Fate/zeroニンジャもの   作:ふにゃ子

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その7

 

 

 

 浮浪者達のコロニーに迎えられた、その夜。

 そろそろ寝て明日に備えるかとウェイバーが浮浪者たちからもらった毛布とダンボールで即席の寝床を拵えていると、外出していたライダーが満面の笑みとともに戻ってきて一言。

 

 

「スシを食いに行くぞ!」

 

「アイエッ!? いきなり何だよライダー!?」

 

「なに、先程ここの住人から聞いたところによると日本人のソウルフードはスシだというではないか。

 さしもの余もスシとやらを食べた事はないのでな、これは日本の食文化を征服しに行かねばなるまいて。

 さあ行くぞ小僧!」

 

「ちょっ、待っ、やめてとめて、アイエエエエ!」

 

 

 突然のライダーの宣言!

 このサーヴァント、行動があまりに突飛すぎる!

 ウェイバー=サンの胃袋は時計塔でケイネス=センセイに追い詰められた時とは別の意味でボロボロだ!

 

 

 ライダーに引きずられて強制連行されたウェイバーが連れてこられたのは、何ともうらぶれた雰囲気の無人スシ・バーであった。

 重金属酸性雨で生地を痛めつけられ、タバコの煙や手垢などでくすんだマーブル模様に染め上げられたノーレンが実にわびしい。

 

 まあ、コロニー住まいの浮浪者が回転スシ・バーやクラシックスタイル・スシ・バーをおすすめしてくる訳もない。

 

 無人スシ・バーというのは日々の仕事や生活に疲れた最下層労働者などが集う、男が一人で安らぐための静謐な空間だ。

 家族連れなどが賑やかに談笑しながらスシを食べる回転スシ・バーのようなファミリー層向けの店とも、スシシェフと対面して食べるクラシックスタイル・スシ・バーとも違う。

 ライダーのような王侯貴族には実際おすすめできない貧民めいた者の集う店ではあるが、それは今のウェイバーの財力で支払えるギリギリのラインでもある。

 

 というわけで、ノーレンをくぐって入場するライダー主従。

 

 ウナギ・ベッドルームめいた奥に細長い店内。奥行きは一〇メートルほどはあるか。

 壁の片側に沿うように造られたカウンターと、固定式の簡素極まりないベンチが並行に並んでいる。

 カウンターの反対側にはキャットウォークめいた通行用スペースが僅かに設けられているが、これまた実際狭苦しい。

 スシ・カウンターテーブルはパーテーションによって一人ぶんのブースに区切られており、座ったものは壁を向いてスシと一対一で向き合い食べる事となる形式だ。

 

 店内には電子合成された雅楽がしめやかに流れ、効果音だけのシシオドシが響き渡る。

 

 これは比較的ポピュラーな無人スシ・バーの形態であり、ウェイバーも幾度か英国で訪れた馴染みのある店構えであった。

 

 もっとも、ロンドンの無人スシ・バーは数奇者が来訪する異国文化体験重点の店であり、ファッションめいた存在である。

 この無人スシ・バーのように、浮浪者や最下層労働者が僅かな稼ぎを握りしめてやってくるような荒んだアトモスフィアは存在していなかったが。

 

 客数は少ない。

 薄汚れた作業服姿の労働者、浮浪者や失業者めいたアトモスフィアの者たちなど。一番奥の席には宵闇色のロングコートを着た黒髪の男性もいる。

 皆、押し黙ったままマイペースにスシを摘んでいた。

 

 

「なんだか狭っ苦しい店だのう。それにどえらく静かだ、誰一人会話すらしとらんとは」

 

「無人スシ・バーではパーテーション越しに会話するのはマナー違反らしいんだ。ここは静かにスシを食べる店なんだよ」

 

「ふうむ、そんなもんか。想像していたのはもっと楽しげな店だったんだがのう」

 

「そういうのは回転スシ・バーのナワバリだよ……ほら、ノーレンで立ち止まってたら実際迷惑だし入らないと」

 

「ん? おお、そうだな」

 

 

 何となく拍子抜けした様子のライダーを促し、店の奥へと進もうとするウェイバー。

 だが、その時である!

 

 

「イタゾッコラー!」

 

 

 店外から轟く罵声!

 

 

「何だあ?」

 

「アイエエ……また喧嘩、って、アレレ? 昼間の連中じゃないか」

 

 

 振り向いたライダー主従の目に映ったのは、昼間にライダーがボロ雑巾めいた有様にしたヨタモノ達の姿であった!

 その中には体にミイラめいて包帯を巻いている者、折れた手足に粗雑な民間医療によるものらしいソエギを当てているものなどがちらほらと見受けられる。

 皆それぞれセラミック・マサカリやサスマタ、鎌バットなどの凶器を手にし、殺気めいたアトモスフィアをまき散らしている。実際物騒な。

 

 ヨタモノ集団の背後には家畜輸送に用いられるような大型トレーラーが停車している。彼らが乗ってきたものだろうか?

