同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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川内の初戦

 喉が異様に乾いてきた。川内はゴクリと唾を飲み込み、旗艦五十鈴の指示を移動しながら待つ。

 心なしか前方、五十鈴と村雨の隙間から見えるはるか先の海上いや海中に、黒みがかった緑に光るものが見えてきた気がした。錯覚か!?興奮しすぎだろ自分!とセルフツッコミを入れる程度にはまだ余裕がある。

 とにかく川内は見たままを前方にいた五十鈴に伝えてみた。

 

「なんかドキドキしてきましたよ~。」

「そう。」

 感情をこめずに一言で返す五十鈴。川内はその反応にめげずに話しかけ続ける。

「ところで深海棲艦ってどういうふうに見えるんですか?緑っぽく見えるもんなんですか?」

 

「は?何言ってるの?」

「こんな夜だったらライトを当てないとホンットに見えませんよぉ~。」

 五十鈴と村雨のツッコミに加えて後ろからもツッコミが来た。

「目が光ってるやつはそれでわかるっぽい?あたしも今日が初めての夜戦だからドキドキ~。」

 

 夕立のツッコミと心の内を聞いて川内は軽く振り向きながら夕立に対して確認する。

「それじゃさ夕立ちゃん!あそこに2つ黒みがかった緑に光るっていうか……なんだろなぁとにかく緑っぽいやつ!あれ見える?」

「え~? ……うん。見えるよ。ぼんやりだけど。あれなぁに?」

 川内に促されて夕立が目を凝らすと、同様に見えたようだった。

「あ~じゃあやっぱあれが深海棲艦なんだ?」

 夕立も度合いが違えどどうやら川内が見えていたものが見えることがわかった。それを受けて川内はますます興奮と緊張が身体を包み込むのを感じる。が、残りの二人の反応は違う。

「な、何言ってるのよ?どこに緑のが見えるの!?」

「わ、私もそんなの見えませんよぉ~?」

 先頭を進む五十鈴と村雨は辺りをキョロキョロするが、川内が言及したその存在が見えていない。五十鈴は仕方なく探照灯を前方に照射する。

「ホラ!前方のあそこ!1時の方向にサーッとまっすぐ照らしてもらえますか?」

 

 五十鈴が手前から1時の方向にまっすぐ角度を動かして前方を照らしたその時、実際の距離にして500m弱先の海上でキラリと光を反射する何かを発見した。海面やただの魚の反射ではないことはすぐにわかった。すぐさま五十鈴は自身のスマートウォッチで見ていたレーダーを確認すると、件の2体は10~11時の方向にまだ2.4kmを指し示している。

 まるで方向が違う。

 焦った五十鈴は一旦徐行の後停止を指示し、川内と夕立に別の指示を与えた。

「みんな一旦止まって。それから川内と夕立は前に来て私達と同じ列に並んで。その緑に光るやつは……どう見える?」

 川内は指示通りに前に出て五十鈴の隣に立った。夕立は五十鈴の左隣りに立っている村雨の隣に並ぶ。

「どうって……まだ1時の方向にいますよ。2体。ねぇ夕立ちゃん?」

「うん。でも1体黒っぽい緑っぽさが薄いっぽい。すっごく見づらい。もう1体はわりと見えるっぽい。あれぇ、ますみんは見えないの~?」

「見えないわよぉ!あなたどんだけ視力パワーアップしてるのよ!」

「アハ~!あたしパワーアップしてたっぽい!それも川内さんと一緒!うれしー!」

「うんうん!」川内は夕立を顔を見合わせて喜びを表した。

 

 二人の言葉を受けて五十鈴は数秒推測し、それを口にした。

「ソナーやレーダーに引っかからないやつも来てるってことかも。それになんで川内と夕立がはっきりではないにせよ裸眼で500m近い位置のを確認できるのよ……。」

「もしかして、二人の艤装の効果なんじゃないですかぁ?」

 村雨の想像に五十鈴はコクリと頷いた。同じことを想像していたために五十鈴が頷く仕草は早かった。

 

「幸運と不運が一緒に来た感じね……。ともあれレーダーに引っかからないとなるとかなりまずいわね。隣の鎮守府の人たちも気づいていないかもしれないわ。伝えておきましょう。」

 五十鈴はすぐさま隣の鎮守府の旗艦球磨に伝える。

 

「ねぇ球磨さん。応答願います。」

 五十鈴は右隣りでプフッっという吹き出す音を聞いたが気にしないでおいた。

 

