祭前夜。
薄暗闇の道を歩いて宿へ戻り、セイラの部屋に行って休もうと階段を昇りかけたところでイルサーダに捕まった。
そのまま彼の部屋に連行され、今は向かい合って「お腹が空いたでしょう?」と彼が用意しておいてくれた夜食を摘みながらお茶をすすっている。
そんな雷砂を、イルサーダがにこにこと見守っていた。
「旅に出る、決意は出来ましたか?」
問われ、雷砂はうなずく。
「ああ。変な奴に目を付けられたから、オレが定住するのはあまり良くない気がするし、もともと旅に出ようとは思ってたんだ。良い機会だったと、思うことにする」
「では、うちの一座と共に旅をするという事でいいんですよね?」
「まあ、当面は。イルサーダが捜し物をしているように、オレにも捜し物があるんだ。だから、場合によっては別行動になるかもしれない」
「捜し物、ですか?どんなものか、うかがっても?」
「うん。といってもオレも良くわからないんだよ。ただ、夢の中でその人が、捜して欲しいって頼むんだ」
「夢、ですか。捜して欲しいというのは何かのアイテムかでしょうか」
「いや、その人自身」
そう答えて、雷砂は少し遠い目をする。
幼い頃から繰り返される夢。その夢の中でしか会えない、美しい青年の姿を思い浮かべながら。
「小さい頃から何度も見る夢なんだ。その夢の中で、その人はいつもすごく優しい目でオレを見て、でもどこか悲しそうで。オレだったら彼を捜せるらしいんだけど、オレにはその方法が分からない」
「・・・・・・雷砂は、その人を見つけてあげたいんですね」
「うん。どうしても、見つけだしてあげたい」
きっぱりと頷いた。
どんな手を使っても、どんなに時間がかかっても、あの青年を見つけだし、直接会ってみたい。彼の、笑った顔が見てみたい。
「その人はどんな人なんですか?雷砂の心をそれだけ引きつけてやまない人は」
「んー、綺麗だって言葉だけじゃ表せないくらい綺麗な人だよ。神々しいって言い方の方がしっくりくるのかな?完璧って言うくらい整った顔をしていて、髪は白銀に輝くようで・・・・・・」
「神々しいまでに美しくて、白銀の髪?・・・・・・もしかして、その髪はものすごく長くないですか?腰を越えて膝裏くらいまで」
「ん?そうだなぁ。膝裏まであるかまでは分からないけど、それくらい長かったと思う」
「瞳はもちろん黄金ですよね」
「ああ・・・・・・って、なんでしってるの?」
イルサーダに、夢の人の特徴を言い当てられ、きょとんと首を傾げる雷砂。
そんな雷砂を尻目に、イルサーダは興奮したようにその頬を赤くしている。
「もちろん知っていますとも。その人こそが我らが王なのですから」
「イルサーダの王様・・・・・・って、守護聖龍!?あの人が!?」
イルサーダに衝撃の事実を告げられ、目を見張る。
だが、そう言われてみればしっくりくる。それくらい、人間離れした美しさを備えた人だったから。
「あ、でも龍の姿じゃ無かったよ?」
「当たり前です。私だって人間の形態をとっているでしょう?」
「あ、そうか。守護聖龍も人の姿があるのか・・・・・・」
「もちろんです。あ、それで我が君は男女どちらの形態でした?」
「え?どっちの姿にもなれるものなの?もしかしてイルサーダも?」
「雌雄同体なのは守護聖龍たる我らが王のみです。私は普通に雄ですよ」
苦笑混じりに教えられ、ふうんと頷く。
イルサーダが女の姿にもなれるのなら、それはそれで見てみたかったと思いながら。
男の姿でも十分美人なのだから、女の姿ならさぞ目の保養になることだろう。
「で、我が君はどちらの姿を!?」
「や、普通に男だったよ?多分」
何をそんなに興奮しているのかというくらい興奮して詰め寄ってくるイルサーダから少し身を引きながら、苦笑混じりに答える。
「そう、ですか。まあ、あの方は元から男性形態の方を好んでとっていましたからね。我が君の女性形態は、それはレアなのです。滅多に見れません。・・・・・・と言うわけで少々興奮してしまいました。申し訳ありません」
少し落ち着いたのか、イルサーダも苦笑混じりに言って、雷砂に軽く頭を下げた。
それからふと真面目な顔になって、
「しかし、盲点でしたね。王からのメッセージが夢を通じて雷砂に届いていたとは。よく考えれば予想できたでしょうに、我らも王を奪われ、頭に血が上って視界が狭くなっていたんでしょうね。あの方は、夢の中でなんて?」
「そんな、大したことは言われてないけど」
そう前置きをして、雷砂は夢の内容をイルサーダに語った。イルサーダは少し考え込むように目を閉じて、
「源を探せ・・・・・・ですか」
唯一キーワードとなりそうな、その言葉を呟いた。
「なんというか、もう少しわかりやすいヒントをくれればと思わないでもありませんが、仕方ないですね。あなたは異世界からきた渡界者ですから、その異世界に行くのが一番可能性は高そうですが、異世界と言うのは早々いけるものでもありませんし」
ぶつぶつ呟きながら、頭をかきむしる。