 

 

「ほっほう、殴り返しに来たと言うわけか? 弱い者いじめしかできん連中かと思ったが、なかなか骨があるではないか」

 

 

 意外な事に嬉しげな様子を見せるライダー。

 たとえヨタモノであったとしても、自分より強い者に立ち向かう気概は評価するらしい。何とも度量の広い男であった。

 

 とはいえ、ヨタモノはヨタモノ。

 抵抗する力すらない無力な物乞いを囲んで棒で殴るような輩に、手加減をしてやる道理もない。

 命までは奪わずとも腕の二・三本へし折って灸を据えてやろうと、猛獣が牙を剥き出しにするが如き笑みをライダーは浮かべた。

 

 だが、そんなライダーに向けて何故か臆する様子も全くないヨタモノ。

 昼間と今とで何が違うというのだろうか。

 

 よくよく見るとヨタモノ達の中に、妙に大きな人影が加わっている。

 首輪と紐を付けられて数人のヨタモノによって誘導され、ライダー達へ向けて近づいてきたその姿は、青白いモチめいた肌をした半裸の巨漢。

 何故か頭には紙袋めいたものを被っており、その素顔はまったく窺い知れない。

 

 ウェイバーはこの巨漢を知っている!

 いや、この異形の巨漢がどのような生物なのかを知っている!

 

 その正体とは────バイオスモトリ!

 

 ドヒョー・リング上での殺戮ショーのために生産される、日本が世界に誇るというクローン技術のおぞましき産物である!

 その体格は七フィート近くもあり、巨漢であるライダーと並ぶほどの巨体であった!

 

 見れば、ヨタモノ集団の後方に停車しているトレーラーから、次々とバイオスモトリが降車してきているではないか!

 社会的マケグミに過ぎないヨタモノが、バイオスモトリを買い集めてまでライダーに反撃しようというのであろうか?

 それはあまりにフシゼン!

 ならばあれは野良バイオスモトリか?

 だが、野良バイオスモトリをゴヨウ・ドッグめいて使役する方法など、ヨタモノが有しているわけもない。

 どういうことであろうか。

 

 

「アイエエ……バイオスモトリなんて害獣どっから連れてきたんだよ」

 

「またずいぶんと妙ちきりんなデカブツを連れてきたもんだわい。

 ところで小僧、こやつら人間にしては何か変だが」

 

「ええっと、バイオスモトリは野生化したクローン生物だって聞いたことがある。

 日本では公害の一種みたいな扱いで、自治体とかからハンターに懸賞金も出てるはずだけど」

 

「本当に荒んどるのう、この国は……」

 

 

 溜息混じりにヨタモノ達の妙なベクトルで発揮されたバイタリティを評価するウェイバー。

 そして珍獣を見るような目でバイオスモトリを見やり、苦笑いしながら顎髭をさするライダー。

 

 バイオスモトリは体格に比例した強大なパワーとタフネスを持つが、それはあくまで常識的な範囲内の力持ちに過ぎない。

 銃器でもあればモータルでも相手取れる程度の存在だ。さすがに小口径のマッポ・ガンやチャカ・ガンではなかなか殺せないだろうが。

 神秘の化身たるサーヴァントに通用するはずなどない、というか仮にバイオスモトリに神秘がこもっていたとしてもライダー相手では余裕でスペック負けである。

 

 そんなわけで、ライダーとウェイバーも気楽めいたアトモスフィアを崩すことはなかったのだが。

 

 

「イヒヒヒ! テメーラをオタッシャさせたら、次はあの薄ギタネエお仲間の浮浪者どもだ! サンズ・リバーに送ってヤルゼ!」

 

「……あん?」

 

 

 ピクリとライダーの眉が不愉快げに顰められた。

 発するアトモスフィアは、昼間に浮浪者を囲んで棒で叩くヨタモノを見つけた時よりも、さらに実際不機嫌めいていた。

 

 そんなライダーに気付いた様子もなく、上機嫌にバイオスモトリの背中をパシパシと叩きながら口を開くヨタモノのリーダー格。

 ゲスめいた笑顔をライダー主従に向け、心底愉しそうに言い放った。

 

 

「イヒヒヒ! テメーラを探してる途中でアノ小汚いヤツラの巣を見つけたんでなあ!

 テメーラを片付けたら次はあの連中のコロニーにバイオスモトリどもを送り込んでやるのさ! イヒヒヒヒ!」

 

「こやつら……」

 

 

 隣に立つウェイバーに、ひりつくような静電気めいたライダーの怒気が届く。

 

 征服王は明朗な気質を持つ人物だ。

 どちらかといえば真っ当な勝負事を好み、弱者をいたぶるような輩には好感を抱かぬ類の人種である。

 そんな彼にとって、あの貧しく無力でも悪人ではなかった浮浪者たちのコロニーに、生物兵器めいたバイオスモトリを送り込む輩がどう見えるか?