「はい。こちら球磨クマ。」

 五十鈴も吹き出しかけたが舌を軽く噛んで我慢し、相手に事の次第を伝えた。

「……というわけです。どうやらレーダーやソナーに引っかからないやつらのほうが先に進んでいて厄介そうです。」

「……了解したクマ。というかあたしたちの方が挟み撃ちなんて困るクマ!こっちはもうすぐ河口に誘い込めそうだし3人でなんとかするから、そっちはそっちで発見した以上はきちんと片付けてほしいクマ!」

「了解です。あの……こちらの艦娘に、裸眼で深海棲艦を検知できる視力を持つ者がいます。そちらに一人貸し出しましょうか?」

「ホントかクマ?それなら助かるクマ!なんでもいいから寄越してくれクマ!」

「了解致しました。」

 

 球磨との通信を終えた五十鈴は事の次第を川内たちに話した。そして球磨の艦隊に向かう者を決めることにした。

「夕立、球磨さんのいる艦隊に向かってもらえるかしら?」

「え~~。あたしぃ?うーえー。」

 五十鈴が指示するも夕立の反応は鈍い。それを察した村雨が五十鈴に言った。

「あの~、ゆうはこう見えて人見知りするほうなんで、知らない球磨、プフッ……別の鎮守府の知らない艦娘の人たちに混ざるのはちょっとどうかと。」

「……今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? 暗い中でも深海棲艦を確認できるのはあんたと川内の二人だけなのよ?」

 渋る夕立とそれを友人としてかばう村雨の様子を見た川内が代わりにと名乗り出る。

「だったらあたし行きますy

「あんたはこれが初戦でしょうが! 駆け出しのペーペーを貸し出したとなったら何言われるかわからないわ。ここは経験者の夕立に行ってもらいたいわ。お願い、頼りにしたいんだからね?」

 五十鈴の指摘は尤もなため、川内はすぐに萎縮して黙る。そして考えを変える気はサラサラないため、五十鈴は食い下がってどうにか夕立を説得する。

 

“頼り”

 

 その言葉を聞いた夕立は隣にいた村雨が暗闇の中でもひと目でわかるくらいに喜びとやる気を燃え上がらせて身体をウズウズさせ始めた。

 

「あたしやる! あたしがやらないとダメっぽい?頼られてるならやってあげないと!!」

「ちょ、ゆう?あなた本当にいいの?」

 心配を口にする村雨。しかしやる気スイッチが入った夕立の耳には友人の心配は右から左へと素通りするだけだった。

 

「それじゃあお願いね。隣の鎮守府の人たちは……の辺りに来ているらしいわ。」

「りょーかいっぽい!」

 五十鈴が最終の指示を与えると夕立は2~3歩海面を歩いて3人の前に出て、右手を額に添えて敬礼のポーズをわざとらしくしてその意を示す。

 五十鈴たち3人は身体を右に動かして1時の方向へ、夕立は身体を左に傾けて9~10時の方向目指して進んでいくことになった。新手の深海棲艦2体とAのCL1-DD1は距離はもちろんだが、方向が全く異なるため、3人と1人の向かう先も異なる。

 

 

 

--

 

 艤装のLED発光でほのかに照らされていた夕立が暗闇の中に消えて見なくなったことを確認すると、五十鈴はすぐに指示を出した。

「新手は少しずつ東京寄りに移動しているみたいだから、なるべく海岸線寄りに追い込むわ。村雨、右側に来て。」

「はい。」

 指示を受けて村雨は五十鈴と川内の前方を弧を描くように回りこんで移動する。村雨が移動し終わるのを待たずに指示の続きを出した。

「川内にはライトを渡しておくわ。私が使うよりも、見えているあなたが持って的確に照らしてちょうだい。」

「了解でっす!」

「村雨は川内から敵の位置を聞いたら東京側に回りこむように移動して。ある程度距離を置いて、なるべく敵に近い海中に向けて機銃で撃って弾幕を張って。」

「はぁい。わかりましたぁ。」

「川内は私と村雨の間にいるようにして。逐一ライトで敵の位置を知らせて。あとは私と村雨でタイミングを見計らって攻撃し続けるわ。」

 

 五十鈴から指示を聞き終わった川内と村雨は早速配置に付くべく五十鈴から離れてそれぞれ向かっていった。

 

 

--

 

 川内は先に行った村雨の後ろ姿を見届けた後動き出した。村雨の背中の艤装のLED発光でかろうじてわかるが、すぐにその発光源の周囲数cmしか彼女の姿を確認できなくなる。

 一方で川内は深海棲艦と思われる黒緑に見える物体に視線を向けるとその大きさが少し大きくなってきたように見えた。近づいている証拠だ。

 ゲームとは違って距離感が掴めない。ライトを当てようにもどのくらいの角度で照射すれば五十鈴たちの砲撃をヒットさせられるくらい的確に照射できるかがわからない。やはりそこは経験を積むしかないのか。川内は頭を悩ます。

