同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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深夜の鎮守府

「ん?ふぁぁ……。」

 

 眠りが浅かったのか、那珂は深夜に目を覚ましてしまった。携帯電話の時計を見ると1時を回って十数分だ。3人でしていた枕越しのトークを打ち切ってから2時間ほど経っている。夏向けの薄い掛け布団に包まれた自身の体をもぞもぞと動かし体勢を変えて再び寝ようとしたその時、自身の隣、和室の入口に近い方に寝ていた明石がいないことに気づいた。

 念のため他のメンツの様子を伺うと、明石とは逆の隣にいる五月雨、そして向かいにいる川内と夕立は寝息を立てている。特に気にすることでもあるまいと考えてそのまま寝ようとしたが、妙なタイミングで目をさましてしまったため目が冴えてしまっていた。

 そしてよくよく考えると変に深読みしてしまって気になる存在がいるため、那珂はそうっと布団から出て和室の扉を開け、廊下に出てみた。

 

 深夜、鎮守府本館2階の廊下は非常灯の明かりだけがついていて静寂に包まれる闇の世界がそこにあった。2階の窓から見える景色は、高さがそれほどないために町中の先までは見えないが、本館前の正門と壁代わりの木々の隙間の先に僅かにショッピングセンターの看板が見える。ショッピングセンターの向かいには海浜病院が見え、一部の部屋の電灯だけがついているのが見えた。

 普段は絶対夜にいない場所に、パジャマを着て立っている。不思議な感覚を覚えるのと同時にわずかに心細くなってブルっと震える。

 それは決して他人には明かさない・明かしたくない、那美恵としての本来存在する、万物への恐怖の部分だ。艤装を付けて同調していると感じにくくなる感情の一つである。

 

 目が冴えてしまったので那珂は和室から東へ向かって廊下を歩いた。

 2階の中央には1階ロビーほどではないが開けた広間があり、ソファーが不自然に置いてある。以前提督が艦娘たちにほのめかした、まだレイアウトを明確に決めていないという場所の一つだ。いずれ人が増えればここも家具の配置やレイアウトを変える必要があるだろう。

 

 那珂は広間を後にし、本館の東の突き当りにある階段を登った。登ってすぐには艦娘待機室がある。そういえば冷蔵庫にお茶を仕舞ってあるのを思い出した。扉を開けて入り、冷蔵庫からお茶のペットボトルを手に取る。ひんやりして気持ちいい。真夏の夜には大変癒される冷ややかさである。那珂は一口お茶を飲み、すぐ蓋をに締めて手に持って歩き待機室を後にした。

 そのまま歩けば3階の開けた広間に突入する。那珂は時々立ち止まって廊下の窓から外を眺め見てのんびり歩いていった。

 

 

--

 

「……っと。西脇さぁん、ペース早すぎますって~」

「仕方ないだろ。……しながら……するのって久々で気持ちいいんだから。」

 

 潜めた声だが聞こえた。声の主は明らかに提督と明石だ。那珂がそう気づくのはあまりにも容易かった。しかしそれは別にいい。いる人物は問題ない。問題なのは会話内容だ。那珂は二人の声が気になり、耳をよく澄ませた。

 声が小さく、くぐもっているため耳を澄ませてもたまに聞こえない単語がある。

「明石さんだってペース早いでしょ。俺もイケる口だと思ってけど、……では明石さんに敵わねぇや。」

「ウフフフ。あ、西脇さんのそれ、私のこれに早く入れてくださ~い。」

「ちょ、おいおい。そんな乱暴に引っ張るなっての。」

 広間に入る3歩手前の壁際に張り付いて声を聴き続けていた那珂は頬を引きつらせて顔を真赤にさせる。大人な二人の逢引?の言葉の重ね合いに頭が真っ白になりアタフタとせわしなく両手をふらつかせる。

 そして次の明石の艶やかな(と那珂が勝手に認識した)小さい悲鳴を耳にした瞬間、那珂の下半身と足は広間目指して4~5歩踏み出していた。もちろんその目的は、ヤラかしている二人を注意&見てみたい欲望まっしぐらだ。

 

「くぉぉぉぉらあぁ! 二人して何ヤっとるかぁ~~!!?」

「「!!?」」

 

 勢い良くフロアに飛び出した那珂が見たのは、月が見える窓際に椅子を並べて置いて何かを飲んでいる提督と明石だった。

 

