全く生命の息吹の存在しない、動くものとて存在しない虚無めいた荒野で、対峙するたった二つの人影。
宝具を封じられた戸惑いからか、やや腰の引けているアサシンに対して戦意に満ちた様子のキャスター。
「カラテの時間だ! ハサン・サッバーハ=サン!」
言い終わるや、ジゴクめいた殺気と共にキャスターが踏み込む!
「イヤーッ!」
アサシンが近づけさせまいとダークを投擲!
だがしかし、腰の引けたスリケン・ジツはカラテ精度が実際不足!
僅かに身を沈めつつ片手でダークを打ち払い、キャスターが肉薄!
「イヤーッ!」
「イヤーッ!」
キャスターのヤリめいたサイドキックをアサシンが同じくケリ・キックで相殺!
これまで仕留められてきたアサシンと比べ、全ての分身体が統合されたことによりパラメータとカラテは大幅上昇!
キャスターのカラテに引けを取らぬワザマエ! タツジン!
「いいカラテじゃないか! やはり封印してやって正解だったな!」
「何を勝手なことを! イヤーッ!」
「イヤーッ!」
キャスターの薙ぎ払いめいた足払いを飛び上がって回避するアサシン!
そして空中からのダーク投擲で反撃!
しかしキャスターは足払いの勢いを利用してそのまま回転し、メイアルーアジコンパッソでダークを蹴り払う! ワザマエ!
着地したアサシンを狙ってキャスターが再び間合いを詰める!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
ゴウランガ! イナヅマめいた速度でのカラテの応酬! 目にも留まらぬ速度で拳と蹴りが交差しあう!
サーヴァント筋力とニンジャ筋力のケミストリーが生み出す戦闘速度だ!
アサシンは分身体の一割ほどを撃破されたため、そのぶん能力値が低下している。
だがしかし、キャスターもカラテに適さぬクラス補正を受けている! 今の両者の能力値はだいたい互角! ドングリ・コンペティション!
「イヤーッ!」
至近距離でのアサシンカラテの攻防! キャスターの肘がアサシンの側頭部目掛けて抉りこまれる!
「イヤーッ!」
これを紙一重で回避! 切れ飛んだ髪の毛が数本宙に舞う! 反撃の掌打が攻撃後のキャスターの顎めがけ下から伸びる!
「イヤーッ!」
キャスターはブリッジでこれを回避! そのままバク転しつつ暗黒カラテ技サマーソルトキックで反撃!
「イヤーッ!」
アサシンも同じくブリッジで回避! 連続バク転で間合いを広げつつダークを連続投擲!
「イヤーッ!」
回転の軌道を横へと変え、キャスターは三連続側転回避! ダークは虚しく空を切る!
間合いは再び離れ、ジゴクめいた殺気をぶつけあう二人。交錯した視線がセンコめいて火花を散らす。
摺り足で間合いをじわりと詰め合い、それが一足飛びに踏み込める距離になったと同時にアサシンは跳躍!
「イヤーッ!」
猛禽の急襲めいたジャンピングカラテキック!
「イヤーッ!」
それを紙一重めいて回避しつつ、半身を踏み込んでその股間めがけてキャスターの肘が跳ね上がる! エグイ!
いかにアサシンの霊体が女性型とて、食らえば重大なダメージを受けるは必至!
咄嗟の状況判断で足を盾にかろうじてブロック! 同時に受け止めた反動で宙高く飛び上がるアサシン!
「イヤーッ!」
おお、見よ!
空中でトンボを切ったアサシンの手から、四本ものダークが飛ぶ!
「イヤーッ!」
キャスターは咄嗟に飛び込み前転ローリング回避!
しかしアサシンは未だに滞空中! 風に巻き上げられた綿ぼこりめいて空中に留まりつつ、二度目のトンボを切りつつダークを放つ!
「イヤーッ!」
キャスターはブリッジからのバク転回避! アサシンはようやく着地! その放物線めいた落下軌道は実際長い!
なんたる軽功術か! これは紛れもなくエアロカラテの動きである!
なぜアサシネーションカラテ使いであるはずのハサンが、空中戦を主体とするエアロカラテを扱えるのか?
説明しよう!
アサシンの固有スキル"専科百般"の恩恵に他ならない!
このスキルは戦術、学術、詐術など様々な専業スキルをある程度発揮できるというものだが、その中にカラテ流派が含まれていないはずもないのだ!
多彩なカラテを切り替えての変幻自在の戦闘法!
宝具発動中の単一人格アサシンでは成し得ない、多重人格アサシンならではのカラテであった!
命名するならばマルチカラテか!
「多芸だな、アサシン=サン!」
「これだけと思うな! イヤーッ!」
着地したアサシンがカラテパンチを素振り!
いや、違う!
