東方仮装戦場 〜Phantom of Battle Field〜 作:徒然ノ厭離
...いずれにせよ、私にはここから逃げる余力も、私を血眼で探しているであろう奴らに抵抗をすることもできやしないだろう。
M16(アサルトライフル)の弾丸は、とっくに尽きている。残るは、名も知らぬハンドガンと、折れてしまったナイフだけ。
...いくら仮想世界と言えど......現実の私は死にはしない、と言えど、『死』と言うのは本当に恐ろしいものだ。私のそばに立っているこの世界(仮想世界)の死神に対して、恐怖のあまり体が震えている。
......待て、私は何を弱気になっているのだ?
仮にも、私は『完全で瀟洒な突撃兵』だぞ?こんなところで、あんな奴らに負けてしまっていいのか?ここで死んでしまって、お嬢様に顔向けできるのか?
___否、できやしない。先程私を庇って散って行ったお嬢様なら、なんて言うのだろう。
『運命を変えなさい、咲夜。殺される、という運命を、捻じ曲げてやりなさい。』
......気のせいだろうか、どこかから本当にお嬢様の声が聞こえた。まるで、私に語りかけるように.....なんて言っていた?
運命を、捻じ曲げろ?
.....Yes ma'am.
やってやる、やってやる。やってやるわ。
この十六夜咲夜、命尽きるまで、お嬢様の任務を完璧に遂行致します。
「十六夜咲夜、参ります。」
「そう言えば、聞いたか霊夢。」
「聞いてないわね。」
この街は激戦区、と言っても過言ではない。実際、5分に一度銃声がこちらまで聞こえてくる。まあ、このマップで一番でかい街だから、必然的にいい物資は湧く。それを求めた人が集まるのだから、殺伐とした雰囲気もしょうがないけど。
今この部屋(サーバー)には...ざっと60人弱の人がいる。人気の部屋にはいつもこのぐらいの人数が存在する。
私達はバディを組んで、街の外れの警察署前、優秀な銃が湧きやすい建物を、森の中から狙撃銃で見張っている。ボルトアクション式の狙撃銃、モシン・ナガンは私のお気に入りでもある。
なかなかいい位置だ。入り口はよく見えるし、敵の奇襲もすぐに対応できる。神経を張り詰めて見張るにはとても素晴らしいのだが、右の魔法使い(魔理沙)が口を閉じてくれなければ、集中はできない。
「咲夜だよ。あいつ、メインが弾切れ、ついでに得意なナイフも折れている状態で5人抜きしたらしいんだ。」
「ふーん......その5人が弱かっただけなんじゃないの?」
「ところがどっこいその5人、大会で上位にいた連中だったらしい。あの天狗(射命丸)が嬉しそうに話してくれたぜ?明日の記事はこれだー、って。」
「へぇ。よっぽど生き残りたかったのねぇ...」
話半分、スコープ覗き半分。今日は珍しくあまり獲物が来ない。早く誰かを撃ちたい気分なのだけど。
しかし、消耗した状態で5人抜き、か。流石は完全で瀟洒な突撃兵。やることが完全で瀟洒ね。...この場合、瀟洒と言えるのだろうか?
きっと私だったら...敵にやられるくらいなら、自らの額を撃ち抜くでしょうね。
「...霊夢、来たぞ。」
やっと獲物か。スポッター兼、話相手の魔理沙が、ようやくお喋り以外の仕事をしてくれる。
魔理沙の目線を見ると、確かに敵が警戒しつつ、建物に入ろうとしている。こちらから確認できる相手の装備は、斧と拳銃のみだ。スポーンしたばかりなのだろうか?
