同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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悩む神通

 3回めの雷撃訓練をさせていた那珂は突然離れたところにいた五十鈴から呼びかけられた。

 

「なぁに~~?」

「ちょっと来てー!」

 はっきりと言われないがあちらで何かあったのかと不安を持った那珂は五十鈴の言葉に承諾することにした。川内と夕立にそのまま続けておくよう言いつけ、サッと移動して五十鈴のもとに向かった。

 

「どうしたのさ五十鈴ちゃん?」

 問いかけた後、那珂は五十鈴の隣で普段より俯いて悄気げる神通の姿を目に留めた。何か言葉を続ける前に五十鈴が先に口を開いた。

「神通のことよ。あなたたち離れてたから気づいたかわからないけど、実はさっきね……」

 五十鈴の口から告げられたことを那珂は知らなかった。彼女の言うとおり、離れていたので気づけなかったのだ。五十鈴の口から語られた一部始終を聞いて那珂は心配を顔に出して神通の顔を覗き込みながら確認する。

 

「神通ちゃん?」

 五十鈴も神通の口からまだ詳しい事情と神通が崩れ落ちたその真意を聞いていない。五十鈴も心底心配そうな表情を浮かべて神通の顔を覗き込む。

 神通の目の前には、自身を心配してなんとか理由を聞き出そうとする先輩二人の顔があった。ただ、神通本人にとってみれば語る気が失せてしまうプレッシャーたる原因だ。また陰を落とし始めてしまう。

 その仕草を見た那珂は神通の素である幸の性格を察し、顔を一旦上げて五十鈴に向かって言った。

「ちょっとこの後はあたしに任せてくれる?」

「え?いいけど。大丈夫?」

「ま~いろいろ思うところあるんだけどさ、やっぱ同じ学校の先輩後輩だし。あとはあたしに……ね。」

 那珂の言い分に一理あると思った五十鈴は了解の意を示した。那珂は神通の手と肩を引いて五十鈴から少し離れて消波ブロックの一角によりかかってから会話を再開した。

 

「ねぇ神通ちゃ……ううん。さっちゃん。どうしたの?艤装との同調が途切れかけるって相当なことだよ?何か不安に思ってることがあったら言ってほしいな。どう、言えそう?」

 那珂は声色を非常に柔らかく優しく囁きかける。その口調に普段の軽いノリや茶化しは一切含まれていない。

 自分を心底心配して気にかけてくれるその様に心の片隅がじんわりと暖かくなった神通は、ゴクリと唾を飲み込んだ後にゆっくりと口を開いた。

 

「わ、私……今日一日、何も皆の役に立てて……ません。」

 その後堰を切ったように弱々しくも語り出す神通の愚痴を那珂は黙って聞き続けた。その間も那珂は神通の肩に手を添えている。神通の心境の大半を聞いた那珂はウンウンと途中に相槌を打ち、約1分の沈黙を作った後に言葉をゆっくりとかけ始めた。

 

 

--

 

「そっか。うん。でもさっちゃんは今日一日動けてたと思うよ?あたしはずっと見てきたから、そうわかってるよ。」

「で、でも!私はただみんなに口出ししただけなんですよ!私……体育の授業思い出しちゃって……嫌になってきて。」

 再び涙ぐんで鼻声になっていく神通。那珂はどう声をかければいいか迷っていた。

「さっちゃんはやれることをやった。それだけのことだと思うけどなぁ。」

 那珂のその言葉に神通は思い切り頭を横に振って全力で否定する。それを見てん~と小さな唸り声を上げて那珂は続ける。ここで言わないといけないと思ったことがあった。

「さっちゃんはみんなで何をするってのが苦手なのかな?」

 少しずつ順序立てて確認する。そんな那珂の問いかけに神通はコクリと頷いた。

 

「そっか。艦娘っていうのはさ、結局のところ一人で戦うものじゃないんだよね。みんなで出撃する、戦う、助ける。さっちゃんはスポーツらしいスポーツほとんどやったことないって言ってたから今までわからなかったんだと思うけど、艦娘の活動は団体競技・スポーツと似てるかなって思うの。どっちも同じでチームプレーが大事。艦娘の活動が特別なんじゃないよ。攻める担当の人もいれば守る担当の人もいる。あと皆に指示を出す監督とかリーダーがいる。サッカーとか野球だってそうだよね? おんなじおんなじ。でも普通の体育の授業や団体競技と違うのは、命をかけて戦わなきゃいけないからこそ、あたしたちは適材適所でそれぞれを補って一緒に活動しなきゃいけない度合いがはるかに高いの。ここ大事ね。無理して自分が不得意なことまで担当して戦ってたらいつか死んじゃうかもしれない。だから、無理してまであれもこれもと担当して戦うんじゃなくて、やれることだけを担当して他のことは他の人に任せる。それが何人も何十人も集まって一つのチームを作る。それが大事なんだとあたしは思うの。だからできないことがあっても何もおかしくないんだよ?」

