同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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午前の訓練

 海岸の端と堤防の開始地点の間には消波ブロックが積み重ねられて正方形の区画になっている場所がある。鎮守府Aの敷地内の湾や堤防沿いの海は元々は県の所有地で実際の管理はヨットハーバーの運営組織のものであった。その一帯の海浜公園の浜辺までは一般市民が自由に立ち入りできたが、元々遊泳に適した水質や地形ではないために遊泳は禁止されている。

 現代では鎮守府Aが設置されその海岸付近は国に戻り、そして最終的には国から委任される形で、名目上は県と鎮守府Aが管理する土地となっている。元々あったヨットハーバーは海浜公園の一部の施設だったが、現代では鎮守府Aが設置されたために、当地稲毛海浜公園の検見川地区だけは管理元の違う区画になり、海浜公園は実質分断された状態になってしまっている。

 

 川内と夕立・村雨は誰もいない海岸を視界に収めつつ、消波ブロックのその区画の手前で停止した。魚雷を載せていたボートを留めて話し合いを始めていた。

「さてと、あたしらはこのボートを奪われたり被弾させることなく、プールまで運べばいいわけだ。二人とも、作戦カモーン。」

「えっ!?川内さんが旗艦じゃないですかぁ。だったら川内さんがぁ……」

「川内さんが作戦考えるべきっぽい。だってあたしたち川内さんたちの訓練に付き合ってあげてるんだよー。なんたってあたしたち先輩だし~。」

 駆逐艦二人のツッコミに川内は普段の中性的な声のまま僅かに茶目っ気を交えて愚痴った。

「う!?あたし細かいこと考えるの苦手なんだよ~。」

 

 すると夕立はブーブーとわざとらしく不満を口にし、村雨はというと頭をわずかに前に傾けて脱力気味にため息をつく。そして村雨が口を開いた。

「はぁ、いいですよ。とはいえ私も作戦考えるの得意じゃないので、せめて役割分担だけは先にしましょ~。一人はボートを引っ張る輸送本体残り二人は護衛ということですけどぉ、さてどれをやりたいですかぁ?」

 言い終わるが早いか村雨の目の前の二人が一気に沸き立った。

「はいはい!それじゃーあたし護衛したいっぽい!戦いたい!」

「はいはい!それじゃあたしも!妨害するやつらをガンガン潰したい!」

 両手を上げて思い切り自分の希望を口にする夕立、それを見た川内も続いて叫ぶ。

 二人揃って同じ勢いな様を見て村雨はまたしてもため息を今度は大きめにつき、そして二人に向かって言った。

「わかりましたよぉ。それじゃあ私が輸送本体するので、二人は護衛お願いしますね。」

「「やったー!」」

 しぶしぶとはいえ承諾の意を得て川内と夕立は海上で跳ねて揃ってハイタッチをして喜びを表した。村雨の心境は、まじめに付き合うと気苦労が耐えない友人が二倍・気疲れも二倍、そんな心境であった。

 

 3人の作戦はとりあえず護衛の川内と夕立が揃って壁になって前へ前へと出るのみ。旗艦の川内は掛け声をあげる。

「さてと、それじゃあ行きますか。川内抜錨!」

「ばっびょー?」夕立が呆けた声で反芻する。

「あぁうん。船とかの用語ね。錨を挙げて出航することだよ。こういう用語使うとホントに艦隊になった気がしない?」

 川内が得意げな口調で夕立へと質問の回答をすると、夕立と村雨は呆けた相槌を打った。それにはもちろん感心の意が込められているのは明白だった。

「川内さん物知りなんですねぇ~!」

 村雨が軽い拍手を送ると川内は後頭部をポリポリと掻きながら言った。

「いや~あたしの知識は大体がゲームか漫画絡みで得たもんだから、物知りなんて照れるわ~。でもかっこいい言葉多いの知ってるし、こんな知識でいいならどんどんあたしに聞いてよ!」

 自分より年下、中学生の二人に自分の知識を感心されて気を良くした川内は鼻を高々と伸ばすがごとくドヤ顔になり、背筋をピンと伸ばす。その仕草で図に乗ってるということを察した二人はあえて首を突っ込まずに乾いた笑いだけを流してその場をやり過ごす事に決めた。川内は年下の二人の表向き感心し続ける様にさらに鼻を高くしてふんぞり返った。

 そして雑談もほどほどに、川内たち3人は消波ブロックの側から移動し始めた。

 

 

--

 

