同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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艦載機訓練

 午後の訓練開始時間になり、那珂はだらけていた川内と神通に号令をかける。

「さーて、今日の午後はお待ちかねかどうかわからないけど、艦載機の操作をやってもらうよ。」

「おー、艦載機!面白そうだけど難しそー。」

「……(コクコク)」

「直接戦うための道具じゃないけど、地味に重要だから二人ともぜひしっかり覚えてね。」

「「はい。」」

 

 

 工廠に足を運んだ4人は技師らから艦載機のサンプル機を受け取り、必要なパーツを持ってプールへと向かった。

 この日は非常にカラッとした典型的な夏の晴天日で夕方に差し掛かっているにもかかわらず、普段よりも気温が高さを保ったままだった。4人はやや早足になってプール施設の小屋に駆け込む。

 しかし雲一つない天候のため、偵察機から見る景色には期待を持つことができそうだと那珂は感じていた。

 そしてプールサイドに上がって来た4人。那珂は3人に指示をだして艦載機と発艦レーンのパーツを並べさせる。川内たちはもちろんだが、五十鈴も監督役とはいえ那珂の指示に従い作業をする。

 

「それじゃあ始めるよ。」

「「はい。」」

 

 今回は那珂自身も発艦レーンを装着した。右腕の4番目の端子につけ、それ以外は何も付けないという状態である。先輩が装着したのを見てから川内と神通も取り付け始める。二人はレーンの他に先ほどの訓練時からつけていた連装砲、単装砲パーツをつけたままであったため、別の腕のカバーの端子につけた。

 那珂は颯爽とプールの上に立ち、少し距離を開けてから川内たちの方を向いて説明を再開した。

 

「まずはあたしが使うところ見せるから見ててね。てかあたしも十分慣れてるわけじゃないから、使ってる時は話しかけないでくれると助かるかな。」

 那珂の最後のお願いに川内たち3人は頭に?を浮かべて呆けた様子で那珂を見る。那珂自身も自分の伝えたい意図は伝わっていないだろうなと察していたがあえて説明を加えずに艦載機の発艦の準備を進めた。

 

 那珂が手に掴んだ艦載機は7インチのタブレットほどの大きさの偵察機だった。右腕の水平に伸ばし、それを左手で右腕の発艦レーンに乗せてその向く先を少しずつ調整する。そして4番目の端子のスイッチを押しながらトリガースイッチを押した。

 偵察機は小さい音ではあるが本物の飛行機さながらのエンジン音を響かせた後、那珂のカタパルト上で助走をつけたあとスゥっと宙へ飛び立った。

 

「おぉ~~!!すっごーーい!!」

「……!!」

 川内と神通は主砲パーツのデモを見た時以上の感動を口ぶりから態度から何から何まで身体を使って表現する。

 那珂はチラリとだけ見てすぐに艦載機のコントロールに集中する。その実、那珂は普段の口調でのおしゃべり・茶化しをするのと艦載機のコントロールを同時にできるほどの余裕がなかった。川内たちはそれに気がついていないためその後も感動を違う表現で表し続ける。

 

 那珂は偵察機を飛ばした後、頭の中と右目の視界にぼんやりと自分の目線ではない景色が混じってくるのを感じた。偵察機が軌道に乗った証拠だった。頭を僅かに動かして偵察機を見上げながら方向転換のイメージをする。すると偵察機は那珂が頭に思い描いたとおりに方向転換をし、プールを離れて工廠との間の湾に向かっていく。

「おわ!?偵察機どこまで行くんだろ?那珂さーん!あれどこまで飛ばすつもりですかぁ~?」

 川内が質問をすると、那珂は右まぶたを下げて頬を釣り上げ、顔の半分を僅かに歪めながら川内の方を向いて答えた。

「う、うん。今、海の方へ向かっていってるから……、浜辺を……少し回って工廠の上を通って戻すつもり。」

 

 那珂の説明どおり、偵察機は浜辺の上空を飛び、グラウンドの手前までにゆっくり方向転換をして工廠の敷地の上を飛び進んでいく。やがて偵察機は川内たちの位置からはっきりと見える空に姿を表した。

「すごい……。ラジコンみたいなリモコンを使わないで……こんなことが。」

 神通が具体例を上げて感想を述べるとその言葉に川内は頷く。

 

