翌日、いつも通り那珂と五十鈴そして神通の3人がまず出勤し、川内が遅れてくるという流れが展開された。那珂と五十鈴は朝来てから提督に挨拶すべく執務室に行くと、この日は朝から五月雨がおり、自分たちが普段見る光景がそこにあった。
「おっはよ~二人とも。」
「おはようございます。提督、五月雨。」
那珂と五十鈴が声をかけ、神通がペコリとお辞儀をする。
「あぁおはよう。」
「おはようございます!今日も訓練ですよね?頑張ってくださいね!」
ニコっと微笑んで挨拶を返す提督と元気よくおっとりした口調で挨拶を返してきた五月雨。それだけで那珂は満足だった。
那珂が世間話代わりに昨日の様子を語ったり二人のことを尋ねると、提督と五月雨もそれぞれの事情を語り返してきた。
「そっかぁ。五月雨ちゃんは昨日は防衛省にお使いに行ってたんだぁ。」
「今度の艦娘採用試験の準備の報告をするためにです。提督の代わりに行ってきました!」
冗談交じりに敬礼のポーズを交えてハキッと説明する五月雨。
「へぇ~五月雨ちゃんってば、国に対しても秘書艦の仕事しっかりアピールしてるんだ。すげぇ~。」
「エヘヘ。私なんかまだまだですよ。回りの人大人ばっかでドキドキしてほとんどしゃべれなかったですもん。」
五月雨のどこか頼りなさげだが健気で必死にアピールする説明を聞き、那珂は素直な感想を口にする。それに対して五月雨は照れ混じりに当時の心境を明かした。
その後提督が一言補足した。
「まぁ大本営…防衛省のほうには大淀っていう日本全国のすべての艦娘を束ねる最高位の艦娘がいて、彼女たちがフォローしてくれてるからね。俺としては五月雨が仮にドジ踏んでも安心して任せて行かせることができるんだ。結果として中学生にとってはいい経験になってると思うんだが、どうかな五月雨?」
「エヘヘ……はい!」
「なんかその言い方だと五月雨ちゃんよりも大淀っていう艦娘に安心して任せられるって思えちゃうね~。」
提督と五月雨がまるで親子か歳の離れた兄妹のような雰囲気を醸し出している。その様子を那珂と五十鈴は微笑ましく眺めたが、那珂は細かい所で突っ込むのを忘れない。そのツッコミに提督らは苦笑いするしかなかった。
「ところで、川内と神通の訓練はどうだい?そろそろ2週間経つけど、そろそろ全体の進捗を一旦まとめてくれると助かるな。五十鈴もチェックしてくれているだろうし内容は心配してないけど、あの二人がどれくらい成長したのか気になるんだ。」
提督が気を取り直してそう質問すると、那珂は笑顔で言葉を返した。
「うん。それじゃ今日の訓練が終わったら報告するね。今日提督は遅くまでいる?」
「あぁ。」
「それじゃあその時に。あの二人、けっこー良い感じに仕上がってますぜ、旦那ぁ~。」
「ハハッ。それは楽しみだ。期待してるぞ?」
那珂がふざけた口調で返すと提督はその軽口に乗ってニッコリとして期待を返すのだった。
--
その後4人は工廠に行き、入り口付近のスペースで訓練を確認し合った。
「それじゃあ今日は単体の内容としては最後の訓練。電磁バリアの使い方と防御と回避。それと合わせて実弾を初めて使うよ。」
「ついに本物の砲撃や雷撃ができるってことなんですね。うお~燃えます!」
普段の軽い様子で反応した川内だったが、それを五十鈴に咎められた。
「川内、真剣に取り組んで。バリアで防げるとはいえ、当たる位置や距離・数によっては防ぎきれないことがあるのよ。深海棲艦用の実弾とはいえ人間に当たっても普通に怪我をするわ。それと今日は砲撃がメインじゃなくて、あくまでバリアや回避を練習してもらうんだからね。」
「そーそー。五十鈴ちゃんの言うとおり。まぁ怪我しても近くに海浜病院があるからすぐに診てもらえるけどね。」
「あんたね……そういう問題じゃないでしょ。先輩なんだからもうちょっと言い方ってものを……。」
「はーいはい。わかってますって。それじゃあここからはみんな真面目にやりましょ。明石さんから実弾の説明も聞かなくちゃいけないしね。」
五十鈴にツッコまれた那珂はややぶっきらぼうに返す。そして気を取り直した那珂の号令で3人は気を引き締めた表情をし、那珂に従って工廠内に入っていった。
工廠の事務室内にいた明石にこの日の訓練の内容を伝え、協力を求める那珂。明石は快く承諾して那珂に付いていって川内たちの前に姿を現した。
「そうですか。そろそろ訓練も終盤ですしね。それではみなさんの艤装に本番用の弾薬エネルギーを注入しておきます。それからこういったものを制服や艤装に取り付けてもらいます。那珂ちゃんと五十鈴ちゃんはもう十分知ってますよね?」
そう言って明石が那珂たちに示したのは1片3cmの正方形で裏側はピンブローチ状になっている基盤だった。