 

 

「行け、ウスラデブども! こいつらを踏み潰せ! 殺せェ!」

 

「ARRRRGH!!」

 

 

 紙袋の隙間から生臭い呼気とともに吠え声を放ちつつ、突撃を開始するバイオスモトリの群れ。

 言葉をまともに発することすらできない彼らをどのようにヨタモノが操っているのかは不明だが、これは実際見過ごせぬ暴虐ぶり!

 

 

「アイエエエ……! ど、どうするライダー!」

 

「坊主! このバイオスモトリとやらは自治体が駆除しておる害獣の類だとさっき言っておったな?」

 

「ア、アッハイ」

 

 

 ウェイバーの返事によし、と頷いたライダーがバイオスモトリの前へと一歩進み出る。

 

 

「ARRRGH!」

 

「むん!」

 

 

 バイオスモトリの力に任せたハリテ・パンチ!

 なんの技巧もない力任せの攻撃でありながら、当たればモータルならば即死は免れないテレフォンハリテ!

 だが、そんな粗雑な一撃はライダーには掠りもしない!

 

 そして体勢を崩したバイオスモトリの肩をライダーが掴むや、バイオスモトリは糸の切れたジョルリ人形めいて大地へ崩れ落ちた!

 これは一体!?

 

 

「ARRRGH!」

 

 

 続けて躍りかかってきたバイオスモトリの額を、カウンターめいたタイミングでライダーの拳が打ち抜いた!

 

 

「アイエエエエエ……」

 

 

 弱々しく消えゆく断末魔の悲鳴!

 一撃で額から上を粉砕されたバイオスモトリは、緑色のバイオ血液とバイオ脳漿をまき散らしながら即死!

 

 ライダーの恐るべきカラテに、余裕めいて笑っていたヨタモノ達は戦慄!

 そして仰向けに倒れた仲間の骸につまづき後続のバイオスモトリ達は転倒!

 

 その隙に、肩越しに背後のウェイバーへと顔だけ振り向いたライダーが口を開く。

 

 

「いかに大馬鹿者どもでも人間を殺すのはさすがにまずかろうが、害獣ならば致し方あるまいて。

 坊主、あの無人スシ・バーとやらの客を逃しておけ!」

 

「アイエエ……! わ、わかったよ!」

 

 

 駆け出すウェイバー。

 その姿を見送り、再びヨタモノとバイオスモトリの群れへと向き直るライダー。

 

 

「AAARRRRRRRGH!!」

 

「さぁて、いっちょう灸を据えてやるか!」

 

 

 起き上がり突進してくるバイオスモトリの群れを前に不敵に笑うライダーが戦闘態勢を取る。

 その姿は意外なことに、まるで隙のない獅子めいた立ち姿勢の無手構え。

 

 これは紛れもなく古代ローマカラテ!

 

 イスカンダルは古代ローマが存在した時代、その東方に位置する古代ギリシャより覇を唱えた帝王。

 そして古代ローマカラテはその名の通り古代ローマを発祥の地とするカラテ流派!

 ヤバイ級のタツジンならば触れるだけで人の命すら奪う恐るべき魔技である古代ローマカラテを、征服王が征服していなかったはずもない!

 もはや考えるまでもなく、イスカンダルがその使い手であることは当然めいた話であった!

 

 とはいえ生前のイスカンダルはあくまで王であり、現在のライダーは騎乗兵。格闘家でもカラテマスターでもニンジャでもない。

 その技巧はマスター級とは言いがたいレベルのものではあったものの、決して稚拙なものではない。

 言うなれば貴人の手慰みめいたカラテ練度か。

 

 とはいえ古代ローマカラテに人間を超越したサーヴァントの身体能力が加わったならば、それはまさしく一撃必殺となるのだ!

 

 

 

 そんな具合に大立ち回りを演ずるライダーを尻目に、無人スシ・バー内の客を追い立てるように逃がすウェイバー。

 裏口の存在する店だったのは幸運であった。

 

 とりあえず、店内のベンチに座っていた客は全員逃がすことができたのだが、しかし。

 

 

「アイエエ……おかしいな、さっき入りかけた時に見えた黒いコートのおじさんがいないぞ」

 

 

 先ほどライダーと一緒に入店しかけた時、確かに見た気がするのだ。

 夜の闇のように真っ黒いコートを着てぼさぼさの髪型をした男性が、一番奥でスシをつまんでいる姿を。

 

 だが、逃した客の中にそれらしい者はいなかった。

 表の騒動に気付き、いち早く逃げ出したのだろうか?