「へ? ……えと。え? 提督と明石……さん?」

 いきなり大声を出されて驚きのあまり息が止まりかけた提督と明石が、那珂の間の抜けた一声を受けてようやく反応した。

「那珂こそ……なんでこんな時間に起きてきてるんだよ?」

「え……た、たまたまだよ!目が冴えちゃったんだもん!ふ、二人は…な、何をしてたのさ!?」

 慌てているも自分のこれまでの状態を一言で口にする。嘘は言っていないためその口調と言葉に冷静さが少しはあったが、それを上回る心の動揺があった。その後に続いた問いかけにドモリとしてモロに出てしまっている。

 それがわかりやすかったのか提督と明石はクスクスニヤニヤしながら那珂に言葉をかけた。

 

「飲んでたんだよ。」

「明石さんも?」

「えぇ。西脇さんにお酒がないか聞きに来て、ね?」

「もう最初っからお酒目当てだよなぁ~。」

「当然です。夕飯のときのあれだけじゃ飲み足りませんしね。」

「うん、俺も。」

 軽く言葉を交わし合う提督と明石。二人分のアハハという笑い声が響く。

 

「ホラ早く寝なさい。高校生が起きてていい時間じゃないぞ?」

「そ~ですよ。い・ま・は、大人が夜更かししてイロイロする時間よ~?」

 明石は自身の言葉にわざとらしい大人風をふかしながら那珂に言葉を投げかける。

 

「な~んか二人してあたしを遠ざけようとしてない?ってかすっごく嫌なんですけどぉ!」

「ハハッ。普段からかう側がからかわれるのは嫌かな?」

「うーー、提督ってば普段のスーツ姿じゃないしなんか大人な余裕だしやがってぇ~。似合わねぇぞー。」

「ホラホラ悪態つかないつかない。」

 那珂が提督に食って掛かるとそれを明石が間に入ってやり取りを取りなす。那珂は明石のその微妙な配慮に気になるものがあった。

 大人同士だからなのだろうか。それとも普段こんな場所に絶対にいない時間にいるという、時間的空間的雰囲気のなせる所業なのだろうか。二人の関係が違って見える。普段ならば余裕を出してからかう側に立つが今は自身の勘違いもあり動揺がまだ残っている。その心境が那珂に普段ならば口に出さないような安易な質問を出させてしまった。

 

 

「二人は……さ。実は、つ……付き合ってたりするの? なーんか、二人仲良く飲んでてさ、いい……感じじゃん。」

 ただやはり恥ずかしいために俯いてモジモジしながら、顔を上げて自然と上目遣いになりながらとなった。

 那珂の突拍子もない質問を聞いて再び時が止まる提督と明石だったが、失笑とともに時を動かし始めた。

 

「ぷふっあっはっはっは!!」

「クスッ……アハハ!」

 

 二人同時の笑い声を聞いて那珂は途端にまゆを下げて不安げな顔になり狼狽し始める。

「え?え?え!?なんで笑うの!?あたしなんかおかしいこと言った!?」

「いやいや。別に全くおかしくないよ。至って自然な質問だ。うん。」

「えぇ。女の子としてはぁ~、どうしても気になっちゃいますよね~~。ね、なみえちゃん?」

 

 明石は那珂をあえて本名で呼ぶ。その言い振りは那珂のことを見透かしたような雰囲気だ。

「ていいますか、那美恵ちゃんは私たちのどこを見て付き合ってるなんて思ったんですかぁ?」

「え……だからぁ、こんな夜遅くにすっごく……近くに寄り添ってさ。普段は提督って呼んでるのに今は西脇さん?なんて本名で呼んでるし。そんなのこ、恋人同士じゃないとできないんじゃないかって。」

 続けざまに明石が突きつけた言葉は、那珂の心臓をズキリと何度も痛くする。

「ウフフ。那美恵ちゃんってばぁ。しっかりしててデキる娘だけど、恋愛方面はからっきしなんだねぇ~。ちょっと男女が仲良くしてるだけで付き合ってるって思っちゃうなんて。いや~、お姉さんはその若さに感動しちゃった。」

「うっ!?」

「俺も昔は町中で男女歩いてるの見てさぁ、あ!あの二人付き合ってるんじゃね!?とか色々妄想したもんだよ。」

「アハハ、西脇さんってばぁ~!意外と純情なところあったんですねぇ~。」

「おいそこ!うっさいよ~?」

「「アハハハ」」

 

--

 

 明石の言葉は針を突き刺したようにチクチク、そしてぐさっと心臓に突き刺さった。那珂は途端に恥ずかしさがこみ上げてきた。明石の口ぶりはまるで自身が普段するような軽い雰囲気でおどけているものだ。本心を突くその言葉。

