同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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イメチェン

「それじゃあおふたりとも、髪触りますよ~。」

「はーい。おねがいしまーす。」

「お、お願いします。」

 村雨が音頭を取ると、那珂と神通は素直に返事をした。二人は席に座り、村雨を始めとして五月雨、夕立、不知火、そして川内は二人を囲むように立っている。机により掛かるようにして立っている川内が村雨たちに発破をかけた。

「それじゃあ二人をうんっと可愛くしてあげてよね。」

「は~い。ところで川内さんもy

「あ、あたしはいいのいいの!今の髪型以外は似合わないと思うし!」

 ターゲットに川内を追加しようと怪しい視線を向ける村雨に対し川内は頭をブンブンと横に振って全力で拒否する。村雨は含み笑いをしながらしぶしぶ視線を戻した。

 那珂と神通に視線を戻した村雨は二人に代わるがわるヘアスタイルの見本のパネルを見せる。

「お二人の今の髪と特徴をおねえちゃんに伝えてアドバイスもらってます。それはそれとして、これとか~、これとか、これもいいと思うんですよねぇ、那珂さんには。神通さんは……こっちかな?」

「うわぁ~あたしもそれなりに流行には強いって思ってたけど、こんなのあるんだぁ~すっごいなぁ~。」

 那珂が素で驚きと関心を見せると、隣りに座っている神通も黙ってコクコクと頷く。二人がヘアスタイルのサンプルを眺めている間、五月雨たちは誰が誰を担当するかで揉めていた。

「ねぇねぇますみちゃん。私に那珂さんの髪のセット手伝わせて?」

「うー!ダメだよさみ! 那珂さんはあたしがやるんだから!!」

「……私は。」

 普段は様々な反応が薄い不知火が五月雨の隣で口をパクパクさせている。

「? どうしたの、不知火ちゃん?」

「わ、わた、……じんつうさんを……」

 五月雨にしか聞こえないほどの声量でもって不知火は自身の望みを耳打ちする。彼女の意を汲んで五月雨が代わりに村雨に伝えると、不知火の顔は朱よりもさらに赤く染まりあがっていた。

 

「まぁまぁ3人とも待ちなさい。ここは美容師の姉を持つこの私が指揮を取ります。異論はないわねぇ?」

「「「はーい。」」」

 姉の影響でヘアメイク全般の知識を同世代の女子よりも人一倍有しているためか、村雨が自然とリーダーシップを取り始めた。他のメンツも文句はないため頷いて素直に従い始める。

 

((なんか村雨ちゃんの意外な一面見た気がする~。そっかそっかぁ。村雨ちゃんはおしゃれ番長で一番お姉さんなのかもねぇ。))

 などと心の中で感心する那珂はニコニコして村雨たちの話し合いを眺めていた。

 

 

--

 

 その後村雨は那珂と神通に新しいヘアスタイルに関する希望をアンケート取り始める。希望を聞いた村雨は持てる知識と姉から聞いておいたメモをフル活用して 、二人の今の髪型や髪の量や状態をチェックする。五月雨・夕立・不知火の3人と川内はそれをじっと見つめるという光景がしばらく続く。

 

「那珂さんの毛質や量とご要望を聞く限りだと、クルッとまとめるシニヨンがピッタシかもですねぇ。」

「お団子かぁ~。前々から気にはなってたんだよね。それでお願いできるかな?」

「はーい。お任せあれ。」

 村雨は軽快に返事をして那珂の注文を受注した。

「さみ、それじゃあサンプルのパネルからシニヨンだけをまとめて取り出して。」

「はーい。」

「ゆうはあたしと一緒に那珂さんの髪をまとめる役。それ以外の余計なことはし・な・い・で・よね?」

「は~い。……ん?なーんかいまのますみんの言い方気になるっぽい。」

「不知火さんは神通さんの時に手伝ってもらうから、今はさみとゆうの作業を見ておいてねぇ。」

「了解致しました。」

 村雨は夕立の疑問をサクッと無視して、残った不知火への指示を出した。

 

 

--

 

