同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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 川内と神通はいよいよ最後、自由演習を迎えた。那珂は二人の訓練に、鎮守府の皆に付き合ってもらうことにした。この日、鎮守府Aの敷地や周辺では艦娘たちの姿が良く目に留まる。


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川内型の訓練5
少女たちの計画


--- 1 少女たちの計画

 

 翌日土曜日、これまでと同じ時間に来た那美恵と凛花は、本館の裏手にあるグラウンドから声がしたのを聞いた。一人分ではない。本館に入り、ロビーを突っ切って進んで裏手の扉から出ると、グラウンドでは流留と幸が運動をしていた。

 

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「おぉ!?すっげぃ珍しい!流留ちゃんがこの時間にいる!!」

 那美恵が冗談めかして素っ頓狂な声を上げて驚きを表すと、流留はドヤ顔になって言った。

「ふふ~ん。あたしだってやればできるんですよ。どうですか!?」

 思い切り上体をそらして誇らしげに振る舞う流留。真夏ゆえ薄いTシャツ1枚にブラという男が見れば目の毒な流留の首から下にある大きい双丘が那美恵にも毒を撒き散らす。

 

「ふ……ふふふ。流留ちゃんそれはあたしに喧嘩売ってるってことでいいんですな?」

「えっ!?な、なんで!?」

 突然那美恵が普段の冗談めいた軽い声にもかかわらず、物騒な物事をすぐさま買い取りそうな発言をしたことに流留は素で驚き戸惑う。なぜ威嚇されているのかまったくわかっていない。流留以外の二人はすぐに気づいたため、仕方なく幸が肘でツンツンと流留をつっつき小声で教えた。そこでようやく流留は気づき、とっさに胸を両腕で隠して那美恵にツッコミを入れたのだった。

 

 

--

 

 その後流留と幸は一旦運動を終え、那美恵たちとともに本館に入って着替えることにした。

「ところで今日は二人とも普通の運動だったのはなんで?」

「はい。昨夜さっちゃんから連絡ありまして、たまには普通の運動して体力付けたいって言われたもんで。で、あたしも努力しまくって早起きして二人で来たんですよ。」

「そっかそっか。基本に立ち返ったってことね。いいねいいね二人とも。」

 那美恵の大げさな感心のリアクションに、流留も幸も苦笑いした。

 

 ボディタオルで各部の汗を拭い取り、制汗スプレーをかけている流留が、隣のロッカーの前で同じく汗を拭っている幸に声をかけた。

「あ~~しまった。まだシャワー室できてないのに今すぐシャワー浴びたい!こんな真夏にシャワーなしで運動なんてあたしたちどうかしてるわ。さっちゃんもそう思わない?」

「……(コクリ)」

 幸は言葉なく頷くだけの返事をする。二人とも運動直後のためか、程よい疲れでけだるさが残っている。

「アハハ。でも今日はお泊りだから気が楽でしょ?」

「そりゃまあ。一応着替えとかお泊り用の小物は持ってきましたけど……ていうかなんでいきなりお泊り会なんて言い出したんですか?」

 那美恵の言葉に流留はひとまず同意するも疑問を口にする。その疑問が指すのは、昨日の夜、那美恵から流留たち、そして中学生組にも送られたメッセンジャーの内容にあった。

「え~、だってさ。ただ自由に訓練を夕方までするのってつまんないじゃん。せっかくの夏休みなんだしぃ、みんなでわいわい訓練やってそのままお泊りでもして訓練以外も楽しんでみたいって思ったのですよあたしは。」

「まぁ……気持ちはわからないでもないわ。那珂が来るまでは私や五月雨たちはあまり交流らしい交流はしなかったもの。あんたが来てからよ。急にみんなでおしゃべりしたり交流するようになったのって。」

 那美恵の思いを理解した凜花は那美恵が那珂として着任する以前の鎮守府の雰囲気の一部を明かす。

「せっかく違う学校や学年、はては妙高さんみたいなある意味おかんな人もいるっていうなんたらのサラダボウルや~ッて感じなんだもん。あたしはみんなと仲良くしたいの。まだ人少ないんだし、プライベートでもね。」

