同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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入渠設備、完成

 本館へ戻った那珂たちは執務室に向かうことにした。本館へ入っていつものコースで更衣室に行こうとすると、1階女性用トイレのそばの工事区画で慌ただしく工事関係者と提督が話し合っていることに気がついた。

「あれ?提督ってばあそこにいる。どーしたんだろ?」

 那珂たちはどうせ2階に行くのに通るのだからと、特に気に留めずに提督が立っている工事中の部屋の前へと向かう。すると那珂たちに気づいた提督が軽く振り向き、手を振ってきた。

 

「おー、君たちか。ちょうど良かった。」

「どーしたの?」

「なんでしょ~?」

 那珂に続いて五月雨が返事をすると、提督は満面の笑みで返してきた。

「ついに工事が終わったんだよ。今日から使えるぞ!」

「えー!!」

 那珂と同時にほぼ全員が驚きの、歓喜の念を伴って声を上げる。少女たちが挙げる黄色い声に提督はもちろんのこと、工事関係者も思わずニンマリとする。工事の現場責任者も提督と同じような言い回しで、ぜひ存分に使ってくださいと言葉をかけてくる。

 那珂が代表して感謝の言葉を返すと、現場責任者や作業員は更に破顔して喜びをこぼすのだった。

「皆さん、ありがとうございます!毎日作業ほんっとご苦労様でした~!大切に使わせてもらいますね!」

「ねぇねぇ提督!早速使っていい?」

 川内が急き立てながら尋ねると提督はなだめるような手つきで川内を制止してピシャリと言う。

「まぁ待ってくれ。現場責任者の○○さんから、設備の説明を受けるから、せめて夕方からだぞ?」

「うわぁ~い!楽しみだなぁ~。ね、那珂さん!?あたしだってシャワー室できればちゃんと毎日でも綺麗にして帰りますよ。」

「アハハ、はいはい。わかったから落ち着こ~。」

 

 那珂の宥めを受けてどうにか落ち着いた川内を背に提督は現場責任者に一言で合図を伝えて説明を求めた。案内のもと、提督を先頭に那珂・川内、神通と一同は女性用トイレの隣の部屋、シャワー室となったはずの部屋へと入った。

 

 

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「え、うわぁ~結構広い。ていうかシャワー室としては広すぎじゃない?」

 那珂が驚いたその広さは、まずは洗面室・脱衣室たる区画だった。

 

「まずはここが脱衣室になります。職員さんが今後大勢使われるかもしれないと最初に伺っております。約60m2のうち、脱衣室についてはこのくらいの広さとなっています。備え付けなのは水道と、洗濯機用の配管のみです。」

 現場責任者が指し示す場所と面積の数値にふむふむと頷く一同。そして提督と同じくらい本館の隅々を知っている五月雨が提督に問いかけた。

「あの~提督。この部屋って会議室と同じ位の奥行きですよね?」

「ん?あぁそうだよ。」

「脱衣室でこんなに広いということはぁ……、残りの奥行き全部シャワー室ってことですか?」

 五月雨の質問に提督は言葉を発さずにコクンと頷いて微笑した。五月雨はすぐに察し、誰よりも真っ先に驚きを表す。五月雨がまだシャワー室を見てもいないのに先に驚いたのを見て那珂たちは何事かと確認する。五月雨はそれに対して

「うふふ。見てのお楽しみだと思います。」

とだけ言っておっとりした雰囲気の物言いで優越感を含んだ笑顔を那珂たちに向けるに留めた。

「なーーーーんか五月雨ちゃんと提督、二人だけ知ってる感じでずっるいなぁ~~。」

 冗談めかしているが明らかな嫉妬をする那珂。本気も半分だったがあえて冗談風を貫き通してジト目で五月雨に視線を送り、周囲に笑いを誘いかけた。

 

「そりゃ~ね~。さみはうちの初めての艦娘だもんね~。本館のコンセントの位置も全部さみに聞けば知ってるっぽい。」

「さ、さすがにそこまでは知らないよぉ……。」

 夕立が言う妙な例えに照れと苦笑いを同時に織り交ぜてモジモジする五月雨だった。

 

 

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 脱衣室と浴室を隔てる戸を開けて次の区画に入る。那珂たちの目に飛び込んできたのは、シャワーだけではなく浴槽も、そして部屋の壁の端には蛇口と鏡が4基とりつけられた設備も揃っている、一般家屋の浴室というよりもちょっとした旅館の浴室並の広さのそれだった。