 こんなことならやはり初陣は日中の視界が良好なシチュエーションがよかった。悔やんでいても仕方ないので川内は探照灯を照射する前に正直に告白した。

「ねぇ~五十鈴さん!敵の2体はまだ結構先に見えるんですけどー、ライトはどのくらいの位置から当てればいいですかぁ~!?」

 

 川内から問いかけられて五十鈴はわずかに思案した後、指示を出した。

「そのライトは1km先まで届くから、うまく測って少しずつ当ててみて。」

「えー?うーん……とりあえずやってみます。」

 今いち要領を得ない五十鈴の回答に眉をひそめる。しかしブチブチ悩むよりもとにかく身体を動かして試してみる。自身の信条を胸に川内はとにかく行動を起こすことにした。

 

「そういえば深海棲艦って光当てるとどうなるんだろ?てか魚なの?それとも海に放たれた機械の化物とかなの?」

 独り言をブツブツ言いながら抱いた疑問を自問自答する川内。

 勉強家な那珂や五十鈴と違って川内はとりあえず動いた結果悩んで後から他人に聞いて解決する質だった。

 

パァ……

 

 

 川内は10度の角度で探照灯を照射し、徐々に角度を上げていく。川内以外の二人は深海棲艦の位置がわからないため、川内の動きを見て動くしかなく、その場に留まっている。川内は黒緑に見える物体をもっと大きく捉えるために、照射しながら陸上を普通に歩く速度で海上を進む。

 しばらく照射しながら進んでいるある時、海上で再び不自然にキラリと光を反射する存在を捉えた。

 

「あれだ!あそこです!!黒緑のもまさにあそこにあります!」

 川内の宣言で五十鈴と村雨は動き出した。

 

 

 村雨は光が当てられてる海面が意外と近かったため、一旦南西に向けて弧を描くように移動して距離を開け、再びその存在と向かい合った。そして指示通り、東京寄りに行かせないために半径約50mの前方に向けて機銃掃射した。

 

 

ガガガガガガガ

 

 

バシャバシャバシャバシャ

 

 

 その存在に当てるために撃ったわけではないので当然機銃から放たれたエネルギー弾は海面に当って激しく波しぶきを立てる。超高速で放たれる質量の小さい機銃のエネルギー弾は海中数十cmまで沈み、海中を浅くかき乱す。

 臆病な魚であれば乱れるポイントを嫌い方向転換して逃げる。それはどうやらその存在も同様であった。

 村雨の弾幕、そして川内の探照灯の照射から逃げるその存在は、方向転換し終わった後に海上から跳ねてその姿を晒した。

 飛び跳ねたのに気づいた川内が黒緑のそれを追いかけるために探照灯の光を向けて再び照射すると、その姿が明らかになった。

 

 それは、頭の先つまり上顎の先が異様に鋭く肥大化し、上顎の左右両端から不自然に管が2本伸びた、タチウオ型の深海棲艦だった。そしてそれは3mはあろうかという、本来存在するタチウオからはあり得ないほどの体長を持つ、文字通り化物と誰もが判断できる存在だった。

 

【挿絵表示】

 

「うわぁ!! でっか!!?気持ち悪ッ!ウオェップ……?」

 川内は生理的に受け付けぬ嫌悪感を抱いたが、それは程なくしてすぐに収まった。その際、清らかな流水が喉から下まで体内を一瞬で通り抜けて染み渡るような爽快感を覚えた。

 次の瞬間、目の前に飛び込んでこようとしたタチウオ型を見ても先ほど感じた腹の底から湧き上がる吐き気はすっかり収まっていた。

 

「川内!そのまま宙を照らしてなさい!」

 五十鈴の声が聴こえると同時に、川内の左、7時の方向と右、1~2時の方向から砲撃によるこぶし大のエネルギー弾がタチウオ型を挟み込む形で命中した。

 

 

ズガアァン!

ドゴッ!!

 

バッシャアァーン!!