 川内を先頭として2番めに夕立、最後尾にボートを引く村雨という順番で堤防に沿って河口目指して進む。途中まで進んだとき、夕立がふと上を見上げて何かに気づいた。

「ん~~?ねぇ川内さん。あれなぁに?」

「え?」

 夕立に尋ねられた川内が視線を上空に向けると、そこには先日まで自身が四苦八苦してとうとうまともに操作することを諦めた物体が飛んでいることに気がついた。それと同時に操縦者の意図にも気がつく。一瞬にして顔色を変えて川内は後ろにいた二人に指示する。

「やっば!あれ神通の操作する偵察機だよ。まずい、うちらの隊列とか動きが丸見えだわ。神通のことだからうちらのことあれで偵察して、なにか作戦でも立ててるに違いない。二人とも、スピード上げて一気に行くよ、いいね?」

「「はい。」」

 川内の真剣味のある焦りを見て駆逐艦二人は精神状態を普段の出撃時のそれに切り替えた。

 

 

--

 

 堤防と道路、そして工廠の敷地内の3つを挟んでその先の桟橋沿いにいる神通たちは、偵察機を飛ばして川内たちの動向を探ることにした。小さな範囲とごく簡単な作戦による訓練とはいえこれまで苦労して行ってきた訓練の総仕上げ、甘く見て手を抜くことはできない。それは訓練に協力する側の立場である五月雨と不知火もほぼおなじ気持ちであった。

 偵察機から見えた映像では、川内たちは縦一列の並びでスタート地点の消波ブロックから移動し始めていた。小回りをきかせて旋回しながら3人をカメラにおさめていると、そのうち真ん中の艦娘が上空を見た。続けて先頭と最後尾の艦娘も見上げる。どうやら気づかれた、そう神通は察する。その直後3人はスピードを一気にあげて河口を目指し始めた。

 

「……おそらく輸送本体は村雨さん。彼女の前に川内さんを先頭にして夕立さん、そして村雨と続いてます。……あ、速度を上げました。」

「うわぁ~神通さんすごいですね~。那珂さんみたいに艦載機使ってる~。かっこいいです!」

「……(コクリ)」

 

 神通が口にした分析結果ではなく行動に関心を示す二人。ワイワイ・ポワンポワンとはしゃぐ二人。

 神通は再び目を閉じて偵察機からの映像に集中しつつ二人に分析結果と指示を出すことにした。

「川内さんのことだから……細かい作戦なしに突っ込んで来るのだと思います。私はあそこに隠れて最初に飛び出します。なんとか誘導してみせるので、二人はあそことあそこに隠れて順番に出てきて攻撃してください。細かい立ち回りは……お二人に任せます。」

 神通がそう説明しながら指を差したのは、今自身らがいる人口湾の湾口を構成している突き出た波止、そして出撃用水路だった。海寄りの波止にはなんの目的なのか、ビニールカバーがかけられた木箱のようなものが並んで数個設置されている。そのため湾側でその手前に行ってしゃがんでしまうと、川からはその位置の湾側の様子が見えない。逆に川側の様子も見えない。

 神通はこれまで訓練中に朝早く来て、朝練の前に鎮守府Aの敷地内を散歩して各場所を観察するというのを何度もしていた。そのためとっさにその波止と箱を活用しようと思いついた。そして出撃用水路と、工廠1ブロック離れた区画にある演習用水路の物陰だ。ゴールは演習用水路の柵にタッチという簡単さだが、工廠内の水路部分に入ると、水場が入り組んだ構造になりさらに壁もあるためそれらが使えると神通は踏んでいた。

 神通が指差した方向を見た五月雨と不知火が振り返り元気いっぱいに返事をした。

「わかりました!わぁ~頑張ろーね、不知火ちゃん!」

「了解致しました。この身に代えても、任務を遂行します。」

 五月雨が不知火の手を握ってフリフリ小さく振ってにこやかに励まし合っているその様を見て、神通はその眩しい微笑ましさと明るさに僅かに口元を緩ませて笑みを出す。

 神通の心の中に気づくはずもないのに、五月雨はホンワカした雰囲気に似合わず鋭く触れてきた。

「あ、神通さんなんだか嬉しそうです。」

 

 言われて気づいて口の両端を下に下げる。それまではつり上がっていて笑みを作っていたのだと気づいたのだ。なぜ微笑みを浮かべていたのか自身でわからないが、艦娘仲間として一緒に何かをするということに実感を持ち始めていたのは確かだった。

