龍は暁に啼く   作:高嶺 蒼

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第6章~20~

 舞台として作られたスペースに、今夜の楽士をつとめるらしい少女が現れた。

 今日の楽士は一人だけ。

 昨日の宴にいたどの楽士とも違う少女だった。

 男はにやにやしながら、舞台を整え準備をするその少女を舐めるように見ていた。

 

 まだ幼くて食指は動かないが、だが美しい。

 昨日楽士をつとめていた少女達も、それなりに可愛らしかったが、目の前で動き回る少女はレベルが違った。

 

 (あと2~3年育っていればな)

 

 そんなことを考えながら酒をあおる。

 目の前の少女は胸も尻もまだ育っておらず、牡の獣性を煽るにはまだ青い。

 だが、美しさだけを見れば、彼が今日無理矢理にでも手に入れようとしているあの舞姫すら凌駕するかもしれない。

 

 (興が乗ったら、つい手を出してしまうかもしれんなぁ)

 

 にやにやと、男は笑う。

 青い果実を無理矢理組み敷き、こじ開ける。

 そう言った趣味嗜好とは無縁だったが、それも悪くないかもしれない。

 相手がこれほど美しい少女であれば。

 

 酒の肴にそんなことを考えているうちに、舞台の準備は整ったようだった。

 楽士の少女が舞台の端に座し、楽器をかき鳴らす。

 目を向けると、鋭いまなざしの、だが見るものを魅了する美しい微笑みを浮かべた少女がこちらをじっと見ていた。

 

 「旦那様、準備が整いましたので、はじめてもよろしいでしょうか?」

 

 その問いかけに鷹揚に頷いてみせる。

 少女は軽く頭を下げ、それから軽やかに曲を奏で始めた。

 昨日とは違う曲。

 男は昨夜見た舞姫の舞を思い浮かべながら、今日はどんな舞を見せてくれるのかと、欲望に濁った瞳で舞台を見つめた。

 

 

 

 

 

 舞台上から、雷砂が目線で合図を送ってきた。

 頷きで返すと、雷砂は柔らかな微笑みを浮かべ、それから真剣な表情で楽器を奏で始めた。

 楽器を触るのは今日がはじめてという話だが、まだ信じられない。

 雷砂の奏でる曲の響きは、昼間にちょっと習っただけの初心者のものとは思えないほどの深く美しい音色を響かせる。

 

 そして、楽器の音色に続いて聞こえてきたのは雷砂の歌声。

 綺麗な、伸びやかな。

 まだ少し色気は足りないけど、十分に人を魅了できる歌声だった。

 

 (あ~、リインと並んで歌わせたいなぁ)

 

 ついついそんなことを考えてしまう。

 雷砂のこの歌声ならば、リインの歌声にも負けないだろう。

 むしろ、リインの声にしっかり寄り添って、彼女の魅力をさらに引き出してくれるに違いない。

 そんな風に考えながらうっとりと聞き入ってしまった。

 

 気がつけば、舞の始まりのタイミングの音はとっくに過ぎ去って、雷砂がしきりにこちらを見ている。

 普段なら絶対にやらない失態。

 それもこれも雷砂の奏でる楽と歌が凄すぎるせい。

 セイラは微笑み、舞を始めるタイミングを計る。

 今日は気持ちよく踊れそうだった。

 

 

 

 

 

 舞台の上に夢の様な光景が広がっていた。

 酒場の片隅の、それほど広くはない粗末なスペース。

 だが、そんなことを気にした風もなく、舞姫が優雅に舞っている。時に激しく、時に緩やかに。

 

 だが、リリアが見とれていたのは舞姫だけでは無かった。

 もう1人、舞台の端でひっそりと楽を奏でる楽士、雷砂。

 

 (雷砂、楽器も扱えたんだぁ。歌も凄く上手だし)

 

 うっとりと、雷砂を見つめていると、その視線に気づいたのか、雷砂がこちらを見てにこっと笑う。

 それがまた、可愛くてかっこよくて綺麗で、もう色々たまらない。

 リリアは夢中になって舞台を見つめた。

 