「でも!那珂さんはなんでも……できます。」

 神通は俯きながらも声を僅かに荒げて反論した。その言葉に自身が言及されていたために那珂は苦笑した。

「あ~~。そういうふうにあたしのこと捉えてたんだ。」

 耳にかかる髪をクルクルと弄りながら那珂は続ける。

「なんでもできるわけじゃないよ。あたしだってできないことあるもん。あたしはできないこと、興味持てないことは徹底して無視してるだけ。なるべくあたしができないことは見せないようにしてるだけ。だからかな?生徒会長としてなんでもできる人って学校でも見られがちだけどホントは結構偏った人間だよ。」

 そう言う那珂だが、かなり接近して見ていた神通の表情に絶対納得していないという色が見え隠れしているのに気づいた。那珂はどう言えばこのネガティブ思考な神通を納得して復活させられるか悩み考えた。

 

「とりあえずあたしのことは気にしないでいいから。自分で言うのもなんだけどあたしなんか比較対象にしたっていいことないから。今はさっちゃん自身のこと。いい?」

「(コクリ)」

 神通の顔色や肌で感じる雰囲気がまったく変わっていない。頑固なところがあるのだなとやや懸念したが一切顔には出さず、話題の軌道を少し変えて進めてみることにした。

 

「それじゃあさっちゃんは今日一日、自分がしたことが全てが全て失敗、まったく何の経験にもなっていないって思う?」

「そうは……思いません……けど。でも失敗は多かったと。」

「うんうん。あのさ、今自分が訓練中の身だってことわかってる? 失敗して当然なの! むしろあたしや五十鈴ちゃん・五月雨ちゃんたちからすれば、失敗してもらえたほうがあたしたち自身のためにもなるの。」

「なみえさんや……五十鈴さんのため?」

「そーそー。さっちゃんが失敗したのを思いきり見せてくれればさぁ~、あたしたちは指導の仕方・協力の仕方を変えなきゃいけない。工夫しなきゃいけないって反省する。それは今後皆で出撃したり任務したときの作戦行動のための経験になるんだよ。今日は二人の訓練の最後の自由演習って名目だけどさ、実際はあたしたちすでにいる艦娘の訓練でもあるんだよ。だから今こうしてさっちゃん自身の気持ちを少し話してくれてるでしょ?それはあたしたちのためになってるし、今の今までさっちゃんの気持ちに気づけなかったのはあたしや五十鈴ちゃんの落ち度でもあるわけ。それはあたしたちの失敗なわけだ。うん。」

 神通はそれまで俯きがちだった顔を上げて那珂の顔の下半分まで視界に納め始めた。

 

「失敗を恐れないでっていつかの誰かがどこかで言ってた気もするけど、まさにそうだよ。訓練中なんだからよほどのことがない限りは死にやしないんだからさ、思う存分失敗してよ。もちろん上手くこなしてくれればそれはそれで良いけどね。あと五月雨ちゃんたちを中学生だからって高をくくっちゃダメ。あの子たちはあたしたちより前に着任して、いくつかの実戦を経験してるんだから。あの子たちの判断で動いたことを気にしたり咎めるのは良くないかな。むしろ、私の判断を補って動いてくれて嬉しい!って思えるようにならなきゃね。」

「……わかってます。わかってますけど、すぐにそうは思えません。私は……やっぱり失敗が怖い。年下のあの子たちからバカにされてるような気がして怖いんです。性分なんだと思います。すぐには……変えられません。ゴメンなさい。」

 神通が言い終わると那珂は深い溜息をついた。本人の言うとおり性分なのだ。この諭し方ではダメだと那珂は判断する。

 

「はぁ……突き放すようで悪いけど、気持ちの面は他人がどうこうできる話じゃないからさ、そこはさっちゃんのペースで上手いこと乗り切って欲しいな。でもこれだけは約束して。覚えておいて。」

