Fate/zeroニンジャもの   作:ふにゃ子

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その13

 

 

 

 

 フユキ中心市街地、大型ショッピングモールの回転スシ・バー二階。

 

 実際重苦しいアトモスフィアに満たされたその部屋で向かい合う、ケイネスとウェイバー。

 

 口を開いてみれば勢いがつくもので、ウェイバーは濁流めいた勢いでケイネスへと思いの丈をぶつけた。

 自分が一人前の魔術師であるノボリを立てたい、その為にケイネス=センセイに勝ちたかったのだと話した。

 だから、ケイネス宛ての荷物が聖遺物であると直感重点してネコババし、着の身着のままで聖杯戦争に参加するべくフユキにやってきたのだという顛末を、余さず語った。

 

 そんなウェイバーの話を黙って聞き終わり、頭痛をこらえるように眉間を押さえつつため息をつくケイネス。

 

 

「────この大タワケ者め」

 

「アイエッ……」

 

 

 びくりと震えるウェイバー。

 

 

「な、そのムグッ」

 

「待てセイバー、ちょっと黙っとれ」

 

 

 その言い方はないでしょう、と発しかけたセイバーの口を、征服王がスシで征服して黙らせた。

 抗議の視線でライダーを睨みつつ、タマゴ・スシを咀嚼するセイバー。

 

 うなだれるウェイバーを前に、呆れ顔のケイネスが深くため息をつき、かぶりを振る。

 そして視線をまっすぐウェイバーへと向け、威圧的アトモスフィアを纏いつつ口を開いた。

 

 

「ウェイバー=サン」

 

「ア、アッハイ……!」

 

「時計塔に戻ったら、君には山ほど説教とインストラクションがある。覚悟重点しておきたまえ」

 

「アイエッ……?」

 

 

 顔を上げたウェイバーが見たのは、かつて教室で講義を行なっている時に見慣れた、ケイネスの冷たい視線と表情そのまま。

 

 ……そう、そのままなのだ。

 聖杯戦争を戦う敵対者へ向けるはずのサツバツめいた視線ではなく、聖遺物をネコババしたヌスットを見る目でもない、出来の悪い生徒を指導するアトモスフィア。

 

 ウェイバーのニューロンに、時計塔で受けた数々のインストラクションが蘇る。

 決断的に冷たい言葉を吐かれることも多かったが、それでも実際多くを学べていたではないか。

 

 

「センセイ……」

 

 

 ウェイバーの視界が蜃気楼めいて滲む。涙を見せるまいと俯き、きつく目を閉じるウェイバー。

 未だ自分がセンセイから、自分の教えるアプレンティス魔術師であると見られていることへの安堵だけではない。

 

 貴重な聖遺物をネコババし、サーヴァントを召喚し、そして同じ舞台に立って尚も自分はケイネス=センセイにとっていち生徒に過ぎないのか。

 それを嬉しく思う反面、悔しくも思うのだ。

 

 見返したい……いや、違う。認められたい。

 鼻を明かしたいのではなく、ただ教えられるだけの生徒でないことを示したい。

 

 

「────センセイ!」

 

 

 目を見開き、声を張り上げるウェイバー。

 

 

「勝負してください、センセイ! ゲコクジョ・デュエルです! センセイ!」

 

「ふむ?」

 

 

 冷たい視線を崩さぬまま、ウェイバーの次の言葉を待つケイネス。

 その大樹めいて揺るがぬ魔術師としての自信めいたアトモスフィアに、臆さず言葉を放つウェイバー。

 その顔はマグロめいて紅潮している。頭に血が上り興奮しているのは明らかだ。

 

 

「確かに、触媒はセンセイから盗んだものです。だけど、ライダーを召喚できたのはぼく自身の力でもあるはずです!

 この聖杯戦争をライダーと一緒に戦い抜いてみせます! そして、センセイにだって、きっと勝ってみせます!