 右手を胸元に当て気持ちを落ち着けて再び口を開いた。

「……私にとってはこれが初めての作戦行動です。ですから本当はどういう時にどのように動けばいいのかわかりません。だから……私が今できる精一杯の作戦。どうか、協力してください。お願い……します。」

 

 神通が初めての指揮と戦闘ということと普段から自信なさげだということは五月雨も不知火もわかっていたため、それならば最初から、あるいはその次に長くいる艦娘として余りある経験を存分に発揮せねばなるまいと意気揚々と乗り出す。

 

「あの~神通さん!きっとうまくいきますよ!私たち、ちゃんと指示どおりに動いてみせるので、任せてください!」

「……私も。意地でも。」

「ほら!不知火ちゃんも頑張るって言ってますので、神通さんの初めては私達がカバーします!」

 頼もしげなはずなのにどこか不安を微かに匂わせる五月雨の発言に、神通は妙な安心感も感じていた。曖昧なものは好まないはずなのに、まぁなんとかなるだろうと川内のような物言いをしそうになる。思っただけで実際には口にはしなかったが。

 今までの人生では少しでも不安を感じたり疑問に思ったら自分で納得行くまで調べて、時には手を出せずにやり過ごしてきた神先幸としての人生ではありえなかった、大胆さという要素の混じった曖昧さ。不思議と心地良いと神通は感じる。そして目の前の駆逐艦二人に視線を送り、一言だけ発した。

「はい。みんなで……頑張りましょう。」

 輸送の妨害という目的を果たすため、神通たちは足の主機に移動を念じ、それぞれのポジションに付くことにした。

 神通たちの一連やりとりを少し離れた場所でニヤニヤと見ていた那珂は3人が離れてからポソリと

「うん。神通ちゃんもコミュニケーション問題なさそう。微笑ましい青春だぜぃ~」

と妙な達観モードに入っていた。

 

 

 やがて河口に3つの移動する物体が姿を見せた。川内たちである。

 

 

--

 

 速度を上げて河口を目指す川内たち。最後尾にはボートを引っ張る村雨がいる。同調して筋力や脚力など総合的な能力が高まるとはいえ体力は別である。ボートを引く体力的コストがあるため、スピードを上げ過ぎるとついていけなくなって間が空く恐れがある。そして一般的な鎮守府の敷地よりも小さめな鎮守府Aとはいえそれなりの距離があるのでいざ対峙して途中で分断でもされるとまずいと川内は危惧した。

 作戦を考えるのは苦手とは言ったが、川内は結局のところ普段のゲームプレイの感覚を再現して訓練に自然と挑んでいた。本人的には意識して取り組んでいるわけではないが、隣り合っている夕立よりも1~2歩分前に出て先頭を進む川内の表情は真剣にゲームをプレイしている顔そのものになっていた。

 

 工廠と道路を隔てる壁は2m弱の煉瓦とその上は10mほどの高さの金網で出来ている。高低差としては堤防の手前の道路から工廠までのほうが海抜が高く、海側から艦娘が工廠の方へと視線を向けても湾の様子は確認できない。

 

 

 

 川内たちは河口で一旦停止した。ほぼ無策とはいえ警戒しないと流石にまずいと感じた川内は後ろを振り返って二人に言う。

「ここから警戒しながら行こう。なんか陣形組んでみる?」

 川内がそう提案すると、夕立と村雨はコクリと頷いてその案に乗ってきた。

「神通さんたちは左側から出てくるはずですし、川内さんとゆうを左側に配置して壁にして、私がこうやって立ち位置にして行きませんか?」

 ボートを引っ張る紐から一旦手を離して両手を使って説明する村雨が出した案は、次の形になっていた。

 

 川

夕 村

 

 ちょうど三角形の並びである。指で指し示しても呆けた顔をしている二人に村雨は実際に自分らで形作って示すことにした。実際に立ってみて川内はようやく合点がいった様子を見せる。

 

「おぉなるほど。こういうことね。わかったわかった。」

「どうせなら川の反対側にうんと近寄って遠回りに行った方がいいっぽい?」

 夕立は右人差し指を右頬に当てて虚空を見ながら追加で提案した。

「うんうん、いいね。それも採用~。いや~、あたしは良いメンバーに恵まれたわ~。」

 川内は軽い拍手をして夕立と村雨を素で褒める。

 