カマイタチめいた衝撃波が、咄嗟に身を沈めたキャスターのマフラーを僅かに切り裂く!
これはソニックカラテ! 実際何でもありなのか!?
タタミ八枚分ほどの間合いを取り、対峙しあうキャスターとアサシン!
「イヤーッ! イヤーッ!」
BOOM!
アサシンのカラテパンチが唸り、衝撃波が飛ぶ! ソニックカラテはこのように、中距離からの打撃戦を可能とする流派なのだ!
キャスターはカラテで固めた腕で衝撃波を受け流し、ダークめいたスリケンを放って反撃!
同時に低い跳躍で突撃! ソニックカラテの弱点は、衝撃波で自爆する可能性が高いゼロ距離戦闘なのだ!
だがしかし!
「イヤーッ!」
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
BOOM! BOOM! BOOM!
空中でスリケンが衝撃波と衝突し粉砕された!
そして……おお、見よ!
続けて迫り来るソニックカラテ・パンチの連打! まるで弾幕めいている!
一撃の威力はそこまででもないが、さすがに受けつつ前進するのは実際困難!
「グワーッ!」
ガードごと吹き飛ぶキャスター!
空中で体勢を立て直し、滑って減速しつつ着地! 摩擦熱で足裏から煙が立ちのぼる!
両手でのマシンガンめいた高速カラテパンチの連打!
見よ、アサシンの両手を! あまりの速度に輪郭が霞むほどの連打!
何たる手数! これはまぎれもなくマシンガンカラテの型!
一撃の威力を落とす代償と引き換えに手数を増す、二つのカラテ流派のコンビネーション! タツジン!
「ヌゥーッ……!」
苦しげに唸るキャスター。
さしもの彼のアサシネーションカラテでも、この中距離打撃戦を突破することは叶わないのか?
いや! 彼の瞳にはまだ力がある! キャスターにはまだ奥の手めいた突破法が残されているのか!?
キャスターの眼光が熾き火めいて底光りし、アサシンを威圧する!
「イヤーッ! イヤーッ!」
アサシンのソニックカラテ・パンチがキャスターへと放たれた!
迫り来る不可視の風の拳を前に、中腰で構えるキャスター!
「……イイィィヤアァァァ────ッ!!」
サップーケイに轟き渡るカラテシャウト! 同時にキャスターが突き出した右腕を包む盾めいたバリアフィールド!
なんたることか! キャスターの体内よりわき上がった粒子めいた何かが右腕に絡みつき、その手のひらに渦めいて旋回する円盤状の盾を形成している!
ソニックカラテはその防壁に着弾するも、突破は叶わず四散!
あまりに異様な光景に絶句するアサシン!
「貴様、何がカラテ勝負だ! 魔術に頼るか!?」
「違うな、これもカラテだ! イヤーッ!」
「イヤーッ!」
キャスターが突撃!
その前進を食い止めるべくソニックカラテが放たれるも、円盤状の光の盾に阻まれ無効!
これは一体何だ!?
説明しよう!
これは圧縮カラテ粒子バリア!
キャスター自身の血中カラテ粒子を体外へと放出、コントロールすることにより強固な防壁を展開するカラテ粒子の盾だ!
高密度のカラテ粒子を高速で回転運動させることによるエネルギー防壁は、実際永久氷壁めいた強度!
「イ、イヤーッ! イヤーッ!」
アサシンはマシンガンソニックカラテで迎撃を試みる!
次々に着弾する衝撃波がカラテ粒子バリアを打ち据え、ついに形状を保ちきれなくなり雲散霧消!
これでキャスターの身を守る盾も無くなったか!?
いや、見よ!
すでにキャスターの左腕を包むカラテ粒子バリアの姿を!
左腕のバリアで続くソニックカラテの衝撃波はブロック!
アサシンは理不尽な現象に目を剥きつつカラテで迎撃!
「イヤーッ!」
「イヤーッ!」
カラテ粒子バリアをまとった拳とアサシンのチョップ突きが接触!
「グワーッ!?」
なんたる事か!
アサシンの指がキャスターのカラテ粒子バリアと接触するや、グラインダーに削られるペンシルめいて切削されてしまった!
高速でドリルめいて回転するカラテ粒子がヤスリめいてアサシンの手指を削りとったのだ! コワイ!
キャスターの拳がアサシンの体に迫る!
「イ、イヤーッ!」
ヤバレカバレのゼロ距離ソニックカラテで迎撃を試みるアサシン!
バリアに衝突したソニックカラテで粒子が霧散! しかしパンチ自体の迎撃相殺には至らない!
「イヤーッ!」
キャスターのリバーブローめいたカラテパンチが、アサシンの脇腹を打ち抜いた!
巨大なハンマーによる打撃めいたダメージがアサシンへと伝わる!