 センセイ……ケイネス=センセイ、今のぼくの実力を見てください! いつまでも半人前じゃない、一人前の魔術師だと、認めさせてみせます!

 センセイのインストラクションを受けた魔術師として、一人前になったと!」

 

「少し落ち着きたまえ、ウェイバー=サン。

 ……勢いだけで言っているわけではないようだな」

 

 

 腕組みし、カミソリめいて怜悧な眼光でウェイバーを見詰めるケイネス。

 いつもの不安めいた、あるいは確たる自負のない内面を虚勢めいたもので覆い隠したアトモスフィアではない。

 確かにそれはこの場のアトモスフィアに後押しされた、勢いめいたものの影響も受けてはいるのだろう。

 だが、それだけではない。

 

 ちらりと目線をずらし、ウェイバーのサーヴァントへと向ける。

 赤毛の征服王がケイネスの視線を受けて、にやりと笑みを返してきた。

 

 あのサーヴァントの豪放磊落な性分は、この僅かな時間だけのスシ・バーでのエンカイでも理解できた。

 恐らくは、それがウェイバーに影響を与えているのか。 

 ライダーの召喚が行われてから、数日ほどしか経っていないというのに。

 だがニンジャは三日見なければ別人になるとも言う。彼も、きっとそうなのだろう。

 

 ケイネスは、どことなく眩しげにウェイバーの姿を見詰め、目を細めた。

 

 

「────よろしい、受けよう。ランサー=サンもそれでかまわんな?」

 

「御意」

 

「ランサー、気をつけてね。……ケイネスも」

 

 

 ランサーへと心配めいた声をかけるソラウ。

 ケイネスにも意識が向いたのは気まぐれだろうか?

 

 

「センセイ!」

 

「だがな、ウェイバー=サン。

 これほど大言を吐いたのだ、不甲斐ない所を見せるようならば容赦はせんぞ」

 

 

 喜色を浮かべるウェイバーへと威圧的アトモスフィアを発するケイネス。

 緩みかけた意識を引き締める警告めいて。

 

 

「ア、アイエエ……わ、わかってます! なあ、ライダー!」

 

「応とも。坊主の師匠越えの大一番だ、余も一肌脱がねばな」

 

 

 威圧を受けつつも、かつて時計塔で学んでいた頃のようには萎縮せず、己のサーヴァントへ信頼の目を向けるウェイバー。

 それにオチョコを掲げて応じるライダー。

 彼が聖杯に賭けた願いに、このやり取りは決して必要なものではないだろう。

 だがしかし、少年が男になろうとするイクサに轡を並べて付き合うのは、それはそれで趣深いものだ。

 あの師匠を見る限り、勝っても負けても得るものはあろうなと、ライダーは胸中で独りごちた。

 

 そんな今時珍しいショーワ・ジェネレイション・アトモスフィアめいた師弟のやり取りを、微笑ましそうに見るセイバー主従。

 無論、倒すべきライバルが一角減少するというラクーン・ハントめいた計算も多少はあるのかもしれない。

 だが、それ以上に本来外道であるはずの魔術師が持つ、師弟の絆という名の人間性を好ましく感じているのかもしれなかった。

 

 と、その時である!

 

 

 キャバァーン! キャバァーン!

 

 

 世界が軋む音めいた異様な感覚!

 即座に緊張し戦場めいたアトモスフィアに満たされる室内!

 

 

「────今のは!?」

 

 

 咄嗟に不可視の聖剣を抜刀しつつアイリスフィールを庇う体勢へと移行するセイバー! 実際素早い!

 猛禽めいて鋭い視線で周囲を油断なく見回し警戒!

 その勢いに巻き込まれてスシ・オケとチャブが転倒!

 

 ライダーとウェイバーも合流!

 正確にはウェイバーがライダーの元へと駆け寄っただけだが。

 ライダー自身は目付きを鋭くしつつも、余裕めいたアトモスフィアを崩していない。さすがの胆力であった。

 

 

「ケイネス殿、これは!?」

 

 

 ケイネスとソラウを庇える位置へと移動するランサー!

