龍は暁に啼く   作:高嶺 蒼

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第7章~10~

 腹の傷が疼いていた。

 だが、動けないこともないだろうと、雷砂はゆっくり上半身を起こす。

 布をきつく巻いたその場所は、血がにじんでいるものの、それ以上に広がる様子はない。

 どうやら、出血は落ち着いてきたようだ。思わずほっと息をつく。

 けがは良いが、動けないのは困る。

 まだ、全てが終わったわけではないのだ。

 

 「雷砂、まだ動かない方がいいんじゃない?」

 

 心配そうなセイラの声。

 

 「いや、もう大丈夫そうだ。キアルは、どうしてる?」

 

 そう言いながら顔を巡らせると、少し離れた場所で、仰向けに横たわったままのキアルが見えた。

 立ち上がり近づいて見下ろすと、色々な事が重なって疲れが出たのだろう。目を閉じ、眠っているようだった。

 傍らに膝をついてけがの様子を見る。

 どのけがも大したことはなく、もう血が止まっているのを確かめて安堵の息をもらした。

 振り向き、セイラを手招きすると、軽い足取りで近づいてくる。

 

 

 「セイラ、キアルの側にいてくれる?」

 

 「え?うーん、いいけど」

 

 

 セイラにしては少し歯切れ悪く答えて、だが雷砂の指示通りにキアルの側に腰を下ろす。

 雷砂は、そんな彼女に微笑みかけ、

 

 「ロウも2人の側に」

 

 そんな雷砂の声に答えるように、どこからともなく銀の獣が現れた。

 彼は、雷砂に頭をすり寄せ、甘えるように鼻を鳴らしてから、ゆっくりと地面に座り込んだ。油断なく、周囲を警戒しながら。

 

 「ねぇ、雷砂。もう、終わったのよね?」

 

 警戒心無期だしな獣の様子を見ながら、問いかける。

 

 「いや、まだだ。まだ、黒幕がいる」

 

 セイラを見ずにそう答え、前に向かって歩く。2人と1匹から、距離を置くように。

 そして、何もない中空を睨みつける。

 

 

 「・・・・・・出てこい。どこかで、見ているんだろう?」

 

 「ご名答。俺のことを、良く分かってるじゃないか」

 

 

 何もない空間から、声だけが響いてきた。

 声の聞こえた場所に向けて、雷砂は黙って刃を投げる。先ほど、自分の腹に突き立てられた、血塗れの包丁を。

 

 「おっと、危ないな。さっきの仕返しか?」

 

 跳んできた刃物を危なげなくつかみ取り、いつの間にか現れた男が笑う。

 

 「ん?結構血を流したんだな?怪我は大丈夫?」 

 

 己の手につかみ取った刃物を濡らす血液の量を見ながら言った。

 

 「・・・・・・大丈夫も何も、お前がやらせたんだろう?」

 

 あきれたように、雷砂が答える。

 

 「まあね。母子揃って結構踊ってくれたよ。だけど、君を死なせるつもりはないんだ。俺が欲しいのは、君だから」

 

 言いながら、青年が近づいてくる。その手が伸びて、雷砂の顎をつかんだ。

 

 

 「中々楽しい、出し物だっただろう?雷砂」

 

 「・・・・・・ふざけるな。人の命をなんだと思ってる」

 

 「あれ?楽しくなかった?そっか。失敗したな。雷砂を楽しませて、それからもう一度誘おうと思ってたんだけど・・・・・・まあ、いいか」

 

 

 言いながら、強引に雷砂の唇を奪う。避けようとした雷砂を押さえ込むようにして。

 唇をこじ開けようとする青年の舌先を頑なに拒み、彼の顔を睨みつける。思い通りになるつもりは無かった。

 

 「ふ・・・・・・強情だね。雷砂。でも、それだからこそ落としがいがある」

 

 解放され、唇を拭う雷砂を見ながら、男は笑った。楽しそうに。

 

 

 「お前は、何がしたいんだ」

 

 「雷砂を、俺のものにしたいんだよ」

 

 「前に、断ったはずだ」

 

 「うん。そうだね。でも、雷砂は俺のものにする。君の大切なものを、全て壊してでも、ね」

 

 

 男は朗らかに笑い、空を指さした。見てごらん、とでも言うように。

 雷砂は男を警戒しながら、その指さす先を見た。

 そこにあるのは太陽だ。それがどうしたというのか。

 ・・・・・・いや、違う。太陽が2つある。

 1つはそのままの場所に残り、もう1つがゆっくりと動いているように見えた。それは、こちらに向かって近づいてきている様だった。

 

 

 「魔法、なのか?」

 

 「んー、魔術、と言って欲しいね。まあ、魔法でも間違いは無いけど。

魔法は初めて?」

 

 「・・・・・・獣人族に魔法を扱うものはいない。辺境のこの村にも、魔法で癒しの術を使う癒し手なんていないしな」

 

