龍は暁に啼く   作:高嶺 蒼

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第8章~8~

 セイラは落ち込んでいた。さっきの態度は大人気なかったと。

 雷砂は悪くない。

 悪いのは、前もって一緒に踊ろうと誘っておかなかった自分なのだ。

 雷砂ならなにを言わずとも一緒に踊ってくれるに違いないと過信して努力を怠った自分が悪いのだ。

 

 それなのに、思うようにいかなかったからといって機嫌を悪くし、雷砂を部屋から叩き出してしまった。

 はーと大きくため息。もうため息しか出てこなかった。

 そんなセイラを見守るのは、双子の妹リインと、一座の軽業師・ジェド。

 3人はセイラのとぼとぼした歩き方にあわせて、ゆっくり祭の広場へと向かっていた。

 

 「なあ、セイラ。そんなに落ち込むなよ。きれいな顔が台無しだぜ?」

 

 声をかけられ、ちらりとジェドの顔を見る。

 あの時、ジェドと踊ったら、と雷砂はいった。さもいい思いつきだというように。ジェドはセイラが好きだから喜ぶよ、と。

 

 それだけは、その言葉だけはひどいと思った。雷砂に悪気が無いのは分かってる。雷砂がまだ子供だと言うことも。

 だが、かちんときたのだ。

 自分はこれだけ雷砂を好きなのに、雷砂は焼き餅ひとつ焼かずに、別の男と踊れば良いと言う。

 その想いの差が、何とも切なかった。

 

 

 「ねえ、ジェド。雷砂があんたと踊ればって言うんだけど」

 

 「え?まじで?俺は大歓迎だけど、いいのか?」

 

 「良くないから、こんなに落ち込んでるんでしょ」

 

 「ま、そりゃそうか。でもな、セイラ。正直言って、雷砂とお前じゃ釣り合わないと思うぞ?年の差ありすぎだろ。雷砂はまだガキだぜ?」

 

 「・・・・・・分かってるわよ。でも、好きなんだもん」

 

 

 最初はただの好意だったと思う。可愛くて可愛くて仕方なかったけど、恋ではなかった。

 いっても自分は普通に大人の男が好きなのだ。

 10歳も年下で、しかも同姓の相手に恋とも言える感情を抱くとは夢にも思っていなかった。

 

 だが何度も助けられ、共に過ごすうちに、いつの間にか恋慕とも言える感情を抱くようになってしまった。

 自分でも、ちょっとあり得ないと思う。

 だが、好きな気持ちに嘘は付けない。好きだから触れたいし、ずっと一緒にいたい。

 それを雷砂が嫌がらないから、少しいい気になってしまったのだ。

 

 少し距離を置いた方がいいのかもと思いながら、隣を歩く男を見上げる。

 身近な所で妥協するのもどうかと思うが、ジェドが自分に好意を抱いているのは気づいていた。応える気がなかっただけで。

 彼が嫌いなわけではない。むしろ気の合ういい奴だからこそ、男女の関係になるを避けてきた。

 だが、一度割り切って抱かれてみようか、などとついつい考えてしまう。

 

 今の本命の雷砂は、きっとセイラのものにはなってくれない。

 不毛な恋だ。大好きだけど、どうにもならないことなのだろう。

 じーっと見上げていると、ジェドがこちらをみてにかっと笑った。

 

 「お、俺にしとけよ。大事にすんぜ?」

 

 そう問われて、少しだけ考えた。だが、結局首を横に振る。

 割り切った関係ならいい。しかし、大事にされるのはダメだ。今の自分は、きっと彼を大事に出来ないから。

 

 

 「なんだ。やっぱダメか」

 

 「妥協は、ダメ」

 

 

 苦笑混じりのジェドの声と、淡々とした妹の声が重なる。

 

 

 「うん。そうよね。妥協は、良くないわよね」

 

 「雷砂は、セイラのこと、好きだと、思う」

 

 

 セイラの手を励ますように握って、真摯な声で告げる。妹のその言葉に、セイラは小さく頷いた。

 雷砂の好意はもちろんいつだって感じている。だけど、それは、

 

 「うん。でも私の好きと、雷砂の好きはきっと違うのよね。仕方ないって分かっているけど」

 

 異性であれば。もっと年が近ければ。そう、思わないでもない。でも、セイラは今の雷砂が好きだった。

 

 一度好きになってしまうと冷めにくい自分の性質を、セイラは良く知っている。

 本当はきっぱり振ってもらうのがいいのだが、それを今の雷砂に求めるのは酷だろう。

 雷砂は人を拒絶するのが苦手だ。親しい相手となればそれはより顕著になる。

 それ程長い期間ではないが、雷砂と密接につき合ってきて、セイラは薄々その事に気づいていた。

 雷砂に拒絶してもらえないなら、時間をかけて熱を冷ましていくしかない。

 それにはきっと、かなりの時間がかかるだろう。

 

 「違う好きでも、諦められない、でしょ?セイラはしつこいから」

 

 そんなリインの言葉に苦笑する。

 その通りだ。自分はしつこい。良くいえばねばり強い。今回に関しては、それが仇となりそうだが。

 

 「そうねぇ。ま、婚期を逃す覚悟くらいはしてるわ」

 