 そこで言葉をすぐには続けず溜める。神通はさらに那珂の顔を見上げてゴクリと唾を飲んで次の言葉を見守っている。

「撃てなくなってもいいから、あたしたちの陰に隠れてもいいから、せめて海に勝手に沈まない程度には気持ちをしっかりポジティブに保って。前も教えたと思うけど、あたしたちを艦娘たらしめる艤装っていうは、人の考えを理解して動く機械なんだよ。だからあたしたちの思考をネガティブにしたり混乱させたら、あたしたちは動く力をあっという間に失う。それは艦娘にとって致命的なの。さっきさっちゃん自身で思い知ったでしょ? 海の上に浮かぶことすらできなくなっちゃう。実戦に出てもそんなネガティブな気持ちでずっといてもらったら、助けるあたしたちまでヘタすると敵にやられちゃうかもしれない。誰か一人の気持ちはね、あたしたち全員の命にもつながってるんだよ。」

 

 那珂の言葉が神通にとってズシリと、背中に石が乗っかる感じでプレッシャーになる。神通は確かに先程身を持って思い知った。那珂の言葉は図星だ。あまりにも暗く考えすぎたから、自分は艦娘として最悪なことになったのだ。

 自分一人の気持ちの勝手な浮き沈みが、皆を危険に晒すかもしれない。そう思うと重くなった背中が更に重くなりと背筋が曲がり始める。

 するとその微妙な動きを察知した那珂が突然神通の真正面に立ち位置を変え、神通の両頬を手のひらでグニッと押して目を見つめた。

 

「ホラそれダメ!!今の気持ちを艤装に悟られちゃうよ!?今の同調率見てみなさい!!」

 那珂が両頬から手を離したので神通は片手につけていたスマートウォッチを近づけてその数値を見てみる。すると艤装のコアユニットは想像以上に正直に神通の今の心境を表していたのか、さきほど五十鈴に手伝ってもらって復活させていた同調率が80%を切って70%台に突入している最中だった。

 神通がスマートウォッチの画面を眺めるその脇で那珂も同じ画面を眺めていた。そしてお互い顔を上げて再び視線を絡める。

 

「どう?数値はさっきより上がってる?下がってる?」

「う……下がってました。」

「ホラね。あたしたち人間の気持ちを察知するこの艤装っていう機械は、きっとかなり正直に明かしちゃうんだよ。この機械の前じゃあたしたちは隠し事なんてできないよ。」

「は、はい。」

 

 神通が頷いて理解を示すと、那珂は叱るために寄せていた眉間の皺を平に戻し、つぼめていた口元を緩めて笑顔に戻して続けた。

「失敗したかも!?って身を持って思い知れば、きっと人間って近いうちにその問題を解決できるってあたしは信じてる。流留ちゃんだってあたしに怒られてもその後ちゃんと自分の身にしてるようだし、あの娘にできてさっちゃんに出来ないことなんてきっとないよ。自分のペースでさ、引き続き取り組んでみてよ。あたしも五十鈴ちゃんも急かなさいで見守ってるからさ。」

「……はい。頑張ります。」

「ううん。頑張らなくていい。さっちゃん自身のペースで進めることが大事。周りの目なんか気にしないでね。むしろ周りの人はみんなあたしに一目置いてるんだ!って考えるくらい図太くてもおっけぃ! 何度も言うけどあたしたち艦娘はココ次第。だからこそ普通の武器の攻撃が効かない化物相手にあたしたちみたいな少女でも戦えるんだし。」

 そう言いながら那珂が手を置いたのは自身の胸だった。膨らみ的なその存在ではなく、その内に秘めるものの意味であることはさすがに神通にもすぐに察しがついた。

 那珂の言い回しに戸惑い続けるも、伝えたいことの意図は頭の片隅でわかっていた神通は何度も頷いて那珂の言葉を噛みしめていた。

 

 

--

 

 那珂は相槌を打つ神通のその表情が、自分たちが会話し始めた頃よりも和らいでいるのに気づいた。しかしどういう言葉で、どう与えればこのネガティブな後輩少女の心に響いて影響させることができるのか、未だハッキリしたトリガーがわからない。そもそも他人にここまで親身になって会話することなぞ、実のところ親友の三千花にだってやったことがない。

 偉ぶっているが那珂自身も探りながら必死の弁である。しかしそんな心の内を他人に悟られるわけにはいかないので普段通り振る舞い続ける。那珂は口元を一瞬僅かに緩ませた後、人差し指を立てて他人に言い聞かせるような偉ぶった仕草で神通に最後の言葉を放った。

 

「うーんとね、今のさっちゃんに足りないのは多分コミュニケーションだと思うの。あたしや川内ちゃんのことだってまだ大して知らないでしょ? それが不知火ちゃんや五月雨ちゃんたちだったらなおさらだよ。皆のことが分かってないから余計なこと……被害妄想っていうべきかな。ともかくそういうこと考え過ぎちゃうんだと思う。」