 

 今の自身の顔がどんな表情になっているのか、那珂は客観的に知りたかった。どれほど狼狽えてみっともない顔になっているのか。

 ふと那珂は提督の顔を見る。彼もまた、明石と同様にニヤニヤ笑っている。しかし口の端がひきつっておりその笑いが苦笑いということが感じ取れた。それが何を意味するのか、那珂ははっきりとは理解できない。しかしながら自身にとってはいけ好かない表情だ。

 

 那珂自身をだしにして笑っているのが気に入らない。

 自身が知らぬ大人の顔と雰囲気を見せているのが気に入らない。

 明石と一緒にいるのが気に入らない。

 他の女とまるで恋人(に見えた)のように仲良く膝を突き合わせているのが気に入らない!!

 

 あくまで那珂の勝手な捉え方によるものでしかないが。

 

 恥ずかしい。

 茶化され、からかわれるのが五十鈴や川内、学校のみんなならまだやり返してその場をなごませることができる。しかしこの二人に対しては違う。自分よりはるかに年上の、自分の知らぬ2倍近い長い人生の道を歩んできた立派な大人だ。それでも普段の他愛もない話題や艦娘の仕事の延長線上であれば言われてもなんとかやり過ごせるだろうが、自分が制御出来ぬ感情に依る想いに触れられてしまうとなるとどうしようもできない。

 言い返せないのが悔しい。むかつく。

 普段の調子づいた様子が完全に影を潜めていた那珂は俯き、口をまるで幼児が拗ねるようにギュッと窄めてとがらせて言った。

「……当たり前じゃん。あたしまだ彼氏なんていたことないし。他の人がどう見えるかなんて全部わかるわけないじゃん……。」

 てっきり普段の雰囲気で言い返してくるとばかり思っていた提督と明石は、那珂のしおらしい言い返し方に呆気にとられてしまった。呆気にとられはしたがその驚きはすぐに影を潜める。驚きの代わりに出てきた同情と茶化しが、那珂への声掛けを促す。

 

「そうか~。那珂はまだ付き合ったことないのか。お兄さんなんだか安心したぞ! でも恥ずかしがることじゃないぞ。むしろ君みたいなお調子者な娘が実は……っていうシチュは、ある方面の男性にはツボったりするからグーだぞ、グー!!」

「アハハハ~西脇さんったら~!純真な娘をからかったらいけませんよぉ~。」

 ガハハと笑い、普段絶対にしそうにない形の軽口を叩いてくる提督と、その言い回しを注意しながらも同調して笑いの種にする明石。その言葉に那珂は胸を締め付けられるような痛みといらだちを覚えたが、それと同時に二人の雰囲気の違和感にも気づいた。

 二人とも普段とぜんぜん違う。これはもしかして結構な酔いのためなのか。

 つまり、今の自分は提督と明石にとって酒の肴?

 

 想いをかき乱されかけていたが、現実を様子見する冷静さはかすかに残していた那珂は普段の自分のペースを少し取り戻す。

「二人とも……酔ってない?」

 眉をひそめて言う那珂に提督と明石は浮ついた明るい声で答えた。

「うん?おぉ、ハハハ!だって酒飲んでるしなぁ~。」

「ですよね~。飲まなきゃやってられない時も大人にはあるんですよ、那美恵ちゃん。」

「あぁあぁ。那珂も早く社会人になって周りにもみくちゃにされれば色々わかってくるんじゃないかな~?」

「「アハハハハ!」」

 

 ふと那珂が二人の足元、つまりテーブル代わりに持ち運んできたと思われるキャビネットの隣を見ると、すでに飲み終わって空けたと思われる発泡酒とハイボールの缶が並んで置かれていた。

 二人のアルコールの許容量や酔いやすさがどれくらいかは未成年である那珂はあずかり知らぬところだが、足元の数缶とキャビネットの上の発泡酒の缶を見る限りは、二人は深夜なのにハイペースに見える呑み方をしているように見えた。

 酔いによって人の人格が変わるというのは両親の例や雑誌・ドラマ等で知っているつもりだが、両親以外で酔ってる人を間近に見たことはなかった。

 酔える人の気持ちがわからない。

 自身も以前合同任務の夜に天龍と飲んだことはある。それは確かだ。あの時飲んだのはカクテルベースのお酒でほんのり甘かったが、それでも那珂にとっては苦々しいもので、決して美味しい・また飲みたいと思えるものではなかった。今目の前で酔いながら自身をからかってきた二人のようになるならば、自分はお酒なんか二度と口にしたくもない。酒に呑まれるなんて嫌だ。

