同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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午後の鎮守府

 待機室の扉を開けて入ってきたのは五十鈴だった。

 

「あら、みんないたのね。」

「あ!五十鈴ちゃーん!待ってたよぉ~。」

 

 五十鈴を視認するやいなや席から立ち上がり駆け寄って行く那珂。五十鈴一瞬身構えたがすぐに態度を柔らかくして目の前の少女の変化に触れた。

「あ。あんたそれ……!」

「ムフフフ~気づいちゃった?気づいちゃったよねついに!?」

 ニンマリとして妙な中腰で五十鈴に擦り寄る那珂。五十鈴は警戒体勢を解除するんじゃなかったと悔みつつも努めて平然を意識する。

「えぇ。それだけ変わったならわかるわよ。お団子ヘアよね?結構いいじゃないの。」

「エヘヘ~五十鈴ちゃんから褒められちゃったぁ。これね、村雨ちゃんがやってくれたんだよ。あたしだけじゃなくてあの二人にも。」

 クルリと回りながらそう言った那珂が指差したその先、五十鈴は誘導されて件の二人を見た瞬間、那珂の時よりも激しく仰天した。

 

「え!?あの娘誰よ!?川内の隣にいる!!」

「エヘヘ~誰だと思う?なんとねぇ~……神通ちゃん!!」

「し、正直失礼だと思うけれど、ものすごく驚いたわ……。すっごいじゃないの!見違えたわよ。」

 

 五十鈴に素で仰天されて神通は顔を真っ赤にして俯く。そんな同期の隣で少しだけ頬を膨らませてむくれていた川内が五十鈴に一言物申した。

「あのー五十鈴さん。あたしもどこか変わったと気づいてくれないんすか?」

「……え?変わったところあるの、あんた。」

 川内から言われて五十鈴は改めて川内を見るが、正直乗り気ではないという動きと口調である。五十鈴の反応は川内の心を小破させるのに十分だった。

「うぇ~!?ひっどい!あたしだってホラ!こっち来てよく見てくださいよ!」

 珍しく立腹してみせる川内に五十鈴はおとなしく近寄って彼女の横髪を2秒ほど凝視し、ほどなくして眉を上げてハッとした表情になる。

「あ、そういうことなのね、ごめんなさい。もっと大胆に変わってたならまだしも、 離れてると気づかないわよそれ。 」

「やっぱりそうですよね……。」

「それでしたら!今からでもまた変えませんか!?」

 凹む川内に村雨が目の色を変えて身を乗り出して近寄ってきた。

「い、いい!いいって。今日はこのままでいいから。」

 川内の焦りを含んだ拒絶に、唇を尖らせて子供っぽく拗ねてみせる村雨はやや残念そうに下がった。

 

 

--

 

 五十鈴を交えて8人になった艦娘たちはまたおしゃべりに興じる。内容は五十鈴界隈のネタを皮切りに真面目がかった内容で占められていた。

「そーいや今日来たお友達二人はいいの?」那珂が尋ねる。

「えぇ。今日のところは見学だけ。でも試験を受ける意思を示してくれたから、試験の申し込みをさせて駅まで送ってきたところだったのよ。」

「そっかぁ。もし同調できればまた艦娘が二人も増えるってことだよね。楽しみぃ~!」

「まだ同調できるって決まったわけじゃないわ。けど、どうか受かってほしい。」

 そう言って五十鈴が願いと思いを込めて視線を向けたのは、那珂を中心とした高校生ら、そして五月雨を中心とした中学生らである。その視線を追って那珂はほどなくして五十鈴が言わんとしたことを察した。

「そっか。うん、まぁなんとか合格できたらいいよね。あとはぁ~……。」

 唯一視線を向けられていなかった不知火に那珂は視線を向けて言う。視線を受けた不知火本人はポケっとしたままだ。

「不知火ちゃんのところからも来れば、あたしたち鎮守府Aの艦娘は素敵なチームが出来上がるかも。そー思わない?」

 那珂はそう言いながらその場にいた全員に視線を向けて同意を求める。それでようやくその場にいた全員が思いの意味するところを理解した。その視線を受けてまっさきに頷いたのは川内だ。続いて神通、五月雨、村雨、そして夕立がコクリと続けて頷いていく。

 

「これから入るかもしれないあの二人や不知火ちゃんの学校の子たちに恥ずかしくない見本を示せるように、訓練がんばろーね?」

「はい!実は言うとさっきまであたし、やる気ゼロでだらけそうになってました。」ペロッと舌を出しておどける川内。

「恥ずかしくないように……はい。私も頑張ります。」

 

