同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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夜間訓練

 必要な装備を持って那珂たちは夜の海、いつもの堤防の側の消波ブロック帯の近くに集まった。夜も完全に更けて全員の気分がおやすみモードに入りかけていることわかっていたので、夜間演習・訓練が可能な制限時間の1時間きっちりやるつもりはない。

 那珂と五十鈴としては、夜動くことの感覚を少しでも掴んでもらえればよいと考えていた。一度全員で経験しておいて後は各自必要に応じて経験を積んでくれて慣れていけばよい。

 

 訓練は、砲撃をする組・雷撃をする組で分かれた。那珂は雷撃組の指導を担当し川内・夕立が、砲撃組は五十鈴が指導を担当し、神通・不知火・五月雨・村雨が集まっている。

 

 

--

 

 雷撃をするグループとして集まった那珂たち3人。川内は雷撃をしたい人が夕立しかいないことに不満を持ち愚痴をこぼす。

「な~んで魚雷撃ちたい人があたしたちだけかなぁ~?夜に豪快に撃つのってきっと楽しそうなのになぁ。」

「うんうん!あたしたちだけで楽しも~よ!あたしと川内さんで那珂さんをふたりじめできるっぽいし~!」

「アハハ。それじゃー雷撃を選んだ二人にはあたしがこれでサポートしちゃおう。」

 

 そう言って那珂は右手に持っていた道具を持ち上げた。

「「それって?」」

「うん。前の合同任務のときに使った業務用のライトだよ。川内ちゃんならもっとちゃんとした言い方知ってるでしょ。」

「おぉ!探照灯!サーチライト!本物初めて見た!」

 那珂が掲げて示したその道具に川内は鼻息荒く興奮しながらその名を口にする。その様子を見て那珂はスイッチをONにした。探照灯の光は夜8時の浜辺沿海から立ち上る一筋の光の柱となった。さすがにそのままでは近所迷惑になりかねないと思い、海面に当たるように探照灯の向きを変える。

 

「まぁ本物って言っても護衛艦とかに使われるやつと同じサイズじゃないよ。」

「いや~普通の懐中電灯なんかとは全然違うものってだけでもワクワクですよ。」

「ワクワクっぽい!」

 声を揃えて興奮を表す二人に那珂は探照灯の効果や使い方を説明することにした。

 

 

--

 

 一方の砲撃組も、五十鈴が持つ探照灯の説明に入っていた。

「私達艦娘は個人差もあるけれど、視力が良くなることは知っているわね?とはいえ夜間とか暗がりだと目が慣れるまで少し時間がかかるのは同じ。それから慣れた後も明るい時と同じような視力を発揮するには、やっぱり光が必要よ。こうしたライトを使うことで、私達の高まった視力を普段に近い水準で発揮できるようになるの。この辺りは五月雨と村雨は知ってるわね?」

「「はい。」」

「使い方は簡単よ。進行方向に向けたり、後は海中に向けたりね。」

「あの……光はどのくらい届くのですか?」神通が先陣を切って質問する。

「このサーチライトは確か……明石さんによると、地上や海上を照らす分には1km先まで、海中に向かって照らした場合は水質にもよるけど、12mくらいって言ってたわ。」

「普通、海中にいる生物を探すにはソナーが必要って本で見たことがあるんですけど。」

「良い質問ね、神通。」

 神通のさらなる質問に五十鈴は冷静な受け答えで対応する。とはいえ自身も明石など他者からの又聞きなのであまり偉そうに、全て知ってるような口調で言うことはできない。それを断った後続けた。

「私も艦娘になって、曲がりなりにも海の仕事についたことになるけど、ソナーとかそういう漁師や海自など海の仕事する人たちが使うものを全てが全て理解できたわけではないわ。それから深海棲艦には音を跳ね返さない個体が多いから、ソナーとか自動追尾の魚雷は効かないってことは前に明石さんから聞いたわよね?」