 二人の考えを受け入れて手で合図して川の反対側、排水機場のある岸にギリギリまで近寄り、沿って移動し始めた。

 川を上る3人。そろそろ湾口に差し掛かる距離である。しかし神通たちの姿はまだ見えない。

「……なんだ?まだ神通たち見えないんだけど。」

「そうですね~。そんなに凝りまくった作戦をしてるのかしら……」

 輸送担当の村雨は急に不安をもたげさせる。

 

 仕方なくそのままゆっくりと湾に入った。湾の端、桟橋の近くでは那珂が手を振っている。川内は口に手を添えて大きめの声で那珂に話しかけた。

「ね~~那珂さ~ん。神通たち、どこにいるか知りませんか~~?」

 その質問に那珂は苦笑しながら返す。

「それあたしが教えたらさ~、勝負にならないでしょ~?冗談きっついよ~。」

「アハハ。そっか。ですよね~~!」

 後頭部に手を当ててわざとらしく照れを見せる川内。湾口、波止の木箱の陰がまだ見えないその場で足を上げて方向転換して夕立と村雨に向き合う。

「まぁ~いいや。今のうちに演習用水路に入れれば勝ちだし。速攻で行こっか!」

「「はい!」」

 

 妙な安心感を得ていた川内らは陣形をいつの間にか単縦陣に戻し、一路演習用水路を目指して発進し緩やかに速度を上げ始めた。3人が湾口から離れて3分の1に達しようとしたところ、最後尾にいた村雨は左側、9時の方向から水をかき分ける音を聞いた。

 振り向くと、そこには全く掛け声を出さずに身を低くしながら忍び寄る神通の姿があった。

 

「うわぁ!!神通さん!?」

「「えっ!?」」

 

 村雨の悲鳴にも似た第一声で前を進んでいた川内と夕立が振り返ってようやく気づく。

「ちょっ!神通そこ!?夕立ちゃん、戦闘態勢!村雨ちゃんはあたしたちの後ろに下がって!」

「は~い!」

「はいぃ!」

 

 

--

 

 気づかれた。あと10mほどの位置まで迫っていた神通は相手が慌て出すのを見て同じく心落ち着かなくなる。こうなったら早くしなければ。

 夕立の背後に回ろうとしている村雨めがけて砲撃した。

 

ズドッ!

 

「ますみんあぶない!」

 村雨とペイント弾の間に夕立が割り込む。

 

ベチャ!

 

 神通のペイント弾の砲撃は村雨ではなく夕立に当たった。それを確認するやすぐさま神通はもう一度村雨を狙うべく次発で砲撃するために右腕をつきだし、連装砲を打ち出せるよう指を曲げてスイッチに軽くあてがう。

 しかしすぐには撃たずに、ひとまず距離を詰めることを考えて一歩、そして水上を滑るべく主機に任せてダッシュする。その際心震わせて気合を入れるのを忘れない。

 

「やあぁーーー!!」

 

 実際の神通の掛け声は蚊の鳴くようで大した迫力がなさそうなものだったが、夕立にとって適度に効果があった。夕立は神通とはほとんどまったく一緒に訓練したことなく、これまでの日常で神通という人は大人しい人という印象しか持てずにいた。そのため掛け声を挙げながら突進してきたその人に驚きを隠せないでいる。

 

「え?え? わあぁぁ!!」

 

 自分の思考・意識外のことが間近に迫り、一気にパニクる夕立。手に持っていた単装砲のトリガースイッチを何度も押す。

 

ドゥドゥ!!

 

ベチャ!

 

 夕立からの砲撃。

 1発めは食らってしまったが2発めを前のめりに転ぶように右斜め前に身体を倒して回避に成功する。地上の要領で思わず手を付こうと伸ばすが、よく考えなくても手からは艤装の浮力は出ないのでこのままでは沈むのみだ。そう感じて引っ込めようとするも時すでに遅しであった。

 行動が思考に追いつかずに神通は右手から海面に全身を浸し、柔道で受け身をとるがごとくそのまま一回転しながら海中に沈んでいく。

「うぶっ……」

 無我夢中で海中で足をジタバタさせどうにか姿勢を足の艤装の主機の浮力発生装置を海底に向ける。孔からゴボゴボと泡だった音が響いてきて神通の身体が浮き上がっていく。

「ぷはっ!」

 海面から神通が顔を出してホッと一安心して眼前を見ると、川内が夕立と村雨に発破をかけて今まさに離脱しようとしていたところだった。

 

 まずい。

 そう感じた神通は言葉以上に焦りを感じ始める。その焦りは早く追いつかないとという考えに至る。しかしそれを思っただけで、それ以上に具体的にどうするというのは考えていないつもりだった。