「それは……。」

 またしても那珂の指摘は図星だったため言葉が言いよどむ。神通の反応なぞ待つつもりない那珂は間髪入れずに続ける。

 

「昨日までの訓練でやったことはあくまでも一人で戦う技術の基礎。今日さっちゃんが経験したことは皆で戦うための技術。今日初めてやることを失敗したってそりゃ当たり前だよ。だからさ、さっちゃんには宿題出しておくね。不知火ちゃんや五月雨ちゃんたち中学生と一度は遊びに行っておくこと。艦娘のことは抜きにして、プライベートでおもいっきりね。」

「ひぇっ?」

 急に方向性が違うように思える那珂の言葉を聞いて、これまでも戸惑っていたがさらにその度合いが強くなってそれが表情に現れる。思わず変な悲鳴にも似た素っ頓狂な声が漏れた。

 

「簡単に言うと、仲良くなっておいてねってこと。後で五月雨ちゃんたちにも話しておくからさ。もうパァ~っと遊んできてよ。」

「わ、私……そういうの苦手……です。」

「なにおぅ~~!?遊んでこいよぉ~~。」

 眉間にしわを寄せてしかめっ面を作り、わざとらしく神通の顔に自身の顔を近づける那珂。しゃべるときの那珂の吐息が頬に直に当たるくらい近かったため、神通の頬は少し赤らんで微熱を持った。

「さっちゃんはもしかしてあれですか。年下の同性と遊ぶのは苦手?そ・れ・と・も~~~実はボーイフレンドがいてその子と遊ぶのに忙しくて付き合ってらんねーよって感じですかぁ~?」

「ぼ、ボーイフレンドなんていません!そ、そもそも……私友達ほとんどいなかったですし。高校生になってからはたまに和子ちゃんと出かけるくらい……でしたもん。」

 思わず自身のプライベートを明かしてしまう。茶化しのエンジンがかかっていた那珂はそれを掘り下げようと思ったがさすがに自重した。

「じゃあさ、あの中学生4人を友達にしちゃえ。いい機会じゃん。友達と遊ぶ・出かけることの酸いも甘いも味わってきちゃえ。和子ちゃん以外にも仲良く出来る子作っておけばさ、高校生活きっと楽しいよ?よく言うでしょ、高校で一生付き合える友達できたとかさ。さっちゃんにとって良いと思える場所で友達作れればそれでいいんだよ。学校で友達作ってもいいし仕事場の仲間な五月雨ちゃん達でもいいの。プライベートで遊ぶ・交流するのは、自分を変えるための格好の行動だと思うなぁ。遊ぶんだから気を張らずに自由に楽しんできてくれればそれでいいよ。さすがにどう遊ぶかとかはあたしも口出すつもりないしね。」

 茶化し満点の言い出しからセリフを進めるに従ってさきほどまでの親身な柔らかい口調に戻っていく那珂の言葉。最後まで聴き続けた神通は、ゆっくりと頷いて了解する。

「わかりました。」

「うん。期待してるよ。」

 

 慣れない関係の人との遊びや外出を強要された気がしてプレッシャーを感じまくる神通だったが、やはり那珂の言葉には一理も二理もあったので反論の余地はなく、おとなしく承諾するしかなかった。

 再び顔を上げた神通のその表情は、話し合う直前まで浮かべていたどんよりとした重苦しく自信のなさがにじみ出ていたものから、なんとなくスッキリ、を連想させる微笑を浮かべるまでになっていた。

 那珂はその変化を逃さない。

 

「ね~ね~さっちゃん。ありがとね。」

「へ?な、なんでなみえさんが……感謝を?」

 目を少し見開いて驚きを示す神通。

 那珂はようやく神通の肩から手を離し、それまでよりかかっていて中腰だった姿勢を正して直立した。自然と顔はまだ中腰の神通を見るために俯く形になる。

「だってさ~、さっちゃんが抱えてた気持ちを話してくれたのか嬉しいんだ! こういうお話はできればお風呂とかお布団の中で寄り添ってしたかったけど、あたし的には結果オーライって感じかな。だから、あたしに打ち明けてくれて、ありがとーって。」

 曇りのないその笑顔・接する人に対して慈愛に満ちた表情。前にチラリと垣間見た、五月雨の純朴な表情にも似ていた。月明かりで僅かに照らされる那珂のその表情は、今の神通にはとてもまぶしく見えた。

 人を安心させてくれる、勇気を与えてくれる存在。こんな人ならば生徒会長としても学校内外でそりゃ活躍できるわけだ。

 神通は改めて那珂に心酔し始めていた。人とコミュニケーションを取るのが苦手な自分には絶対なれない存在でないものねだりかもしれないけれど、いつかこうして誰かの役に立てるようになりたい。