「はい。」

「ソナーにあまり頼れない以上、視覚・聴覚など、基本的な感覚に頼るしかないわけ。だから艦娘になると、身体能力以外にもそういう感覚が高まるようになっているの……だと思うわ。これも明石さんの受け売りだけどね。そしてそういう基本的な感覚のサポートをする道具を使うことで、その効果をより高める必要があるわけ。こういうライトもその一つ。もちろんソナーも必要に応じて使うわよ。基本中の基本だものね。」

 

 五十鈴の解説に神通はもちろん村雨も、そして最古参の五月雨・不知火までふむふむと頷いている。

「五十鈴さんすごいですねぇ。よく覚えられますよねぇ~。」

「ほ~へ~。そうなんですか~。」

「ためになる。」

 

 村雨・五月雨・不知火と連続して他人事のように感心する様を見た五十鈴は呆れ顔でツッコんだ。

「村雨は私よりも後だから仕方ないとしても……ちょっと二人とも。一応私より経験がある先輩の艦娘でしょ。どちらかというと二人からこういう説明を聞きたかったわよ。」

「エヘヘ。そこは適材適所といいますか、皆お互いで補完しあえればいいかなぁ~って。」

「中学では、そんなこと習わないので。」

「普通の高校だってそんなこと習わないわよ!!学校以外での勉強時間がモノを言うのよ……。」

 五十鈴が声を荒げながら言うと、五月雨が微妙なフォローの言葉をかけた。

「五十鈴さんはお勉強家みたいですし、私はお任せできるところはお任せしたいかなぁ~って。」

「そうそう。私もそう思いますぅ。」

 五月雨の言に村雨が相槌を打ち、さらに不知火が無言でコクコクと頷いている。そんな様を見て五十鈴は額に手を当てて俯いてしまった。

 

「はぁ……あんたら気楽でいいわねぇ……。てかなんか那珂に変に影響されてきてない?その返しが……なんかむず痒いわ。」

「アハハ……気のせいですよ。気のせい。それじゃあ、五十鈴さんが苦手なところは私や不知火ちゃんに任せて下さい!頼ってもらえるよう勉強しておきます。ね、不知火ちゃん。」

「(コクリ)はい。不知火に、お任せあれ。」

 その言いっぷりに五十鈴は変なデジャヴ感を覚え、もはや二人にツッコむのはやめにして話を戻した。

「はぁ……もういいわ。それじゃあ、砲撃の説明に入るわよ。」

 

 

--

 

 那珂たちも探照灯・ライトの説明が終わり、メインである雷撃訓練の説明と準備に入っていた。

 砲撃組からは距離を開けて沖に出て的を投げ放って浮かべる。的はランダム移動モードだ。川内にライトを持ってもらって那珂が的の設定を終えると、ほどなくしてLED部分が青白く点滅し始め、起動したことがわかった。

 

「さて、これからあの的を狙って撃ってもらいます。」

「撃つって言われても、夜に撃つ時ってどうすればいいんすか?」

 川内が真っ先に質問する。

「普通に撃てばいいんだよ。点滅してる的の動きをよーく観察してから撃ってね。」

 

 川内と夕立が的の方向を見ると、月明かりと周囲の工場の照明があってわずかに照らされているとはいえ、青白く点滅しながら動く的は見えづらかった。

「うー。暗いのに慣れてはきましたけど、やっぱ的わかりづらいなぁ。まぁいいや。とりあえずやってみます。」

「あたしも!あたしも!」

 川内の言葉の後に夕立がパシャパシャと軽く飛び跳ねて主張する。

 

「はい、ライト。」

「あ!あたしが持ちたい!」

 那珂はコクンと頷いて二人の意志を確認しライトを差し出す。すると夕立が素早く近寄ってそれを手に取る。

「それじゃー夕立ちゃん。川内ちゃんのサポートお願いね。ちなみにライトの光でも的は反応して逃げようとするから、そこんところ上手く使ってみてね。」

 那珂の言葉を全部聞く前に夕立は川内のもとへと駆け寄って行ってしまう。那珂はそれを見て苦笑しつつも、これから二人がする行為を見守ることにした。

 