「はーい。電磁バリアの受発信機ですよね。」と那珂。
「これが、コアユニットからの信号を受信してバリアを出すんですよね。」と五十鈴。
「はい。二人とも正解です。この基盤は艦娘にとって非常に大事なパーツです。深海棲艦が放つ飛来物全般を有効範囲に入った瞬間にかき消します。このパーツ1機から100~150cm先に直径40cmほどの見えない壁を作り出すそんなイメージです。」
「壁ですか?」と反芻する川内。
「えぇ。といっても本当の壁ではないですよ。レーザーパルスによって電気的に弾や深海棲艦の体液を爆破したりかき消したりする様子がまるで壁のようなものという意味で電磁バリアとなっています。海外の艦娘界隈では単にシールドと呼ばれてますけど。」
「あー!漫画やアニメでよく出てくるバリアってことですよね?あんな感じでなんでも防いだりタックルしてバリアで攻撃したり!?」
明石からざっと説明を聞いた川内は鼻息荒くし自身の趣味で得た知識を口にして詰め寄る。それを両手でなだめつつ明石は訂正のため補足した。
「昔から漫画やアニメ・ゲームでは高機能な電磁バリアが使われてましたし、60~70年ほど前の某航空会社の特許レベルの発明により、軍事技術としての電磁バリアはその後飛躍的に進化してフィクション物のバリアに近づきましたけどね。それでもフィクションのバリアのような効果を期待しないでくださいね。私たち艦娘の電磁バリアは、地上の戦闘で使われる対兵器向けの電磁バリアと違って、未だ生体や攻撃能力の全貌が明かされていない対深海棲艦に特化させている最中の、世界最先端を行くバリバリ最新のバリア技術です。だから今は防げても新手の深海棲艦が現れてまったく未知の攻撃をしてきたら、バリアが効かない可能性は十分にあるんです。」
「それでは……気休めということも?」と神通。
「言葉悪く言ってしまうとそうですね。だから中・遠距離から攻撃して先に撃破を目指したり艤装特有の小回りの効く移動能力で回避することと合わせて身を守る必要があるんです。ですから那珂ちゃんも多分言ってると思いますけど、細かい立ち振舞いをしっかりとね。それから、これはもっとも気をつけるべき注意点です。」
「そ、それって!?」
川内が大げさに驚く仕草をする。川内に釣られて神通はゴクリと唾を飲み込んで聴く姿勢に入る。
「バリアと受発信機は水に弱いんです。一瞬水が触れる程度であればすぐにバリアは再生するので問題ないんですけど、雨天時などの継続して濡れる場合は、バリアは実質消滅します。それから受発信機のバリアを発生させる口はその構造上常にむき出しであるため、濡れるとショートして人体はもちろん、コアユニットにも悪影響を与えて危険が及ぶ可能性があるんです。だから継続して濡れるシーンをコアユニットが検知すると、ショートして不意な事故を防ぐために通電をストップさせます。結果としてバリアが消滅した後、本当にバリアは使えなくなります。」
「そ、そんな弱点が……それじゃあ戦いって晴天の時じゃないとできないじゃないですか!!」
「まぁ戦況によりけりです。那珂ちゃんたちは以前の合同任務で身を持って体験しましたよね?」
明石から確認された那珂と五十鈴は頷いて答えた。
「はい。まーいい経験でしたよ。」
「えぇ。ああいう戦いは貴重でした。」
「ということですので、おふたりとも今後の出撃時では天候にも注意を払ってくださいね。それでは私は先に準備してきちゃいますので、受発信機の取り付け位置は那珂ちゃんに聞いてください。」
「「はい。」」
明石の説明に川内と神通はコクリと頷いた。そう言って明石は右手をプラプラと掲げて一足先にと艤装の準備をしに行った。明石から暗に引き継ぎを受けた那珂はその後明石が運びだしてきた艤装のうちの受発信機を手本として自身の制服や艤装に取り付ける。取り付け見本と説明を見聞きして川内と神通は見よう見まねで取り付け始める。取り付け終わって那珂はポソリと一言言った。
「まぁ今取り付けた位置って、あたしが勝手に考えて付けた場所なんだけどね。」
「えっ!?それ早く言ってくださいよ!!」
「……それじゃあ本当はどこに?」
那珂が後から明かすと川内はすかさずツッコミを入れる。
「あれぇ、二人とも艤装装着者概要見たんじゃないの?川内型は取り付け位置自由なんだよ。あの教科書で取り付け位置説明していたのはあくまでも見本だし、自分の動きやすい位置に取り付けることってちゃんと書いてあるんだけど。」
那珂のあっさりとした説明に川内は訝しげな表情を浮かべて返事を、一方の神通はわかってましたと言わんばかりの頷きをして那珂に返事をし、二人は那珂から教わった通りの取り付け位置のままにしておくことにした。