 だとしたら、それに越したことはないのだが。

 

 

 裏口から出て周囲を見回していたウェイバーは、ふと視界の端に入ったビルの屋上に、コートを着た男めいた影を見たような気がした。

 改めてそちらを観察重点してみても、何も存在しなかったのだが。

 

 

 

 大乱闘を繰り広げるライダー。

 当初の余裕めいたアトモスフィアは消し飛び、手にした凶器を振りかざしてライダーに向かっていっては一撃で殴り倒されるヨタモノ集団。

 そして狂獣めいた勢いでライダーへと襲いかかってはオヒガン送りにされるバイオスモトリ。

 

 何故ヨタモノがバイオスモトリを手下のように扱っているのか?

 野生化したバイオスモトリというのは、本能のままにうろつく野獣めいた存在だ。

 言葉は通じず、理性もなく、食欲に突き動かされて人間を襲うこともしばしば。

 そんな危険生物を、一体どうして使役できているのか。

 

 彼らのヘッドであるタジモドが赤毛の大男と小柄な少年の居場所を探すように命じてから不意に姿を消し、日も暮れきった頃にトレーラーで帰還したのが、つい先程のこと。

 トレーラーに満載された、言葉も話せないというのになぜかタジモドの指示に従うバイオスモトリの群れを満載してだ。

 そしてどこから購入したものか、潤沢な量のバリキドリンクをヨタモノ達へ振舞った上でこの凶行へと走らせた。

 

 違和感を覚えるものも少しは居たが、大半のヨタモノはバイオスモトリという力強い兵隊を武器に復讐できる喜びに溺れた。実際無思慮な。

 

 

 

 その狂乱の舞台を演出した犯人は、いち早くその場よりトンズラ・エスケープを実行していた。

 彼の名はデーモンオカメ・ヨタモノクランのヘッド、タジモド。彼は熱狂する手下達から大きく離れ、ビルの屋上から全体を観察していた。

 よくよく見れば、その目には人間的な意志の光はまったく宿っていない。

 先ほどアジトで蟲に貪り食われたはずの男が、どうしてこの場に五体満足で立っているのか?

 

 見るものが見れば気付けただろう!

 タジモドの皮膚下で蠢く無数の蟲の気配に!

 外見に傷をつけることなくタジモドの体内を食い荒らした蟲が、彼の体をジョルリ人形めいて操っているのだ!

 

 しかも、これほどの有様でありながらタジモドの命は失われていない。

 自我が崩壊し廃人となり、それでもなお命だけは奪われず、その肉体を利用されているのだ!

 ナムアミダブツ! 魂の安寧すらも許さぬその所業はまさに悪魔めいていた!

 

 

「イヒヒヒ……。さすがに宝具までは見せねーよナァ、バイオスモトリごときじゃあよォー。

 挑発が足りねェーか、あんな浮浪者どもをどうにかするとか言ったくらいじゃなァ」

 

 

 タジモドの口調で、タジモドの声で、しかしタジモド本人では決して知り得ない言葉を吐く何者か!

 何たる事か!

 タジモドの肉体を操っているのは、聖杯戦争の関係者に間違いない!

 すなわち魔術師によるものである!

 なんたる外道! なんたる鬼畜!

 いかに無軌道なヨタモノとはいえ、ここまでされる謂れはない!

 

 

「でも、まァ……マスターと離れてくれたのはありがてェーぜ、あのコゾーの方を狙ってみるかァ。

 うまく宝具の性能だけでも見られリャいいんだがなァー」

 

 

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるタジモドが一歩進みだそうとした、その瞬間であった!

 

 

「イヤーッ!」

 

「グワーッ!?」

 

 

 謎の飛翔物が突如飛来し、タジモドの全身に着弾!

 

 KABOOOOM!

 

 爆音! 閃光! 激しい炎がビルの屋上を包み込んだ!

 

 この場をニンジャ観察力を有する者が見ていたならば気付けただろう!

 燃え盛る炎のスリケンがタジモドに接触するや、爆発的な勢いで炎を吹き上げ周囲もろとも飲み込んだ事を!

 タジモドに命中した飛翔物の正体とは、無数のエクスプロシブ・カトン・スリケンである!

 テルミット弾頭スリケンに篭められたカラテ粒子が爆発的なケミストリーを発生せしめ、この大火炎を生み出したのだ! ゴウランガ!

 

 

「グワーッ! グワーッ!」

 

 

 転げまわるタジモド!

 

 しかしカトン・スリケンの炎は生物めいてその体にまとわりつき、転がる勢いを逆に利用し広がるばかり!

 それもそのはず、膨大な熱量によって融解したスリケンがナットーめいて全身に絡み付いているのだ!

 地面に転がった程度でその呪縛から逃れることなど実際できようはずもない!

 むしろ新鮮な空気が供給されることで火勢は強まるばかり!

 ナムアミダブツ! なんと無情なるカトン・ジツか!

 

 生物的反射でストーブ上のバイオスルメめいて転げまわるタジモド!

 その肉体を蟲を介して操作していた何者かであったが、燃え盛る炎によって蟲は次々と死滅!