「さーて、あたしから撃つよ、いいね?」

「はーい。それじゃーあたしはどうすればいいの?」

「あたしが狙いやすいように的に当ててみて。」

「りょーかい!」

 そう返事すると夕立は川内から離れて的に近づいていった。

 的の一部分を示すLEDの発光は不定期にゆっくりと切り替わる。消灯している間も的は動いているため、瞬きを何度かした夕立がふと的に視線を戻すと、すぐにその位置がわからなくなる。しかし今の夕立にはライトがあるため、彼女の表情は自信に満ちた笑顔だった。

「ウフフフ~。どこへ逃げたって問題ないっぽい~!」

 

 

パァー……

 

 

 ライトの光が的を強く照らし、直線的にその先の海上をも照らす。的はその強い光によってその場でブルブルと振動し出した。夕立がわずかにライトを動かすと、その隙を狙ったかのように的は瞬発的なダッシュでライトとは逆の方向へと移動し始める。

 同調しているとはいえ意外と重いライトを両手で持ち、夕立は改めて的に光を当てる。

 逃げまわる的に何度目か当てたとき、的はその位置でピタリと止まり、進行方向を変えようと動きが鈍くなった。

 

「川内さん!あそこっぽい!」

「よっし!」

 

 夕立の合図を耳にした瞬間に川内はあらかじめ指を添えていた魚雷発射管装置のボタンの一つをグッと押し込んだ。魚雷の軌道やスピードのインプットも忘れない。

 

 

ドシュッ!

サブン

 

シュー……

 

 川内がイメージしたのは、細かいコースは考えずにとにかく夕立の持つライトが照らしたその場所目指して一直線であった。そのとおりに進んだ魚雷は的がサーチライトの光に反応しきって逃げるべくダッシュをし始める直前に当たった。

 

 

ズドオオォ!!

 

 

 的の周囲に激しい水しぶきが発生して的は爆散した。川内の雷撃がクリーンヒットしたのだ。

 

「うお!?あたしの雷撃、初めて綺麗に当たった!?」

「川内さ~~ん!!やったっぽい~!おめでとー!」

 自分の綺麗な雷撃と結果に驚きを隠せないでいる川内の側に賞賛の声をかけるべく夕立が駆け寄っていった。ライトをぶんぶん振り回しながらの駆け寄りのため光が四方八方に走ってあらぬ方向を照らすが、手にしている本人はまったく気にする様子はない。

 そして川内と夕立は声を掛け合った。

 

「夕立ちゃんありがとね!撃っといてなんだけど、自分でびっくりしたわ。」

「うんうん!あたしだってあんな気持ちいい当たり方したことないっぽい!すっごいすっごい!」

 興奮する川内と素直に川内に尊敬の念を示している二人に那珂はゆっくりと近寄って声をかけた。

「川内ちゃんってば夜なのにあそこまで綺麗に当てて爆破できるなんてすっごいよ。おめでと!」

「アハハ。ありがとうございます!那珂さんに認めてもらえてうれしいなぁ。」

「それじゃあ綺麗に雷撃できた川内ちゃんにお知らせです。」

 喜びあふれる川内に向かって那珂は口調はそのままで話の展開を急転直下させた。

「的の復元、頑張ってやってね。夜だからライト使って、しっかりとね!」

「う。そういや的戻さないといけないんでしたっけ……。せっかくうれしいところに嫌なこと思い出させるなぁ那珂さんってば。」

「ホラホラ、あたしも手伝うから。夕立ちゃんはライトで照らす係引き続きお願いね。」

「う~~あたしは雷撃だけしたいっぽい……。」

 

 ブーブー文句を垂れる夕立をなだめつつ那珂は川内の背中を押して的が爆散したポイントに向かい、的の破片を集め始めた。

 数分して破片を全部集め終わった那珂は川内と夕立に的の形を作り変えるのを任せ、組み直した後に再び音頭を取って雷撃訓練を再開した。

 

 

