龍は暁に啼く   作:高嶺 蒼

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第6章~17~

 「個人的な、酒宴・・・・・・ですか?」

 

 昨夜、雷砂の顔を強かに殴った男が、よりにもよってそんな要請をしてきたらしい。

 朝から座長に呼ばれ、その事を告げられたセイラは、心底嫌そうな顔をした。

 

 「ええ、そうなんですよ……」

 

 イルサーダも、何だかげっそりした顔をしている。

 昨夜、余程しつこく絡まれたのだろう。

 気の毒に、とは思うが、それとこれとは話が別だ。

 向こうが酔いに任せて横暴な真似をしてきたのであり、こちらは何も悪いことをしていない。

 

 だが、例えこちらが悪くなくても強く出られないのがこの職業でもある。

 一所に根をはっていない分、立場が弱いのだ。

 どんなに理不尽な申し出でも強行に突っぱねる事など出来はせず、交渉して何とかお互いが折り合える妥協点を探るしかない。

 

 そんなことは分かっている。分かっているが、だからといって全て納得出来るわけでもない。

 セイラは苦虫を噛み潰したような顔で、座長の顔を見上げた。

 彼も、あなたの気持ちはよく分かります、と疲れた顔にそんな思いをにじませながら、

 

 「昨日は先方もずいぶん酔ってましたから、こちらの話を全く聞いてくれなくて。今日、もう一度話には行ってきますが、結構商売に勢いのある商人さんみたいなので、断るのは難しいかもしれません」

 

 そう言った。

 座長も、それが本意ではないのだ。

 それはよく分かる。

 だが、しっかり主張しなければ被害を受けるのはこちらだ。その点は座長に頑張ってもらうしかない。

 セイラとてうぶな小娘ではない。それなりに色々な事を経験してきたし、せざるを得なかった。

 だが。出来れば、最低限相手を選びたいものだとも思う。

 

 

 「・・・・・・分かりました。でも、一人で行くのはちょっと。そこは交渉で何とかなりますよね」

 

 「ええ。そこだけは絶対に死守します。出来れば男の楽士と従者をつける事を了承させたい所ですけど」

 

 「それは難しいでしょうね」

 

 「そうですねぇ・・・・・」

 

 

 二人で顔を見合わせ、大きくため息。

 男の座員を連れて行くことは難しいだろう。

 個人的な酒宴とはすなわち、舞や楽を楽しむだけでなく、その後も楽しみたいとの申し出と言っても過言ではない。

 向こうからすれば、男のおつきなど、言語道断だろう。

 

 かといって、こちらも好きでもない、どちらかと言えば嫌悪感のある男に黙って抱かれてやるほど安い女では無いつもりだ。

 そこは上手くはぐらかして逃げるつもりではいるが、力づくで来られると抵抗しきれないかもしれない。

 だから、どうにかして男手が欲しかったが、無理な相談だろう。

 

 

 「・・・・・・女装できそうな男手って、いましたっけ?」

 

 「うーん、うちの子達はみんな無駄に体を鍛えていますからねぇ」

 

 

 せめて女装させて、女と偽って連れていける人材は無いかと検討し、二人で想像してみた。

 だが、はっきりいって体が資本の旅芸人の一座に、そんな人材がいるはずもなく。

 

 

 「うん、気持ち悪いですね」

 

 「そうですね、思いの外」

 

 

 一番若い座員でも、それなりにマッチョでムキムキしてる。

 身の軽さを売りにするジェドやアジェスはそこまでではないが、だが女と偽るのは難しいくらいには鍛えられていた。カツラをつけ、化粧をし、胸に詰め物をしてもどうにもなりはしないだろう。

 

 「かといって、女の子達はねぇ・・・・・・」

 

 イルサーダが、うーん、と考え込む。

 男達と打って変わって、歌舞音曲をメインに習い、身につける女達は、荒事に向いた体はしていない。

 

 

 「言ったらなんですけど、女の子達の中で一番強くて頼れるの、セイラなんじゃないですか?」

 

 「・・・・・・そうですよね~」

 

 

 力仕事や危ない仕事は男達で事足りる事が多いから仕方ないと言えば仕方ないが、こうなってみると、女の護衛の一人や二人、抱えていても良かったような気がする。

 今更、後の祭りだが。

 下手に女の座員を連れて行けば足手まといになりかねない。

 リインは付いてきたがるかもしれないが、危ない場所に妹を連れて乗り込む気は無かった。

 

 (仕方ないか)

 

 セイラは覚悟を決める。

 何とか、自分一人でうまくやるしかない、と。

 だから、誰もつけなくてもいいと座長に言おうと顔を上げた時、不意に扉がバタンと開いた。

 

 

 「オレが一緒にいくよ」

 

 「雷砂!?」

 

 

 驚くセイラを尻目に、少女は座長である青年の前に立ち、彼を見上げる。

 

 

 「オレが行く。オレなら一応女だし、セイラを守るだけの力もある。いいだろ?イルサーダ」

 

 「そうですねぇ。容姿は合格としても・・・・・・楽器はどうします?使えるものはありますか?」

 

