同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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海岸沿いにて

 五十鈴たち3人から離れた夕立はなるべく海岸線、火力発電所の岸の側を進んで隣の鎮守府の球磨の艦隊に近づいていった。探照灯を持っているわけでもなく、周囲の僅かな光と月明かり等でしか見えていない。そして夕立は東京湾の千葉寄りの地理なぞ知ってるほど博識ではない、歳相応の知識しかない夕立が迷うことなく球磨たちの戦闘海域に向かうことができたのは、途中で通信して球磨から居場所と周囲の確認の仕方を教わったためであった。

 夕立が球磨たちがいる場所、つまり姉崎火力発電所と製油所の間の水路に無事にたどり着いて戦闘支援し始めた頃、川内たちはソナーやレーダーに引っかからない新手の深海棲艦2体との戦いに、半分勝利していた。

 

 

--

 

 探照灯を右手に持った川内は睨みつけるように深海棲艦を見続ける。緑色に薄黒く光る塊はよく見るとそれほど速くないように思えた。相手がどれほど動いても、川内はすかさず探照灯を照射する。

 

「へへ~ん!どれだけ動いたって逃さず当てられるんじゃないのこれ?今ですよ五十鈴さん、村雨ちゃん!」

「さっきの不意な突撃を喰らわないうちに速攻で片付けるわよ。……今よ!」

 

 タチウオ型が海面から顔を出したその時、

 

ドドゥ!

ドゥ!

ドドゥ!!

 

 五十鈴、川内、村雨の砲撃が3方向からタチウオ型に襲いかかる。

 

 

ドガァ!

ズガアァン!

バチィィーン!!

 

 3つの破裂音を発生させたタチウオ型はあっけなく死んだかに見えたが、死に際に一番目立つ川内に向けて、口の両端にあった管の先から何かを発射させてきた。

 

 

ズビュルルル!!!

 

 

「へ?」

 

 

ビチャビチャ!!バチッ!

 

 

 川内の目の前で電磁バリアが何かをかき消した音と光を発生させた。まばゆいばかりの火花が散ったので離れたところにいた五十鈴と村雨はすぐに気づいた。が、その効果が何なのかまでは気づけない。

 川内のバリアがかき消したと思われる何かのかき消せなかった分は、彼女の制服の脇腹から腰回りにかけてビッチリとふりかかる。

 それは、粘着性の液体だった。

 

 

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「うわうわうわ!?なにこれ!?服とか魚雷発射管が変な音立てて溶けてく!うわっっつい!!」

「どうしたの川内!?」

「だ、大丈夫ですかぁ!?」

 

 片手に持った探照灯の向きなぞ忘れて手足をその場でバタバタと慌ただしく振るって溶ける服と焼けつくような痛みを必死に解消しようとする。しかしそのような仕草で解消できるようなものではなかった。

 川内に近寄った五十鈴と村雨は悪臭にドン引きして顔を歪める。お互いの顔ははっきり見えないために互いがどれほどの苦々しい顔をしているのかわからない。

 

「く……臭い。あなたこれ……何を食らったのよ……?」

「うぇ~ん。川内さん臭すぎますぅ~。」

「ちょっと村雨ちゃん!? その言い方はちょっと色々誤解を招くって! 一番臭くて痛い思いしてるのあたしなんだからね!?」

「と、とりあえずその服とか艤装を溶かしてる液体を洗い流しなさいよ。一旦海に身体付けて液体を海水で洗い流すのよ。」

「あ、そ……そっか。でも海水って何か変な化学反応的なこと起こしませんかね?」

 川内の微妙に鋭いツッコミに五十鈴は考え直し言いよどむ。

「それもそうね。でも真水なんて今この場で調達なんてできないから試してみなさい。私はここまでの事をとりあえず提督に一報しておくわね。」

 

 そう言って五十鈴はスマートウォッチからの通信を鎮守府の本館に向けて発信し、提督にこれまでの状況を伝え始めた。五十鈴の話を聞いた提督はマイクとスピーカーごしにではあるが異様なテンションで川内の心配を気にしだす。

 五十鈴がそれをなだめて状況報告を続けていると、背後でピチャピチャと音がし、その次にバッシャーンと水の中に飛び込むような音が耳に飛び込んできた。プラス、自身に水しぶきが少しかかった。

 

「!?」

「ちょっと川内さぁん!?そんな飛び込み方無茶ですよぉーー!?」

 

「うっく、しみる~!いたたぁ~!あ、でも服が溶ける音が小さくなってきたかも? 魚雷発射管は、あ……」

 

 村雨が側で慌てふためいてキモを冷やしていると、川内はそんな他者の心配なぞ意に介さず冷静に服と魚雷発射管の確認をしていく。

「あっちゃ~。魚雷発射管もしかして電源入らない?ねー村雨ちゃーん!ちょっと見てくれない?」

「いや……そう言われてもですねぇ。私艤装の仕組みとか知らないんですけどぉ~。」

 川内は液体を食らった魚雷発射管の動作がおかしいことに気づき、近くにいた村雨に状態把握を誘いかける。村雨の心境は、一応川内のことは心配だが、そんな相談されても私わからないわよ、という何の根拠と期待があって自分に相談してるんだという理不尽な川内への愚痴っぷりだった。

 

 わざとらしく川内が探照灯で自身を照らしてくるのでしぶしぶ村雨は川内に触れる位置にまで近づく。まだ臭いので鼻をつまみながら、部位を照らす川内の操作のもと、少し怖いので小指で魚雷発射管の各部位をトントンと突いたり、自身の単装砲の砲塔を使って表面がかなり溶けている部位を突いて確認する。

