同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 急を告げるブザーの音。鎮守府に泊まっていた那珂たち艦娘は緊急出撃することに。川内と神通にとっては、深夜の出撃が初陣となる。

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それぞれの初陣
深夜の出撃


 夏まっただ中、自由演習のために艦娘たちが泊まっていた深夜の鎮守府本館にけたたましいブザー音が鳴り響く。

 

「な、なに!? このブザー!?」

 

 那珂は寝っ転がっていたソファーから飛び起きて慌てて靴を履いてロビーを後にした。向かうのは当然、さきほどまで提督らと一緒にいた3階の広間である。

 ブザーは5回ほど鳴ったのちに音が止まっていた。

 3階の広間に着くと、提督と明石は立って顔を見合わせて何かを話し込んでいる最中だった。

 

「提督!この音って!?」

「那珂!さっきはなんで……」

 提督は決まり悪そうに言いかけるが那珂がそれを遮る。

「そんなことはどうでもいいから!」

「あ、あぁ。わかった。」

 提督も明石も酔いが吹き飛んでしらふに近い状態に戻っていた。

 

「西脇さん、この音は……あれですよね?」明石が不安げな声で尋ねる。

「あぁ。これは東京湾に敷かれた警戒線が突破されたことを知らせる音だ。俺も管理者研修時にそう説明されたけど実際の音を聞くのは初めてなんだ。」

「警戒線って?」

 那珂が質問する。

「国と隣の鎮守府とうちのとり決めで敷かれた、深海棲艦がある海域を突破したことを知らせる警告音だよ。隣の鎮守府と横須賀の海自および米軍が監視の目を光らせていて食い止めているからよほどのことがない限り鳴ることはないって言われてたんだが……ともかく俺は問い合わせてみるから、那珂と明石さんはみんなを起こしてくれ!特に五月雨は急がせるように!」

「「了解!」」

 

 提督は椅子とキャビネットを押して執務室へと戻っていった。那珂と明石は3階から降りて皆が寝ているそれぞれの階の和室を目指す。

 

「私は1階のみんなを呼んでくるので、那珂ちゃんは2階をお願いしますね。」

「はい!」

 階段の踊り場でそれぞれ確認しあい、那珂は途中で明石と別れて2階の和室へと向かった。

 

 

--

 

 那珂が和室に入ると、残してきていた3人は布団から体を出してキョロキョロして慌てふためいていた。

「みんな、緊急事態だよ。急いで執務室に集合!」

 那珂が入室一番に言うと、当然のごとく3人からは質問の嵐が飛んできた。

「え?え!?ど、どういうことですか!?」と川内。

「変な音でビックリして起きたから頭痛いっぽい……なんなのこれ~?」

 両目が半開きで完全に開けられていない夕立が愚痴るように言う。

「な、那珂さん……?」

 五月雨はすでに目が覚めているのか、冷静に不安げな口調で問いかけてくる。

 深呼吸してから那珂はそれぞれに答えた。

「深海棲艦がね、東京湾のなんとか線っていうのを超えたらしいの。とにかく秘書艦の五月雨ちゃんは先に執務室に行っといて。あたしたちは1階のみんなと合わせて執務室に行くから。」

「は、はい! でもこのまま行くのは……」

「いいから!」

 

 那珂は五月雨に発破をかけて着替えはさせずにパジャマのまま向かわせた。五月雨は靴を中途半端に履いて慌てて出て行った。その後那珂はまだうつらうつらしてる川内と夕立を立つよう促して和室を出ることにした。

「じゃああたしたちも行くよ。」

「「は、はい。」」

 

 覚醒しきってない二人の尻をかなりの本気の強さで叩いて和室を出させた那珂。階段にたどり着くと、下から明石と五十鈴たちがちょうど登ってくる頃だった。

「あ、那珂ちゃんたちみんな!」

「明石さん、下のみんなは……大丈夫みたいですね。一人除いて。」

 明石の後に続く面々を見て那珂は大体問題ないことを確認した。こういう事態では頼りにしたかった肝心の五十鈴は低血圧のためなのか眠気が冷めきっておらず、目を細めて表情を苦々しく歪めていた。決して睨んでいるわけではないのかわかっていたが、他人から見ると印象がものすごく悪い。

「ねぇ、五十鈴ちゃん。後で顔洗って目をちゃんと覚ましとこーね?」

 そのため階段を全員で駆け上がる最中、那珂は五十鈴の隣に寄り添って一言かけてフォローをする。五十鈴はダミ声を出して返事をした。

 