 目の前の三人組のうち、夕立を追い越せばなんとかなるかもしれない。ボートを引く村雨は夕立の先、川内の後ろだ。神通はすでに立ち上がって直立していた姿勢で、腕を前方に伸ばして構えてみるが狙いが定まらない。すぐにはボートを狙わない。というよりもまだ落ち着いて集中した後でないときちんと当てられないため、撃つことができない。

 今の神通の位置からでは夕立がとにかく邪魔だ。なんとか追い抜きたい。

 

 その神通の思考は自身が思った以上に艤装に理解された。足の艤装、主機からウィーンという鈍い音が聞こえてきた。一度経験していたため察しがよい神通はすぐに気づく。

((あ、これはまたやらかした。))

 今度はそれを逆手に取ってみる。身をかがめて陸上選手さながらの姿勢をとる。とはいえクラウチングスタートではなく、運動に慣れていない人がする可能なかぎりの低姿勢のスタンディングスタート状態である。今この時の神通にとって、その姿勢が一番こなしやすい。

((お願い……神通の艤装。私を、助けて……!))

 

ズザバァァーーーー!!

 

 

「ひっ……ぐっ……うぅ!」

 前傾姿勢のスタンディングスタートが功を奏し、水上移動訓練当時とは個人的に比べ物にならないほど安定しつつも爆速ダッシュをできたと神通は感じた。しかし勢いがありすぎて姿勢が左右に傾かないように保つだけでも精一杯だ。

 あっという間に夕立に追いつく。その水を激しく掻き分ける音に夕立が振り向いた。

「うあぁ!神通さんめちゃ迫ってきてるぅ!!」

 しかし神通の練度云々は関係なしにその動きだけで、川内チームへの牽制は十分だった。上半身と頭だけをわずかに後ろに振り向かせ、川内がメンバー二人に向かって大声を上げる。

 

「村雨ちゃんは全速力で離脱しろ!!夕立ちゃんはちょっと落ち着け!!」

「は、はい!!」

「っぽい!!?」

 

 スピードを落とした川内は後ろから来ていた村雨と夕立と並走する形になる。その際左手をブンブンと払って村雨に演習用水路に行くよう合図し、夕立に対しては口だけで叱る。

 村雨は慌てながらも足の艤装に意識を集中させ、とにかく全力でこの場を離脱することを優先させた。それを目の当たりにした神通は思った。

 ((今ならこんな私でも……陣形を崩せるかも))

 川内たちの陣形をさらに崩すべく、村雨をとにかく狙う。爆速ダッシュを意識して鎮めつつもダッシュの終点を川内と村雨の間に定める。高速移動しながらの砲撃をする心構えができていないなら、そのまま勢いに任せて突進すればいい。両腕を前方に伸ばし、わざと撃つ仕草をしつつ神通は低空ジャンプしてヘッドスライディングばりに前方の二人の間に飛び込まんとする。

「くっ!?だからさせないってば神通!!」

 川内は主砲ではなく、左腕に取り付けていた機銃を連射する。

 

 

ガガガガガガッ!!

 

 

 川内の射撃は突進してきた神通の電磁バリアで弾かれる。その効果はわかっていたことなので川内は気にしないし、攻撃されている神通もビクッと驚きを見せるがすぐに無視する。というよりもタックルの勢いの最中なので余計な心配をしている暇などなかった。

 ただひとつ、川内と神通の想定外のことが起こった。

 

「きゃああ~~!」

 

 村雨はまっすぐ演習用水路を目指すはずが、なぜか驚きのけぞって方向転換し針路を9~10時の方向、実際には南に向けて湾を移動し始めた。その方向には出撃用水路があるのみである。

「「えっ!?」」

 

 村雨は、神通のバリアが弾いて防いだ流れ弾に驚き、針路を一転させてしまっていた。

「ますみん!?そっちは違うっぽい~!!」

 思わず夕立も、わざわざ川内の後ろを瞬間的にダッシュして飛び抜けて村雨を追いかけようとする。

「おいおい!!夕立ちゃんも!……くっ、今は神通だ!」

 思わぬ展開と成果に神通は僅かに俯いてほくそ笑む。ホッと安心したのもつかの間、宙を一回転して背中から海面に着水し、再び全身を海中に浸してしまった。衝撃のため多量の水しぶきが周囲に撒き散らされる。神通のタックルをギリギリでかわした川内だが、その飛沫に身をよじり腕で顔をカバーして動きを止めてしまった。