「ん~~。ちっちゃいお団子2つかまるっと大きいお団子一つでまとめるの、どちらがいいですかぁ?」

「それじゃ~ね~。とりあえず両方とも試したいからお願いします。」

「了解ですぅ。それじゃあ……」

 那珂の要求を確認し、村雨は那珂の髪を梳かし始める。そして決してスムーズとはいえないながらも普通の髪の扱い方とは違う手つきでもって那珂の髪をまとめていく。村雨は那珂の後ろ右半分の髪を掴んでは離し、掴んでは離しを繰り返す。毎回手に収める髪の量が違っていた。

「ゆう、近く来て私のやること見てて。」

「はーい。」

 村雨は夕立を隣に呼び寄せ、自身の手つきをもう片方の手のひらで指し示す。

「これくらい……ね。これをこうして束ねて~、ヘアゴムでここで止めてこうして髪の先をこうやって通して……ここでまた止めるっと。おねえちゃんから教わったスタイルだと、これが一番基本らしいの。わかった?」

 村雨の手際に夕立は顔をこわばらせる。普段なら軽口で反応する友人が一切言葉を発さないのを不安に思った村雨が身を少し屈めて夕立の顔を見上げてみると、まさに目が点、という状態になっていた。

 村雨は一つため息をつく。

「……ゆうには無理なようねぇ……。」

「ム、ムリジャナイッポイ~。あたしだってヤレバデキルッポイ?」

「いいって。じゃあ私がこれからやるの近くで見ててくれるだけでいいから。」

「う……わかった。」

 村雨は夕立に片方の髪をやらせるのを諦め、自分だけで両方することにした。先刻説明した手順を自分で反芻して右側の後ろ髪、左側の後ろ髪をヘアゴムでまとめたのち、それぞれの毛束を持ち上げてクルリと巻きつけていく。

 ほどなくして、那珂のストレートヘアは後頭部に小さなお団子が2つくっついた、基本のお団子ヘアとして変身を遂げた。

 

「はい、できました。さみ、鏡立ててあげてぇ。」

「はーい。」

 五月雨は村雨の指示通り手元にあった手鏡を那珂の前に立てて差し出した。その瞬間、那珂は自分のストレートヘアが本当に綺麗なお団子ヘアに変わっていることを認識した。

 

「うわぁ~!あたしが前に自分でやったときよりも綺麗にまとまってる~~!!村雨ちゃんさすがぁ!」

 那珂は顎を引いて後頭部が映るように頭の向きを変え自信の後頭部のお団子を確認する。そしてお団子をそうっと触り、毛のまとまり具合を慎重に手の感覚で覚えようとする。

「どういたしましてぇ~。おねえちゃんから教わったことをそのままやってるだけなんですけどね。」

「うぉわ~。これ崩すのもったいないなぁ。けど崩しちゃおう。次のお団子ヘアお願いできる?」

 那珂はキャッキャと笑いながらももったいなさそうにお団子を撫でる。しかしスッパリ気持ちを切り替えて村雨にお願いをする。受けた村雨はニコッと笑いながら言葉なくコクリと頷いた。

 

 

--

 

 次に村雨がセットしたヘアスタイルは、後頭部やや右寄りの上部にに大きくお団子を一つ乗せ、横髪はかなり残して耳の前にかかるお団子ヘアだった。

「あ!これあたし好きかも!?気に入ったぁ!」

「え~!那珂さんいきなり決定っぽい!?」と夕立。

「そ、即決ですね……」五月雨も那珂の決断の速さに驚きを隠せない。

「ん~~。この一つお団子のヘアは短時間でサッとできるハーフアップで、後れ毛が色っぽさと大人っぽさを出して小顔効果もあるんですよ。那珂さんのことあらかじめ伝えておいたら、これがピッタリかもっておねえちゃん言って勧めてきました。私もどちらかっていうとこっちのほうが気に入ってくれると思ってましたよぉ。」

 村雨が自身も満足そうに語る。

 

「うわぁうわぁ!那珂さん、なんか可愛いのとちょっと大人っぽい感じ!髪型変えるとこんなに印象変わるんだぁ~!」

 机に寄りかかって一部始終を見ていた川内は自身の事のようにはしゃいで先輩の髪型を見つめては喜びを溢れさせる。那珂の隣にいた神通も息を飲むような仕草をし、ウットリしている。

「よっし!あたしこれに決めた!あ、でも一つだけ注文いい?」

「はぁい、なんですか?」

「お団子、もうちょっと右寄りにできる?あたし、アシンメトリーな感じが好きなの。」

「えぇ。わかりましたぁ。」

 