 先ほどの打ち合わせ通りにか、咄嗟に近づき合うケイネスとソラウ! 案外息が合っている!

 

 

「これほどの魔力の発露となると、大魔術めいたもの、あるいは宝具の行使か。

 距離は……かなり遠くのようだ、方角はミヤマタウン方面か」

 

 

 ケイネスがヤバイ級魔術師の洞察力で異常事態の原因を看破! スルドイ!

 大魔術か宝具となると、下手人はマスターかサーヴァントのいずれか、どちらにせよ聖杯戦争の参加者だろう。

 

 魔術師達が油断ない目でお互いを観察しあい、この場にいる陣営の策ではないかを確かめようとし合う。

 セイバーとランサーも同じく。

 そしてライダーは。

 

 

「ふぅむ、こんな真昼間からおっ始めるとはずいぶんと好戦的な連中と見える。

 どうだお主ら、ここは一つ見物に行ってみんか」

 

「アイエエ!? 何言い出すんだよライダー!」

 

「この場にいる者どもの目には驚きと戸惑いこそあれ、謀略の気配は存在せん。つまりは第三者の行動と言うことよ。これは余のカンに過ぎんがな」

 

 

 ライダーの明け透けな言葉に、胡乱げな視線を向けるセイバー陣営とランサー陣営。

 真意をはかりかねているのであろう、戸惑いめいたアトモスフィアが漂う。

 

 まず口を開いたのはセイバーだ。

 

 

「確かに、白昼堂々戦いはじめた者がいるのならば気にはなります。ですが、それは我々が一緒に行動する理由にはならないでしょう」

 

「同感だ。俺も貴殿らの罠であるとは思えんが、それとこれとは話が違う」

 

 

 続けてセイバーに同調するランサー。

 その言葉に頷く両陣営のマスター。実際無茶な提案であった。

 

 

「細かいことを気にする奴らよのう」

 

 

 肩をすくめるライダーだったが、実際それほど本気でもなかったようだ。

 もし受け入れられれば儲けもの程度の考えか。実際バクチめいた。

 

 だが少なくともここまでのやり取りで、この場の誰かが仕掛けた策略ではないらしいという認識は共有されていた。

 それでも宴会を続けるアトモスフィアではない。サツバツめいた空気に占拠されたスシ・バー二階にこれ以上とどまることもあるまい。

 漏れ出るジゴクめいた威圧感を恐れてか、マイコ店員やバウンサーがカーボンフスマの向こうへと近付いて来てもいる。

 そろそろオヒラキにするべきであろうと思われた。

 

 ライダーが解散の音頭を取り、三々五々と散る三陣営。

 なぜか支払いを任されたケイネスが想像以上の金額が記載されたデンピョに渋面を作るなどのインシデントはあったが、些細な出来事だ。

 

 セイバー陣営は五重塔めいたテイクアウト・スシパックを手にアインツベルンの城へと戻ると言い残して去った。

 

 ランサー陣営も同じく拠点へ戻るとウェイバーらに告げ、立ち去った。

 勝負についてはまた後日、聖杯戦争の舞台たる夜間に受けさせてもらおうと言い残して。

 

 他陣営と別れ、ショッピングモール外に出たライダー主従はミヤマタウン方面へ向かって進む。

 

 

「なあライダー、本気で何があったかを見物しに行く気なのか?」

 

「無論だ。座して待つよりもまず行動することが肝要よ」

 

「アブナイからやめたほうがいいって!」

 

「危険は承知の上よ。それにな坊主、いかに太陽が隠れ薄暗かろうと、真昼に戦いだしとる連中がどこの誰だか気にならんか?

