憂鬱な重金属酸性雨が降りしきる朝。
緞帳めいた厚い雲と雨の二重カーテンに阻まれ、太陽はその顔を見せない。
もう日も登り切った時刻であるというのに夜めいた暗さだ。
そのジゴクめいた空模様を見上げ、不安げな表情の淑女が一人。
ここはフユキからジェットモノレールで二駅ほどのところにある小さな街だ。
無計画なビルの乱立により迷路めいた姿を形作る都市、暗黒メガコーポの台頭の裏で廃業や倒産を余儀なくされる中小企業、そしてならず者犯罪者の増加。
そういったフユキの暗黒めいた側面とは縁遠いが、同時に繁栄にも縁遠い、郊外の少しアクセスの悪いベッドタウンめいた街である。
それでもフユキ周辺の工場地帯から立ち上るタールめいた黒煙と、重金属酸性雨の害を逃れることはできないのだが。
彼女の名は、遠坂葵。
フユキで開催される危険極まりない魔術儀式、聖杯戦争の巻き添えを食う事を避けるため、娘とともに実家に疎開してきた遠坂時臣の妻だ。
彼女は夫である時臣とは異なり、基本的に無力なモータルである。
それでも夫の心配をし、その無事を祈ることくらいはできる。
そんなわけで、夜明け前から降り止まぬ重金属酸性雨を眺めていた葵だったが、ふと視界に人影が映った。
「……あら?」
見下ろした先に居たのは、降りしきる重金属酸性雨の中に幽鬼めいて立ち尽くすフード付きパーカー姿の男。
何故か髪が真っ白になっているが、見慣れた顔だ。
彼女にとって親友めいた異性の幼馴染であり、娘や自分や夫の誕生日には欠かさずオリガミ・メールを送ってくれる律儀な友人。
間桐雁夜であった。
この重金属酸性雨の中、どうして傘も差さずに禅城の家までやってきたのだろうか。
常識的な人間ならば、こんな物騒な天気の間は外出を控えるものだ。社畜めいたマケグミサラリマンならいざ知らず。
実際妙な。
慌てて窓を開け、声をかける葵。
「雁夜くん、雁夜くんよね?
どうしたの? どうしてこんな天気の日に、傘も差さずに」
葵の声に、ぼんやりと禅城の家を見上げていた雁夜がゆっくりと反応する。
「……ああ、アー、ドーモ、葵=サン。間桐雁夜です」
名乗りつつ、胸の前で手のひらに拳を押し当てつつ、深々とオジギ。
実際丁寧なアイサツであった。
「ええ、それは知ってるけど……。一体どうしたの、ほら、とにかく入って」
「あー……ああ、うん」
サイバーセッタをつっかけて玄関から外に出た葵が、手を引いて家の中へと連れて入る。
どうも様子が妙だ。
顔色はズンビーめいて悪く、黒かったはずの髪は病人めいた白。
おまけに何やら受け答えもおかしい。まるで違法薬物中毒者めいていた。
服装はよく着ていた対重金属酸性雨加工のなされたフード付きパーカー。それと、何やらブレーサーめいたものを腕に巻いている。
肘から指の付け根辺りまでを覆う、テッコめいて頑強そうなブレーサーだ。
ああいうファッションが遠くの街では流行っているのだろうか?
何はともあれチャノマへと案内し、温かいチャを振る舞う葵。
重金属酸性雨に打たれていた雁夜の体は氷めいて冷えきっていた。
にも関わらず、寒そうな様子を見せないのも、また妙である。
「雁夜くん……一体どうしたの? あなたが禅城の家までやってくるなんて、実際珍しいと思うんだけど」
雁夜は遠くの街で働くマケグミサラリマンだが、オーボンには墓参りを欠かさない律儀なところのある男であった。
だがこの時期にフユキに来ることは珍しいし、何よりいつもは遠坂の家にアポイントつきで訪問してくる。
禅城に葵が疎開していることを、時臣から聞いてやってきたのだろうか?
彼は魔術師である間桐の出身であるため、実際聖杯戦争のことも知っているはず。
その時期にわざわざやってくる理由とは一体何か。
「あー……」
霧めいて霞んだ虚ろな瞳で、葵を眺める雁夜。
ややあって、思い出したように口を開く。
「葵=サンに……そうだ、聞きたいことがあったんだ。聞いてみたいことが」
「私に? ええっと、何かしら」
「何だったか……ええと、そうだ。葵=サンは……いま、シアワセなのかな」
「えっ?」
きょとんとした表情になる葵。
「ええ。幸せだけど……」
これは対面を取り繕う意味での欺瞞的答弁ではない。
夫である時臣、娘である凛、そして一応夫の弟子である綺礼も含めて、幸せな家庭であるとは思う。
好ましい人格の隣人知人にも恵まれている。雁夜だってそのうちの一人だ。
それに遠坂家はこのフユキにあって、多くの資産を有するカチグミだ。カチグミサラリマンではなく、資産家という意味でのカチグミだ。セレブめいた。
世間一般的なそれとは実際ずれた魔術師の家柄だが、家庭は円満だし、生活は恵まれているし、治安の良い地域に住んでいるし、社会的信用もある。
これで幸福でないなどと口にすれば、それこそムラハチものだと葵は思っていた。
「それは、家族三人でも……シアワセって事なのかな。桜ちゃんが────いなくても」
顔を俯かせ、鬱々としたアトモスフィアを纏って呟く雁夜。
息を飲む葵。
桜を間桐の養子に出し、手放したことは事実だ。
だがそれは、魔術師の家ならば当然の判断だと時臣は言っていたし、葵も実際納得はしているつもりであった。
だがそれは実際、魔術師の道を捨ててフユキを去り、ありふれたモータルとして暮らす道を選んだ雁夜にとっては共感可能性の低い、狂人めいた理屈に思えるのかもしれない。
そういった考え方を嫌悪するからこそ、雁夜は魔術師として生きる道を捨てて、貧しくともまっとうな労働者の、サラリマンの人生を選んだのだから。
いま、フユキは聖杯戦争のまっただ中だ。
間桐の家が存在するミヤマタウンも当然そのキリングフィールドの一部。
間桐のマスターが誰なのか、葵は知らない。時臣は知っているのかもしれないが、聞いてはいない。順当に考えると鶴野さんだろうか?