「バンビ(スポーンしたばかりのプレイヤー)なのかしらね?」
バンビを殺すと、ペナルティで自分のポイント(ゲームのランキングで上位に上がるためのポイント。他プレイヤーに殺される、バンビを殺すなどするとポイントが下がり、他プレイヤーを殺す、連続キルをストップさせるなどをするとポイントが上がる)が下がってしまうから、緊急時以外はなるべく殺さないように心がけている。もしあいつがバンディット(敵対勢力)だったら、敵にやすやすと良い武器を渡してしまうことになる。あいつが私たちを殺せるような武器を手に入れるかもしれない。仕方がなく殺したのだ。
「いや、ここのサーバーの初期装備に斧は無かったはずだ。多分、バンビじゃない。」
「なら別に殺してしまっても構わないのでしょう?」
引き金を引く指に力を込める。ライフルの銃口から放たれた弾丸は、額を貫通し、男は後ろの壁に脳漿で模様を作った。毎回思うのだけど、このゲームはゴア表現がリアル過ぎてとても気持ち悪い。
視界の端に電子的な文字で『霊夢→シースー』という文字が出る。このサーバーはキルログが出るように設定されているから、数分に一度は絶対にキルログが出てくる。人が多いから必然的に殺し合いが発生する、殺伐としたサーバーだ。
「ナイスショット。さすが霊夢だな、惚れ惚れする腕前だぜ。」
「褒めたって何も出ないわよ。さあ、さっさとあいつの装備を回収しましょう。」
装備を回収して、行商屋に売る。そうすることで、さらなる武器や装備を手に入れることができるのだ。
私も魔理沙も、欲しい装備がある。目的の一致した仲間。二人の方が安全であり、それが背中を任せられるほどの腕前ならば、さらに安心する。
「あいつの身ぐるみ剥いだら、どのぐらいすると思う?」
「初期装備に近いっぽいし、そこまでないんじゃない?」
「まあ、私はもうすぐで欲しいの買えるけど...霊夢はあとジュエル(仮想世界での通貨)はどのくらいいるんだ?」
「そうね...十万くらいかしら?まあ、気長にやるわよ。」
そんな会話をしていると、徒歩三分程度の距離というものは、あっという間に縮まるものだ。すぐに死体を調べる。
思った通り、バンビに近いプレイヤーだ。拳銃とその予備弾倉、斧とメディキットぐらいしか目ぼしいものはない。大した金にはならないだろう。
だけど少しでもお金は欲しいので、こいつの装備は回収する。
「しかし...こういったゲームをしてると、身体を動かさないから、運動不足になってきて困るわ。」
「それはわかるな。運動不足解消がてら、今度弾幕ごっこでもやろうぜ?咲夜とかその辺のやつ呼んでよ。」
「いいわね、たまには。ついでに軽く飲みましょうか?」
「お前さんの『軽く』は『朝まで』だろうがね。ま、お付き合いしますとも。」
荷物は積み込んだ。今から森の奥に隠したトラックに向かい、そのまま狙撃場所を変えて同じことをしよう。
もちろん、戻るときも警戒を怠らない。他プレイヤーに見つかったら全てが台無しだ。
「魔理沙、狙撃場所変えて同じことするわよ。移動するから準備して。」
「あいあいさー......っと、厄介なのがログインしてるぜ?」
「ランカー?」
「いや、ドロボウで有名なやつだ。『カンダダ』、聞いたことあるだろ?鍵がかかってるのも簡単に盗んじまうらしいぜ?」
キーピック持ちの漁り野郎か。それは厄介だ。
「そんなの、見つけたら殺すだけでしょう?簡単な話よ。」
「そうだが...警戒は怠らないほうがいいだろ?今日はこのぐらいでやめておこう、成果が盗られたら全く意味がない。」
「じゃあとっとと帰りましょう?」
駆け足で車へと向かう。鍵はかけてあるから、多分大丈夫だと思うがキーピック持ちだとなると厄介だ。早めに帰って売り払うしかない。
それにしても、音を立てないように草木の生い茂る森を駆け足で行くのは難しいものだ。どうしても音が出てしまって、バレてしまうのではないかと心臓に悪い。
と、ここで私の耳に第三者の発する音が聞こえた。バックを開ける音だ。魔理沙はバックを触っていないから、他のプレイヤーがいるに違いない。
「...聞こえた?」
「ああ、聞こえた。車はもうすぐだってのに...もしかしたら、カンダダかもしれん。」
「まずいわね。...車に急ぎましょう。銃の準備も済ませておきなさい。」
近距離で遠距離用のスナイパーライフルを使うわけにはいかないので、私はをモシン・ナガンを構え、魔理沙はショットガンのスパスを構える。先手を取れば確実に勝てる装備だ。敵を逃しはしない。
「......車についたが...敵の姿は確認できないぞ。」
「了解。このまま待っていれば、いずれ来るでしょう。もし相手がロケットランチャーを持っていたら、二人とも死ぬからね。車を動かすのはやめておきましょうか。」
「了解。来たら奇襲すればいいんだな。」
そしてまた、待つ。ひたすら待つ。カンダダと思わしきヤツが来るまで。
...待っている時間も、このゲームだと醍醐味となる。相手がいつ現れるか、という緊張感と相手を殺した時の達成感。その2つを直で感じることができるから、スナイパーというのはやめられない。
別に、手に汗握る接近戦を繰り広げてもいいのだけど、スリルを感じると同時に、死んでしまうリスクも高くなる。おとなしく遠くから撃ち殺したほうが安全だ。
「...敵影確認。カンダダではなさそうだが...」
森林迷彩服を装備したプレイヤーが、私達の車をジロジロと眺めている。