 

--

 

 那珂たちが執務室に入ると、提督は誰かと電話で話していた。受け答えする提督の返事の声質はかなり切羽詰まった雰囲気が伺えた。

 先に行った五月雨は秘書艦席に座ってPCを操作している。緊迫した空気になっていた執務室のため、普段おしゃべりな那珂や川内・夕立もさすがに口を真一文字に閉じ、提督が電話を終えるのをひたすら待ち続ける。

 やがて電話を終えた提督の口から、現在の状況が語られ始めた。

 

「改めて説明する。東京湾アクアラインに沿って、海底に向けて一定間隔で探知機が設置されている。それが深海棲艦の東京湾への侵入を知らせる警戒線を形作っているんだ。本来その警戒線手前までは隣の鎮守府と横須賀の海上自衛隊・米軍がメインで守っている。今回はその警戒線を越えてしまった深海棲艦がいるんだ。数にして5体。幸いにもそいつらはレーダーやソナーに引っかかる個体だ。そいつらは二手に分かれて、2体はアクアラインを千葉県側に沿って北上中。こいつらをAのCL1-DD1。残りの3体は東京湾のど真ん中を移動中でやや東京寄りに針路を変えつつある。そいつらはそのまま進むと荒川を上る可能性もある。こいつらをBのCL2-DD1としたとのことだ。今、隣の鎮守府の艦隊が向かっているらしいが、越えられたのはもともと隣の鎮守府から出撃した艦隊の作戦ミスによるものらしい。それで、我々も念のため出撃してほしいとのことだ。」

 

「また隣のやつらのミスなの?いいかげんにしてほしいわね。」

「まぁまぁ。五十鈴ちゃんってば~。」

 五十鈴と那珂のやり取りに、緊迫した空気に耐えられなかった他の面々がアハハを笑い声を漏らし、一呼吸整える。

「警戒線を越えられはしたが、強さ的にはいずれも軽巡クラス・駆逐艦クラスの下らしい。以前の重巡クラスに比べれば、君たちでまとめてかかれば大した苦もなく撃破できるだろうと思う。」

 

 そうして説明する提督は、敵に付けられた名称も説明する。それは艦娘制度の鎮守府、つまり深海棲艦対策局としての面で使われる作戦上の共通の分類方法だった。

 この頃の鎮守府Aではきちんとした教育体制がまだ整っていなかったため、共通の分類方法は古参の五月雨と不知火しか知らなかったための再説明である。

 

 敵の集団をチーム分けし、それぞれAからアルファベット順に割り振る。そしてその集団内の敵の個体の強さやサイズに応じて呼んでいる駆逐艦級~戦艦級を、アルファベットの頭文字で示す。駆逐艦級はDD、軽巡洋艦級はCL、重巡洋艦級はCA、戦艦級はBB、空母級はCVである。その集団に含まれる各分類と数を判定し、連続して指し示す。

 仮に駆逐艦級が3体、軽巡級が2体、そして重巡級が1体の集団Aだとすると、単にAと呼ぶか、あるいはCA1-CL2-DD3というように名付けられ、艦娘たちは作戦中にそう認識することになる。

 

「……とにかく出撃だね。提督、編成と作戦の指示をお願い。」

「わかった。敵のチームそれぞれに対応するためにこちらも2編成で行こうと思う。那珂、問題ないかな?」

「え……なんであたしに? うん、別に問題ないと思うよ。」

 那珂が頷くと提督も頷き返し、しばらく視線を辺りに動かして思案した後口を再び開いた。

 

 

「1艦隊4人編成にしよう。Bチームに対する艦隊には那珂、君が旗艦になってくれ。それからAチームに対する艦隊は……五十鈴にお願いしたい。」

「ちょっと待って提督!そっちは川内ちゃんを旗艦にしてもらいたい!」

 提督が指示を出すも、突然の那珂の提案に提督はもちろんのこと他の艦娘たちも驚きの声をあげる。特に驚愕の表情を見せて抗議し始めたのはむろん言及された川内だ。

「ちょ!ちょ!ちょっと!!あたしこれが初陣なんですよ!?いきなり旗艦なんてヤバイですって!!ってか無理無理!」

 どもりまくって那珂に詰め寄る。しかし那珂はそれを全く意に介さない。

「大丈夫。その代わり副旗艦?を五十鈴ちゃんに勤めてもらうから。まぁ生徒会長と副会長みたいなもの?」

「いや……そんなぁ……。」

 那珂の例えを交えたさらなる提案に川内は戸惑い、言い返す気力を失いつつあった。そんな狼狽えていた川内をフォローしたのは提督だった。提督の反論はかなり真面目な口調だ。