 これも余のカンだが、どうにもきな臭いぞ」

 

「だから何で危なそうなのを理解してるのに突っ込むんだよ!」

 

 

 騒ぐウェイバーの首をひっつかんで路地裏に入っていくライダー。

 閃光が奔り、何やら物々しい雄牛に牽かれた戦車が路地より現れる。

 その神々しい威容に、目を丸くする通行人たち。

 

 だがしかし、今の時代はチョッパーバイク二台に牽かれた戦車が走ることもあるマッポーめいたファッションのまかり通るご時世だ。

 ハイテクサイバー戦車があれば、バイオ水牛に牽かせたオーガニック戦車もあるはず。

 それなりの驚き程度で受け入れられてしまった。

 

 実際、ゴルディアス・ホイールが電撃を放ちつつ空を飛べば、さすがのフユキ市民も失禁しつつ失神するのは必至。

 そこを読み切り、あくまで道路を走るに留めたライダーの見事な洞察力の勝利である。さすがは歴史に名高き征服王であった!

 

 二人が目指すはミヤマタウン、恐らくは謎の気配に関係あるのであろう火災現場だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は若干前後する!

 

 

 

 

 

 

 

 

 フユキ住宅地区ミヤマタウンの一角。

 爆発による崩壊で火勢は衰えつつあるものの、いまだくすぶる火種が黒煙を上げ続ける間桐邸を背に、睨み合う者達がいた。

 

 宵闇色のロングコートにガンメタルのメンポ、メイガススレイヤー。

 ドクロメンポに黒衣と黒いマフラーのキャスター。

 

 その彼らをバイオ石塀や周囲の廃屋の上から包囲する、ドクロ仮面のアサシン軍団。

 

 

「ア、アイエエエ……? まさか、アサシン? ひ、昼間からサーヴァントが大っぴらに出てくるなんて、ナンデ!?」

 

 

 ケオスめいた状況の連続にパニックを起こす鶴野。

 もはや尿も尽きたらしく失禁はしていないが、口許から泡を吹いている。

 

 

「ドーモ、アサシン=サン。まだこれほど人数が居たか」

 

「ドーモ、アサシン=サン。突然追加のお客さんとはね、しかも数だけは何とも多い」

 

 

 キャスターが無数のアサシンをぐるりと見回し、そして隣のニンジャを見た。

 

 

「どうするね? メイガススレイヤー=サン」

 

「……」

 

 

 キャスターの問い掛けを受け、倒れた桜の傍でへたり込む鶴野を、ジゴクめいた眼光で見詰めるメイガススレイヤー。

 頭頂部からつま先までをじっくりと観察し、左胸に注視。

 しばし間があって、興味をなくしたようにくるりと踵を返した。

 

 

「行くぞ」

 

 

 言い終わるやメイガススレイヤーは加速! ニンジャ脚力によるスプリント! 即座に逃げを打った!

 キャスターもその後に続いた! ハヤイ! サイバー馬めいて速い! なんたる脚力!

 

 

「逃すな!」

 

「主殿のご命令だ、ニンジャは殺すな! だがサーヴァントはネギトロ重点!」

 

「イヤーッ!」

 

 

 アサシン達が逃げゆくニンジャ二人を追う! こちらも実際速い!

 二人の背中目掛けて無数のダークが飛ぶ!

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 振り向きもせず前転ローリング回避! 速度を落とさぬまま復帰しスプリント継続! タツジン!

 

 あっという間に姿を消したニンジャ達に、唖然とする鶴野。

 もうわけがわからない。何がどうなっているのだ。

 

 助けを求めるようにさまよわせた視線が、ふと地面に倒れたままの桜を映した。

 生きているのか、死んでいるのか。専門家でない鶴野にはわからなかった。

 

 

「そ、そうだ……とにかく病院。病院へ運ばないと……」

 

 

 虚ろな目で呟き、おぼつかない足取りで桜へと近寄る。

 アルコールと違法薬物で痛めつけられ、さらに混乱まで加えられた鶴野のニューロンに、浮かび上がる使命感。

 それは実際、どっぷりと浸かってきた狂人めいた魔術師の世界の象徴めいた、臓硯への恐怖に裏付けられた強迫観念めいたものだったのかもしれないが。

 