「グワーッ!」
体をくの字に折るアサシン! その鳩尾めがけてキャスターの膝がめり込む!
「イヤーッ!」
「オボボーッ!」
胃袋を突き上げる激痛に、アサシンのドクロ仮面の隙間から胃液と血の混合物が噴出!
堪えきれず数インチ浮き上がるアサシンの躰!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
浮き上がりガードの緩んだアサシンの顎を、さらにキャスターのカラテアッパーが打ち上げる!
エアロカラテの軽功術もここまでダメージを受けては発揮できない!
一〇フィート近く打ち上げられ、ジョルリ人形めいて無防備に落下するアサシン!
その落下地点に待ち構えるのは……追撃重点の構えを取ったキャスターだ!
闇めいて黒い忍装束の下で縄めいた筋肉が隆起する! その上体が捻られ、さらに右拳にカラテ粒子バリアが収束!
キャスターはこの僅かなインターバルでカラテ粒子バリアを再生産できるのか! ハヤイ!
「イィィヤァァァ────ッ!」
ジュー・ジツの流れをくむ重々しい踏み込み! 全体重を乗せたポン・パンチが、ウケミすら取れぬ空中のアサシンへ突き刺さった!
同時に炸裂するカラテ粒子バリア! ポン・パンチと攻性カラテ粒子バリアの同時攻撃だ! ゴウランガ!
「ア、アバーッ!」
アサシンの腹筋をキャスターの拳が貫き、内臓を突き破り、脊椎を粉砕する!
アサシンの躰が真っ二つに千切れ飛ぶ!
いかにアサシンがサーヴァント耐久力とニンジャ耐久力を併せ持とうと、完全に致命傷であった!
くるくると回転しつつ、血飛沫の尾を彗星めいて引きながら吹き飛ぶ下半身。
そして、キャスターにほど近い位置に墜落する上半身。
地面との激突で追い討ちめいたダメージを被り、アサシンがドクロ仮面の下から断末魔めいて血塊を吐いた。
ここまでか、と諦念めいて受け入れるアサシン。
ノーカラテ、ノーアサシン。
食らってはっきりわかった。あの異様な攻撃手段は、本当にカラテなのだ。
ジツとマルチカラテの多芸さに頼りすぎて修行不足だったか、とドクロ仮面の下で自嘲めいて微笑む。
そんなアサシンを見下ろすように近付くキャスター。
「アバッ……カイシャク、か?」
見上げるアサシン。
見下ろすキャスター。
アサシンは、ふと違和感めいたものを感じ、霞みゆく目でキャスターを観察した。
キャスターのマフラーの端が、光の粒子めいて分解されつつある! これは一体!?
アサシンの視線に気付いたように、笑いながら応えるキャスター。
「そろそろ魔力が切れかけのようだ、アサシン=サン。サップーケイもカラテバリアも、消費が実際激しいからな」
「魔力……切れ、だと? バカな、それほど……ゴボッ、異常めいた魔力消費など、感じなかった……ぞ」
「未契約ならこんなものさ、そろそろ限界に近いね」
世間話めいた軽さで言い放たれたキャスターの言葉に目を剥くアサシン。
「バカ、な……! 貴様のマスターは、メイガススレイヤー=サンでは……ないのか!?」
「召喚者はメイガススレイヤー=サンがオタッシャさせているよ」
そんなバカな、とアサシンの霊体ニューロンに疑問の声が満ちる。全ての人格が同じ疑問を発している。
召喚者を殺したニンジャと共闘し、マスターと契約すらせず、何故自分と戦い、あまつさえ魔力切れめいた有様になる切り札まで使ったというのだ!
無言の問い掛けめいたアサシンの視線を受けて、肩をすくめるキャスター。
「私の願いは"過程で楽しむ"ことだったからな。だからもう願いは叶っているんだ、アサシン=サン。あとはまあ……余興めいたなんかさ」
「なに、を……」
「ちょっとジツを頼みすぎだが、最後はいいカラテだったじゃないか。実際満足しているよ」
気軽な口調で言いながら、持ち上げた右足をアサシンの頭に乗せる。
「ハイクは詠むか?」
「……いや、いい」
「そうか」
体重をかけ、アサシンの頭部を踏み潰しにかかるキャスター。
カラテジャンキーめ、と苦笑いめいたアトモスフィアでそれを受け入れるアサシン。
「……サヨ、ナラ!」
最後のアイサツが、無意識めいて口から溢れる。
そして己の頭部が踏み潰される感覚と、霊核が粉砕される感覚を同時に味わい、アサシンの意識は途切れた。
そして外界では!