 那珂は続いて偵察機の高度を下げるイメージをし始めた。着艦させるためだ。そのイメージの後、着艦することを強くイメージしながら再び右腕を水平に伸ばして偵察機が完全に降りてくるのを待った。あとは着艦の指示を受けた偵察機は自動で那珂の右腕にあるレーンへと戻る。自分の意識から外れた動作をしたことを確認すると、那珂はようやく表情を柔らかくして思考を自分だけのものに戻した。

 偵察機はスピードを急激に落として那珂のレーンへとコツンと乗って停止した。最後のほうはエンジンはすでに停止していたため勢いはすでに殺されておりレーンの端で綺麗に止まった。

 那珂は偵察機が完全に止まったのを確認してからそれを左手で掴みあげ、ふぅ…と一息ついた。

 

【挿絵表示】

 

「とまあ、こんな感じで動かすことができます。」

「すっげーーぃ!那珂さんすごい!あたしたちもそんなことができるんですねぇ~。」

「あの…那珂さん?一つよろしいですか?」

「うん?なぁに神通ちゃん。」

 

 素直に驚き感動する川内とは異なり、すでに感動が落ち着いていた神通は別のことが気になっていた。

「さきほどまで那珂さん、私達の呼びかけに鈍い反応でしたけれど、あれは一体?何か……あったのですか?」

「さすがは神通ちゃん。絶妙に鋭いなぁ。」

 那珂はプールを進み、川内たちのいるプールサイドへと戻ってきたのち言葉を続けた。

「今さっきまであたしの右目にはね、あたしが見ている光景とは別の景色が半透明な感じで見えてたの。2つの景色を同時に見てる感じ。だから3人を見ながら偵察機の景色を見て、あっちを操作しなきゃいけないっていうことになって手一杯でね。あたしも慣れてるわけじゃないからさすがにおしゃべりの方まで気が向かなかったの。」

「そ、それって……どのような感じなのですか?」

「うーーん。口で説明するのはちょっとめんどいなぁ。てかやってもらったほうが一番わかり易いと思う。初めてやるときはびっくりして艦載機のコントロール狂っちゃうかもしれないから、二人はしばらくは余計なことせずにとにかく飛ばすことだけを意識しよっか。」

「「はい。」」

 那珂の伝えたい事がいまいちイメージ出来ない二人は那珂の言葉の最後に同意を示し、それ以上は質問せずに頷いた。

 

 

--

 

 川内と神通もそれぞれ近くにあった偵察機をレーンに乗せ始めた。

「これって普通に乗せるだけでいいんですか?」川内が真っ先に質問をした。

「レーンの端にコネクタっぽい丸いマークがあるでしょ?それ磁石になっててね、それに近づければ艦載機はきっちり止まるよ。だからサッと使いたい時でも簡単~。」

「あ~その磁石みたいなのがカタパルトってわけっすね?」

「そーだよ。川内ちゃん復習よくできました!」

「エヘヘ~。それほどでも。」

 那珂に褒められて川内は破顔させる。そして那珂が実際に試させるよう促すと、二人はすぐさま試し始めた。二人がそれぞれ手に取った偵察機を乗せると、磁力によって偵察機が綺麗に定位置に収まる。

「飛ばすときはね、砲撃のときみたいにただスイッチ押すだけじゃなくて、水上移動するときのように強くイメージするの。偵察機が浮上するところとか、飛び立った後に飛ぶ軌道を調整することとか。きちんと艦載機がコントロールできると、レーンを装備した方の目の視界に艦載機のカメラからの光景が浮かんでくるよ。」

「う~~。なんか怖いけど、とにかくやってみるしかないですよね。よっし、やるぞー!」

 川内のセリフに黙って頷く神通。準備は二人共整った。

 

 二人は同調を開始したあと、プールの水面を少し前進し立ち止まる。わずかに足幅を開けてバランスよく立ちそして二人とも望むタイミングでカタパルトを取り付けた方の腕を前方に伸ばし、掴んでいた艦載機をレーンに乗せた。

 那珂はあえて言葉をかけなかった。すでに二人のタイミングにすべてを任せる考えのためだ。

 川内は深呼吸をする。それを横目で見た神通もつられて短めに深呼吸をしたあと、レーンを取り付けた端子のスイッチを押した。ほぼ同時に川内も取り付けた端子に対応するスイッチを押す。それをする手前、二人とも頭の中ではすでに偵察機が走りだして空を飛び始めるイメージを描いていた。