 那珂の注文を快く承諾した村雨は一旦那珂のお団子を解き放ち、同じ手順を左右の髪の比率と位置を変え、縛り上げる中心点を右寄りにして結っていった。

「はい。こんな感じでいかがですかぁ?」

「うんうん!バッチリ!!これを艦娘の時のスタイルにする!!」

「おぉ!那珂さんいいなぁ~。でも本当にお団子右っかわに一つだけでいいんですか?なんかバランス悪いとかなんとか気になんないんですか?」

 川内が素朴な疑問としてぶつけると、那珂は心境も交えて答えた。

 

「ホントは2つお団子にしてもいいんだけどね。単純にアシンメトリーが好きってのもあるんだけど……なんていうのかな。夢が全部叶うまでは、お団子一つにしておこうかなって。いわゆるダルマの目みたいな? だ~から!那珂ちゃんヘアはこれってことにするの。」

 席に座りながら最後に両手でガッツポーズをして宣言する那珂。その言葉にまわりの一同は納得と賞賛の意味を込めてクスクス・アハハと笑いあう。

「那珂さんがそれでいいならいいと思います。夢が叶うまでって、やっぱ那珂さんロマンチストだなぁ~。」

「おぅ!?川内ちゃ~ん? ……まぁいいや。村雨ちゃん、あとでちゃんとしたやり方教えてね?」

「はぁい。」

「いや~すんばらしぃ~!村雨ちゃんのちょっとどころかすっごく良いところ見たよぉ~。将来おねえさんと同じく美容師目指したら?それかうちの鎮守府のヘアメイク担当とか?」

「ウフフ。今はおねえちゃんの真似してるだけですけど、実は美容師って興味あるので。とにかく喜んでもらえて何よりですぅ。」

 那珂から褒めちぎられて村雨は普段の落ち着いた雰囲気がなく、照れくさそうにまゆをさげ目を垂らしてはにかんでいた。

 

 こうしてこの瞬間、鎮守府Aの那珂は一つお団子ヘアの髪型を持つ艦娘として確立した。

 

 

--

 

 那珂は席を立ち、その場にいた全員にチラチラ後頭部を見せながら川内の隣に落ち着いた。

「ふぅ。満足満足。」

「アハハ。那珂さんやりましたね。」

「うん!あとで五十鈴ちゃんと提督と明石さんたちに見てもらお~っと。」

「それじゃ那珂さんの次は……」

 那珂と言葉を交わあった川内は視線を前方に戻しながら次の主役に言及した。それに素早く気づいた当の本人はビクッとし、ゴクリとつばを飲む。

 川内の視線の意味を引き継いで村雨が再び音頭を取り始める。

 

「そうですねぇ。次は神通さんです。」

「……お、お手柔らかに……お願いします。」

 村雨が別のヘアゴムとブラシを手に取って準備をし始めるやいなや、ソソっと不知火が回りこんで神通の左後ろ、自身の左隣りに来ているのに気がついた。

「わっ!不知火さん。」

「はい。」

「ちょうど今こっち来てもらおうと思ってた……のよ。あなたの意見も聞かせてねぇ。」

「(コクリ)」

「ちなみにおねえちゃんからのアドバイスではね、神通さんみたいに今まで地味めでオシャレしてなくて、奥手な性格の子には、こういう大胆に可愛さを付け加えたアレンジがいいらしいの。でもせっかく私達が神通さんのヘアスタイルを変えるんだから、私たちの考えも少しは混ぜてオリジナリティを出したいわけ。」