 海中から顔~肩口までを出した神通は可能な限りの大声を上げ、村雨の向かった先に指示を出した。

 

「お願いします~。さ、五月雨さぁーーん!!」

 

「は~~い!」

 

 間延びして少々間の抜けたほんわかした返事を掛け声として出撃用水路の真ん中2番目からダッシュで飛び出してきたのは、叫び通りの人物の五月雨だ。鎮守府の敷地内、湾内で出すには際どすぎて危ない速度でもって、出撃用水路へと近寄ってきていた村雨めがけて突進していく。

 

 

「ますみちゃん覚悟ー!」

「あ、わぁぁ!!さみぃー!うわっうわっ!」

 

ドドゥ!!

ドドゥ!

 

 突然猛スピードで目前に迫ってきた五月雨は右手の端子に取り付けていた連装砲を構えて砲撃する。迫ってくる五月雨を目の当たりにして村雨はボートを持っていない方の手に持っていた連装砲を構えて応戦した。

 

ベチャ!ベチャ!

 

 五月雨の放ったペイント弾は村雨の左胸元に付着する。一方で村雨の放ったペイント弾は五月雨の右肩付近に付着するが、あまりにも猛スピードで迫って通り過ぎたためにその量はわずかだ。

 加えて五月雨は自身のスピードに足の艤装と足の耐久力がついていけなくなる。ふとした拍子に足をもつれさせすっ転び、低空飛行で宙を三回転ほどしたあげくに盛大に水しぶきをあげてヘッドスライディングばりに着水してしまった。その先には村雨を追いかけてきた夕立がいる。

 五月雨が転んだ拍子の水しぶきに驚いて夕立は急停止した。

「うぅ~、さみってばぁ~。なんなのよぉ~そんな豪快な転び方ぁ~!」

「アハハ……ゴメンね。ちょっと引っ張ってぇ~。」

 驚きはしたが夕立はすぐに目の前の五月雨を気にかける。親友からの救援依頼に快諾して五月雨が立つのを助けるべく手を伸ばした。

 一方で村雨は衣服についたペイントを確かめるべくヌチャっという生理的に受け付けぬ音と感触を味わってその場で呆然としていた。

 その様子に気づいた川内が村雨に対し怒号をあげる。

「ちょっと村雨ちゃん!何してんの!?今のうちに演習用水路に行けっての!」

「うぇ~……だって気持ち悪くって……」

「そんなの洗えるんでしょ?さっさと行け!」

「は、はい!」

 

 村雨は今までなんとなく川内に対して感じていた、ゲーム・スポーツ好きのただのお気楽で活発そうな女子高生という印象をこの瞬間雲散霧消させた。

 ゲームもスポーツも好きであるがゆえ、神通と向き合って構えている川内はいざ演習(試合)に取り組むときは本気も本気なのだ。その迫力や、直情的であるがゆえに受ける印象はまさに男勝り、気迫十分だ。

 なんだかんだ言ってもさすが年上、高校生だ。川内を信じて頼ることを決めた村雨は主機に高速の移動を念じて移動を意識し始めた。お互い助けあっておしゃべりし始めている五月雨と夕立を無視し、1番目の出撃用水路の脇を過ぎて北上し演習用水路のある工廠の第一区画へと目指し始めた。ボートをひっぱりながらの急な方向転換のため出だしはゆっくりと、途中で一気に速度を上げて向かっていく。

 

 この状況を川内はホッと胸をなでおろして見守る。神通はようやく起き上がってコソッと村雨を狙おうとしたが、川内に気づかれて身体を抑えこまれて思うようにできないでいる。腕を抑えこまれた神通は撃てないために俯く。川内はそんな同僚の姿を見て勝利を確信する。

「へっへ~ん。これであたしたちの勝ちだね。旗艦のあんたを押さえ込みゃあ、あとは五月雨ちゃんだけだったし、楽勝でしょ。へん!」

 そんな物言いをする川内に、神通は肩を震わせる。

 川内はその震えを見て感情をあまり出さないこの親友もこんな感じで悔しがることもあるんだなと、優越感に浸りながら鼻息一つ鳴らして周囲に視線を送り、村雨がゴールに到着するのを見守り続ける。

 誰もが誰も、もう一人演習参加メンバーのことを頭から抜け落ちていた。ただ一人、神通を除いて。

 

 

ベチャ!ベチャ!ベチャ!