 

 

「アイエエエ! アイエエエエエ!」

 

『(……ううむ、これは……もう保たぬな、この体は放棄するより他あるまい)』

 

 

 タジモドを操っていた何者かは、事ここに至って撤退を決意!

 耐熱性を有する数匹の蟲を盾に、魔術師の操作の核となる蟲が体外へと這い出し、燃え盛る炎をめくらましに逃走を図る。

 最後に残っていた蟲が全て失せると同時にタジモドの全身が生気を失い、無抵抗のまま炎の中に没した。

 ジョルリ人形めいて操られていた彼は、今この瞬間完全な死を迎えたのだ。

 

 だが、蟲はそれを顧みることなどしない。

 何者かにとって、タジモドはただの着ぐるみめいた道具にすぎなかったのだから。

 

 タジモドの体より逃れ、逃走を図る何者かの操る蟲。

 だがその蟲はわずか数フィートを進むこともできず、動きを止めた。

 

 蟲の実際低い視点から見えたのは、夜の闇めいて黒い布地のスーツめいた忍装束に包まれた二本の脚。

 何者かが蟲の進もうとする道を塞ぐように、空中から着地して立ちふさがったのだ!

 

 見上げた視界に入り込んだのは、ガンメタルのメンポ!

 夜闇に溶け込む宵闇色のロングコート!

 そしてメンポの奥より輝く、ジゴクの焔めいた眼光!

 

 その影は蟲へと向かいオジギ。

 適当な方向に頭を下げたのではない、自分へと向けられるはっきりした意識の流れを魔術師は実際感じ取れた!

 

 

「ドーモ、ハジメマシテ、メイガススレイヤーです」

 

『(…………メイガススレイヤー、魔術師を殺す者じゃと?)』

 

 

 戸惑いつつも無言の魔術師。

 だがしかし、その思考はコマめいて高速回転し、名乗りの真意を探る。

 

 そも、メイガススレイヤーとは何者か。

 魔術師は風の噂に、手段を問わずひたすら魔術師を殺し続ける狂人がこの世に存在すると聞いたことがある。

 その人物は実はニンジャであるとまことしやかに語られる、実際ヨタ話めいた噂を。

 

 ならば、目の前の男がそのメイガススレイヤーなのか!

 このマッポーの世紀末日本にニンジャが実在するというのか!

 ニンジャリアリティ・ショックを受けるには至らぬものの、衝撃を受ける魔術師! 実際それは大きく激しい!

 

 メイガススレイヤーは炎に呑まれたタジモドの骸を一瞥し、そして蟲へと視線を戻した。

 メンポの奥に輝くシノビブレードカタナめいた鋭い視線に射抜かれ、存在しない心臓に氷の刃を突き入れられたかのような悪寒を覚える魔術師。

 

 次の瞬間であった!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 気合一閃!

 メイガススレイヤーの手からスリケンが飛ぶ!

 今度は先程のカトン・スリケンではない!

 決断的速度で飛来した冷たく輝くハガネの刃が、実際正確に蟲を射抜いた!

 

 耳障りな断末魔をあげ、蟲は絶命!

 だがしかし魔術師にダメージはない。この蟲もまた、それを操る魔術師にとっては端末の一つに過ぎないのだ!

 

 遠隔操作の核としていた蟲が絶命したことにより、それらを操作していた魔術師とのリンクは急速に断たれつつある。

 燃え盛る炎を背にした闇よりもなお黒い影の姿も輪郭を滲ませ、もはや四肢の形状すら判然としない。

 

 その狭まりゆく視界の中で、ロングコートのニンジャが口を開いた。

 

 

「これはオミヤゲだ。次は本体を殺す」

 

 

 冷酷なる声音!

 この蟲が本体でないことを正しく理解し、その上でリンクを通しての処刑宣言!

 メイガススレイヤーの圧力はジゴクめいたアトモスフィアとなって、この場から遠く離れた魔術師の心を打ち据えた!

 

 それを最期に、灼熱の炎に包まれた映像はぶつりと消えて失せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜のフユキ・スラムに爆発音が轟いた。

 

 

「なんだあ?」

 

 

 最後のバイオスモトリをイゾリ・スローでビルの外壁に叩きつけてオタッシャさせていたライダーが、怪訝そうな呟きを漏らす。

 彼の視線の先にあるのは、ビルの屋上から焼夷弾めいた勢いであがる猛烈な火の手!

 

 グレイブヤードめいたビル群の中ではひときわ高い建物の屋上で、轟々と音を立てて燃え盛る炎。実際それはランドマークめいた注目を周辺から集めていた。

 先程までの乱闘をチャメシ・インシデントと無視していた住人たちが、窓から顔を出し指差して騒ぐ程度には。

 

 血の気の多かった者が全員伸されてしまった為、手にした武器でライダーを遠巻きに威嚇するだけにとどまっていたヨタモノ達が、爆音に恐れをなしてネズミめいて逃げ出した。

 バイオスモトリの全滅と併せて、ついに恐怖心の限界を越えてしまったらしい。ブザマ!