 川内と神通の告白と決意に続いて五十鈴も宣言する。

「えぇ。私もなんだかやる気湧いてきたわ。ねぇ那珂。今日は雷撃の訓練の続きこのあとするんでしょ?だったらわたしも監督役としてだけじゃなくて、参加させてもらえないかしら?」

「あ!だったらあたしもやりたいっぽい!川内さんと一緒にやりたいー!」

 五十鈴と夕立に続いて不知火もスッと手を挙げて宣言するかのように声を出して言った。

「私も、神通さんの。一緒に。」

 言葉足らずなのは相変わらずだったが不知火の意思も那珂は丁寧に受け入れた。ここまで各々の意思を確認して、那珂は残る二人を見つめる。

「五月雨ちゃんと村雨ちゃんはどーする?」

「私もみんなと一緒に訓練してみたいのはやまやまなんですけど、まだ秘書艦のお仕事残ってますのでそろそろ。」

 

「村雨ちゃんはどーするの?」と那珂。その目はレッツ一緒に訓練!と誘わんばかりにキラキラしている。

「私は帰りますぅ。」

「「え!?」」

「このあと貴子の用事に付き合う予定なので。」

 これまでの空気を砕くような村雨の発言に那珂たちはコントのようにずっこけた。村雨はそんな那珂の軽いフリは気にせずサラリと説明を加えた。村雨は自身の中学の艦娘部の部長、白浜貴子との約束を思い出したため予定を明らかにした。

「白浜さんとなんで会うの?遊ぶだけっぽい?」

「えぇ。まぁね。でもそれだけじゃないんだけどね。」

「貴子ちゃんも一応艦娘部なんだから鎮守府来てもいいのになぁ~。」

 五月雨が残念そうに言うと村雨は苦笑しながら今ここにいない人物の心境を代弁した。

「貴子はねぇ、自分だけ仲間はずれっていうのが嫌なのよ。」

「別に私達仲間はずれにしてるつもりないのにね?」

「そーそー。白浜さん勝手にそー思ってるっぽい。」

 五月雨が素直な気持ちを口にすると、夕立もコクコクと頷いて同意を示す。五月雨と夕立がそれぞれの思いを口にしたのを最後まで聞いた村雨はハァと一つため息をついて補足した。

「いや……その気はなくても"私たち"の場合、仕方ないでしょ~?だからぁ、私結構裏であの子に根回ししてるんだから。」

 目配せをした村雨の言葉の意図を理解した二人は、あ~っと曖昧な相槌を打った。

 

「その白浜さんって確か艦娘部の部長さんだっけ?」

 村雨たちのやり取りを見ていた那珂が尋ねる。

「はい。」

 五月雨が代表して返事して簡単に紹介すると、那珂はその少女の状況を踏まえて一つ案を出す。

「そっか。それじゃあ本当にベストなのは、その子も艦娘になれるのも含めてかなぁ。ねぇ五月雨ちゃん。新しく配備された艤装の試験、その白浜さんって子にも受けさせたらどーかな?」

「えっ?あぁ~そうですね。」

 提案を聞いてすぐに考えを巡らせられずにいる五月雨はとりあえずの曖昧な相槌を打つ。

 

「今日配備されたのはなんなの?」と川内。

「今日届いたのは……確か軽巡洋艦長良と名取、それから駆逐艦黒潮と重巡洋艦高雄です。」

 と五月雨は顎に人差し指を軽く当てて虚空を見るような上目遣いで思い出しながら語る。

 

「そのうちどれかには合うっぽい?」

「そうだよ。受けさせりゃいいじゃん。まとめてさ。」

 軽い雰囲気で発言する夕立と川内。そんな二人に那珂が突っ込む。

「そうは言ってもだよ? これで同調できなかったらそれぞれお友達の立場からするとけっこー辛いと思うよ? あたしたちは学校でまったくの初対面同士、たまたま同調に合格できたからいいけど。」

「……そうね。でも、その気まずさを乗り越えてなんとしてでもあの二人には艦娘になってほしいと私は思ってるから、夕立と川内の考えには半分は賛成。」

 那珂の言葉に乗る五十鈴はこれまでの皆の会話と考えを受けて自身の考えを述べた。続いて五月雨と夕立も展望を述べるが白浜貴子の性格を知っているために、良い表現をできないでいる。