今、このタイミングで様子がおかしな雁夜が桜の話をしに禅城の家までやってきたとなると、もしや。
葵は不穏なアトモスフィアを感じざるを得なかった。
「……雁夜くん。ひょっとして、桜になにかあったの?」
「何か……。アー、ああ、うん。色々あったんだと、思う」
雁夜はやはり様子がおかしい。意識が混濁しているような、奇怪げなアトモスフィア。
「色々……って?」
葵の問い掛けも聞こえていない様子で、茫洋とした視線をさまよわせた雁夜が、壁にかけられた家族写真に目を留めた。
葵、凛、桜。そして、時臣。一家四人揃っていたころの家族写真。団欒重点な笑顔。背景に映る『家族が大事』とミンチョ体で描かれたノボリ。
「時臣=サンは……スゴイ級の魔術師だし、凄いやつだよな。いつも余裕めいてる態度で、貴族めいた立ち居振る舞いで、それが似合ってた。実際自信満々な」
「……雁夜くん?」
「俺は、ずっとあいつに嫉妬していた……んだと思う。葵=サンを幸せにできるような、立派なダンナ=サンになれるのはあいつだけだって。
俺もあんな風になりたかった、ような……」
はっきりとしない口調で、たどたどしく話す雁夜。
「雁夜くん、それって……」
目を丸くして戸惑う葵。
雁夜のはっきりとしない言葉の意味は、葵でもおおよそ理解はできた。
だが、人妻である自分に今更そんな好意めいた感情を告白をされても実際困る。
ほとんど違法のアングラ・カートゥーンに出てくるような、夫が不在の間に幼馴染の男を連れ込んで激しく前後したがるようなふしだらな女ではないのだ。
だが、雁夜の態度は衝撃の告白をした人間めいたものではない。
ヘドロめいて淀んだ瞳のまま、言葉を続ける。
「ねえ、葵=サン。桜ちゃんが、その、もしも……もしも間桐から遠坂に帰されることになったとしたら、どうなるんだろう?」
「え? ええっと……」
口ごもる葵。
魔術師としての時臣がどう判断するのかは、葵にはわからぬことだ。
間桐に養子に出されたように別の家へ養子に出されるのかもしれないし、凛のスペアとして育てる方針になるのかもしれないし、どちらでもないのかもしれない。
葵の魔術的知識は、さほど豊富ではない。彼女は実際モータルな。
「ごめんなさい、私にはちょっと……わからないわ」
申し訳なさげなアトモスフィアを漂わせ、目を伏せながら雁夜に答える葵。
「そうかァ……うん、じゃあ、時臣=サンに……聞くしかないか」
ゆらりとズンビーめいて立ち上がる雁夜。
その鼻からずるりと這い出る何か。
鼻血か?
いや! それは蟲! 奇怪な金属ワイヤーめいた表皮を持つ、線虫めいた蟲であった!
驚き戸惑う葵!
「ア、アイエエ……!? か……雁夜くん!? それって、まさか……!」
まさか、あれは間桐の魔術なのか!
まさか、間桐のマスターは雁夜だったのか!?
だが、葵の想像を越えて悪夢めいた奇怪な現象は続く。
鼻からずるりずるりと這い出てきた、大量の金属めいた質感の線虫が雁夜の顔に絡みつく!
みるみるうちに顔面の大半を蟲が覆い、目から上を残してほぼ完全に隠してしまった! タールめいて淀んだ瞳にギラつく狂気が滲み出る!
その面妖な有様に絶句する葵をそのままに、エントランスへと歩いてゆく雁夜。
足取りは確かなものだ。左半身も、万全の動きであった。
我を取り戻して後を追う葵!
雁夜に一体何が起きているというのか! まさか、間桐の魔術なのか!?
聞かねばならないという焦燥感めいた感情に突き動かされる葵!
「ま、待って! 待って雁夜くん! あなたは一体────」
肩越しに振り向いた雁夜が、タールめいて淀んだ暗い瞳で葵を見据える。先ほどよりは、ほんの少し理性の光が見えた。
「大丈夫────きっと大丈夫だ、時臣=サンはすごい奴だから、きっと全部解決できる方法を思いつくよ。きっとまた、家族四人で過ごせるようになるよ、葵=サン」
「か、雁夜く────」
「イヤーッ!」
カラテシャウトと共に雁夜が跳躍! 二〇フィート近くは離れた住宅の屋根に、一息に飛び乗る!