 「・・・・・・ただの従者じゃ、だめなのか?」

 

 「んー、それでも良いんですけど、ただの従者だと弱いんですよねぇ。最悪、部屋の中まで入れてもらえない可能性もあります」

 

 

 先方が欲しいのはセイラだけなんですからーしれっとそう告げられて、雷砂はしばし考えた後、再び彼の顔を見上げた。

 

 

 「じゃあ、リインに教えてもらう。歌も、楽器も」

 

 「今のままだと男の子と間違えられますから、女の子に見えるようにお化粧したりかつらをつけたりしなきゃダメですよ?」

 

 

 それでも?ーそう問いかけられて、雷砂は少しひるんだ顔をしたものの、最終的にははっきりと頷いた。

 

 「わかった。化粧は嫌だけど、必要なら仕方ない」

 

 そう言いながら、セイラの手を握った。ぎゅっと、力強く。

 

 「セイラは、一人で行かせない」

 

 きっぱりと宣言し、

 

 「じゃあ、後は交渉よろしく、イルサーダ」

 

 ニッと笑い、空いてる拳で青年の胸をトンと叩いてから、あっけにとられたままのセイラを連れて部屋を出て行ってしまった。

 残されたイルサーダは、しばし肩を震わせ、

 

 「簡単に言ってくれますね、雷砂。まあ、でも、何とかしようじゃないですか」

 

 扉の向こうを見つめ、不敵に笑った。

 そして、なるべくこちらに有利な条件を揃えるべく、交渉の為、精力的に動き出したのだった。

 

 

 

 

 

 「というわけで、オレに出来る楽器ないかな」

 

 「んー」

 

 

 イルサーダと別れた後、衣装部と夜の衣装を相談するというセイラを送り出し、雷砂はリインの部屋に来ていた。

 リインは困ったように首を傾げ、雷砂を見てる。

 それはそうだろう。

 素人がいきなり、使える楽器をみつくろってくれと来たのだ。戸惑うのも仕方がない。

 

 

 「雷砂、楽器ははじめて?」

 

 「うん。やったことない」

 

 「うー」

 

 

 再びうなって考え込む。

 楽器というのは素人がいきなり使おうとして使える程、簡単なものではない。

 時間をかけて教える事が出来ればいいのだが、今回はそうも行かないのが難点だ。

 だが、雷砂は姉の、セイラの助けになってくれるのだというし、リインとしても何とかしたいという思いがあった。

 だから。

 

 「来て」

 

 短く告げて、雷砂の手を取る。

 ただ考えているのが面倒になったリインは、手っ取り早く楽器に触れさせてしまおうと行動に移したのだ。

 楽器や衣装は場所をとるため、別に部屋を借りてまとめて置いてある。

 中に入ると一座の楽師の少女が2人、自分の楽器の手入れをしていた。

 

 

 「あれ、リインさん」

 

 「こんなところにどうしたんですか?」

 

 

 2人がそれぞれ問いかけてくる。心底、不思議そうに。

 その疑問ももっともで。

 以前はそれなりに楽器も扱ったが、歌姫としての地位を確立してからは、楽器を奏でる事も滅多になくなった。

 そういう意味では、この部屋でリインを見かけることはとても珍しいのだ。

 

 「この子」

 

 言葉少なにそう告げて、雷砂をそっと前に押し出す。

 リインとのつきあいが浅い者であれば、何を言っているのか分からないに違いない。

 しかし、楽士である彼女達は歌姫とのつき合いもそれなりに密で長かった。

 

 「え?その子に楽器を教えるんですか」

 

 一人の子がそう解読すると、リインはこっくり大きな頷きで返す。

 

 「そうですか。ねえ、ボク……あれ?なんか見覚えあると思ったら、セイラさんのお気に入りの子よね?」

 

 そう問われ、セイラのお気に入りかどうかは別として、とりあえず頷いておく。

 

 「セイラには世話になってる。雷砂っていうんだ。よろしく」

 

 微笑んで挨拶をすると、なぜか少女の頬が赤く色づく。

 もう一人の少女も、なんだか真っ赤な顔をして食い入るようにこちらを見てきた。

 

 

 「ら、雷砂っていうのね。あれ?雷砂って、確か私達の馬車を助けてくれた勇士の名前だったと思うけど・・・・・・同じ名前?」

 

 「ん?本人だよ」

 

 「えー!こんなに小さいのに!?」

 

 「んー、鍛えてるから、ね」

 

 

 鍛えているだけではすまないと思うのだが、雷砂はそれで押し通す。

 普通の子供をどんなに鍛えたところで、恐らく雷砂と同じようには育たないだろう。

 育ち方も規格外だが、雷砂自身も規格外なのだ。

 

 それはこの村の住人には当たり前の事だったが、そうじゃない彼女達には驚くべき事実だったのだろう。

 驚きを隠せず、ザワザワし始めた彼女達に、話が脱線していきそうだと小さく苦笑。

 時間があるなら、少女達の好奇心を満たしてあげることもやぶさかではないが、今日は時間がない。

 

 雷砂はそっと、リインに目配せをする。

 それを受けて、分かったと頷いたリインは、

 