 思いが口に伝わって出た。

 

「こちらこそ、ありがとうございます。わた、私も……なみえさんのように、なりたいです。」

「え?」

「これからも、ちょっとしたことで悩んじゃったり、くじけてしまう可能性がありますけれど、一人で立てるように頑張るので、見守っていてください。」

 言いながら神通も消波ブロックから背を離して完全に海上に直立する。

 那珂がその時見た神通の表情はまだ決して自信を取り戻したなどという感じには遠いが、もう大丈夫だろう判断できるのは間違いなかった。

「あたしが高校卒業するまでは見ていてあげるよ。その後は、ぜひ対等な立場で一緒に仕事していこーね?」

「……はい。」

 那珂が差し出した手を、神通はそうっと握る。那珂はそれを包み込むように優しくそして次第に力を込めて握り返すのだった。

 

 

--

 

 那珂と神通が話し合っている間、五十鈴は砲撃組と雷撃組をひとまとめにして夜間訓練の仕上げとした総合訓練に変更していた。神通のことも気になるが、自分に任されたのは訓練の指導役。自分の役目はきっちり果たしたい五十鈴は気持ちの切り替えをしっかりしていた。

 訓練再開前、神通のことを気にかけた川内が言った。

「あの~神通マジで大丈夫なんですか?あたしも行ってあげよっかな。」

「あの子のことは那珂に任せましょう。きっとうまく解決して神通を元気にさせてくれるはずよ。信じて私たちは訓練を続けましょう。」

「はい!よっし、夕立ちゃんいくぞー!」

「おー!」

「五十鈴さん!私たちもお願いします!」

 と五月雨。それに続いて村雨と不知火が頷く。

 そうして訓練再開していた6人の前に、那珂と神通が戻ってきた。

 

 

--

 

 2度の雷撃と2巡の砲撃の後、那珂と神通は五十鈴たちの前に戻ってきた。

「おまたせみんな!」

 皆の側に戻って那珂が真っ先に宣言した。

 

「もう、大丈夫なの?」

「……はい。ご迷惑を……おかけして申し訳ありませんでした。」

 深々と頭を下げる神通を見て五十鈴は一旦視線を五月雨たちにざっと向けたあと、苦笑しながら言った。

「元気になってくれたならそれでいいわ。あまり心配かけないでちょうだいよ?」

 五十鈴の心配に神通は再び頭を下げる。

「色々聞きたいところだけど……今はやめておくわ。それでいいのよね?」

「うん。そーしてくれると助かるかな。神通ちゃんもそれでいい?」

「(コクリ)」

 神通の同意を得た那珂は続いて五月雨たちにも視線を向けて伝える。五月雨たちもわかりましたとだけ言い、それ以上は神通のことをその場では聞こうとはしなかった。

 そんな中、川内だけは違った。川内は通常の水上移動するのを忘れ水しぶきを巻き上げながら海面を普通に走って神通に近づいてガシっと抱きしめる。

「ふぇ!?せ、川内さん!?」

「……もう!さっちゃん!聞いたよ?あんま心配させないでよね。あたしは同じ学年だし同期だし一番近いんだからさ、何か心配事あったらあたしだって聞いてあげるくらいはできるから一人で悩まないでよ!さっちゃんは出会った時からそうだよ。考えこむところあるからさ、あたしほんっと何かと心配なんだよ?」

「は、はい……うん。ゴメン……ね、ありがとう。」

 感情に素直でもここまでしたことがなかった同期からの抱擁を受け、その力強さに苦しいと感じつつも決して悪い気持ちはしなかった。ストレートに感情をぶつけてくるその様が、那珂とは違う形で嬉しく暖かく包まれる感覚を覚えた。

「それじゃああたしも今は聞かないでおくよ。あとできっちり話してもらうからね。」

「うん。」

 神通の返事の声に鼻をすする音が僅かに混じる。普段であれば他人の細かい仕草や意味など察するのが苦手な川内でも、さすがに抱きしめてゼロ距離にいれば黙っていても言われなくても気づく。

「バカァ!なに涙ぐんでるのよ~!」

「(ぐずっ)せ、川内さんだってぇ……!」

 

 抱擁し合いながらすすり泣き始める二人を那珂と五十鈴が背中をさすって慰めた。すでに訓練を続ける雰囲気は皆の心からは綺麗に雲散霧消していたため、8人は片付けをして湾に入り、工廠へと戻っていった。

 


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