「私達としても貴子ちゃんが早く艦娘になれるのを期待しているんですけど、本人をまず説得して鎮守府に来てもらわないといけませんよね……。」

「白浜さん、あたしたちが誘うとへそ曲げるから絶対来ないっぽい。」

「ま、そのあたりは私がそれとなく言葉かけて地道に説得するわ。そのための根回しなんだから。今回の試験、貴子は誘わないでおきましょ。」

 結局五月雨・夕立・村雨は話し合った結果、白浜貴子を今度の艦娘の試験に誘うのは止めることにした。あまりにも急すぎるのと、自分たちの声掛けでは当の本人の気分を乗らせるのが大変だとわかっているからだ。

 

「それじゃあ不知火ちゃんの学校から誰か誘うのは?」

 那珂が再び提案する。全員の視線が那珂のあとに不知火に集まる。が、視線が集中しても不知火は一切動揺を見せることなくポケッと無表情でそこにいる。全員が不知火が口を開くのを待った。

「……?」

「不知火……さん。どなたか誘える人……とかいませんか?」

 神通が見かねて助け舟を出して促す。すると不知火はようやく口を開いた。

「……話してみます。」

 突然提案されて実際は頭が真っ白になっていた不知火だったが、その他全員には当然そんな真実がわかるはずもなく、ただ不知火がぶっきらぼうにぼそっと答えたように見えていた。

 

 

--

 

「それじゃあ私は一足早く失礼しま~す。」

 最初に離脱を宣言したのは村雨だった。

「今日はありがとーね。あたしたち3人のヘアスタイルをセットしてくれて。すっごく感謝感謝。」

「ウフフ。どうしたしましてぇ~。私も楽しかったです。」

 那珂の感謝の言葉に対してお辞儀をして口に軽く手を添えて控えめに笑う村雨。

「じゃあね、ますみちゃん。またね。」

「まったね~ますみん。」

「えぇ。」

 五月雨と夕立らと地元で遊ぶ約束を取り付け、村雨はヘアメイク道具を片付けた後待機室から出て行った。

 

 

「それじゃあ私もそろそろ執務室に戻ろっかな。」

「そんなに秘書艦の仕事忙しいの?その割にはこの2時間ほどここにいて大丈夫?」

 素の心配をかけて那珂が尋ねる。すると五月雨は申し訳無さそうに遠慮がちに言う。

「いえ。そんな大した量でもないんですけど、今度の艦娘の試験の準備や広告出し手伝わないといけないので。」

「そっか。あたしたちにも手伝えることがあったら言ってね?」

「はい!ありがとうございます!」

 

「……そーだ!ついでにあたしたちも行こう。」

「へ? 今日いきなり手伝っていただかなくても。」

 両手を前に出して遠慮の仕草をする五月雨。那珂はそれを気にせず目的を告げた。

「いやさ、全然関係なくてゴメンだけど。あたしたち川内型3人の新しい姿をね、見せて提督をのーさつしてやろうかとねぇ~。」

 那珂はいつもどおりの軽い口調になって身体を身悶えさせておどける。それを傍から見ていた川内と五十鈴は視線をそらしたり額に指を当てて頭が痛いという仕草をし始める。

「まーたはじまった……。あんたは見せたいんですって普通に言えないの?」

 ジト目の五十鈴がツッコミを入れる。それを受けて那珂は胸を張り、人差し指を指し棒に見立てて講釈するように言った。

「それじゃ普通の人じゃん~。物の言い方でも演出しないといけないのが、アイドr

「だからあんたのそれは芸人だっての。」

「……あっ、それ言ったら……。」

 五十鈴が放った一言に神通の密かな気付きと心配するが時すでに遅く的中し、目の前にいた先輩が泣き顔で発狂する様を目にして神通も狼狽えることとなった。

 人が変わったようにぐずる高校生の那珂に五月雨たちはわけが分からず呆気にとられるが、神通がそうっと耳打ちして事実を伝えたことにより駆逐艦の3人は苦笑しあう。

 那珂が気持ちを落ちつかせるまで皆で宥めるという妙な構図が数分続いたのだった。

 

「うぅ……わかったよぉ。それじゃあ普通に提督に新しい髪型見せにいきたいだけなんです。……これでいい?」

「はいはい。……まぁ、私もまた言っちゃって悪かったと思ってるわ。」と五十鈴。

「那珂さんもソレがなけりゃなぁ~いいのに。」

 川内が誰もが思っていたことをスパっと口にし那珂をむくれさせ、那珂以外を再び苦笑いさせた。

 