「────固有結界を創りだす宝具か、なるほど……さすがにキャスターというわけだ」
姿を消したキャスターとアサシン、そして膨大な魔力から事態を見て取った綺礼が、僅かに感嘆を漏らす。
が、それも刹那の間のみである。
すぐに彼らの事を意識から追いやり、メイガススレイヤーへと注視する。
「メイガススレイヤー……私は貴様に聞きたいことがある」
「……」
メイガススレイヤーは無言。綺礼の熱視線に戸惑っているようにも見えるが、そうではないだろう。
実際、彼のニンジャ思考力は目の前の代行者がいかなる攻撃を行おうと対処できるよう、ニンジャ注意力を駆使して観察している。
「お前は……何の為に戦っている?」
「……何?」
さすがに予想外の質問だったのか、訝しげな表情をメンポの下に浮かべるメイガススレイヤー。
「お前の戦いは、傍から見れば不可解の極みだ。
魔術師をひたすらに襲い、殺し、その過程で巻き添えが出ることもさして厭わん」
「……」
「正義の為ではあるまい。人質を情け容赦なく見捨て、ただ利用されただけの実験体などを屠ることにも躊躇せず、巻き添えになった者にも一顧だにせん」
「……」
「金の為でもあるまい。誰に頼まれたからでもなく、お前は自分の意志で魔術師を殺している」
「……」
「平和の為でもない。例えばお前の殺した魔術師の中には、ある種闇の秩序めいたものの維持に一役買っていた者もいた。
その魔術師の死後、無法なヤクザやヨタモノが抗争を始め、それは数年が経っても収まってはいない。その土地は決して平和になったとは言えぬ」
「……」
「虚無めいた道程だ。お前の歩んできた道には、ひたすら魔術師の骸が転がるばかり。
誰とも手を取り合わず、組織に属することもなく、たった独りで魔術師を殺し続けるなど狂人以上に狂人めいた有様だ。
あのキャスター以外、貴様が自分の隣に誰かを置いて戦ったという情報はない。
お前の背景には、およそ人間性と呼べるものが見えてこない。まるで"人の形をした何か"のように思えるほどに」
言葉にはせず、しかし綺礼は内心で続ける。私と同じように、と。
父、璃正ならばメイガススレイヤーの生き様を唾棄すべき狂人の行為と吐き捨てるであろう。
師、時臣でも同じだ。
しかし、彼の破滅的な道程を、心のどこかで美しく思えてしまう破綻者たる自分にも、彼を支えているものが何なのかわからない。
「……」
カラテを構えつつ、ただ静かに綺礼の言葉を聞くメイガススレイヤー。
臓硯などに向けていたジゴクの焔めいた眼光ではなく、冷たく凍り付いたオブシダンの眼光で綺礼を見つめ、黙ってその言葉を聞いている。
「……お前はその道の先に、何を求めているのだ? 何を得るために、その狂気の道を歩んでいるのだ。お前の目には、どのような答えが見えているのだ。
答えてもらうぞ、メイガススレイヤー」
綺礼の表情は、高圧的なアトモスフィアを篭めた言葉とは裏腹に、どこか道に迷った子供めいていた。
狂人めいたメイガススレイヤーの生き方から、同じく常人から外れた心を持つ己の生きる指標めいたものを得られるはずという想い。
そしてそれと相反する、もしそれでも何も得られなかったらという事への不安が、心の裡より僅かに覗く。
それに対してメイガススレイヤーは。
「見えている答えなどない」
「……どういう意味だ、メイガススレイヤー」
「そのままの意味だ。僕は魔術師を殺す。その先など考えてはいない」
メイガススレイヤーのオブシダンの瞳に、ジゴクの焔めいた憎悪が浮かぶ。
それは魔術師への怒りと憎悪だ。モータルを虐げる魔術師への、狂気めいた憎悪だ。
「言峰綺礼=サン、だったな。オヌシは何故、僕の戦う理由などを聞きたがる」
ニンジャの問い掛けに、神父へと懺悔する罪人めいて口を開く綺礼。
「……数年前、私は貴様と出会っている。憶えているか」
「憶えている。東欧の小都市だった。……オヌシが罪なきモータルを手にかけたならば、その時に殺しに行くと言ったはずだ」
ぶるり、と綺礼の背筋に震えが走った。
メイガススレイヤーのまとうジゴクめいた殺意のアトモスフィアに、かつての邂逅以上の何かを感じて。
「あの時……あの時私は、貴様に惹かれた。そして────今も」
綺礼の心が感じたのは、ひたすらに破滅的な道を突き進むメイガススレイヤーへの共感なのか。
善よりも悪徳に惹かれ、人が醜いとするものを魅力的に感じる歪んだ精神が、ニンジャの狂気に惹かれているのか。
綺礼は亡霊めいて静かに佇むメイガススレイヤーの姿を見詰める。
求道者めいて迷いなくひたすら突き進み、そして魔術師を殺す狂人。
魔術師を殺し続けた先に求めるものすらないと語るニンジャに、なぜこうも惹かれるのか。
確かに綺礼は、自分の狂気めいた性質を自覚はしているつもりだ。
だが、何故ニンジャに惹かれるのか?