開いているのか確かめているのだろう。ここから、ヤツの装備も確認できる。
「1人ね。スナイパーライフル持ってるし、私達と同じこと(芋砂)してるってところかしら?」
「そんなところだろう。...おっと、腰にダブルバレルショットガンか....厄介だな...こんな近いと、こちらもやられるかもしれんぞ?」
先ほど言った通り、私達は手に汗握る接近戦を繰り広げるつもりはない。スキをみて撃ち殺すのが賢いやり方だろう。
魔理沙の言う通り、反撃されると厄介だ。こちらとあちらの距離は十数メートル程度。
こちらも、魔理沙がショットガンを持っている。だがここから撃って100%当たるか否か、と言われたら首を振るしかない。
「霊夢...ここから狙撃できないか?」
「奇遇ね。私も同じこと考えてた。」
モシン・ナガンは倍率が高すぎてなにも見えない。ならば近距離の狙撃用に用意しておいた、腕のいいガンスミス(銃職人)に頼んだ特注品『コルトパイソンハンター』の出番だ。大口径リボルバーにスコープを取り付けた中距離狙撃用の拳銃である。
重さも握りやすさも、私が一番なじむように改造してある。
この距離ならば、確実に当てることができる。
「頼むぞ。私は周囲の警戒をしている。」
「了解。ま、多分あいつ1人よ。」
バン、バン
と、2発の銃声が響く。
勿論、私のリボルバーからだ。
左胸とこめかみにヒットした。血しぶきをあげ、相手は力なく倒れる。何が起きたのかわからないだろうが、スナイパーの奇襲なんてそんなものだ。
人の車は、あんまりジロジロ覗くものじゃないよ。覚えておくといいわ。
「キル確認...。オーケーだ。近くに敵の反応はない。」
「了解。ならもういきましょう。車上荒らしなんて真っ平ごめんだわ。」
死体の近くに行き、装備を回収する。性能と価格のいいスナイパーライフルだ。個人的にはモシン・ナガンの方が使いやすいが、市場ではこちらの方が人気なのだろう。ダブルバレルショットガンも美しい装飾の掘られたレア物だ。高く売れる。
「さーて、商人のところに戻るか。」
「これだけ集めても、まだまだ足りないのよね...」
「まあ、あれは『市場に出回っちゃいけないライフル』だからな。当然それだけの値は張るだろうよ。」
車に乗り込む。
運転するのは魔理沙で、助手席で眠るのが私の仕事だ。
たまーに武器の手入れをするけど、主に寝ている。魔理沙の運転は心地がいい。
「ま、一時間ってところかな。」
「はいはい。何かあったら起こしてね...」
エンジンをつけた瞬間、まどろみが襲いかかってくる...
まぶたを閉じると、すぐに深い眠りについた。
「霊夢!起きてくれ!」
「ん?」
と、休んだのもつかの間。魔理沙に叩き起こされた。
寝ている私を起こすのだから、何かあったのだろう。体を起こして魔理沙を見る。
「後ろだ。さっきからつけられてる。」
「ふーん...あら、」
どうやら先ほど車をのぞいていたやつの仲間らしい。よく目を凝らすと本人も見える。黒色のSUV(スポーツ用多目的車。悪路にも対応できる多目的のジープ)。あれも結構な値段のする車だ。こちらのボロいバンと違って。そして戦闘の準備はできているらしい。
「お顔を真っ赤にして復讐しにきたわね。」
「どうする?」
「蜂の巣にして差し上げるわ。」
後部座席に積んであるアサルトライフルを無造作に取り出す。AK−47。充分な火力だ。
弾が入っているのを確認し、安全装置を外す。サンルーフを開け、車から顔を出す。さて、パーティの時間だ。
ダダダダダダダダダッ!
全自動で斉射すると、たちまちSUVのフロント部分は蜂の巣だ。だが、止まる気配はない。運転席を狙ったはずなのだが、ガラスにヒビが入らない。
「防弾車か!」
弾がはじかれる。穴を開けることはできるようだが、表面が傷ついただけでは、車を止めることはできない。
今度は奴らも反撃してくる。後部座席と助手席から合計で3人。全員ハンドガンだ。必死になって撃っているが、下手くそだ。当たっていない。
「装備は一丁前だけど、プレイヤーがへぼいのか。宝の持ち腐れってやつね。」
あいつらの装備を無事にぶん取ればかなりのお金になる。多少強引だが、やるしかない。
「魔理沙!奴らの車を盗るわよ!」
「マジかよ!どうするんだ?」
「キメてやるわ。SUVの横につける?」
「ガッテンだ。」
武器を変える。動きやすいように、片手で扱えるサブマシンガンだ。弾薬もワンマガジンで充分。
横についてもらう前に、まずは片側にいる一人を撃ち殺す。魔理沙がなるべく揺れないように運転してくれているから狙いやすい。弾丸は肩と首を貫いた。そのまま車から転げ落ちていく。たとえ生きていても、走っている車に追いつけるほど早くはないだろうから、やつは無力化したと言えるだろう。
続けて残りの二人のガンナーを殺す。偶然にも二人ともヘッドショットだ。横薙ぎに撃ったのが良かった。
そして魔理沙は、慌てずにSUVの横にぴったりと貼りつく。
「ありがとう。あとはボイチャで話しましょうね!」
「もうオンにしてあるぜ!さっさと行って取ってこい!」
「了解!」
SUVの開いている助手席の窓に滑り込み、助手席に座る。
運転手は見るからに貧弱そうな装備をしている。運転に集中しすぎて、私が助手席に乗ったのに気づくのに、少し時間がかかったようだ。
「はーい、運転ご苦労様。」
「なっ!?て、てめ」
パン!パン!