 こういった魔術絡みの負傷者を、通常の病院に担ぎ込むとトラブルの元にしかならない。

 かといって爆発四散した間桐邸に、治療の為の蟲など残ってもいないだろう。

 助かるかどうかなど全くわからないが、捨て置くという選択肢はこの時の鶴野のニューロンには浮かばなかった。実際奇跡めいて。

 

 急速に生気の抜け落ちていく小さな体を抱えあげた鶴野は、よろめくような足取りで顔見知りの闇モグリ医師のねぐらを目指して立ち去った。

 ようやく出動したのか間桐邸へと近づきつつある、マッポのサイレンに背を押されるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミヤマタウンからフユキ中心市街地へと続くメインストリートを歩く、二人連れのサイバーゴス。

 

 

「さっきは驚きましたねえ。ペケロッパ!」

 

「ペケロッパ! ニンジャなんて現実にいるわけないのに、変な人たちでしたねえ」

 

「早く着替えたいですよ。ペケロッパ!」

 

 

 先ほどアサシンと遭遇してニンジャリアリティ・ショックめいた衝撃を受けて失禁した、二人連れの女カルティストである。

 何とか精神的衝撃から立ち直り、ミヤマタウンの自宅目指して戻る最中であった。

 

 と、その二人の目の前に着地する二つの影!

 

 宵闇色のロングコート! ガンメタルのメンポ!

 黒服! 黒マフラー! ドクロメンポ!

 

 アサシン軍団から逃げている最中の、メイガススレイヤーとキャスターである!

 

 

「ア、アイエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

 

 

 ペケロッパ達は再び失禁!

 二人に目もくれず駆け出すニンジャ!

 

 次々に出現するドクロ面の怪人! 投擲されたダークの数本が、ペケロッパ達の足下に突き刺さった!

 

 

「アイエエエエエ!」

 

 

 失禁しつつ腰まで抜かし、抱き合って座り込む二人に目もくれず、ニンジャを追走して駆け去るドクロ面の怪人たち!

 

 哀れなペケロッパであるが、とある都市ではよく何の理由もなくネギトロにされるこのカルトがニンジャに出会って死んでいないのは実際珍しい。

 ニンジャやアサシン達が、彼女らのような無力なモータルを巻き込む事を厭う、ある種の真っ当さを有していたことは実際幸運であった。

 本人達に自覚はないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼でもなお薄暗いフユキの街並みを駆ける、物々しい装甲バン。

 

 遠坂邸からガゼルめいた健脚で駆け出した綺礼は、あらかじめ用意しておいた装甲バンに乗り込み、ミヤマタウンを目指していた。

 このフユキのマッポー的治安環境下では、いつ薬物中毒のサイコやスモトリ崩れなどが銃火器で襲ってくるかわからない。

 遠坂はフユキでも屈指の資産家カチグミであり、魔術師としての遠坂の恐ろしさを知らないイディオットな者による襲撃の危険が存在するのだ。

 ついでに言うとサーヴァントやそのマスターからの攻撃も、一応懸念はされる。

 そんなわけで、遠坂家の内弟子である綺礼が用意していた戦車めいて重装備の装甲バンも、決して過剰な準備というわけではなかった。

 

 綺礼はアサシンとの念話を維持しつつ、フユキ市内を法定速度の一八〇%ほどで走る。

 これは実際ほとんど違法行為であるが、フユキの優秀なマッポでも速度超過を取りしまるほどの人手の余裕はないのだ。

 

 

『主殿、目標が逃走を開始しました。追跡と妨害に移行致します』

 

「メイガススレイヤー達は逃げを打ったか……」

 

 