 そしてトリガースイッチを押した二人の腕の発艦レーンから、さきほどの那珂の時と似たような小さなエンジン音がしはじめる。それぞれ違うスピードではあるが偵察機はレーンを進み始め、ついに川内と神通の腕から離れて空へと駆けて行った。

 

 

--

 

((うっ……右目が……。これが那珂さんの言ってた偵察機からの映像ってやつかぁ。))

 川内はほどなくして右目に水上とは違う、空から見た光景が浮かんできたのに気がついた。彼女は右腕のグローブカバーにレーンを取り付けていたためだ。那珂の言っていたとおり川内は激しい違和感に襲われ、頭が混乱しはじめる。頭を振ってもそれは拭い去ることができず、思考がこんがらがって発狂数秒前といえる状態になった。

 

「うあぁ!! ダメだあたし……!」

 川内は右目を閉じ、集中力を欠いてしまい、精神状態を激しく乱してしまった。当然偵察機を操作するほどの思考の余裕はなくなっている。そのため川内が発した偵察機は急激に高度を下げて落ちてくる。偵察機がプールの水面に落ちる前に川内は水面に膝立ちするようにしゃがみこんでしまった。当然ひざなど素肌であり、浮力が発しているわけではないのですぐに下半身半分を水中に落とす。川内の片足はもちろんのこと、久しぶりに下半身までずぶ濡れになってしまっていた。

 

 

--

 

 崩れ落ちる川内を横目で見た神通だったが、優先度は親友への気にかけよりも自分の放った偵察機のコントロールのほうが上だった。そのため彼女は操作に再び集中する。

 神通は左腕から偵察機を放ったため左目の視界に偵察機からの映像が飛び込んで来た。右目を閉じ、左目に見える「映像」に集中する。目の前にはプールの水面が見えているはずなのに空から見下ろした光景が半透明になって見える。テレビなどでこのような特殊な映像を見たことがあったが、それが現実に見えるとここまで頭が混乱するものなのかと驚きつつもどうにか偵察機をコントロールし続ける。川内とは違い、彼女は未だ問題なく操作できている。

 

「へぇ~。」

「ねぇ川内倒れたわよ?助けに行かなくていいの!?」

「うん。」

「うんってあんた……。」

「実践中なんだから。邪魔したらダメ。」

 五十鈴は倒れこんだ川内が気になって仕方ない様子を見せて助けに行こうと提案して2~3歩足を前に出すが、那珂は頑として首を縦に振らず五十鈴を制止する。強めに制止された五十鈴はその凄みもありおとなしく歩を戻してその場で立ちすくし、黙って川内たちを見守ることにした。

 

「あの娘にはあたし以上にガンガン進んで艦娘として生き抜いてもらわないといけないから。あたしたちが変に助けてそれに依存しちゃったらいけないからね~。」

「依存って。川内なら一人でやれるタイプっぽいし大丈夫でしょ?」

「う~~ん。どう言えばいいのかなぁ。これはあたしたちの学校生活に寄るものっぽいから五十鈴ちゃんにはわからないかもだけど、あの娘はあたしたちがいるからこそ思い切って振る舞えるんだと思うの。」

「それは……。依存っていうのかしら?」

「彼女のこれまでのこと全部聞いたわけじゃないから一概に言えないけど、多分あの娘は上の立場の人に無意識に依存するタイプなのかなって思うの。あくまで勝手な想像ね?艦娘の活動は下手をすれば命に関わるから、あたしは川内ちゃんがホントーに一人でガンガンやれるか見定めてみたいんだ。いずれあたしの後を任せられるかどうかね。」

 そう語る那珂は厳しいことを言ったが、その口は笑みで緩まっていた。振り向いて言ったわけではないため、五十鈴からは那珂の表情は見えない。五十鈴は素直に感心する。

「結構深いところまで考えてるのね。わかった、わかったわよ。……あんたってみかけによらず結構厳しいのね。」

「うん??? それは褒め言葉として受け取っていいのかなぁ~?」

 まっすぐ川内たちを見ていた那珂は五十鈴の言葉にわざとらしく反応し、ねっとりとした動きで首、上半身そして視線を彼女の方に向けた。五十鈴は那珂の態度が普段の軽い様になっていたのに気づいたのですぐに感心をやめてノーリアクションを貫くことにした。

 

 

--

 