「あたしもワイワイ騒ぐの好きだから昨日のなみえさんの提案聞いてすぐにOKしましたけどね。」

 流留はカラリとした言い方で言った。

「わ、私は……あのその……皆で何かするのもお泊りとかも初めてなので……」

 語尾をモゴモゴさせて言葉を終える幸。全部言われなくても那美恵らは幸が最初は明らかに乗り気ではなかっただろうと容易に想像がついた。しかし幸が那美恵の提案に承諾した以上は彼女の決心を評価したく思っていたため、幸以外の全員はみなまで言うなと察した風のニンマリとした笑顔を幸に向けることにした。

「ま、強制するのは好きじゃないからお泊まりは任意参加だったんだけど、まさかさっちゃんもOKしてくれたのは嬉しかったなぁ~。さっちゃんさ、ちゃーんと自分の目的、実現出来てると思うよ?だから今日は皆で夜まで楽しもーよ。」

「そうだよさっちゃん。あたしなんか今から夜が楽しみだもん。」

「うぅ……なんとか楽しんでみます。」

 那美恵の言葉に流留も乗る。幸は恥ずかしさでたじろぎながらもその意志を伝えた。

 

「凜花ちゃんも話にノってくれてありがとーね?」

 続いて那美恵は凜花にも感謝を述べる。

「べ、別にいいのよ。私だってこれからは……艦娘仲間を大事にしたいし。ちょうど渡りに船だと思ったもの。」

「ムフフ~。それじゃ~夜はとっことん楽しみましょ~ね~?」

「はいはい。よからぬことしたらあんた縛り付けて私たちだけで楽しむからね?」

「うおぉ~!?凜花ちゃん辛辣~。」

 凜花は真面目に返すも那美恵の反応にやはり茶化しが混ざっていることを察し、やや厳し目に突っ込んで那美恵を適度に満足させた。

 

 

--

 

 着替え終わり、那珂たちは提督に挨拶をしに執務室へ足を運んだ。しかし執務室には鍵がかかっており借りていた本館の鍵の一つで開けるも当然誰も居ない。自動的に五月雨もいないことがわかった那珂たちはひとまず待機室に戻り、雑談交じりにこの日の訓練内容を詰めることにした。

 

「それじゃあ今日の訓練のお話しよっか。」

「「はい。」」

「今日は自由演習ってことで、好き勝手やってもらっていいんだけど、さすがに全部が全部自由ッて言われたら困るよね?だからイベント的にやることを考えて欲しいんだ。どうかな?」

「はーい。それで張り合いが出るんならまったく問題なしです。」

「わ、私は何かしら課題を提示してもらったほうが……助かるので。」

 二人から承諾を得た那珂は改めて言葉を続ける。

「メインになる楽しいイベント風訓練と洒落込みたいねぇ。本当なら夕立ちゃんたちが来てから内容を決めたいんだけど、とりあえず二人の考えをまとめておこっか。それじゃー何をしたいか希望を言ってくださーい!」

 

 那珂が促すと、すぐに川内が意見を口にし始める。

「はい!あたしは、ロールプレイングゲームとかアクションゲームのようなことをやってみたいです。う~んとね、プールか海をゲームのステージばりにして途中で的や誰か他の艦娘を倒して進む、そんな感じの。例えるなら○○や□□、△△といったゲームかなぁ。」

 最初から最後まで自身の好きなゲームに喩えて説明する川内。彼女の言葉の最後の実例のゲームタイトルに那珂はもちろん五十鈴・神通もサッパリわからんというにこやかな無表情をするが、少なくともやりたいことだけは理解できたので普通の笑顔を取り戻した。

「お~、さすがゲームオタクの川内ちゃん。アイデアが冴えてる~!」

「エヘヘ。それほどでも。」

「川内さん……それあまり褒められてない気が……。」

 那珂の賞賛に川内は素直に喜ぶも、深読みした神通は最小限の小声でそれとなく呟いて教えた。ただやはり誰にも聞こえなかったために神通の発言はまったくなかったこととして表向きの話題は進む。

 