--

 

 那珂たちが雷撃の準備を始めた場所から少し離れた海上、五十鈴はいざ砲撃訓練をすべく、神通ら4人に号令をかけた。

 

「それじゃあ砲撃してもらうわ。的は最高レベルに近いランダム移動モードにしてるから、結構素早く逃げまわるはずよ。4人で協力して倒してみてね。ライトは……そうね。神通に渡しておくわ。はい。」

 五十鈴からサーチライトを受け取った神通はすぐに不知火・五月雨・村雨のもとに戻り、相談しあう。

「それでは……私が的を照らしますから、皆さんはすぐに撃ってください。」

 神通のとりあえずな感じのする作戦に3人ともコクコクと頷く。

 的は神通たちが話し合っている最中にもフラフラと動いているが、艦娘たちがまだ攻撃の意志を見せていないために的のセンサーは彼女たちを検知せず、ゆっくりとしたスピードを保っている。

 的に視線を送る神通と3人の駆逐艦。駆逐艦3人がそれぞれの単装砲・連装砲を構えると、的は対人センサーで前方に察知した人間の攻撃性を検知し、本格的にランダム移動とスピードを出し始めた。

 神通は手に持っていたサーチライトをすかさず当てて的を照らす。

 

「今です!」

 神通の掛け声とともに3人は神通のサーチライトが発する光線の先めがけて撃ちこみはじめた。

 

 

ドゥ!

ドゥ!

ドドゥ!!

 

 不知火・五月雨・村雨の砲撃はそのまま的に当たるかと思われたが、各砲のエネルギー弾が当たる前に的は光が当って以降震わせていた本体を、その光線から逃れるべく横に飛びのけるように自身を弾き飛ばし、エネルギー弾が当たるポイントから逃れた。

 結果として不知火たちの砲撃は当たらず、的は再びスムーズな移動で不知火たちからつかず離れずの移動をする。

 

「えっ……なんで?」

 あまりにタイミング良く光線から逃れた的を目の当たりにし神通怪訝そうにすでに何も浮かんでない海上を見つめる。

 そんな神通に対し五十鈴がボソリと現実に起こった事の正解を告げる。

「そうそう。的はサーチライトの光が当たっても反発して逃げようとするわよ。」

「!! ……それを早く言って欲しかった……です!」

「一度は何も知らないで経験しておいたほうがためになるでしょ?那珂がやりそうなことをやってみたまでのことよ。」

 珍しく声を荒げて文句を言う神通だが、もっともらしいことを言う五十鈴にサラリとかわされてしまった。五十鈴の言い分には一理あったために神通はそれ以上は文句を言えず、しぶしぶ視線を的があった方向に戻した。

 その際、ふと先刻の五十鈴の物言いを思い出した。

 

「那珂に影響されてきてない?」

 思い出したと同時に

((そりゃあんたもだろう。))

 という100%ツッコミの感想が神通の頭の前面を通りすぎていった。口に出して言ってしまうような性格ではないため神通はあくまで頭の中で目の前の先輩艦娘にツッコミを入れるに留める。

 とにかくも的の動作を学んだ神通は駆逐艦3人に作戦を相談することにした。

 

「あの、……ということなので。光が当たったら単純に砲撃……というわけにはいかないようです。」

「へぇ~。あの的ってそこまですごい高性能になってるんですねぇ~。」

「私と五月雨だけの時は……動くだけだった。」

「明石さんどんどん改良してくれるのはいいけど、やりすぎてとんでもない機能の的になったりしないかしらぁ~。」

 どうでもいい感想を述べる駆逐艦3人。神通は3人の感想を無視して視線を的の方に向けながら3人への言葉を再開する。

「的は光が当たるとさっきのように逃げようとします。加えて的は元々衝撃や爆風なども検知してそれらからも逃げようとしているはずです。……私の砲撃では動きがゆっくりな相手でしか、しかも集中してでしかまだ当てられません。なので私はこのままライトを当てる担当になりますので、3人でなんとか当ててください。」