 川内が隣の水域を見ると、そこにいた神通は平然とした様子で立っている。偵察機を落とさずに完全にコントロールに成功している。プールに半身を浸してしまった川内は視線を正面に戻し、目を細めて顔を歪ませながら体勢を戻した。落ちていた自身の偵察機はうまく着水したおかげなのか、プカプカと浮かんでいた。

「くっ……なんであたしがダメで神通が。」

 身体を動かすこと大抵の事なら負ける気がしない川内は、神通に初めて負けた気がして感情が昂ぶり始めていた。再び水面に立った川内は近くに浮かんでいた偵察機を乱暴にすくい上げ、右腕を伸ばしてレーンに偵察機を設置し発射する体勢を取る。

 

「あたしのほうが絶対素質あるんだからね!!」

 川内はキッとした目でレーンが指し示す先を睨みつけ偵察機が飛び立つイメージを固めた後、レーンに対応するスイッチとトリガースイッチを押した。偵察機はブロロロという音を鳴らしてレーンの上を走り出して再び空へと飛び立っていった。

 その瞬間、川内の右目にはさきほどと同じく偵察機からの映像が飛び込む。左目を閉じて右目のみに集中する。頭痛がひどく、集中力を欠く。同調も危うくなり偵察機がふらふらし始めるのと同時に自身の足元もおぼつかなくなる。事実同調率が下がり始めていたのだ。足元が水中に落ち始めていたのに気づいた川内は奮起する。

 

「うおわああああ!!!!!」

 

 右目の端を抑えつつ大声を上げて一旦足元の艤装の操作に集中して浮力を取り戻して元の高さに浮かぶ。浮かんだ拍子に前のめりになりそうなのをバランスを取り戻して整え、体勢が戻ったのを感じるとすぐに偵察機の方へ集中する。偵察機は落ち始めていたがなんとかコントロールを取り戻す。

 すると川内の右目には自分自身が見えていた。

「あっぶない!!」

 偵察機が自分を避けるイメージをしながら川内自身は身体を偵察機とは逆方向に身を素早く動かして飛びのけた。川内自身は無事避けて偵察機も自身を回避するのに成功したがその先までは気が回らなかった。避ける際に偵察機のコントロールを一瞬失っていた。

 悲鳴をあげる羽目になったのは川内たちの後ろにいて実践の様子を見ていた那珂と五十鈴だった。

 

「うわああ!!こっちに来るよぉ!!」

「きゃー!!」

「ご、ごめんなさーい!」

 飛びのけて方向転換をした川内は後頭部をポリポリ掻きながら、後ろにいた那珂たちに謝る。その謝罪に対し那珂は声を荒げて川内に言い返す。

「それよりも偵察機のコントロールをなんとかしなさーい!」

「あぶないじゃないのよ……」

 那珂の隣にいた五十鈴は胸に手を添えて撫でおろしながら小声で愚痴る。

 

 川内はコントロールを失ってプールを越え工廠を越え、本館の敷地まで飛んでいこうとしていた偵察機に意識を集中させてコントロールを取り戻そうとする。偵察機は大きく旋回して工廠の上空に入り戻ってきた。

「はぁ……はぁ……。駄目だ。これ相当集中してないとどうにも使えないわ。あたしこれ向いてないかも。」

 頭の疲れが激しくなってきた川内はとにかく偵察機を早く戻して下ろすことに集中する。川内の偵察機はスピードを早めてプールへと戻ってくる。そうして川内は自分のレーンのついた腕を伸ばして偵察機を迎え入れようとしたが、偵察機は川内のレーンにきちんと乗らずに彼女の右胸元あたりにおもいっきり突っ込んでようやく停止した。

「ぎゃあ!」

 同調していたのと制服自体も防御力が高く丈夫に出来ていたためか、思ったより痛くないがそのショックで思わず変な悲鳴を上げ、水面に尻から突っ込んで再び下半身を濡らす川内だった。

 

 

--

 

 川内が那珂たちを巻き込んで慌ただしく偵察機の操作を行っている間、神通は黙々と自身の偵察機を操作していた。最初の頃に感じていた違和感と頭痛はすでに消え、片目の視界に混ざる半透明状の空からの景色に彼女は感動を覚えて自分の世界へと入り込んでいた。