「確かに、普通に砲雷撃繰り返すよりかはよほどモチベーションも保てそうでいいわね、ゲーム方式。正直今言われた喩えのゲームぜんっぜんわからなかったけど。」

「五十鈴さんはゲームやらないんすか?」

「やらないわ。私の周りでも……いないわね。」

「そうですか~残念。普通の女子ってゲームやらないのかなぁ?」

 五十鈴の言葉を受けて川内は至極残念そうな声色でもって呟いた。それに対して那珂は一言言い返す。

「いや~あたしだってたまに携帯でやるけど、川内ちゃんのそれはガチでしょ?」

「えぇまぁ。遊ぶために遊んでますし。てかそうじゃないとゲームに失礼っしょ?多分提督もあたしと同じような言い方すると思いますよ。」

「へ、へぇ~、そんなもんですかねぇ~?」

 突然提督に言及されたためにわざとらしい敬語で那珂は言った。

「そんなもんです。ゲームやるんならしっかり楽しむためにやらないと。というわけでゲームっぽい訓練、どうですか?」

 ともかくも川内の人となりがまた一つ分かった気がした那珂たちは、当人の反応はひとまずさておき、提案には賛成できるものとしてそれぞれ賛同の意を示した。

「まぁいいんじゃないかな。文化祭の出し物みたいで準備も楽しくやれそう。」

「私も……それでいいです。」

「そうね。それじゃあ決まりね。あとは夕立たちが来てからあの子達にも確認してみましょう。」

 

 

--

 

 自由演習の案の有力候補がまとまった那珂たちは夕立たちが来るまで待つことにした。その間、那珂は提督と五月雨に連絡を取ってみる。提督からの返事はすぐには来なかったが、五月雨からの返事は1分ほど経ってからメッセンジャーで受信した。

 那珂が連絡を取ってから1時間が過ぎた。その間、連絡を提督に任せていた不知火が先に姿を現す。不知火は高校生組の那珂たちに比べ小柄な体躯に似合わず山にでも行くのかと言わんばかりの大きめのリュックサックを背負って待機室に入ってきた。そして気配の殺し方が完璧すぎたため那珂たちはすぐには気付かなかったが、いち早く後ろを振り返って気づいた神通の一言で全員小さな悲鳴を挙げて不知火を向かい入れる形になった。

 

 その後再び五月雨から那珂の携帯電話に連絡が届いた。見てみると、鎮守府のある街の駅に着いたという。その連絡から10数分してようやく五月雨らも待機室に姿を見せた。全員私服のまま入ってきて、荷物を置いてすぐさま更衣室に向かい、制服・およびジャージに着替えて再び待機室に入ってきた。

「お待たせしました~。」

「うぅん!!五月雨ちゃ~ん!土曜日もあなたの姿見ないと寂しくて寂しくて~!」

「ふわぁ!? も~~、那珂さんったらぁ~。恥ずかしいじゃないですかぁ。」

 那珂のいつもどおりの猫撫で甘え攻撃を受けて五月雨は恥ずかしがって那珂を振りほどくも、本気で嫌というわけではない。五月雨の身悶えが緩やかになったのに気づいた那珂はそこでタイミング良く彼女を解放してあげた。

「ねぇ那珂さぁん。昨日メッセージいただいたとおりお泊りの準備してきましたよぉ。」

「あたしもあたしも!鎮守府に泊まるの初めてだからなんかワクワクっぽい!」

 村雨に続いて夕立、二人が那珂に声をかける。

「うん、話に乗ってくれてみんなありがとーね。不知火ちゃんもまさかそんな……おっきい荷物まで持ってきて協力してくれるなんてほんっと感謝感謝だよ~。」

「五月雨が。」

「あ、うんうん。お泊りのことは私から詳しく不知火ちゃんに伝えておきました。」

 ぼそっと五月雨の名前だけ口にする不知火。言及された五月雨が代わりに答えた。

「ありがと。あたし不知火ちゃんの連絡先知らなかったからさ。」

 そう那珂が明かすと、不知火はリュックサックからゴソゴソと何かをあさり始めた。

 取り出したのは携帯電話である。

 不知火は携帯電話を両手に持ち 黙って那珂に差し出してきた。

「え?え~っと……教えてくれるの?」

「(コクコク)」

「そっか。うんうんありがとね。これで不知火ちゃんともお友達になれたね~!」

 那珂は川内と神通に手招きして二人にも不知火の連絡先を受け取らせた。神通は相手に聞き出す勇気がなかったために思わぬタイミングでの連絡先ゲットにほのかに頬を緩ませる。これで那珂は現在所属の艦娘全員の連絡先をゲットしたことになった。

 

 その後しばらく雑談をして場の空気を温めた一同。全員この日の自由演習(の協力)とお泊り会の準備は万全ということで、これからの出来事を想像して心躍り、全身に湧き上がる高揚感を態度に表し隠せないでいた。

 

 

--

 