 

 神通の言葉をフムフムと聞く3人。その最中で五月雨が何か言おうと手を上げかけたが、それは村雨の率先した提案によってキャンセルされた。

「あのぉ~神通さぁん。誰かが的の後ろに回り込むのはいかがですかぁ?それで的の逃げ道をなくすんです。」

「え? ええと、はい。いいと思います。」

 夜戦を経験したことのある村雨の言い分だけに神通はそれに対し反対意見を出す気はなく、素直にその意見に賛同する。

「それじゃーさみ。一緒に行きましょ?あの時やったことを思い出せば私たちなら楽勝よ。ね?」

「え、うん。なんとかやれるといいね。頑張る。」

「それでは……私が合図をしたら的を撃ってください。私は的が変に逃げないように光の当て方を工夫してみます。」

「それじゃー私とさみは早速~。」

 神通の行動を確認した村雨は五月雨を連れて移動し始めた。少し離れると二人の姿はあっという間に見えなくなる。二人が移動し始めた向きは的とは方向がかなり違っていたが、神通は二人がわざと遠回りして的に回りこむつもりなのだろうと推測し、見えなくなった二人の方向に無言で視線を送り、期待を祈った。

 指示を特に受けなかった不知火は

「私は、あっちから。」

とだけ言い、村雨たちが向かった先とは真逆の方向を指差して移動し始める。その場には神通だけがポツンと残る形になった。

 

 

--

 

 一人になり、回りに人が見えなくなったことに急に心細くなってブルっと震える。真夏だが変に涼しい夜。当たり前だが暗い夜。何もない海上。鎮守府の本館ははるか遠くに感じられ、点灯している部屋の明かりが恋しい。

 そういえば夜に出かけるなんて、今までの人生で家族旅行以外でしたことがない。思えば変化を求めて来なかった日常から随分離れてしまったものだとしみじみ思い返していた。これが成長といえるのか明確な判断を下せない。

 とにかく今は駆逐艦たる中学生3人と協力して夜の海で逃げ回る的を撃破する。それ以外の余計なことは考えないようにしよう。マルチタスクではないくせに思いにふけりながらあれもこれもと考えがちなのは自分の悪い癖だ。反省で思いをそう締めくくる。頭をブンブンと振ってゴクリと唾を飲み、神通は的を求めて移動し始めた。

 

 すでに的を見失っていたので、神通は両手で持っていたサーチライトを目の高さより気持ち下まで上げ、2時の方向から反時計回りに海上の数十m先を照らし始めた。どのくらい照らすと的が反応するのかまだわかっていないため、ゆっくりと1時、0時、11時の方向へと動かしていく。

 途中で誰かの足の艤装がチラリと光に照らされて金属の光沢を見せる。五月雨か村雨のそれだろうと想像した。

 神通自身も1時の方向へゆっくり移動しているため、光線の照射も同じ場所を照らさないし角度も方向も少しずつ異なる。そしてしばらく反時計回りに照らし続けていると、人のものではない表面の物体が見えた。

 的に光が当たったのだ。

 

 離れた場所からそれぞれその光の当たる先の物体を見た不知火・村雨・五月雨の3人は砲撃の構えをするが、神通の合図がまだ出てないために引き金を引かない。

 神通はわずかに当たったライトを離して一度消灯させた。消したままサーチライトを顔の高さまで上げ、再び点灯させる。サーチライトの光は的の上空から照射が始まった。サーチライトを動かす前に神通は思案した。というよりもふと思いついたことがあった。的が反応しないギリギリまで光を当て、位置が分かったら一旦照射を離す。あとは光線の乱反射をうまく利用し、反応しないギリギリの照射を保ちそして3人に砲撃させる。暗い中であれば、光が当たる部分がわずかでもそこが異様に目立つため、狙いは自然とその照射部分の周囲に集中しておのずと命中精度は高まるに違いない。

 そう考えた神通は意を決してサーチライトで照らす角度を下げ、的に僅かに当てた。そしてすぐに上に向かって戻した後短い一言で合図した。

 

「今です!光の下部分を狙ってください!」

 もともとが声量の小さい神通の言葉だったが、静かな海上のためそれは駆逐艦3人の耳に確かに伝わった。3人は今か今かとウズウズしていたところに待望の合図を受けて、掛け声とともに一斉に各装砲から火を吹かせた。

 

「や~!」「そーれっ!」「沈める」

ドゥ!