「────ああ、そうか」
ふと、天啓めいた閃きを綺礼は感じた。
こうしてニンジャを目の当たりにしてみると、不思議と理解できる。
難しく考えすぎていたのかもしれないと、心の暗雲めいた何かが晴れていくような感覚を覚えた。
己の生来の性質に悩み、苦しんできた綺礼。
人一倍モラルというものを知り、善と悪の区別も正しく理解できるからこそ、己の在り方に矛盾を感じてきた。
本来自分は、この世に生きているべき存在ではないのかもしれないという懊悩であった。
彼にとって、目の前のニンジャの迷いのない在り方こそが理想めいたものだったのかもしれない。
他人からは理解できぬ、共感もできぬ自分だけのルールに従って狂気めいた道を突き進むニンジャ。
モータルを虐げる外道の魔術師を狩る者ながら、それは誰かを助けるためでも、世間一般でいう正義めいたもののためでもない。
何かを得ようとするのではない、ひたすら破滅的なジゴクめいた道程そのものに価値を見出す狂人めいた在り方。
メイガススレイヤー自身が定めたボーダーラインめいたものを越えた魔術師を殺す、ただそれだけの殺戮者なのだ。
それは実際、モータルのみならず魔術師から見てすら共感可能性の低い、狂人の生き様なのだろう。
だが、そこに迷いはない。苦しみもない。
綺礼にとって初めて生まれたメイガススレイヤーという他人への執着の正体は、きっと────
「私がお前に惹かれているのは、そう……。
お前に憧れ、お前のようになりたいと思ったから、なのかもしれん」
これは、憧憬めいた感情なのかもしれない。
口にすると、驚くほどすんなり飲み込めてしまった。
目の前のニンジャの迷いのない姿に、迷い続ける自分を重ねあわせ、そして自分もニンジャになりたいと思ったのだ。
おお、ブッダよ!
己が人生の進むべき道に迷う狂人めいた神父が憧れるのは、迷いのない狂気に満ちた、おぞましきニンジャだと言うのか!
なんたるマッポーめいた人間模様か! もはやこの場に救いはないのか!
「やめておけ」
メイガススレイヤーの答えは、たった一言であった。
冷たいオブシダンの瞳が綺礼を見据え、鋼めいた眼光が射抜く。
「"この先"には何もない。オヌシが何かを探しているというなら、ニンジャになりたがるのは間違いだ。他をあたれ」
にべもない拒絶めいた言葉に、いささか鼻白む綺礼。
他の人間にならいざ知らず、眼前の狂人に制止されるとは思ってもみなかった。
「……そうなのかもしれん。何もない、ただ奈落へ堕ちゆくだけの破滅めいた願望なのかもしれん。
だが、自分に嘘をつくこともできん」
完全ではないまでも迷いが晴れ、どこか清々しい表情の綺礼が黒鍵を取り出し、変則的なハッキョク=ケンを構える。
「挑ませてもらうぞ、メイガススレイヤー。お前が魔術師を殺し続ける狂人ならば、私はお前を殺す狂人になろう。
そしてお前の進む道の果てまで、行き着いてみせる。お前を乗り越え、お前には見えていない、その道の果てを見るのだ」
「果てなどない」
この冷静沈着めいた性格の言峰綺礼には珍しく、熱に浮かされたような言葉。
これも一種のニンジャリアリティ・ショックめいたものか。
ニンジャを求め、ニンジャになろうとし、ニンジャを乗り越えようとするのが綺礼の願望か。
メイガススレイヤーは鋼めいた眼光をそのままに、綺礼に応じるようにカラテを構える。
常のジゴクの焔めいた殺気は纏っておらず、静かなアトモスフィアだ。
バイオアスファルトを踏みしめ、ニンジャに向かい身構える綺礼。
あの邂逅から、それまで以上に激しい修行を己に課して鍛え続けたハッキョク=ケンのカラテを全開に、恐るべきニンジャへと挑む!
カソックの下で縄めいた筋肉が隆起し、黒鍵を握る手に岩をも砕かんばかりの力が篭る。
一歩を踏み出しつつ、綺礼はハッキョク=シャウトと共に黒鍵を投擲!
「イヤァァァ────ッ!!」
「イヤーッ!」
キャバァーン!
何たる事か!
綺礼の投擲した黒鍵へと、後追いで投げ放たれたメイガススレイヤーのスリケンが着弾! 相殺!