 確認すると言っても機械のいろはなぞ専門分野外どころか艤装を脱げばただの女子中学生・女子高生な二人なので、パッと見て使えそうか・使えそうにないかに留まる。

 

「まぁ……いいんじゃないですかぁ、使えなくなってても。敵は倒しましたし。あとあっちの本来の2体は隣の球磨さんたちにお任せしちゃえば。」

「まぁ、そうだね。隣のクm、プフッ。村雨ちゃんに同意見だわ。」

 アハハと笑い合って会話を締めようとする川内と村雨。ひとまず戦いが終わったことで完全に安心している様子だった。その様子を通信を終えた五十鈴が見てピシャリと叱る。

 

「安心してないでよ二人とも。それよりも川内! 本当に敵が他にいないか一通り周りを見ておいて。これから球磨さんたちの支援に行くんだから、背後から狙われるなんて嫌よ。」

「はーい。」

 

 やる気なくだらっと間延びした返事をして川内は村雨からスゥっと離れて大きく円を書くように移動し、黒緑に光って見える何かが他にいないか見始めた。一応探照灯も使って視覚を念入りに確保する。

 やがて川内は五十鈴と村雨の間に戻ってきて報告を口にした。

「うん。もういないみたいです。じゃあさっさと行きましょうよ。」

「はいはい。あんた装備ボロボロなんだからあたしたちの後ろにいなさいっての。」

 すぐに気持ちを切り替えたのか、率先して南に向けて先頭を進んで行こうとする川内。五十鈴と村雨は苦笑しながらそれに続いた。

 

 

--

 

 

 先に夕立が向かった隣の鎮守府の第2艦隊、球磨の艦隊は、姉崎火力発電所と石油会社の袖ヶ浦製油所の間の水路上に構成された海上で戦っていた。

 球磨と2人の艦娘そして夕立合わせて4人はAのCL1-DD1の2体を取り囲むように、機銃掃射で敵の移動を制限し砲撃する方法でじわじわと追い詰めている。

 夕立はチマチマしたその行為を嫌ってさっさと魚雷を撃ちこんで倒そうと球磨に文句と要望を伝えたが、球磨は戦い慣れているのか夕立の希望を却下した。最長600m幅の海域とはいえ、狭い海域内で魚雷を撃とうものなら外した場合の被害が甚大になる。今この時は石油会社所有のタンカーが2隻停泊しているため、さらにその危険性が高い。

 口調は真面目なのかふざけているのか反応に困る球磨の言い分に、夕立は常識的にそうなのだとなんとなく理解はできたが納得がいかなかった。深海棲艦が見える自分が助けてやっているのになんで自分の好きなように戦わせてくれないのか。

 夕立は不満でイライラを爆発させそうだったが、知らない鎮守府の知らない艦娘たちと一緒なのでそれを上手く発散できない。それがまた苛立ちを産み、夕立は負の連鎖に陥りかけていた。

 

 

--

 

 川内たちは数分してようやく球磨たちのいる細い海域の入り口にたどりついた。その先、陸に近い場所からいくつかの砲撃音が響いてきたため3人はその場所を特定することができた。

 五十鈴は球磨に連絡を取る。

「おぉ、あんたたちも来たクマか。あんたたちはそのまま水路の入り口付近にいて敵が逃げないように壁代わりになっていてほしいクマ。

「了解です。私たちにはもう一人深海棲艦が見える者がいるのですが、追加で援護は必要ですか?」

「こっちは夕立が見つけてくれてるおかげで結構当てられてるからあと1体クマ。けどCL1、軽巡級は硬い甲羅を持つシャコ型みたいで、なかなか弱らないクマ。」

 球磨の口ぶりに五十鈴はたった1体とはいえ苦戦している様子が伺えた。やはり参戦すべきだろうと判断し、それを球磨に伝えた。ただし、制服と艤装が一部破損した川内はそのまま参戦して撃たせたらどう影響あるかわからないため、水路の入り口で待たせ、当初言われた壁代わりに援護させることにした。

 

「わかりました。まぁ今のあたしじゃ仕方ないですよねぇ。うん。こんな夜に無茶したくないし。それじゃああたしはこの辺りで何をすればいいんですか?」

「ここは直線距離で約600m近くある。悪いけど一人で行ったり来たりして監視しておいて。敵が近づいてきているのがわかったら撃っていいから。その時私たちはあなたが狙いやすいようになるべく直線上に追い立てるわ。」

「了解です。」

 

 川内から返事を聞くと五十鈴と村雨は海岸へ向かって水路を進んでいった。

 

 

 五十鈴たちの背中をぼーっと見ていた川内は、初めての戦場で一人ぼっちになってしまってしまった事実に急に寒気や不安を感じてブルっと震える。

 なぜか暗闇でも深海棲艦を捉えることの出来る自身の視覚能力。それによって五十鈴たちを勝利に導けたことは誇らしく思う。しかし自分は敵の死に際の反撃をもろに食らい、制服も腰回りの艤装もボロボロになってしまった。これが初陣の結果だと思うと悔しくて仕方がない。せめて魚雷の一本でも撃てて、今捉えている薄ぼんやりしてすごく小さな黒緑の反応を遠巻きに撃破できたら、どれほど誇らしく、優越感にひたれるだろう。

 もっとわかりやすくて戦いやすい初陣がよかった。

 

 川内は何度目になるかわからない後悔を頭の中で抱いていた。

 ふと、別の戦場に行った那珂や神通は今頃どうなのだろうか。そう気にかけた。


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