 「ふーん。でも、初めてが俺の魔術だなんて運がいいね、雷砂。自慢する訳じゃないけど、魔術を扱う術で、俺にかなう奴なんてこの世にはいやしない。そんな最高の魔術が初めてなんだから感謝してくれよ」

 

 「あれを、どうするつもりだ?」

 

 「決まってるじゃないか。その村に落とすんだ。知り合い、多いんだろ?友達も、いるんだろうし」

 

 

 雷砂の顔が青ざめるのを見て、男が笑った。

 次の瞬間、雷砂は男に飛びかかり、その体を組み敷いた。そして、その首元にナイフを突きつける。

 

 

 「・・・・・・おっと、積極的だね、雷砂」

 

 「あの火の玉を止めろ」

 

 「あれには結構時間をかけてるんだ。手間はかかるけど発動さえすれば、後はあらかじめ設定した通りに動いてくれる」

 

 「そんなこと、聞いてない。死にたくなければ、今すぐあれを消せ!」

 

 「うーん。まあ、わかりやすく言っちゃえば、俺を殺しても無駄だよ、雷砂。俺が死んでもあれは止まらない。動き出しちゃえば、もう俺なんて必要ないんだ」

 

 「そっちがそのつもりなら、もういい。試してみれば、分かることだ」

 

 

 言いながら、雷砂はナイフで男の首をかき切ろうとした。

 

 ーパキン

 

 澄んだ音を立て、壊れたのはナイフの方だった。

 雷砂は呆然と、手の中のナイフを見つめる。

 小さくはあるが、それなりの業物だ。それがこうも簡単に壊れるとは。

 

 「びっくりした?俺にそこいらの金属で作られた刃物は効かないよ」

 

 呆然としたのは一瞬。すぐに気持ちを切り替えて、雷砂は走り出した。

 

 「ロウ、キアルとセイラを連れて逃げろ!!」

 

 叫び声で指示を出し、自身は村に向かおうとした。

 だが、いくらも行かない内に、透明な壁にぶち当たり、弾き飛ばされた。

 

 「無駄だよ、俺の壁は破れない」

 

 すぐに起きあがり、再び村に向かおうとした雷砂の首を掴み、地面へと押し倒しながら、男が嘲笑う。

 村に落ちてくる火の玉が見えるように雷砂の向きを変え、その小さな体をしっかりと組み敷いた。

 

 「ほら、しっかり見て。そろそろ、村でも異変に気づき始めたかもね。でも、逃げられない。さっきの透明な壁と同じもので、村の周囲を覆っておいたからね」

 

 雷砂の体が震えた。防ぐことの出来ない強大な悪意にさらされた、村の人たちを思って。

 何とか男の下から抜け出そうと、体に力を込めるがびくともしない。

 それでも諦めずに、視線を巡らせた。

 せめて、キアルとセイラだけでも、ロウが連れて逃げてくれていればと、一縷の望みをかけて。

 だが、そんな雷砂をあざ笑うかのように、男が言葉を紡ぐ。

 

 

 「ああ、君のオトモダチ達も村に転送しておいたよ。彼らも、もうすぐ火だるまになって死んじゃうね」

 

 「きさま!!」

 

 

 男の下から睨み上げる。

 そんな雷砂の様子すら楽しくて仕方がないと言うように、くすくすと笑いながら少女の柔らかな頬を舐め上げる。

 

 「いいね。君がそんな目をするなんて。たまらないな。さあ、君の大好きな村が終わる瞬間を見ながら、俺も楽しませてもらおうか」

 

 言いながら、雷砂の両手をその頭上でひとまとめにして押さえつける。

 そして、空いた方の手を使って雷砂の上着を引き裂いた。幼く白い素肌が痛々しく空気にさらされる。

 

 

 「何を、するつもりだ」

 

 「んー、あれが落ちて村人を焼き尽くすまで結構時間がかかるし、暇だから、雷砂に楽しませてもらおうかな~って思って。小さい子とする趣味は無いけど、それなりに欲情するものだねぇ」

 

 

 ちろりと唇をなめ、むき出しになった幼い胸や体をまじまじと見つめながら、楽しそうな口調でそう言った。

 雷砂はひとしきりもがき、だが、そうやってもがくことすらも彼を楽しませることに繋がっている事に気づくと、もがくのをやめ、村の上に迫る火球をただ見つめた。

 男に首筋を舐められ、胸の頂を刺激されても、身じろぎ一つせずに。

 

 何も出来ないことが、身を切られるように辛かった。

 どうにかしたくても、男の体をはねのける事すら出来ないのだ。

 人より強いと過信していた。だが、今の雷砂は無力だった。

 

 目を見開き、瞬き一つせずに村を見つめる。

 その瞳から、静かに涙がこぼれた。

 

 

 

 




読んで頂いてありがとうございました。

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