そして各自の準備が終わり、那珂は号令をかけた。
「それじゃー今日は本物の弾薬エネルギー使って砲撃するから、施設が壊れないようにまた海に行くよ。」
「「はい。」」
そして那珂は念のためということで的を1つ持ち、川内たちを引き連れ海へと出た。
--
堤防前にたどり着いた那珂は川内たちの方を向いて説明を始めた。
「いきなり実弾使ってバリアを確認するのも怖いだろーし、二人は的の攻撃を受けて確認してもらいます。っとその前にあたしと五十鈴ちゃんによるデモを行います。あたしたちをよーく見ておいてね。」
那珂の軽い言い方だが内容に重みのある言葉を受けて川内と神通はゴクリと唾を飲み込んで頷く。那珂は五十鈴に合図を送ったあと堤防から離れた。五十鈴の後ろにいる川内たちから見て25mほどの距離である。那珂は立ち止まったあと叫んだ。
「ホントは60m前後が最適な距離なんだけど、今回はバリアの効果を見せたいから、気持ち距離を縮めたよ!五十鈴ちゃーん、狙えそう?」
「えぇ!問題ないわ!」
五十鈴の返事に那珂は言葉なくOKサインを指で作って示した後、両腕を広げて大の字になってその場に立った。五十鈴はその構えを見届けてから右手に持ったライフルパーツを前方に構える。引き金を引く前にちらりと背後を向いて川内と神通に声をかけた。
「二人とも、私の傍に来なさい。バリアは弾くと火花が散ったような見え方しかしないから。離れてるとわかりづらいわよ。」
「えー、アニメみたいに半透明な障壁が出るわけじゃないんですね……。」
川内はやや残念そうな口調で言って五十鈴のそばに近づいて並んだ。神通も同じように進んで五十鈴の右隣に立つ。
そして五十鈴は照準合わせのため集中した後、那珂めがけて砲撃した。
ドゥ!
バチッ!
五十鈴がライフルパーツの単装砲から撃ち出すと、那珂の右胸のあたりで火花が散った。普通の人間よりも動体視力が良くなっていた川内たちは弾かれたと思われる五十鈴の弾が川内たちから見て左上に流れていったのを確認した。
「す、すごい!!なんか那珂さんの正面で弾が火花散らしてどっか飛んでいった!今のがバリアなんですか!?」
「えぇ。」
五十鈴がそう返すと川内と神通は呆けた様子で那珂のほうを見返した。ほどなくして那珂がスピードをあげて五十鈴の前に戻ってくる。
「どおだった?ちゃんと弾かれてあたしは無傷だってことわかったでしょ?」
「す、すごいですよ艦娘って!普通に最強の戦士じゃないですか!?地上でも戦えちゃうんじゃ!」
興奮気味に川内は那珂や五十鈴に迫り寄る。
「それは無理よ。明石さんも言ってたでしょ。普通の銃撃や爆撃に対抗できるわけじゃないって。」
五十鈴が素早く突っ込むと川内はおどけて返した。
「いやぁ、わかってますけど、どうしてもそう見えちゃいませんか?」
「アハハ、気持ちはわかるよ。こんなスーパーパワーとバリアを体験したら気持ち高ぶっちゃうよねぇ。川内ちゃんならある意味憧れでしょ?漫画やアニメみたいなヒロインって。」
那珂がそう言うと川内は何度も頷いて那珂の例えを肯定する。
「はい!そりゃあもう!あたしも早く弾いてみたい!ねぇねぇ那珂さん!次あたしたちにやらせてよ!」
「まぁまぁ。次はあたしが五十鈴ちゃんを撃つ番だから、それを見てからね?」
せがむ川内をなだめて那珂は五十鈴の近くに寄り、肩を叩いて合図をした。
そして那珂と五十鈴はバリアのデモのため再び二人で構える準備をし始めた。
「それじゃー今度はあたしが五十鈴ちゃんを撃つ番だけど、だいじょーぶかな?」
「えぇ。どんどん来なさいな。」
五十鈴が胸を軽く叩いて弾ませて自信満々に言うと、那珂は提案する。
「じゃあね~、バリアの効果をもっとはっきり見せたいからさぁ、連続して撃ちこんでいい?」
「え? えぇ……別にいいけど、桁外れの連続砲撃なんてしないでよ?それだけはお願いよ?」
「はいはいわかってますって。那珂ちゃんその約束は守りまーす。"砲撃"はしませーん。だから五十鈴ちゃんはさっさと定位置についてよね。」
那珂の軽い返事のイントネーションに一抹の不安を残しつつも、五十鈴は先程那珂が立っていた約25mの位置に移動した。
--
「それじゃー!五十鈴ちゃーん。胸から腰にかけて連続で狙うよー!覚悟はいーい?」
五十鈴が25m位置に着いたのを確認した那珂は単装砲と連装砲、そして機銃を装着していない右腕を挙げて合図をした。五十鈴は言葉なく左手でOKサインを掲げて合図をし返す。それを受けて那珂は左腕を正面に横一文字で構え、そして掛け声とともに撃ち始めた。
「そりゃ!!」
ガガガガガガガッ