 待機室には那珂たち軽巡、高校生組が4人、五月雨たち駆逐艦、中学生組が4人揃った。那珂は早速五月雨たちに彼女らが来るまでの話を説明し、意識合わせをした。五月雨たちは快く承諾の意を見せる。

 

「へぇ~ゲームっぽい?楽しそー!!」

「お! 夕立ちゃんならきっとノってくれると思ってたよ。さっすが同志!」

「どうし?」夕立が聞き返す。

「うん。だって夕立ちゃんもゲームとか漫画好きでしょ?」

 川内が自身の夕立像を打ち明けると、夕立は納得の表情をしてコクコクと勢い良く連続で頷いた。

「それでぇ、ゲーム風の訓練っていっても具体的にはどうするんですかぁ?」

「そうそう、それが大事なんだよ村雨ちゃん。それを皆で話して決めたいの。」

「ゲームですかぁ~。どんなのがいいのかさっぱり想像つきませんね~。」

 話に快諾したはいいがいまいちピンと来ていない様子を見せる村雨と五月雨。そこに提案者である川内が例を示す。

 

「ゲームって言い方でわからないなら体育祭とか文化祭でもいいよ。あたしは単にゲームが例えやすかっただけだし。」

 五月雨や村雨、夕立はいくつか競技を口にし、過去自身の学校の体育祭・運動会の思い出話に花を咲かせ始める。

 そんな中学生組をよそに神通は自身の携帯電話でインターネットを見て何かを検索していた。五十鈴はそれをチラリと見て再び那珂たちに視線を向け、そして議論に入り込んだ。

「もう午前も結構過ぎてるしあまり時間ないわよ。決めるなら簡単なものでもいいから決めましょうよ。」

 そんな五十鈴の意見に頷く那珂と神通。その時川内が再び提案の声を挙げた。

 

「そうだ!あたし達艦娘じゃん。だからさ、モチーフになった艦にちなんで海戦や作戦を再現してみない?」

「海戦?」那珂が聞き返す。

「そうです。まぁ140~150年前の出来事だから普通の人はだーれも知らないと思うけど、あたしたち艦娘のモチーフになってる艦は第二次大戦で太平洋を駆けまわって戦ったそうなんですよ。」

 川内が語りだしたので川内を除いた全員は黙って聞くことにした。それは自身の担当艦の由来に関わってきそうだという一筋の興味によって引き起こされた態度である。

「例えばですね、あたしのモチーフになった軽巡洋艦川内はマレー沖海戦やエンドウ沖海戦、ガダルカナル島の戦いとか参戦したらしいんですよ。なんか川内は夜間に米軍や英軍の艦と交戦することが多かったとか。他には兵士を島から島へと輸送する作戦とかも支援したんですって。」

「ふむふむ、それで?」

 軽快な口調で語る川内の説明に那珂は催促する。

 

「はい。つまりあたしが言いたいのはですね、ゲームなら艦隊を率いて輸送作戦を何回繰り返して運んだらミッションクリアとか、視界の悪い夜戦でどれだけ早く敵を見つけて倒せば日中よりクリアポイント高いとか、そういうのをやりたいんですよ。」

 川内の説明が一区切りして沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは神通だった。

「川内さんの……そのお話を簡単にしますと、例えば何か物を運んでどこか……例えば演習用プールに入れられたら合格とか、そういう感じで……どうでしょう?」

「サッカー、みたいです。」

 神通の例えを聞いて隣に座っていた不知火がぼそっと単語を口に出す。思わず全員不知火に視線を向けるも、不知火はまゆをピクリともせず無表情でぼーっとしてそれらの視線を受け流す。

「サッカーって……まぁ点を入れて競うとかそういう要素は似てるかもね。そうすると勝敗がわかりやすくていいと思うわ。実際の艦は人を輸送したんでしょうけど、今私たちがやれるとしたら人の代わりにボールとか、何か小物を使いたいわね。」

 不知火の発言に反芻してツッコミとしつつも五十鈴は不知火の言葉を受けて内容を掘り下げて発言した。

 

--

 

「じゃあ皆何を運びたいでしょ~か!?」

 那珂の促しを受けて一同が再び頭を悩ませ始めると、まっさきに口火を切ったのは五十鈴だった。

「私の意見いいかしら?」

「はい、五十鈴ちゃんどうぞ~。」

「輸送するのは武器なんてどう?今うちにありそうなものである程度適当な数を用意できるものといったら武器だと思うの。例えば各自の装備可能な予備の武器を陣地まで運ぶ。とか?」