 

「那珂。今回は緊急の出撃だ。川内の成績は確かに俺も評価したいけれど、訓練を終えたばかりの彼女では荷が重すぎると思う。決してダメって言ってるわけじゃなくて、ヘタすると国の最終防衛ラインに関わる問題に発展しかねない事態だ。俺としては経験を積んだ那珂と五十鈴にそれぞれを任せてうちの評価を無難にしっかり固めたいんだ。」

 提督の言い分は十分理解できたが、那珂には不満があった。

「こんなときだからこそあたしは二人には率先して前に出て本当の空気をしっかり感じ取って欲しいの。川内ちゃんには五十鈴ちゃんをつけるから、いいでしょ?」

 提督は眉間に皺を寄せ目をつぶって悩む。そして那珂に向かって言い返した。

「だったら五十鈴が旗艦で川内がその副旗艦とやらでもいいだろ?君の言いたいことはわかるけど、俺としてはこれが妥協点だ。あまり時間もないからこれで頼むよ。」

「でも!! ……わかった。それでいい。」

 口ぶりでは納得を見せるが、その表情は素直に今の気持ちが表れていて、誰が見ても不満タラタラだった。

 

 話題になってしまった川内はほっと胸をなでおろし、隣にいた神通と五十鈴にため息を漏らす。

「あ~よかった。あたしこんな事態でいきなり旗艦なんて大事な役割、嫌ですよ。それにしてもなんで那珂さんはあたしを……。」

「教育したいってことだと思うけれど……あの娘にしてはかなり意固地な感じがしたわね。」

 川内が小声で誰へともなしに質問する。さすがにこの時の那珂の気持ちが理解しきれなかった五十鈴と神通は適当な相槌と言葉を与えることしかできなかった。

 

 

--

 

「それじゃあ那珂と五十鈴は連れて行きたいメンバーを急いで決めてくれ。」

「はい。」

「それはいいんだけどさ、今ここにいる8人全員出ちゃったら、連絡役の人いなくなっちゃうよね?さすがに秘書艦の五月雨ちゃんは残したほうがいいと思うんだけど。」

「それは……そうだな。えぇとどうするか……?」

 悩む提督に数歩近寄りながら提案したのは明石だ。

「あのー、よければ私が秘書艦勤めましょうか?那珂ちゃんたちが出撃しちゃうと私ぶっちゃけやることないんで。なんだったら2階の機械室こもってあそこの機器使って直接連絡役勤めますよ?」

「うーんそうだな。緊急事態だし、あとは黒崎さんにも来てもらおう。」

 提督は賛同の意を示すも、完全に承諾できる心境ではなかった。二人とも酔いが完全に抜けきってない、まだ酔っぱらい状態だったからだ。普通の人を加えたかった提督はもう一人の大人である妙高こと黒崎妙子を呼び出すことにした。

 那珂はそれを見て納得できたので、その場にいた艦娘たちと向き合ってチーム分けを話し合い始めた。

 

 あまり時間をかけられないことがわかっていたため、メンバーは日中に訓練で分かれていたメンバーにすることにした。

 

第1艦隊、対A:五十鈴、川内、村雨、夕立

第2艦隊、対B:那珂、神通、五月雨、不知火

 

 

「提督、チーム分けできたよ。」

 那珂と五十鈴は自分たちが選んだ艦娘らを自分たちの後ろに並べて知らせた。提督はそれを見て頷く。そして深海棲艦のさらなる情報を二組の艦隊に伝えはじめた。

「それじゃあ今の状況と君たちの出撃の仕方だ。Aはかなり素早い個体で構成されているらしい。うちの鎮守府の海岸線近くにまで来られるとまずい。途中にはいくつか製油所や火力発電所もある。とりあえずこっちも海岸線に沿って南下してくれ。隣の鎮守府からは旗艦軽巡球磨率いる3人編成の艦隊が来ているそうだ。現場の判断は五十鈴に任せるから、先に出撃してくれ。球磨の通信コードは○○○○だそうだ。」

「はい。了解よ。」

「わっかりましたー!」

「はぁい。」

「わかったっぽ~い!」

 

「それじゃあ私は工廠に行って艤装の運び出しをしておきますね。」

 そう言って明石は駆け足で執務室を出て行った。それを見届けてから提督は話し続ける。

 

