同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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決する勝敗

 神通たちを追いかける川内は、神通たちが思いのほか村雨に接近しているのを確認できた。

 速い。意外と速いぞあの二人。侮れない!

 川内は焦り始めていた。もしあのまま那珂の提案に乗っていたら……と想像して、そこで初めて五十鈴が叱ってきた理由を理解する。

 あやうく作戦に引っかかるところだった。危ない危ない。

 そう頭の中で自身に注意深く念を入れて締めくくった。実際、川内は引っかかっていたが本人的にはセーフなのである。

 意識を足の艤装に向ける。爆発的なダッシュを想像し、スピードに耐えられるよう姿勢を低くして準備する。

 

「てえぇーーりゃーーー!神通覚悟ーー!!」

 

ズバアアアァ!!

 

 

 先ほどの那珂よりも激しい水しぶきを巻き上げて川内はダッシュしはじめた。速度は那珂ほどではないが、見た目のインパクトと音は絶大である。

 

「えっ!?」

「!?」

 

 同時に振り向く神通と不知火。

 叫ばずに忍んで近づけばいいものを、川内は思い切り自身をアピールしまくって高速で神通たちに接近し、そして輸送担当の不知火めがけて撃ち込んだ。

 

 

ドゥ!

 

 

ピチュ

 

 

 ロボットアームの1本にフックをつけ、それに袋を引っ掛けて持っていた不知火は手に持つ・背負う感覚がないがために自身の艤装の奥行き、袋の大きさを加味した位置取りを認識できないでいた。そのため大声を発した川内のほうをチラリと振り向いて見た際に、非常に狙いやすい位置と死角となる部分に袋が位置していたのに気付かずにいた。

 その結果、かすった形になったがペイント弾が袋にあっさりと付着してしまった。しかしその感覚がないため、それに気づいたのは不知火本人ではなく隣りにいて目の前でペイント弾が付着する様を見届けた神通だった。

 

「不知火……さん!付いちゃってる!!」

「!」

 神通のやや甲高くなった声で不知火はようやく自身の身に起きた事を認識する。袋を取り付けていたロボットアームを慌てて操作し、背後から自身の左側面に動かして川内の死角に追いやる。

 

「こっちです!」

 

 川内が目前に迫っているために神通は慌てて急発進し、ひとまずゴール地点の突堤とは違う方向の9~10時の方向、実際には南目指して移動し始める。不知火もそれに続く。二人の速度は川内のそれよりも遅く、なおかつ不知火の操作のために袋はまたしても狙われやすい位置に固定されてしまっていた。

 

 

「不知火ちゃん、狙いやすくしてくれてありがとね!そりゃ!」

 

ドゥ!

 

ペチャ!!

 

 

 川内の素早い砲撃は再び袋に着弾し、袋のライフを残り1まで減らす。

 連続してヒットさせられてしまった不知火は珍しく焦りを表面に出し始めた。着弾の音を耳にしていた神通は不知火を川内の死角に置くために僅かに減速して不知火と並走する位置取りをする。

「このまま遠回りにですが回り続けて村雨さんの背後を突きます……え?」

 神通はそこまで言いかけて初めて不知火の顔色を目の当たりにした。普段無表情に近いポーカーフェイスを保っている少女が泣きそうな顔になっている。その様を見て心臓がズキッと痛む。

 袋にあと1回でも当てられたら、あるいはタッチされたら負け。東からは川内が追いかけ、北西の方角からは村雨が接近してきている。両者とも自身らを狙うべく迎撃体勢を取りつつある。

 自分一人で不知火を守り切れるのか。相手を倒すには自身らも砲撃して応戦する必要がある。神通自身は砲撃する気力は十分にあるが、当てられる自信はない。泣きそうな顔をしている不知火に至ってはその気があるほどの精神状態なのかすら怪しい。

 先輩である那珂に動いてもらうことは叶いそうにない。そもそも意思の疎通を図ることが出来ない距離である。なおかつ5発すでに撃っているために攻撃手としては頼れない。

 

 考えが浮かんでこない。神通ももはや焦りが顔に現れ始めていた。艦娘としては先輩でも不知火は年下、自身は年上。いわゆるお姉さん的立場としてしっかりせねばとやる気には燃えるが焦りによって空回りする。

 思考が進まないことは経験がないことにほかならないためなのだと冷静に捉える。

 