 五十鈴の案を聞いて噛みしめるように那珂と川内は何度も頷く。

 那珂ら高校生組と同じように頭の中で噛みしめていた村雨が案に追加要素・代替要素を加えるべく口を開いた。

「それなら魚雷を使いませんかぁ?魚雷を適当な数生成してもらってそれを使うんです。あれならいくつでも数揃えられますし、余っても今後の出撃のためのストックでとっておけばいいんですよ。」

「おぉ~、村雨ちゃん冴えてる~!」

「それほどでも~。」

 那珂が素直に褒めると、村雨はやや照れが混ざった得意げな表情で返事をした。

「ていうか村雨ちゃんさ、魚雷が3Dプリンタで作れるって知ってたの?」

「えぇ。だって私達川内さんより前からいるんですよ。訓練の時に教わりましたよぉ~。」

「アハハ、そっか。」

 川内からの質問ににこりとして答える村雨。軽い雰囲気ながらも的確に返されて川内は口の端をやや吊り上げ苦笑いした。

 

「それじゃー運ぶのは魚雷にしよっか。本番用の魚雷だと危ないかもしれないから訓練用の魚雷ということで。」

「「はい。」」

 那珂がまとめると一同を代表して川内と神通が返事をし、輸送の対象が決まった。

 

 

--

 

 波に乗り始めた一同が訓練の主目的と詳細を詰め始めて30分経った。ここまでの流れと想定では川内が仕切るべきはずだったが、何度那珂が川内に振っても川内はなんだかんだと案を出してすぐに那珂に振り戻して確認を求めていたため、いつの間にか那珂にそのバトンが戻ってきていた。一方で書記は黙々と携帯電話とタブレットでメモを取っていた神通が一手に引き受けている。

「結構アイデア出てきたね。それじゃーみんなの案をまとめるよ。神通ちゃん手伝って。」

「はい。」

 那珂は神通がメモを取っていたタブレットを指差して神通に見せてもらい、操作は神通に任せて自身は脇からあれこれそれと編集の指示を出す。神通のまとめ方は元から整っていたため、大して時間はかからずにこれまで話し合ってすりあわせた案がまとまった形を見せた。

 

「それじゃー神通ちゃん、発表して。」

「……えっ!? わ、私が言うんですか……?」

「もち。ろん!」

 神通の恐る恐るの確認に那珂は軽快なリズムで返事をした。

 神通はてっきり先輩たる那珂がこの8人の場で発表してくれるとばかり思って安心しきっていたため、急に役割を振られて緊張で顔を強張らせる。

「みんなの前で説明をするのもある意味訓練の一つだよ。まぁ艦娘というよりは日常生活で大切なことだよね、自分の口できちんと言えるの。」

「う……はい。」

 ぼそぼそと小さな声ながらも訓練の概要が神通の口から説明され、どうにか聞き取って理解できた一同は互いに感想を述べ合う。

「わぁ~なんか簡単そうですけど、実際やったらきっと違うんですよね~。」

「まぁ分量としては妥当だと思うわ。あまりボリュームありすぎても私たち自身が内容忘れてしまいそうだし。」

「そーだよね。ま、試しにやってみよってことで。」

 ふんわりとした言い方で楽観的に五月雨が感想を口にすると、五十鈴がその内容に肯定を示しつつ慎重な面持ちで訓練に臨む決意を匂わせる。それに那珂は軽快な雰囲気で頷く。

 夕立や村雨もそれぞれの感じ方で感想を口にし、これから臨む訓練(の協力)に心を踊らせ始めた。

 

 

--

 

「それじゃー、チーム分けしよっか。」

 次の議題に移り、那珂が全員を促す。すると誰よりも先に夕立が口を開いた。

「はーい!だったらさ!ゆそーを邪魔する敵役!あたし悪役やりたーい!」

「ゆうちゃんだったらそう言うと思ったな~。」

「えぇ。私もすぐ想像ついたわ。」

 夕立が率先して役割を求めると、五月雨と村雨は苦笑いを浮かべて友人の分かりやすい行動を察した。しかし夕立は二人のそんな反応なぞ気にせずどんな役でもいいと言い放って椅子に何度も寄りかかってキコキコ鳴らす。

