龍は暁に啼く   作:高嶺 蒼

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第7章~7~

 「ラ・・・・・・イ、サ?」

 

 女は、首を傾げて突然現れた存在を見つめた。不思議そうに、どこかほっとしたように。

 

 「そうだ。あなたを、止めに来たんだ。これ以上、苦しまなくていいように」

 

 話しかけながら、ゆっくりと近づいていく。

 

 「コロ、シテ・・・・・・」

 

 彼女はもう抵抗しない。

 自分がもう、どうにもならないところまで来てしまったことを知っているのだ。

 もう死ぬしかないこと。そうでなければ大切な存在を守れないことを。

 

 「大丈夫だ。良く、心を決めたな?良く、耐えた。苦しかっただろう?すぐに、楽にしてやるから」

 

 雷砂の言葉に、彼女は目を閉じる。その頬を、紅い涙が伝った。

 

 

 「ア、アリ、ガ、ト・・・・・・」

 

 「困るなぁ。そんな簡単に死んでもらっては」

 

 

 彼女の声に被せるように響いた男の声。

 聞き覚えのある声に気を取られた一瞬の間に、1人の青年が、彼女の後ろに現れていた。

 

 黒い髪に紅い宝玉の瞳。

 

 数日前、まるで白昼夢の様に雷砂の前に現れた男が、そこに居た。

 青年は、どこか壊れたような笑みを浮かべて雷砂を見つめていた。

 そしてそのまま、シェンナの体を後ろから抱きすくめ、その耳元に唇を寄せる。

 

 

 「俺はあなたの願いを叶えてあげただろう?復讐は愉しかった?憎い男の血肉の味は、さぞ甘美だったことだろうねぇ?」

 

 「ア、ア・・・・・・」

 

 「ねぇ、あなたはもっと、俺を楽しませなければいけないよ?だって、俺はあなたの願いのために、力を使ったんだから」

 

 「ユ、ユルシ、テ・・・・・・モウ・・・・・・」

 

 「だめ。さあ、俺がちょっとだけ背中を押してあげよう。あなたは、欲望のままに生きていいんだ」

 

 「ヨク、ボウ」

 

 「そうだ。いい子だね。息子が、愛しいだろう?」

 

 「イト・・・・・・イト、シイ。ワタシ、ノ、キアル」

 

 「愛しいなら、食べてしまわないとね」

 

 「タ、ベル?」

 

 「そうだよ。食べたかったんだろう?愛しくて愛しくて、全部自分のものにしてしまいたかったんだろう?いいんだよ、思うとおりにして」

 

 「喰、イタイ。キアル・・・・・・イトシイ、キアル」

 

 「いい子だね。さあ、行っておいで。匂いで分かるだろう?キアルが、待ってるよ」

 

 

 そう言って、男は彼女の欲望と共にその身を解放した。

 

 「シェンナ、だめだ!!」

 

 叫ぶ雷砂の事など見向きもせず、彼女は駆け去る。何よりも愛しい存在の元へと。

 唇をかみしめ、雷砂は青年を睨んだ。

 彼は、場違いな笑みを浮かべ、面白そうに雷砂を見つめ返す。

 

 

 「彼女を、魔鬼に変えたのはお前なんだな?」

 

 「そうだよ。俺が、彼女を、彼女の願いを叶えられる体にしてあげたんだ」

 

 

 半ば確信を込めた雷砂の問いに、青年はにこにこと答えを返す。まるで悪びれた様子もなく。

 

 「お前・・・・・・!」

 

 怒気のまま、詰め寄ろうとする雷砂に向かって青年の声が飛ぶ。

 

 「行かなくていいの?このままじゃ、食べられちゃうよ?君のオトモダチ」

 

 彼を睨みつけたまま、足を止める雷砂。

 確かに彼の言うとおりだった。

 黒幕は確かに彼なのだろうし、放っておけないのは確かだが、今優先すべきなのは・・・・・・

 

 「・・・・・・今は、見逃してやる。だが、逃げるなよ」

 

 そう言い捨て、雷砂は踵を返して走り出す。出来る限りの早さで。

 シェンナに追いつき、彼女を止めるため。

 

 そして。

 林の中に、青年だけが取り残される。

 彼は笑っていた。

 心底、愉しそうに。

 

 「まだだよ、雷砂。もっともっと、君を追いつめてあげる」

 

 愉しそうに、愉しそうに、声をあげて笑う。

 そうしてひとしきり、笑い声を響かせた後、その姿は忽然と消えた。宙にかき消すように。

 そして。

 林に静寂が戻った。

 




読んで頂いてありがとうございました。

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