ドドゥ!

ドゥ!!

 

 

ズバン!

バァン!!

ズガァッ!!

 

 

 再び3人が砲撃する。

 

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!

 

 しかしその砲撃はヒットせず、すでに的は被弾のために急激な反応を引き起こしてその場から離脱していた。

「あっ!逃げられた!」

 五月雨がそう叫ぶとライトを向ける前に神通は目を凝らして的らしき物体を探す。すると不知火が珍しく叫んだ。

 

「こっち! 私の後ろに回っ……た!」

 

 叫びを受けて神通は不知火の声がしたほうに素早くライトを向けた。サーチライトの光線が不知火を思い切り照らす。彼女に当たり漏れた僅かな光線がそのはるかうしろに迫ろうとしている的を捉えた。それを見た神通は不知火の足もと、海面だけを照らすようにしてそのまま不知火の脇を抜けてその後ろに迫っていると思われる的を探した。あくまでも海面を照らしてじわじわと場所を判別させるつもりだった。

 

「さ、3人とも動いてくだs」

 神通の指示の言葉が最後まで響く前に、駆逐艦3人は素早く身体と意識を反応させ行動に移し始めた。

 

 一度反応した的は一見すると止まることを知らないかのように機敏に海上を移動する。そしてどういう意図の動作かは知る由もないが的は不知火に向けて接近していた。

 攻撃者から逃げる動作ではなかったのか……。神通は怪しむが今はその意味を探る暇はない。近づいてきているなら好都合だ。あとはライトを当てても多少は問題無いだろう。

 

 神通の考えを察知したかのように、一番近かった不知火が先に砲撃し、続いてダッシュのごとくスピードを上げて迫る。的の方へ接近していた五月雨と村雨が神通のいるラインを超えて1~2秒してから砲撃し始めた。

 なぜか村雨は砲撃ではなく、機銃パーツで範囲を掃射した。

 

ドゥ!

ドドゥ!

ガガガガガガガ!

 

 的は不知火の砲撃こそ食らったが五月雨の砲撃をかわした。しかし弾幕になって間近に迫っていた村雨の機銃掃射をかわしきれなかったのか、的はその本体を横に細かく傷をつけて連続ヒットしていた。

 神通のサーチライト照射は的の素早い移動のためにすでに的を捉えていない。神通は慌ててサーチライトの光線を海面移動させて探す。しかし的の位置に気づけたのはサーチライトの光ではなく、村雨の機銃掃射の当たった効果によってだった。

 同じく村雨の機銃掃射の効果によって的の位置を察知した不知火と五月雨が再びの砲撃をした。二人とも曲がりなりにも古参の艦娘としての経験上、戦場での判断力が養われていたのか、手探り状態試験状態の神通の行動と指示を待っておらず、その場の判断で村雨の行動を頼りにいち早く的に向かって攻撃していた。

 そして三度四度の3人の砲撃・機銃掃射が続いた。

 

 

ガガガガガガガ!

ドドゥ!

ドドゥ!

 

ドガアァァーーーン!!