 駆逐艦勢の反応をよそに那珂が川内に言った。

「次はあたしから案言っていい?」

「はい!那珂さん。お願いしまっす!」川内は待ってましたと言わんばかりの勢いで身を乗り出す。

「川内ちゃんたちと五月雨ちゃんたち合わせて6人いるじゃん?ちょうど3人ずつでチーム組めるよね。チームとしては川内ちゃんと神通ちゃんは別々のチームね。」

「はぁ。それはいいんですけど、なぜに6人?那珂さんは?」

 川内が尋ねると那珂そして続けて五十鈴がその問いに回答した。

「あたしと五十鈴ちゃんは直接参加はしないほーしんで。」

 そう言って那珂は五十鈴にチラリと目配せをする。すると五十鈴がけだるい表情を一瞬作った後、口を開いた。

「これはあくまでも二人の最後の訓練なのよ。だからあなたたちが主導でやるの。二人が競いあってそれぞれの結果を出せるようにしないと。私と那珂は監督役に徹するんでしょ、那珂?」

 那珂はコクコクと頷いて肯定し補足する。

「うん、そーそー。でもただ見てるだけじゃなくて、審判役として参加程度かな。作戦行動には一切手を貸さないからね?」

 

 那珂と五十鈴のあっさりとした非参加の意を認識した川内と神通はやや不満・物寂しさを感じつつも代わる要望を口にした。

「うー、じゃあせめてあたしは夕立ちゃんとチーム組みたいよ。」

「そ、それでは私は……不知火さんと……組みたいです。」

「うん。それじゃー川内ちゃんと神通ちゃんがそれぞれの 旗艦、つまり チームのリーダーね。」

「おぉ!あたし旗艦か!なんかうれしい!」

「うぅ……リーダー……苦手。」

 那珂のさらなる提案という名の指示を受けて川内と神通はそれぞれの反応を示す。ほぼチームは確定し始めていた。あとは五月雨と村雨が余っていたが、

「五月雨、来て。」

という突然の不知火の懇願の一言が皆の輪の中に響き渡る。特に断る理由もない五月雨はそれに承諾することにした。

「あ、うん。いいよ。神通さん、私そっちのチームに入ってもいいですか?」

「え!?え……とあの、うん。いい……よ。」

「やったぁ!不知火ちゃん、一緒に頑張ろうね!」

 五月雨は夕立を挟んでその隣にいる不知火に対して腕を伸ばしてテーブルの上でブンブンと手のひらを振り、不知火に喜びと鼓舞の意を伝えた。それに対して不知火は手は振り返さなかったが無言でコクコクと頭を縦に振って相槌を打つ。

 神通はいきなりリーダーの仕事たる決断を迫られてドキリとしたが、相手が五月雨という一切毒気のない純朴な少女、かつ秘書艦として自分が知らぬ艦娘の活躍をしている先輩であるがため、その眩しさに緊張でどもりつつもどうにか最初の責務を果たした。

 

「それじゃーますみん、一緒に組むっぽい?」

「そうねぇ。そうなるわね。」

 必然的に最後まで残ったメンバーとなった村雨が夕立に確認混じりの一言を受けて川内のチームに加わった。

「となるとこれでチーム分けは決まりってことだね。」

「はい。」

 那珂の一言に川内が頷いて返事をする。これをもって訓練のチームが確定した。

「それじゃあ皆、早速工廠行こー!」

 那珂の号令に一同は気合に満ちた返事をし、そして工廠へと向かって行った。

 

 

--

 

 工廠に着いた那珂たちは事務室にいた明石と技師たちにこれから行う訓練の仔細を伝え、協力を仰いだ。説明を聞いた明石は一言感想を口にする。

「へぇ~。随分本格的な作戦に近い訓練をするんですね。感心感心!それじゃあお姉さんたちも協力しないわけにはいきませんね。」

「そうね~。初めてじゃないかしら? そういう訓練する五月雨ちゃんや五十鈴ちゃんたちの姿、そういえば見たことないかも。」

 明石に続いて同僚の技師たちも那珂たちの訓練に対する意気込みを察して評価しあう。

 明石の同僚の技師たちが口にした範囲の意味は、最初の五月雨から那珂が着任する直前の艦娘までのそれを指していた。彼女らの言葉を聞いた五月雨や五十鈴らは決まりの悪そうな顔になって明石たちから視線をそらす。それを見た那珂はからかいたくなるが、こらえて乾いた笑みを発するだけにした。

 