だがそれも織り込み済みとばかりに、綺礼は正面から間合いを詰める。
メイガススレイヤーはカラテを構えて待ち構えるのみ! 不動!
いずれも無手! カラテの勝負だ!
綺礼に見えているのはもはやメイガススレイヤーのみ! 時臣も璃正もアサシンも、聖杯すらもどうでもよい!
シン・キャクの踏み込み! バイオアスファルトが粉砕される!
中腰で受けのカラテを構えるメイガススレイヤーは未だ不動!
「イヤーッ!」
小細工なしのテンザンコー!
例えガードしようとも、それごと打ち砕くという正面突破の一撃!
だがしかし!
「イヤーッ!」
メイガススレイヤーの動きが瞬時加速! 倍速再生めいた速度で七フィート近い高さまで瞬時に跳躍!
綺礼の一撃は見事にすかされる! ニンジャ反射神経の前ではモータルのカラテは通用しないというのか!?
その肩に天地逆転して片手を置き、メイガススレイヤーは二段跳躍!
振り向く綺礼!
「貴様!?」
メイガススレイヤーは反撃することなく、バイオ石塀の上から綺礼を見下ろすのみ!
その余裕めいた姿に奥歯を噛み締める綺礼!
「……私如きが相手では、本気で戦うまでもないと言うつもりか!」
黒鍵を生成! 即座に投擲!
その弾道を見切って回避し、バイオアスファルトの道路へと着地するメイガススレイヤー。
「何故攻めてこない! メイガススレイヤー!」
綺礼はハッキョク=ケンの伝統的歩法、カツ・ウォークで接近! スバヤイ!
滑るような動きで間合いを詰め、側面死角からのケリ・キックが飛ぶ!
「イヤーッ!」
だがしかし、ケリ・キックの軌道は僅かに逸れ、空を切る! これは一体!?
この場にニンジャ動体視力を有する者がいれば気付けただろう!
受けのカラテを構えていたメイガススレイヤーのミニマム掌打が、蹴り足に添えるように這わされたことを!
綺礼の実際鋭いマサカリめいた蹴りを最小の力で受け流し防御したのだ! タツジン!
「受けるばかりで何故攻撃しない! イヤーッ!」
綺礼が身を沈め、ナギナタめいた足払いでメイガススレイヤーを足首を狙う!
メイガススレイヤーはジャンプしてこれを回避! しかしそれは綺礼にとって狙い目の動き!
「イヤーッ!」
足払いの回転動作をそのままに高さを変えてのメイアルーアジコンパッソ!
これはアサシンカラテの動きだ! 己のサーヴァントのカラテを、僅かなマスターとしての期間で吸収したというのか!? 実際この男の努力は修羅めいている!
だがメイガススレイヤーは綺礼の蹴り足を咄嗟にブロック! ニンジャ反応速度のたまものだ!
衝撃を吸収して飛び下がるメイガススレイヤー!
「おのれ!」
再度突撃を敢行する綺礼! その目の前でメイガススレイヤーの姿が倍速再生めいてブレるや、猛烈な速度での前方回転飛び込み蹴りが放たれた!
これは古代殺人カラテ流派の一つ、コッポ・ドーの奇襲技! アビセ・キックだ!
あまりの速度と異様なモーションに綺礼のガードは間に合わず、肩口にカウンターヒット!
「グワーッ!」
吹き飛ぶ綺礼! 鍛えぬかれた筋肉とハイテクケブラー魔術強化カソックが衝撃を吸収するも、その威力は絶大!
激突したバイオ石塀がクレーターめいて破壊される!
アビセ・キックで折られた肋骨が内臓を傷つけたか、血を吐く綺礼! 飛沫めいた鮮血が漆黒のカソックとバイオアスファルトを真紅に染める!
そしてバイオ石塀から綺礼の体が崩れ落ちるよりも早く間合いを詰めたメイガススレイヤーの両手が、掌打めいた構えで繰り出される!
「……イヤーッ!」
両手から放たれた必殺の掌打が、綺礼の胸にめり込んだ!
ナムサン!
これはビヨンボ・バスター! 双掌打の一撃で敵対者の呼吸器官へと致命的なダメージを与える、コッポ・ドーのヒサツ・ワザ!
「グワ……アバーッ!」
バイオ石塀はあまりの衝撃に粉砕!
綺礼の体は吹き飛び、バイオ石塀の向こうに存在したタタミ三枚ぶんほどの庭を通過し、その先の廃屋へと激突!
穴だらけのショウジ戸フレームを突き破り、廃屋内部へと倒れこんだ!