 村雨の妙に熱い語りに不知火は普段通り黙ってコクコクと頷く。村雨は手元に集めていたサンプルのヘアスタイルのパネルを数枚めくり、コレと決めた1枚を不知火に見せる。

「基本はこれでいってぇ、ここはこうやって跳ねさせたり。そうすると神通さんは簡単に劇的に変われると思うの。不知火さんどう思う?」

 聞かれた不知火はパネルと神通の後ろ頭を交互に眺めて、やがて口を開いた。

「大きいリボン」

「え?」

「似合いそうです。留めるのに。」

 突然確とした意見を言ってきた不知火に驚いた村雨はピンときた表情に変わる。

「……そうねぇ!後ろ髪は今の無造作な結びからストレートにして、横髪と後髪を少し束ねてハーフアップにしてリボンでまとめる……と。……え?」

 村雨が間抜けな声で一言反応したその視線の先には、不知火がリボンのひもを手に平に載せていた。

「え……と、これ使っていいの?」

 村雨がそうっと尋ねると不知火はコクコクと頷く。そして村雨の目の前に、やや鈍みがかった落ち着いた緑色のリボン用のひもが差し出された。

「あ、ありがとぉ~。使わせてもらうわぁ。そうすると、あと長い前髪はどうしようかしらねぇ~?」

 不知火の妙なサポートを受け一瞬呆気にとられたが、すぐに気を取り直した村雨はスラスラとセットする方針を固めていく。が、今までの神通の良きにせよ悪きにせよ特徴でもあった一切のオシャレ要素のない、だらしなく垂らした長い前髪の扱いに悩んでいた。そんな村雨の向かいでその他のパネルを見ていた五月雨と那珂がそれぞれ気になったパネルを村雨に示し案を口にする。

「ねぇ村雨ちゃん。神通ちゃんの前髪、このセットのを混ぜたら?前髪は両サイドと一緒に後ろで束ねておもいっきりおでこ出しちゃうの。」

「それよりも、こういうカーラーとか使ってくるくるって巻き上げちゃうのがいいと思うなぁ。大人っぽくて素敵!ますみちゃん、どう?」

 那珂に続いて五月雨も自身が選んだヘアセットのポイントとなりそうな点を紹介する。そんな二人の意見を聞いた村雨は考えこむ仕草をし、次に隣にいた不知火に顔ごと視線を向けた。

 

「ねぇ不知火さんはどう思う?」

「……?……」

 尋ねられた不知火は眉間にしわを寄せ、那珂と五月雨が指し示したパネルを交互に視線を送り見る。無表情な顔にわずかに戸惑いの色が見えていた。元々からして自身もオシャレには無頓着で自然・周りに言われるがままにしていた不知火の持てる知識とセンスではこれ以上は限界だったのだ。

 その様子にすべてではないが何か不安な印象を感じた村雨は

「あ……うん。それじゃあ不知火さんの意見はさっきのリボンを採用ね。ありがとう、いいアイデアだったわよぉ。」

とだけ言って後は側で見ているように指示した。不知火は無表情のまま村雨に従って一歩下がった。

 

 

--

 

 前髪の扱いにまだ悩む村雨は直接本人に意見を求めることにした。

「ねぇ神通さん。前髪は何か希望ありますかぁ?」

「えっ? ……そ、そのまm

「そのままっていうのはなしでお願いしますねぇ?せっかく変身するんですから、思い切ってみましょうよぉ?」

 神通の保守的な希望は一瞬で村雨に切り捨てられた。退路を絶たれた神通は手元に無造作に置かれていたパネルを指差しながら弱々しい声で言っう。

「それでは……これで。おでこは……あまり出したくないので、控えめで。」

 そう言って神通が指差したのは、那珂が置いたヘアスタイルのパネルだった。前髪が長い女性向けの、両サイドと一緒に束ねてしまう形であった。そこに、神通が唯一出した自分の意見。それを踏まえて村雨はアイデアが固まったのか、神通に自信に満ちた口調で告げる。

「了解でぇす。」

 

 

--

 

 村雨は那珂の髪のセットで慣れたのか、手際がやや良くなりテキパキと神通の髪をセットしていく。両サイドの髪を人差し指と親指で作った輪っかに収まる分だけ残して残りは後頭部に向けて流し、一旦片手で両サイドから持ってきた髪を掴んでヘアゴムでまとめる。次に神通の前髪を片側だけ掴み、後頭部に引っ張られて斜め線ができている両サイドの髪にあてがう。それを何度か位置を変えて神通の右斜め前から俯瞰するように確認する。

「うーん。長さが微妙ねぇ……。横髪と一緒に編みこんでみようと思ったんだけど……。やっぱり少しハネさせるべきかしらね。……そうだ!さみ、あなたの意見一部採用よ。」

「へ?アハハ。なんだかよくわからないけどありがとー。」

 五月雨が先ほど見せた意見を思い出した村雨はそれを宣言する。友人の手際を呆けて見ていた五月雨はとりあえずの相槌を打って反応した。

 