 

--

 

 待機室を出て五月雨を先頭にして執務室へ向かう7人。五月雨はノックをして提督の返事を聞いてから開けた。

「失礼します。」

「あぁ。五月雨。お昼休みえらい長かったな。もう15j……」

 提督は机の上のPCの画面を見たまましゃべり続けようとする。視線を五月雨のいる扉の方を向けたその瞬間、提督は五月雨の後ろにいた同じ服着た3人の変わりように言葉を失った。

 

「……提督?」

 

 五月雨が秘書艦席に近づきながら提督に声をかけるが提督は固まったままである。他のメンツも執務室の中に入ってきて提督の反応をニヤニヤしながら見つめる。驚きの原因たる中心人物の那珂は手を背後で交差して前かがみにして身体をくねらせながら提督に近寄っていき、茶化し満点の口調で声をかけた。

「おやおや提督?どーしたのかなぁ?」

「……那珂ということは、それじゃあそっちは神通か!?めちゃくちゃ変わったな! それに川内は……ん?」

 提督は那珂と神通の変貌に気づいて再び驚いたあと、残りの一人の様子にも気づく。しかし執務席のところからははっきり認識できないため席を立って川内に近づいていく。100cmの近さで川内の前方180度ほどウロウロと見つめ始める。

 

「えっ!?ちょ……提督?」

 ひとしきり川内を観察する提督。提督の急な反応に川内は提督とは逆方向を向いて頬を赤らめて俯き続ける。ひとしきり観察し終わった提督はハッと我に返り焦って取り繕って弁解する。

「あぁ!ゴメンゴメン。こんなおっさんに近寄られてびっくりしたよな。……川内もちょっと変えたんだな?」

 提督は後頭部をポリポリ掻いて謝りながらすぐに川内から2~3歩離れながら聞きただす。

 その瞬間、川内は呆けた目で提督を見上げた。結った横髪がフワッと揺れる。

「!!」

 側にいた那珂は提督や川内を超える驚嘆の表情になっていた。神通はうつむきがちであったが同じように驚く。しかしその表情は驚きというも、川内のことを喜ぶために口を緩ませた笑顔を含んでいる。

 

((このおっさん、あっさり気づきやがった。もしかして女の扱い慣れてる?))

 当事者の二人から一歩置いて見ていた那珂の心境は穏やかではない。

 

 頬以上に顔全体を真っ赤にさせて提督を見上げる川内。

「え!?気づいて……くれたんだ。」

「いや~。那珂と神通はもう見るからに変わってたからわかりやすかったけど、君にもなんとなく違和感があったからさ。」

 その言葉に川内はタハハと照れ笑いをしておどけてみせるが顔は赤らんだままだ。その姿は誰がどう見ても乙女のそれであるとは那珂も五十鈴も気づいたが、あえて触れない。

 

 そして、提督を斜め後ろから見る立ち位置になっていた那珂が提督の脇腹後方を肘打ちして軽い口調で言った。

「提督ぅ~~!さっすが艦娘の保護者や~!わたしたちはおろか、まさか川内ちゃんのびみょーなヘアスタイルのアレンジに気づくなんてさ! んでどうなんだよぉ~あたしたちの新しいヘアスタイル。見違えたでしょ?」

 那珂の言葉に提督は振り向き、那珂と神通の二人をも見回して言った。

「あぁ。3人ともすっごく似合ってる!普段の姿から変身したなぁ~。那珂は前に話していたとおりの髪型にしてくれたんだな。なんというか、俺がなんとなく思ってるアイドルやタレントっぽくなってきていいと思う。垢抜けたっていうかな?」

「垢抜けたって……まぁいいや。提督、もしかして前に話した時のこと…?」

「あぁ、君の夢とか含めてもちろん覚えてるよ。テレビのインタビューに出しても恥ずかしくないってこった!」

 那珂は提督が覚えていたという事実に心躍る鼓動の早まりを覚える。わずかにうつむいたその顔では口元をもごもごさせてにやけを抑えるのに必死だ。しかし提督の冷やかしに対する反撃の茶化しは忘れない。

「アハハ。うれしーこと言ってくれるじゃないのさ。マジプロデュースしてよねぇ?コネとかアレとかさ~。これからのニュー那珂ちゃんをしっかり見せてあげるよぉ~~!」

「ハハッ任せてくれよ。期待してるぜ?」

 