 

 

「アイエエ……火事だ!」

 

「おい小僧、この国ではあんなデカい花火を地上でやらかす習慣があるのか?」

 

「そんな危ない風習聞いたことないよ!

 魔術の気配はしないし、何かの事故じゃないかと思うけど」

 

「事故……ふうむ。確かにサーヴァントの気配もせんが……」

 

「どうしたんだよライダー、怪訝めいた顔して」

 

「いや、どうも腑に落ちん気がしてなあ」

 

 

 顎髭をさすりつつ首を傾げるライダー。

 ヨタモノとバイオスモトリの襲撃に続いての火の手となれば、順当に考えるならばライダー達への何らかのアクションだと考えられる。

 

 だが、このタイミングで爆発を起こしても、ライダー達の目を逸らす程度の効果しかあるまい。

 しかもヨタモノ達は爆発音に驚き戸惑ったあげく、レミングスめいて逃走しだしている。これでは逆効果ではないか。

 実際不可解であった。

 

 その時、ライダーの霊体ニューロンに閃きが奔った!

 

 

「よし! ここはとりあえずあの燃え盛るビルの屋上へ行ってみるとするか」

 

「アイエエエ!? どうしてそんな結論に!?」

 

「小僧はサーヴァントや魔術の気配は無いと言っておったが、確か気配遮断とかいうスキルがあるそうではないか。

 あの爆発がどちらかと言えば余らに利する出来事である以上、第三者が割って入ったと見るが妥当よ。

 ひょっとすると助太刀しにきた義侠心あるサーヴァントなんぞがおるかもしれんぞ」

 

「無いと思うけどなあ……」

 

「おらんならそれでもよい。何にせよ爆発の原因がわからぬままではすっきりせんだろう、うん?

 さあ行くぞ!」

 

 

 疑わしげに眉をひそめるウェイバーに、気楽げに言い放つライダー。

 その手が腰に佩いた剣へと伸び、彼の代名詞の一つたる戦車の飛行宝具を召喚しかけ────

 

 

「ア、アイエエエ! 待ったライダー! まずい!」

 

 

 彼のマスターたる、気弱げな少年に制止された。

 実際切羽詰まっている表情。ネズミ袋めいた緊張した声音。

 只事ではないのは明白だが、一体何に焦っているのかライダーにはわからない。

 

 

「む、どうした小僧?」

 

「あれだよ! あそこの空!」

 

 

 ウェイバーの指差す先に存在したのは……空飛ぶマグロ!?

 いや、違う! あれはフユキ市警航空隊のパトロール飛行船、マグロ・ツェッペリンだ!

 

 確かにフユキであっても、スラム内での犯罪行為までは厳しく取り締まられていない。

 バベルめいた高層ビルの建ち並ぶ新市街や、外周に位置する高級住宅エリアとは違う。

 マッポの戦力も有限だ。ヨタモノや浮浪者の小競り合いにまで手を出す余裕はない。

 

 だがしかし、いかにフユキ・スラムでの犯罪行為が見て見ぬふりをされているとはいえ、数マイル先からでも実際はっきり見えるほどの火の手!

 これはさすがに非常事態である!

 他の土地に比べ優良であると評判のフユキのマッポが出動してこないはずもなかった!

 

 

「ライダーの戦車がマッポに見つかったら実際ヤバいよ! すぐに離れないと!」

 

「ほうほう、ついさっき乱闘が始まったばかりだというのにもう出てきたわけか。

 暴力が全てを支配する無法地帯かと思っておったが治安組織が真面目に働いとるではないか、感心感心」

 

「感心してる場合じゃないって! すぐに地上部隊のサイバネ・キドータイも出てくるだろうし、早く!」

 

「わかったわかった。しかし結局スシを食いそびれたのが残念でならんな、帰りに他の店でも探すとするか」

 

「アイエッ!? まだ諦めてなかったの!?」

 

 

 ウェイバーに背を押され、しぶしぶその場を離れるライダー。

 足早に彼らが立ち去った後のスラムに残されたのは、バイオスモトリの骸と怪我をして転がり呻くヨタモノのみ。

 

 

 いや、もう一つ。

 少し離れた物陰に潜む、スラムの闇に溶け込む影めいた姿。

 宵闇色のコートを纏った男が去り行くライダー主従を観察していた。

 

 大地に転がるバイオスモトリを一瞥し、続いてヨタモノを観察。

 痛みで動けない様子だったヨタモノ達もマッポのサイレンを聞いてか、傷付いた体に鞭打って立ち上がり、乱闘の場から離れ出している。

 ピクリとも動かないのは青白い肉塊めいたバイオスモトリの骸のみ。

 

 大乱闘を繰り広げつつもライダーは害獣たるバイオスモトリの命しか奪っていなかったのだ!

 なんたる奥ゆかしさ! 古代ローマカラテの技巧が光った!