頭に2発。即死だ。
そのまま運転を代わってもらう。無論、彼には降りて貰った。80キロで走ってる車からだけど。
うーん、我ながら鮮やかな強奪。私でなきゃ失敗しちゃうね。
「魔理沙?SUVの強奪に成功。このまま商人さんのところに向かいましょう。」
『...了解!先導する、そのままついてきてくれ。』
さて、あとは商人さんのところに向かうだけだ。ダラーっと運転することにしますかね。
「いらっしゃいませェ!いつもごヒイキに、ありがとございマス!」
「うん、こちらこそいつもありがとうね。」
非正規だが、『商人』さんは装備などを買い取ってくれる。彼自身もプレイヤーだけど、趣味でちょっとした商店を開いている。正規の店では発売されないような武器も多々置いていて、その中にはイベント限定だったのものやAIボスの撃破商品までも存在する。入手ルートは秘密らしい。
いかにもって感じに怪しい店だが、買い取りの時の価格が正規の店よりも高く、なおかつ珍しい武器もたくさんあるから、よくお世話になる。
「はァい、買い取らせていただきますよォ!
にとりさん、オモテのバンから全部、回収してきてくだサイ!」
「分かりました!」
「あー、隣のSUVも一緒に売るわ。はい、これ鍵。」
「了解!」
武器の改造担当の河城にとりもいる。彼女こそ、腕のいいガンスミスなのだ。
商人さんとにとりは、プライベートでも仲が良いらしいが、現実でもこのゲームでも古くからやっているのは商人さんだ。
「今回は結構持ってきたけど...どれくらいになりそうだ?」
「ウーン、結構流通している武器が多いデスネ。お支払いできるのはこのぐらい...あ、デモこのダブルバレルはレア物デスネ!」
「高いか?」
「ハイ!まあ、このぐらいですカネ?」
提示された価格は、普通に装甲車が一台買える程度のお金だ。
だが、私が欲しいライフルには手が届かない。
「はぁ...まだまだ届かないわね。あのライフルには。」
「エエ!まあ、当店で一番高いライフルですからネ!現存するのは、あのライフルだけデスシ!」
「本当?」
「うん。私が覚えてる限り、あのライフルは初期に3本だけ配布されてる。1本は戦闘で壊れ、もう一本は行方不明。初期に多かったバグの影響で、データの狭間に落っこちたらしいよ。
最後の一本は、商人さんが持ってたんだけど。」
「今ではこの通り、戦闘からは足を洗ったんですケドネ!よく助けられましタヨ!」
いつもニコニコしている商人さんがそんなに強かったとは思えないから、大方武器の力に頼り切った戦闘スタイルだったんだろう。
だけど武器についての知識で、商人さんの右に出る人はいないはずだ。戦闘は知識で勝ってきたかも知れない。
「取り敢えず、またここに体置かせてもらえる?」
「ハイ!お部屋は取って置いてありますので、どうぞお使いくださいナ!」
ログアウトするときは、20分程度そこの場所にアバターが残ってしまう。安全が確立された場所でログアウトを行わないと、その20分の間に殺されてしまうこともあるので、注意が必要だ。
街の中の宿屋でログアウトしている人も多いが、私と魔理沙は、よく商人さんの家でログアウトしている。お金も取られないし。
「商人さん、弾くれ。12ゲージ48発。」
「毎度アリ!」
商人さんの店は通な人しか知らないから、私達以外に客がいるのは珍しいな。...んー、あの人どこかで見たことあるけど、どこで見たか思い出せない。
......あ、あの人、前回の生存遊戯大会でMVP取った人だ。確か『散弾銃を知り尽くした男』って言われてたな...魔理沙はあの人に憧れてショットガン使い始めたんだったわね。
魔理沙は気づいてない。ま、言ったら騒ぐだろうし、言わないでおこう...
......大会か...優勝したら、ゲーム内通貨でかなりもらえるんだよね...
...頑張ってみようかなぁ......