那珂の左腕から放たれたのは単装砲でも連装砲でもなく、連射性の非常に高い機銃パーツだった。那珂が4番目の端子に装着した連装機銃からの高速な射撃が五十鈴の胸元を襲う。
撃たれた五十鈴は単装砲か連装砲による連続砲撃が来ると思っていたため、想像だにしなかった弾幕に思わず少しのけぞって驚きを表す。
「ちょっ!!」
しかし五十鈴の驚きは3~4秒で収まり、姿勢をまっすぐに戻す。そんな五十鈴を左腕の機銃で5秒ほど撃ち続ける那珂。機銃から放たれたエネルギー弾は実弾換算してゆうに100発を超え、五十鈴の胸の前100cmでバチバチと弾かれて四方八方に散らばっている。やがて那珂は左手の親指をトリガースイッチから離して機銃掃射を止めた。
「とまあこんな感じで、連続の射撃だって弾きます。」
那珂は後ろを振り向いて川内たちに右掌で五十鈴を指し示した。川内と神通はつい先刻那珂が五十鈴の砲撃を弾いたのを見ていたにも関わらず、今回五十鈴が弾いた様に呆気にとられていた。
「な、なんか……激しすぎてまさにバリア様様って感じですね。」
「あの……五十鈴さん、本当に無事なんでしょうか?」
まだ五十鈴が那珂の側に戻ってきていないがゆえに心配をする神通。那珂はその回答に含んだニコニコとした笑顔になって返す。
「ん~。ぜ~んぜん問題なし。多分分かりやすいリアクションしてくるから無事ってわかるよ。」
ほどなくして3人の側まで戻ってきた五十鈴は那珂に詰め寄って期待通りの反応をした。
「ちょっとあんたね!機銃で撃つなんて聞いてないわよ!!」
五十鈴の抗議に那珂は手を後頭部で組んで至って平静に、そして白々しい口調で返す。
「え~?あたし主砲で砲撃するとか言った覚えないんだけど~?」
「くっ。あんたのことだから主砲パーツ全部使って連射するのかと勘ぐっちゃったじゃないのよ!」
「五十鈴ちゃんの勝手な想像で怒らないでほし~な~。それにホラ。」
「キャッ!」
言い返しながら那珂は不意に五十鈴の太ももに顔と右手を近づけ、人差し指で絶対領域となる素肌の部分から制服のオーバーニーソックスの膝上までをツツッと撫でる。いきなりの那珂の行為に悲鳴をあげて五十鈴はバックステップして那珂から離れる。そんな反応を気にせず那珂はすかさず言った。
「仮にふとももに当たっても、五十鈴ちゃんの制服も特殊加工されてるだろーから機銃の弾くらいはびくともしないでsh
「あ、あんたねぇ!!なんの脈絡もなくそういうことするのやめなさいよ!女同士とはいえセクハラよ!!」
那珂の突飛な行為に思わずビンタを食らわそうと左手を振りかぶる五十鈴。その様子に本気の色が伺えた那珂は素で焦って両手で制止の仕草をしながら弁解の言を何度も発する。
「ゴ、ゴメン!ごめん!同調した状態でのフルパワービンタはマジ勘弁して!那珂ちゃんの首の骨折れるどころか頭が吹っ飛ぶよぉ~!」
「あんたねぇ……二人の先輩でしょ?自分の学校の生徒会長でしょ?なんでそーいうこと平気でできるのよ! ほんっと信じらんないわ。」
五十鈴も本気で那珂の頬を叩くつもりはないため、寸止めに近い状態で止め手を下ろす。ライフルパーツを片手にもう片方の手を腰に当てて俯いて五十鈴は深くため息を付いた。
「ア、アハハ……ゴメンってばぁ。訓練の日々に一つの清涼剤を…あ、マジゴメンなさい。デコピンも今のあたしたちにはマジな大ダメージですよね? そ、それにさ、一応制服の特殊加工ってのも一度は確認したいでしょ?それをそれとなーく表しただけでそれ以上の意味はないよ?」
那珂は途中で額を抑えながらも必死に弁解して五十鈴に説明する。五十鈴は渋々納得の意を見せ、那珂の言葉を飲み込むことにした。
二人の側に立っていた川内と神通は先輩の奇行を目の当たりにし、目を点にして呆然とするしか出来ないでいた。
--
「そ、それじゃーさ五十鈴ちゃん。お詫びを兼ねて、あたしのスカート辺りに砲撃して。ここの受発信機取り除いておくから。」
「……別にお詫びでなんていいわよ。」
五十鈴の声の温度が2~3度は下がっているであろうと感じられたため、前置き含めて那珂は真面目モードに切り替える。
「じゃあ真面目な話、あたしたちの制服の特殊加工も確認させたいの。引き続き協力して?」
「はぁ……わかったわ。」
五十鈴の承諾を得た那珂は視線と身体の向きを川内たちの方へ向きなおして再び言った。
「制服が支給される艦娘の制服はね、誤爆や誤射されて万が一バリアを突き抜けても平気なように、あたしたち自身の攻撃を完全に掻き消すことができます。それは艤装を開発した人たちが一から十までわかっているからこそなんだろーと思うけどね。」
「あの……深海棲艦の攻撃は……どうなのでしょうか?」
神通から間髪入れずに質問を受けた那珂は素早く返す。