廃屋のチャノマに敷かれた、腐りかけたバイオタタミの上で大の字に転がる綺礼。
「カハッ……ゴボッ……」
口許から溢れる血泡。呼吸が激痛によって阻害され、息を吸うことすらままならない。
全身がネギトロめいて砕けたかと錯覚するほどの苦しみを感じ、身じろぎすることすらできぬ。ダメージは実際あまりに深かった。
激突でどこかを切ったのか、流れた血潮が左目に入った。真紅に染まる視界。
真っ赤に染まるフユキの街並みを背負い、粉砕されたバイオ石塀を乗り越えて近寄ってくるニンジャ。
綺礼の喉奥から、血泡とともに自嘲するような笑いが漏れた。
全く通用しない。
鍛えに鍛えたハッキョク=ケンも、代行者の戦闘術も。
その手の甲からは、本来二画残っているべきレイジュ・タトゥーが消失している。
精神の昂ぶりに任せ、半ば無意識のうちに自己強化の為の魔術燃料めいて使い切ってしまった模様だ。
だが、それでも及ばなかった。
これが、ニンジャか。
揺るぎのない足取りで近づいてくるニンジャという名の死神の姿に、憧憬めいた想いが湧き出す。
これまでどんな道へ挑戦しようと、さしたる労もなく児戯めいて極める寸前まで至れた自分のカラテが微塵も通用しないとは。
受けに回られればそれを突破できず、攻めに回られれば鎧袖一触めいて瞬殺。
ドヒョウ前に犬死にのコトワザ通り、カラテが実際不足していたのだ。自惚れていた。
ニンジャは、イクサで斃した敵にハイクを詠ませてからカイシャクするという。
私も辞世の句を詠む時が来たかと、ダメージで朦朧としつつニューロン内を検索する綺礼。
だが、そんな綺礼の傍に近づいたメイガススレイヤーは、ただ静かに見下ろすのみ。
綺礼の瞳に疑問めいた色が浮かぶ。
なぜカイシャクしないと問い掛けようとして口を開き、呼吸器系を未だに蹂躙するダメージに苦悶。口から鮮血を吐き出した。
「ガハッ……ガハッ! ゴボボッ。……カイシャク、しないの、かね」
「カイシャクはしない」
目を剥く綺礼。
今、このニンジャは何と言った? カイシャクしない?
……自分を殺す気はないという意味で言ったのか!?
見上げる綺礼の疑問の視線へ、鋼めいて冷たい眼光で見下ろし応えるニンジャ。
その瞳は、路傍の石を見る目めいて無感情だ。ジゴクめいた殺意の焔は見えず、ツンドラめいて冷え切っている。
「オヌシは魔術師ではない。だからカイシャクはしない」
ああ、とニューロン内で腑に落ちたと息をつく綺礼。
結局のところ、このニンジャは実際狂人なのだ。だからこそ、自分の中のルールにしか従わず、周囲から見れば理不尽に思える振る舞いをする。
ひゅう、と僅かに肺に新鮮な空気が取り込まれた。呼吸器系を蹂躙していたコッポ振動波のダメージが回復してきたようだ。
ふと、アサシンへと繋がっていたラインが切断された感覚を覚えた。
破壊されたバイオ石塀の向こうから入り込んでくるニンジャ。キャスターだ。
その体がじわじわと光の粒子めいたなにかに分解されつつあるが、足取りには揺るぎがない。
「終わったのかね、メイガススレイヤー=サン」
「ああ」
「息があるようだが?」
「僕が狙うべきエモノではない」
「そうか。実際かたくるしいな」
何の気負いもないような、日常会話めいたアトモスフィア。
しかしその会話の最中にも、キャスターの五体は崩れていく。
メイガススレイヤーはもう用は済んだとばかりに廃屋より出て行く。
それに対して、倒れた綺礼の隣にどっかと腰を下ろし、アグラ座りするキャスター。
綺礼の代行者観察力と魔術師観察力は、今はっきりと理解した。
メイガススレイヤーとキャスターの間に、魔力供給ラインが繋がっていないことを!
キャスターは、奴のサーヴァントではなかったとでもいうのか!?
「何故、だ……」
「うん?」
血泡を吐き出しつつ、理解できないものを見る目でキャスターを睨む綺礼。
背筋を伸ばしてアグラ・メディテーションしていたキャスターが怪訝そうに綺礼へ振り向く。
「何故、契約もしていない人間と、サーヴァントが……」
「ああ」
またその質問か、と言わんばかりにキャスターは笑った。
「アヤツは私の召喚者というわけじゃなくてね。今の私はそう、マスター不在の野良サーヴァントめいたものなのさ」
「……何故、メイガススレイヤーと契約していないのだ?