 ふと前方を見ると、鎮守府Aのある町と隣町をつなぐ橋の手前まで来ていた。その時背後から大声が聞こえてきた。

「お~~~い、神通ちゃーん!みんなー!そっから先は行かないようにね~!」

 那珂の注意喚起で神通と不知火は減速しつ回頭し、東を向いて停止した。向いた方向からは追ってきていた川内と村雨が同じく減速して停止していた。

 

 

--

 

 自然と向かい合って対峙する形になった神通と川内。

 川内の後ろには那珂そして審判役に徹することにした五十鈴が距離を詰めてきている。形としては挟み撃ちになっているが、意思の疎通を図っていない那珂にそれを伝達して協力してもらうことはできない。

 実際はやろうと思えばできるが、神通にはそれを宣言するだけの度胸がない。しかし隣には泣きそうな年下の先輩艦娘がいておそらくというかほぼ確実に神通を頼って心の拠り所にしている。

 自身もたまに思われてる(からかわれている)フシがあるが、今のこの不知火も小動物のように感じられる。跳びかかってベタベタしてくる那珂の気持ちがなんとなくわかった気がした。しかし那珂のような真似なぞ自身のキャラではないから絶対にやらないしやれない。

 ふざけた思いを馳せている場合ではないと頭をブンブンと振って思考を元に戻す。ここはすでに知り合い同士の場。そして実質的な訓練結果のお披露目の場。何を恥ずかしがることがあろうか。こういう時くらい、自分自身の殻を破らないでどうする。

 神通の心は決まった。

 

 途中で咳き込んで途切れないように息を吸い込む。そして吐く勢いを利用して神通は叫んだ。

 

 

「那珂さぁーーん!そちらから支援お願いしまぁーーす!!」

 

 突然の神通の大声に隣りにいた不知火はもちろん、川内達、そしてギリギリ聞こえたであろう那珂たちもハッとして驚きの様子を見せる。

 那珂は神通の声掛けに反応する。

 

「はあぁーーい!でもあたしー、もう砲撃できないよー!?」

 

 わかっていた那珂の今の設定。神通は隣にいた不知火に目配せをしてぼそっと呟いて何かを伝えた後、前方を向き再び那珂に大声で言った。

 

「不知火さんの砲撃の権利3回を差し上げまーす!それでいかがですかぁー!?」

 

 

 神通の妙案。

 神通から目からうろこな案を聞いて那珂はハッとする。そうきたか。那珂はあくまでも自分ベースの視点でしか砲撃5回までのことを捉えていなかった。それを神通は譲渡可能な「権利」として捉えたのだ。

 自身には思いつかなかった案を後輩から聞いて那珂は驚きの顔のあと、満面の笑みになって神通の案と想いに応えることにした。

 

「おっけーーー!旗艦さんに従いまーーーす!」

 

「ちょ!?そんなのありなの!?」

 ほぼ隣でそのやり取りを聞いていた五十鈴が那珂の方を向いて食ってかかるように慌てながら問いかける。しかし那珂はそれをのらりくらりとかわす。

「だって~、旗艦さんの言うことだしぃ~。そもそもあたしたち砲撃の制限なんてあんなことまで想定して決めてなかったでしょ?神通ちゃんのアイデア勝利ですよ。そんなわけで……行ってきまーす!」

 

 五十鈴に答えるが早いか那珂はすぐに姿勢を低めてダッシュの体勢に入り、普段の速度で川内たちに向かっていった。

 

 

--

 

「えええ!?神通ってばひきょーだわ!!」

「そんなのありなんですかぁ~~!?」

 

 神通の発案に仰天してのけぞる川内と村雨。優勢だと思っていた自分らの立場が急にガラガラと音を立てて壊れ始めたような感覚を覚えアタフタする二人。

 

「ヤバイヤバイ!那珂さん来てる!どうしよう村雨ちゃん!?」

「お、落ち着いてくださぁい!もうこうなったら不知火ちゃんを攻めましょう!那珂さんは無視です!」

「おぉ!?ゲーム的に言うと背水の陣ってやつだね?それじゃあ行こう!!」

「はぁい!」

 

 背後から迫り来る那珂という恐怖はもはや気にしないことにし、とにかく目の前の手負いの獲物に標的を絞ることにした川内たち。気にしないとはいったが距離だけは気にして二人揃ってスタートダッシュのイメージを抱いて主機をフル動作させる。

 

ズザバアアァ!!