 

 

 村雨はあと十数mというところで、急に左側からペイント弾を数発食らった。

 未だ乾かず取れることのない先ほどのペイント弾の影響からほどなくしての出来事、村雨の左肩~太ももにかけて新たなペイント弾のペイントがベットリと付着する。あまりに突然のことのため村雨本人は驚きの声を上げることも忘れて急激に減速し、ほどなくして完全に停止した。思わずボートを引っ張っていた片手の力が抜け、ボートと自身の間が開く。

 演習用水路の柵まではわずか5~6mという間近の距離であった。

 ペイント弾が飛んできたと思われる工廠のドックの屋内の物陰からそうっと姿を現したのは、神通以外全員がその存在を忘れていた不知火その人であった。

 

「沈みなさい。」

 

 少女にしては低すぎてドスの利いた声でぼそっと一言だけ言いながら不知火は鈍速で屋外に完全に姿を現す。頭を左に向け、村雨に視線を送る。

 村雨がゆっくりと左斜め後ろを向くのとほぼ同タイミングで、川内そして夕立が工廠の第二区画の前に姿を見せた不知火を見る。目を開いて口が半開きになっている。

 対して五月雨と神通はふぅ……というため息の後、微笑~笑顔~満面の笑みと移り変わっていく。

 全員が全員、この瞬間に勝敗を理解した。

 

「負けですぅ~……。」

 村雨はようやく思考が現実に追いつき、素直に負けを認めて短い言葉でスッパリと宣言した。

 そこまでの状況を見届けて、審判役の那珂と五十鈴が速度をあげて不知火と村雨の側にやってきた。

 

「村雨、被害状況を教えて。」

 五十鈴がそう言うと村雨はほとんど全身と言ってもよいくらいに付着したペイントをざっと見渡し、五十鈴と那珂に聞こえるよう声を張って報告した。それを受けて那珂が全員に聞こえるよう大声で宣言する。

「今回の演習試合、神通ちゃんチームの勝利とします!!」

 那珂の宣言か5秒ほどして神通達、そして川内達が堰を切ったように感情を爆発させあう。

 

「ちくしょーー!負けたぁ~~負けた!!」

 川内は両手で顔を覆い、しゃがんで地面でもないのに水面を叩いて小さな水柱を何度も巻き上げる。

「うあああ~~あたしも悔しーー!悔しい悔しい悔しい!!」

 夕立に至ってはその場で地団駄踏むように水面を蹴りまくって川内よりも大きな水しぶきをあげた。

「……はぁ。私がもっとちゃんとしてれば……はぁ……。」

 五月雨ほどではないが普段おっとりやの村雨が思い切り悄気げて憂鬱な言葉をぼそぼそとつぶやいている。負のオーラがこみあげているのが誰の目にもわかった。

 

 五月雨が神通の側まで移動する。神通と二人揃って不知火の側へと寄ると真っ先に五月雨が喜びの声を上げた。

「やったねぇ!!不知火ちゃんが一番の活躍だよぉ~!」

「……いえ。二人の。」

「ううん。二人ともよく頑張ってくれました。いえ、先輩方、ご協力……ありがとうございました。二人のおかげです、本当に。」

 神通は目の前の二人が年下ながらも艦娘としては先輩だったことを思い出し、言葉を改めて感謝の意を示した。

 

 

--

 

 川内チームの3人もほどなくして集まり、お互い声を掛け合う。

「川内さぁん。本当にゴメンなさい。私が慌てたりぼうっとしてたせいで……。」

「ううん。気にしないでよ。最後の不知火ちゃんの攻撃、絶対気づくわけ無いって。あんなんされたらあたしだって下手すりゃ那珂さんだってかわせずに被弾しちゃうよ。つまるところ、あたしたちはまだまだ経験不足ってわけだ、うん。」

「あたしも神通さんの変な勢いっていうか迫力にビビっちゃったっぽい~。もっと強くならなきゃ~~。はぁ~あ。」

 ひたすら謝る村雨を川内と夕立はお互いの立場から慰め、励ましあうのだった。

 

 2つのチームの反応を伺っていた那珂が再び声を上げる。

「さ~て。一回めはこれにて終了。まだまだいけるかな?」

 那珂の言葉にピクンと反応した川内が言う。

「もちろんですよ。この悔しさを思いっきり発散させたいし。すぐいけるよね、村雨ちゃん、夕立ちゃん?」

「はぁい。」

「はーい。問題ないっぽい。」

「私……たちも、大丈夫です。」

 神通の言葉にコクリと頷く五月雨と不知火。

 那珂と五十鈴はお互い見合わせ、意識合わせをしたの次の演習試合に向けた宣言をした。

 