 

 コートの男は最後のヨタモノが起き上がるのを見届けたのち、サイバネ・キドータイの装甲車の到着前に姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時ならぬビル火災で大騒ぎのフユキ・スラムより遠く離れた洋館の地下で、もぞりと起き上がる影が一つ。

 

 

「ヌウーッ……。よもやあれほど一方的にやられようとは」

 

 

 忌々しげにかぶりを振りながら、周囲を埋め尽くす蠢く黒い何かの山から体を引き抜く。

 その姿は老人だ。鶴のように痩せ、腰の折れ曲がった小さな老人だ。

 

 彼の名は、間桐臓硯。

 タジモドの体をジョルリ人形めいて操り、ライダー主従へとけしかけた下手人である。

 

 間桐の魔術は蟲を手足めいて、いやそれ以上に使い倒す蟲使いの家系。

 もし蟲に心があったならば労働基準法違反を訴えることも辞さないだろう。実際ブラックな。

 

 彼がいるこの場もその象徴めいたもの。無数の妖蟲蠢くネザーめいた空間、間桐の蟲蔵である。

 

 

「雁夜めが動きだす前に情報の一つでも得ておいてやろうかと思ったが……やれやれ、不覚じゃったわ」

 

 

 本来、此度の聖杯戦争に参加しているのは臓硯ではない。

 表向きは彼の息子にあたる、間桐雁夜というニワカ作りめいた魔術師だ。

 

 一応先日サーヴァント召喚には成功したものの、その際にジゴクめいた苦しみから七転八倒して昏倒し、今は自室のフートンに放り込まれている。

 サーヴァントも霊体化したままジゾー・スタチューめいて雁夜の枕元に待機しているようだ。

 

 フユキの地には二つの魔術師の家系が根を下ろしている。

 一つはこの間桐。もう一つは遠坂。

 雁夜はその間桐の現当主、鶴野の弟にあたる。

 

 魔術師の家系に生まれ、兄である間桐鶴野より勝った才能を持っていながら魔術師を嫌い、モータルとして生きる事を選んだ不肖の息子である。

 フユキの地を離れ、つい一年前までマケグミサラリマンとして雑誌社などで職を得て糊口を凌いでいた。

 魔術師の家に生まれた雁夜はセンタ試験を突破していない。一部のカチグミ以外は経済的に搾取される世紀末日本において、それは致命的だ。

 だがどれほど経済的に困窮しても、どれほど社会的マケグミゆえの厳しさにぶちあたろうと、ただの一度も実家に援助を求めようともしなかった。

 それもこれも、全ては魔術嫌いに端を発するものである。実際ブロックヘッドな。

 家を出ていった当初は雁夜を侮蔑していた臓硯も、最下層労働者として働き続けてついにサラリマンとなり、毎年年賀のオリガミ・メールを送ってくるまでになった事は一応評価していた。

 

 それほどの魔術嫌いがフユキまでトンボ帰りし、僅か一年間の修行を積んで聖杯戦争に参加するなどという暴挙を行ったのは何故か?

 

 細かい心理描写めいたものを省いた、臓硯が要約して記憶している流れはこうだ。

 

 雁夜が昔惚れていた女が遠坂家の当主に嫁ぎ、娘を二人産んだ。

 姉は凛、妹は桜。

 間桐の家は魔術師として断絶しかかっていたため、それへの対応として優れた魔術師の資質を持つ妹を、養女として遠坂から貰い受けた。

 それに怒った雁夜が十一年ぶりに帰郷したかと思うと、聖杯戦争に勝ってみせる代わりに桜を間桐から解放して遠坂に返せと要求してきた。

 実際おおよそこんな流れだ。

 

 臓硯から見れば、間桐が養子に取らずともどのみち魔術礼装として加工されるかホルマリン漬けのカエルめいた扱いをされるかという運命の娘である。

 それを間桐の存続の為の胎盤として利用しても別に問題はないと思うのだが、雁夜にしてみるとそうでもないらしい。

 

 何はともあれ、間桐雁夜は聖杯戦争への参加を決めた。

 いつまでもフートンの中で眠り続けているわけもないだろう。

 

 臓硯の見立てでは、雁夜は負ける。

 遠坂の召喚した黄金のサーヴァントは実際圧倒的だ。使い魔ネットワークよりニューロン上に投影されたアサシン惨殺処刑の光景を見れば、誰であろうと理解できる。

 一片の勝機もありはしない。

 雁夜は無惨に、何も為さず、己の命すら取り落とすだろう。実際確定的な。

 あの漆黒のバーサーカーの性能でも、その結果は変わるまい。

 

 さすがに戦果ゼロで退場するのは忍びないと、似合わぬブッダめいた考えで動いてみた臓硯であったが、結果はこのざまであった。

 

 

「他愛のない三流魔術師と脳筋めいたサーヴァント、宝具と真名の情報くらいは得られるかと思ったが、よもや他マスターの横槍が入るとは……。

 此度の間桐にはつくづく運が向いておらぬようじゃ、雁夜めにとっては厳しい状況よのう」

 

 

 やれやれ、と溜息をつきながら蟲蔵の隅にたむろする数体の肉の塊へと近付く。

 それはマワシ姿の半裸で紙袋をかぶった、身長八フィート近い体格の、青白い肌をした生物。

 足許に置かれたカーボンタライから残飯を手ですくっては紙袋の中に運び、むしゃむしゃと咀嚼している肉塊めいた醜悪なクリーチャー。

 バイオスモトリだ!