その動きは……そのカラテは! あからさまにニンジャめいていた!
「ア、アイエエエ!? 雁夜くんが、ニンジャ? ニンジャ!? なんで、……ナンデ!?」
それは日本人の遺伝子下に刻み込まれた、ニンジャへの根源的恐怖を呼び覚ます!
魔術師やサーヴァントやスシシェフなどならばいざ知らず、葵はごく普通のモータルに過ぎない!
彼女の精神はその衝撃に耐え切れず、屈した!
へたり込み、しめやかに失禁する葵を残し、雁夜はニンジャめいて駆け去った。
騒ぎを聞いて飛んできた凛や禅城の家の者が、急性ニンジャリアリティ・ショックを受けて虚脱状態となった葵を見つけて大騒ぎになるが、それはまた別のお話である。
重金属酸性雨もすっかり止み、いつも通りの憂鬱な曇天に戻ったフユキ。
汚染物質を多く含む緞帳めいた黒雲は、フユキの上空から決して消えることはないのだ。
時刻は昼。
多くの買い物客で賑わうフユキ中心市街地の大型ショッピングモール内を進む、二人の女性の姿があった。
先導して歩くのは、雪めいて白い髪と服、そして紅玉めいた紅い瞳が印象的な美女。その胸は豊満であった。
後をついてボディーガードめいて歩くのは、ダークスーツ姿の男装の金髪美少女。その胸は平坦であった。
言わずと知れたアインツベルンのセイバー主従だ。
ズンズンズズンポポーウズンズンズズン。
『実際安い』『フユキ最大手』『サービス重点』
電子合成された軽快なテクノロック音楽が鳴り響き、来訪した客の購買意欲を掻き立てるべくさまざまな電光掲示ノボリがちかちかと光る。
清掃が行き届いた実際清潔で明るい店内だというのに、何故どことなく退廃的で阿片窟めいたアトモスフィアが漂うのか。
中世期出身のセイバーにはわからなかった。
食料品店の店先に積まれた、あの粉末はなんだろうか。最上級ブリ配合マグロ粉末とあるが、マグロというのは魚では?
ブリテン出身のセイバーにはよくわからない食文化だ。
セイバーの目に、オイラン姿の店員がしどけなく豊満な胸元を晒し、鼻の下を伸ばしたサラリマンを店内に誘い込む光景が見えた。電器店だ。
騎士王にはわからない事だが、あのアワレな客は、店員の色気に惑わされて店内に連れ込まれた後にヤクザに囲まれ数十万円もするようなローンを組まされ、ジゴクめいた後悔を味わうことになる。
セイバーの直感スキルがサラリマンの窮地を感じ取ったが、義侠心から踏み出そうとした足はアイリスフィールに制される。
全く問題はない、あれは日本ではごく普通のありふれたセールス光景なのだと。
なんたることか!
無垢なるアイリスフィールはプロパガンダめいたマッポー的日本常識を信じ込んでいるのだ! 欺瞞!
セイバーは電器店奥に消えゆくサラリマンの背中へと目を伏せ、心中ですまぬと一言呟いた。
それが常識なのではどうしようもない。いかに聖杯からの知識サポート重点があろうとも、それは最低限のもの。
セイバー自身が中世期ブリテン出身の古代人めいた存在であるという根っこは変わらないのだ。現代の常識を持ち出されると、やや弱い。
「なんというか……この時代の商店というのは、こういうものなんでしょうか」
「ええ、まったく普通よ。実際問題ないわ」
戸惑いの表情を浮かべるセイバーを爆走する機関車めいて引きずり衣料品店に連れ立って入り、衣装を試着させるアイリスフィール。
オイランめいたキモノドレスをまとったセイバーへと服の感想を尋ねるアイリスフィール。
動きづらいです、と淡々と応えるセイバー。
モヒカンウィッグをかぶせられ、パンクス風の出で立ちになったセイバーを指差し、童女めいて笑うアイリスフィール。
憮然とした表情のセイバー。
露出が実際多いサイバーゴスめいたドレスを着させられたセイバーを、似合うわよと称賛しつつ拍手するアイリスフィール。
赤面しつつも憮然とした表情のセイバー。
「これと、これと……あと、これも」
「ヨロコンデー」
セイバーが試着した服を、あれも似合うこれも似合うと次々に購入していくアイリスフィール。実際押しが強い。
「ちょ、ちょっと待ってくださいアイリスフィール。服など買っていただいても使い道が」
「大丈夫よセイバー、こういう事は勢いで決めればいいのよ。あ、これもくださいな」
「ヨロコンデー」
片端から気に入った服などを買い求め、山めいた量となった包みを運ばせる。
実際セレブめいた買い方であった。
だがしかし、この程度の散財はアインツベルンにとってかすり傷めいた出費ですらない。かの家は魔術的資産のみならず豊富な資金力を有してもいる。カチグミなのだ。
興味や楽しさに瞳をきらきらと輝かせるアイリスフィールに対して、セイバーは休日に荷物持ちに駆り出されたサラリマンめいて淀んだアトモスフィアを発していた。
「アイリスフィール、私達は遊びに来たわけではないと思うのですが」