 

 頭が痛い。

 それは目の前の酔いどれ二人の言を真に受けて一人ドギマギしてしまったことがバカバカしく思えたことへの反省だった。確かに自分自身の素の心をえぐられ、現実を思い知ったのは確かだ。このまま自身が心をかき乱されたまま朝を迎えてもこの二人が今この時のことを覚えている保証はない。一人で動揺して苛立ちを覚えるのは損だ。

 

 高校生がこんな時間まで起きてていい時間じゃない。

 提督が酔いながら言った言葉を思い出し、その通りもう寝ることを決めた。しかしこのままおめおめと引き下がるのは性に合わない。せめてこの酔っ払いに一泡吹かせてやりたい、そう思った。

 

「そ、それじゃーお二人は恋愛初心者のあたしがとーっても参考にできるくらいの恋愛をしてきたんでしょ~ね~!?ぜひ聞かせてもらいたいなぁ~~?」

「ん~?こんなおっさんの恋愛を聞きたいのか?」

「あ!西脇さんの恋愛話気になりますね~。聞かせて聞かせて!」

 酔っているためか、普段ならば照れて言いそうにない話題に素直に提督は乗り始める。明石は普段でも乗ってきそうなノリで、那珂の想いを知ってか知らずかその反撃に自然と参加してきた。

「俺は自慢じゃないけどな~、今までで彼女は二人だけだったぞ!」

「あらま。西脇さんってば意外と恋愛経験少ないの?」

「恋愛ってのは人の数じゃない、どれだけその人を愛してその人を尊重して互いのペースを守って過ごせるかだぁ! ……まぁ趣味が合えばつまるところお互い気兼ねなく気持ちよく接して過ごせるしなぁ。そういう意味では社会人になってから付き合ってたあの娘は良かったんだよなぁ~~。はぁ~……」

「わぁ~、西脇さんの持論!ぶっちゃけ趣味があえば誰でもよかったりしますかぁ?私なんかどうなんでしょね~?」

 しみじみと締めたかった提督に明石は皮肉を交えてツッコむ。提督はすぐに感情を切り替えて明石の言に乗って自身のタイプを告白した。

「おぅ!そうだなぁ。ぶっちゃけると明石さんや妹さんの夕妃ちゃん、あとうちの艦娘でいえば内田さんなんてめっちゃタイプだぞ!ぶっちゃけ付き合うなら話の合う娘だなぁ~!突き合いたいなぁ!」

「きゃ~~!西脇さんってば大胆発言!パチパチパチ~!」

 

 那珂が未だ知らぬ“夕妃”なる明石の妹の存在を匂わせつつ、その後もぺちゃくちゃと続ける提督と明石のふざけた態度による恋愛話を聞いて、那珂は呆れ果てた。駄目だ。酔ってるから半端な話題なんて通用しない。

 

 そして、提督の好みのタイプを知ってしまった。

 

 酔ってるがゆえにリミッターがなかったのか。普段ならば聞いても離してくれないだろう心の内を那珂は聞いてしまった。迂闊だったと瞬時に猛省するが、もう遅い。

 

 フラれた。

 やはり提督は、趣味が合う人がいい。

 

 那珂は、想いが本物になる前に崩れた感じがした。薄々感づいていたことだが、趣味嗜好という初期装備の時点で川内たる流留に差をつけられていたのだ。時間なんて関係ない。一瞬で縁を感じることがある。自身がかつて見知った小説で共感を受けた言葉。それがまさか自分に降り掛かってくるとは思いもせず、完全に自滅してしまった。

 那珂は目の前で展開される酔っぱらいの会話なんぞすでに頭に入らなくなるくらい遠い世界に放り出された感覚を覚えた。自分の迂闊さ加減に泣きたくなっていたが、この酔っぱらいの前で泣いたりしたらそれこそどう茶化されるか知れたものじゃない。我慢するが、すればするほど鎮守府に初めて来てから抱いていた想いの収縮先が一人歩きしてしまって心が落ち着かなくなる。

 

グズッ……。

 

「提督の馬鹿!明石さんの馬鹿!せーぜー川内ちゃんとお幸せにぃ!!おやすみ!!」

 

 鼻をすすって声を荒げて怒鳴りつけた後、那珂は脱兎のごとく3階の広間から駆け出していた。その際後ろから何か声が聞こえたが聞こえないフリをして足を止めなかった。

 