「さて、どうかな?感想を聞きたいな、まずは那珂。」

「え? え、え~っと……あたしはてっきりシャワーだけかと思ってたんだけど、ていうかすごくない!?なんで?なんでこーなったの~!?」

 提督から感想を聞かれて一瞬慌て、素で質問し返す那珂。続いて川内も驚きの感想を述べる。

「そうですよ!これって普通に銭湯並じゃないですか!?」

 川内の大げさな評価の感想に黙ってコクコクと頷く神通と不知火。あえて黙っているのではなく、二人とも那珂たちと同様に想像以上の浴室の設備に圧倒されているがゆえであった。続いて那珂よりも控えめながら五十鈴も驚きと感心の声を上げる。

「私も簡易的なシャワー室だと思ってたのに、こんなに豪華になったのね。ねぇ提督、なんで設備のこと私達に話してくれなかったの?」

 五十鈴から質問を受けて提督はようやく艦娘たちの驚きと問いに答えた。

「一応明石さんには本当は浴室を作ることも全て相談していたんだ。あの人にはうちの機械面や設備周りのことは全部知っておいてほしいからね。それから妙高さんにもね。君たちに言わなかったのは、ぜひとも驚いて喜びを何倍にも高めて欲しかったんだ。大人げなくて申し訳なかったかな?」

「いいえ。そんなこと気にならないくらい驚いたわ。これだけ豪華な入浴設備、すごく嬉しい。」

「ホントだよ~。提督ってばナイスなことするんだから素敵なおっさんだよぉ~。ありがとね!」

 五十鈴が素直に評価し、那珂もいつもどおり茶化して周りに笑いを誘いながらも好評価する。五月雨たち駆逐艦勢は那珂たちのセリフに深く頷いた。

 現場責任者の案内で各箇所を見、そして簡単な使い方の説明を受け続ける一行。すでに水が通っているため、蛇口をひねると水とお湯が出る。シャワーのスイッチとダイヤルを回せばシャワーも出る。浴槽は完成したばかりのためにまだ湯は張られていない。そんな浴槽では那珂たちが説明を受けているのを我気にせずとばかりに浴槽に入って遊ぶ夕立の姿があった。引っ張られて付き合わされていたのは不知火だが、心なしか頬を緩ませ静かな笑みをこぼして夕立の遊びに付き合っていた。

 

 

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 一通りの案内と確認が終わった一行は脱衣室を抜けて廊下まで戻ってきた。案内されている間に廊下にあった工事用の機材等は全て片付けが済んでいた。

 提督と現場責任者の男性は工事完了の最終の打ち合わせをするために執務室へと向かっていった。

 廊下に残った那珂たちは別れ際に提督から昼食は各自適当に済ませろと言われたため、一旦更衣室そして待機室に戻ったのち、全員揃って本館を出て昼食を買いに行くことにした。

 道中の話題はやはりつい先程説明を受けたシャワー室改め入浴設備、浴室である。誰が最初に使うだの石けん等の備品は誰が買ってくるかだの、真面目な五十鈴が心配するところにより誰が掃除を担当するかだのと多岐に渡る。泊まりがけの自由演習という元々の要素に素敵な調味料が加わったため、少女たちの胸踊る思いとおしゃべりは止まる気配がない。

 

 

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 そんな最高の気分と最高の艦娘仲間同士のおしゃべりの最中、那珂はふと全員に向かって言葉をかけた。それは元々前日より密かに暖めていた考えである。

「そーだ!せっかくお風呂もできたんだしさ、遅くまで訓練して汗かいてもあたしたちは問題ないわけだよね?」

 突然の発言に川内たちはとりあえずの相槌を打って続きを待つ。

 

「夜の訓練もしてみない?あたしや五十鈴ちゃん、五月雨ちゃんと村雨ちゃんは夜の戦いを経験したことあるけど、みんな夜の戦いはまだまだ経験不足だと思うの。」

「夜かぁ~。艦隊的に言うと夜戦っすね。うん、夜戦。一度は体験してみたいなぁ。ね、神通?」

「……えっ!?で、でも……夜です……よ?怖い。」

 艦娘になったとはいえ普通の女の子であることには間違いない一同。神通はそんな女子として当然の不安を口にする。しかし同僚たる川内の口ぶりは全く違う。

 