 「どれがいいかな?」

 

 またしてもそんなシンプルな問いを彼女達に投げかけた。

 だが、彼女達も慣れたもので、

 

 

 「え、ああ。すみません、楽器でしたよね。初心者なんですか?」

 

 「そう」

 

 「うーん、笛なんかどうですか?横笛とか」

 

 「歌も」

 

 「あー、歌も教えるんですか。じゃあ、口は開けとかないとですね。だとすると・・・・・・」

 

 

 ああでもない、こうでもないと、相談しながら楽器を漁る彼女達。

 結局、少し丸みを帯びた形の3本弦の楽器に決まったらしい。演奏に使う弓と共に手渡された。

 

 「これだったら君の手でも扱えると思うんだけど・・・・・・」

 

 どう?と聞かれるが、何しろ楽器を手に持つことすら初めてなのだ。判断がつかない。

 首を傾げると、また別の少女が同じ楽器を取ってきて構えて見せてくれた。

 基本的には椅子か床に座って演奏するもののようだ。

 雷砂も少女を真似て、構えてみる。特に不都合は無い気がする。

 目線でリインに訪ねると、彼女も小さく頷きで返してくれた。

 

 

 「曲、教えてあげて?セイラが好きなやつ」

 

 「セイラさんが好んで舞うやつですね。2、3曲でいいですか?」

 

 「ん」

 

 「あ、そうだ。いつまでに教えればいいんですか?」

 

 「今夜」

 

 「え、今夜!?」

 

 

 絶句する少女達。

 自分が無茶な要求をしていることを自覚している雷砂は、

 

 「取りあえず、形になればいいんだ。取りあえず、1曲ひいてる所を見せてもらってもいいかな?」

 

 フォローの意味もかねてそう声をかける。

 

 

 「うーん、そうね。じゃあ、リナ」

 

 「んー、分かった。昨日とは違う曲が良いですよね?リインさん」

 

 「ん」

 

 「了解しました。じゃあ、蒼穹か、流浪辺りが無難だと思うんだけど、どうかな、エマ」

 

 「うん、そうだね。じゃあ、蒼穹でいいんじゃない?初心者には入りやすいかも」

 

 「そだね。じゃあ、えっと・・・・・・雷砂、だっけ?一度ひいてみるね」

 

 

 微笑み、リナと呼ばれた少女が楽器を構える。雷砂はじっと、彼女の手元を見つめた。

 曲が、始まる。

 基本的にはゆったりした曲だ。同じフレーズの繰り返しも多く、確かに初心者向けなのかもしれない。

 雷砂は一時も目を離すことなく、弦を押さえる指や弓使いを脳裏に焼き付けた。

 そして、最後の音が奏で終わる。

 リナはふうっと小さく息をつき、

 

 「こんな感じだけど、覚えられそう?」

 

 そう言って雷砂に微笑みかけた。

 

 「ああ。ちょっとやってみる」

 

 頷き、脳裏に彼女の指使いと音色を思い描く。

 そのイメージ通りに、雷砂はゆっくりとしたペースで楽を奏で始めた。

 

 

 「え?」

 

 「うそでしょ!?」

 

 

 少女達が驚きの声をあげる。

 

 「ん、流石」

 

 リインはなぜか自慢げだ。

 そんな様子を横目で見ながら、雷砂は真剣に指と弓を動かしていく。

 音色は途切れることなく響き、そして徐々にペースを落とし、最後の音を奏でた。

 手を取め、ふぅっと息をつく。

 首と肩が妙に凝った感じだ。剣を持ち、暴れ回る方が余程疲れないとは思うものの、まあ仕方ないと思いながら肩を回す。これも、セイラを危険から守るためだ。

 

 「んー、まあ、何とかならない事もないか」

 

 むう、と眉根にしわを寄せて呟く。完璧とは行かないが仕方がない。

 

 「上出来」

 

 そう言ってリインがニッコリ笑った。手を伸ばし、雷砂の頭を優しく撫でてくれる。

 

 

 「す、すごいね。ほんとに今日が初めてなの?」

 

 「え、うん」

 

 「そっかぁ・・・・・・見て、覚えたんだよね?リナの癖とか、そのままだったし」

 

 「そう。さっきの演奏をそのまんま真似させてもらったんだ。だから、今はこの曲以外はひけないよ」

 

 「うわぁ、ありえない。もしかして天才?」

 

 

 エマ、と先程呼びかけられていた少女は、信じられないものを見た!とばかりにまじまじと雷砂を凝視している。

 

 「ほんと、すごいね・・・・・・あと2曲、覚えられそう?」

 

 リナが楽器を持ったまま、そう問いかけてきた。雷砂は小首を傾げて少し考え、それからはっきり頷く。なんとか出来ないことも無いだろう。

 

 

 「うん、何とかなると思う。リナ、後の曲の演奏も見させてもらっていいかな?」

 

 「うん、もちろん」

 

 

 リナは微笑み、再び弓を構える。

 そうやって雷砂の音楽勉強会は、昼過ぎまで続いたのだった。

 

 

 

 

 




読んで頂いてありがとうございました。

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