 

--

 

 このまま寝られない。那珂は2階を通り過ぎ、1階に降りてきていた。向かうあてもなく、とりあえずたどり着いたのは1階のロビーだった。施錠しているため外には出られない。出てもよいと思っていたが、そこまで自暴自棄になれない。

 那珂は靴を脱いでロビーに設置されているソファーに座って身体を横たえた。

 そういえば提督と明石は本当に付き合っているのか?なぜ今あの時間に本名で呼んでいたのか?など回答を聞いていない。が、もはやそんなことはどうでもよかった。

 

 自分の経験のなさを見透かされ、迂闊な話題提供で自滅した。これほど馬鹿らしく愚かしいことはない。

 高校2年にまでなって、特段好きになった男子はおらず交際に発展することなどありえなかった。自身の昔からの周囲との距離感や性格上、誰かを好きになって誰かと付き合うなぞキャラではないと那珂自身思っていたからだ。ムードメーカー・リーダーを自然と役割担ってきた自分が恋に落ちてイチャイチャするなんて想像できない・したことがなかった。

 恋をしたとは思っていない。今にして思えば結果的にそれに近い想いを抱いただけだったのかもしれない。

 初めて鎮守府の扉を叩いたあの日、まったく接点のなかった男性との出会い。何かに向ける信念や想いに惹かれた。那珂たちが現場に出てしまえば表立った活躍の機会はほとんどない立場の人だが、現場まで自分ら運んでくれる・帰ってきた時に出迎えてくれるまめな優しさと影で支えてくれる姿に安心感を得られた。実際の指揮や仕事の運用はなんだか不安に思えて、逆に支えてあげなきゃと思わざるを得ないこともある。そこまで含めて、気になる存在だった。

 学校以外での活動と付き合いに夢を見ていた。良く思われたい・彼の第一人者になりたいと勝手な想いを膨らませ、世間一般でいうところの恋という感情に繋げてしまおうとしていたのかもしれない。だからそこに対象者自身の想いは存在しない。あるのは自身の勝手な思いだけだった。

 

 昔から那珂は極大のヘマをしでかしたときに、親友の三千花から「あんたは自分勝手なところがある。人の思いをないがしろにするところがある」と諫言されてきた。それまでは親友の言葉を話半分に聞いて過ごしてきた。親友は分かってくれていて、そんな態度でも黙って見て付いてきてくれた。

 しかしその親友は今この場にはいない。親友が入ることを拒んだ戦いの世界だ。忠告してくれる人がいなければ自分で立ち止まって気づくしかない。そして本人の想いを耳にして思い知ったのだ。相手の好みや想いなぞ無視して自分勝手に願望や想いを突き進めようとした結果、実は最初から選ばれていなかった。一人で想い込み一人で勝手にフラれる。

 あたしは、あの人に恋をしていたのか?それとも恋に恋していた(たかった)のか?

 事実が那珂の心に重くのしかかる。真なる想いを分析しようとして那珂は自身の心にどす黒い靄をかける。両腕を胸の前でキュッと重ねて押し付けて胸を抑える。

 

 だがこれで諦めと決心がついた。仕事は仕事、恋愛は恋愛で切り離して動ける。支えてあげたいという想いはそのまま仕事の出来だけに還元して、個人的な想いは今後一切膨らませない。支えてあげるのは相手の想いでもいい。タイプだと言っていた川内との仲を取り持ってこそのデキる女だ。

 私情を挟まないようにと何度も心がけてきたのに想いをぶり返させていたのは自分の意志の弱さと那珂は認識していた。今までが自分らしくなかったことも痛感していた。だからこそこれからはやる時はやる、仕事の鬼にでもなってやろうと心に強く刻みこむ。しかしながらまた意志弱く想い返すかもしれない。その時はまた自分で自分の心を痛めつけてでも自身を戒めよう。そうでないと感じたくもないさらなる痛みを味わうことになる。それだけは避けたい。

 

 そうやって心の切り替えを進めた那珂だったが、細めている目の端からは、涙が浮かんでいることに自身で気づかなかった。そしてもう一つ気づかなかったことは、ここまでの思考もやはり自分勝手に進めていた点であった。

 

 思考の自暴自棄になりかけていた那珂を寝静まった深夜の鎮守府・現実に呼び戻したのは、突然のブザーの音だった。




なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=64634703
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1f_38uEWkvUWBAI8sVABbwqi4O_iigIMgGnsxylJ_SJU/edit?usp=sharing


好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)

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