「うん。神通ちゃん良い質問です。さすがに深海棲艦の攻撃も全てが全て掻き消すということはできません。でもバリアほど強力じゃあないけど、多少の衝撃や火とか酸なら十分耐えられるくらいには守られます。制服のない艦娘はちょっとかわいそうだけど、そういう艦娘はバリアの受発信機を多めに取り付けるたりとか、多分それなりの考慮がされているはずです。あたしたちのように制服がある艦娘は、バリアと制服で2段階で守られていることになります。」
那珂の真面目な説明に川内と神通はなるほどとコクコク頷く。
そう言い終わるが早いか那珂はスカートの中に手を入れ、裏地に取り付けていたバリアの受発信機のピンを抜いて取り外す。証明のために那珂が手の平をパッと開くと、受発信機が1個転がっていた。
五十鈴たちの反応を待つこと無く那珂は反転しながら五十鈴に声をかけて遠ざかっていく。
「それじゃー五十鈴ちゃん、スカートのここらへんに砲撃1回お願いね?あたしもビビるから機銃掃射はなしだよ?」
「わかったけど……ちょっとあんた、そんな短い距離でいいのー?」
「だってー、スカートにピンポイントに当ててもらいたいんだもーん!サクッと当てやすくサービスでーす!」
五十鈴が十数m程度しか離れていない那珂に尋ねると、那珂は軽い調子で答える。その発言に一瞬自身の砲撃精度が疑われているのではと余計な疑問を持ったが、必要以上に気にする必要もないだろう。そう雰囲気が感じられたため、相槌の代わりにスッと構えてみせた。
「それじゃあやるけど……川内と神通。よく見てなさい。私たち艦娘の制服に直接当たるとどうなるかってことを。」
「「はい。」」
川内と神通はゴクリと固唾を呑んで那珂を見守る。
そして五十鈴はライフルパーツを構え、先刻と同じく単装砲で那珂の左太ももにあたるスカート部分めがけて砲撃した。
ドゥ!
パァン!!
「ぐっ……!」
那珂のスカートの左側のたわみに当たった単装砲のエネルギー弾は衣服の皺によってぐにゃりと一瞬変化した後、四散して消滅した。水面に向かったエネルギー弾の欠片が小さい水柱を上げる。当の本人には命中時の衝撃と僅かな熱が残り、太ももに伝わっていた。五十鈴、そして後輩二人の手前、よろこけて転ぶなどというみっともない姿を晒したくないところだが、思わず1歩左足が退る。その顔には苦々しい表情が浮かんでいた。
右足も一歩後退させて体勢を戻した後、弾を弾いたスカート部分を両手でパタパタと叩いて整える。その様子を見ていた五十鈴や川内たちが遠巻きに声をかけた。
「那珂さぁーん!大丈夫ですかぁー!?」
「うん!ダイジョブじょぶ!」
川内が先に声をかけると那珂は移動しながら返事をする。
五十鈴たちに近くに戻ってきた那珂が弾が命中した部分のスカートを掴んでたくし上げてみせた。川内と神通は身をかがめてその部分に顔を近づけて凝視する。
「ホラ。こんな感じ。」
「へぇ~。なんとなく焦げっていうか汚れがあるけどそれ以外はなんもないや。」
「あの……衝撃があったように見えましたが?」
見たままの状態に素直に感心する川内とは違い、神通は観察していて気づいた違和感を口にする。
「おぉ!神通ちゃんはさっすが。隠せないねぇ。そーなの、すっごく痛いってわけじゃないんだけど当たった時の衝撃は確かにあったよ。それからちょっと熱かった。けどやけどってほどまではいかなかったよ、ホラ。」
そう言ってスカートをギリギリまでたくし上げて3人にふとももの素肌を見せて示した。その思い切りの良さに五十鈴と神通はドキリとする。まったく気にせずにいる川内だけが那珂の仕草に普通に応対してみせる。
「お~。確かになんともなってない。へぇ~!艦娘の制服って普通の服みたいなのにやっぱ最新技術を集めて作られてるんですね~すっごいわ。」
「こんな感じで、実弾が当たっても大体は防げます。ホントなら深海棲艦の攻撃受けて本当のホントのところを確かめたいところだけど……攻撃は最大の防御なりだし、なるべくなら攻撃受けないほうがいいしね。それじゃあ二人に実際に体験してもらおっか。」
「やったぁ!あたし最初でいいですか?」
那珂が促すと手を上げて身を乗り出す川内。一方の神通は背を丸めて小さく縮こまっている。そんな二人を見て那珂はニンマリと微笑みかけて言った。
「それじゃー川内ちゃんが最初ね。神通ちゃんは川内ちゃんがやられるところしっかり見て覚悟しといてね。」
「うぇ!?……はい。」
神通は攻撃を受け止めなければいけないというこれからの出来事に不安を隠せないでいる。それは那珂にもすぐに伝わった。しかし特に何とフォローの言葉を投げかけるわけでもなく、そのままプレッシャーとさせた。
--
