぁーーー!?」

 まだ遠いが、静かな海上のため聞き取ることができた。相手はどうやら那珂たちの艤装のLED発光の位置関係で気づいたようだった。深夜の海上で人の背の高さで光るものなど艦娘の艤装以外にないためだ。とっさに那珂はスマートウォッチで深海棲艦の位置を確認すると、その方向はほぼ真西に600mと距離を開けられている。

 すでにB-CL1-D1は両艦隊の包囲網を抜け出てしまっているのに気がついた。

「天龍ちゃん!!敵が西に行ってる!あたしたちは速度一気にあげて通り越してまた囲い込むから、そのまま西に向けて来てーー!!」

「了解ーー!」

 

 那珂は五月雨の顔と、少し離れたところにいる神通と不知火に対し大声で指示を出した。那珂たちは真西に向けて一気に速度を上げて海上を走り出した。4人分の水をかき分ける音が響き渡る。

 

 

 

--

 

 しばらく進んでから那珂が左腕をあげてスマートウォッチを確認すると、ついに深海棲艦は北北東に200mと表示された。それを見て大声で指示を出した。

「全員合図をしたら180度方向転換するよ。不知火ちゃんはその場で方向転換、不知火ちゃんを軸に左手側に針路転換するから、他のみんなは不知火ちゃんのLEDの光を頼りに距離を保って左手側に弧を描くように移動してね。」

「「「はい。」」」

 那珂の指示で4人は身体を左に傾け、さながら4人全員が1隻の船になったように方向転換し始めた。一番大きく移動するはめになった神通は自身の左の先に光るLED発光の位置を頼りに遅れまいと速度を3人よりも出して針路を転換させる。

 全員が方向転換し終わったことをLED発光の位置で確認した那珂は素早く通信を入れた。

「天龍ちゃん!こっちは西から囲い込んでるよ!あと砲撃の指示お願い!」

「はいよ!」

 天龍への連絡を手早く終えた那珂は五月雨たちに砲撃用意の指示を出す。

「全員武器構えて!トリガー握っていつでも撃てるようにして!」

 普段のチャラけた声質ではない鋭い那珂の声が響き渡る。那珂の真面目さを今まで垣間見ていた五月雨はもちろんだが、一緒の出撃が初めてだった不知火と神通は初めてのその真面目な指示にゴクリと唾を飲み込んで心臓の激しい鼓動を無理やりにでも収めながら返事をして並走する。

 そして深海棲艦との距離が100mを切った。反対側から探照灯の照射が始まる。それを見て那珂もスマートウォッチの画面をサッと視界に一瞬入れて確認した後、右手に持っていた探照灯をその方向へと照射した。互いの探照灯の光が交差したそのポイント、常に顔を出している深海棲艦が誰の目にも飛び込んできた。


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