 

 那珂の支援は得られたが、追いつかれまいと焦る川内たちが目前に迫っている。神通の希望的観測では川内たちが動き始めた直後くらいにはすぐに那珂が片方を倒しナイスアシストをしてくれると思っていたが、さすがにそこまで現実は甘くない。那珂の支援うんぬんは抜きにしてもとにかくここから離れなくては。

 目指すは隣町寄りの突堤だ。

 

「と、とにかく行きましょう、不知火さん!」

「(コクリ)」

 

 移動して川内たちをかわすにしても不知火が何の障害も隔てず川内たちに晒されながらの移動はまずい。神通は自身が盾となりカバーする形で二人で並走して10時、北北東の方向目指して速力を上げて移動を再開した。

 

 神通たちに近い村雨は通り過ぎた二人にこれ以上距離を離されないよう2時、北西の方向にゆるやかに移動する。神通ら二人を真正面に捉えるためだ。しかし二人の速力と距離が思いの外あったため、村雨が追いつく頃には神通らの背中を視界に収める位置になってしまっていた。一方の川内は神通らを北北西、彼女らにとって7~8時の方角から襲うため、大きめの弧を描いて方向転換する。

 そして四人の視界の遠く先からは那珂がようやく追いつこうとしていた。

 

「あとは任せて、神通ちゃん!」

「はい!」

 そう一言で言葉をかわして那珂と神通・不知火はお互い通り過ぎる。

 

「ヤッバ!那珂さんに正面に立たれた!!」

「は、反撃しましょ!」

 

ドゥ!

ドゥ!

 川内たちの砲撃が那珂に襲いかかる。それと同時に那珂の砲撃も川内たちに襲いかかった。

「「きゃあ!!」」

 

ベチャ!ベチャ!

 

 川内と村雨それぞれに1発ずつヒットした。それを確認することはせずに那珂は撃った直後に3時の方向に急旋回して二人の正面を横切り、大きく離脱する。そのまま3時の方向に針路を取り続ける。

 那珂の向かう先は神通・不知火と同じ方角だ。

 

「くっ、こんなんで怯んでいられるかっての!てや!」

「わ、私だってぇ~!」

 それぞれ服に当たったがいちいち気にしていられない切羽詰まった状況のため、川内と村雨は愚痴りながらも砲撃する。

 

ドゥ!

ドゥ!

 

 背後に敵を迎える立ち位置になった那珂は背面に迫る川内たちのペイント弾を蛇行してかわす。その際両腕を真横にのばし、そのまま砲撃した。

 

ドゥ!

ガガガガガガッ!

 

 片方の腕は連装機銃だった。ペイント弾のヒットおよび保有しているペイント弾のストックとはみなされない、牽制のための攻撃だ。機銃の銃撃は弾幕となって主に村雨を襲う。川内はというと那珂が左腕から撃ったペイント弾がヒットし、当初取り消してもらった2発分がここにきて完全に意味なくなってしまった。

 

「うっ……ちっくしょー!当たっちゃったよ~~」

 

 すぐに気づいた川内はやる気が急激に落ちていく。その様はスピードにも現れていて、並走していた村雨の視界から急に川内は消える形になった。

「えっ、川内さん?」

「ゴメン村雨ちゃん!あとはギリギリまで任せたよー!」

 頭を軽く振り向けて川内を見ようとしたが、自身はスピードに乗っていたため川内が視界に収まることはなく、彼女の声だけが後ろから聞こえてくる形となった。川内の言葉を受けた村雨はまゆをひそめ口をモゴモゴさせて不満気な表情を作る。

 旗艦のあんたがやられてどうするんだ!と村雨は文句を言いたかったが今は自チームの目的達成が優先。細めた目の視界には速度を上げたと思われる那珂がすでに神通と不知火の背後に接近していた。三角形の陣形を作っていることを想像できる。

 突堤はすぐ側まで迫っていたためもう間に合わない。

 

「あぁ~~!もう!なるようになってぇ~~!!」

 

ドゥ!ドゥ!ドゥ!

 

 自身の可能な限り速度を上げてから村雨は一気に三連撃した。

 

ベチャ!

 

 しかしヒットできたのは、那珂の背中のみだった。

「わぁ!当てられた~~」

 那珂の軽い雰囲気による悲鳴が聞こえた直後、不知火が減速・徐行して突堤に接岸した。続いて神通も接岸する。

「着いた。」

「……着きました!」

 そこまで視界に飛び込んできたのを現実のものと認識した後、村雨は減速しやがて停止し呆然と立ち尽くした。

 

 

--

 

「そこまで!不知火がゴールに触れたわ。今回の演習試合は神通チームの勝利とします!」

 突堤に近寄って状況を確認した五十鈴が高らかに宣言した。その瞬間、その言葉は現実として皆が認識し、片方を喜ばせもう片方を落胆させることになった。

 