 

 フユキ市内においては徹底的に駆除されているバイオスモトリだが、当然郊外のしかるべき場所に赴けば実際多く生息している。

 臓硯はそんなバイオスモトリ発生源の一つ、バイオスモトリネストの所在を把握していた。

 

 大した知性も有さず、同族が狩られたり捕獲されたりしても学習せず、ついでに何の法にも触れない。

 ちょっとした思考操作の為の蟲を脳内に忍び込ませてやるだけで、何の抵抗もなくジョルリ人形めいて操ることもできる。

 雑食性で食べ物さえあれば勝手に繁殖して増えるので絶滅する恐れもない。

 魂の質などは最下級もいいところではあるが、それは数で補えばよい。

 臓硯にとって、バイオスモトリネストは実際使い勝手のよいフードコートなのだ。

 

 まあ、ヨタモノやマケグミサラリマン、浮浪者や失業者が行方不明になっても誰も探さないし不審にも思わない。そちらでも別によいのだが。

 今日使ったタジモドとかいうヨタモノのヘッドもそうだ。

 たとえあの後に彼の焼死体が発見されたとしても、マッポは呆れ顔で報告書に"ケンカによる焼殺"と書き入れ、処理済みボックスへ放り込むだろう。

 日本中どこでも似たようなものだ。実際チャメシ・インシデントな。

 

 何はともあれ、今は食事重点。

 自分の体を構成する蟲から遠距離工作用の蟲を捻出したために、臓硯は少しばかり消耗している。実際空腹な。

 と言うわけで、食人機能を有する獰猛なプレデターめいた蟲の群れをバイオスモトリへとけしかける。

 

 

「アイエエエエエエ!」

 

 

 おお、なんたるおぞましき光景か! 

 バイオスモトリ達は全身を這い上がる蟲に手足を末端部から貪り食われてゆく!

 抵抗しようとするも、以前タジモドを無力化したものと同じ麻痺毒によってその動きは実際スロー再生めいた遅さ!

 無力なモータルにとっては恐るべき害獣であるバイオスモトリも、この魔術師にとってはただの腹持ちの悪い食料品でしかないのか!

 

 生きながら喰われるバイオスモトリの断末魔を心地よく聞き流しつつ、ニンジャについて思考する臓硯。

 今回のおせっかいで得られた、唯一と言ってもよい成果だ。

 

 この間桐臓硯は五〇〇年を生きる人外の領域に足を踏み入れた怪物的魔術師である。

 それ故、現代においては幻想めいた扱いのニンジャとも実際に遭遇した事は幾度かあった。

 

 

「……しかし、リアルニンジャのクランは軒並み失伝し、今にニンジャのジツやカラテを伝える集団など存在せぬはず。

 だが、あのカラテ、アサシンめいた気配遮断、親指の先ほどしかない蟲をあの炎と煙の中で瞬時に見つけ出す索敵能力……。

 メイガススレイヤーとやらは……あるいは本当に……ニンジャなのか? まさかのう。

 アサシンがまだ生きておると考えたほうが実際納得できるわ」

 

 

 ううむ、と悩み顔で首を捻る臓硯。

 彼の大型ストレージUNIXめいた魔術的知識量でもわからぬことはある。

 

 

「……ま、わしが背後におるとはさすがに見切れまい。

 蟲の屍からリンクを辿られるほど落ちぶれてはおらぬし、何よりわしはマスターに非ず。

 これ以降手出ししなければ、奴にはわしを狙う理由が生まれまいて」

 

 

 カカカ、と妖怪めいた笑い声をあげつつ、草色のハンテン・コートを羽織り服装を整え、蟲蔵より立ち去る臓硯。

 

 おお、なんたる勘違いか。メイガススレイヤーの目的を見誤るとは!

 この数百年を生きた魔術師にも過ちはあるのか。

 

 

「しかし雁夜め、いつまで呑気に寝ておるつもりなのやら……」

 

 

 頭上を見上げ、天井を透かしてその先に眠る雁夜を睨むように眉をひそめる臓硯。

 

 バーサーカーのマスターの意識は、未だローカルコトダマ空間の中で昏々と眠り続ける。

 刻印虫に蝕まれ崩壊へと近づきつつある肉体の、目覚めの時はいつであろうか。

 

 

 

 

 

 


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