「神通さん。ホントなら軽くドライヤーもかけて少しウェーブかけてからやったほうがやりやすいんですけど、今回は試しということでそのままカーラー巻きつけてちょっと強めに巻きつけただけにしますので。あとでやり方と注意ポイントまとめておきますから見てみてくださいねぇ。」

「……(コクコク)」

 

 

--

 

 そうしてできあがった神通のヘアスタイルは、前髪は波をうつようにふんわりと両サイドに流れ、耳の上で横髪の一部と先端数cm編み込まれてピンで留められていた。編みこみ部分は後頭部に向かった残りの両サイドの髪の下に挟まれ、型くずれしにくいように補強されている。そして後頭部は長いリボン用のひもで大きいリボンが作られ、両サイドから持ってきた横髪を束ねていた。

 

「はい。できましたよぉ。神通さん、今のご自分見てみてくださ~い。」

 そう言って村雨は鏡を立てて神通の前に置いた。その瞬間神通が目の当たりにしたのは、今まで見たことがない自分自身だった。

 今まで神通こと神先幸を特徴づけていた、だらしなくだらっと垂らしていた前髪は目にかからず、まぶたと耳の上を通って横に流されて今まで隠れていた顔の輪郭がはっきりと見えるようになっていた。前髪の一部はワンポイントかのように耳のあたりでピンッと毛先が上へと跳ねている。そして左右どちらかを向くように頭を軽く動かせばすぐに見える後頭部の緑色の大きなリボン。さきほど不知火が提案し、神通のために差し出したひもで結われたややにぶみがかった緑色のリボンが控えめな神通の性格から自然な可憐さを演出していた。

 

「これが……私?」

「そうですよぉ。あと個人的にはメガネじゃなくてコンタクトとかにすればもっと自然に馴染むと思います。」

「すごい……けど、私こんなの一人では……きっとできない。」

「それはほらぁ~。艦娘の訓練と一緒にこの夏休み中にマスターすればいいんですよぉ。普段学校に行かれる時でもその髪型なら、絶対男子が放っておかないですよぉ~?」

 髪のセットをしてくれたとはいえ年下に茶化されて神通は戸惑いの表情を浮かべる。普段那珂からされる茶化しとはまた種類が異なる印象を受けた。そう思っていると件の先輩が村雨の言葉の流れに乗ってきた。

「うんうん!やっぱ神通ちゃんはそうやって顔出したほうがいいよ!普通に可愛いいんだから、もっと自信持ってオシャレしたほうがいいと思うなぁ。村雨ちゃんの言うとおり、2学期は普段もその髪型でイッてみない?」

「ええと……あのぅ……」

 言葉に詰まり、神通は助けを求めて川内をチラリと見る。その視線に気づいた川内が口を開くが、その言葉は神通が期待したものとは異なるものだった。

「ん?あぁ、神通絶対それが可愛いよ。あたしも那珂さんや村雨ちゃんの意見にさんせーい。あたしは親友の二学期デビューを応援するよ~。」

 

 川内に続いて五月雨や夕立も表現が異なるながらも同じ流れで言葉をかけてくる。そして残った不知火も神通に向かってゆっくりと声をかけた。

「ん。オシャレ、一緒に。」

「……えっ?」

 またしても言葉足らずな彼女のセリフに神通は必死に想像を張り巡らし、それが

「オシャレを一緒に学んでしていきましょう」

だと推測して言葉を返すことにした。

「あ、あの……そうですね。一緒にお勉強して、いきたい……ですね。」

 正解だったよかった。不知火がコクコクと頭を素早く振る様を見て神通はそう思って胸を撫で下ろした。

 

 こうして鎮守府Aの神通は、ボサボサの前髪・単に2つ結んだ後ろ髪・メガネから、一気にオシャレ度アップ、神通こと神先幸の素の美少女度が引き出されるストレートヘア・ハーフアップの髪型を持つ艦娘へと大変身を遂げた。

 

 

--

 

 