 

 真っ先に当たったのは村雨の銃撃だった。弾幕の被弾判定のため、行動制御の処理が追いつかずに計算している的はその場で停止した。そこに連続で砲撃がヒットし続ける。

 神通は3人の行動がすでに自分を起点・頼っていないことにようやく気づいた。神通が何かしら行動しようと移動し始めた時には時すでに遅く、的は爆散していた。

 

「やったぁ!的倒したよ!ありがとーますみちゃん。場所わかりやすかった!」

「えぇ。途中で機銃掃射に切り替えてよかったわ。」

「村雨の、機銃助かった。気づけた。」

 

 駆逐艦3人は神通の目の前はるか先で集まってハイタッチをするなどして言葉を掛けあっていた。その様子を、サーチライトの光は海面に彼女らの声だけでその様子を見聞きしていた神通は呆然としていた。年下・中学生だからと高をくくっていた面があったのは正直否めなかった。

 やはり3人とも経験者なのだ。何度か戦場に出て本物の深海棲艦と立ちまわったことのある艦娘。臨機応変に行動した結果の結果だった。そこに仮初の旗艦たる自分の行動の功績はあったのかと途端に自信を失う。

 

 艦娘に着任してから軍艦の艦種の本を見て勉強した。軽巡洋艦が駆逐艦よりも平均して高い性能を誇り、艦隊を牽引する存在だと理解した。それをそのまま艦娘の担当艦の種類に当てはめて考えようと試みた。自身は軽巡洋艦神通担当なのだから、水雷戦隊旗艦の戦歴を持つ艦と同じ名を持つ艦娘になったのだから、彼女ら駆逐艦を率いられる存在にならなければと自分に言い聞かせやる気に燃えていた。しかし焦りもあった。

 冴えない自分と輝かしい戦歴を持つ艦にはあまりにも乖離があるからだ。

 拭い去ることができない不安な気持ちがもたげてきたが、幸いにも今は夜。その表情は誰にも気づかれずに済む。基本ネガティブな思考の路線なのに、神通は妙な部分でポジティブに考えていた。

 

 

--

 

 神通らが的を破壊したことを確認した五十鈴が4人に号令をかけた。

「どうやら無事に破壊できたようね。最後の方で村雨たちがした行動、あれは実際の戦いの場では必要であり正解である行為よ。神通にはライトを使ってもらったけど、必ずしも夜間の戦闘でライトが使えるとも限らないわ。状況によって昼間の作戦行動中から夜までかかってしまうこともある。だから今手に持っている道具を臨機応変に使って立居振舞ってみてね、というのが私の言いたいことよ。」

 五十鈴の側に集まっていた4人は思い思いに感想を述べ合う。その中で神通は暗い雰囲気を保っていた。納得できない気持ちが苛立ちと悲しみになって表面に現れようとしていた。この苛立ちは誰に対してのものなのか。

 情けない自分に対してなのか、リーダーたる自分の指示を聞かずに行動して勝利を勝ち取ったメンバーたる駆逐艦3人に対してなのか。

 

 もらった名は凛然と輝かしく存在の大きいものの、素の神先幸は取るに足らない引っ込み思案で情けない女だ。

 唐突に今日のこれまでの訓練での自分の行動を思い返した。

 尊敬できる先輩那珂からあなたのためにと旗艦というリーダー職を任され一日過ごしてきた。

 しかし自分がしたことはなんだ?自分の行動は誰の役に立ったのだ?

 

 午前の訓練。対峙する川内に立ち向かった。が、グダグダな流れで結局のところ自分の功績はない。あえていえば湾の地形を活かせただけであって、少なくとも自分の行動の賜物とは思えなかった。

 午後の訓練。旗艦として作戦指示という名の口出しをした。実力が伴っていないのに仲間を顎で使っていいのか。結局のところ午後の訓練で一番活躍したのは那珂と五月雨だ。自分は輸送担当である不知火を逃がすために変に距離長く海上を移動させてしまったに過ぎない。結果としては勝てた。

 学校の体育でもそうだったが、幸はバレーボールやバスケットボール、ソフトボールなど、チームプレーが大の苦手だった。艦娘になってから、艦娘というものは艤装などの諸々の道具もあるから自分が強くなれればとりあえずどうにかなるのかもと考えていた部分があった。しかし訓練終わりに近づいてまさかの本格的なチームプレー。そうなると幸の苦手な分野だ。

 艦隊戦や海軍の歴史書を見てから、作戦を立案する軍師的な立ち位置を振る舞えば運動が苦手な自分でもそれなりに参加できると思っていたが、やはり動かない・動けない自分をどうしても引け目に感じてしまう。年下の中学生の少女たちがガンガン動いて自分たちで考えて戦えているその様を見ると、その度合はより強かった。

 夜の闇が神通の負の気持ちの増大に拍車をかける。それは同調率にも表れていたことに五十鈴たち周りの少女たちはもちろん、神通本人でさえすぐには気づけないでいた。

 

 

バシャ!!