 艦娘というものは(まだ見ていないが)深海棲艦と呼ばれる不気味な怪物とただ砲雷撃して戦うだけなのかと思っていたが、最新技術を駆使したこんな機械を操って活動することもあるのかと、新しい世界とその要素に感動していた。

 神通はもはや両目を閉じていようが開けていようが、偵察機のいる方向を全く向いていなかろうか操作することが苦にならなくなってきた。むしろ楽しいとさえ思える時間。

 

 神通こと神先幸は、昔から読書や黙々と作業する物事に関しては時間を忘れるほど熱中できる質だった。黙々とするゆえ周りからは無口、無表情の何考えているかわからない地味で変な少女と揶揄されることも多かった。川内とは違い、ゲームやサブカル、アニメなどという、特定のものに偏らずにジャンルは多岐にわたって読書をした。視覚的刺激よりも視覚以外の感覚で捉える刺激を好みとしたそのせいで散歩しながら周りに存在するあらゆるものに想像を張り巡らせ、○○があったらいいのに、××が動いたらいいのになど、漠然としたイメージではあったが黙って妄想にひたることが多かった。それゆえ歳を重ねるごとに周りから暗い性格というレッテルが重ね付けされていった。しかし周りからの評判なぞどうでもよかった彼女は周りの意見を気にせずひたすら自分の世界にマイペースに没頭した。

 集中して何かを行うという自身の性格に依るあやふやな特徴、こんなものは今も昔もこれからも自分以外のためになど絶対なることない、そう思っていた彼女だったが、もしかしたら役立てる分野がある。そう感じた神通は偵察機を操作している間は確たる自信を持っても良いかもと、すでに自信を持って思っていた。

 

 想像したとおりに艦載機を動かせる。その映像が見られる。そして将来的に艦娘仲間と出撃した時には、自分の見た光景が戦いの役に立つかもしれない。そう考え始めたらこんな自分でも役に立てる世界があることが面白おかしくてたまらない。

 両目を瞑りながら偵察機からの視界を見る。瞑ったほうが偵察機からの視界に集中できた。その最中、口は自然と両端が釣り上がって頬に僅かにえくぼができる。にこやかにしながら神通は偵察機をコアユニットとレーンを通して脳で操作する。

 プールの上空を出た神通の偵察機はすでに鎮守府の敷地を離れ、その地区に昔からある浜辺の上空を飛び、海浜病院の手前まで来ていた。艦載機の有効範囲を越えることはないので神通は楽々操作を続けている。さすがに上空からは下にいる人々の表情を確認することはできないが、偵察機の特性上複数組み込まれたカメラのうち斜め下向きについたカメラからは遠巻きに人々が空を見上げる光景が一瞬確認できる。

 

 その先に行くととなり町の海浜公園に突入してしまうため海浜病院の上空に突入したあたりで旋回させ、鎮守府の方向へと戻し始める。住宅街に突入すると色とりどりの屋根が見える。しばらく住宅街の空を飛ぶとほどなくして鎮守府近くの小さなショッピングセンターが見えてきた。さすがにその上空を真っ向から飛び続けるのは気が引けた神通はそこに至る前に右へ旋回し、早めに鎮守府の敷地内へと入るようにした。

 そうして見えてきた鎮守府Aの本館とグラウンドを確認した神通は、ふぅと一息ついて再び右へと旋回し、グラウンドの先の浜辺へと向かう。次に左に旋回し、側の川に沿って工廠の上空に入る。ようやく自分たちの姿が豆のような大きさで見えてきた。不思議な感覚だが、それもまた新鮮で楽しい。そのまま自分のレーンへと着艦させる気はさらさらないためにそのまま左に旋回し続けて工廠の上空を細かくスピードを増減させて飛び進める。わざと錐揉みした飛び方にして機体をふらふらさせ、自身の目に飛び込んでくる映像もブレさせる。そのブレる視界すら新鮮で楽しい。しかし調子に乗ってフラフラさせすぎたためほどなくして酔が回り、若干気持ち悪くなったので平行に戻す。

 

 近くを川内の偵察機が通り過ぎた。自身より速いスピードでプールへと向かっていったのが見える。自身の偵察機はそのまま本館の上空へと突入した。本館の上を3周ほどし、グラウンドに再び入り、浜辺との間の道路に沿って工廠前の湾に入った。