そんな、らしくない様子のイルサーダを雷砂は静かに見守っていた。自分が口を出すよりまずは、イルサーダの出す答えを聞いてみよう、そう思いながら。
「神にも我が君にも遠く及ばない我らに出来る事は限られていますし、まずは出来る事から、ですかね。そうなると・・・・・・そうですね、まずは」
色々考えて、やっと考えもまとまってきたようだ。イルサーダは目を開けて雷砂を見る。
さっきかきむしっていた頭がすごい状態だが、それは見て見ない振りをして、雷砂はイルサーダの顔を見返した。
「色々考えましたが、雷砂にはまず我らの里に向かってもらうべきかと思います」
「イルサーダの里って言うと、龍神族の?」
「ええ。里には貴重な文献もたくさんありますし、里の神官の力を借りれば王の宮にも行けるはずです。我らの目で捜しても何も見つかりませんでしたが、雷砂の目で見たら何か新しい物が見つかるかもしれません」
どうでしょう?と問われて、雷砂は頷いた。それ以外に良い考えがあるわけでもないし、反対する理由も無かったからだ。
雷砂の返事を受けて、イルサーダは地図を取り出し広げた。
「じゃあ、具体的にはこう動きましょう。今、私たちはここにいます」
そう言って、地図の中央からやや西の草原の際を指さす。
その指を街道にそって更に北西へと動かし、街を表す印のところで一度止める。
「まずはこの街までは私達と行動を共にしましょう。そこから私達は更に西に向かいますが、雷砂には北へ向かってもらいます」
「北?」
「ええ。北です」
そう言いながら、イルサーダは北へと指を滑らせる。
その先には大きな山脈とその手前に広がる広大な森があった。彼は、まずは森を指さし、
「我らの里のある大山脈を目指すには、この大森林を抜けるよりほかの道はありません。厳しい行程ですが、まあ、雷砂なら何とかなるでしょう。この森林にはエルフやダークエルフといった森の乙女達の集落もありますので、困ったら頼ると良いでしょう。他にも、普通に生活していると会えないような妖精や聖獣、精霊などにも、運が良ければ会えるかもしれませんから、行って損はないと思いますよ」
そんな説明をしてから、いよいよ森の先の大山脈を指さした。
「そしてここが我らの里のある大山脈です。大山脈への入り口は大森林を抜けた先にしかなく、我らが里に至るためには龍の試練を受ける必要がありますが、雷砂なら問題ありません。迎えにくる者にもよると思いますが、恐らく顔パスでしょう。もし、難癖を付けられたら私の名前を出してくれて構いませんからね?・・・・・・と、まあ、旅の行程はこんなところでしょうかね。何か質問は?」
「ん~、まあ、つっこんで聞きたいことは山ほどあるけど、明日もあるし、これから一緒に旅もするわけだから追々聞かせてもらうことにするよ」
「そうですね。明日は雷砂にも頑張ってもらわないといけないですから、今日はもう休みますか」
イルサーダの言葉を合図に、雷砂は立ち上がる。
「でもあなたのおかげで我らが王の行方がわかるかもしれない希望が出てきました。ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いしますね」
そういって深々とお辞儀したイルサーダに雷砂は微笑み、
「いや、オレの方こそ。草原以外の常識はまるでないから、イルサーダと目的が合致したのはありがたいよ。面倒だろうけど、色々教えて欲しい」
そう答えた。
「もちろんです。あなたの旅の役に立てるよう、力を尽くすと約束しますよ」
イルサーダは微笑み、部屋のドアのところで雷砂を見送った。
扉を閉じて、息をつく。
長年探し続けていた最愛の王の行方の鍵を見つけたことで、思いの外興奮していた。
高鳴る胸をおさえ、それから里の仲間達へ吉報を知らせるために筆を取る。
今日はまだしばらく、眠ることは出来そうに無かった。
祭の前夜から祭の当日へ日付が変わる頃。
雷砂はやっとセイラの部屋へ戻ってきた。
セイラはもちろんもう眠っていて、ベッドの中で安らかな寝息をたてている。雷砂はその寝顔をそっとのぞき込んで微笑み、それから手早く服を脱いでいった。
寝るための服など持っていないので、下着姿のままでセイラの隣へそっと滑り込む。
外気が入って少し寒かったのだろう。
身じろぎをし、寝返りをうったセイラがこちらを向いたので、その胸に潜り込むように自分の位置を決めて、雷砂は目を閉じた。
最初は落ち着かなかったが、最近はこうしてセイラにくっついて寝るのにも慣れてしまった。
彼女の温もりに包まれて、その心臓の鼓動を聞きながら眠るのは、慣れてしまえば思いの外心地良いものだった。
今日は、なんだかんだと忙しかった。
朝から明日の舞台のリハーサルというものに参加して、それからミルファーシカに会い、サイ・クーとお茶をして、ジルヴァンと話し、最後にイルサーダに捕まった。
なんだか濃い一日だったなとそんな事を思いながら、雷砂はゆっくりと眠りに落ちていくのだった。
読んで頂いてありがとうございました。