 那珂に言葉をかけたあと提督の視線と顔の向きは川内と神通に向ける。

「川内はちょこっとしたオシャレがすごく似合ってるし、それから神通は大変身だと思う。君はそうやって顔を出していたほうが絶対魅力的だよ。自信持っていいと思うぞ。その……さ、可愛いよ。」

 “可愛い”その今までもらったことのない言葉をかけてもらって神通も初めてこの段階で頬を赤らめてハッキリとした照れの様を見せる。神通のそれは単なる恥ずかしさである。それは傍から見ていた那珂も気づくが、必要以上に気に留めない。そして那珂は神通のほうへ駆けて行き、その勢いで川内にも絡んでいって2人の肩から抱き寄せて喜びを表した。

「やったね二人とも!!こんだけ驚いてもらえればイメチェン大成功だよぉ!!」満面の笑みの那珂。

「……はい。やりました。」

「……うぇ!?あぁ、はい。……はい。」

 顔を赤らめながらもすぐに返事をした神通とうろたえる川内。二人の様子を逃さない那珂は、意外と異性との触れ合いに強いように見える神通と弱いように見える川内を微笑ましく見守る。

 3人の様子を離れて見ていた五十鈴は自身の髪をクルクル弄り、もう片方の毛束を持ち上げてちらっと眺めた。そして再び那珂や提督を見て一つため息を付く。その仕草を側で見ていたのは無表情で呆けていた不知火だけだった。

 

 

--

 

 ひとしきり那珂たちの変身を褒めて存分に照れさせた提督は、その場にいた艦娘たちに伝えるべきことを改めて伝えることにした。

「みんな……じゃないけれど、みんなに大事な連絡だ。いいかな?」

「はーい。業務連絡ってやつだよね?」と那珂。

「あぁ。まずひとつ目。もう皆知っていると思うけど、今週から本館1階の女性用トイレの隣の部屋の工事が始まりました。そのため、そのトイレはしばらく使えません。引き続き注意しておいてくれ。」

 

 提督がそう言うと、那珂たちはざわめきあった。

「シャワー室やっとできるんだよね?」

「え、うん。あぁ。シャワー、室だね。まぁ適当に期待しておいてくれ。」

 提督は一瞬言葉に詰まるも思わせぶりな言葉で締める。提督からの言葉を受けて那珂は川内と神通のほうをクルリと向く。

「うおおぉ!改めて聞くとワクワクさ倍増ですなぁ~。ねね、川内ちゃん、神通ちゃん!」

「はい!これで汗かいたまま帰らずに済みそうですね。」川内はケラケラと笑いながら言う。

「……(コクリ)」

「あんたら……一応確認するけど、駅の向こうにスーパー銭湯あるの知ってるわよね……?」

 那珂たち3人の向かいのソファーに座っていた五十鈴は川内の言い方がひっかかりツッコミを入れる。五十鈴の質問に川内と神通は頷いて回答した。

「知ってますけど~。あそこまで行くならあたしは普通にさっさと帰りたいっていうか。外でお風呂入るのめんどーっていうか。」

「川内あんたね……女子ならせめてそういうケアはしてから帰りなさいよ。」

「そーそー。川内ちゃんはもーちょっと女子的なケアをお勉強したほうがいいとはあたしも思ってたよ。今回は五十鈴ちゃんの味方~。」

 五十鈴の指摘と先輩の裏切りに川内は片頬を膨らませて反論する。

「しっつれいな~。あたしだって汗くらいはちゃんと拭いて帰ってますって。それに絶対銭湯寄らないわけじゃないし。ね、神通?」

 同意を求められた神通はビクッとした後うつむいてわずかにコクリと頭を揺らして頷いた。

 

「まぁまぁ。これからはそんな心配なくなるだろ? ちなみに工事は今週いっぱいだ。二人の訓練終了までに間に合うかわからんけど。それまでは今まで通りもうちょっと我慢してくれよな。」

「えぇ、わかってます。けれど……。」

「汗やホコリまみれの二人を下の学年の子たちや建設会社の人たちに見せるなんて恥ずかしいことできないでしょ~?」

 五十鈴、そして那珂が言葉を濁す。

「ハハッ。1階通るときや資材を置いてある近くを通るときは作業員に配慮してほしいのは何も二人だけじゃないからな。那珂や五十鈴、それから五月雨たちもだ。」

「「はい。」」

 提督の言葉に快く返事をする那珂と五十鈴。続いて他のメンツも戸惑いながらも返事をし合った。

 

 

--

 