「いいじゃん夜遊びって感じでさ。大体明石さんや提督も泊まるんだよ?保護者いるじゃん。だから全く問題なーし。ねぇ那珂さん?」

「アハハ。そーだねぇ。あたしも川内ちゃんにいっぴょー。」

 と言い終わるが早いかそんなノリノリになりかける那珂の服の襟元を五十鈴が掴んでツッコミを入れる。

「ちょっとあんたらねぇ。艦娘とはいえ五月雨たちはまだ中学生なのよ?夜遊びとかそんなことすすんでたぶらかしたり吹き込むのやめなさいよね。」

「ちょ!ちょ!ちょ!五十鈴ちゃ~ん!小動物みたいに首根っこ掴むの禁止ぃ~~!」

 那珂の襟元を掴んでいる五十鈴を川内がまぁまぁとなだめる。

「五十鈴さん真面目だなぁ~。あたしたちも五月雨ちゃんたちも、世界を救う艦娘ですよ?夜戦問題な~し。ね、夕立ちゃんも夜戦したいでしょ?」

 が、言葉の端々に反省の色もなだめる意味すら持っていないのは明白である。そんな川内の口ぶりに、中学生組で固まっていた当の夕立は視線を川内に向けるとすぐに片手をあげて弾けるような返事を返す。

「うん!夜戦やってみたいっぽい!さみとますみんだけやっててあたしと時雨だけ経験してないなんてやだもん!」

 夕立は要望ともにすでに夜戦経験済みな二人に対してズバリはっきりと愚痴る。五月雨も村雨も苦笑するしかない。

 

「ね?ね?夕立ちゃんたち中学生もああ言ってることだしぃ~、ここでは五十鈴ちゃんの常識はポイしちゃお~ね~?」

 那珂が茶化し満点の発言をすると、五十鈴はフンと鼻息荒くそっぽを向き、数秒遅れて快諾とはいえないしぶしぶの承諾を表した。那珂たちは賛同を得られたと判断してさらに沸き立つのだった。

 

 

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「夜戦するってことは、夜の訓練ということで市の広報の掲示板に案内出しておかないといけないですね~。」

 五月雨が突然事務的な事を言い出したので那珂はすかさず聞き返す。

「案内?」

「はい。提督によりますと、市とのお約束ごとなんだそうです。夜に砲雷撃でバンバン撃つとうるさくて迷惑になってしまうので、事前に案内出してこの辺りに住む市民の皆さんにお知らせして、ご理解をもらわないといけないんです。」

「へ~~。さっすが秘書艦様、あたしたちが知らない事務的なことも知ってるんだね~。たのもし~!」

 ややドヤ顔で説明する五月雨にぐっとキた那珂はそう言いながら褒めるのと同時に茶化しの意味を込めて抱きつく。

「ふわぁ!!も~~、那珂さんってばぁ~、熱いですよ~!」

 しかし今は当然この真夏まっただ中。日が一番強く出ている昼時のため、早く肌と肌の触れ合いをやめたい五月雨は、弱々しくも巧みに身体をくねらせて那珂を振りほどき、文字通り熱い抱擁によってクシャっとたゆんだ髪や制服の襟元を正す。

 そんな五月雨に謝った後、那珂は茶化しはほどほどに思考を切り替えて皆に言った。

 

「真面目な話、そのあたりの事務的なことは提督以外では五月雨ちゃんがよく知ってるみたいだから、これからは周知が必要になる訓練の時は必ず秘書艦の五月雨ちゃんか提督に確認や連絡してからしよ~ね。これから人増えるんだし、あたしたちは鎮守府Aの草創期メンバーということで、あたしたち自身で運用をしっかり決めて、後から入る人たちが安心してお仕事できるようにしないといけないと思うの。どうかなみんな?」

「えぇ。あなたの意見に賛成よ。」

「はぁい。私も役割とか決めておいて安心して過ごせるようにしたいですし。」

「私も……役割はきちんとしたい、です。」

 五十鈴に続いて村雨、神通、そして声は出さなかったが不知火がコクリと頷いていって那珂の真面目な意見に賛同する。

 

「あたしは任せられることは他の人に任せて思いっきり艦娘の仕事できればいいや。ね、夕立ちゃん?」

「うん!あたしもあたしもー!」

 自分の欲が真っ先な川内と夕立は先の4人とは全く異なる言い方をする。川内の自分勝手な言いっぷりには那珂と神通が、夕立のそれに対しては五月雨と村雨が頭を悩ませた。

 

 一通り話が終わる頃には一同は本館にたどり着いていた。那珂たちはすぐさま冷房の効いた待機室へと駆け込み、午後の訓練までの数時間、昼食とおしゃべりに興じることにした。

 

 