 

 

「わぷっ!きゃ!!」

 突然近くで響いた水に何かが落ちる音と悲鳴。神通からライトを返却してもらっていた五十鈴は辺りを照らした。すると神通が溺れている。

 五十鈴は慌てて海上をダッシュして神通のもとへと駆け寄って声と手を出した。

 

「ちょっと!?神通大丈夫!?どうしたのよ?」

 五十鈴の言葉はややヒステリックな上ずった声で発せられた。少し離れて仲良く雑談し始めていた五月雨ら3人もその異変に気づいて駆け寄った。

 

「え、え?どうしたんですか!?」

「なぁに!?神通さんどうしたんですか!?」

「……!?」

 

 駆け寄った3人のうち特に前面に出た不知火は、五十鈴と協力して神通を海中から引き上げた。神通は両腕を五十鈴と不知火両方の肩にそれぞれ載せて支えてもらってようやく海上にあがり、肩で息をして呼吸を整えた。

 

「どうしたっていうのよ突然!?あなた同調は……してるわよね?」

 

 そう言って五十鈴は神通がスマートウォッチをつけている腕を強引にグイッと引き寄せて小さなモニタを眺めた。

 すると、同調率の欄の数値が32.1%と、一度同調に合格した人間であればあえて出すことも珍しい低い数値になっていた。それはつまり、神通こと神先幸の艦娘としての適性が低下していて海上で浮かぶことすらままならない状態になっていることを示していた。

 

 神通の呼吸は再び乱れ、海水を払い吐き出す咳の音に混じってすすり泣く声が周囲に響いてしまった。突然の事に普段冷静な五十鈴はもちろん、中学生組も艦娘としては後輩はいえ年上の高校生の異変に驚きを隠せないでいる。

 

「同調率が下がってるわ。どうしたの?言ってごらんなさい。」

 五十鈴が柔らかい口調で問いかける。すると神通は再び鼻をグズッと鳴らしてボソボソと告げ始めるが、声も雰囲気も普段より2割減で暗いため聞き取れない。

「とりあえず……深呼吸して気持ちを落ち着けましょうか。自分で浮かべる程度にまで同調率を元の水準まで戻して。できるでしょ?」

 神通はコクンと頷き、五十鈴と不知火に肩と腕を持って支えてもらいながら大きく息を吸い、そして吐く。それを数回繰り返し慎重に艤装に意識を向け、同調を高い水準まで戻そうと試みる。

 その後数分かけてゆっくりと同調率を戻していった神通は80%を確認し、ようやく自力で海上に浮かべるようになった。同調率が戻ったのと比例して心境も艤装との同調に影響しない程度にはネガティブさが影を潜める形となっていた。

 何度目かの深呼吸ののち、神通は五十鈴に無言で視線を向ける。五十鈴はそれを見て視線の色に気になるものを垣間見たのか、軽く目を閉じてハァ……と溜息ののち、背後に立っていた駆逐艦たちに指示した。

 

「悪いけど3人で訓練続けてて。的の設定は適当に変えてもいいから。」

「え?で、でも……。」

 心配げに食い下がる五月雨に対して五十鈴は優しくも強めに断る。

「神通のためなの、お願い。」

「は、はい。わかりました……。」

 心配そうな口調はそのままで五月雨は返事をし、村雨と不知火と顔を見合わせて的を破壊したポイントへと戻っていった。

 3人が離れたのを見届けると五十鈴は今度は那珂に声をかけた。雷撃訓練をするのに距離がかなり開けてあるため声を張って呼びかけた。

 


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