 曲もこれでかれこれ3曲目。

 もう時期この夢のような舞台も終わってしまうだろう。それが残念で仕方なかった。

 隣を見れば、惚けたような顔の母親がいる。

 

 (これでお母さんも雷砂の虜、かなぁ)

 

 そんなことを思う。

 雷砂は知らないが、この村の女達ほとんどが雷砂のファンなのだ。

 本人に無許可のファンクラブまである。

 会長は、もちろん村長の娘のミルファーシカ。

 

 今日の雷砂も格別だが、普段の雷砂は少女とは思えない凛々しさがあり、強くて優しい。

 困っている人を見るとすぐ助けてくれるし、声をかければ綺麗な微笑みで挨拶を返してくれる。

 そこら辺の男達と違ってぎらぎらした欲望の目で見てくることもない。

 そんな雷砂だから、本人の自覚はないが本当に良くモテるのだ。

 老いも若きも関係なく。

 

 まあ、モテると言っても恋の相手としてではなく、美しい花を愛でるような感覚が近いかもしれないが。

 リリアはもちろん雷砂のファンクラブの会員だったが、酒場の女将である母はそうではなかった。

 

 しかし、今日の雷砂は母の心の琴線に触れたようだ。

 片時も目を離さずうっとりと見とれている様子を見れば分かる。

 

 後でお母さんにも雷砂のファンクラブの会報を見せてあげようーそんなことを考えながら、リリアも片時も目を離さず雷砂を見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 最後の音をかき鳴らし、舞台に静寂が落ちる。

 セイラは流れるような動きで最後のポーズを決めた後、雷砂の方を振り向いて手を差し出してきた。

 雷砂は立ち上がり、セイラに促されるままに彼女の手を取る。

 舞台の中央で、2人揃って一礼。

 商人と酒場の女将とその娘のリリアと、3人分の拍手が響いた。

 

 「すばらしい舞だった。褒美の酒はどうだ?」

 

 上機嫌に商人が話しかけてくる。

 予想通りでうんざりしたが、表面上の愛想笑いは崩さずに2人揃って彼の前に進み出た。

 

 「お褒めいただき、ありがとうございます。では1杯だけ・・・・・・」

 

 そう答えたセイラの手に並々と酒の入った杯を持たせると、続いて雷砂の手にも押しつけて来ようとした。

 それを見たセイラが商人の手を押しとどめる。

 

 「楽士はまだ子供でございます。代わりに私が頂きます」

 

 微笑み、雷砂をかばうように少し前に出た。

 商人は少し不満顔だ。だが、仕方がないというように雷砂へ渡そうとしていた杯をセイラの前に置いた。

 雷砂は酒は苦手ではない。

 獣人の部族会などでは良く飲まされるし、結構強い方だとも思うが、折角かばってくれたのだからと、大人しくセイラの後ろにいることにした。

 

 「さあ、飲め。腹が減っていたら料理も食べて良いぞ」

 

 そう言いながら、男はセイラが杯をあける様子をじっと見つめている。その粘着質な視線が何だか気になった。

 なにかたくらんでいるのかもしれない。

 だが、もしそうだとしても、いざとなったら力に任せて振り払って逃げてしまえばいい。

 

 そうなった時の面倒は、座長であるイルサーダに任せればいいのだ。

 もし、それで収まらなければ村長に頭を下げて何とかしてもらおう。村長にはそれなりに貸しもあるし、何とかなるだろう。

 などと考えているうちに、セイラは杯を2つ、綺麗に飲み干していた。

 

 

 「ありがとうございました。では、私たちはこれで・・・・・・」

 

 「そう慌てて帰ることも無いだろう?少し酌をしてくれんか」

 

 

 暇乞いの言葉をやんわりと遮り、昨日とは打って変わった低姿勢の言葉に猫なで声。

 セイラは少し困ったような顔をしてみせる。

 が、ここまでは想定内だ。

 酌の一つもせずに帰してもらえるとは思ってなかった。

 

