また、人が消えたのだと、ガレスは言っていた。
新たな人が消えたのは昨日。
それ以降、彼に関する情報も、彼の遺体も上がってはいない。その商人は、前に消えた二人と同じく忽然と姿を消してしまった。
セイラ達、旅芸人の一座の件も、商人三人の件も、全部村祭りの準備が始まってからの短い期間におきた。偶然にしては、すこし不自然に感じる。
だが、今のところ手がかりは何も上がってないらしい。
雷砂はとりあえず、昨日起きた商人の失踪事件についての詳細をガレスに聞き、それからその足を村長邸へと向けた。
詳細といえるほどの情報もまだ無いのだ。
いなくなった商人は、家人との打ち合わせをすっぽかし、そのまま帰って来なかった。その前にあった他の商人達との会合には参加し、特に不自然な様子はなかったようだ。
おそらく、その会合から、宿へ戻る途中に何かあったのだろう。その何かが分からない。
オレに何が出来るだろうー足早に村長の家に向かいながらそう自問する。
やれる事といっても、ガレスのやっている事の補足程度の事しか出来ないだろうと思う。
なるべくこの村に顔を出し、ガレス達が中々足をのばせない村の外れや村の外を見まわるー出来ることといったらそれくらいだ。だが、やらないよりはいいだろう。
その申し出をする為に、雷砂は村長の元へ急いでいる。ついでに何か新たな情報があればいいと思いながら。
目的地へ小走りに向かう途中、商店が立ち並ぶ辺りに通りかかると、なぜか村人達から次々に声がかかった。
内容はほぼ同じ。村長が雷砂を捜してるとの伝言。
声をかけてくれた村人それぞれに、雷砂は短いながらも律儀に返事を返し、眩い微笑みを投げかけて駆け抜けていく。
雷砂の微笑みを受けたものは皆一様にうっとりとして頬を染めるのだった。老若男女、まるで関係なく。
ほどなくして。
雷砂は大きな門の前に立っていた。村長の家の門だ。小さな村の村長ではあったが、この一族は代々村長を務めていて、家はそれなりに裕福だった。邸宅のある敷地も広い。雇っている使用人もこんな田舎にしては多かった。
雷砂は閉じた門の前に立ち、周囲を見回す。いつもなら、顔なじみの門番がいるはずだが、今日は姿が見えない。
どうしたんだろう……そう考えながら、もう一度見回すと、屋敷の方から見慣れた男が走ってきた。
「申し訳ない、ちょっと用足しをしていて……ん?雷砂か。旦那様に用事なのか?」
男は親しげにそう言って、雷砂が何も答えないうちに通用門のカギを開けて通してくれた。
礼を言い、玄関へ向かう。
玄関で、来客を告げるベルを鳴らすと、この屋敷の万事を取り仕切っているゼフという老執事が扉を開けてくれた。
彼も、雷砂が何も言う前に中に入るよう促し、
「よく来たね、雷砂。旦那様は書斎にいらっしゃるよ」
にっこり笑ってそう言った。それから、普通の子供にするように皺深い手で雷砂の髪を優しく撫で、
「用事が終わったら厨房においで。何か甘いものを用意しておくように言っておくから。お茶をしていく時間はあるかい?」
「少しなら平気」
「それは良かった。なら、お嬢様と一緒にお茶を頂くといい。甘いものはお茶と一緒に出すように言っておこう。それでいいかな?」
「ああ。ミルの様子は見ていこうと思っていたから。元気にしてるかな?」
「大丈夫。ああ見えて、お嬢様は強いお方だからね。今日は反省して大人しくしていらっしゃるが、元気にしておられるよ」
「良かった」
そう言ってほっと息をついた。老執事は、そんな雷砂の様子を微笑ましげに見つめ、それから、
「さ、旦那様の所へ。雷砂の事を待っていらっしゃるよ」
そう促した。
雷砂は頷き、書斎へと向かう。
その後姿を、老執事は少し痛ましそうに見守っていた。
彼にとっての雷砂はただの子供だった。周りより能力があるゆえに早く大人にならざるを得なかった、ただの子供。
そんな子供に頼らざるを得ない状況が腹立たしかったし、頼られる事を当然として受け入れ、更に子供の時間をすり減らすあの少女が哀れだった。
「早く色々な事が落ち着いて、あの子が無邪気に遊べるようになればいいのだがね」
そんな事を呟きながら、午後のお茶の指示を与える為、老人は一人厨房へと向かうのだった。