「ええ、もちろんそうよ。戦士の休息っていうじゃない、遊ぶことも実際戦いなのよ」
「それは詭弁では」
「細かいことは気にしないの! そろそろお腹もすく頃合いだし、どこかに入りましょうか」
「はあ」
子供めいた活力を発揮してフユキを全力で楽しむアイリスフィールと、戸惑いつつも後に続くセイバー。
アインツベルンの支配地域外に出たことのないアイリスフィールにとって、見るもの全てが珍しいということは理解している。
しかしいくらなんでもはっちゃけ過ぎではないだろうか、と些か不安げなアトモスフィアを発するセイバー。
もしも今ここで襲撃してくるサーヴァントが居たとすれば……。
「大丈夫よ、セイバー」
そんなセイバーの不安を見透かしたように笑うアイリスフィール。
「こんな昼間に、いっぱい人の居る場所で襲ってきたりすれば監督役からムラハチめいて咎められるのは必至。
そんな愚行に走るマスターはいないわ」
「ですがアイリスフィール、もしもという事がある。
貧民街で暴れたというばいおすもとり虐殺犯とやらの事もあります」
「昨日も話したでしょ。バイオスモトリは害獣だから虐殺したとしてもただちに狂人めいた魔術師とサーヴァントだと決まるわけではないわよ、セイバー。
それにもしもの時は貴女が守ってくれるでしょう、頼もしい騎士さん」
全面的な信頼に裏打ちされた、曇りのない微笑みをセイバーへと向ける。
その笑顔に一瞬目を丸くし、苦笑するセイバー。
「……仕方ありません。ですがアイリスフィール、非常時には私の判断で貴女を連れて撤退させていただきます。
それが最大限の譲歩です」
「わかったわ、セイバー」
仲の良い姉妹めいたアトモスフィア。この二人の仲は実際良好のようだ。
連れ立って歩く二人は、とりあえず食事を摂るべく目についた回転スシ・バー目指して進んでいった。
ほぼ同時刻、同じくフユキ中心市街地ショッピングモールを三人で連れ立って歩く一団が存在した。
いずれも外国人だ。
金髪オールバックに青い服の、どことなく学者めいたアトモスフィアの男性。
目元の黒子が印象的な美丈夫。
そして赤毛の貴族めいた服装の美女。その胸は豊満であった。
言わずと知れたケイネス・エルメロイ・アーチボルト陣営の三人。
本来ならば体調不良のソラウを残し、二人で探索する予定としていたケイネスとランサーであったが、今朝になってソラウが元気を取り戻した為に全員で来ている。
三人とも昨日とさほど変わらない出で立ちだ。唯一目につくのは、ケイネスが背負った大振りなヒョータンか。
ケイネスが背中に担いだ三フィートほどのバイオヒョータンには、彼の武器にして防具たる魔術礼装"月霊髄液"が収められている。
時計塔では陶器のツボを使っていたが、ここは日本だ。周囲に違和感を全く持たれないバイオヒョータンでの輸送は、実際理に適っていた。
フユキスラムのビル火災現場へとまず向かった一行は、現地でつっかかってきたヨタモノなどを適当にあしらいつつ調査を開始。
その後市内を一回りし、このショッピングモールへと到達していた。
「ケイネス殿、ここで本当によろしいのですか?」
「うむ。昨日起きた謎の爆発ビル火災現場に微かに残されていたサーヴァントめいた魔力の足跡は、廃ビル地下駐車場などを経由してここへと向かっている。
さらに加えて言えば、それとは異なるパターンの魔力も実際微かに感じられる。
その二組が同盟を結んでいるのか、ここで闘争を起こすつもりなのか、それとも単に偶然めいて居合わせているのかまではわからんがね」
なんたることか!
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの魔術的観察力は、重金属酸性雨に一晩晒された跡からも魔術的証拠を見つけ出せるというのか!
ヤバイ級魔術師の本領が発揮されていた!
「怖いわ、ランサー……」
だが、婚約者が地味に発揮している魔術師としてのワザマエを適当にスルーしてランサーにしなだれかかるソラウ。
不安めいた表情と態度で心細げにもたれかかり、潤む瞳で見上げる。
だが、ランサーは動じない。
「お任せください、ソラウ様。このランサー、アーチボルトご夫妻の従者としてお二人の御身を必ずお守りします」
一歩引き、片膝ついて頭を下げつつのさりげない夫婦アピール。
昨晩、遠回しな問い掛けを繰り返し受けた末にケイネスはちらりと漏らしていた。
生粋の魔術師の家系に生まれたソラウは、呪いの黒子程度はチャメシ・インシデントめいてレジストできるのだと。
ならば今の彼女の感情は、マリッジブルーめいた不安感が自分へと向かっているだけの気の迷いのはず!
夫婦となることが約束された者同士、すでに夫婦も同然なのだからそのように扱っていけば、きっと本来愛するべき相手に目を向けるはず!