 神通はゆっくりと席から立ち、風通しの良くなりすぎた頬の感触に違和感を覚えながら那珂と川内の側に歩いていく。

「アハハ。神通ちゃん、うれしそー。」

「ホントだぁ。そんな笑顔初めて見たよ。」

 那珂と川内がかけてきた言葉によって、神通は自分の顔から自然と笑みが溢れていたことに気づいた。途端に恥ずかしさが膨れ上がって俯いてしまう。

「ホラホラ!顔上げてよ。写真撮ろ?写真。」

「うぅ……」

 先輩と同期の二人から茶々を入れられてすっかり笑顔は消え、恥ずかしさで泣きそうな顔になる神通。それでも二人からのアタックは止まらない。

 そんな3人を見ていた村雨たちはコホンとわざとらしく咳をして注目を集める。

「さて、これでお二人はできました。あ・と・はぁ~~」

 言葉の最後で五月雨と夕立に目配せをして最後のターゲットに回りこませ、笑顔で見つめる村雨。笑顔というよりも含みを持たせたにやけ顔である。

「え?え?なに?ちょ!夕立ちゃん?五月雨ちゃん?」

 駆逐艦二人に囲まれた川内は一気に戸惑いの表情に切り替わって焦る。向かいに立つ形になっていた村雨は手招きをした。

「せ~んだ~いさぁ~ん?ささ、お早くこちらへ~。」

「い、いやいや!あたしはいいっての!ほら?あたしそれなりに気をつけてるし。」

 耳にかかっている左の横髪を掴んで指でまとめてみせるが内心焦りまくる川内に、茶化しの魂が疼いた那珂は村雨の勢いに加勢した。

「そーだよぉ~。ある意味あたしや神通ちゃんよりもオシャレさせなきゃいけない人がここにいましたねぇ~。ね、神通ちゃん?」

 那珂が川内の肩に手を当てながら神通に目で合図を送ると、神通もそれにノって相槌を打った。

「ちょ、神通!?あんた……!」

 自分を絶対からかいそうにない人物から攻勢。間接的ではあるがおちょくられて川内はキッと睨みを利かせる。が、神通が恐れを抱く前に那珂が盾になった。

「はいはい凄まない凄まない。それじゃあ二人とも、川内ちゃんをとっ捕まえて~!」

「「はーい!」」

 那珂の合図を得て五月雨と夕立は川内を生け捕りにした宇宙人の写真の構図のように両脇からガシッと掴み、引っ張って村雨の目の前につきだした。川内の力と体格ならば五月雨たちなぞ振り解けそうなものだが、それは起こらなかった。

 村雨が水を得た魚のように生き生きとし、目を爛々と輝かせて川内を見つめる。

「それじゃあある意味本命の川内さぁん、どんなヘアスタイルが良いですかぁ?」

「うぅ、あたしショートだから似合うのないと思うよ。」

「そこはホラ、ちゃーんとショートの人向けのサンプルのパネルも持って来てますよ。実はお姉ちゃんから川内さんみたいな人向けのアドバイスももらってるんで、バッチリですぅ。」

「うわぁ~、村雨ちゃんぬかりないなぁ。てか村雨ちゃんなんか今までとけっこー印象違って見えるわ。」

 と那珂が率直な感想を口にするとそれに五月雨たちが答えた。

「ますみちゃん、おしゃれのことになるとちょっと人が変わりますから、三人とも今後気をつけた方がいいですよー。」

「そーそー。あたしとさみなんか、長い髪だからちょっとヘアスタイル変えたいね・切りたいねっていったら、めちゃ怒られるんだよ。だからさせてもらえないっぽい。なんでよますみん?」

 夕立が自分達のことに触れて愚痴ると、川内の髪を梳かしながら村雨がサラリと答えた。

「二人はそのストレートが抜群に似合ってるんだから変えるなんてダメよぉ。あと切るのはもってのほか。」

「私だってたまには変えたいよぉ……。」

「あたしもあたしも!!」

「はいはい。そのうちもっと似合いそうなセットをおねえちゃんに相談しといてあげるから大人しくしてなさいねぇ。」

 

 五月雨と夕立を適当にあしらった村雨は本格的に川内の髪を触り始める。

「何か気に入ったヘアスタイルありましたかぁ?」

「うーん、どれもあたしにピンと来ないなぁ。」

「全部一気に変える必要はないんですよ。川内さん、髪がちょっと硬めなんで、少しのセットがよいと思います。何かワンポイント入れるだけでも気分が変わるからいかがですか?」

 村雨から簡単なアドバイスを受けて、パネルを真剣に食い入るように眺め始める川内。ショート~ミドルヘア用のパネルはそれなりに数があり目移りしはじめる。

 自分では気をつけていると言ってはみたが、実のところコレといってヘアスタイルはわからず、髪のセットを細かくできるほど女子力は高くない。ブツブツ文句を言いながらも今回ばかりは村雨に身を委ねることにした。