那珂は訓練開始直前に言ったとおり、川内と神通のために先日から使用している自律型の的を今回も使うことにした。的の動作モードは位置固定モードで、応戦オプションを設定した。そしてターゲットを決めるため、那珂は川内を的の近くに招き、撮影し認識させる。そして的を掴んで25mほど先に持って行き、おもむろに投げ放って川内たちの側に戻った。
「それじゃ川内ちゃん始めるよ。的は川内ちゃんめがけて訓練用の弾薬エネルギーの弾を撃ってくるから、それをバリアの受発信機を付けた正面で受け止める感じで色々体勢を変えてバリアで弾いてみてね。」
「はい。」
川内は返事をした後、那珂の指示どおり8mほど進んだポイントで立ち止まり、やや足幅を広げて的の砲撃を受け止める体勢になる。心構えも万全だ。
「そいや!それじゃあどんとこい!」
両腕を真横に伸ばした後叫んだ川内の掛け声は的に聞こえたわけではないが、タイミング良く川内の言葉の直後に砲撃が始まった。
ドゥ!
バァン!!
「うあっ!?」
的から放たれた砲撃のエネルギー弾は川内の胸の前100cmの宙で弾かれて四散した。目の前で強制的に見せられた一瞬の火花に川内はのけぞって思わず驚いて変な声をあげる。一方で那珂たちと一緒にいた神通も、離れているにもかかわらずビクッと上半身を揺らして驚きの反応を示す。
「おぉ!本当にバリアってあるんだぁ!すっごーい。あたし最強だわ。えぇと、今胸元のバリアで弾いたから……例えばスカートの前とか肩の辺りのバリアでも防げるはずだよねぇ。」
すぐに驚きを収めて川内は棒立ちから体勢を変えて的の砲撃を受け止め始める。肩を前にしたり、背面を向いて左側面の腰から尻にかけてのスカート部分など、各部のバリアで砲撃を受け止める。いずれもバリアによって的の全ての砲撃を目の前100cmあたりで弾いていた。
最後に川内は受発信機をつけていない手の平で砲撃の弾を受けることにした。これまでの数回で的からの砲撃の角度や威力はほぼ把握していた。右掌を前に突き出し、身体は横を向く状態になる。
ドゥ!
バチッ!!
的からの砲撃は川内の右掌で四散してすぐに消滅する。しかし手のひらに衝撃と熱がしっかり残る。しかし全く耐えられないというわけではない。そう感じた川内はふいに中学生の頃にやったことのある、飛んできた軟式ボールを素手で掴んで掌を思い切り擦りむいて怪我をしたことを思い出した。それに比べれば今はグローブ、それもただのグローブではないそれを身につけているために痛くはなく、痒みを感じる程度だ。
砲撃の衝撃を右手に一身に受けたため、その衝撃が右手から上半身、そして両足と伝わって流れていく。よろけて海面に尻餅をついてうっかり溺れかけるがすぐに立ち上がって今の状態を思い返す。
「つぅ……。痛くはないけどびっくりして痛く感じるなぁ~。……でもできたできた。」
川内は右手だけで弾を受けて弾いた自分の行為に、漫画に登場するヒーローの様を重ねる。最後に尻もちさえつかなければ完璧だと悔やむが、すぐに気持ちは切り替わり次の砲撃に備える。
「……今の川内のアレはなんなのかしら?」
と五十鈴が真っ先に開口して誰へともなしに尋ねる。
「多分ゲームか漫画のキャラっぽく受け止めたかったんだと思うよ。まぁいろんな部位で試そーとする発想はさすが川内ちゃんらしいや。」
那珂は川内の行動力と発想力に感心を示すと五十鈴もコクリと頷いた。
その後的の砲撃を十数発受け止めて弾いたりかき消した川内は満足し、那珂に中断を求める。
「いろいろ試してだいぶ感覚つかめたようだねぇ。」
「はい!あー楽しかった!本当の深海棲艦の攻撃もこうやって全て無効化できたらいいのにな~実際にやってみないとわからないってのがなんとももどかしいけど、まぁいいや。それじゃあ次は神通の番だよね?」
川内は返事をして感想を述べ終わった後、神通に視線を向けて促した。促された神通は一瞬ビクッとこわばらせ、ゴクリとつばを飲み込んだあと、心構えを口にした。
「……や、やれるだけやってみます。」
「うんうん。それじゃターゲット設定するから一緒に来て。」
那珂は手招きをして神通を一緒に的の側まで来させ、川内の時のように撮影してターゲット設定させて定位置に付かせた。川内の時とほぼ同じポイントに立った神通は両腕を胸の前でギュッとくっつけて身をこわばらせる。その表情には初めて攻撃を受けるということにいまだ覚悟が決まっていない、不安と恐怖が混ざっていた。
--
神通がひたすら身をこわばらせて背を丸めて縮こまっていると、的は動作が完全に軌道に乗ったのか、砲撃体勢に入った。遠巻きではその様子はなんとなく形が変わった程度にしか認識できない。神通が今か今かと不安で頭がクラクラしてきたところ、的の砲撃が始まった。
ズドッ!