「Bは比較的ゆっくりな速度みたいだ。だがかなりフラフラしてるらしいから、荒川だけじゃなくて東京港の方にも行く可能性がある。あっちに行かれると地形が入り組んでるからとてもじゃないが探しきれなくなる。えーっと、ふむふむ。幸いにも今は東京湾のど真ん中まで来てクルクル回ってるとのことだ。隣の鎮守府からは天龍と龍田率いる計4人編成の艦隊が来ているらしい。」

 提督はもらった情報の内容を途中で見て再度確認しつつ説明と想定を続ける。

「おっ!?天龍ちゃん来るんだ!なっつかしいなぁ~。なんだかんだ忙しかったから会えなかったなぁ。話したいなぁ~。」

 那珂はすでに見知った名を聞いて気持ちと想いを高ぶらせた。

「天龍が使う通信のコードは○○○○だそうだ。出撃したらすぐに連絡取れると思うから現場での話し合いは任せるよ。」

 提督がそう言うと、那珂は背後を振り返る。そこには少女たちの思い思いの表情があった。それに対してキリッとした視線と声を送る。

「それじゃあいこっかみんな。」

「「「はい。」」」

 那珂の合図に神通・五月雨・不知火は眠い雰囲気を吹き飛ばすべくなるべく声を張って返事をした。

 

 五十鈴たちにわずかに遅れて出て行く那珂たち。出ていこうとする4人に提督はその背中越しに声をかけて鼓舞した。

「みんな、暁の水平線に勝利を。」

 一瞬立ち止まる那珂だが特に返事はせず、再び足を動かし始めて執務室を後にした。4人の背中を見送った提督は一人、8人分の心配を胸に秘めて執務室で待つことになった。

 

 

 

--

 

 着替えを急いで済ませた那珂たちは工廠に行き、すでに艤装の準備を始めていた明石の元に集まった。技師たちがいないため那珂たち自身も手伝って自分たちの艤装を運び出す。それなりに重く大きい艤装の者は先にコアユニットを装備して同調開始して装備を手伝った。

 

 

「それじゃあ先に私たちが行くわね。」

「うん。お先にどーぞ。」

 那珂は声を掛け合って先に行く五十鈴達を見送った。今回は深夜であることと緊急の出動のため、さすがの提督も普段のスピーカー越しの声掛けは省略した。ただ、提督の意を察して明石はその場でいつもの言葉をかけて普段代わりとした。

 

「それでは、軽巡洋艦五十鈴、軽巡洋艦川内、駆逐艦村雨、駆逐艦夕立。暁の水平線に、勝利を。」

「「「「勝利を!」」」」

 

 

 4人が出て行った後、続いて那珂たちも水路に足を付けて浮かびそして後ろを振り向いて明石の顔を見た。

「それでは次は那珂ちゃんたちですね。」

「はい。3人は先に出ていいよ。」

 そう言うと神通ら3人が水路へと駆けていく。

 那珂は3人が発進するのを待つ間、ふと明石に意識を向ける。明石は那珂の無言の問いかけに気づいたのか話しかけてきた。

「ねぇ那珂ちゃん。さっきのことですけど。」

「明石さん! 今は……いいですから。」

 そう言って再び明石のほうを振り向くと、那珂の目は泣きそうな雰囲気を浮かべていた。

 

「那珂ちゃん、あの時は飲みの席でしたから茶化すようなことになってゴメンね。気持ちが本物にできるよう、応援してますから。私から言ってあげられるのはそれだけです。」

「それって、嘘ですよね? だって明石さんも……好きなんでしょ? そうじゃなきゃ仕事上の付き合いっていってもあんなおっさんと夜にあんな寄り添って飲めるわけないじゃないですか。それはきっと提督だってそのはず。恋愛初心者から……見たって、そのくらいはわかりますし本当だと思ってます。」

「那珂ちゃん……。」

「だから、わかってますから。明石さんの気持ちも、にし……提督の気持ちも。あたしは艦娘として、あの人の部下として全力を尽くすだけですから。」

 明石に余計な言葉を言わせまいと那珂は静かに、しかしながらイントネーションの端々に明らかな敵対の刃を付けてまくし立てた。明石も負けじと言い返そうとする。

「那珂ちゃん、人の話を最後まで聞きまsh

「もう気にしないでください!同調率が下がって海に落ちて死んだら化けて出てやるんだから!!」

 那珂は声を荒げて一方的に会話を打ち切って水路に駆け出す。走る最中に同調開始し、乱暴に水路に降り立つとともに急発進して水路を進んでいった。

 


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