この無骨者が一晩考えぬいた末の解決策は、結局この程度のものであった。実際穴だらけな。
「ランサー……ええ、お願いね」
嬉しげに頬を染めるソラウ。
先程よりも強まるスィーツ・アトモスフィア。
なんたる事か! ランサーの策は裏目!
このままランサーはソラウからのアプローチを受け続けるのか!?
否!
昨日の事態から、あの経験から、ランサーの逃走経路は既に確保されている!
「ケイネス殿、敵対的なサーヴァントが急襲してくる可能性も捨て切れませぬ。ここは自分が先頭に立つべきかと愚考致します」
「む、確かにそうだな。先頭は任せるぞ、ランサー=サン」
ケイネスが事態に気付かないなら気付かないでもよい。
自分が全力でソラウから離れつつ二人をお守りすれば良いのだ。
この逃走は、決してランサーの槍兵としての誇りを損なうものではない。
イクサから逃げることは騎士の名折れであり、決して許容できる事ではない。
だがしかし! 生前課した誓いに抵触しないよう、小器用に立ち回って主君の細君から逃れることに、このランサーに一片の迷いもない!
ソラウは直接的な誘いまではかけてこない。淑女としての嗜みがそうさせるのか、単に奥ゆかしい性格なのかはわからぬ。
だがしかし、チャームを受けた時のグラニア姫と違ったその振る舞いは、むしろランサーにとって僥倖!
主君に忠義を尽くしつつ、ソラウの好意を避けつつ、そしてゲッシュに触れぬよう戦い抜くため、全身全霊を以て回避重点すること!
逃走しつつの闘争! それがランサーの取りうる、たった一つの対抗法であった!
「ねえケイネス、私怖いわ、とても不安なのよ。恐ろしいサーヴァントが襲ってくるかもしれないんでしょう?
ランサーに傍についていてもらえれば、きっと安心できると思うんだけど」
「フーム……」
口を開きかけるケイネスの気配を察し、ランサーのサーヴァント反応速度は全力稼働!
無礼を承知で先んじて口を開く!
「戦闘者ではないソラウ様だけではなく、ケイネス殿ほどの魔術師としての力量があったとしても、強大なサーヴァントの襲撃を受ければ危険は存在するかと思われます。
そこでご提案なのですが、お二人に常にご一緒に居ていただければ我が槍で同時にお守りできます。
如何でしょうか」
「ふうむ、一理はあるが」
「どうかご安心ください、如何なる敵も我が誇りにかけて撃退してご覧に入れます」
なんたる苦しい理論か。
一応の事実ではあるが、己の主君がサーヴァントから身を守れぬ無能とこき下ろすかのような悪罵めいた言い草に、ランサーの心に苦みばしったものが走る。
だが二人の距離を縮めるのも、従者たる己の役目なのだと心に言い聞かせるランサー! 実際必死であった!
内心ではジゴクめいた危機感を味わいつつも、表面上は堂々たる騎士然とした顔を辛うじて維持するランサー。
腹芸が不得手な男としては、実際奇跡めいていた。
「ふ、大言を吐くものだ。実際に働きで見せてもらうぞ、ランサー=サン」
「お任せを」
ドンと自分の胸に拳を打ち付け、自信のほどを示すランサー。
その時、ふとランサーが思い返したのは召喚時のことであった。
聖杯への望みなど何もない、願いは主君に忠を尽くす機会のみと語るランサーに、訝しげに眉をひそめたケイネスの表情。
しかし彼は己の願いを完全ではないが理解できると語り『あれだな、ハガクレやブシドーめいたメッシホーコーとやらか』と信じてくれた。
この仮初の生で得た理解者に、この主に、全力で忠を尽くすのだ。
表情に不満と喜びが入り混じるソラウ。
自分だけを護る騎士を期待していたところ、二人まとめて護る騎士だと言われた為だろう。
だがしかし、その無言の不満めいたものが篭る視線にランサーは応えない! 応えるわけにはいかないのだ!
ジゴクめいた眼光で周囲の全てを威圧しつつ歩くランサー。その三歩後ろを進むケイネスとソラウ。
ここが敵地であると全身で主張することによって、自分へ向けた浮ついたアトモスフィアの発生を防ぐというランサー渾身の策であった。
この無骨な騎士が思いつく対抗策などこの程度のものである。実際穴だらけな。
だがソラウは、抜き身のカタナめいたランサーの緊張感が伝播したのか、真面目な表情でケイネスの隣を歩いている。僥倖めいていた。
そしてこの場にあっても悠然とした態度を崩さぬケイネス。己の魔術への確信めいた自負が、サーヴァントの襲撃が予想される場にあっても彼を支えているのだ。
呼び込みのオイランが実際美形のランサーに声をかけようとし、そのヤリめいた眼光に萎縮して引き下がる。
サイバーゴスの少女が偶然目を合わせてしまったランサーの眼光にサーヴァントリアリティ・ショックめいた名状しがたい感情を受けて失禁しつつ逃げ出す。
筋骨隆々とした体躯のゲイマイコが偶然目を合わせてしまったランサーの凛々しい眼差しに頬を染めつつ、背後を歩くランサーの連れ二人を見て残念そうに歩み去る。
編笠をかぶりバイオバンブーを背負った小汚い迷彩服姿の男がランサーとしばし睨み合い、どちらからともなくぷいと視線を逸らして立ち去る。
なにげに酷い有様だ。
偶然にも、彼らの足は回転スシ・バーのあるフードコート方面へと進んでいった。
回転スシ・バーのノーレンをくぐりかけたアイリスフィールの肩をセイバーが掴み、制止した。
「待ってください、アイリスフィール」
「どうしたのセイバー?」
きょとんとした表情のアイリスフィールに対し、先程までの困惑したアトモスフィアが消え失せた戦士の表情で応じるセイバー。
「攻撃的な闘気を感じます。恐らくは、サーヴァント」
「────! まさか、ここで仕掛けてくるつもり!?」
「わかりません。ですが……来ます」
息を飲むアイリスフィール。よもや昼間のショッピングモール内で戦闘を仕掛けてこようという敵が存在するとは!