「やったね~~!神通ちゃん、不知火ちゃん。よく頑張りました!!お姉さん撫で撫でしちゃう!」

 有限即実行して那珂は神通と不知火の頭をワシワシと撫でた後、頭を抱き寄せて喜びを伝える。二人とも恥ずかしがったがその後にじわじわと湧き上がってきた喜びによって、乏しかった表情から珍しく破顔させる。

「は、はい……ありがとうございます。今回は……疲れましたけど。」

「感無量……!」

 

 一方で落胆する村雨の背後まで近寄っていた川内が言葉をかけながら肩に手を置いた。

「村雨ちゃん、最後はナイスガッツだったよ。村雨ちゃんも結構アクティブに動けるじゃん!中学生組って夕立ちゃんだけバリバリ動けるのかと思ってたら結構皆イけるのね。うん。それがわかっただけでもあたしの気持ち的には勝利だわ。」

「川内さぁん……ゴメンなさぁい~!」

「ドンマイ!いいっていいって。お互い艦娘部なんだからこれは部活動の練習試合みたいなもんじゃん。負けるのなんて気にしないでいいって。次頑張ろう!」

「はぁい……。」

 

 川内はあっけらかんとして負けなど一切気にしていない様子で村雨を励ました。村雨はその言葉にグッと胸打たれる思いを感じつつ気恥ずかしさを伴った返事と相槌を返す。

 那珂たちと川内たちが集まり、五十鈴がその中央に来て言葉を全員にかける。

「やっぱり広い場所で演習するのはいいわね。皆思い切りがすごかったもの。この形式の演習は色々勉強になるわ。これからもしたいと思うけどみんなはどうかしら?」

「うん!あたしも同じこと思ったよ。川内ちゃんと神通ちゃんだけじゃなくて、参加するみんなの確実な経験値になるもの。ゲーム的に言うとどー表現するの、川内ちゃん?」

 那珂がそう振ると、川内は満面の笑みで言った。

「レベルアップっすね!」

 その場にはアハハ・ウフフと勝ち負け関係なく全力を出し、疲れきってはいるが気持ちの良い笑い声が響き渡るのだった。

 

 

--

 

「ところで夕立ちゃんと五月雨ちゃんは?」

 那珂がふと思い出して鎮守府寄りの方向を向く。皆も釣られて振り向くと、そこにはまだ戦っている二人の姿があった。距離がそれなりにあったため、審判たる五十鈴の宣言が聞こえていない様子だった。

「ちょ!二人ともまだやってるよ!なんかすっごく熱中してるよ!!」

 目を凝らして見た川内がそう言うと、誰からともなしにダッシュして二人の戦場へと慌てて駆けて向かって行った。

 

 五月雨と夕立の戦場に入った那珂たちが見たのは、5発どころの騒ぎではないペイント弾で全身真っ白になった二人の姿だった。

 夕立はこのくらいのやんちゃはよくあり、なんとなく性格的予想がついていたため那珂たちは皆揃って苦笑いしたが、五月雨に対しては想像だにしていなかったので驚きを隠せない。

「しっかし二人ともものの見事に頭からスネまで真っ白だねぇ……。」と那珂。

「ゆうはまだわかるとしても……さみもなんだってそんなになるまでムキになって熱中してるのよ?」

 村雨が呆れて言うと五月雨と夕立は揃って物言いをし始めた。

「だってだって!ゆうちゃんが素直に負けを認めないんだもん!先に3発当たったの、ゆうちゃんなのに!」

「違うっぽい~!あたしの砲撃は連装砲だったからあれ1回で2ヒットしたはずだし、さみのほうが先に負けだよ!!」

「う~~!ずるいよゆうちゃん!頑固!」

「さみの方こそ頑固じゃん!」

 普段仲良く接している間柄の喧嘩っぷりに友人たる村雨はもちろんのこと、完全に部外者である那珂や川内たちは呆気にとられて眺めていることしかできない。

 

「あちゃー……もしかしてまた始まっちゃう?」

「で、ですねぇ……ホラホラ二人とも!演習試合は終わったんだからいいかげんにしなさいよぉ~!」

 おそらく展開されていたであろう口論が再び展開され始めたのを目の当たりにし、那珂そして村雨は顔を見合わせて頭を悩ます。口に手(砲撃)が加わる前になんとかせねばと感じそれを行動に移すべく村雨が真っ先に仲裁に入り、那珂たちもそれに続いて宥め始める。

 その後、五月雨と夕立の喧嘩を仲裁して宥め終わるのに十数分を要する羽目になる那珂達だった。

 


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