 「では、少しだけ。子供の寝る時間もありますので」

 

 雷砂の年齢を盾に、そう言いながらニッコリ微笑むセイラ。だが、商人も負けていない。

 

 「子供は先に帰しても良いぞ?」

 

 お前だけいれば用は足りるとばかりの言葉に、

 

 「いえ、子供を1人歩きさせるには少々時間が遅うございます」

 

 そう返して、商人の持つ杯に酒を注いだ。

 

 「さ、どうぞ?」

 

 彼に言い返す隙を与えずに、結構なハイペースで酒を注ぎ続けるセイラ。

 さっさと酔いつぶしてしまおうという魂胆が丸わかりだ。

 当の商人はまるで気づいていないようだが。

 少しずつ酔いが回ってきた商人が、セイラに手を伸ばしてくる。

 その手を自然に払いのけ、雷砂は商人の懐に潜り込んだ。

 

 「……わたしにも、お酌をさせて下さい。旦那様」

 

 媚びを売るのが苦手なので、ついつい棒読み口調になってしまうが、酔った男には分からなかったようだ。

 雷砂の細い肩を抱き、相好を崩して「そうか、そうか」と頷いている。

 

 芋虫の様な指が身体を這い回り、気持ち悪かったが、セイラを触らせるわけにはいかない。

 雷砂は可愛らしく微笑み、酌をした。

 もう酒瓶を直接つっこんで飲ませても分からないんじゃないか?ーという思いもあったが我慢して酌をしているうちに、男の頭が船をこぎだした。

 もう少しだなーと冷静に観察しながら、やけに静かなセイラの様子を見る。

 

 彼女は頬を赤く上気させ、足の付け根をもじもじさせながら潤んだまなざしを雷砂に向けていた。

 呼吸も荒い。

 

 酒に酔ったのかもしれないが、それより考えられるのは薬を盛られた可能性。

 思い返してみれば、最初に与えられた杯が怪しい。

 渡される前から酒が入っていたし、そこに薬が溶けていても気がつかなかっただろう。

 あの中には、恐らく催淫剤の様なものが溶けていたに違いない。

 そこまで考えてふと気づく。

 

 (そういえば、オレも勧められたな。酒)

 

 という事は、だ。今も雷砂の身体をなで回して悦に入っているいやらしい男は、雷砂の様な子供も餌食にしようとしていたということ。

 

 (ったく、変態だな)

 

 うんざりしたように、だが声に出さないように気をつけ、心の中で吐き捨てるように呟く。

 もう男は半ば眠っている。

 雷砂は止めとばかりに、男の口に酒瓶を押し込んで、残った酒を全て流し込んだ。

 彼が明日、どんなに二日酔いに苦しもうが自業自得。知ったことではない。

 そうして男は沈んだ。完璧に。

 

 雷砂はそれを確かめてから、男の身体を担ぎ上げて女将の元へ向かった。

 なんだか女将の眼差しに妙な熱を感じるのは気のせいだろう、きっと。

 

 「たぶん、部屋も確保してるんだよな?この助平爺は」

 

 問いかけると、女将ははっと我にかえったようだ。

 頷き、2階の連れ込み部屋の鍵を差し出してくる。

 雷砂はそれを受け取り、ありがとうと微笑んだ。

 すると、また女将の目が怪しく輝いて、雷砂は何だか落ち着かない気持ちで、男を担いだまま階上へと上がった。

 預かった鍵でドアを開けると、ベッドに男を放り込んで、再びドアを閉めて急いでセイラの元へ。

 

 セイラは辛そうだった。

 それも仕方ないだろう。

 男が変態のせいで2人分の催淫剤を飲んでしまったのだ。

 どうやったら楽にしてやれるのか分からないが、とにかくなるべく早く宿に連れ帰ってやりたかった。

 

 

 「セイラ、歩けそう?」

 