左右へと視線を動かしてみれば、家族連れのサラリマン、サイバーゴスの若者、大学生、ヤクザなどでいっぱいだ。
ここで戦闘となれば、それこそ想像もつかぬほどの数の命が失われることになるだろう。
セイバーの視線は、人混みへと向けられている。敵を探しているのだろうか?
いや、違う!
確信的な意志を込めたセイバーの目は、人混みの向こうから迫り来るサーヴァントを捉えていた!
黒髪!
サイバーゴスやサイバネヤクザほど奇抜ではないが、明らかに尋常ならざる軽装鎧の戦装束!
目元の黒子が印象的な美丈夫であった!
背後には魔術師! しかも二人!
金髪の男の目がアイリスフィールを捉えた!
おお、見よ! その酷薄なる眼光を!
アイリスフィールはその瞬間、相手の魔術師としてのワザマエが明らかに己を上回ることを、魔術師的直感力で理解した!
モーセめいて人混みが割れ、周囲に無人の空間が生まれる。
睨み合うランサーとセイバーの間にブリザードめいた威圧的アトモスフィアが広がり、それが無力なモータルを下がらせたのだ。
回転スシ・バーの店先で睨み合う二組!
「アイリスフィール、私の後ろへ」
「え……ええ」
アイリスフィールを背後にかばうように、壁めいて立つセイバー。
タタミ四枚分ほど離れた位置でランサーが停止する。
オジギはなし。アイサツもなし。彼らはニンジャではないからだ。
「サーヴァントとお見受けする」
口を開いたのはランサー。
先程までのジゴクめいた眼光は消え、清廉な闘気に満たされている。
敵もいないのに無理やり殺気立つのは実際無理があるということだ。こちらがランサー本来の姿である。
「ええ、そちらも。もしやとは思うが、ここで戦うつもりか」
重力めいた威圧的アトモスフィアを全開に、セイバーがランサーを威圧!
己の身すら守れぬであろう無力なモータルで賑わうモールをジゴクめいた殺戮場に変えようと言うのであれば、己の命を賭けてでも阻止する覚悟が瞳の奥で決然と輝く。
ランサーは無言。かわって、彼の背後のケイネスが口を開いた。
サーヴァントの威圧的アトモスフィアを受けても、怯んだ様子を見せていない。ヤバイ級魔術師の胆力は実際優れていた。
「貴殿らもサーヴァントとそのマスターと見受けるが、どうやら……」
じろりと無遠慮な目でアイリスフィールとセイバーを観察。
「ふむ。昼間に戦うつもりはなく、英気を養っていたというところか」
ケイネスの容赦無い魔術的観察力がセイバー主従の行動を看破! スルドイ!
「……ええ、ご明察通りよ。そちらは?」
ケイネスのヤバイ級魔術師としての威圧的アトモスフィアを前にして、胸を張って答えるアイリスフィール。
己の前で盾めいて立つセイバーの存在があるにしても、実際大した胆力である。
「さて、ね。言う必要はあるまい。少なくとも、この場で戦うつもりはないが」
悠然たる態度を崩さぬままでのケイネスの返答。
少なくとも、この場での戦闘にはならないかと僅かに安堵するセイバー。ランサーも同じく。
彼らはいずれも、無力なモータルを戦いに巻き込む事を嫌う節度を有していた。どこかの青ひげなどとは大違いである。
と、その時である!
ランサーとセイバー、二騎のサーヴァントは全く同時に第三サーヴァントの接近に気付いた!
なんたることか! お互いの威圧的アトモスフィアに注意力重点し、第三者の接近に気付けないとは! ウカツ!
サーヴァントの闘気がぶつかりあって生み出すジゴクめいて圧迫的なアトモスフィアに追いやられたモータル達の間から、二つの人影が進みでた!
赤毛の大男! 黒髪の小柄な少年!
いや、対比で少年に見えるだけであって、青年にさしかかりつつある年齢か。
足を止めようとして引っ張る少年を、それこそ子供めいて引きずって歩く大男が堂々たる態度でセイバーとランサーの間に割って入りつつ、両陣営に向かって鷹揚な態度で声をかけた。
「こらこらお前ら、こんな真昼間っから殺気立ちおって。双方矛を収めるがよい、場を弁えんか」
「やめてライダー、ヤメテ! サーヴァントがいるのになんで自分から出て行こうとするんだよ! 実際アブナイだろ!」
ライダー主従の登場である!