 

「あ~あ~。じゃあもう村雨ちゃんに任せるよ。あたしぶっちゃけ髪型知らないし。」

「そう言われてもですねぇ。希望言ってもらったほうが助かるんですけど。」

「村雨ちゃんあんだけ髪いじるの上手いならなんでもやれるでしょ?」

「いえいえ。さっきも言いましたけどおねえちゃんの真似事してるだけなんで。川内さんに似合いそうな髪型、おねえちゃんから聞いてきましたからどれがいいかくらいは……。」

 

 村雨が食い下がるので仕方なしに川内は村雨の姉のメモの中から選ぶことにした。目をつぶり、指をそれらの候補の上を行ったり来たりさせる。

「ちょっと川内さぁん。その選び方はダメですよぉ。」

「アハハ……やっぱダメ?」

 首だけで振り向いて村雨を上目遣いでチラリと見、笑っておどける川内。村雨は言葉なくメモとサンプルのパネルを指で机の上で滑らせて差し出す。それを目を細めてしばらく眺めていた川内は小声で唸った後、要望を伝えた。

「それじゃ、これ。これでお願い。」

「りょーかいですぅ。」

 

 川内が選んだのは、サイドの一部を編み込むだけのシンプルなアレンジだった。村雨は川内のことをあっけらかんとした雰囲気を持っている人としか印象を正直掴んでいなかったが、それでも川内が選んだセットはサバサバとした彼女らしいと感じるくらいには把握できているつもりだった。

 村雨は川内の横髪を人差し指と親指で作ったわっかにおさまり少し隙間ができる程度の分量を掴み、巻いて束を両サイドに作る。その2つの束の根本をヘアゴムで固定して毛先までをくるくると編み込んでいく。しかしそれをそのまま仕上げとするのではなく、毛先までを編み終わったあとに強めにキュッとひっぱったり毛束を押して髪に形を覚えさせた。その後、元の毛束2つの編み始め部分に指を入れてそうっと解いていく。

 

「川内さんの場合もホントでしたら細いカーラー使ったほうが仕上げが良くなるんですけど、今回は道具がなくてもできる方法を使いました。さて、完成ですよぉ。」

 村雨はアドバイスをしたのち完成を宣言した。目の前に鏡が出されて川内はおそるおそる自分の新しい髪型を見てみた。

「うわぁ……ってあれ?どこらへんが変わったの?」

「ウフフ。自分でやらないとなかなか気づきませんよね?軽く横向いてください。ホラ。」

 川内は村雨から促されて視線は右に向けたまま軽く左を向き鏡を見た。すると、自身の右耳の後ろぎりぎりにかかる形で普通に流れている横髪とは違う毛束がかかっているのに気づいた。

 

「あ、これ……!?」

「はぁい。正解です。いかがです?」

「なんかワンポイントって感じであたしこれ好きだわ。うん。このくらい控えめな感じならいいね。」

「川内さんはあまり突飛なかわいい系のヘアセットやオシャレは慣れてないっぽいので、控えめな可愛さアピールするセットが最適かなぁって思います。」

「アハハ……村雨ちゃんすげーわ。よくあたしのことわかるね~。」

「いえいえ。これもおねえちゃんにアドバイスもらってるだけですよ。」

 この瞬間、サイドの髪が軽く編み上げられた、男勝りな本人に合うようひかえめな演出がされた髪型を持つ、鎮守府Aの軽巡洋艦艦娘川内が確立した。

 

 那珂は川内を見つめながらさして問題でもなさそうな疑問をふと投げかける。

「でもこの髪、今さっきの川内ちゃん自身じゃないけど、他の人からはよっぽど凝視されないと気づいてもらえなさそう。」

 それに対し村雨は反論する。

「もともとそういう主張のセットなんで。でもこういうのに気づく人は川内さんのことよく見てくれてるって取れると思います。その人が異性だったら、意識しあっちゃうかも?」

 村雨の言葉には川内のヘアセットの評価に対し微妙に熱っぽさがこもっていた。しかし川内はその意味がわからず振り向いて村雨を見上げて普通に返す。

「え?村雨ちゃんなに?」

「ウフフ。川内さんもぉ、気になる異性とかいらっしゃるんでしょうかぁ?川内さん、絶対モテそうですよね~?」

 村雨ら他校の人間は川内こと内田流留のこれまでの事情を知らないが故の率直な感想だった。向かいで見ていた那珂は一瞬ハッとするが、もう過去のこと。努めてこれからの内田流留を見ていくことにしたので、目の前のやりとりを茶化さずじっと見るだけにする。