「それじゃあ二つ目。もう大体知ってるとは思うけれど、新しい艤装が配備された。それで来週末、艤装装着者試験を開催します。」

「うん。さっき五月雨ちゃんからも聞いたよ。」と那珂。

「今回配備されたのは軽巡洋艦長良と名取、それから駆逐艦黒潮と重巡洋艦高雄だ。黒潮の分はちょっと思うところあって今回試験には出さないから、残りの3つの募集だ。川内なら元になった軍艦詳しいだろうからわかってるよな?」

 気を取り直した川内は提督の言葉に頷いて簡単に紹介した。

「うん。長良型ネームシップと3番艦、それから陽炎型3番艦、そして高雄型ネームシップだよね?軽巡洋艦五十鈴の姉妹艦と、駆逐艦不知火の姉妹艦。それに重巡洋艦。ちなみに妙高さん……黒崎さんがなってる重巡洋艦妙高とは違うグループだよ。」

「私の姉妹艦?」

「…しまい……?」

 川内の紹介に五十鈴と不知火が反応する。しかし二人とも全てが全て理解できてはいないという様子で姉妹艦という言葉だけを反芻したので川内が補足した。

「あの~、150年前の本物の軍艦の種別の話っすよ?まぁ艦娘の方もどうやら同じみたいだからそう思ってもいいかも。」

「そーすると、凜花ちゃんの友達がその長良と名取になれるのなら、なんかきっと運命って感じだよねぇ~。」

 那珂は五十鈴をあえて本名で呼んで希望を込めて発言する。

「私がなってる五十鈴の姉妹艦……か。そっか。」

 ポツリと五十鈴がこぼした言葉に那珂が反応するが、五十鈴はなんでもないとだけ言ってそれ以上言葉を続ける気がない様子を見せると、提督が話題を振った注目を引き継いだ。

 

「さらに言っておくと、ここにいる五十鈴こと五十嵐さんのご学友の二人がね、今回の試験を受けに来るそうだ。俺としてもどうかあの二人が受かってくれるといいなと思ってるよ。いろいろと……ね。」

 そう言いながら提督は五十鈴に視線を送り、自然と見つめ合う。五十鈴は言葉なくコクリと頷いて提督に合図をした。そして提督は続ける。

「とはいえ受験者募集の案内を出すのは一応制度上の決まりでね、通常の艦娘としての募集だからいつものように告知を出して受付となる。だから今日の二人以外にも受けに来る人は少なからずいると思われる。」

 

「ねぇ。もし一つの艤装に複数の人が合格できたらどうなるの?」

 率直な疑問を那珂が投げつけた。提督はコクン頷いて答え始める。

「合格できる人は本当に稀だからそんな心配はしなくていいとは思うが、本人の意思確認のため面接を行う。1回で決まらない場合は何度かすることになる。」

「ふぅん。艦娘になれるのって本当に狭い門なんだねぇ……。あたしらが合格できたのってラッキーなんだよね? それに那珂さんが3つの艤装に合格できたのも?」

「そーだね。なんかあたし一人だけ申し訳なーい感じ。てへ?」

 川内が自身の境遇に触れて感想を述べ、那珂がおどけてそれに続く。

「あんた本当に何者なのよ……。」

 と呆れ気味の五十鈴。五月雨は素直に感心を見せる。

「那珂さんすごいですよね~。」

「うんうん。あたしも夕立以外の艦娘やってみたいっぽい。」

 中学生組の駆逐艦らからも褒められ尊敬され、照れ隠しにさらにおどけてみせる那珂であった。

 

 

--

 

 試験の話題が収束したので、那珂はこの後の予定を提督に報告することにした。

「そーだ提督。今日のこのあとの訓練には、五十鈴ちゃんと夕立ちゃん・不知火ちゃんも飛び入り参加してもらうことになったから。」

「おぉ。協力して励んでくれるのはいいことだ。3人とも、先輩艦娘としてしっかり手本になってくれよ?」

「えぇ、任せて。」

「はーい。あたしは楽しくやれればそれでいいっぽい~。」

「了解致しました。この不知火、この身に代えてもy

「いやいや、そこまでかけんでいい。もっと肩の力抜いてくれていいからな、不知火は。」

 固い言い方で決意しかけた不知火のセリフを提督は優しく宥めた。

 その後提督+数人の艦娘たちは執務室で適当な話題で場を楽しんだ。その後、那珂たちは五月雨と提督を残して執務室から退室して本館を後にした。

 


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