バチッ
「ひぐっ!?」
的は神通から15mほど前方ではあったが、砲撃音がしてから1秒経たないうちに神通の前で火花を散らして四散した。エネルギー弾の光がいくつかに分かれて自身の目の前で上空や海面に当って消える様を見て神通は未だ恐怖と不安に支配されていたが、確かに自分に当たらずに砲撃を防げた事実に、心の奥底に光が灯ったような不思議な安堵感を得た。
そのまま身を縮込めていると、再び的の砲撃が行われた。2回、3回、4回と続けてバリアが弾を弾くのを目の当たりにし、神通はようやく姿勢をまっすぐに向ける覚悟ができた。いざ決心した神通は次の砲撃が来る前にゆっくりと、しかし動作のつなぎ目では機敏に身体を動かして正面を向く。今までは身をかがめてたがゆえに右肩付近のバリアで受け止めていたが、今度は真正面の胸元の受発信機から発せられるバリアで受け止めてみせる、そう神通は決めた。
そして的の次の砲撃が来た。
ドゥ!
バチッ!
胸の前方100cmあたりで弾が弾かれて散らばる。それはこれまで4~5回目の当たりにした光景だが、今回神通が真正面を向き顔をそむけずにはっきり見た光景である。とはいえ目の前で散った火花に驚いて上半身を仰け反らせるが、目だけは閉じずに見開いていた。
そこで安心した神通は緊張の糸が途切れる。ホッと一息ついた直後、的の不意の砲撃に完全に不意を突かれた形となって後ろへ飛びのく。そのままの勢いで海面に尻餅をついてそのまま下半身を濡らしてしまった。
立ち上がった神通は後ろにいた那珂のほうを向き、慌てて停止の意思を示す。那珂はそれを確認して目線だけでOKを出し、的に近づいていって動作を停止させた。
--
「二人ともどうだったかな?」
那珂が川内たちの前で腰に手を当てて笑顔で尋ねる。それを受けて二人は思い思いの返事をする。先に口を開いたのは川内だった。
「はい。最初はビビったけどもう慣れました。バリアってけっこー面白いですねぇ。早く実弾食らってみたいです。」
「わ……私は正面向くので精一杯でした。まだ怖いので実弾はちょっと……。」
「うんうん。それじゃあお望みどおりもうワンショット行ってみよっか。」
その後那珂は二人に指示を与えた。川内は那珂と組んで実弾を撃ちあってバリアで弾く・制服で掻き消す確認を、まだ完全に恐怖心が消えていない神通には五十鈴が監督として付き、引き続き的の砲撃をバリアや制服で受けて確認することになった。
--
川内の度胸に那珂は目を見張るものを感じる。かなり早い段階で自身の砲撃・射撃を平然と、かつ様々な体勢で受け止めて確認している。その様をみて那珂は満足気に頷いて彼女の実弾訓練を締めることにした。
対して神通はその後も数分間は的からの砲撃を受け止め続ける。2回、3回と的の砲撃が神通の正面を襲う。最初こそ神通はバリアが弾を弾く際にいちいちビクッとのけぞらせるが極力真っ直ぐな姿勢を心がけていた。その成果があったのか神通は次第にその通りの真っ直ぐな姿勢を維持できるようになっていく。
その心意気を五十鈴が気づいて察するのは容易かった。五十鈴から見る神通は、鈍速ではあるが回を経るごとに着実に前回から上書き保存されて中身が膨れ上がり、成長を重ねているように見えた。
これならば大丈夫だろう。そう捉えた五十鈴は一言かけた。
五十鈴から合格の意の言葉をもらった神通はほっと胸をなでおろす。五十鈴が的の動作を停止させて戻ってくると、神通は次なる訓練を願い出た。
「あの……五十鈴さん。私も、実弾でバリアや制服を確認したいです。」
その後神通と五十鈴はお互い真向かい14~15mほどに立ち合った。五十鈴はすでに実弾で那珂を撃っていたためライフルパーツの単装砲パーツは温まっている。対して神通はこの日初めて自身の主砲パーツ、そして艤装に注入された本番用の弾薬エネルギーを使うことになる。
ならしが必要と判断した五十鈴は神通に指示した。
「先に撃っていいわよ。私のバリアはここやこのあたりにあるから適当に狙っていいわよ。遠慮しないで。」
