龍は暁に啼く   作:高嶺 蒼

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第6章~7~

 天幕を出ると、太陽はすでに中天に差し掛かっていた。

 結構長い事居座っちゃったなーそんな事を思いながら、ちらりと天幕の入口を見た。思い出すのは、さっき会ったばかりの一座の座長。

 少し変わっていて、優しそうな人物ではあったが、

 

 「何だか得体のしれない人だったな。まあ、悪い感じはしなかったから、大丈夫だとは思うけど」

 

 1人呟きながら、苦笑い。

 セイラ達は彼を慕っているようだから、悪い人ではないだろう。……多分。

 自分で言うのもなんだが、小さな頃から不思議と悪いものに鼻が利く。

 雷砂が嫌だなと思う人物は、100%と言って良い程、腹に一物を抱えた悪人ばかりだった。

 

 イルサーダと名乗ったあの男は、変わっていると感じるものの、嫌な感じは受けなかった。好きか嫌いかと問われれば、好きな方だとも思う。

 だから大丈夫だとは思うのだが、何となく彼の事が気になっていた。

 

 会った事はないと、彼は言った。だが、心のどこかで懐かしさを感じるのだ。何故なのか、説明は出来ないけれど。

 顔に見覚えがあると言うよりは、声や雰囲気に覚えがある様に感じる。

 いつ、どこでと問われてしまえば、分からないと答えるしか無いような淡い感覚に過ぎない。

 だが、確かに感じたのだ。彼にははっきり否定されてしまったが。

 

 しばらく立ち止まって頭を捻ってみたものの、具体的な何かを思い出すことは出来そうになかった。

 思い出せないものは仕方ないと、雷砂が軽く肩をすくめて歩き出そうとした時、

 

 「雷砂、ちょっといいか?」

 

 背が高く体格の良い男に呼び止められた。

 

 「あれ、ガレス。見回り??」

 

 雷砂は遥か上にある男の精悍な顔を見上げ、笑いかけた。

 彼も長身の体を折り曲げるようにして、雷砂と目線を合わせて微笑む。

 人の良さそうな、優しい笑顔だ。だが、その中に隠しきれない疲れと焦燥が見て取れた。

 

 

 「ああ。最近物騒だから、巡回の頻度を増やしてるんだ」

 

 「……また、何かあった?」

 

 

 そう、問いかけると、ガレスは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに表情を引き締めた。

 目で雷砂に合図をし、通りから少し離れた人気のない木陰に少女を誘う。

 少し、周囲の様子を窺った後、

 

 「流石だな。お見通しか?」

 

 感心したように雷砂の顔を見た。

 

 

 「まさか。何があったかまでは分からないよ。ただ、ガレスが疲れた顔をしてたからさ」

 

 「そうか……お前に隠し事は出来ないなぁ」

 

 

 大男は肩を落とし、力ない笑みを浮かべた。

 余程疲れているのだろう。木に寄りかかり、そのままゆっくりと地面に腰を下ろした。

 雷砂もその隣に座ると、気遣うように男の横顔を見つめた。

 以前より痩せたのか、少し頬がこけている。

 薄らと無精ひげが生えているのは、度重なる事件のせいでゆっくり身だしなみを整える時間も無いからだろう。

 

 「何が、あったの?」

 

 そっと尋ねる。

 協力できることがあるなら、力を貸すつもりだった。

 ガレスも、そんな雷砂の無言の申し出に気づいたのだろう。無骨ながらも整った顔で優しく笑い、大きな掌を雷砂の頭に乗せた。

 

 「お前にはいつも世話をかけるなぁ。この村の住人じゃないのにな。この村の事でいつも世話になってる気がするぞ?本当は、俺たち大人がもっとしっかりしにゃあいかんのだろうが、頼りなくて迷惑をかける」

 

 すまんーと男に頭を下げられて、雷砂は困ったように笑う。

 この村の人たちが好きだった。素朴で、親切で、おせっかいなここの村人たちが。

 とりたてて深く付き合おうとしてきた訳ではないが、そんな中でも大切だと感じる人はいつの間にか出来てしまうものだ。

 そうした一部の大切な人たちもひっくるめて、雷砂はこの村の穏やかな暮らしを守りたいと思うのだ。

 出来ることは限られている。自分の中にも大切なことの優先順位があり、己の体は一つしかないのだから。

 協力できる事は限られている。だが、その限られた範囲内で最大限に協力をしたいとは思っていた。

 

 「いいんだ。オレがそうしたいんだから」

 

 だから話してみてよー雷砂は真っ直ぐに男の顔を見る。

 ガレスはなんとも複雑な顔をした。

 彼だって出来ることなら自分たちの力で何とかしたいのだ。

 だが、今回の事件はまるで雲をつかむようで、どうしたらいいのかわからない。

 人を増やし、巡回を頻繁に行っていても、その裏を突くように商人達は消えてしまう。

 影も形もなく。遺体すら、出てこない。

 正直言ってお手上げだ。

 だが、警備の責任者として、素直に根を上げる訳にはいかなかった。

 

 真っ直ぐこちらを見上げる少女の瞳を、ガレスもまたじっと見返した。

 見た目だけなら、細っこいただの子供だ。他の子供に比べて少しばかり見目がいいだけの。

 だが、ガレスは知っている。

 雷砂が、ただの子供ではない事を。彼女には、他の者には無い力があった。

 

 以前、どうしてもと拝み倒して力比べをして貰った事があった。

 結果はガレスの完敗。

 納得できずに何度も食い下がり、雷砂に呆れられたものだった。

 だが、それ以来、ガレスは雷砂に一目も二目もおいていた。

 

 雷砂は普通の子供とは違う。

 並の大人よりよほど賢いし、頼りになるのだ。戦いも、負け知らずだ。あの草原の内側に住んでいてなお。

 

 はーっと大きく息をつく。自分の心を決めるように。

 どっちみち、これまでの事件はもう雷砂の耳に入っているのだ。村長を経由して、アドバイスももらっている。今更、躊躇したところで仕方がない。

 

 「雷砂、実はな……」

 

 顎をぐっと引き、ガレスは重い口を開いた。

 

 

 


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