 少し、吹っ切れたように笑った。

 それくらいの覚悟がなければ、同姓でしかも一回りも年下の相手に恋など出来ない。

 

 「大丈夫。私が、いる」

 

 ぽんと胸を叩いてリインが頷く。

 婚期を逃しても、独り身でも、自分が一緒にいるから大丈夫と言いたいのだろう。

 

 

 「え~、リインは早く結婚しなさいよ。それで、私に可愛い甥っ子か姪っ子見せて」

 

 「痛いのが苦手だから無理」

 

 

 痛い思いをしたくないから、結婚もしないし子供も産まないという主張に、リインらしいと笑いがこみ上げた。

 だが、そう言いながらもいつかはリインも結婚するだろう。

 そして自分もいつか、この想いが薄れて思い出にすることが出来たなら、その時はそういう道を選ぶのもいいかもしれない。

 だが、今は。

 

 うつむき微笑んだセイラの耳に、人々の奏でる喧騒が聞こえてくる。それに混じってきれいな楽の音も。

 何だか無性に雷砂の顔が見たくなってきた。

 人の気も知らずに、他の男と踊ればなんていう鈍感な想い人。それでも好きなんだから仕方ない。

 

 ジェドと踊るつもりは無いが、踊らずとも楽を奏でる雷砂を見ているのもきっと楽しいだろう。

 妹と手をつないだまま、足を早める。ジェドはちぇっと肩をすくめ、ゆっくりと2人の後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 祭の広場に、セイラが入ってくるのが見えた。ジェドやリインも一緒だ。

 早く近くに行って、踊りに誘わなければと思うが、曲はちょうど始まったばかり。

 雷砂は真摯に楽を奏でながら、セイラの姿を目で追った。

 

 彼女は踊りの輪から外れた、少し離れた場所からこちらを見ていた。

 リインやジェドと一緒に。

 時折何か言葉を交わし、笑っている。ジェドがセイラの肩に腕を回す場面もあった。

 自分で奨めておいて何だが、ジェドとセイラが踊りに行ってしまうと、謝るタイミングがつかめなくなってしまう。

 なんとか、2人が踊りの輪に加わる前に、彼らのそばに行きたかった。

 

 そうこうするうちに、曲の終わりが近づいてきた。

 横で演奏していたエマが肘でつついてくる。

 横目で見ると、がんばりなさいよと言うように可愛らしいウィンクが飛んできた。雷砂も微笑み、顎を引いて小さな頷きで返事を返す。

 

 曲が、終わった。

 エマに楽器を預け、セイラ達の方へと向かう。なるべく急いで。

 

 向かう途中、色々な人から声をかけられたが、曖昧に笑って受け流した。

 一緒に踊ろうと近づいてくる女の子達も多かったが、何とか避けてセイラの元にたどり着いた。

 

 彼女は、少し驚いた顔をしていた。

 なれなれしく肩に乗せられていたジェドの腕をぺしんと叩いて、しっしっと追い払う仕草。

 ひでぇなぁ、と言いながら離れていくジェド。いつの間にか、リインの姿も見えなくなっていた。

 

 雷砂は、おずおずとセイラの顔を見上げた。

 怒っている様子はない。でも笑ってもくれない。

 何だか、予想が外れたというようなきょとんとした顔をしている。

 

 大きく息を吸い、そして吐く。

 心を落ち着けてから、そっと手を伸ばし、セイラの手を取った。

 

 (よし。まずはキスだ)

 

 恭しく彼女の手を持ち上げ、指の付け根にキスを落とす。

 エマが言うには、こう言うのが王子様のするキスっぽくていいらしい。

 それから、セイラの顔を再び見上げた。

 彼女の頬が紅いのはきっと気のせいでは無いだろう。

 

 キスの次はダンスの誘いだ。

 じっと彼女の瞳を見つめ、

 

 「さっきはごめん。セイラ、オレと踊ってくれますか?」

 

 心を込めてそう告げた。彼女の顔から目を離さずに。

 彼女もまた、雷砂の顔をじっと見ていた。

 それ以外の反応がなかなかなくてどきどきする。

 

 もう踊りたくないと言われたらどうしよう。ジェドと踊るからもういいと言われたら。

 

 怖くて、目をそらしたくなる。だが、何とか持ちこたえた。

 その瞬間、セイラが笑った。花がほころぶように、本当に嬉しそうに。

 どきんと胸が高鳴る。

 セイラがぎゅっと手を握り返してきた。

 

 「もちろん、喜んで」

 

 セイラが笑ってくれた事が嬉しくて、雷砂も自然と笑みを浮かべた。

 彼女の手を引いて、踊りの輪へ向かう。タイミングよく次の音楽が流れ始めた。

 微笑みを交わし、2人は踊り始める。周りからは冷やかすような声。そんな声も気にせずに、じっとお互いを見つめて踊った。

 

 2人は疲れることなく踊り続け、雷砂を狙って待つ女の子達は少しだけガッカリし、だがそれぞれ別の相手を見つけ踊りの輪に加わり、今年の祭の終わりは例年以上の盛り上がりを見せたのだった。

 

 

 




読んで頂いてありがとうございました。

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