 ハンドルを握りつつ考えこむ綺礼。

 ニンジャはサイバー馬以上の速度で道無き道を駆ける存在だ。

 道路しか走れないクルマで移動する綺礼が追いつくのは、単に後を追うのでは実際難しい。

 

 

「アサシンに命ずる。そのまま追跡を続け、私の進路上へと誘導せよ」

 

『お任せを』

 

「逃がさんぞ、メイガススレイヤー……!」

 

 

 シフトレバー脇の赤いスイッチを押しこみニトロを使用。

 ロケットめいた勢いで加速した装甲バンが暴走するバイオイノシシめいた速度でフユキの街を突き進む。

 不運にも居合わせたペケロッパやヨタモノが轢殺されかけて逃げ惑っているが、綺礼にそれを気にする余裕などなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミヤマタウンの路地をネズミめいて駆けるニンジャ達の動きを妨害すべく、ひたすら回りこみと進路妨害に徹しダークを投げ続けるアサシン達!

 袋小路に追い詰められるようなことはないものの、一向に振り切ることができないハウンドめいたしつこさ! 実際執念深い!

 

 それもそのはず、彼らにとっては自分の分身を散々狩られた憎き怨敵である。熱の入りようが違うのは当然めいていた。

 

 

「どうするね? メイガススレイヤー=サン。このまま行っても振り切れそうにないが」

 

 

 並走するキャスターが隣のニンジャに問う。

 しばし走りつつ考えこむメイガススレイヤー。敵との物量差は圧倒的、このまま逃げても振り切ることはできないだろう。

 だが、敵の動きはどこか妙だ。

 自分たちを倒すのではなく、捕えるのでもなく、どこかへ誘導しているように思える。

 

 

「……誘いか。踏み込んで首魁を確かめ、場合によっては殺す。状況判断だ」

 

「心得た」

 

 

 アサシンの誘導めいた意図のこもる追撃にあえて乗り、その包囲網が意図する方向へと逃れるニンジャ二人。

 

 そんな彼らの前に、行く手の道路を封鎖するように滑り込み停車する装甲バンが見えた。

 ドアが開き、降りてきたのはカソック姿の若い男。

 言峰綺礼の待ちぶせだ!

 

 

「とうとう会えたな……メイガススレイヤー!」

 

 

 メイガススレイヤーを見据える綺礼。

 キャスターへは一瞥をくれたのみで、以降は無視。興味が無いようだ。

 

 

「知り合いかね?」

 

「いや。だが見覚えのある顔だ」

 

 

 メイガススレイヤーに対し、ぎらぎらと執念めいた輝きで底光りする視線を向ける綺礼。

 ここで、アサシンのうちの一体が進みでた。

 

 

「主殿。どうかキャスターを討てとお命じください」

 

 

 横目でアサシンを見る綺礼。

 視線に応えるように、アサシンは再度口を開く。

 

 

「奴には我が分身が数多く討たれております」

 

「どうか雪辱の機会を」

 

「お与えくださいますよう」

 

 

 殺気を漲らせ、キャスターへと重点注視しつつのアサシン達の口上。

 そのサーヴァント圧力がジゴクめいたアトモスフィアとなって撒き散らされる! コワイ!

 

 

「好きにするがいい。私が用があるのは奴一人だ」

 

 

 カタナめいて鋭い眼光をメイガススレイヤーへと向ける綺礼。

 

 

「有難き幸せ」

 

 

 感謝の言葉を綺礼へと捧げ、キャスターへと間合いを詰めるアサシン軍団。

 

 

「私狙いか……これは実際丁度いいな」

 

 

 敵の動きに呼応するように、こちらも少しずつメイガススレイヤーから離れるキャスター。

 綺礼とメイガススレイヤーを残し、キャスターを中心とした包囲網が惑星と衛星の関係めいて移動していく。

 

 

「アサシン=サン。お前たちにひとつ、言いたいことがあるんだ」

 

 