 「ごめん、何だか足に力が入らなくて……」

 

 

 真っ赤な顔で、申し訳なさそうにセイラが眉尻を下げる。

 はじめて見るセイラのそんな表情に、可愛いなぁと微笑みを浮かべ、

 

 「ん、大丈夫だよ。オレがちゃんと連れて帰るから」

 

 そう言って、しばし思案する。

 背負っても良いが、今のセイラだと雷砂の肩に掴まれないかもしれないから危険がある。肩に担ぐのもちょっと可哀想だ。

 

 じゃあ、と、雷砂はセイラの身体に手を伸ばす。

 そのまま膝の後ろと背中に手を入れて軽々と抱き上げた。

 抱き上げるときに触れた手が、敏感になった身体に辛かったのだろう。セイラの身体がびくりと震えた。

 可哀想だが、宿まで我慢してもらうしかない。

 

 雷砂はそのままセイラをしっかり抱き抱えて酒場の入り口へと向かい、リリアに頼んで戸を開けてもらった。

 そして、リリアと女将に礼の言葉と共に笑顔を贈り、足早に宿へと帰っていったのだった。

 

 

 

 残されたのは、酒場の女将とその娘。

 

 「いやー、今までも綺麗な子だとは思ってたけどさ」

 

 ぽつりと女将が呟く。

 それを聞き逃さず、娘は母を見上げた。

 

 

 「お母さんも、やっと雷砂の魅力が分かったんだ?」

 

 「今日の、あんな姿を見せられたらねぇ。大の男も軽々担いじまうし。今まで近所の奥さん方まで、あんな子供に熱を上げる理由が分からなかったけど・・・・・・」

 

 「もう分かったでしょ?」

 

 「んー、まあ、ちょっとはね」

 

 

 ちょっとは……といいながら、女将の目は遠くなる雷砂の背中をまだ追っている。目はうっとり潤んで熱っぽい。

 

 「雷砂のファンクラブ、入る?」

 

 いらずらっぽく笑い、問いかけてみた。

 

 「ファンクラブまであるのかい!?」

 

 心底驚いたような声。

 リリアは得意げに胸を張り、もちろん、と頷く。

 

 

 「知らなかったの?お母さん、遅れてるよ~。うちの村の女はほとんどファンクラブの会員だよ?」

 

 「ほとんどって……亭主や恋人のいる女も多いだろ?」

 

 「ファンなだけなんだから、そんなの関係ないよ。まあ、本気な子も中にはいるけど……」

 

 

 ほとんどの会員は健全だし、恋との区別のちゃんと付けられている。

 だが、中には本当に雷砂に恋をしている子もいた。

 会長のミルファーシカを筆頭に、ほんの少数ではあったが。

 

 

 「ファンクラブに入ると、普段の雷砂の様子や、雷砂の逸話が読める会報誌が3ヶ月に1回もらえるんだ。村長お抱えの絵師の書いた雷砂の絵姿入りだよ」

 

 「絵姿、かぁ。出来は良いのかい?」

 

 

 少しずつ、母の気持ちが傾いてきているのが分かる。

 リリアは内心にんまりと笑った。

 新規会員を獲得すると、特別に雷砂と並んだ構図の絵姿を書いてもらえるのだ。

 なんとしても手に入れたい。

 

 「今までの会報が部屋にあるから、一緒に見てみる?それから決めればいいよ」

 

 そう言いながら、リリアは母がほぼ落ちることを確信していた。

 雷砂の絵姿を書く絵師は、彼女自身も雷砂の大ファンで、雷砂の絵には特に力が入っている。

 まるで本物の雷砂のようだと、ファンの間でも人気なのだ。

 見てしまえば、自分だけの会報が欲しくなることだろう。

 

 (これで、雷砂との2ショット絵姿は私のもの♪)

 

 そんなことを考え、うきうきしながら母を己の部屋に誘うのだった。

 

 

 

 

 

 




読んで頂いてありがとうございました。

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