彼らは単にライダーがスシを食いたがったのでショッピングモールまでやってきただけである。実際のん気な。
昨晩訪れた無人スシ・バーにも行ってはみたものの、バイオスモトリ乱闘事件の関係で休業してしまっていたのだ。
そこで第二候補としたのが、ショッピングモール内の回転スシ・バーである。
そして人混みで賑わうモールを面白がったライダーが、スシ・バーに入る前にぐるりと店内を見物して回っていたところ、サーヴァントらしき気配を感知。
直感重点したライダーが楽しげな表情でそちらへ突き進もうとするのを全力で制止にかかったウェイバーだったが、抵抗虚しく到着されてしまったというわけだ。
「言われるまでもない、このような民草の憩いの地での戦いなどと」
「こちらもそうだ、我が主はそのような無思慮な御方ではない」
憮然とした表情でライダーに反論するセイバーとランサー。
アイリスフィールとソラウも、第三勢力のサーヴァントまでもが良識的な様子であったことに安堵の息を吐く。
彼女らとてモータルを巻き込む場で戦いたいわけではないのだ。
だが、その穏やかなアトモスフィアから程遠い様子の者が二人。
「ア、アイエエ……! アイエエエエ……!」
青ざめるのを通り越して土気色になった顔色で、死刑執行寸前の罪人めいたアトモスフィアで震えるウェイバー。
「ほう……誰かと思ったら、ウェイバー=サンか。実際久方ぶりだ」
常にも増して威圧的なアトモスフィアをまとい、ツンドラめいて冷たい眼光でウェイバーを見据えるケイネス。
ジゴクめいてサツバツとしたアトモスフィアが二人の間に広がる!
「何だ小僧、知り合いか?」
訝しげにウェイバーの肩をつつくライダー。
だが、ウェイバーは死人めいた顔色で言葉にならないうめき声を上げるのみ。
一体何事だ、と怪訝そうな表情のセイバー、ランサー、そしてアイリスフィール。
魔術的な攻撃は一切感じられなかった。かといって化学兵器でもあるまい。
そもそも顔色を悪くさせるだけの魔術とは何だ。非効率すぎるだろう。
と、その時ソラウがふと何かを思い出したように一言。
「あら? あの子って、確かケイネスの教室のアプレンティス魔術師じゃ……」
「ほお、小僧の師匠だったのか?」
得心がいった様子のライダー。
それに対して、どうも納得がいかない様子で背後のアイリスフィールに小声で話し掛けるセイバー。
「アイリスフィール、この時代の魔術師の師弟というものは、ああいった殺伐とした人間関係を構築するものなのですか?」
「そんな事はないと思うけど……」
「では、あれは一体」
「私にも実際わからないわ。だけどこれは他陣営の情報を知るチャンスでもあるし、とにかく様子を見てみましょう」
そんなセイバー主従の密談を一応聞き止めてはいたものの、とくにアクションは起こさないランサー。
それよりも、いかなるアンブッシュからも主であるケイネスとその妻ソラウを護れるよう、密かに闘志を燃やしている。警戒重点な。
こういった細かな交渉事に、主の守護たる一振りのヤリに過ぎぬ自分が嘴を入れるのは実際好ましくないだろうとの判断であった。
震えるウェイバー。その表情に浮かぶのは罪の意識めいたものか。
そして、そんな彼を静かに、しかし威圧的アトモスフィアを込めて実際鋭い目付きで見詰めるケイネス。
これほど刺々しいアトモスフィアであるというのに、お互いに殺気が無いのがまた実に不気味である。
神代の時代の英雄として語られる騎士王や輝く貌でさえ、なんとなく割って入るのが憚られるほどであった。
「ふうむ。とりあえず、ここで立ち尽くしておっても仕方あるまい。どうだ、全員でそこのスシ・バーとやらに入らんか。
なにやらお互い積もる話もある様子、サケでも飲んで語りあえば良かろう」
気楽げに言い放つライダー。
この征服王、空気を読めないのではなくあえて読まないところがあるらしい。
だが、息詰まるアトモスフィアの打破としてはワタリ・カヌーめいた提案ではあった。
「……どうします、アイリスフィール」
いつでも不可視の聖剣を抜刀できるよう意識しつつ、背後のアイリスフィールへと目配せしつつささやくセイバー。
「そうね……。タイガー・クエスト・ダンジョンってコトワザがこの国にはあるそうだわ。
危険かもしれないけれど、他陣営の情報を得られるかもしれない機会、逃すのは惜しいわ」
「わかりました」
言葉少なにセイバーは同意。窮地に踏み込んで死中に活を求める状況は、生前のセイバーのイクサでもチャメシ・インシデントめいて存在していた。
何としてでも背後のアイリスフィールだけは守りきる、と覚悟を固める。
「……ケイネス殿、どうなさいますか」
「ふむ……」
軽く唸り、ウェイバーを威圧的に見下ろすケイネス。
単なる身長差だけではない、明確な上下関係めいた差が二人の間にグレートキャニオンめいて存在しているのだ!
センセイの静かな怒気に、失禁には至らぬまでもウェイバーは恐怖!