 軽く雑談した後、明石と技師らは那珂の依頼どおり訓練に必要とされる機材を準備し始めた。

「訓練用の魚雷を運ぶと言ってましたけど、魚雷発射管のコントロールがないままうっかり海水に浸したら危ないので、信管は生成しないでおきますね。」

 明石の配慮で3Dプリンタで生成された訓練用の魚雷は、エネルギー波を発する装置たる信管が生成されずに組み立てられた、一切爆発しないまさに魚の骨な金属物として那珂たちの前に用意された。

「あ、はーい。ありがとーございます。数もこれくらいで十分です。」

 那珂が代表して感謝を述べた。

 そして一行は出撃用水路まで行き、台車に乗せていた魚雷を小型のボートに積み各々水路から発進していった。

 

 

--

 

 出撃用水路を出て外の桟橋の側で一旦集まった那珂たちは訓練の役割を確認し合った。

「それじゃー最初は川内ちゃんチームが輸送する側ね。神通ちゃんチームは輸送を妨害する側。おっけぃ?」

「「はい。」」

「うー、あたし最初にぼーがいするほうがよかったっぽい~。」

「アハハ。まぁまぁ。交代すればゆうちゃんたちが次は妨害する側だから我慢しよ?」

 夕立の愚痴りに五月雨が眉を下げて乾いた笑いを浮かべながらフォローをした。

 那珂や川内たちも苦笑いしながらも確認を進める。

 

「川内ちゃんたちは海に出て、堤防沿いで準備してね。誰が輸送担当かはその時決めて。輸送担当になった人が3回ペイント弾で被弾するか、ボートを奪われたり魚雷にタッチされたら負けだからね。」

「はーい。」

 川内のけだるい返事が回りに響いた。那珂がウンウンと頷くだけで言葉を発さないでいると、続きの説明は五十鈴がした。

「それじゃ妨害側の神通たちへの確認よ。あなたたちは川内たちがここからいなくなったら話し合って決めてね。それと撃てるペイント弾は一人5発まで。明石さんはえらくたくさんペイント弾用の弾薬エネルギーを補充してくれたけど、決めた回数以上は撃ったらダメよ。いいわね?」

 神通が静かな口調で短く返事をして頷くと、駆逐艦らがそれに続いて返事をした。

 

「それと機銃パーツでの射撃はOKだけど、それは当たり判定にしないからあくまでも補助用ってことで。輸送側も撃っていいけど、あくまで早く輸送するのが目的だから、妨害側を轟沈扱いにするまで時間をかけるのはダメよ。いいわね?」

 引き続きの説明で念を押す。説明が一段落すると、川内を始めとして神通、五月雨たちがそれに続いて意気込みを口にしあう。

「うお~。直前でいざ説明を確認するとドキドキするなぁ~。自分たちで決めたことなんだけど、本当に上手くできるかなぁ?」

「……川内さん、私、負けませんから。」珍しく強気で川内に恐々としながらも鋭い視線をおくる神通。

「ゆうちゃん、ますみちゃん、絶対邪魔してみせるからね。」

「……沈める。」

 五月雨も同じように強気に出て夕立と村雨に言うと不知火も続き、一言だけの尖すぎる決意の言葉を発した。

 

「さみは怖くないけどぬいぬいは本気も本気で怖いっぽい~。でも勝つのはあたしたちだもんね~!」

「絶対避けきって輸送成功させるわ。みてなさいよね~?」

 夕立と村雨も負けじと対抗心をむき出しにして五月雨と不知火に鋭い視線を向けた。

 

 説明と内容の確認の締めくくりは那珂が行なった。

「それじゃー両部隊とも、心の準備はいいかな?1回目だから探りながらで悪いけど、せめて思いっきりやってね。」

「「はい!」」

 川内と神通に続いて駆逐艦の4人が改めて威勢よく返事をした。

 返事の後、川内たちは湾を出て海へ出て堤防に沿って海岸近くまで行き、消波ブロック帯まで行ってそこで3人揃って話し合いをする。川内たちには加わらないが川内側の審判役として五十鈴が数m離れた位置で彼女らの様子を眺めている。

 一方で出撃用水路沿いの桟橋付近に残った神通たちはすでにその場で話し合いを始めていた。神通側の審判役として監視することにした那珂はニマニマしながら数m離れたところにいる3人を眺めていた。否、監視というよりも、後輩や駆逐艦たちのやり方に興味津々で間近で観戦したい、つまりはスポーツ試合の観客の目つきそのものだった。

 


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