マスター不在となった理由が何なのか知らぬが、共闘関係にあった相手の願いならば、受けるやもしれんはずだ……。
何より……サーヴァントを有することは、聖杯戦争に参加する資格そのものなのだから」
「アヤツが最初に私と会った時、どんな反応をしたか、わかるか」
「?」
「"オヌシもまた、人に仇なす魔術師の従僕。ならばここで僕に殺される資格があるな"だそうだ。
サーヴァント相手でも臆さずに、あの度胸。トドメに聖杯目当てじゃなく魔術師殺しが目的と来たものだ。
私のマスターもアヤツが殺した」
「……そうか、やはり……やはり、そうなのか」
綺礼のニューロンによぎったのは、かつて幻視したメイガススレイヤーの行動そのもの。
あの魔術師殺戮者は、やはり聖杯を求めてなどいなかったのだ。
何のためにかはわからないが、とにかく魔術師を殺す。実際狂人めいて。
だが、それでも疑問は残る。目の前のサーヴァントだ。
「だが……何故、己のマスターを抹殺したニンジャと共闘していたのだ? それで得られる物など何一つないだろう。
貴様にも、聖杯にかける祈りめいた願いがあるはずだ。だからこそ召喚に応じたはずだろうに、何故諦めたのだ」
「諦めたわけじゃない。勝負して負けたんなら味わったはずだ。現代のニンジャ、実際いいカラテだったろう?」
「……何?」
「だから、カラテさ。私は過程を楽しむ為に召喚されたんだ。そして、思う存分カラテした。
もうちょっとカラテできても良かったが、まあ満足だ」
「……聖杯にかける願いはない、とでも」
「自分の意志で自由にカラテできて、現代のニンジャのカラテを見て、同業者ともカラテできた。
聖杯云々とかは……まあ、カラテするのに差し障る事はとくになかったしな、どうでもいいインシデントだ」
万能の願望器を求める儀式に、魔術師を殺すためだけに乱入しにきたニンジャ。
そして聖杯をどうでもいいと言い切るカラテジャンキーのニンジャ。
どちらも綺礼の理解の埒外にある、理不尽めいた理屈にしか思えない。
だが、とりあえず一つだけ悟った事がある。ニンジャの理屈を理解できない自分は、結局のところただのモータルだったのだろう。
メイガススレイヤーはニンジャ。
キャスターも恐らくニンジャ。
そして自分はモータルなのだ。だから彼らの理屈を理解できない。
アダムとイヴをたぶらかした蛇めいて、思わせぶりで邪悪めいた言葉を投げかけてきたアーチャーの謎めいた言葉の意味も、今ならわかる。
井戸の中の闇を覗きすぎると落ちる。平安時代の剣豪ミヤモト・マサシのコトワザだ。
ニンジャとは、まさしく井戸の中の闇めいたものだ。そこに底はなく、落ちれば即ち飲み込まれて死ぬ。
彼らに成り代わり、乗り越えようなどおこがましい願いだったのかもしれない。
その先にあったのは、狂人めいていると自覚していた綺礼にも理解できぬベクトル違いの狂気めいた何かだ。
ニンジャが彼を拒んだ理由も納得できてしまった。モータルがニンジャめいて振舞おうと、モータルはモータルなのだ。
そんな諦念めいた考えを憶え、脱力する綺礼。
長年追い求めた存在は、自分に答えをもたらす者ではなかった。
唯一得られた成果は、カラテの高みには果てがないということを体験できたことか。
霊的な存在であるサーヴァントとは違い、ニンジャは一応、カテゴリー的には肉体を持つ人間のはずだ。
そのカラテという、ある意味で目に見えて超えるべき目標だけは、手元に残った。
父より受け継ぎ習い鍛えたハッキョク=ケンは、ニンジャから見れば児戯めいた、入り口で足踏みしている子供じみた水準のものだったと激突してわかった。
ならば、それを突き詰めてみよう。門前で念仏を唱えるだけの小僧が悟りに至れるわけもなし。
ニンジャにカラテで並べるようになれば、あるいは何か答えめいたものが見えてくるかもしれない。
方向性はどうやら違えど、自分も彼らも狂っている。だったらカラテで彼らに並んでみれば、自分も彼らのように迷いなく生きられるようになるかもしれないと、綺礼には思えた。
実際それは、真性の狂人同士が異常ケミストリーを起こした果ての、余人からは理解不能な結論だったのかもしれないが。
己の虚無めいた内面に大きな変化をもたらす答えは得られずじまい。
だが地の果てめいて遠いカラテの極みという、とりあえずの目的地は見つかったのだ。
もし生きて目が覚めたら、まずは────カラテから始めよう。
「よしと……する、べき、か……」
アグラ・メディテーションしたまま光の粒子に分解されていくキャスターを痛みで朦朧とする意識で見つめつつ、綺礼の意識は闇の中に落ち込んでいった。
その顔に、安らかな微笑みを浮かべて。
今回はスカム禅問答ならぬカラテ禅問答めいたなんか。
自分で書いたのによくわからない (´・ω・`)