 隙のないアサシンカラテの構えを維持したまま、キャスターが口を開いた。

 時間稼ぎの策のつもりか、と反応せず間合いを詰めるアサシン達。

 

 

「お前たちのそのブンシン・ジツ。確かに実際見事だ。一〇〇体近いブンシン・ジツなど、見たこともないほどのワザマエだ。

 だが……なんなんだ? そのブザマなカラテは」

 

「何だと?」

 

「こうして面と向かってよくわかった。そのブンシン・ジツ、分けた人数ぶんカラテが落ちるだろう」

 

 

 内心で唸るアサシン。彼らの宝具たる"妄想幻像/ザバーニーヤ"の唯一の欠点を、こうもあっさり看破されるとは。

 だが、知られたとしてどうだというのか。

 

 

「……認めよう、事実だ。しかし個々のカラテが落ちようと、これだけの人数差だ。貴様のカラテでもこの数には及ぶまい」

 

 

 にじり寄るアサシン達に向けて肩をすくめるキャスター。

 

 

「そこだよ、それがくだらん。

 勝つために使っているのはわからんでもないが、人数頼みの雑なカラテだ。到底アサシンとは言えぬだろう」

 

「何?」

 

「お前がいつの時代の出身にせよ、カラテを軽視しすぎだ。他のサーヴァントならいざ知らず、アサシンがカラテを疎かにするようなジツに頼っているのは不愉快極まる」

 

 

 そう話すキャスターの体内から、噴火前の活火山めいて魔力が立ち上る! これは一体!?

 アサシンのサーヴァント判断力が、このままキャスターに何かをさせることの危険を察知! もはや話は終わりだとばかりに、ダークを手に殺到する!

 

 だがしかし!

 

 

「だから────ここからは、カラテだけだ」

 

 

 中腰に構えたキャスターが、両手を水平に前へと突き出す! 全身に漲る魔力! そしてカラテの集中!

 殺到するアサシン達のダークがその躰へと届く、その僅か一瞬前!

 

 

「────"戮殺風景/ザバーニーヤ"!!」

 

 

 その瞬間、アサシンとキャスターの周囲、世界の全てが白い霧めいた何かに包まれた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────これ、は」

 

 

 一瞬の意識の混濁の後、アサシン達が立っていたのはミヤマタウンの路地ではなく、どことも知れぬ異様な空間だった。

 

 足元はバイオアスファルトではなく、踏み固められた白い砂めいた大地。

 周囲は夜明け前の、あるいは日暮れ前の薄闇程度の明るさに満たされ、霧がかって遠くは見えない。

 そしてあちらこちらに存在する、人型めいた何か。

 ナムサン! 無数の骸が転がっている! 戦士のものもあれば権力者めいたものもあり、男もいれば女もいる!

 その中に混ざっている、一際存在感のあるものは……ブッダシット!

 これまでの戦闘で散ったアサシンの分身体までもが、骸の中に混ざっているではないか! 何だこれは!?

 そして風すら吹かぬ荒野にはためく、幻影めいた一振りのノボリ。描かれているのは……アサシン教団のエムブレム!

 

 凄惨な戦場跡めいた、それこそジゴクめいた光景に緊張感をみなぎらせ周囲を警戒するアサシン達。

 

 

「私のサップーケイだよ、アサシン=サン」

 

「サップー……ケイ?」

 

 

 キャスターの発した聞きなれぬ単語に、問い返すアサシン達。

 

 

「そうとも、サップーケイだ。ジツ比べの時間はオシマイだ」

 

「何を言って……グワーッ!?」

 

 

 キャスターの謎めいた言葉の意味を問いただそうとした、その瞬間である!

 アサシン達の肉体の輪郭がぼやけ始めた! これは一体!?

 

 おお、見よ!

 輪郭が崩れつつあるアサシン達が、重力めいた何かに引かれるように一人のアサシンの元へと吸い集められていくではないか!

 みるみるうちに重なりあい、融合し合い、統合されていくアサシン!