「よかろう。ウェイバー=サンもそれでよいな」
「ア、アッハイ……」
断定的口調のケイネスの言を否定できず、反射的に肯定するウェイバー。
その隣で彼の青ざめた顔を見ながら、気弱な坊主だと苦笑するライダー。
ノーレンをくぐり回転スシ・バーへ入場する三騎の英霊と四人の魔術師。
彼らの間に漂うジゴクめいて緊張したアトモスフィアに、オイラン姿の店員はしめやかに失禁! コワイ!
「ラ、ラッシャッセー」
なんたる胆力か!
サーヴァントの威圧的アトモスフィアを耐え切り、揉み手と共に近付くスシ・バー店長!
この店長はベテランスシシェフ崩れなのだろうか?
店長のアイサツを聞き流しつつ、ケイネスは店内を見回す。
回転スシ・バーというのは、日本の伝統的スシ・バー形式の一つだ。
ベルトコンベアめいた配膳装置に乗って、無数の皿が店内を動脈めいて駆け巡っている。
その上に乗っているのはスシだ。マグロ、シロミ、トビッコ、タマゴ。色とりどりのスシがコンベア上を流れている。
今は店内の客も静まりかえっており動く者とていないが、本来は談笑する家族連れなどが楽しげに皿を見詰め、気に入ったスシを手に取る方式なのだ。
このアトラクションめいた方式は、とくに小さな子供を連れたファミリーなどに好まれていた。
流れるスシを上流で全て食べ尽くすような悪心を持つ者が現れる場合もあるが、大抵はシツレイにあたるとして店から排除される。インガオホー。
だが、この混みあう店内では魔術絡みの話などをすることはできまい。
どうしたものか、と眉をひそめるケイネス。
それを目ざとく見て取った店長が揉み手とともにスリ・アシで接近!
「も、もしよろしかったら個室をご利用になられてはいかがでしょう。団体様向けのお部屋です、きっとおくつろぎ頂けるかと」
「ふむ。では案内を頼む」
「ヨロコンデー!」
店長の先導により、上階へと案内される一団。
その最後尾の背中が見えなくなると同時に店内に安堵の溜息が漏れ聞こえ、じょじょに普段の賑やかなアトモスフィアが取り戻されていった。
「グ、グワッ……」
「ずいぶん粘られたが、これでオシマイだ」
フユキ住宅地区ミヤマタウン。
昼でもなお薄暗い、黒雲に遮られたかすかな陽光しか届かぬ街の路地裏に、二つの影があった。
一方が万力めいた握力でもう一方の喉を掴み、石塀へ押し付けている。
痛めつけられている側のドクロ面には両腕がない。肩口から切り飛ばされているのだ。
むせかえるような血臭が路地裏を満たしている。
両者ともドクロめいた仮面、あるいはメンポをかぶり顔立ちは判然としない。
「インタビューだ、アサシン=サン。お前でこのミヤマタウン地区の重点警戒に送られてきた奴は最後だな」
「ア、アバッ……吐くとでも、思うか」
「だろうね」
べきりと枯れ木めいた破砕音が響いた。
アサシンの首がへし折られ、地面へと糸の切れたジョルリ人形めいて崩れ落ちる。
光の粒めいたものへと分解されつつあるアサシンに背を向け、歩き出すキャスター。
その行く先に立つ影が一つ。
宵闇色のコート! ガンメタルのメンポ! ジゴクの焔めいて燃え盛る眼光!
メイガススレイヤーだ!
工事現場でもないというのに大型タンクローリー車が傍に停車している。彼が乗ってきたのだろうか?
「ドーモ、メイガススレイヤー=サン。アサシンは大体片付いたよ」
「ドーモ、キャスター=サン。そうか」
メイガススレイヤーは無感動に応える。
キャスターは、彼の後ろに停車している大型タンクローリー車を見て、怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだね、そのデカいの」
「破城槌だ」
「うん?」
首を傾げるキャスター。
「行くぞ。蟲使いの居所は突き止めた」
「おお、そうか。了解だ、メイガススレイヤー=サン。しかし、まだ昼だぞ?」
「時刻は関係ない。魔術師は殺す」
「そうかね」
「ああ」
大型タンクローリー車に乗り込み、走りだす二人。
その搭載物は……ブッダシット!
なんたることか! このタンクローリー車には、危険な液体燃料が満載されている!
バルブを開いてタバコの一本でも投げ込めば、このタンクローリー車は巨大な爆弾と化すだろう!
メイガススレイヤーは、このタンクローリー車をどうするつもりなのか! 実際危険過ぎる!
アクセルを吹かし、二人のニンジャを乗せて走り去っていくタンクローリー車。
その背中を見詰める者あり。
おお、見よ!
全身が崩壊し、もはや首だけになりながら、それでも意識をつなぎとめているアサシンの姿を!
「ゴボッ……メイガ……スレイヤ……やっとハッケン……ゴホー……コクを……アバッ……」
なんたる覚悟か! メッシホーコーか!
死の寸前まで追い詰めようとも、意識がありさえすれば反撃を試みるアサシンの意志力は、実際英雄めいている!
アサシンの最期の念話は、メイガススレイヤーの所在を遥か彼方のマスターへと届けた!
念話を送り終えるやその首が崩れ落ち、光の粒子となって消えて失せた。
だがしかし、アサシンの執念はついにメイガススレイヤーの尻尾を掴んだのだ。