そう言って五十鈴が神通に示した部分は、ロンググローブやオーバーニーソックスの端に取り付けた受発信機で守られている。バリアが唯一存在せず、制服で守られている部分は前腕部だけだ。
五十鈴のバリアの位置を確認した神通は指示に従い、砲撃し始めた。五十鈴は那珂や川内と同じように一切ピクリともせずに神通の砲撃を受け止め、バリアで弾く。途中で神通がわざと狙い定めた前腕部も、グローブの特殊加工の生地でもって腕をブンと振られた勢いで弾をかき消された。
ひとしきり神通に撃たせた五十鈴は合図をして砲撃を止めさせ、説明を始めた。
「これから実際の戦闘で使われる本番用の弾薬エネルギー、いわゆる実弾であなたを撃つけど、心の準備は大丈夫かしら?」
「……はい。だ、大丈夫だと思います。」
ややどもりはしたが神通はその意欲を伝える。五十鈴はそれを見てコクっと頷いて承諾した。
神通のバリアの位置は那珂のそれを参考に受発信機を取り付けたため、ほとんど同一である。それを確認して五十鈴は神通の胸や肩、大腿部を狙う。
神通はその決意はしてみたが本物のエネルギー弾という事実に姿勢の悪さをぶり返す。
「ちょっと神通。また姿勢が。もっとシャキッとして受け止めなさい。」
「で、でも……やっぱり怖い、です。」
その言葉に五十鈴はため息を大きくついて肩をガクリと落とす。
「あのねぇ。水上移動の時もそうだけれど、姿勢良くして真正面から受け止めないと変な場所に当たって危ないのよ?」
「そ、それはわかります。わかってるんですけど……。」
「それじゃあ腕や足だけでいいから。少しずつ進めましょう。」
「はい。」
五十鈴の言葉どおり、その後の神通の身体はグローブや足の艤装・主機に取り付けたバリアが反応して実弾を弾くという光景が数回続いた。さすがの神通も手や足の先であればもはや驚くことなく、平静を保つことができるようになる。
「ふぅ……。一通り撃ち込んだけど、ひとまずOKと言っておくわ。」
「わかりました。」
そう返事をする神通の表情は、まゆをわずかにひそめて皺を作り口を強くつぐませている。
このまま終わる気は毛頭ない神通は言おうかどうか迷っていた。自分に度胸が足りないばかりに先輩に手間と面倒をかけてしまう。どうせかけるならポジティブ方面にかけて評価をもらって終わりたい。
「あ、あの!」
変わってみせる、その決意を思い出した神通は意を決した。今さっき五十鈴からもらった仮初の合格を取り消してもらい、実弾を用いた訓練の続きを願い出た。
「えぇ、わかったわ。」
神通の依頼に五十鈴はキリッとした笑みを浮かべて快く承諾する。
その後神通はまず腕や足の先、前腕やスネ、太もも、そしてスカート部分と繰り返し砲撃を受け止め、次第に身体の中心たる体幹にたどり着く。そしてようやく真正面、胸元のバリアや制服自体で砲撃のエネルギー弾を受け止めた。その感覚を忘れないよう数回さらに繰り返す。
「うん。今度こそ大丈夫そうね。まだ多少のけぞったりするけど……それっ。」
ドゥ!
パァン!
「……言いながら撃つの、やめて……いただけますか?」
「うふふ。ゴメンなさいね。こうして不意を突かれた時にしっかり対処できるように……ね?」
「(むー)」
評価を口にしながら五十鈴が撃ってきた弾を右腕のロンググローブで受け止める。さすがに完全な不意打ちなので言われるそばからのけぞってしまう。しかしもはや必要以上に驚いて身をかがめて妙な体勢の防御になることはない。
冷静に受け止めて弾くことはできたし、五十鈴の言い訳にも納得できたが、なんとなくスッキリしない。せめてもの抵抗で頬を膨らませて五十鈴に睨みをきかせる神通だった。
神通はようやく五十鈴から完全な合格サインをもらうことができた。
--
「よ~っし!二人とも、午前はここまでにしよっか。」
「「はい。」」
那珂が合図をすると二人とも返事をして近づいてきた。今までならばどうだったかなと尋ねていたところだが、今回は尋ねるつもりはなかった。もはやいちいち聞かなくても十分だろう。そう那珂は判断して、側まで来た二人にただ晴れやかな笑顔を向けるに留めた。