 

 一秒にも満たぬ時間が経つと、そこにいたのはリーダー格めいていた女性の仮面アサシンただ一人!

 

 驚愕し、絶句し、呆然とするアサシン。

 己の手を見詰め、わなわなと震え出す。

 

 

「バカな、バカな! なぜ分身が消える? 私の宝具が無効化されたとでも言うのか!」

 

「その通りだよ、アサシン=サン」

 

「────ッ!」

 

 

 アサシンへと向けて、アサシネーションカラテを構えるキャスター。

 ダークを用いたアサシンのものとは違い、無手のアサシンカラテだ。

 

 

「ここはサップーケイだ。カラテ以外は存在しない。存在できない」

 

「くッ、そんな事があるわけが!」

 

 

 キャスターの言葉を疑い、宝具の発動を試みるアサシン!

 しかし集中した魔力は底抜けのタライめいて拡散し、不発!

 

 

「バカな、こんな事が!」

 

 

 説明しよう!

 

 これぞキャスターの宝具"戮殺風景/ザバーニーヤ"!

 カラテ以外の何者も存在できないカラテ空間を創りだし、己と敵対者を引きずり込み、一対一での勝負を強制する固有結界宝具!

 この空間の中では術者がカラテに必要ないと断じたものは、なんであろうと存在を許されないのだ!

 つまり、アサシンがどれほど多くの分身にわかれようと、元々が一人である以上全員まとめて引きずり込んで宝具を強制解除して一対一にできるということ!

 なんとカラテジャンキーめいた宝具か!

 

 厳密に言えば、これは本来魔術によるものではない!

 生前のキャスターが操ったユニーク・ジツが、サーヴァントシステムへと対応した結果、固有結界宝具として再現されたものである!

 かつてはスタミナと血中カラテの消費のみで発動できていたジツが、魔力を必要とするようになっているのは実際不便であった!

 

 この場に於いて、存在を許されるのはカラテのみ! カラテ以外の全ては無効! 宝具ですらも例外ではない!

 

 

「ノーカラテ、ノーニンジャ。……ああ、時代によってはノーアサシンだったか?

 ともかく習ったろう、ご同輩」

 

 

 アサシンの耳に届いた言葉は、やはりアサシンにとって聞き覚えのあるインストラクション。

 生前、マスターアサシンより戒められた過去よりの教訓。

 アサシンは、カラテに始まりカラテに終わるのだと!

 

 

「────貴様は、やはり……やはり、ハサンなのか!」

 

「応とも。私のジツが原因でキャスター枠に放り込まれたのは驚きだったがね、魔術なんか使えんというのに」

 

 

 ドクロメンポの下で笑うキャスター。

 

 そも、アサシン教団の起源を辿れば、それはニンジャに行き着くのだ。

 

 詐術や幻術、精神攻撃を行うダマシニンジャクラン!

 分身や隠密を得意とするシノビニンジャクラン!

 毒物の扱いはトカゲニンジャクラン!

 魔眼を操るコブラニンジャクラン!

 病毒を武器とするヤマイニンジャクラン!

 そして、今展開されている固有結界の原型となったユニーク・ジツを擁するカラテ一点突破型のコロスニンジャクラン!

 

 その他様々な神話めいた時代より存在する多くのクランのニンジャ達が新天地を求めて旅立ち、共同して創りだした新たなニンジャクラン。

 それがアサシン教団、即ちアサシンニンジャクランなのだ!

 

 ダークを手にアサシネーションカラテを構えつつも、宝具を封じられた動揺から腰の引けているアサシンハサンに対してキャスターハサンが笑いかける。

 心底楽しげに。

 

 

「さあ、ハサン同士カラテで勝負だ。アサシンらしくな」

 

「くッ────」

 

「カラテの時間だ! ハサン・サッバーハ=サン!」

 

 




そろそろオリキャラめいたキャスターのでっちあげ設定が出てきます。

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