 そろそろ着艦させよう。神通は頭に思い浮かべた。飛ばしながら自身の身では左腕を真っ直ぐ前に伸ばし、端子のスイッチを押してレーンを回転させ、偵察機がストレートに着艦できるように調整する。偵察機自体はもはや旋回させずに湾と工廠手前を横切りプールに真横から入るような空路で降りてこさせている。

 プールに入る手前で川内がプールに半身を浸けてしまっている映像が見えた。そこで偵察機からの映像は途切れ、機体は着艦のための自動モードに入った。神通の偵察機はレーンに着艦し綺麗に減速・徐行したのち停止した。神通は左目、そして右目とゆっくりと開けていき、目の前を横切るレーンの上に偵察機が乗っかっているのを目の当たりにした。そして偵察機を軽く撫で、そうっと取り上げる。

 

 神通がくるりと身体の向きを変えて後ろにいた那珂たちを見ると、そこには川内もおり3人揃って神通を見ていた。一番に口を開いたのは那珂だった。

「お疲れ神通ちゃん。すっごい集中力だったねぇ~。初めてとは思えないほど長い時間操作してたよね。コントロールも上手かったようだし。先輩としては後輩の成長がこれほどまでなんだなって嬉しさで溢れそう。ん~~神通ちゃんは100点満点あげちゃう!」

「お疲れ様。私から見ても素晴らしかったわ。さっきの那珂の操作とほとんど変わらなかったもの。今後出撃したときの索敵が楽しみね。」

「はは。艦載機の操作、あたしはダメだわ。神通に負けたよ。」

 表現は異なるが3人から驚きと賞賛に満ち溢れた評価をもらい、神通は照れながらプールサイドへと戻っていった。

 

 那珂が改めて二人に声をかける。

「二人ともお疲れ様。今日はこれでおわろっか。」

「あたしは今日はもうやめたかったですよ。はっきり言って水上移動よりもはるかに疲れました。ぶっちゃけもう寝たいです。」

「おぅ?川内ちゃんが弱音吐くなんて意外~。」

 川内の吐露に那珂はいつもの茶化し気味の軽い口調で突っ込んだ。川内は嫌味など一切感じていなかったので素直に言葉を返す。

「そりゃあ艦載機なんてもの体験したらねぇ。艦娘って単なる運動やゲームとは違うんだなって今日一日でうんと思い知りましたよ~。」

「アハハ。艦載機の操作は今までの砲撃や雷撃と違う感覚でびっくりしたでしょ?ここまでの訓練内容いろいろやることあって大変だろーけど、復習忘れずに身に着けておいてくれるといいかな。 」

「はい!」

「……はい。」

 川内と神通はそれぞれの覇気で返事をして訓練の終了を認識した。

 

 

--

 

「そんじゃまあ、お片づけしますかねぇみんな。」

「「はい。」」

「えぇ。」

 

 那珂たちはそれぞれの艦載機とプールサイドに置いていた余ったパーツをそれぞれ抱えてプールサイドを後にした。工廠に入り明石を呼び出してそれらと自身が身に着けていた艤装一式を外して受け渡す。

「はい。お疲れ様でした。艦載機はどんな感じでした?」

「聞いてくださいよ明石さん!あれ難しいのなんのって!」

「あらら。川内ちゃんは艦載機ダメだったのかな?」

 明石に泣きついた川内を見て那珂が代わりに頷く。

「どうやらそうみたいです。まぁ無理も無いかと。」と五十鈴は苦笑いを浮かべながら明石に言った。

「そうですか~。でもせっかく艦載機を使える艦娘になってるのだから上手く操作できるようになってくれると、メンテする私達としても嬉しいんですけどね。無理そうなら補助用のスクリーン貸しますので、それ使って操作するといいですよ。ところで神通ちゃんはいかがでしたか?」

 自分に振られてビクッとした神通はモジモジしながら小声でぼそぼそと言葉を発するが、当然回りにいた人間は聞き取れるはずもなく、見かねた那珂が代わりに説明した。

「対して神通ちゃんはすっごいですよ~!艦載機の扱いだったらもうあたしを超えたかも!?結構長い時間操作してたし。」

「へぇ~!それはすごいですね。神通ちゃんは艦載機みたいな繊細な操作をするの、向いてるのかもしれませんね。二人ともこれからもがんばってくださいね。艦載機の扱いはできるようになればかなり捗りますから。」

 明石のような大人からも賞賛をもらい、途端に顔を真赤にして再び照れまくる神通であった。

 


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