 

「うぅん。あたしなんて、男子とは馬鹿話して遊び呆けてただけだし、恋愛なんて……関係ないよ。まぁなんとなく気になる人はいるけどさ。」

「それだったら!新しい髪型をその人に見てもらいましょうよ。それでその人が気付いたらぁ……脈アリですよぉ!もっとオシャレして女子力高めてアピールしまくりましょうよぉ~。」

「い、いや。その人とは別にそういうことじゃないから!ただの知り合いのお兄ちゃん的なぁ。」

 川内の口振りを村雨は逃さない。

「そーですかぁ? でもお兄ちゃん的な存在だと思ってた人がふと気がつくと……きゃーもうたまらないシチュですよねぇ!?」

「む、村雨ちゃん!?」

 空想に興じてキャッキャと身振り手振りを交えて暴走しだす村雨にあっけに取られる川内。そんな村雨について夕立が補足的に評価を口にした。

「あ、言い忘れてたけど、ますみんは恋愛物の小説とかドラマとか漫画が大好きなんだよ。川内さんは~ネタにされちゃうっぽい?」

「アハハ……すでに遅いみたい。」

 夕立が友人の別の一面を明かし、五月雨が呆れるように村雨の今の状態を口にした。言及された当の本人は満足げに川内を見てうっとりと空想に浸っていた。

 

 

--

 

 川内型3人のヘアスタイル変更が一段落した。7人はそれぞれのヘアスタイルを再び評価しあったり、サンプルのパネルを眺め見たりして思い思いに時間を過ごす。

 

【挿絵表示】

 

「いやーまさか村雨ちゃんにこんな特技があるなんてねぇ。そういや村雨ちゃん自身の髪型もなんか普通のツーサイドアップじゃないように見えてきたよ。」

「ウフフ、これおねえちゃんがしてくれたんですよ。初めての実験台として。でも気に入ったので最近ずっとこれにしてるんですぅ。」

「ますみちゃん、1年生の終わりくらいからだったよね、それ。とっても似合ってるよ!」

「ありがとね~さみ。」

「それでね、私もヘアスタイル変えたいn

「ウフフ、ダーメ。」

「……。」

 村雨を褒めて自身の要望を聞いてもらおうとした五月雨だったが、その願いはバッサリと切り払われた。

 

 一方で神通と川内、そして不知火は隣あって座っておしゃべりに興じていた。実際は無口な二人に対してよくしゃべる川内のほぼワンマンショー状態である。

「ねぇ不知火ちゃん。君のその頭のそれは自分でつけたの?」

 川内は不知火の後頭部の結びに言及する。

「いえ。髪は苦手なので、友達がくれて。」

「ん?どーいうこと?」

「あ、もしかして今日のあたしたちみたいに友達になんかしてもらったんでしょ?」

「(コクコク)」

 川内の聞き返しに那珂が察してすかさず聞き返す。それに対してゆっくりコクっと頷く不知火。

「お互いそういうの苦手だと周りから言われて大変だよねぇ~って、あたしは同性の友達いなかったから今この時がそうなんだけど、すっごく充実してる感じ。」

 不知火の返事を受けて川内が自身の過去に無意識に触れて織り交ぜつつ自身の境遇をうち明かすのだった。

 

--

 

 歓談に興じること数刻、那珂がふと気がついて時計を見ると、お昼が終わって2時間近く経過していた。もうすぐ15時にさしかかるころであった。

「あ、もうこんな時間かぁ。ぎょーむ連絡~。川内ちゃん、神通ちゃん、あと1時間くらいしたら訓練再開だよ。」

「あ、はーい。」

「はい。」

 二人ともこの2時間ほどの空気でまったりしすぎたため内心今日の訓練はもうやる気がつきかけていた。が、そんなことをバカ正直に口にしてしまえば、真面目な時にふざけると静かに激怒する先輩がまた不機嫌になりかねないと簡単に想像ついた。そのため素直に返事をするのみだった。

 

 そんな時、待機室のドアが開いた。

 


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