 

「急いでそこから後退しなさい川内!」

「川内さぁん!そこから離れてくださぁーい!」

 五十鈴と村雨の両方から次の行動のアドバイスを受けた川内だがそれを実行できずに、驚きで膠着していた身体をどうにか右に飛び退けタチウオ型をギリギリで避けるのが精一杯だった。

 深海棲艦化しているとはいえ、やはりタチウオの生態の特徴が強いため表面は弱く、五十鈴と村雨のW砲撃を食らったタチウオ型は2箇所に大きく穴を開け、すでに絶命していた。

 川内とタチウオ型が重なるような位置になってしまっているため、狙えなくなった村雨はもう一匹がいると思われる方向に向けて機銃掃射をして弾幕を貼ることにした。

 

 

ガガガガガガガ

 

 

「ごめん村雨ちゃん!もう一匹はそこにはいない!……五十鈴さんの真後ろ横切った!!」

「えっ!?」

 

 五十鈴は仰天して海面をジャンプして強引に方向転換しライフルパーツを構える。が、当然見えていないためにどうしていいかわからない。

「ちょっと川内!見つけたならちゃんと照らしなさいよ!」

「ゴメンなさい!」

 

 とっさのことに判断が追いつかずに目視だけでもう一匹を確認するに留めた川内は、探照灯を持っていない手で後頭部をポリポリと掻いて照れ隠しした。そしてすぐに探照灯でもう一匹を照らし始める。

 

 その光は、五十鈴から見て3時の方向、実際には北の方角に、わずか10mしか離れていなかった。

 泳ぎが遅いとされるタチウオだが、深海棲艦化したタチウオ型は巨大化に比例した速度で迫ってきていた。

 一角のように鋭く伸びた上顎の一部が五十鈴に真っ先に襲いかかる。

 

 

ガシッ!!

 

 

 五十鈴はすんでのところで避けきったつもりだったが、自身の背面にある艤装の大きさを考慮しておらず、タチウオ型の鋭い一撃によって艤装の表面をかすって削り取られていた。

 

「きゃっ!!」

 

「「五十鈴さん!?」」

 

 五十鈴はかすった衝撃の反動で前方へ弾き飛ばされるも、足元の安定感が強いため転ばずに済んだ。そしてそのまますぐに滑って前進するほどには瞬時に回復できていた。

「だ、大丈夫。かすっただけよ。」

 川内の右隣りに立つためにスゥーッと移動して大きめに弧を描いて旋回した。

 

 

 ここまでの戦闘で3人は深海棲艦の姿形をわかってきていた。ただ魚に特段詳しいわけではない中高生の少女たちなので、当然タチウオ型の生態なぞわからない。今繰り広げている戦闘においては、元々探知されていない個体であるがゆえに詳しい生態・特徴を調べながら戦っている暇はない。ある程度の姿形と攻撃性と行動パターンが分かり次第、下手に直接攻撃を喰らわないうちに囲い込んで倒して早期決着を目指す。

 

 五十鈴は呼吸を整え、川内に指示を出した。

「あなたも照射してるだけじゃなくて実際に撃ちこんでいいわよ。」

「え?マジですか!?やっとかー。その指示待ってたんですよ~。」

 川内の軽い捉え方に一抹の不安を覚える五十鈴。だがそれよりも早期に片付けたい理由を作りだした。

 

 自身の艤装の衝撃から察するに、鋭く突き出た頭の先は物理攻撃であるがゆえに艤装のバリアなぞ役に立たない。

 艦娘の電磁バリアは一般的な銃撃の他、現在判明している深海棲艦のいくつかの飛び道具による攻撃を本人の1m前後までで可能な限り防げるようになっている。基本的に物理攻撃には効果がないが、有効範囲内に入ろうとした相手に電気ショックを与えてひるませるくらいには役に立つ。

 五十鈴は電磁バリアの受発信機を背中の艤装にもつけていたが、それがまったく検知せず相手をひるませもしなかった。おそらくはバリアが反応する速度ではないか、電磁バリアの性質を弾くか掻き消す特徴があるのだろう。

 そう考えた五十鈴は、先ほどの素早い突きの攻撃を再び思い出した。あれをまともに食らったら怪我をするどころではなく、即座に死ねるレベルだ。

 だからこそ、五十鈴は攻撃の手を増やすことにした。

 

「持ちながら平然と立ち回って攻撃できるのはあなたたち川内型の艤装しか無理だと思うの。それにあなたはあれが見えてるから。」

「はい。初陣で頼られるのってものすごく嬉しいですねぇ。あたし川内に選ばれて良かった気がする。」

「はいはい。まったく、なんかあなたが旗艦やったほうが確かに良かった気がするわね。」

 五十鈴は愚痴をこぼしながら、もしかして那珂はここまで見越して川内を旗艦に推していたのか?と想像する。しかし考えていてもその答えはこの場では出ないので早々に思考を切り替える。

 

 五十鈴は一人離れていた村雨を呼び寄せた。以後は索敵と攻撃の要である川内を守るように自身と二人で両脇に位置して立つ。川内を中心に、左右から残りの深海棲艦を囲い込みながら3人の猛攻で撃破する。

 五十鈴が再び出した指示と合図で、3人は目の前約100m先を悠々自適に泳ぎまわっているタチウオ型との距離を詰め始めた。

 


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