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 昼食が終わり、那珂たちはまどろみながら待機室でゆったりした雰囲気のもと休憩していた。五月雨は秘書艦の仕事があるため提督に呼ばれておりいない。夕立は不知火を強引に連れて先ほど見学したシャワー室改め浴室を再び見に行っていない。残るは那珂たち軽巡4人と村雨になっていた。

 

 ふと気になったことがあり、那珂は村雨に尋ねた。

「そーいやさ、時雨ちゃん全然顔見せないけどどーしたの?」

 村雨はあくびをしかけていた口を手で隠し、潤んでいた目をシパシパさせながら答える。

「時雨は旅行行ってますよぉ。」

「いや、でもさすがに2週間近くも顔見せないってなるとちょっと心配にならない?」

 那珂がやや声のトーンに不安を織り交ぜて言うと、村雨は親友のことだからなのか至って平然に明るく答える。

「時雨のパパとママってものすっごく旅行好きなんですよ~。なんかバイク乗り回してよく行くそうなんですぅ。夏休みだから時雨は連れ回されてるらしくて。」

「へぇ~時雨ちゃんとはほとんど全く話してないけど、そんなアクティブな娘なの?」

 川内がテーブルの上で組んだ腕に頭を乗せて寝ながら尋ねる。その質問にはまず那珂が答えた。

「逆逆。落ち着いてて淑やかな娘だよ。」

「えぇ、それとですねぇ……」

 その後の村雨の説明の続きによると、両親がしばしば出かけるせいで家事・炊事を代わりに一人で行うことが多くなり、今では中学二年にして同級生の中だけでなく上級生の三年生や教師にも一目置かれるほど家庭的なスキルが異様にレベルアップしているのだという。時雨の家庭の事情を聞いた那珂たちは苦笑いしながらも時雨に感心する。

 那珂は以前より聞いていたことなので細かく言わず、村雨の言に任せるため相槌を打つだけにする。そのため率直な感想は主に川内と神通が発した。

「へぇ~。親がそんなふうなら娘もそうなりそうなイメージあるけど、時雨ちゃんの場合は逆なんだね~。こういうのなんて言うんだっけ、神通?」

「……反面教師、かと。」

 

 顎を腕に乗せたまま顔の向きだけ変えて川内が尋ねると、神通は短くぼそっと答えた。那珂は後輩二人の言い方に少し失笑してしまう。

「二人して地味にひどいなぁ。本人いないからいいけど、あまりそういう言い方は口に出さないで心に思うだけにしておいてね。」

 那珂が二人に注意すると村雨は眉を下げて心配がちな表情を浮かべて口を開く。

「時雨、しょっちゅう旅行とか遊びで出かけてていないことが多い両親のこと、結構気にしてるらしくて話のネタに出されると躍起になってというかやけになって無理やり明るく振る舞おうとするんです。親友の私達からするとちょっと痛々しいというか……」

 村雨が歯切れ悪く言葉を締める。那珂はそれを耳にしてさりげなくフォローした。

「まぁたまにいるよね。弱いところ突かれちゃうと崩れるどころか逆に頑張り過ぎちゃう子。あたしの友達のみっちゃんにも似たところあるもん。あの娘は弱点突くと攻撃力強くなっちゃうから可哀想というよりもむしろ怖いんだけどねぇ。」

「へぇ~あの副会長がねぇ。まーなんとなくそんな雰囲気あるわぁ。」

「三千花さんはそういう性格あるんだ。ふ~ん。覚えておきましょう。」

 川内がこれまで触れ合った間での印象を素直に伝える。懇親会の時に会話して仲良くなっていた五十鈴は新たな友人のまた違った一面を知ることができ、わずかに口の端を釣り上げつつ柔らかな笑みをたたえている。

 

「あ、そうそう。昨日時雨からメッセージあったんですけどぉ、今両親のバイクに乗せてもらって軽井沢あたりまで戻ってきたそうです。」

「軽井沢って……時雨ちゃん一家は一体どこ行ってたのさ?」呆れ顔で那珂が呟く。

「さぁ~?関西行ってるとまでしか細かいことは聞きませんでしたけど、あの両親のことなんできっといくつか転々と観光地巡ったんじゃないですかぁ~。」

 時雨の両親の性格を分かっているためか、村雨は軽く言い放つ。それを聞いて那珂は一般的なあるあるネタを口にしつつも時雨を気にかける。

「子どものうちって親が色んな場所に旅行に連れてってくれるけど、大体興味ないから子どもとしては退屈で仕方ないよね。時雨ちゃん、だいじょーぶかなぁ?」

 那珂の言葉に川内や五十鈴がウンウンと頷く。当の子どもの身として思い当たるフシが存分にあるのだ。村雨も頷きつつも時雨のことをフォローすべく、自身の携帯電話を操作して画面を那珂たちに見せつつ言った。