 

--

 

 その後午前が終わるまで、2回演習試合が行われた。2回めは攻守交代として神通たちが輸送、川内たちが妨害となった。川内たちは意表を突いた妨害の仕方を発揮し、臨機応変さが足りなかった神通たちをあっという間に撃破する。輸送担当は五月雨だった。

 すぐに決着がついた2回目が終わり、あまりに早い勝敗に思うところあった那珂はもう一度同じ攻守の立場でするよう6人に言い渡す。

 そして迎えた3回目、3人一丸となって固まって突進し、輸送担当となった五月雨をひたすら守りぬいたことが功を奏し、川内たち3人の猛攻をくぐり抜けてギリギリで神通が演習用水路の柵をタッチできたことで、輸送側たる神通チームが勝利を得た。

 

 

「お互いよく頑張りました!午前の部は2対1で神通ちゃんチームの優勢ってところだね。」

「ふん!たまたまですよ。こんな狭いフィールドなら神通たちだって勝てますって。やっぱもっとでかいフィールドでやりたい!!」

 川内が不満と要望を口にする。同じ気持ちだったのか、残りの5人は思い思いのタイミングと強さで相槌を打った。それを見て那珂は提案を交えて午前の演習の締めの言葉とした。

「それじゃー午前はこれまで。午後も続きやるけど、次もっと動きまわって見応えある試合を展開してほしいねぇ。まぁもしかしたら進める上でルールに問題があったかもだから、お昼食べたら話し合お? 今のルールが絶対ってわけじゃないからさ。皆で作っていきたいのですよ、今日の自由演習は。」

 那珂の鼓舞の言葉に真っ先に反応したのは川内と夕立だった。

「はい!もっとゲームっぽいアイデアまぜて楽しくしましょうよ」

「あたしももっと遊びた~い!」

 二人して両腕をあげて海上をぴょんぴょん跳ねる。水しぶきが四方八方に散るがごく僅かなもののため二人以外は誰も濡れずに済んでいる。

「ゆ、ゆうちゃん……本音が出ちゃってるよ~!」

「ちょっとゆう~。あくまでも川内さんと神通さんの訓練の協力なんだからねぇ~?」

 五月雨と村雨がその物言いにすかさずツッコミを入れ、訓練終わりの皆を笑みで癒やした。

 

 

--

 

 一同が時間を確認するとすでにお昼を数分過ぎていた。腕時計をチラリと見て五十鈴が尋ねる。

「もうお昼ね。ねぇ那珂どうする?一旦上がりましょ。」

「そーだねぇ。よっし皆でお昼ごはんいこ!」

 那珂と五十鈴の言葉に賛同した一同は演習用水路の側から工廠に上がり、艤装を仕舞って本館へと戻ることにした。その際、那珂たちから艤装を受け取って仕舞ってきた明石が那珂たちにサラッと伝える。

「そうそう。提督もう出勤してきてますよ。」

「お~提督やっと来たか~。」と那珂。

「みんな演習に随分熱中してましたからね、工廠にちらっと姿現してそこの演習用水路の側から見てたのも気づかなかったでしょ?」

「あ~~。だってあたしたち湾の端っこでやってましたもん。そりゃ気づきませんって。」

 川内が苦笑いしながら明石の言葉に返す。それを受けて明石は提督の様子の一部を誇張して冗談めかした依頼をしてくる。

「さみしそうな背中で帰って行きましたから、ぜひかまってあげてくださいね。」

「はーい。」

 那珂は間延びした返事と合わせて手を挙げて賛同を示す。他のメンツもクスッと笑いながら返事をした。そして工廠から出ようと向きを変え始めた時、一同は明石から追加でお泊りに期待を持てる言葉を聞いた。

「そうそう。今日のみんなのお泊りに私もお付き合いしますよ。提督が自分だけじゃ気まずいっておっしゃるんで、保護者代表追加です。」

「お~明石さんも一緒!夜絶対楽しそう!おしゃべりしましょうね!」

「アハハ、は~い。本館戻ったら、色々と楽しみにしてみてくださいね。」

 明石も泊まりと聞いて一際沸き立ったのは川内だった。川内の素の欲望でのお願いに明石はクスッと笑いながら手を振る。那珂や神通が察するに明石もノリ気なのは間違いない。

 そして事務室へ戻っていく明石の背中を数秒確認した後、那珂たちは工廠を後にした。

 


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