「あの娘のメッセージに写真ついてましたけど、意外と楽しそうでしたよ。」

「そっか。それならあたしたちが変に心配することもないか。」

「そうなると時雨ちゃんのお土産、楽しみっすね!」

 

 時雨の事情を気にかける那珂や村雨と異なり、川内はまたしても素直な欲望を口に出して那珂たちの失笑を買うのだった。

 

 

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 しばらくして五月雨、そして夕立と不知火の3人が戻ってきた。再び全員が揃ったタイミングで五月雨が那珂たちに伝える。

「あのー、那珂さん。さきほどの夜の訓練のことなんですけど、提督に話したらOKもらえました!」

「おぉ~!ありがとね。」

「ただ時間を指定しないと市の方から怒られちゃうらしくて、何時から何時にするか聞いてこいと言われたので、何時にします?」

 時間帯も決める必要があると知り、那珂はうーんと唸りながら考える。そして川内と神通に要望を求め、決めた時間を五月雨に伝えた。

「それじゃ、8時~9時でお願いね。」

「はーい。提督に伝えてきますね。」

 五月雨は那珂の回答を受けて元気に返事をし、パタパタと小走りで待機室を出て行った。

 

 その後五月雨が戻ってきてから那珂は午後の訓練の進め方に触れる。

「それじゃーみんな、午後の訓練のことだけど、午前に試してみてここはこうしたい、とか何か意見ある?」

 那珂の言葉を受けて一同はワイワイと話し始める。しばらくして勝手に皆を代表して川内が喋り始めた。

「輸送っていうミッションがあるのはいいんですけど、使うのがボートっていうのがちょっと面倒かなぁ。ぶっちゃけそこまで本物の艦隊に近づけなくてもいいかなぁって気付きましたよ。ねぇ、神通?」

 同意を求められた神通は一瞬首と頭をのけぞらせるがすぐに頷く。

「もっと広い場所でしたら……ボートでもより戦略の立てようがあると思いますけれど……やはり私たちにとっては荷物過ぎて。軽く持てる状態の方がいいかもしれません。」

 神通の指摘はもっともだとして那珂と五十鈴は頷く。中学生組では村雨が同意を示して頷いた。

 

「広い場所ねぇ~。鎮守府の目の前の海浜公園の海岸線範囲の海が使えればいいんだろーけど、そのあたり何か申請とか必要なのかな、五月雨ちゃん?」

「えっ!? そ、そうですね~。確か。」

 五月雨の戸惑い気味な返事を受けて那珂はため息をわざとらしくついて言葉を返す。

「はぁ~~そーですかぁ~。県とか市への場所の利用許可とか確認はいっそのこと秘書艦の五月雨ちゃんだけで全部やってもらえると、あたしたち艦娘だけで色々出来ていいのになぁ。」

「あんまり五月雨に権限が集中すると、西脇さんはもう不要になるかもね……」

 那珂の考えに五十鈴が冗談めかしてツッコミを入れて笑いを誘うのだった。

 

 

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 その後那珂たちが話しあった内容により、午後の訓練の方針が午前のそれよりもいくつか修正が入った。今まで輸送担当が使っていたボートはやめて工廠で適当な袋を借りてそれを持つ、袋にタッチされたり破けて中の魚雷が落ちたり、そもそも袋が奪われたらアウト。輸送隊の実際の輸送担当艦も明確に砲撃可能とした。

 各々問題に気づいていた演習で用いる場所については、その後執務室に押しかけて那珂たちが提督に確認を求めると、1時間だけ鎮守府前から隣町までの地元の海岸線の範囲で演習をしてもよいことになった。

 善は急げとばかりに執務室を思い切り出ようとする那珂たちに提督は

「うちの(鎮守府の)手前の浜辺と海浜公園は結構地元の人が歩いてるから気をつけてくれよ。特にペイント弾に対応できない機銃は訓練用とはいえ一般人には致命傷になりかねないから、絶対浜辺に向けて撃つなよ?ただでさえ機銃は軽くて広範囲に良く飛ぶんだから。那珂、五十鈴。みんなをしっかり見といてくれ。頼むな?」

 と強めの口調で念押しし、那珂達の背中を見送った。責任と期待を一身に受けた二人は強く頷いて提督に返事をした。

 


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